ハンター試験最終試験会場となる、審査委員会経営のホテル。
1次試験会場から飛行船で前入りして、待つこと一週間。受験者の到着を待っていると、ハンター協会のロゴが入った飛行船が降りてくるのが見えた。
「やっと最終試験か……ビノールトはこのまま部屋でゆっくりしてて。試験官も集まってるし、そう物騒なことにはならないと思うから」
「わかったよユウさん。一人じゃ流々舞もできないし、“点”をしながら待ってるぜ」
ここで休むという発想がないあたり、つくづく律儀というかなんというか。
ともあれ、ホテルの入り口に行って、そこで待っていると、来た。
ネテロ会長を先頭に、試験官たち、続いて受験者たちがぞろぞろと歩いてくる。
1年ぶりに会うネテロ会長。
そのなにげない身のこなしに、寒気がする。
1年間で研ぎ澄まされた俺の感覚が、この老人の強さをより明確に捉えている。まあ、まだ上限が見えないってのが本当だけど。
「会長、先輩方、お疲れさまです。私事で前入りして申し訳ない」
「ええよ。いまから最終試験じゃて、ついてきなさい」
会長の言葉に従い、一団についていく。
と、背後から舐め回すような
──こうなるのが読めてたから来たくなかったんだけど……そういうわけにもいかないしなあ。
と、くノ一的なセクシー衣装に身を包んだ女性──美食ハンターのメンチが、こちらを肘でつついてきた。
なにかと視線を向けると、こちらに向けて
「いやーありがと。さっきからずっとアレに殺気向けられてて、ホントウザったかったんだ」
本当に。大人しく会長に喧嘩売ってりゃいいのに、なんでこっちに来るのか。
出てきそうになる
「メンチ、言い方ー」
「いえ、お役に立てたなら光栄です、先輩」
巨漢の美食ハンター、ブハラがメンチをたしなめるが、言っても仕方ない。
「──ただ、あの殺気のせいで、いま沸点極端に低くなってるんで、暴走したら遠慮なくぶっ叩いてください」
「よくわからないけど──わかったわ。任せて」
「ゆっても、
自信満々に請け負うメンチと、頬をかきながら応じるブハラ。
やば。
このふたりからそんな評価貰えるなんてうれしすぎる。
(ねぇねぇブハラ。この子情緒不安定なのかしら)
(失礼だよメンチー)
喜んでいると、そんなささやき声が。
聞こえてるからね!?
◆
「最終試験は1対1のトーナメント形式で行う。その組み合わせは──こうじゃ」
最終試験会場となるホテルの大広間。
会長の話を聞きながら、居並ぶ受験生を吟味する。
残った受験生は11名。
その多くはよく知る最終試験のメンツだが……2名ほど知らない顔がある。
432番の仏頂面でブレザーを着た少年。
460番の、黒い長髪で長身の、軍服姿の青年。
他にも念能力者──推定プレイヤーが一次試験合格してたはずだけど……5次試験のナンバープレート集めあたりで潰しあいになったか。
仏頂面の学生は、腕っぷしはそこそこ。
それほど強くは見えないが……なにか隠し玉を持ってそう。
ぼっちオーラというか、話しかけんなと全身で主張してる。
長髪軍服の男はシンプルに強い。
心技体、それにオーラのパラメーターがまんべんなく高い感じ。
軍服を着崩してハンドポケット。俺様オーラをこれでもかってくらい放射している。
奇しくも双方ソロ気質……落差がひどいけど。
「それでは第1試合、ハンゾー対ゴン!」
そして最終試験が始まった。
試合は、おおむね俺が知る通りに進む。
拷問されるゴンを見守るしかないのは、かなり辛かった。ゴン好きだし。
だがハンゾーも間違ったことしてるわけじゃないし、審査委員会側として、介入するわけにはいかない。
ゴンがぶっ飛ばされて、ハンゾーが自ら降伏したことで、ようやく一息つけた。
ゴンが腕を折られて気絶してるのに、こう言うのもなんだけど……事故が起きずにホッとした。
その後も、トーナメントは予想を裏切ることなく進行してくが……ギタラクルが長髪軍服に勝ちを譲ったのが不穏すぎる。
あ、いまさら気づいた。
キルアに殺された老武術家、ボドロが居ない。
トーナメント表を見るにレオリオと戦うのは……ヒソカ相手に速攻で負けを宣言した仏頂面の学生か。不吉な予感しかしない。
「久しぶりだね、キル」
考えている間に、キルア対ギタラクル戦が始まる。
といっても、戦いにはならない。針による変装を解いたギタラクル──キルアの兄、イルミは、キルアが口にする望みを徹底的に否定する。
お前は熱を持たない闇人形だと。
お前に友達なんて出来っこないよと。
──静まれ。
ゴン対ハンゾーの戦いも、見ていて辛いものがあったが、心を折り砕くイルミのやり方に、
というかヒソカの殺気がほんとに邪魔。それさえなけりゃ“
「ゴンと友達になりだいだと? 寝ぼけんな!! とっくにお前ら
レオリオがキルアを叱咤するが、イルミはさらに畳み掛ける。
ゴンを殺そう、と。さらに、お前自身の命とゴンの命、どちらを取るのかと。
キルアの心を、丁寧に、丹念に、折り砕いた。
痛ましい。
だが、俺は知っている。
一ヶ月後から始まる、ゴンとキルアの冒険を。
その末に、キルアは苦しみもがきながら、兄の軛から脱することを。
──だから、俺の立場で心配すべきは、この後の試合。
続く試合は、レオリオ対仏頂面の学生。
本来ならボドロがキルアに殺される場面だが……相手は念能力者だ。
そしてプレイヤーならば全員、この後のキルアの行動を知っている。
試合開始と同時、複数の人間が動いた。
キルアが仏頂面の学生を殺さんと手刀を繰り出す。
そのことを知っていたであろう少年は、レオリオを無視して振り返る。
──防げるのか──違う。確証が持てない以上、確実に止める!
掌で、顔を覆う。
まるで仮面のように。
殺意の
横合いから強烈な殺気──その主はイルミ。
キルアに手を出せば殺すとでも言うように、凄まじい殺意を叩きつけてくる。
さっきあれだけキルアの心ぶち折っといて、と思うが、イルミの歪んだ愛情に理屈など通じない。だから。
──
気を吐いて、委細構わず殺気を叩き込む。
この場で人死には絶対に出さない。出させない。
俺の殺気に、突っ込んでいたキルアは急ブレーキをかけ。
だから、最終試験立会人、マスタの制止が間に合った。
黒背広の男は、すんでのところで少年とキルアの間に体をねじ込んだ。
「──降伏だ。試合を止めてくれ」
仏頂面の学生が急いで宣言する。
この試合の敗者は、キルアと戦うことになる。
不合格になるためには、キルアは対戦相手を殺さなくてはならない。
いまのキルアに、この上レオリオと戦わせるわけにはいかないって判断だったら……いい覚悟だ。それだけ自信があるのかもしれないが。
レオリオが、クラピカが、キルアの身を案じて駆け寄る。
キルアは、動かない。ただ荒い息をつくばかりだ。
窮地を脱した。
「大丈夫? 一瞬ヤバいの漏れてたけど、ぶん殴らなくていい?」
「ありがとうございます。大丈夫です。これは制御できてるやつなので」
俺が答えると、メンチが変人を見るような目をこちらに向ける。
そりゃあね、あんな殺意モード出したら、変な目で見られるかもとは思ってたけど……いざ引かれるとつらい。
かといってヒソカみたいに最高に昂ぶった、みたいな顔されても嫌だけど。こっちみんな。
ともあれ、会場がざわつきながらも、次の試合が始まる。
クラピカが、キルアの異常行動を理由に休憩を挟むよう意見するが、他ならぬキルアが首を横に振った。
そして、試合開始と同時。
構える学生を尻目に、キルアは下を向いたまま、降伏を宣言した。
「……参った」
この瞬間、キルアの不合格と、それ以外の受験生の合格が確定した。
第287期ハンター試験の合格者は10名。
44番 ヒソカ
53番 ポックル
294番 ハンゾー
301番 ギタラクル(イルミ)
403番 レオリオ
404番 クラピカ
405番 ゴン
432番 ミケゾー
460番 ダーク
◆
最終試験は終わった。
翌日の講習を控えて、その日はみなホテルに宿泊することになった。
ネテロ会長に誘われて、ほかの試験官といっしょに食事をすることになったので、ビノールトにその件を伝えておく。
ついでに食事はルームサービスで済ませるよう言っておいた。
ヒソカといつ出くわすかわからない、ホテル内の移動とか、危険すぎる。
部屋に集合し、同じ卓を囲んで食事を始める。
なんというか、品数が多い。そして豪華。会長に出す食事なんだから当然なのかもしれないけど。
「お疲れ様。無事に終わって安心したわ。よく
食事が始まって、メンチがねぎらいの言葉をかけてくる。
ちょっと意外だ。ハンター試験って受験生の死亡上等だから、俺がやったことは、余計な手出しだと思ってた。
俺の内心を察したのか、ネテロ会長がヒゲをしごいて語る。
「試験の中での事故ならともかくのう。あの状況では手出しもやむなし──ってことでええよ。
「そう言ってもらえると……ホッとします」
その後は、合格者たちに関する雑談になった。
ヒソカの話。イルミの話。推定プレイヤーの2人の話。ハンゾーの話。ゴンの話。
あとはハンター試験について。
なんでかと思ったら……そういえば俺脱会長派の一角、ブシドラの派閥だった。
まあ恩がある以上ブシドラに歩調は合わせるつもりだけど、脱会長派が本格的に動く頃には、俺もうこの世界に居ない可能性が高いんだよなあ。
ともあれ、その後も色々話して。
歓談の時も終わり、その日はゆっくりと眠った。
翌日は、合格者に対するプロハンターに関する講習。
途中、目を覚ましたゴンがイルミに食ってかかった事も含めて、さしたる波乱なく終わった。
強いて言うならゴンのブチ切れ方が若干マイルドだった気がする。たぶん人死にが出なかったからだろう。
そして講習が終わり、合格者にハンター認定が与えられたのを見届けてから、こっそり会場を辞去した。
ホテルの庭には、すでに飛行船が廻してある。
ビノールトに頼んでチャーターして貰ったものだ。
もたもたしてると、ヒソカにつけ回されそうだし、その前にとっとと逃げ出す算段だ。
「ユウさん。待ってたぜ」
「うん。ビノールト。ありがとう。出発させてくれ」
船が浮き上がる。
さきほどまで居たホテルが、みるみる離れていく。
その様を、感慨をもってながめる。
──ゴンたちが、ハンター試験に合格した。
それは、彼らの物語が大きく動き始めたということだ。
彼らはいずれ天空闘技場に来る。グリードアイランドに来る。
ツェズゲラたちがバッテラ氏に雇われ、プレイを始め、
それまでに。
「──行こうか。グリードアイランド攻略」
目標を言葉に乗せる。
日本に帰る。そのための最大の目標。
そのために、帰ろう。
俺の第二の故郷、天空闘技場に。
◇ネテロ
「会長。御覧ください」
貴賓室でくつろいでいると、ビーンズが報告書を持ってきた。
報告書は2つ。どちらもそれなりに厚い。
「ほほう……ビーンズよ、要約してくれんか?」
そう頼むと、ビーンズはため息をついて。
いつものことだとあきらめて、説明を始めた。
「報告書は2つ。前者は、先に上がりました予言に関するもの、その内容です。後者は、実際ハンター試験で起こった出来事と予言との比較。ご覧いただければわかりますが、見過ごせない差異はありますが、多くの点で一致を見ています……会長が試験に変更を加えなければ、もっとはっきりした結果が出たはずですが」
「ほっほっほ。未来が見えてございってモンがあれば、それに抗うのはハンターの本能ってもんじゃ……が、まあ、本物と信じてよかろうな」
予言。
ビーンズとの間でそう呼ぶものが、手元に舞い込んできたのは、半年ほど前のこと。
自分はこれから起こる未来を知っている。
今より1年と9ヶ月後、バルサ諸島の南端に災厄が流れ着く。
災厄の名はキメラアント。奴らは人を食らい念能力者を食らい、やがて災厄と化す。
信じてもらえないかもしれない。
だから証拠として、半年後に行われる第287期ハンター試験の内容、出来事、合格者を知る限り記す。
差出人はわかっている。だがその素性はわからなかった。
理由は、手紙の主が、あらゆる社会的存在証明を持たない人間だったからだ。
流星街の人間、ではない。
今から1年と少し前、そのような人間が何百人と現れたのだ。
驚くべきことに、全員が念能力者だという。
つい先日、ジンの奴がふらっと遊びに来た時、そんなことを話してくれた。パリストンの奴が彼らに接触していることも。
「いかがいたしますか?」
「場所が悪い。事前に火消しは難しかろう……が、探索の手は出しておく。動ける人間の手配もしておく。そのあたりが限度じゃろうな」
協会に許された権限で取れる最善ではある。
が、それすら、実行がおぼつかない。
「パリストンの奴が、悪い遊びを仕掛けてくる匂いがプンプンするぜ……」
「そんな人間をなんで副会長に……いや、知ってますけど」
ビーンズが半眼になる。
まあ、非難ももっともだが、性分だから仕方ない。
奴はいい遊び相手だが、だからこそ、こちらが一番困るタイミングを心得ている。
その対処で身動きが取れなくなれば……災厄への対応、難しいことになりそうだ。
考えていると、自然、口角が上がる。
ビーンズのこちらを見る目が、また冷たくなった。