グリードアイランド・クロス【本編完結】   作:寛喜堂秀介

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02 天空闘技場

 

 ──グリードアイランドに戻る。

 

 

 そのための第一歩。

 最初の目的地は天空闘技場。

 自分の体が持つ高い基礎能力に慣れ、戦いの経験を積む。

 同時に勝ち続ければ、数億の現金も手に入る。いいことづくめだ。

 

 とはいえ、そこにたどり着くまでが一苦労だ。

 なにせスタート地点は、アイジエン大陸の人里離れた土地。

 訓練も兼ねて、走りながら人の痕跡を追い、街にたどり着いても、現金が無いので休むこともままならない。

 

 シュウが、ちょうど催されていた腕試し大会で賞金を稼ぐかたわら、俺は図書館でハンター文字と格闘しながら情報収集。地図を読み、現在地と、最寄りの大陸間飛行船の発着場を確認。

 夜行バスで発着場にたどり着いたものの、戸籍もパスポートも無いから正規の手段じゃ大陸間飛行船に乗れない。

 かなり悩んだが、シュウと相談の末、食料を買い込んで密航すると決め。“絶”で気配を殺しながら、船内に隠れ潜んで過ごすこと8日。

 

 レイザーに飛ばされてから11日目にして、俺とシュウは、ようやく天空闘技場の地を踏むことが出来た。

 

 天を衝くような巨大な塔。

 その周りに広がる、ホテルやショッピングモール。

 一日に4千人に達する新規参加の格闘家や、絶え間なく行われる試合を観に訪れる観戦客。年間十億人を超える人間の滞在を支える、巨大な施設群。

 

 案内看板の各所に見える「天空闘技場」の文字に、たどり着いたことを実感する。

 

 

「着いた……うん、我ながら、なんでやり遂げられたって集中力だった……」

 

「本当にな。でもこうして天空闘技場を実際に見ると、あらためて、本当に来ちゃったんだなって実感が湧くよな」

 

 

 図書館で調べた時に、わかっては居た。

 隠されもしないプロハンターの事績についての書籍。

 たやすく見つかったハンター協会会長、アイザック=ネテロの名前。

 

 だが、そんな文字や写真よりも、はるかに。

 この天空に届く巨大な塔には、ここがHUNTER×HUNTERの世界だという問答無用の説得力がある。

 

 

「だったら……居るんだろうな。俺たちがよく知る、天空闘技場の住人たちが」

 

「いまが1997年11月4日。ゴンやキルアがここを訪れる一年半も前だけど、ヒソカとカストロの初戦はもう終わってる。新人狩りは……戦績考えると、居ても居なくてもおかしくはないって感じか」

 

「受付のお姉さんは? 200階クラスの方の」

 

「いや知らねえよ。それこそ誤差だよ」

 

 

 それは違うぞシュウ。

 きれいなお姉さんは、居てくれたほうがいいに決まってるじゃないか。

 

 なんて内心を見透かしたのか、シュウはジト目でこちらを見て……ため息。疲れのためか、流すことにしたようだ。

 

 

「長旅で疲れてるだろうけど、今日のうちに戦っときたい。ユウ、いけそうか?」

 

「実力はともかく、体力はまあ、大丈夫」

 

 

 飛行船に乗ってからは横になって寝てなかったけど、寝ながら警戒を切らさないコツを掴んで、途中からはそれなりに休めてる。

 元の体に比べて体力も桁違いだから、いまのコンディションでも1、2戦くらいはこなせると思う。

 ただ、身体能力だけの素人がどこまで戦えるかは、やってみないとわからない。

 

 

「ま、1階でつまずくことはないだろ。理想はノーダメージでの勝利。個室が与えられる100階までは、最短で駆け抜けたい」

 

 

 ああ、急ぐのはそれが理由か。

 たしかに、手持ちの現金は10万弱。

 50階クラスでの賞金が5万ほどとはいえ、のんびり構えても居られない。

 共用ってことにしてくれてるけど、元はシュウが腕試し大会で獲得した賞金だし。

 

 

「今日は絶対ホテルの個室で寝る。それをご褒美にがんばろうぜ、ユウ」

 

 

 厚意に甘え続けるのは心苦しいが、ちょっと……そろそろ、風呂に入りたいしベッドで寝たい。

 

 

「うん、やる気出す。そうと決まれば選手登録だ」

 

「あ。ユウ、格闘経験の項は、ちゃんと10年以上って書いとけよ」

 

「えー。俺観戦はともかく格闘経験皆無なんだけど」

 

「そりゃオレもだよ。でも、最初の実力判定には格闘経験も考慮に入る。個室、早く欲しいだろ?」

 

 

 身体能力だけはずば抜けてるから、まるきり嘘ってわけじゃないけど……シュウのこういう肝の太さは、ほんと尊敬する。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 受付で登録書類を渡すと、闘技場の中に案内された。

 

 石造りの舞台が十六面。

 それを囲うように観客席がある。

 だだっ広い空間に、ひしめき合う観衆。会場には熱気が渦巻いている。

 

 

「──1964番、2000番の方、Aのリングへどうぞ」

 

「あ、オレだ。じゃあユウ、ちょっと行ってくるから」

 

 

 番号を呼ばれたシュウが、軽快に駆けていく。

 気負いなど微塵もない。軽く散歩しに行くような調子だ。

 

 入場者のレベルを判断する一階の試合。

 たしかにぱっと見、対応不能な動きをする選手は見当たらないけど……そのクソ度胸は見習いたい。

 

 ちなみに試合は張り手一発。

 ゴンの試合を彷彿とさせる一撃だった。

 ああ、あれ俺もやろうと思ってたのに……実際武術の拙さを誤魔化すには、一撃で決めるのが一番だし。

 

 

「──2001番、2006番の方、Cのリングへどうぞ」

 

 

 と、呼ばれた。

 緊張しながら舞台に向かう。

 大丈夫。一撃お見舞いしてぶっ飛ばすだけだ。きっと出来るはず。

 

 

「両者リングへ」

 

 

 審判の指示。

 リングに上がって、対戦相手と顔を合わせ……思わず口元をひくつかせる。

 

 

 ──うん。これはさすがにない。

 

 

 対戦相手は、身長2mはあろうかという大男だった。

 赤銅色の肌にボクサーパンツ。手にはグラブを装着していて、足元はシューズ。脛の状態を見ても、蹴り込んでるようには見えない。

 

 おそらくはボクサーで……間違いなく念能力者。

 体に纏われた力強いオーラを見れば、あきらかだ。

 

 考えてみれば、200階クラスの実力者でも、スタートは一階から。

 可能性は低くとも、そんな強者とぶちあたる可能性はゼロではない、とはいえ。

 

 

「……能力者同士の正面衝突とか……どんな確率だ」

 

 

 嘆きたくなる気持ちはある……けど、強者を恐れて止まってなど居られない。

 グリードアイランドに戻ると決めたのだ。天空闘技場(ここ)レベルで弱音を吐くようじゃとてもたどり着けやしない。

 

 

 ──だから、望むところだ……って言っとこう! 

 

 

「──それでは始め!」

 

 

 開始の合図に、相手が構える。

 サウスポーのハメドスタイル。

 巨体が揺れて、流れるようにリズムを刻む。

 

 相手は念能力者。

 だから、こっちも念能力者だと知っているはず。

 慎重に間合いを削ってくるのは、見た目通りの少女じゃないと警戒してのことか。

 

 

「──シッ!」

 

 

 右ジャブ──速い! 

 

 とっさに退がって避ける。

 軌道は変則ながら、拳速(ハンドスピード)は軽量級のそれ。

 とんでもないスピードと迫力。拳が風を切る音は、まるで超重量の砲弾。

 

 そんなジャブを避け得た理由は明快だ。

 純粋にスピードが違う。あちらが軽量級ならこっちの速度は四足獣のそれ。

 とはいえ、我ながら足さばきは拙劣。見切りもなにもない大げさ回避に、舌打ちしたくなる。

 

 

 ──次はもっと上手く避ける。小さく、細かく、より速く! 

 

 

 ジャブが来る。

 頭を半個分横に振って拳を避け、引き手よりも早く敵の懐に飛び込む。

 目の前には鋼と形容されるべき、肉厚の腹筋。完全なゼロ距離から、掌を叩き込む。

 

 

「──くっ!」

 

 

 全力の掌打。

 イメージ通りなら、壁際までぶっ飛ばしてるはずの一撃。

 だが、ボクサーはわずかに顔を歪め、たたらを踏んだだけだ。

 

 

 ──厄介だな。

 

 

 体格が違いすぎる。

 身長差は50cm、体重差は、おそらく三倍近い。

 格闘技においては絶望的な体格差。スピードはこちらが上でも、筋力や頑丈さは相手がはるかに上だろう。

 

 

 ── 一撃貰えば終わる。そう思っておいたほうがいい。

 

 

 緩やかに円を描きながら、ボクサーは拳を繰り出してくる。

 こちらに躱させ、逃げ場を削り、左のストレートに繋げる。

 キックや肘などの雑味のない、異種格闘技の場にあるまじき純正のボクシング。

 

 

 ──だけど、ありがたい。

 

 

 いま、彼と戦えることに感謝する。

 厄介なほどタフで、拳を貰えば一撃でふっとばされるくらい強くて──それでいて、純粋無垢なボクシング。

 

 

 ──攻撃の、防御の、回避の、最適の動きを体に覚え込ませるための、この上ない教材だ。

 

 

 じわりと、心の奥から好戦的な()()()がにじみ出てくる。

 

 死角を、観る。

 俺の念能力にも関わる、だからこそ人並み外れた感覚。

 密航のときにも存分に役に立ってくれたけど……本来の用途は戦闘(これ)

 

 死角は怖い。

 見えないから、備えられない。

 見えないから、そこになにがあるか、わからない。

 

 一対一で、舞台の上。

 それでも死角は存在する。

 隠れるのは、なにも全身でなくていい。

 

 拳ひとつ。

 腕の一振り。

 それが見えなければ── 一刺しに出来る。

 

 

「──っ!?」

 

 

 脇腹に掌底。

 ボクサーの眉が歪む。

 攻撃の軌跡は右のショートフックの影に隠れ、完全に死角。

 だが、返礼がわりの右の二撃目(ダブル)を狙った死角からの攻撃は、空振り。あやうく左の打ち下ろしを食らうところだった。

 

 瞬時の対応は敵の技量の高さ。

 だけでなく、いまのはこちらも拙かった。

 死角に潜り込んだ腕以外──足さばきや重心移動から、攻撃のタイミングを読まれたのだ。

 

 

 ──もっとだ。

 

 

 ひりつくような緊張感の中で、攻防を重ねる。

 

 虚実(フェイント)を交える。

 視線を、意識を誘導する。

 より自然に、より静かに、死角からの攻撃を洗練させる。

 

 吹き抜ける拳の威力が、集中力を極限まで高める。

 打ち出される拳が描く軌跡。その美しさが、最適の動きに導いてくれる。

 

 

「くっ、ちくちくと! 効きゃあしないんだよ!」

 

 

 ボクサーが吠える。

 強がりも入っているが、その言葉は真実だ。

 打ちこんだ攻撃の回数が十を超え二十を数えるに至っても、彼の動きはよどみなく、揺るがない。

 

 しかし。試合は、唐突に終わりを告げた。

 

 

「──それまで! 二人とも素晴らしい動きだった。高階層で戦う実力充分と見る。2001番、2006番、ともに50階へ!」

 

 

 制限時間の3分が過ぎてしまったのだ。

 惜しい。制限時間さえなければ、もう少しうまく刺せ──いかん。興奮してるせいで物騒な思考になってる。

 

 まあ、消化不良なのは向こうも同じ。

 ボクサーは悔しげにこちらを見やり、一言。

 

 

「マッシュ=トンプソンだ──また、いずれ」

 

 

 決意を秘めた言葉に、返す言葉はひとつしかない。

 

 

「ユウ=ミルガン……うん。また、いずれ」

 

 

 時期を定めない再戦の約束。

 その時までに、あのタフネスを破る力を手に入れると、心に誓った。

 

 あとでシュウに、無茶するなと怒られた。

 ごめんて。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 続く50階クラスの試合でも勝利して、その日はホテルに泊まった。

 シュウが宣言した通り、天空闘技場にほど近いホテルの、シングルルーム。

 幸い、50階クラスのファイトマネーで、着替えと食事代含めても足は出なかったので、シュウの世話にならずに済んだ。

 

 この世界に来てから11日目にして、はじめての個室だ。

 というか、そもそもまともな部屋に泊まった記憶自体ない。そう思うと、ちょっと感慨深い。

 

 

「寝たい……でも先にお風呂に入らないと、ぜったい朝まで起きれない……」

 

 

 なにしろこの8日あまり、まとまった睡眠時間が取れてない。

 そのうえあのボクサーとの戦い。続く一戦は楽勝だったとはいえ、消耗は限界に近い。

 

 浴槽に湯が溜まっていく。そんな光景をぼうっとながめながら、服を脱ぎかけて。

 

 

「……あ」

 

 

 気づく。

 この体が女だってのは、すでに嫌というほどわかってる。

 トイレに行ったり、体を拭いたり……ただ、極限状況だったせいで、あんまり意識していなかった。

 

 でも、気づいてしまった。

 この体、妹がモチーフだと。

 

 

「……うわ、よく考えたら、気まずいなんてもんじゃない」

 

 

 さいわい妹ははるか彼方。

 俺がこんな状況に陥ってることさえ知らないだろう。

 でも、行方不明で心配かけてる上に、妹に対して不実なことしてる気になって……なんだか申し訳ない。

 

 

「最後にいっしょに風呂入ったのいつ頃だ? 三年前……小学生の時? ……うん、深く考えるのはやめよう。この体は別人だし。胸からして別人だし。そもそも妹の格好してるのに、不潔にしてるほうが申し訳ないし」

 

 

 割り切って服を脱ぎ、シャワーで汗を流してから、湯船に浸かる。

 ひさしぶりのお風呂だ。泣きたくなるほど気持ちいい。

 

 

「……ヤバ、寝る。これ寝ちゃう。もったいないけど、とっとと体洗ってベッドで寝よう。起きられたらもう一回風呂に入ればいいや」

 

 

 そう決めて、急いで髪と体を洗い、急ぎ風呂から出た。

 

 

「寝間着は、バスローブでいいか。髪を乾かして……あんま長く設定してなくてよかった」

 

 

 何度か睡魔に意識を持っていかれながら、かろうじて身支度を澄ませ、ベッドに倒れ込む。

 あとは朝まで、夢も見なかった。

 

 

 

 

 

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