ゲートから切り替わった、“外”の光景。
突然目の前に現れた状況は……まるで理解出来ないものだった。
海を望む、レンガ造りの巨大な洋館のテラス。
厚く垂れた雲の切れ間から、満月が垣間見える。
青褪めた月の光に照らされて……倒れ伏し、動かなくなった仲間たちの姿が、目に映った。
微塵に刻まれたエース。
焼け焦げ炭と化したダル。
心臓を一突きにされたヒョウ。
思考が一瞬、凍てついて。
溶け出した感情が、一気に煮えたぎる。
だが、経験と理性が、感情のままに動くことに警鐘を鳴らす。
無理やりに抑えつけ、感情が軋みをあげるのを自覚しながら、倒れる3人を検める。
エースも、ダルも、見るも無残な姿だ。
元気だった彼らの笑顔が、見る影もない。
気を落ち着かせるため、深く、息を吸って。3人目、ヒョウの様子を検める。
「ユウ、か……遅かった、ね……」
と、か細い声が聞こえた。
見れば、ヒョウの目が開いている。
心臓を貫く胸の傷は、間違いなく致命傷。だが、生きている!
そうか。ヒョウには【
対象の状態を、そのまま保持する彼の念能力なら……致命傷を負っていても命を繋ぎ止めることは可能なんだ!
「ヒョウ!」
感情とともに溢れだした声は、悲鳴に近かった。
「外に出た瞬間……襲われてね……不意をつかれて……このざまさ」
ヒョウの顔は青ざめ、声にも力はない。
だが、十数秒後に確定した“死”を拒絶するため、瞳だけは、強烈な意思を宿して強く輝いている。
「誰だ……いったい誰の仕業なんだ!」
「……吸血鬼だ……それだけは、間違いない……Dとミオは、吸血鬼にされていた……」
充分な情報だ。
敵の正体は逢魔ヶ災。
プレイヤーを狩るゲームマスター。
みんなの仇はあいつら──だが、いまはヒョウの手当が先。
「待ってろヒョウ。いま病院に連れてく!」
「よせ」
抱きかかえようとして、しかし、強く拒絶される。
「心臓を、貫かれてるんだ。【
死に臨みながら、ヒョウの意思は揺れない。
「──正直、痛いのは、苦手なんだ。致命傷の激痛を、感じ続ける、ってのは、辛すぎる。だから、最後に……ユウ、君の武器を、貸してくれないか……」
「なにを……どうするつもりだ?」
「
戸惑いながらも、強い意志の籠もったヒョウの言葉に逆らえない。
手に馴染んだナイフを取り出して、彼の手に取らせる。
「……ありがとう。これでお別れだ……君たちは、絶対、日本へ……」
「──ヒョウ!? お前っ!?」
意図を察して声を上げるが、遅い。
ヒョウのオーラがナイフに集まり──【
ヒョウの命を、繋ぎ止めるものがなくなる。
そのままヒョウは、血を吐いて──俺の腕の中で、こと切れた。
ヒョウの体から、温度が失われていく。
だが、手に残されたナイフ。そこに込められたオーラの輝きは、むしろ増していく。
──まるでヒョウの命の煌きを、そのまま宿したかのように。
死後強まる念の力。
【
ヒョウは、残りわずかな命を手放して、戦う力を託してくれたのだ。俺に、
「──ユウちゃん……」
カミトの声が、背後から聞こえた。
気づいていなかった。
振り返ると、すでに全員が外に転移していた。
みな、沈痛な面持ち。
あまりの惨状に耐えかねてだろう。
ミコは気を失い、カミトに支えられている。
「……ごめん。冷静じゃなかった。状況は見ての通り。加えてDとミオも吸血鬼にされた。ブラボーも居ない。不意を打たれて囚われたか、陽動にかかって別の敵を追ったか……敵は、逢魔ヶ災」
こみあげる怒りを抑え込みながら、情報を伝える。
「──状況からして、敵は3人以上。1人は吸血鬼の能力者、血の災禍アモン。加えて、エースを微塵に刻んだ能力の主と、ダルを燃やした能力の主。ヒョウの刺し傷は武器によるもので、4人目が居るかどうかは不明」
言いたくはないが……ヒョウは吸血鬼となったDかミオに刺された可能性もある。
ダルを燃やした能力者については……わからない。あの赤髪ウェイター、炎の災禍は殺したはずだが。
「狙いは……クリア報酬でしょうね」
「あるいはプレイヤーの命だ」
カミトの推測に、つけ加える。
逢魔ヶ災との因縁は、俺がもっとも深い。
後者の推測のほうが、奴らの在り方に馴染む。
「──奴らはグリードアイランドを入手していた。当然港の位置も把握しているだろう。グリードアイランド島にもっとも近い港に網を張り、現れた者を待ち伏せにする。そういう奴らだ。
加えて言うなら、おそらくブラボーと逢魔ヶ災には因縁がある。
ブラボーは言った。逢魔ヶ災がグリードアイランドに姿を現すことは、
まず間違いなく両者は交戦している。
ブラボーの口ぶり、そして性格から、逢魔ヶ災はブラボーに撃退され、殺人犯として収監された。
その後脱獄して、“港”でプレイヤーを待ち伏せ……最初に出てきたブラボーを陽動にかけて、後続の仲間たちを殺していったのだろう。
「……シュウ」
「ああ、ユウ。わかってる」
殺気ではなく、オーラでもない。
この気配には、覚えがある。グリードアイランドを入手した時、宿を取り囲んでいた、吸血鬼の従僕たちの気配。
「この気配、吸血鬼の
レットさんも、気づいたのだろう。
短い悲鳴とともに、皆に注意を送る。
ほぼ同時。吸血鬼たちが、群れをなして広間に雪崩込んできた。
「【
直後、吸血鬼の大群が、シュウの一撃で吹き飛ばされた。
そのすさまじい威力に、痛いほど理解する。シュウが、どれだけ怒っているのか。
シュウに粉々にされた吸血鬼が、灰塵に帰す。
吸血鬼アモンの
先陣を吹き飛ばしたものの、吸血鬼の群れは足を止めない。
その数は、無尽蔵にも感じられる。このままではジリ貧だ。
「カミト! この場を頼む! 俺は
「待てユウ! ひとりで行くな! オレも行く!」
押し寄せる吸血鬼を蹴散らしながら、シュウが叫ぶ。
無理だ。この物量。シュウが抜ければ一気に差し込まれる。
「わかった──シュウ! 3カウントで入れ替われ! 3、2、1──行けっ!」
マッシュの合図に合わせて、シュウが飛び退る。
かわりに前に出たのは、マッシュとビノールト。
「ユウさん、シュウ! ここはオレたちに任せろ!」
言いながら、ビノールトがハサミを振るう。
マッシュが、押し寄せる敵を速射砲のごときジャブで止める。
「ふたりとも! 行きなさい! ミコたちはわたしが守るから、敵の本体を、早く!」
そして、カミトが叫んだ。
言葉とともに、音を立てて鎖が地を這い回る。
カミト自身とミコ、仲間と、そして
「──【
うねるように
だが、敵はとめどなく現れる。
先ほどの一群も氷山の一角。テラスから外を見れば、地面を埋め尽くすほどの軍勢が、こちらに向かってくる。
鉄鎖の結界すら侵そうかという、吸血鬼の洪水。
「変──身!!」
それに抗うように、レットさんが飛び出て血路を開く。
「おふたりとも! ここはまかせて行って下さいっス!」
変身ヒーロー。
その名にふさわしい大立ち回り。
道は開かれた。
あとは行くだけだ。
「行くぞ、シュウ。思い切り──跳ぶ!」
「ああ!」
テラスに足をかけ、ジャンプ。
地を蹴る瞬間に、オーラを足先に一点集中。
洋館から隣の建物の屋根までは、10mちょっと。余裕で届く。
軍勢の頭上を超え、道路を挟んだ向かいの建物へ。
高所に立って見下ろすと、あらためて、その異常な数に戦慄を覚える。
吸血鬼の大群は、この一帯を埋め尽くすように、わらわらと蠢いている。
「カミト、ミコ、レットさん、マッシュ、ビノールト……きっと、無事でいてくれよ」
口の中でつぶやくと、屋根伝いに走り出す。
屋根から屋根へ高速で走る俺たちに、吸血鬼たちはまったくついてこれない。
「シュウ! どうやって本体を探す!?」
「敵が“港”の洋館を離れて、そう時間は経っていない! くまなく気配を探れ!」
「わかった! 俺は西を探す! シュウは東側を!」
そう、叫んで。
俺とシュウは、同時に地を蹴った。
◆
走りながら、オーラを探る。
すこしのオーラのゆらぎも逃さないよう、集中する。
だが、どうもおかしい。
あたりに人の気配が存在しない。
深夜とはいえ、屋内にすら人の気配を感じないのは異常にすぎる。
この街全体がおかしい。
なにかとんでもないことが起こっている。そんな予感。
──ひょっとして、この街の住民全員が吸血鬼の従僕に?
有り得る。
この吸血鬼の量を考えれば、そう考えたほうが自然ですらある。
「……なんて真似を」
歯噛みする。
逢魔ヶ災、血の災禍アモン。
人の血を吸って従僕を増やす、化け物のような災い。
あいつが、その力で網をめぐらし……この街を、死で覆ってしまったのか。
歯噛みしながら、街中を駆ける。
と、前方に強いオーラを感じた。
その禍々しさは、死の街の中では、ひときわ目立つ。
オーラの主は、逃げてはいない。
むしろ、こちらに向かってきている。
彼我の距離は、どんどん近づいていって。
「──みつけた」
「──ブラボーと、あの女かと思えば……貴様か、ユウ」
姿を表したのは、見間違うはずがない。血の災禍、吸血鬼アモン。
真円を描く月の、蒼褪めた光を背負って、マントをはためかせる威容。
その姿は以前より一層禍々しく、この眼に映った。
あたりに目を配れば、俺を囲うように現れる吸血鬼ども。
後ろに1体、両脇の建物の上に1体ずつ。
先ほどの吸血鬼達とは違う、おそらく念能力者の吸血鬼。
オーラ量自体は大したことないが、無視していい相手ではない。
さらに、吸血鬼の横に侍るように、一人の男が立っていた。
赤く輝く瞳に、長大な犬歯。Dだ。吸血鬼と化してはいたが、間違いなくDだ。
「D……」
声をかけたが、反応はなかった。
「呼びかけても無駄だ。そいつはもう、我が従僕だ」
胸の奥に湧きあがった衝動を、無理やり押し殺す。
この悪魔相手に、怒りに身を任せて戦うなど無謀に過ぎる。
「──なぜ、俺の仲間たちを殺した?」
「愚かな。災いに理由を問うか……決まっている。我らが貴様らの敵、逢魔ヶ災だからよ! 呼吸をするように、食事をするように、我らは強欲に貴様らを殺すのだ!」
その言い草に、あっさりと。
抑えていたものは決壊した。
もういい。
命を弄ぶ化け物の言葉など、もはや一秒でも聞いていたくない。
──こいつは【殺す/殺す】。
ヒョウのナイフを取り出し、吸血鬼に向かう。
足にオーラを集め、全力ダッシュ。一気に間合いを詰める。
迎撃のため、吸血鬼が振り上げた腕に──ナイフを叩き込む。
ヒョウの
──
確信する。
不死身なだけあって防御には無頓着だ。
その分攻撃に関しては戦慄を禁じえないが、体を守るという考えすらない。ヒョウのナイフなら、その甘さを咎めることができる。
「ほう? やるな、だが」
ピクリ、と、吸血鬼の腕が動く。
そのまま腕が吸血鬼の肩に飛んで行き、ぴたりと元の位置に収まった。
「我に斬撃は効かない」
吸血鬼は得意気に笑う。
驚くほどのことじゃない。予測はしていた。
ただ、どの程度不死身なのか知りたかったのだ。
──これからの、処刑のためにな。
心中つぶやいて、音もなく建物の影に隠れる。
取れる戦術が限られていた、いままでとは違う。
遮蔽物に事欠かないこの場所こそ、
そのまま【
吸血鬼は、背後の警戒を怠らないまま、じっと構えている。
「どうした? 来ないのか?」
安い挑発には乗らない。
確実に、あの吸血鬼を暗殺する。
顔を、手で覆う。
殺意の
──【
完成した“わたし”の念能力。
“わたし”自身が死角の恐怖と化す異形の力。
“
血の災禍アモンは、“わたし”を見た。
ゆえに、あらゆる死角から、殺意が襲いかかる。
不死性にふさわしい鈍重な危機感しか持たないとはいえ、これは効いた。
「──ここだ」
声を出してやり、転移。
吸血鬼は、直前まで居た建物の壁を破壊するが、そこには誰もいない。
その間に、屋上の1体を破壊。隣の一体がオーラを手に集めて殴りかかってくるのをすり抜け、心臓を破壊する。
間近で視てわかった。
死体の中には核となる異質なオーラが存在する。
おそらくそれが擬似的な生命活動を行わせているのだろう。
それなら、死体がオーラを操って攻撃してくることにも納得がいく。
「──どこを見ている」
声をかけて、また移動。
吸血鬼には影も捕らえさせない。
「──ここだよ」
今度は、吸血鬼の背後に移動。
ナイフを突き出すが、割って入ったDの腕を抉っただけだった。
敵の意図を理解する。
吸血鬼とDで死角を消されれば、【
だから、Dの目の前に手をかざし、強制的に死角を作り、跳ぶ。
「こっちだ」
姿を、見せてやる。
そのまま路地裏に逃げたかと思うと建物の上へ。
化け物達を処理しながら、巧みに吸血鬼を誘導していく。
だが、厄介なDが残っている。
まったくの無策。
ただ、正面から全力で切りかかるだけ。
だが、吸血鬼の死角には、常に【
だから死角からの攻撃を警戒してDを背中合わせに配置し、ありもしない奇策、奇襲に意識を割いた。
だから、許した。
“わたし”の真正面からの、全力攻撃を。
ナイフが吸血鬼の腕をかいくぐり、首を掻き切る。
否、ヒョウの
てん、てんと、首が転がる。
転がってこちらを向いた首は……口の端を偃月の形につりあげた。
「──なにを考えている? この程度で我は死なぬぞ」
「承知の上だ!」
うそぶく吸血鬼の首をすばやく捕らえ、駆ける。
首を失った体は、首を求め、“わたし”を追いかけてくる。Dもそれに続く。
「無駄だ! 首を離したぐらいで死ぬ我ではない! そして、この程度で我が身体能力が落ちると思わないことだ!」
吸血鬼が、なお
こいつの言っていることは、おそらく嘘じゃない。
首を切り離したぐらいで死ぬのなら、そこを守りすらしないのはおかしい。
「だろうな。だが、場所が最悪だ」
話している内に、目的地にたどり着いた。
着いた先は、波止場。目の前には海が広がっている。
「──ここは港街なんだよ」
吸血鬼は流水を渡れない。
切り離されたパーツを繋ぐことはできても、再生はできない。
ならば、こいつを倒す方法は、これだ。
いまさら気づいた吸血鬼が、顔色を変える。
「まさか! やめろ! やめてくれ!」
「いままで殺してきた奴の、恐怖と無念を存分に味わって……死ね!」
そのまま思い切り、首を海に投げ込む。
絶叫を上げながら、吸血鬼の首は水面に吸い込まれていった。
視界を失ったためだろう。
胴体は、首を求めてうろうろと
「朝日が出るまで、そうやってあがいてろ」
言い捨ててから……Dに向き直る。
主を失ったためだろう。
Dは、呆けたようにその場に立ち尽くしている。
仲間として、ともに戦ってきたD。だが、その身はすでに動く死体と化している。
こいつはもうDじゃない。Dだったものでしかない。
Dの尊厳を守るためにも、ここで殺さなくてはならない。
留まり続けようとする殺意の
「……待ってろ、D。いま、介錯してやる」
手の震えを、抑える。
Dは、すでに死んでいる。
だが、俺は、これから間違いなくDを殺すのだ。
「──無理するな。手が震えているぞ」
声がした。
それが誰の言葉か、最初わからなかった。
Dの口が開き、Dの声で発せられた言葉だが、あまりにも意外で、そうと認識できなかった。
「あいつの支配が解けたようだな。自由に動く」
手を握り、開く。
その動きには、間違いなくDの意思が反映されていた。
「D、無事なのか?」
「無事じゃないな。なんせ今の俺は動く死体だ」
自嘲気味に笑うD。パシリ、と乾いた音が聞こえた。
「D? どうした」
不吉な予感を覚え、Dに尋ねる。
Dは、その顔に透明な笑みを浮かべて、言った。
「……俺の能力が“波紋”で……【
Dの頬に、ヒビが入った。
太陽の力、波紋。
吸血鬼にとって天敵とも言える力。
それを、自らの体に使っているというのか!
「D! やめろ! やめてくれ! もうすぐ帰れるんだぞ! いっしょに帰ろう、帰るんだ、D!」
言う間にも、Dの身体が、どんどん崩れていく。
「ああ。そうできたら、いいな」
Dの乾ききった口の端が、わずかに持ち上がる。
「──なら」
「
俺の願いを、誘いを。Dは、この上なく明確に、拒否した。
「感じるんだ。いま、俺に自我が戻ったのは、ただの偶然。死の間際の一時の奇跡だ。いつ失われるかわからない、不安定なもの……なら、俺は俺の意思で、俺のまま終わる事を選ぶ」
その言葉を、否定したかった。
だが、俺には、それを否定する言葉が、どうしても出て来なかった。
「だが断る、か……一度リアルで使ってみたかったが、そんな機会があるなんて……な」
言いながら、安らかな笑みを浮かべ、Dは崩れていった。
「生きて帰れよ、ユウ」
最後に、声が聞こえて。
あとに残ったのは、一握の灰と……グリードアイランドの指輪だけ。
灰を掬い取る。
指輪とともにDの服のポケットに入れて。
それを羽織って、無言のまま駆け出した。
吸血鬼の言動で察した。
やつらも、ブラボーを追っている。
ブラボーも、戦っているのだ。
なら、一刻も早く合流してともに戦う。
そして──Dやヒョウの無念を晴らして、みんなで日本に帰るんだ。
決意とともに、死の街をひた走る。
祖たるアモンが倒れ、本当の意味で死の街と化したこの街に、俺の足音だけが高く響いた。
◆アモン=カラット
・H×Hで好きなキャラクター三人
クロロ、イルミ、王(メルエム)、
・H×Hで好きな念能力三つ
シャルナークの【
・グリードアイランドで好きな指定ポケットカード三つ
No.000支配者の祝福、No.001一坪の密林、No.002一坪の海岸線
・ユウからの第一印象
創作で見るあの吸血鬼そのものだ……