グリードアイランド・クロス【本編完結】   作:寛喜堂秀介

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28 別れの船旅

 港は、灰に覆い尽くされていた。

 夜明け前、月の淡い光が地を照らす、そんな中で。

 見渡す限りの空間を灰が覆う光景は、まるで月世界。

 

 吸血鬼が滅びた、その痕跡。

 風のない夜が、こんな時には恨めしい。

 人が死んだという事実が、こんなにもはっきりと残るのだから。

 

 あたりに、動くものはない。

 ただいくつかの人影が、闇の帳越しでもはっきりと見えた。

 その中でも、唯一二本の足で立つ影は、鎖使いカミトの姿は、遠間からでもよくわかる。

 

 

「カミト」

 

 

 声をかける。

 カミトは緩慢な動作で、こちらを振り向いた。

 

 

「ユウちゃん。シュウ……無事だったのね」

 

 

 表情は見えない。

 だが、声は、泣き笑いのようだった。

 

 応えるように手を挙げてから、身を引きずるようにして歩み寄る。

 アマネとの戦いで、掛け値なしに力を絞り尽くしたため、カミトの下にたどり着くには、ずいぶん時間がかかった。

 

 カミトの顔が見えた。

 心底疲れ切ったような、そんな無表情のなかに、わずかに喜びの色。

 この月世界のような光景を見れば、それを成したのがカミトたちだというのなら、それも納得だ。

 

 見れば、カミトの足元には、横になって眠るミコの姿。

 それに、疲れてしゃがみこんでいるマッシュとビノールト。

 それから、ぶっ倒れて大の字に寝転がったレットさんの姿があった。

 

 

「ただいま。勝ったよ……けど、勝っただけだ」

 

 

 血の災禍、吸血鬼アモンを倒した。

 炎の災禍、レイズを討つ、決定的な役割を担った。

 全ての元凶となったアマネを、シュウと、みなと、力を合わせて討ち取った。

 

 だけど、だれひとり、取り戻せていない。

 ブラボーも、去っていってしまった。

 

 

「そう……こっちも、勝ったわ。勝っただけ、だけど」

 

 

 カミトが口に出した言葉も、それだけ。

 

 だが、カミトが手に持っている赤いリボン。

 青髪童女のミオが着けていたそれが、カミトの手にあることで──ここで起きた悲劇を知った。

 

 だから、なにも聞かない。

 

 

「そうか……【挫折の弓】は、取り返した。ブラボーは……死んだ」

 

 

 ブラボーとの約束を守り、嘘をつく。

 約束がなくても、いまのカミトを見れば、きっと同じことを言っただろう。

 

 カミトは、身内に甘い。

 口こそ厳しいが、本質的には優しい人なんだと思う。

 

 そんな彼女が、真実を知れば、どれほど傷つくか。

 いまの弱った彼女を、これ以上傷つけたくなかった。

 

 

「……そう」

 

 

 そう返したカミトの表情を見て、思わず息を呑んだ。

 どこか納得がいったような、そんな表情に、すべてを見透かされたような気がして。

 

 だが、それも一瞬。

 決意を秘めた瞳で、カミトは夜明け前の空を見上げた。

 

 

「帰るわよ……それが、目標なんだから。そのために、みんな死んだんだから」

 

 

 感情を押し殺すように。

 カミトは緩慢な動作で、エースやヒョウの遺体を一箇所に集めていく。

 見かねて、へばっていたマッシュとビノールトが立ち上がり、作業を手伝いはじめた。

 

 

「カミト、なにを?」

 

「連れて帰るのよ。せめて、死体ぐらい返してやらなきゃ……救われないじゃない」

 

「……俺たちも、手伝うよ」

 

「ありがとね」

 

 

 カミトはむりやり笑顔を浮かべて、そう言った。

 

 一通り、作業が終わって。

 

 

「マッシュ、ビノールト。ふたりは、食料と寝袋を調達してもらっていいかしら。ユウちゃんたちは、しばらく休んでて。ミコをお願いね」

 

 

 カミトは休むことなく、動き続ける。

 

 

「カミト、どこへ?」

 

「船を借りてくるわ……帰るためにね」

 

 

 カミトが、歩いていく。

 ブラボーの事をくわしく聞こうともしない。

 やはりカミトは、気づいているのかも知れない。

 真実には至っていなくても、ブラボーが他者の罪を背負い、別の道を歩み出したことに。

 

 

 

 

 

 

 待つこと2時間。

 夜も明けて、東の空はすでに明るい。

 そんな中、カミトが回してきたのは、大型のクルーザーだった。

 レットさんもすでに目を覚ましていて、全員で遺体を寝袋に詰め、船に運び込んだ。

 

 

「さ、行きましょうか……グリードアイランド島に」

 

 

 グリードアイランド島。

 その中で【離脱(リーブ)】を使うことが、考え得る、もっとも確率の高い現実への帰還方法だ。

 

 船に乗り込んだのはカミト、ミコ、レットさん、シュウ、俺の5人。

 

 マッシュとビノールトは、残って見送る事になった。

 カミトは、2人に簡単な別れを告げて、操舵室へと向かった。ミコは、船室で寝かされている。

 

 

「3人とも、あえてこう言わせて貰うぜ──またな!」

 

 

 マッシュはそう言って、笑う。

 今生の別れとなる事はわかってるだろうに……淡白だが、マッシュらしい別れの言葉だ。

 

 

「ユウたちのおかげで強くなれた。オレはこの力で、天空闘技場の頂点に立ってやるからよ。応援していてくれよ?」

 

「ああ、マッシュなら、楽勝だ」

 

「つーか負けたらぶっ飛ばす」

 

「そうっスよ! オレたちはライバルなんスから、負けるんじゃないっスよ!」

 

 

 ビノールトの別れは、もっとあっさりとしていた。

 

 

「言いたいことは、宴会の時に言っちまったからな……()()()、オレたちは仲間だぜ」

 

「ああ、ビノールト。きみと出会えてよかった」

 

 

 それから、二、三、言葉を交わして。

 船が、ゆっくりと動き始めた。

 

 日の登る水平線に向かって、船は進む。

 陸が、離れていく。

 

 

「──ああ、ひとつ言い忘れてたことがあったな」

 

 

 遠くなっていくマッシュが、声を上げる。

 

 

「最初、お前に交際を申し込んだけどな、あれ、無かったことにしてくれ。お前ら、お似合いだぜ!」

 

 

 とびきりの笑顔で、そんな事を言ってきた。

 

 思わずつんのめりかける。

 

 ありえない。勘違いもいいとこだ。

 だが、まあ、ムキになって否定することでもない。

 

 

「いやー、そうっスかねー」

 

『いや、おまえじゃないだろ』

 

 

 図々しく勘違いしたレットさんへのツッコミが、重なった。

 それを見て、マッシュと、ビノールトも釣られて爆笑する。

 

 

「またなーっ! みんなーっ!!」

 

「気をつけてなーっ!」

 

 

 2人に応えるように、大きく、手を振る。

 船が動き出し、だけど、姿が見えなくなるまで、俺たちは2人に向かって手を振っていた。

 

 その後は。俺も、シュウも、かなり負傷が厳しかったので、比較的軽傷だったレットさんを操舵の交代要員に任命し、その日は船室で泥のように眠った。

 

 

 

 

 

 

 次に目覚めたのは2日後だった。

 どうやら、予想より疲労が激しかったらしい。

 目を覚ますと、寝台で寝ているのはレットさんとカミトだけだった。

 

 重い頭を無理やり起こし、体調を確認する。

 体が重いのは、たぶんオーラを限界まで絞り尽したからだろう。

 腹や顔にできた痣は、あと数日は、確実に痛みが残る……完調ではないが、まあ、静養が必要なほどじゃない。

 

 船室を出て、操舵室を覗くと、シュウが船の運転を任されていた。

 

 

「よ」

 

「お、ユウ。もう起きられるのか?」

 

 

 それは、どう考えてもお前に言うべき台詞だと思うぞ、シュウ。

 肉体的なダメージに関しては、お前の方がよっぽどひどかったんだから。

 

 

「シュウのほうはどうなんだ? もう起きていいのか?」

 

「ん、完璧完調」

 

 

 言ってシュウは軽く演舞する。

 動きのキレは、本当に完調時のそれ。

 人間ワザじゃないだろう、その回復力。

 

 

「ミコは?」

 

「甲板に出てる……やっぱり、ミオのことがちょっとショックだったみたいでな。いまはまだ、話しかけない方がいいかも」

 

「そうか……」

 

 

 妹が出来たみたいだと、ミコはそう言っていた。

 そんなミオが死んだのだ。ショックは深刻だろう。

 

 俺は、甲板に出た。

 ミコは、波間をみつめるように、甲板の端に立っていた。

 

 俺は、黙ってミコの隣に立つ。

 言葉も、なにもない。ただ、一人にしておけなくて、そうした。

 

 

「──なんで」

 

 

 ミコは、長い間、ずっと無言でいた。

 しかし、やがてポツリ、ポツリと、話し始めた。

 

 

「なんで、みんなが、死ななきゃいけなかったの? みんな、みんな、いい人でしたのに」

 

 

 俺は、無言。

 真相を、ミコに教えるわけにはいかなかった。

 

 誰かを憎めれば、楽だけど。

 真実を知ればきっと、それ以上にミコは傷つくことになる。

 

 

「ミオは、ミオはまだ10歳で、あんなに小さかったのに……」

 

 

 ミコの声は、震えていた。

 

 

「──こんなに、小さくて、わたくしの膝に乗って……いっしょにゲームを始めたママが迷子だから、さきにおうちに帰って待ってるんだって……それが……う、うあああっ!」

 

 

 ミコは、こらえ切れず、声をあげて泣き出した。

 

 俺は、黙って胸を貸す。

 こういうとき、もうちょっと身長があればサマになるんだろうけど。

 ミコのほうが背が高いから、抱えあげられるような、つんのめった体勢になった。

 

 そのまま、黙ってミコの背を撫でてやる。

 ヒョウの死も、ダルの死も、Dの死も、エースの死も、そしてミオの死も、決してなかったことにはできない。

 

 でも、みんな、ただ死んだわけじゃない。

 みんな仲間のために、戦った。仲間の帰還を願って、最後まであがいた。最後まで、俺たちの戦いを助けてくれた。

 

 そのおかげで、いまの俺達がある。

 だったら、その意思を、無にするわけにはいけない。

 元の世界に戻って、当たり前の生活を送って、当たり前に笑い、当たり前に騒ぐ。そんな当たり前の幸せを、あいつらは俺たちに託すしかなかった。

 

 背負わされた命は、重いけど、その重みの分だけ、幸せにならなくちゃいけない。

 いつだって、あいつらに、胸を張っていられるように、前を向いて歩いていこう。

 そう、心に誓いながら、不覚にも、熱いものがこみ上げてくるのを押さえ切れなかった。

 

 

 

 

 

 

 泣き疲れて眠ったミコを船室に運び込み、寝かせてやると、奥の方からいい匂いがする。

 見れば、簡易キッチンにカミトが立ち、腕を振るっていた。匂いからして、シチューを作っているらしい。

 

 くつくつと煮えるシチュー。

 それがかき混ぜられるたび、食欲を誘う香りがただよってくる。

 

 クウ、と腹の虫が鳴った。

 よく考えれば、丸二日、何も食べていない。

 

 

「あら、ユウちゃん。ミコちゃんは寝ちゃったのね」

 

 

 俺に気づいたカミトが、振り返って微笑みかけてくる。

 

 

「泣き疲れて、いま寝たとこ」

 

 

 言いながら、俺は据え置きのテーブルについた。

 

 

「ごめんね、ユウちゃん。ミコちゃんの面倒見させちゃって」

 

「当然だろ? ミコは大切な仲間だ」

 

「そうじゃなくて……ユウちゃんもキツイのに、任せちゃって」

 

 

 カミトは、視線を落とした。

 それを言うなら、カミトのほうがよっぽどキツイだろう。

 死んだ5人の仲間も、ブラボーも、カミトのほうがつき合いは長いのだ。

 

 

「……ま、それは置いといて、とりあえずご飯にしましょ。人間空腹じゃあロクなこと考えないものだし。一人ならなおさら、ね」

 

 

 どうも、この人と話していると、見透かされている気がして落ち着かない。

 

 

「レットと、シュウも呼んできてちょうだい。天気もいいし、この海域なら自動操縦に任せられるはずだから」

 

 

 眠りこけるレットさんをたたき起こし、操舵室のシュウを呼んでくると、匂いにつられてか、ミコも起きだして来た。

 5人で雑談しながら温かい食事をしていると、不思議と重苦しかった心が楽になった。

 

 

 ──ほんとにカミトは、お見通しだなあ。

 

 

「あ、そうだ。ここ、ラジオついてるんスよね。喫茶店でバイトしてた時、よく聞いてたんスよ」

 

 

 レットさんが、はたと手を打ってラジオをつけた。

 どこの電波を拾ったのか、スピーカーは軽快な音楽を吐き出しはじめる。

 

 聞き慣れない曲調だが、素直にいい曲だ。

 

 

「……やっぱ、こっちでも、音楽の良さは変わらないっスよね」

 

 

 音楽を楽しむように、目を細めるレットさん。

 

 なんだか意外な一面を見た思いだ。

 まあ、これまでアナログ生活かサバイバル生活で、その手の趣味を共有する機会なんてなかったから当然だけど。

 

 音楽を肴に、しばし談笑……していると。

 ラジオから、いきなり耳慣れた歌が聞こえてきた。

 

 

『──え!?』

 

 

 全員いっしょに声を上げる。

 ラジオから流れてきたのは、ボーカルが違い、微妙にアレンジされているものの、間違いなく日本の歌だった。

 

 

「これって……あれ、だよね」

 

「間違いないっスよ」

 

「これはわたしも知ってるわ」

 

 

 おそらく、プレイヤーが歌っているであろう、その曲に、みんなで顔を見合わせる。

 ややあって、カミトがくつくつと笑い出し、それが全員に広がった。

 

 

「……世界が違っても、音楽のよさは変わらない、か」

 

 

 ひとしきり笑ってから、カミトがつぶやいた。

 本当にその通りだと、そう思い──世界が、こちらに優しく微笑みかけてきた気がした。

 

 

 

 

 

 

 その夜半過ぎ。

 なんとなく目がさえて、甲板に上がった。

 

 

「よ」

 

 

 甲板には、先にシュウが上がっていた。

 

 

「シュウ、寝てないとだめだろ? 当番で疲れてるんだから」

 

「いや、眠れないんだよ。いよいよ明日にはグリードアイランド島に着く。それで帰れると思うと、な」

 

 

 そう言って、シュウは夜空を眺めた。

 

 

「──わあ」

 

 

 つられて見上げた空に、思わず歓声がもれる。

 人の明かりのない夜空に描かれた、光のイルミネーション。

 漆黒の闇の中、見たことないくらいの量の星が、散りばめられていた。

 

 

「こっちで最後の夜空かと思うと、よけいきれいに見えるな」

 

「いや、それ抜きにきれいな星空だよ」

 

 

 星空が、本当にきれいで、思わず見とれてしまう。

 

 

「──ユウ」

 

「なんだよ、あらたまって」

 

 

 声をかけてきたシュウ。

 その真剣な表情に、戸惑う。

 

 

「正直オレ、この世界に未練があるんだ」

 

「別に、おかしいことじゃないだろ。前も言ったけど、俺だって、こっちで大切なものがいっぱい出来た。それより大事なものがあるから、帰るんだ」

 

「ああ、わかってる。オレも、帰る。そう決めた。だから、ユウ。未練を断ち切るために……オレを殴ってくれ」

 

 

 不意の言葉に、戸惑いしかない。

 だが、レットさんの趣味について、なにも知らなかったように。

 数年来の親友であるこいつにも、俺が知らない悩みや葛藤があったんだろう。

 

 水臭い。相談しろよ、とは思うけど……

 俺がぶん殴って未練が断ち切れるというのなら、やってやろうと決めた。

 

 

「わかった。いくぞ」

 

 

 言ってから、腰だめに構えて──シュウの頬を、思い切り殴った。

 さすがにオーラは纏わせなかったが……にぶい音と共に、シュウは甲板の端まで吹っ飛んでいった。

 

 

「……おーい、シュウ、大丈夫か?」

 

 

 傍まで歩いて行き、甲板に大の字になったシュウを見下ろす。

 シュウは、どこかすっきりしたような顔で、急に笑い出した。

 

 

「手加減なしかよ……ユウ、やっぱお前大好きだわ」

 

 

 言いながら、笑うシュウ。

 俺は呆れて、船室に足を向ける。

 

 

「そのまま寝ないようにな」

 

「だったらちょっとは加減しろ!」

 

 

 シュウは、なおも笑いながら応える。

 そのまま船室に向かおうとすると、物陰に隠れるように、カミト、レットさん、ミコが並んでいた。

 

 

「みんな、なにやってんの」

 

「いや、まー、その……」

 

 

 カミトが、どこか言葉を探すような仕草。

 

 

「端的にきくけど……ひょっとしてシュウに、とんでもなく下品なお願いされた?」

 

 

 なにを疑われているのか、理解して。

 俺は出会ってから初めて、カミト相手に拳骨を落とした。

 

 

 

 

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