グリードアイランド・クロス【本編完結】   作:寛喜堂秀介

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29 残ったもの

 翌朝未明、クルーザーは大きな島にぶつかった。

 

 グリードアイランド島。

 地図には存在しない、幻の島。

 はじめて見る海からの景色に、こみ上げてくるものがある。

 長かった……一年半にも及ぶ、この世界での旅路。その終わりも近い。

 

 だが、最後の最後に、対すべき相手が残っている。

 

 

 ──レイザー。

 

 

 俺たちにとって最初に出会った、この世界の住民。

 グリードアイランドに不法侵入した相手を排除する役目を持つ、ゲームマスター。

 

 海岸近くまで船を寄せると、居た。

 ひとり浜辺に立ち、こちらを見るレイザーの姿。

 

 

「忘れ物はない? ボートに乗り換えて岸につけるわよ」

 

 

 カミトの引率のもと、ボートに乗って浜辺へ。

 一直線に向かう先は、こちらを待ち構えるレイザーの元。

 

 

「レイザー。わたしたちは【異邦人(プレイヤー)】よ!」

 

 

 船を寄せながら、カミトは大声で語りかけた。

 

 

「そうか。ドゥーンから話は聞いている! 上陸を許可しよう!」

 

 

 レイザーは、迷うことなくそう応じた。

 

 なるほど、交渉はすでに済んでいるということか。

 いったい誰が、といえば……ブラボーに違いない。

 ゲームクリア時、ブラボーはゲームマスターのリストやドゥーンと話し合っていた。

 その時に、プレイヤーが日本に帰るための、非正規上陸の許可を取り付けたのだろう。

 

 とはいえ……ちょっと戸惑う。

 レイザーには、いまだに日本帰還の最大の障害ってイメージがあるし。

 

 

「ん、どうした?」

 

 

 困惑が表情に出ていたのだろう。

 ボートを岸に着けたところで、レイザーが尋ねてきた。

 

 

「なんでもないよ。あとから来るプレイヤー(なかま)たちにも、お手柔らかに願いたいかなって」

 

「ああ。ゲームのこと以外でなら、な」

 

 

 レイザーは厳つい顔に微笑を浮かべたまま、そう答えた。

 

 

 

 

 

 

 岸に、降り立つ。

 同時に、抱えていた死体袋がオーラに包まれ──その中身を失った。

 

 

「これは……」

 

「グリードアイランドが、みんなの死を認識したんでしょう。変則だけど、これで帰れることが証明されたわね」

 

 

 驚いていると、カミトが説明する。

 

 そうか。

離脱(リーブ)】以外に、日本に戻る手段がひとつだけあった。

 

 

 ──プレイヤーの死。

 

 

 【離脱(リーブ)】同様、ジョイステーションの下に戻されると語られた現象。

 

 なら、ヒョウたちは日本に帰れたのか。

 思い出す。日本へ帰ってくれと、思いを託したヒョウやD。

 どんなかたちにせよ、彼らが日本に帰れたのなら……すこしだけ、救われる思いだ。

 

 

「……やるわよ。みんな、指輪はこの世界に来た時のものに変えてるわね?」

 

 

 カミトの確認に、全員がうなずく。

 準備は終わった。なら、あとは……帰るだけだ。

 

 

「……いくわよ」

 

 

 カミトは【挫折の弓】を手に持ち、レットさんに向ける。

 

 これが別れになることは、わかっていた。

 だが、話したいことは、すべて船の中で話してしまって、なにも出てこない。

 

 

「──【離脱(リーブ)】、使用(オン)・レット」

 

「みなさん、さよならっス! ユウさん、あのとき拾ってくれて、本当に感謝してるっス!」

 

 

 敬礼と共に、レットさんが消える。

 なんだか、レットさんらしい別れ方だった。

 

 

「──【離脱(リーブ)】、使用(オン)・ミコ」

 

「カミトさん、シュウさん、ユウさん、みんなお元気で! あのっ! ユウさん! あっちに帰っても──」

 

 

 思いだしたように、なにか言いかけて、ミコが消えた。

 そのあわてぶりがおかしくて、思わず苦笑してしまう。

 

 続いては、いよいよ俺とシュウだ。

 だが、カミトは【挫折の弓】を構えない。

 俺を、シュウを、まっすぐに見つめて……絞り出すように、笑顔を浮かべた。

 

 

「ユウちゃん、シュウ……ありがとうね」

 

「カミトこそ、ありがとう。カミトには本当に助けられた」

 

「わたしもユウちゃんに、たくさん救われたわ。本当に……ありがとう」

 

 

 多くを語らず、カミトはただ感謝する。

 そして、ついに【挫折の弓】を構えた。

 別れの時が来たのだ。

 

 

「──【離脱(リーブ)】、使用(オン)──」

 

「──そうだ、カミト」

 

 

 と、シュウの言葉で、呪文が中断される。

 

 

「──すっかり忘れてた。船室にオレとユウの荷物がある。屋敷の鍵とか通帳とか……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ああ、今朝、やけに念押ししていたと思えば、そういうことか。

 日本に帰る俺たちには、どのみち必要ないものだ。だから、惜しくはない。

 

 シュウの言葉に、カミトは一瞬ぽかんと口を開け──苦笑を浮かべた。

 

 

「【離脱(リーブ)】、使用(オン)・ユウ、シュウ……ありがとね、ふたりとも」

 

 

 それが、この世界で聞いた最後の言葉だった。

 

 

 ──こっちこそ、本当のことを言えなくてごめん。

 

 

 そう謝りたかった。

 だが、それを言い出せないまま、まばゆい光に包まれていく。

 

 そこで、遅ればせながら思い出した。

 別れを告げるべき対象が、もう一人居ることに。

 

 

 ──ありがとう。バイバイ、“殺意(わたし)”。

 

 

 もはや存在するかもわからない、もう一人の自分に、別れを告げて。

 

 

 ──“     ”

 

 

 なぜか、否定の意思が返ってきた気がした。

 

 

 

 

◆ 

 

 

 数秒か、数分か。すこしの間、気を失っていたらしい。

 気がつくと、机に突っ伏していた。顔に当たる木の感触が心地いい。

 

 あたりを見回す。

 目の前にはパソコンのモニター。

 6畳の部屋には、ベッドと衣装タンス、格闘雑誌とジャンプ漫画しかない本棚。

 

 懐かしい……俺の部屋だ。

 自分のもののはずなのに、目にするのは約一年半ぶり。

 だけど、記憶にある自分の部屋と、なにひとつ変わらない。

 

 

 ──帰って、来たのか?

 

 

 しばらくぼーっとしていると、部屋の扉が急に開いた。

 顔をのぞかせたのは、この一年半も、変わらず見慣れ続けた、黒髪猫目の美少女──妹の(とも)だ。相違点は、ユウより髪が長いくらいか。

 

 

「おニイ」

 

 

 声を聞いた瞬間、感情が揺さぶられる。

 

 そうだ。友は、こんな声だった。

 帰ってきたんだと、強く実感する。

 お前のために、大冒険してきたんだと、語りたくなって……自重。

 

 

「うん、友、ひさしぶり──帰ってきたよ」

 

 

 万感の思いを込めて、俺が敬礼すると、友は怪訝な顔になる。

 

 

「いや、ナニ寝ぼけてんの。まだ夜中だよ?」

 

 

 なんというか、普通過ぎる反応に、戸惑う。

 俺、一年以上失踪してたはずなのに。

 

 

「あ、あ、あー。いま何月何日」

 

「おニイ、ボケるのもたいがいにしてよね。10月15日に決まってるでしょ」

 

 

 思わず時間を確認する。

 机の脇に置いていたスマホに表示された日時は、10月15日20時28分。西暦もおなじ。

 ちょっと信じられないが……グリードアイランド・オンラインの開始から、30分も経っていない。

 

 

「……ゲームが一段落してるなら、お風呂、早く入っちゃってよね。でないと入り損なうよ?」

 

「うん。ありがとな、友」

 

 

 呆れたような友の表情。

 懐かしさを噛みしめながら、言葉を返す。

 

 

「……なんかおニイ、わたしのこと子供扱いしてない?」

 

 

「そんな事ないよ」と返しながら、心に決める。

 まずは、すぐにシュウにメッセージを送って、無事を確認しよう。

 向こうであったことを、いろいろ語り合って……また、いっしょにゲームをするのもいいかもしれない。今度は普通の、なんの変哲もないゲームを。

 

 ふと、思いつきで“練”をやってみる。

“練”はおろか、オーラが見えることもない。

 

 

「惜しいけど……うん、これが普通なんだよな」

 

 

 喪失感より、不思議と納得のほうが大きい。

 心を、かけがえのない思い出を持ち帰れた。それで充分だと、そう思う。

 

 

「……おニイ、奇行に走らないでよ」

 

「はい」

 

 

 そういえば友がまだ居た。

 呆れた表情の妹を部屋から追い出して……ベッドに寝転ぶ。

 

 一夜の夢のように消えた一年を越える時間。

 その中で、多くのものを得て。多くのものを失った。

 だけど、変わらないものがあって、大切なものがひとつ、出来た。

 

 手で、顔を隠す。

 そうすることで、たしかに感じる、もうひとりの自分の存在。

 

 

「シュウに、話すことが増えたな」

 

 

 持ち帰れたのは、記憶だけ。心だけ。

 だから彼女は、俺の心から生まれた“殺意(ユウ)”は、ここに居る。

 

 心の中の、ごく淡い意識は、こうささやきかけてくる。

 

 

 ──よろしく、“俺”。

 

 

 

 

◇キャプテン=ブラボー

 

 

「グリードアイランド、作ってみないか?」

 

 

 始まりは、そんな冗談のような一言だった。

 それが、次々に仲間が現れて、様々な協力者に恵まれて、次第に形になっていき……出来上がったゲームは、人に誇れるものになった。

 

 密かに、名作になると自負もしていた。

 グリードアイランドへの愛と、たしかな技術があれば、当然と言えた。

 

 だが、あの運命の日、すべては変わった。

 気がつけば俺はあの草原に立っていて……レイザーに【排除(エリミネイト)】された。

 

 飛ばされたのは、300人のテスターと、敵性勢力(エネミー)である逢魔ヶ災を担当する7人のゲームマスター。加えて1名の案内人(ナビゲーター)

 

 突如背負うことになった命の数に、押しつぶされそうになった。

 だが、救うと決めた。手が届く全員に、手を差し伸べると決めた。

 

 だから、グリードアイランドクリアを目指した。

 そのためにはグリードアイランドを手に入れなくてはならず、金か、信用が必要だった。

 ゆえに、その両方を手に入れることが出来るハンター試験を受け……そこで初めて、おなじ目標を持つ、旅の道連れができた。

 

 彼女たちは、信頼のできる相手で。

 だが、ついに自分の素性を明かせなかった。

 素性を明かせば、責められるかもしれない。それはいい。

 だが、俺は帰る意志のあるすべてのプレイヤーのために、帰る手段を提供するつもりだった。

 

 もし、彼女たちが最後までつきあうと、そう言ってくれたなら……拒む自信がなかった。

 彼女たちに、そんな重みを背負わせるわけにはいかない。

 

 迷う間にも、ブラボーな仲間が増えていった。

 彼らとなら、きっとグリードアイランドをクリアできると確信できた。

 

 そして、逢魔ヶ災の話を聞いた。

 彼らは、プレイヤー狩りになっていた。

 すでに数多くのプレイヤーを手にかけていた。

 何人かは、仲間の手によって、とうの昔に討たれていた。

 

 

「なぜ、プレイヤーを殺すかって? ()()()()()()()()()()()()

 

 

 探し当てたかつての仲間は、逢魔ヶ災に呑まれていた。

 おそらくは、プレイヤーと違い、明確に定義された存在理由。それが彼らの心に強い影響を与えたのだろう。

 

 許せなかった。

 だが、殺せなかった。

 同じものが好きで、同じゲームづくりに取り組んだ彼らは……人が変わってしまったとしても、紛れもなく仲間だった。

 

 だから信頼できるハンターに身柄を引き渡し、持っていたゲームを奪って、安心してしまった。

 グリードアイランドのクリア報酬を手に入れたら、その業から解放するためにも日本に返そうと、そう思っていた。

 

 

 ……まさかアマネによって解放されているとは思わなかった。

 

 

 アマネは俺の妹だ。

 不治の病に侵され、幼い頃から闘病生活を送っていた。

 気晴らしになればと、開発中のグリードアイランド・オンラインを遊ばせてはいたが……密かにβテスターに応募し、合格しているとは思いもしなかった。

 

 この世界で妹と出会ったのは、逢魔ヶ災を拘束した後。

 カミトたちと合流するために乗る、飛行船の発着場でのことだ。

 偶然出会った風を装っていたが……いま思えば、あいつは逢魔ヶ災と接触するために、あの発着場に降り立ったのだろう。

 面識こそないものの、アマネは以前より逢魔ヶ災がゲームマスターだと知っていたし……俺を探す手がかりを求めていたのだから。

 

 

「兄さま。会えてよかった……見てください。わたしは、ここではこんなに元気です」

 

 

 ひさしぶりに見る、妹の元気な姿だった。

 浮き立った思いは、しかし一瞬にして沈み込んだ。

 

 アマネは言った。

 この世界でいっしょに暮らそうと。

 この世界でなら、兄さまとわたしは血の繋がった兄妹じゃないと。

 

 その時、初めて妹の心を知った。

 情けないことに、それまで妹が俺に向けていた思いに、気づきもしなかった。

 

 だが、それは許されない思いだ。

 アマネを諭したが、彼女はそれを聞き入れなかった。

 すべての帰還志望者を日本に送り返すには、まだ時間がかかる。

 また連絡すると、連絡先だけ交換して別れたが……その時、すでにあいつの心には、鬼が宿っていたのかもしれない。

 

 次の再会は、“港”。

 グリードアイランドから脱出した不意を打たれて、エースとともにアマネの念能力に閉じ込められた。

 

 エースの命が惜しければ。

 そう言ってアマネが渡した指輪を、指にはめた瞬間、俺はアマネのことしか考えられなくなった。

 

 結局、さんざん死の怨毒を撒き散らした後、アマネは死んだ。

 俺はその共犯者として多くの仲間を傷つけ、あるいは殺しながら、生きながらえてしまった。

 いっそ、何もかも忘れてしまっていれば良かった。だが、残酷にも、記憶は俺のものとして克明に記録されている。

 

 それでもなお、ユウは許そうとしてくれた。

 自身、深く傷ついているというのに……強い子だと思う。

 

 だが、駄目だ。

 俺は償いようがない、贖いようがない罪を犯した。

 ユウの言葉に甘えてはいけない。為すべきことを為さなくてはならない。そのためにのみ、俺の命はあるのだ。

 

 指輪を、握り込む。

 もう外れない(アマネ)の指輪ではない。

 グリードアイランドの指輪。クリアデータの【(バインダー)】には、【聖騎士の首飾り】と、偽装した【挫折の弓】がある。

 

 

「ブラボーがブラボーらしさを失ったとしたら……俺は悲しい。ものすごく」

 

 

 ユウの言葉を思い出す。

 

 そうだ。

 俺の役目は、最初から心に定めていた。

 

 

 ──救う。この世界に取り残された、すべてのプレイヤーを。

 

 

 償いではない。

 それがただの代償行為だとしても、この身がすでに罪に塗れていたとしても。

 

 

 ──今度は決して、俺が俺自身(ブラボー)である事を裏切らない。

 

 

 強く、強く、心に誓う。

 この身は、人を救うために。

 ただそれだけの戦士であればいい。

 誓いを、言葉として己に投げかけながら、歩いていく。

 もうけっして、歩みを止めない。

 

 

 ──俺はブラボー。キャプテン=ブラボーだ。

 

 

 

 

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