01 SISTERS
「
淡い憂いを帯びた兄の表情が、まっすぐに向けられる。
「こんなに、こんなに傍に大切な人がいたなんて……」
あまい声に、包み込まれるような錯覚。
熱い視線は、あらん限りの語彙で、思いを訴えてくるようで──
「友。俺、やっと目覚めたんだ……真実の愛に」
幸福感に、全身がしびれる。
やっと、やっと気づいてくれた。
いままでずっと秘めてきた想いを、兄が認めてくれた。
「ああ……」
自然、声が漏れる。
手が届くほど近くにいながら、決して許されない最後の一歩。
願ってやまなかった瞬間が、ついに訪れるのだ。
「紹介するよ。俺の恋人、ユウだ」
「……え?」
思わず変な声をあげる。
気がつけば、兄の隣。
ぴったりと寄り添う女の姿。
「よろしく、友」
わたしの顔をした別人が、兄の隣に立ち、微笑みかけてくる。
「ほんとに、なんで気がつかなかったんだ。こんなに近くに、理想の相手がいたなんて」
「そう、わたしはきみの理想の姿だ。友と違って胸もある」
「そうだな、やっぱり胸は、あったほうがいいよな」
「あはははは」
「うふふふふ」
ハチミツを溶かしたような甘い空間。
壮絶に疎外されているわたし。
めらめらと、怒りがこみ上げてくる。
「そんなにオッパイが大事かこのバカ――ッ!!」
飛び起きた。
あたりを見回す。
目に入ったのは、木造の個室。そのベッドの上。
思い出した。
ここはグリードアイランド。
アントキバ北の岩石地帯の集落にある宿の一室だ。
つまり、今の今まで見ていた光景は。
――夢。
頭を抱えたくなった。
「なんてバカな夢見てるんだ、
夢の中で興奮していた自分を思い返し、頭を抱える。
恥ずかしくて、どこかに埋まってしまいたい気分だ。
以前はこうじゃなかった。
別人に成りすまして会話を楽しんだり、ベッド裏をチェックしたり……思い返すと無自覚にやばい行動してた気もするけど、少なくとも自覚はなかった。
きっかけは、グリードアイランド・オンライン。
ふとしたいたずら心から、兄のプレイヤーキャラを好みの異性にするよう誘導して──結果が、
あれで、わたしの中でスイッチが入ってしまった。
自分の中の思いを、自分の特殊な性癖を、完全に自覚してしまった。
おかげで、女になった兄を意識しすぎて辛い。いや、わたしは逆に男になってるから、肉体的にはノーマルだし、血縁関係もないんだけど。
ともあれ、ユウの容姿はわたしそっくり、なのだが。
どうしても承服しかねる相違点が、ひとつだけ、ある。
──胸。
いや、わかってる。
ユウの胸なんて、せいぜい同年代の平均を超えない程度。
でも、わたしの胸は、それよりはるかに慎ましやかなのだ。悲しいことに。
以前は気にもしてなかった。
でも、兄の好みと比べて、現実のわたしの胸は絶望的だ。
そりゃあ気に病みもするだろう。夢にまで見るほどとは、思わなかったけど。
深いため息をついたところで、廊下から足音が聞こえた。
ばたばたと慌てた足音の重量感を考えると、隣部屋で寝ていたマッシュだろう。
「おい、シュウ、どうしたんだ?」
「なんでもない。気にするな」
駆けつけてきたマッシュを、とっとと追い返す。
「寝ぼけて叫んじゃいました」なんて言えるわけない。
というか、いくら夢とはいえ、イタ過ぎる。
なんなんだ、あの甘々なシチュエーションは。
無意識下にしてもヤバい。終わってる妄想だ。しかも寝取られてるし。
そういえば兄がビノールトと旅に出たのが一ヶ月前。
グリードアイランドの中じゃ連絡も取れないけど、いまごろ、どうしてるんだろうか。
いまの兄は女の子だから、誰かと恋に落ちる、なんてことは、万が一にもないだろうけど。
──いかん、こんな妄想でなに興奮してるんだわたし。
やめよう。
乙女的にも人間的にも終わってる妄想だ。
どうも、この体になってから、感情の抑制が下手になってる。
いろんな妄想が渦巻いて、心は、いい感じにカオス状態。以前は、もうちょっとだけマシだったと思うんだけど。
まあ、思春期真っ盛りのオトコノコの体だ。
無理もないのかもしれないが……いつか
――って、だからそれで興奮してどうする、わたし。
もうこれはどうしようもない。
一度兄に会わなくては……せめて、声くらい聞かなくては、収まりがつかない。
そうすれば、きっとこんなモンモンから解放される。
ゲーム内で我慢してるより、そのほうがよっぽど効率いいじゃないか。
……なんだか自分を誤魔化している気がするけど、あえて目をそらしておく。
「じゃあ、その間の特訓メニュー考えなきゃだ」
兄から託されたマッシュたちの修行だ。
たとえ不在にするといっても、予定に穴を開けるわけにはいかない。
どうせ今からじゃ眠れない。ギリギリ一歩手前の特訓メニューを練り上げるとしよう。
◆
「――じゃ、行ってくるけど……くれぐれもサボらないように」
「特訓メニューにサボる余地が無いっス……」
言いおいてから、【
目に映るのは、不必要にだだっ広い自室。
窓の外には、街全体が見渡せる絶景が広がっている。
高層建築の1フロアを占有できるというのは、フロアマスターの役得だ。
「まずは、現状確認、っと」
パソコンの前に座り、プレイヤーの動向を調べる。
兄に連絡をとるにも、理由がほしい。
“シュウ”として、“ユウ”とは対等でありたい。
寂しがって連絡してきたと悟られたら……ちょっとプライドが許さない。
わたしが現在、把握しているプレイヤーは約80人。
その7割ほどが、プレイヤー掲示板などで、なんらかの足跡を残した連中だ。
正直こいつらの動静を掴んでどうなるんだって感じだけど、行動が読めないだけに、思わぬ事態を引き起こしかねない。警戒はしておくべきなのだ。
「うーん」
機械的にチェックしていく。
積極的に動いているプレイヤーは12人。
それぞれ2、3人でつるんでいて、多くがアマチュアハンターとして活動している。
そのうち1組がグリードアイランドに手が届きそうな様子。
状況によるが、近い内に、ゲーム内で顔を合わせることになるかもしれない。
他はせいぜい金策やら修行やら……まだまだ先が長そうだ。
石が多めの玉石混交って感じの、プレイヤー掲示板の連中じゃあこんなもんか。
本当に警戒するべきなのは、掲示板には書き込んでない連中だ。
他のプレイヤーを警戒し、容易に情報を漏らさない。こいつらの動向はわたしでも容易につかめない。
「……ん? あれ、どういうこと?」
チェックを進めていると、ふと、異常に気づく。
把握しているプレイヤーの内、10人以上が行方不明、もしくは死亡している。
ふとした機会に2、3人居なくなっているのは、正直よくあることだけど、今回はちょっと多い。
──プレイヤー狩り。
とっさに思い浮かんだのはそれ。
だが、そうと判断するにはまだ早い。
調べると、死亡したプレイヤーには、共通点があった。
例外なく定住組──この世界で生きることを選んだ奴らであること。
そして。
「共通点は……なるほど、【緋の目】か」
浮かび上がったキーワードはそれだった。
【緋の目】自体は、美術的価値の高い品でしかない。
たとえば、ゾルディック家。たとえば、幻影旅団。
そんな、関わるだけで命がけの連中よりは、危険度は低い。
とはいえ、数億を数えるその価値。マフィアや王族、教祖、政治家などの、危険な嗜好を持つ所有者。それらを考えれば……危険には違いない。
だが、あえてそこに首を突っ込んだのだ。
彼らには、それなりの成算があったはずだ。
その目算が外れた理由はなにか。調べてみる。
原因は、意外に早く判明した。
ネット上に流通する、比較的入手しやすい情報。
餌でも置くかのように、その情報は流されていた。
ある国の金持ちが【緋の目】を所有しているらしい。
調べたところ、ただ平凡な金持ちで、厄介な縁故もない。
なのに、これを狙った連中は、ことごとく帰ってこなかった。
「……キナ臭いな」
ハードルの低い
誰かが明確な悪意をもって、連中を罠にはめたとしか思えない。
逢魔ヶ災ではないだろう。
奴らは狙うプレイヤーを選り好みしない。
とはいえ、わたしたちには関係ない。放っておけばいい……とは、言えない。
兄は、知ってしまえば、解決を模索するだろう。
ブラボーが知れば、最優先で解決を目指すかもしれない。
兄を無用な危険に晒したくない。
ブラボーに回り道させれば、ただでさえプレイヤー狩りの一件で遅れがちな仲間集めに支障が出る。
──だったら、わたしが解決しよう。
そう決めた。
【緋の目】の情報が示す位置はミンボ共和国の地方都市、バムン。
天空闘技場があるこの国からも近く、飛行船があれば数日で往復可能だ。
「でも、まいったな」
キーボードから手を離して、椅子に体重を預ける。
「おニイに連絡する口実にするつもりだったのに、こうなると話すわけにもいかない」
ため息をつきながら、少し悩んで。
わたしは携帯で、兄の番号をコールした。
……留守電だった。
◆
ミンボ共和国、バムン市。
雑多で無秩序な建築物。大規模に広がる露店。ともすれば野蛮ともとれる異様な活気。
どうにも肌に合わない。
この雑多な雰囲気には、ちょっと馴染めそうにない。
うんざりしながら、客引き連中を無視して、大通りを歩く。
そんな時、ひとりの女性が目に留まった。
ミンボ共和国有数の大都市だ。観光客も多い。
だが、人混みの中で、その女性は異様に人目を引いていた。
美女だ。
年の頃は二十歳前後。
黒のゴスロリファッションに身を包んだ、等身大のビスクドールを思わせる絶世の美女。
だが、それ以上に。
身に纏うオーラが、尋常じゃない。
“纏”は自然でわたしより数段力強く、しかも怖気を震う禍々しさ。
思わず身構える。
相手もこちらに気づいたのだろう。
寒気がするような冷たい微笑をたたえ、軽く会釈してきた。
思わずどぎまぎしてしまう。
だが、そんなことにも、まるで興味が無いんだろう。
彼女は何事もなかったかのように、そのまま歩いていってしまった。
安堵の息をつく。
ああ、やっぱりこの世界には、あんな怪物がゴロゴロしてるんだなあ。
◆
【緋の目】を持つ富豪の屋敷に着くころには、すでに日は傾いていた。
小高い丘の上に建てられた屋敷に、明かりはほとんど灯っていない。
それもそのはず。
この屋敷は富豪の本宅ではなく、別荘。
普段は管理人家族が住んでいるだけである。
だが、買い込まれる食料品の量と、生活ゴミを調べれば、見えてくる。
はるかに大勢の──10人以上の人間が、長期的に滞在している事実が。
罠を張りながら、お世辞にも慎重とは言えない。
相手の底が知れようというもの……とはいえ、油断は禁物だ。
なにせ相手は念能力者。しかも複数。
実力で勝っていても、操作系や具現化系にハメ殺される可能性を考えれば、間違っても油断は出来ない。
兄のためにこうして命張ってるわけだけど、かといって命を安く使うつもりはない。出来る限りの準備はしておく。
──人を雇って調べさせるか、それとも様子見にぶつけてみるか。
屋敷へと続く道。
その脇に植えられた街路樹の陰。
樹木に体重を預けて、考えを巡らせていると、街の方から車の排気音が聞こえてきた。
やってきたのは、黒塗りの高級車だ。
車は、目の前を通り過ぎて、屋敷へと走っていく。
一瞬だったが、車の中から感じられるオーラに、覚えがあった。
あれほど強力なオーラを忘れるはずがない、大通りで出会った美女のもの。
――やめよう。
とっさにそう決めた。
はっきり言って命のほうが大事だ。
あんな化け物と関わって、この異邦の地の土に還るなんてぞっとしない。
もしやるとしたら、兄のリアクション待ちだ。
連絡をこまめに入れとけば、兄もひとりで無茶するより、わたしの手を借りる事を選ぶ。この際ブラボーを巻き込むのもいい。
──それまでこの件は放置だ。
そう思い、引き返しかけたところで。
街の方からバイクの灯りがこちらに向かってくるのが見えた。
危ないので脇に退こうとして──ひらめいて、逆にバイクの前に出て両手を広げる。
この先には、件の屋敷しかない。
時間も時間だ。連中の仲間に違いないだろう。
都合のいいことに単独行動中なのだ。とっ捕まえて吐かせることができれば、手っ取り早い。
車体を横に向けて急ブレーキをかけたバイクは、ぴたり、わたしの10cm手前で止まった。
「危ねえじゃねえか、てめえ!」
バイクを降りて突っかかってくる男。
その腹に、問答無用でパンチでもくれてやろうと拳を握ったとき、顔が目に入った。
彫りの深い顔立ちに、特徴的な口ひげ、オマケに念能力者。
暗闇の中とはいえ、間違えようがない。
──バショウ。
クラピカとともに、ノストラードファミリーに雇われていたハンターだ。
それがなんでこんな所に居るのか。不測の事態に困惑する。
「この先にはあの屋敷しかないだろ? なんの用なんだ?」
「なんでテメエにそんなこと教えなくちゃなんねーんだ」
わたしの質問に、バショウはイラついた様子で舌打ちする。
たしかに不躾な質問だったかもしれない。
だが──こっちも、ここで引くわけにはいかない。
「答えによっては、あんたが敵になるからだ」
「……なにがなんだかわかんねーぜ」
まっすぐ見据えたわたしの視線に、バショウは頬をかく。
この反応の温さ。
追っている連中とは無関係と判断するに充分。
「オレはあそこの屋敷の主に頼まれて、こいつを納めにいく所だ」
そう言って、バショウは肩に掛けたバッグを叩く。
おそらくは富豪のコレクション。中身は……まあ悪趣味なものに違いない。
ともあれ、それだけの関係なら、ちょうどいい。
「あんた、その用が終わったら暇か?」
「ん? まあ、暇っちゃ暇だが……」
「──だったら、オレに雇われないか?」
戸惑うバショウに、打診する。
あの屋敷に侵入した
むろん不法侵入は違法なのだが、どうも罠にかけられた可能性があり、真相が知りたくてここまで来た。
ほとんど包み隠さずに事情を語り、協力を依頼する。
彼の性格的に、そのほうが受け入れやすいと思ったからだ。
バショウは、腕組み目を伏せて、しばし考え込んで。
「……すまねぇが、半時間ほど待ってくれねぇか」
そう答えた。
理由は、聞いてみれば明快な話。
「これさえ渡せば、雇い主との契約も終わるからよ。それからってことなら、いいぜ? 雇われてやるよ」
言って、バショウは忌々しそうにバッグを掲げる。
よっぽど悪趣味なものが入っているらしい。
「ああ、それでいい。頼ん――」
頼んだ、と言いかけたとき、突然、背後で爆発音が轟いた。
驚いてふり返ると、先ほどの、黒塗りの高級車が炎上している。
「チ、どうやらのんびり交渉してる暇はねぇみたいだな」
「――みたいだ」
バイクを回して走り出すバショウを追いかけ、わたしも駆け出した。
◆
バショウとともに、屋敷の敷地に飛び込む。
玄関前に止まっている車は、炎をあげて燃え上がってる。
だというのに、あたりは不気味なほど静かで、一種異様な雰囲気。
車のすぐ側には、倒れた男が1人。
「ん!? おい!」
バショウは男に駆け寄ると、あわてて抱え起こす。
直後、また爆音。
とっさに防御する。
間を置かず、衝撃が襲ってくる。
車がふたたび爆発を起こしたのだ。
「く──おい、無事か?」
爆発が収まったのを確認し、声をかける。
バショウは男を庇って抱き伏せている……が、オーラで身を守ったためか、見たところ無傷だ。
「ああ――ああっ!?」
返事をするバショウの顔色が、急変する。
「おおっ! オレのバイクがぁっ!?」
彼の視線に釣られ、振り返る。
見れば、バショウのバイクのエンジン部分に、車の破片が運悪く直撃していた。
バショウは抱えていた男をほっぽり出して、頭を抱える。
「おい、そいつがここの管理人か?」
話しかけるが……ショックのためか、バショウの耳には入ってないっぽい。
まあ、バショウと面識があるなら、間違いないだろう。
そう判断して、男の様子を調べる。
軽い火傷くらいで、他に外傷はない。
断言は出来ないが、おそらく気絶しているだけか。
炎上した車以外に、あたりに不審物はない。ただ、正面玄関の扉が、半ば開かれていた。
――先客か?
扉を開けたのは、あの黒い女性か、それとも車を炎上させた襲撃者か。
慎重に、扉の隙間から中を覗く。
重厚な内装。それに見合うように身繕われた美術品。
家主の本当の趣味を知らなければ、センスの良さに感心するところだ。
屋内に荒らされた形跡はない。
だけど、油断はできない。この先なにが待ち構えているかわからない。
いったん退いて、いまだバイクの前で慟哭するむさくるしい男の後頭部をはたく。
「ナニしやがんだ!?」
「さっきの話の続きだよ。俺に雇われてくれ。バイクの修理代の3倍出そう」
その言葉に。
バショウが首を縦に振ったのは、あえて言うまでもないだろう。
◆
「このまま中に入って問題ないか?」
簡単な自己紹介を済ませた後。
屋内に足を踏み入れる前に、バショウに尋ねる。
「――あ? おお、セキュリティ自体は単純なもんだからな。通報と非常ベル位しかねぇはずだ」
「念のため、罠がないか探りたいな……どうにかできないか?」
「念には念を入れて、か?」
言って、バショウは筆を取り出し、紙に何やら書き始める。
【
俳句にした内容が実現するバショウの念能力だ。
「──“我が声に 悪意の罠が 燃え落ちる”」
バショウはその句を詠みあげる。
朗々と吟じられた歌に、反応はない。
「ん。罠はねぇみたいだぜ」
「便利な能力だな」
いや、知ってて雇ったんだけど。
こういう場面での対応力は半端じゃない。
「コレクションの収納場所は?」
「収納はしてねえよ」
疑問が顔に出たんだろうか。バショウはつけ加えた。
「――堂々と飾ってあるんだよ。専用のギャラリーにな」
屋敷のもっとも奥まった場所。
建物の中央を貫く、長い廊下の突き当りが、その場所だった。
バショウには残ってもらった。
ここは敵の虎口で、しかも侵入者まで居る。
退路の確保と万一の時の加勢。
ここに根を張る連中に、侵入者。
展開がどう転ぶかわからない以上、退路の確保、万一の時の加勢いずれにせよこの場に味方がいることが望ましい。
慎重に、扉を開く。
──そこに、黒い魔性がいた。
「……あら? あなたがそう、と、いうわけではなさそうね」
部屋に立ち並ぶ人体パーツは、怪しいまでの奇形。
ある種の執念を以て収集された、異様な人体芸術品。
富豪の狂気じみたコレクションよりも。
目の前の美女が発するシロモノに、冷や汗が流れる。
まるで蛇に睨まれたカエル。視線だけでどちらが格上か、決定的に思い知らされた。
「あなた、この屋敷になんの用なのかしら?」
「……ここで、多くの
息苦しさを感じながら、かろうじて問いに答える。
女は、意外そうに、わずかに首を傾けてから、興味を失ったのか、視線を外した。
「では、用はないわ。わたしが探しているのは、ここにいるプレイヤー狩りなのだから」
「あんたもプレイヤー、なのか……プレイヤー狩り……【緋の目】をエサに、プレイヤーたちを釣り殺してる連中のことだな」
「ええ、その
心底蔑んだように、黒い女は言い捨てる。
理解する。
彼女こそが侵入者なのだと。
高級車の炎上も、無理に侵入したがための出来事か、あるいは意図的に爆破したか。
なら目的は、プレイヤー狩りを殺すこと?
この魔性がなんのために? 正義のため? 想像がつかない。
「――言ってくれるわね」
困惑していると、どこかから声が響いた。
同時に展示室の側面の壁が割れ、10人近い集団が姿を見せる。
全員、念能力者。
リーダー格らしい女性は、白を基調としたスーツ姿。
他の能力者に比べれば、彼女一人、頭抜けた感がある。
白スーツの女性が一歩、前に出る。
「わたしたちの行為を非難しに来た、というわけ?」
視線は剣呑そのもの。
だが、黒い美女は、意に介さず、集団を視線でひと撫でする。
「あなた方、これで仲間は全部なのかしら?」
その問いに、相手は答えない。
黒い美女は、ため息をついて。
「──聞き方を変えようかしら。あなたたちのボスは、もっと強い人は、他に居ないのかしら?」
「……聞き捨てならねえな。うちらのリーダーはこのナツさんだ。それじゃ不足だと?」
取り巻きのひとりが食って掛かる。
その言葉に、黒い美女はふたたび、ため息。
「またハズレ、か。役に立たないわね」
吐き捨てると、黒い美女は彼女たちに背を向ける。
半ば囲まれた状況で、まるで眼中にないとでもいうように。
「ま、待ちなさい。なにがハズレなの!」
追いすがろうとするリーダー格――ナツを、黒い女は視線ひとつで立ち止まらせた。
「べつに? わたしは忙しいの。あなた方は勝手にプレイヤー殺しを楽しんでらしたら?」
この言葉に、ナツの顔が紅潮する。
「な、言うに事欠いて殺しを楽しむですって!」
「――あら、違ったかしら?」
「違うわ。人殺しに楽しみなんてない。こんなのは、ただの作業よ……【緋の目】を手に入れるためなら、法を犯しても、人を殺してもなんとも思わない。そんな連中を、皆殺しにするための」
その声には、深い恨みが込もっている。
「そうだ! 俺たちは歴史を守る者!」
「史実を曲げようとする者を、彼らに関わろうとする者を、その視線で射殺す──我らは“
対して、取り巻き連中の言葉は軽い。
物語の流れを曲げない。曲げさせない。
理はあっても、それを謳う彼らに重みはない。
だから、察した。
この集団は、白スーツの女、ナツが、彼女の個人的な恨みを晴らすために、詭弁を弄して集めたものだと。
「そう。お前たちは、【緋の目】を追ってここに来た時点で、我ら“
ナツの号令に全員が「応」の声を上げ、左右に展開する。
狙いは、黒い美女。
4人が彼女に突っ込み、2人が後方から支援。
別に残った2人が、牽制のため、こちらに構えを取る。
別に味方じゃないんだが――まあ、こいつらが敵なのは変わりない。
正直、わざわざ罠を張ってまでプレイヤーを殺す、連中のやり方には嫌悪感を覚えている。
瞬時に“凝”。
1人はオーラを弓のように構え、もう1人は手を突き出す形。
殺気が、肌を焼く。
異様な高陽感とともに、オーラを足に集中。
【弓】に向かい、思い切り地を蹴りつける。
爆発的な加速は、体を瞬時に敵の眼前まで運ぶ。
「な!?」
言葉を発する暇も与えない。
【
頭骸骨を粉砕する異様な感触に──軽い興奮を覚える。
「──っはは!」
高揚が、体のポテンシャルを引きあげる。
天空闘技場で、実戦を経験して来た気になっていたが……これは、ぜんぜん違う。
「死んでもいい」ではなく、おたがい「殺すつもり」の戦い。
──殺し合い。
それが、わたしを一段上のステージに上げる。
もうひとりの敵が、ようやくひるんだ様子でこちらに手を向ける。
オーラの集中。
殺気から意思の発露──全部わかる。
どんな攻撃でも、攻撃の方向とタイミングさえつかめれば、ほら、怖くない。
わたしが横に飛んだ瞬間、地面を打つ、鈍い音。
「【
つぎの瞬間、拳が敵の腹を貫いていた。
高揚のまま、次の獲物を求め、気配を探る。
そこで、ようやく。
部屋にいる人数が激減していることに気づいた。
部屋の中央。
黒に彩られた魔女は、そこに立っていた。
原型を留めない肉片を、あたりにぶちまけて。
血に彩られた彫像のような姿は、妖しいまでに美しい。
「ふふ、このオブジェ、この展示室にぴったりだと思わない?」
そう言って、魔性はナツに妖しい視線を向ける。
「う、うああああーっ!! 【
ナツは絶叫しながら、両手を地に叩きつけた。
床に亀裂が入るまでに強く叩きつけられた手。
その勢いに応じるように、地面から巨大な人型が飛び出してきた。
土人形――ゴーレムってやつか。
「やりなさい! 【
ナツの声に応じるように。
ゴーレムは低いうなり声を上げて、動き出す。
だが、黒い美女はそれを見て、呆れたように口を開いた。
「あなた、その状態で手、離せるの?」
女の言葉に、ナツは蒼ざめる。
「……【
彼女の言葉とともに、黒い
「ちょ、まっ――いやあっ!!」
絶叫を残して、あっさりと、ナツは闇の中に消えていった。
その光景に、思わず、魅入ってしまった。
わたしのものとは質が違う。
純粋に、ただ純粋に、人を殺すための念能力。
それを操る彼女の表情は、人形のように変わらない。
「――さて、と」
背後から落ちてくる肉片など意に介さず、黒い魔性はこちらに向き直る。
トップギアに入ってる今なら、この魔性にも負けはしないだろう。
だが、感覚が訴える。
これ以上彼女に関わってはいけないと。
彼女の抱える深淵に触れてはいけないと。
「一応、あなたにも聞いておこうかしら?」
「俺より強いやつの心当たりってことなら……ないな」
「そう……」
答えると、彼女はそれ以上詮索してこなかった。
もうわたしに対する興味を失ったようで、こちらなど意に介さず、きびすを返した。
その無関心に、誘われるように。
思わず問いかけてしまう。
「探してる、やつがいるのか?」
「……ええ。兄さまを。それに繋がる手がかりを、見つけたと思ったのだけど……外れだったわ」
意外にも、答えが返ってきた。
複雑な事情があるようだが……兄を呼ぶ、その声に、どこか甘さを感じて。彼女に感じていた劣等感の正体を知った。
こいつは、わたしと同じだ。
わたしと同じで……そして、どこか
わたしが怖くて進めない一歩をためらいもなく踏み出す、行くところまで行ってしまった、未来の自分の姿。
だから、怖いのだ。
「……見つかるといいな」
「ありがとう」
わたしの言葉に、そう答えて、彼女は踵を返した。
その背に、迷いなど一片もなく、思わず見とれてしまう。
彼女の姿が扉の向こうに消えて行き──ばたりと、扉が閉じられる。
だけど、その場から動けない。
バショウの声が聞こえてくるまで、わたしはずっと、彼女の消えていった扉を見つめ続けていた。
いつの日か。
この想いが抜き差しならないものになった時、わたしはどんな選択をするだろう。
考えるだけで、怖くなる。
だけど、これはいずれ、決着をつけなくてはならないことなのだ。
だから、そのときが来れば、ちゃんと選べるように、自分の想いから決して逃げない。目をそらさない。
そのことを。
この日わたしは、心に誓った。