グリードアイランド・クロス【本編完結】   作:寛喜堂秀介

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本編の重要なネタバレを含みます。


外伝
01 SISTERS


(とも)……俺、やっと気づいたんだ」

 

 

 淡い憂いを帯びた兄の表情が、まっすぐに向けられる。

 

 

「こんなに、こんなに傍に大切な人がいたなんて……」

 

 

 あまい声に、包み込まれるような錯覚。

 熱い視線は、あらん限りの語彙で、思いを訴えてくるようで──(とろ)けそうになる。

 

 

「友。俺、やっと目覚めたんだ……真実の愛に」

 

 

 幸福感に、全身がしびれる。

 やっと、やっと気づいてくれた。

 いままでずっと秘めてきた想いを、兄が認めてくれた。

 

 

「ああ……」

 

 

 自然、声が漏れる。

 手が届くほど近くにいながら、決して許されない最後の一歩。

 願ってやまなかった瞬間が、ついに訪れるのだ。

 

 

「紹介するよ。俺の恋人、ユウだ」

 

「……え?」

 

 

 思わず変な声をあげる。

 

 気がつけば、兄の隣。

 ぴったりと寄り添う女の姿。

 

 

「よろしく、友」

 

 

 わたしの顔をした別人が、兄の隣に立ち、微笑みかけてくる。

 

 

「ほんとに、なんで気がつかなかったんだ。こんなに近くに、理想の相手がいたなんて」

 

「そう、わたしはきみの理想の姿だ。友と違って胸もある」

 

「そうだな、やっぱり胸は、あったほうがいいよな」

 

「あはははは」

 

「うふふふふ」

 

 

 ハチミツを溶かしたような甘い空間。

 壮絶に疎外されているわたし。

 

 めらめらと、怒りがこみ上げてくる。

 

 

「そんなにオッパイが大事かこのバカ――ッ!!」

 

 

 飛び起きた。

 

 あたりを見回す。

 目に入ったのは、木造の個室。そのベッドの上。

 

 思い出した。

 ここはグリードアイランド。

 アントキバ北の岩石地帯の集落にある宿の一室だ。

 

 つまり、今の今まで見ていた光景は。

 

 

 ――夢。

 

 

 頭を抱えたくなった。

 

 

「なんてバカな夢見てるんだ、シュウ(わたし)……」

 

 

 夢の中で興奮していた自分を思い返し、頭を抱える。

 恥ずかしくて、どこかに埋まってしまいたい気分だ。

 

 以前はこうじゃなかった。

 別人に成りすまして会話を楽しんだり、ベッド裏をチェックしたり……思い返すと無自覚にやばい行動してた気もするけど、少なくとも自覚はなかった。

 

 きっかけは、グリードアイランド・オンライン。

 ふとしたいたずら心から、兄のプレイヤーキャラを好みの異性にするよう誘導して──結果が、ユウ(わたし)

 

 あれで、わたしの中でスイッチが入ってしまった。

 自分の中の思いを、自分の特殊な性癖を、完全に自覚してしまった。

 おかげで、女になった兄を意識しすぎて辛い。いや、わたしは逆に男になってるから、肉体的にはノーマルだし、血縁関係もないんだけど。

 

 ともあれ、ユウの容姿はわたしそっくり、なのだが。

 どうしても承服しかねる相違点が、ひとつだけ、ある。

 

 

 ──胸。

 

 

 いや、わかってる。

 ユウの胸なんて、せいぜい同年代の平均を超えない程度。

 でも、わたしの胸は、それよりはるかに慎ましやかなのだ。悲しいことに。

 

 以前は気にもしてなかった。

 でも、兄の好みと比べて、現実のわたしの胸は絶望的だ。

 そりゃあ気に病みもするだろう。夢にまで見るほどとは、思わなかったけど。

 

 深いため息をついたところで、廊下から足音が聞こえた。

 ばたばたと慌てた足音の重量感を考えると、隣部屋で寝ていたマッシュだろう。

 

 

「おい、シュウ、どうしたんだ?」

 

「なんでもない。気にするな」

 

 

 駆けつけてきたマッシュを、とっとと追い返す。

「寝ぼけて叫んじゃいました」なんて言えるわけない。

 

 というか、いくら夢とはいえ、イタ過ぎる。

 なんなんだ、あの甘々なシチュエーションは。

 無意識下にしてもヤバい。終わってる妄想だ。しかも寝取られてるし。

 

 そういえば兄がビノールトと旅に出たのが一ヶ月前。

 グリードアイランドの中じゃ連絡も取れないけど、いまごろ、どうしてるんだろうか。

 いまの兄は女の子だから、誰かと恋に落ちる、なんてことは、万が一にもないだろうけど。

 

 

 ──いかん、こんな妄想でなに興奮してるんだわたし。

 

 

 やめよう。

 乙女的にも人間的にも終わってる妄想だ。

 

 どうも、この体になってから、感情の抑制が下手になってる。

 いろんな妄想が渦巻いて、心は、いい感じにカオス状態。以前は、もうちょっとだけマシだったと思うんだけど。

 

 まあ、思春期真っ盛りのオトコノコの体だ。

 無理もないのかもしれないが……いつか(ユウ)を襲ってしまいそうで、我ながら怖い。

 

 

 ――って、だからそれで興奮してどうする、わたし。

 

 

 もうこれはどうしようもない。

 一度兄に会わなくては……せめて、声くらい聞かなくては、収まりがつかない。

 

 そうすれば、きっとこんなモンモンから解放される。

 ゲーム内で我慢してるより、そのほうがよっぽど効率いいじゃないか。

 ……なんだか自分を誤魔化している気がするけど、あえて目をそらしておく。

 

 

「じゃあ、その間の特訓メニュー考えなきゃだ」

 

 

 兄から託されたマッシュたちの修行だ。

 たとえ不在にするといっても、予定に穴を開けるわけにはいかない。

 どうせ今からじゃ眠れない。ギリギリ一歩手前の特訓メニューを練り上げるとしよう。

 

 

 

 

 

 

「――じゃ、行ってくるけど……くれぐれもサボらないように」

 

「特訓メニューにサボる余地が無いっス……」

 

 

 言いおいてから、【離脱(リーブ)】を使い、現実に戻る。

 

 目に映るのは、不必要にだだっ広い自室。

 窓の外には、街全体が見渡せる絶景が広がっている。

 高層建築の1フロアを占有できるというのは、フロアマスターの役得だ。

 

 

「まずは、現状確認、っと」

 

 

 パソコンの前に座り、プレイヤーの動向を調べる。

 

 兄に連絡をとるにも、理由がほしい。

“シュウ”として、“ユウ”とは対等でありたい。

 寂しがって連絡してきたと悟られたら……ちょっとプライドが許さない。

 

 わたしが現在、把握しているプレイヤーは約80人。

 その7割ほどが、プレイヤー掲示板などで、なんらかの足跡を残した連中だ。

 正直こいつらの動静を掴んでどうなるんだって感じだけど、行動が読めないだけに、思わぬ事態を引き起こしかねない。警戒はしておくべきなのだ。

 

 

「うーん」

 

 

 機械的にチェックしていく。

 積極的に動いているプレイヤーは12人。

 それぞれ2、3人でつるんでいて、多くがアマチュアハンターとして活動している。

 

 そのうち1組がグリードアイランドに手が届きそうな様子。

 状況によるが、近い内に、ゲーム内で顔を合わせることになるかもしれない。

 

 他はせいぜい金策やら修行やら……まだまだ先が長そうだ。

 石が多めの玉石混交って感じの、プレイヤー掲示板の連中じゃあこんなもんか。

 

 本当に警戒するべきなのは、掲示板には書き込んでない連中だ。

 他のプレイヤーを警戒し、容易に情報を漏らさない。こいつらの動向はわたしでも容易につかめない。

 

 

「……ん? あれ、どういうこと?」

 

 

 チェックを進めていると、ふと、異常に気づく。

 把握しているプレイヤーの内、10人以上が行方不明、もしくは死亡している。

 ふとした機会に2、3人居なくなっているのは、正直よくあることだけど、今回はちょっと多い。

 

 

 ──プレイヤー狩り。

 

 

 とっさに思い浮かんだのはそれ。

 だが、そうと判断するにはまだ早い。

 

 調べると、死亡したプレイヤーには、共通点があった。

 例外なく定住組──この世界で生きることを選んだ奴らであること。

 そして。

 

 

「共通点は……なるほど、【緋の目】か」

 

 

 浮かび上がったキーワードはそれだった。

 

【緋の目】自体は、美術的価値の高い品でしかない。

 たとえば、ゾルディック家。たとえば、幻影旅団。

 そんな、関わるだけで命がけの連中よりは、危険度は低い。

 とはいえ、数億を数えるその価値。マフィアや王族、教祖、政治家などの、危険な嗜好を持つ所有者。それらを考えれば……危険には違いない。

 

 だが、あえてそこに首を突っ込んだのだ。

 彼らには、それなりの成算があったはずだ。

 その目算が外れた理由はなにか。調べてみる。

 

 原因は、意外に早く判明した。

 ネット上に流通する、比較的入手しやすい情報。

 餌でも置くかのように、その情報は流されていた。

 

 ある国の金持ちが【緋の目】を所有しているらしい。

 調べたところ、ただ平凡な金持ちで、厄介な縁故もない。

 なのに、これを狙った連中は、ことごとく帰ってこなかった。

 

 

「……キナ臭いな」

 

 

 ハードルの低い()()()な情報を、故意に流した形跡がある。

 誰かが明確な悪意をもって、連中を罠にはめたとしか思えない。

 

 逢魔ヶ災ではないだろう。

 奴らは狙うプレイヤーを選り好みしない。

 とはいえ、わたしたちには関係ない。放っておけばいい……とは、言えない。

 

 兄は、知ってしまえば、解決を模索するだろう。

 ブラボーが知れば、最優先で解決を目指すかもしれない。

 

 兄を無用な危険に晒したくない。

 ブラボーに回り道させれば、ただでさえプレイヤー狩りの一件で遅れがちな仲間集めに支障が出る。

 

 

 ──だったら、わたしが解決しよう。

 

 

 そう決めた。

【緋の目】の情報が示す位置はミンボ共和国の地方都市、バムン。

 天空闘技場があるこの国からも近く、飛行船があれば数日で往復可能だ。

 

 

「でも、まいったな」

 

 

 キーボードから手を離して、椅子に体重を預ける。

 

 

「おニイに連絡する口実にするつもりだったのに、こうなると話すわけにもいかない」

 

 

 ため息をつきながら、少し悩んで。

 わたしは携帯で、兄の番号をコールした。

 

 ……留守電だった。

 

 

 

 

 

 

 ミンボ共和国、バムン市。

 雑多で無秩序な建築物。大規模に広がる露店。ともすれば野蛮ともとれる異様な活気。

 

 どうにも肌に合わない。

 この雑多な雰囲気には、ちょっと馴染めそうにない。

 うんざりしながら、客引き連中を無視して、大通りを歩く。

 

 そんな時、ひとりの女性が目に留まった。

 ミンボ共和国有数の大都市だ。観光客も多い。

 だが、人混みの中で、その女性は異様に人目を引いていた。

 

 美女だ。

 年の頃は二十歳前後。

 黒のゴスロリファッションに身を包んだ、等身大のビスクドールを思わせる絶世の美女。

 

 だが、それ以上に。

 身に纏うオーラが、尋常じゃない。

“纏”は自然でわたしより数段力強く、しかも怖気を震う禍々しさ。

 

 思わず身構える。

 相手もこちらに気づいたのだろう。

 寒気がするような冷たい微笑をたたえ、軽く会釈してきた。

 

 思わずどぎまぎしてしまう。

 だが、そんなことにも、まるで興味が無いんだろう。

 彼女は何事もなかったかのように、そのまま歩いていってしまった。

 

 安堵の息をつく。

 ああ、やっぱりこの世界には、あんな怪物がゴロゴロしてるんだなあ。

 

 

 

 

 

 

【緋の目】を持つ富豪の屋敷に着くころには、すでに日は傾いていた。

 小高い丘の上に建てられた屋敷に、明かりはほとんど灯っていない。

 

 それもそのはず。

 この屋敷は富豪の本宅ではなく、別荘。

 普段は管理人家族が住んでいるだけである。

 

 だが、買い込まれる食料品の量と、生活ゴミを調べれば、見えてくる。

 はるかに大勢の──10人以上の人間が、長期的に滞在している事実が。

 

 罠を張りながら、お世辞にも慎重とは言えない。

 相手の底が知れようというもの……とはいえ、油断は禁物だ。

 

 なにせ相手は念能力者。しかも複数。

 実力で勝っていても、操作系や具現化系にハメ殺される可能性を考えれば、間違っても油断は出来ない。

 兄のためにこうして命張ってるわけだけど、かといって命を安く使うつもりはない。出来る限りの準備はしておく。

 

 

 ──人を雇って調べさせるか、それとも様子見にぶつけてみるか。

 

 

 屋敷へと続く道。

 その脇に植えられた街路樹の陰。

 樹木に体重を預けて、考えを巡らせていると、街の方から車の排気音が聞こえてきた。

 

 やってきたのは、黒塗りの高級車だ。

 車は、目の前を通り過ぎて、屋敷へと走っていく。

 一瞬だったが、車の中から感じられるオーラに、覚えがあった。

 あれほど強力なオーラを忘れるはずがない、大通りで出会った美女のもの。

 

 

 ――やめよう。

 

 

 とっさにそう決めた。

 はっきり言って命のほうが大事だ。

 あんな化け物と関わって、この異邦の地の土に還るなんてぞっとしない。

 

 もしやるとしたら、兄のリアクション待ちだ。

 連絡をこまめに入れとけば、兄もひとりで無茶するより、わたしの手を借りる事を選ぶ。この際ブラボーを巻き込むのもいい。

 

 

 ──それまでこの件は放置だ。

 

 

 そう思い、引き返しかけたところで。

 街の方からバイクの灯りがこちらに向かってくるのが見えた。

 危ないので脇に退こうとして──ひらめいて、逆にバイクの前に出て両手を広げる。

 

 この先には、件の屋敷しかない。

 時間も時間だ。連中の仲間に違いないだろう。

 都合のいいことに単独行動中なのだ。とっ捕まえて吐かせることができれば、手っ取り早い。

 車体を横に向けて急ブレーキをかけたバイクは、ぴたり、わたしの10cm手前で止まった。

 

 

「危ねえじゃねえか、てめえ!」

 

 

 バイクを降りて突っかかってくる男。

 その腹に、問答無用でパンチでもくれてやろうと拳を握ったとき、顔が目に入った。

 

 彫りの深い顔立ちに、特徴的な口ひげ、オマケに念能力者。

 暗闇の中とはいえ、間違えようがない。

 

 

 ──バショウ。

 

 

 クラピカとともに、ノストラードファミリーに雇われていたハンターだ。

 それがなんでこんな所に居るのか。不測の事態に困惑する。

 

 

「この先にはあの屋敷しかないだろ? なんの用なんだ?」

 

「なんでテメエにそんなこと教えなくちゃなんねーんだ」

 

 

 わたしの質問に、バショウはイラついた様子で舌打ちする。

 

 たしかに不躾な質問だったかもしれない。

 だが──こっちも、ここで引くわけにはいかない。

 

 

「答えによっては、あんたが敵になるからだ」

 

「……なにがなんだかわかんねーぜ」

 

 

 まっすぐ見据えたわたしの視線に、バショウは頬をかく。

 

 この反応の温さ。

 追っている連中とは無関係と判断するに充分。

 

 

「オレはあそこの屋敷の主に頼まれて、こいつを納めにいく所だ」

 

 

 そう言って、バショウは肩に掛けたバッグを叩く。

 おそらくは富豪のコレクション。中身は……まあ悪趣味なものに違いない。

 

 ともあれ、それだけの関係なら、ちょうどいい。

 

 

「あんた、その用が終わったら暇か?」

 

「ん? まあ、暇っちゃ暇だが……」

 

「──だったら、オレに雇われないか?」

 

 

 戸惑うバショウに、打診する。

 

 あの屋敷に侵入した同郷の者(プレイヤー)が帰ってこない。

 むろん不法侵入は違法なのだが、どうも罠にかけられた可能性があり、真相が知りたくてここまで来た。

 

 ほとんど包み隠さずに事情を語り、協力を依頼する。

 彼の性格的に、そのほうが受け入れやすいと思ったからだ。

 

 バショウは、腕組み目を伏せて、しばし考え込んで。

 

 

「……すまねぇが、半時間ほど待ってくれねぇか」

 

 

 そう答えた。

 理由は、聞いてみれば明快な話。

 

 

「これさえ渡せば、雇い主との契約も終わるからよ。それからってことなら、いいぜ? 雇われてやるよ」

 

 

 言って、バショウは忌々しそうにバッグを掲げる。

 よっぽど悪趣味なものが入っているらしい。

 

 

「ああ、それでいい。頼ん――」

 

 

 頼んだ、と言いかけたとき、突然、背後で爆発音が轟いた。

 驚いてふり返ると、先ほどの、黒塗りの高級車が炎上している。

 

 

「チ、どうやらのんびり交渉してる暇はねぇみたいだな」

 

「――みたいだ」

 

 

 バイクを回して走り出すバショウを追いかけ、わたしも駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 バショウとともに、屋敷の敷地に飛び込む。

 玄関前に止まっている車は、炎をあげて燃え上がってる。

 だというのに、あたりは不気味なほど静かで、一種異様な雰囲気。

 

 車のすぐ側には、倒れた男が1人。

 

 

「ん!? おい!」

 

 

 バショウは男に駆け寄ると、あわてて抱え起こす。

 

 直後、また爆音。

 とっさに防御する。

 間を置かず、衝撃が襲ってくる。

 車がふたたび爆発を起こしたのだ。

 

 

「く──おい、無事か?」

 

 

 爆発が収まったのを確認し、声をかける。

 バショウは男を庇って抱き伏せている……が、オーラで身を守ったためか、見たところ無傷だ。

 

 

「ああ――ああっ!?」

 

 

 返事をするバショウの顔色が、急変する。

 

 

「おおっ! オレのバイクがぁっ!?」

 

 

 彼の視線に釣られ、振り返る。

 見れば、バショウのバイクのエンジン部分に、車の破片が運悪く直撃していた。

 

 バショウは抱えていた男をほっぽり出して、頭を抱える。

 

 

「おい、そいつがここの管理人か?」

 

 

 話しかけるが……ショックのためか、バショウの耳には入ってないっぽい。

 

 まあ、バショウと面識があるなら、間違いないだろう。

 そう判断して、男の様子を調べる。

 

 軽い火傷くらいで、他に外傷はない。

 断言は出来ないが、おそらく気絶しているだけか。

 炎上した車以外に、あたりに不審物はない。ただ、正面玄関の扉が、半ば開かれていた。

 

 

 ――先客か?

 

 

 扉を開けたのは、あの黒い女性か、それとも車を炎上させた襲撃者か。

 

 慎重に、扉の隙間から中を覗く。

 重厚な内装。それに見合うように身繕われた美術品。

 家主の本当の趣味を知らなければ、センスの良さに感心するところだ。

 

 屋内に荒らされた形跡はない。

 だけど、油断はできない。この先なにが待ち構えているかわからない。

 いったん退いて、いまだバイクの前で慟哭するむさくるしい男の後頭部をはたく。

 

 

「ナニしやがんだ!?」

 

「さっきの話の続きだよ。俺に雇われてくれ。バイクの修理代の3倍出そう」

 

 

 その言葉に。

 バショウが首を縦に振ったのは、あえて言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

「このまま中に入って問題ないか?」

 

 

 簡単な自己紹介を済ませた後。

 屋内に足を踏み入れる前に、バショウに尋ねる。

 

 

「――あ? おお、セキュリティ自体は単純なもんだからな。通報と非常ベル位しかねぇはずだ」

 

「念のため、罠がないか探りたいな……どうにかできないか?」

 

「念には念を入れて、か?」

 

 

 言って、バショウは筆を取り出し、紙に何やら書き始める。

 

流離の大俳人(グレイトハイカー)】。

 俳句にした内容が実現するバショウの念能力だ。

 

 

「──“我が声に 悪意の罠が 燃え落ちる”」

 

 

 バショウはその句を詠みあげる。

 朗々と吟じられた歌に、反応はない。

 

 

「ん。罠はねぇみたいだぜ」

 

「便利な能力だな」

 

 

 いや、知ってて雇ったんだけど。

 こういう場面での対応力は半端じゃない。

 

 

「コレクションの収納場所は?」

 

「収納はしてねえよ」

 

 

 疑問が顔に出たんだろうか。バショウはつけ加えた。

 

 

「――堂々と飾ってあるんだよ。専用のギャラリーにな」

 

 

 屋敷のもっとも奥まった場所。

 建物の中央を貫く、長い廊下の突き当りが、その場所だった。

 

 バショウには残ってもらった。

 ここは敵の虎口で、しかも侵入者まで居る。

 退路の確保と万一の時の加勢。

 

 ここに根を張る連中に、侵入者。

 展開がどう転ぶかわからない以上、退路の確保、万一の時の加勢いずれにせよこの場に味方がいることが望ましい。

 

 慎重に、扉を開く。

 

 

 ──そこに、黒い魔性がいた。

 

 

「……あら? あなたがそう、と、いうわけではなさそうね」

 

 

 部屋に立ち並ぶ人体パーツは、怪しいまでの奇形。

 ある種の執念を以て収集された、異様な人体芸術品。

 

 富豪の狂気じみたコレクションよりも。

 目の前の美女が発するシロモノに、冷や汗が流れる。

 まるで蛇に睨まれたカエル。視線だけでどちらが格上か、決定的に思い知らされた。

 

 

「あなた、この屋敷になんの用なのかしら?」

 

「……ここで、多くの同郷の者(プレイヤー)が行方知れずになっている。それを、調べに来た」

 

 

 息苦しさを感じながら、かろうじて問いに答える。

 女は、意外そうに、わずかに首を傾けてから、興味を失ったのか、視線を外した。

 

 

「では、用はないわ。わたしが探しているのは、ここにいるプレイヤー狩りなのだから」

 

「あんたもプレイヤー、なのか……プレイヤー狩り……【緋の目】をエサに、プレイヤーたちを釣り殺してる連中のことだな」

 

「ええ、その()()のこと」

 

 

 心底蔑んだように、黒い女は言い捨てる。

 

 理解する。

 彼女こそが侵入者なのだと。

 高級車の炎上も、無理に侵入したがための出来事か、あるいは意図的に爆破したか。

 

 なら目的は、プレイヤー狩りを殺すこと?

 この魔性がなんのために? 正義のため? 想像がつかない。

 

 

「――言ってくれるわね」

 

 

 困惑していると、どこかから声が響いた。

 同時に展示室の側面の壁が割れ、10人近い集団が姿を見せる。

 

 全員、念能力者。

 リーダー格らしい女性は、白を基調としたスーツ姿。

 他の能力者に比べれば、彼女一人、頭抜けた感がある。

 

 白スーツの女性が一歩、前に出る。

 

 

「わたしたちの行為を非難しに来た、というわけ?」

 

 

 視線は剣呑そのもの。

 だが、黒い美女は、意に介さず、集団を視線でひと撫でする。

 

 

「あなた方、これで仲間は全部なのかしら?」

 

 

 その問いに、相手は答えない。

 黒い美女は、ため息をついて。

 

 

「──聞き方を変えようかしら。あなたたちのボスは、もっと強い人は、他に居ないのかしら?」

 

「……聞き捨てならねえな。うちらのリーダーはこのナツさんだ。それじゃ不足だと?」

 

 

 取り巻きのひとりが食って掛かる。

 その言葉に、黒い美女はふたたび、ため息。

 

 

「またハズレ、か。役に立たないわね」

 

 

 吐き捨てると、黒い美女は彼女たちに背を向ける。

 半ば囲まれた状況で、まるで眼中にないとでもいうように。

 

 

「ま、待ちなさい。なにがハズレなの!」

 

 

 追いすがろうとするリーダー格――ナツを、黒い女は視線ひとつで立ち止まらせた。

 

 

「べつに? わたしは忙しいの。あなた方は勝手にプレイヤー殺しを楽しんでらしたら?」

 

 

 この言葉に、ナツの顔が紅潮する。

 

 

「な、言うに事欠いて殺しを楽しむですって!」

 

「――あら、違ったかしら?」

 

「違うわ。人殺しに楽しみなんてない。こんなのは、ただの作業よ……【緋の目】を手に入れるためなら、法を犯しても、人を殺してもなんとも思わない。そんな連中を、皆殺しにするための」

 

 

 その声には、深い恨みが込もっている。

 

 

「そうだ! 俺たちは歴史を守る者!」

 

「史実を曲げようとする者を、彼らに関わろうとする者を、その視線で射殺す──我らは“邪視(イヴィルアイ)”!」

 

 

 対して、取り巻き連中の言葉は軽い。

 物語の流れを曲げない。曲げさせない。

 理はあっても、それを謳う彼らに重みはない。

 

 だから、察した。

 この集団は、白スーツの女、ナツが、彼女の個人的な恨みを晴らすために、詭弁を弄して集めたものだと。

 

 

「そう。お前たちは、【緋の目】を追ってここに来た時点で、我ら“邪視(イヴィルアイ)”の狩り(ハント)対象よ──みな、かかれっ!!」

 

 

 ナツの号令に全員が「応」の声を上げ、左右に展開する。

 

 狙いは、黒い美女。

 4人が彼女に突っ込み、2人が後方から支援。

 別に残った2人が、牽制のため、こちらに構えを取る。

 

 別に味方じゃないんだが――まあ、こいつらが敵なのは変わりない。

 正直、わざわざ罠を張ってまでプレイヤーを殺す、連中のやり方には嫌悪感を覚えている。

 

 瞬時に“凝”。

 1人はオーラを弓のように構え、もう1人は手を突き出す形。

 

 殺気が、肌を焼く。

 異様な高陽感とともに、オーラを足に集中。

 

【弓】に向かい、思い切り地を蹴りつける。

 爆発的な加速は、体を瞬時に敵の眼前まで運ぶ。

 

 

「な!?」

 

 

 言葉を発する暇も与えない。

正義の拳(ジャスティスフィスト)】が敵の顔面を捉えた。

 頭骸骨を粉砕する異様な感触に──軽い興奮を覚える。

 

 

「──っはは!」

 

 

 高揚が、体のポテンシャルを引きあげる。

 天空闘技場で、実戦を経験して来た気になっていたが……これは、ぜんぜん違う。

 

「死んでもいい」ではなく、おたがい「殺すつもり」の戦い。

 

 

 ──殺し合い。

 

 

 それが、わたしを一段上のステージに上げる。

 もうひとりの敵が、ようやくひるんだ様子でこちらに手を向ける。

 

 オーラの集中。

 殺気から意思の発露──全部わかる。

 どんな攻撃でも、攻撃の方向とタイミングさえつかめれば、ほら、怖くない。

 

 わたしが横に飛んだ瞬間、地面を打つ、鈍い音。

 

 

「【正義の拳(ジャスティスフィスト)】ぉ!」

 

 

 つぎの瞬間、拳が敵の腹を貫いていた。

 高揚のまま、次の獲物を求め、気配を探る。

 

 そこで、ようやく。

 部屋にいる人数が激減していることに気づいた。

 

 部屋の中央。

 黒に彩られた魔女は、そこに立っていた。

 原型を留めない肉片を、あたりにぶちまけて。

 血に彩られた彫像のような姿は、妖しいまでに美しい。

 

 

「ふふ、このオブジェ、この展示室にぴったりだと思わない?」

 

 

 そう言って、魔性はナツに妖しい視線を向ける。

 

 

「う、うああああーっ!! 【地より出る魔(バウンドハンター)】!!」

 

 

 ナツは絶叫しながら、両手を地に叩きつけた。

 床に亀裂が入るまでに強く叩きつけられた手。

 その勢いに応じるように、地面から巨大な人型が飛び出してきた。

 

 土人形――ゴーレムってやつか。

 

 

「やりなさい! 【地より出る魔(バウンドハンター)】!!」

 

 

 ナツの声に応じるように。

 ゴーレムは低いうなり声を上げて、動き出す。

 だが、黒い美女はそれを見て、呆れたように口を開いた。

 

 

「あなた、その状態で手、離せるの?」

 

 

 女の言葉に、ナツは蒼ざめる。

 

 

「……【悪夢の館(スプラッターハウス)】」

 

 

 彼女の言葉とともに、黒い()()()がナツの頭上に現れる。

 

 

「ちょ、まっ――いやあっ!!」

 

 

 絶叫を残して、あっさりと、ナツは闇の中に消えていった。

 

 その光景に、思わず、魅入ってしまった。

 

 わたしのものとは質が違う。

 純粋に、ただ純粋に、人を殺すための念能力。

 それを操る彼女の表情は、人形のように変わらない。

 

 

「――さて、と」

 

 

 背後から落ちてくる肉片など意に介さず、黒い魔性はこちらに向き直る。

 

 トップギアに入ってる今なら、この魔性にも負けはしないだろう。

 

 だが、感覚が訴える。

 これ以上彼女に関わってはいけないと。

 彼女の抱える深淵に触れてはいけないと。

 

 

「一応、あなたにも聞いておこうかしら?」

 

「俺より強いやつの心当たりってことなら……ないな」

 

「そう……」

 

 

 答えると、彼女はそれ以上詮索してこなかった。

 もうわたしに対する興味を失ったようで、こちらなど意に介さず、きびすを返した。

 

 その無関心に、誘われるように。

 思わず問いかけてしまう。

 

 

「探してる、やつがいるのか?」

 

「……ええ。兄さまを。それに繋がる手がかりを、見つけたと思ったのだけど……外れだったわ」

 

 

 意外にも、答えが返ってきた。

 複雑な事情があるようだが……兄を呼ぶ、その声に、どこか甘さを感じて。彼女に感じていた劣等感の正体を知った。

 

 こいつは、わたしと同じだ。

 わたしと同じで……そして、どこか()()()()()()

 わたしが怖くて進めない一歩をためらいもなく踏み出す、行くところまで行ってしまった、未来の自分の姿。

 

 だから、怖いのだ。

 

 

「……見つかるといいな」

 

「ありがとう」

 

 

 わたしの言葉に、そう答えて、彼女は踵を返した。

 その背に、迷いなど一片もなく、思わず見とれてしまう。

 彼女の姿が扉の向こうに消えて行き──ばたりと、扉が閉じられる。

 

 だけど、その場から動けない。

 バショウの声が聞こえてくるまで、わたしはずっと、彼女の消えていった扉を見つめ続けていた。

 

 いつの日か。

 この想いが抜き差しならないものになった時、わたしはどんな選択をするだろう。

 

 考えるだけで、怖くなる。

 だけど、これはいずれ、決着をつけなくてはならないことなのだ。

 だから、そのときが来れば、ちゃんと選べるように、自分の想いから決して逃げない。目をそらさない。

 

 そのことを。

 この日わたしは、心に誓った。

 

 

 

 

 

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