グリードアイランド・クロス【本編完結】   作:寛喜堂秀介

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03 黄金の誓い

 それは、とても“奇妙な”ポーズだった。

 

 体を不自然にひねりながら両足を広げ、右手で服を押さえながら左手ではだけさせる。

 言うなれば“ギャング・スターに憧れるようになった”かのようなポーズだ。

 

 男は、そのポーズのまま微動だにしない。

 視線も、宙の一点を見据えたまま動かない。

 結果として彼は、過剰なまでに衆目を集めていた。

 

 真昼間である。

 しかも繁華街の入り口だ。

 そのど真ん中に、こんな“奇妙な”人間がいる。

 皆、関わり合いになりたくないと思って避けても仕方ない。

 人の流れからぽっかりと開いた空間は、男の一人舞台となっていた。

 

 

「……うわぁ」

 

 

 それしか言えなかった。

 

 時計を見る。

 待ち合わせの時間には、まだ早い。

 待ち合わせの相手は、まだ来ていないに違いない。

 

 自分にそう言い聞かせて。

 僕はとりあえず、そこらを一回りすることにした。

 

 

 

 

 

 

 ヒョウ、と、名乗りだして、そろそろ1年になる。

 それは、この世界に放り出されて1年になるってことだ。

 

 この世界――HUNTER×HUNTERの世界は、住む場所さえ選べば平和に過ごせる。日本で暮らすのと、感覚的にそう変わらない。

 いや、元の自分よりはるかに優秀な身体能力と念能力の存在を考えれば、理想の環境といっていいかもしれない。

 

 だが、この感覚。

 自分が、この世界では異物だという、えもいえぬ異物感が。

 故郷が手に届かないという、異常なまでの不安が、ときおり身を苛む。

 

 危険を避け、リスクを避け、安全に。

 そんな僕が、いつしか危険を冒してでも帰りたいと願うようになった。

 

 日本に帰る方法。

 真っ先に思い浮かんだのが【帰還(リーブ)】の効果だ。

 ジョイステのある場所に戻る描写のある、あのカードの効果なら、期待は出来る。

 もちろん、ただゲームをプレイして、ただゲーム内で使うだけじゃ、こっちの世界のジョイステのところに戻るだけ。

 

 クリア特典で手に入れて、使うのが最低条件。

 そのためには、グリードアイランドをクリアしなくてはならない。

 殺人鬼や爆弾魔(ボマー)を相手取り、さらにはあのレイザーと戦わなくちゃいけない。

 

 思い出す。

 はじめてこの世界に来た時、出会ったあの男のことを。

 あの強大なオーラを見た瞬間、絶対的な死をイメージした。

 

 あれと、正面から対峙する覚悟を定めるのに、今までかかった。

 あらためて日本に帰る道筋を歩み始めたところで、痛感したことがある。

 

 いまの僕が5倍強くなったところで、独力でのクリアは、不可能だ。

 

 

 ――仲間が、要る。

 

 

 そう考え、仲間を──プレイヤーを求めはじめた。

 とはいえ、プレイヤー専用掲示板で常駐している連中は、頼りにならない。

 僕自身、戦闘に向いた性格じゃないだけに、仲間選びは慎重に行わねばならなかった。

 

 僕の能力。

永久なる誓い(イモータルハート) 】は変化を拒絶する絶対防御。

 オーラ自体が変質するので、同時に攻撃ができないという弱点がある。

 

 だけど、仲間と組めば、絶対の盾として威力を発揮する。

 その気になれば、組んでくれるプレイヤーを探すのは、難しくない。

 僕と同じように、プレイヤー掲示板で書き込みしている連中に不足を感じている者は、必ず居る。

 

 そう信じて電脳ネットを探るうち、見つけた。

 広大な電脳ネットに、エサをつけずに釣り竿を垂らすような。

 そんなたどりつかせる気のないおぼろげな謎を3つ、解いた先に、彼は居た。

 

 D。

 そう名乗る彼は、帰還志望のプレイヤー。

 やり取りをした感触から、非常に頼もしい人だと思う。

 それから、場所を決めて落ち合うことにしたんだけど……その場所に、他のプレイヤーが居るとは思わなかった。

 

 まさか、アレじゃないよね?

 そう思いたい。違うに決まってる。

 Dさんはもっとインテリ眼鏡っぽい人に違いない。

 

 考えているうちに、元の場所まで戻ってきてしまった。

 さっきの奴が居なくなっていることを期待しながら、様子を窺う。

 

 そこには、“奇妙”なポーズをした奴がいた。

 

 

 ──()()()

 

 

 増えていた。

 

 頭を抱えたくなった。

 さきほどの奴は、まったく同じポーズのまま不動。

 もうひとり──増えたほうは、手を十字にして斜に構えている。

 体を傾ける、その角度が絶妙で、これまた“奇妙”なポーズだ。

 

 見なかったことにして、その場を後にした。

 時間の空け方が足りなかったのかもしれない。

 やや現実逃避気味なことを考えながら、喫茶店で時間をつぶすことにした。

 

 コーヒーを、三度おかわり。約一時間。

 Dとの待ち合わせには、完全に遅刻だ。

 だが、これくらい間を空ければ、奴らも帰っているだろう。

 

 ……そう考えたのは、まったく甘かった。

 

 

「片手に!」

 

『ピストル!!』

 

 

 合唱が、繁華街を震わす。

 

 

「心に!」

 

『花束!!』

 

 

 足音のオーケストラ。

 

 

「唇に!」

 

『火の酒!!』

 

 

 熱気は、すでに天に昇るよう。

 

 

「背中に!」

 

『人生を!!』

 

 

 総勢100人にのぼろうかというジョジョ立ちだった。

 あきらかに、一般人まで巻き込まれている。

 

 そして中心に立つのはキャプテン・ブラボーだった。

 

 

 ――というか、なんでブラボー!?

 

 

 そこまで出かけた言葉を、なんとか押さえる。

 事態は、奇妙な方向に発展していた。

 

 

「ブラボーだ、諸君!!」

 

 

 ブラボーが快哉を叫ぶ。

 

 

「君たちの黄金の精神を、そのまま形にしろ! どんな形であれ、それが君達の魂のポーズ(ジョジョ立ち)だ!」

 

 

 割れんばかりの歓声。

 

 

「さあ諸君! もう一度だ! 片手――」

 

「――こぉの宇宙規模ド馬鹿ぁー!!」

 

 

 強烈な両足飛び膝蹴りが、ブラボーに直撃した。

 両手を怪鳥のようにひろげたその姿は、テキサスの空を舞うコンドルそのものだ。というかテキサスコンドルキックだった。

 

 とん、と、ブラボーをふっ飛ばして着地したのは、十代半ばの少年。

 透明感のある、中性的な容貌だが、腕に巻きつけた鎖のほうが、強烈に印象に残る。

 

 

「ミコちゃん。あなたまでなにやってんのよ」

 

 

 少年は、ブラボーの隣でボーズをとっていた美人に半眼を向ける。

 深窓の令嬢って感じの豪奢な身なりだけど、それだけにジョジョ立ちしてる様は目立つ。

 

 

「も、申し訳ありません、カミトさん。つい」

 

 

 お嬢様――ミコは、恐れ入った様子だ。

 

 

「つい、じゃないっての。こんな大人数で馬鹿やってたら、警察が飛んで来るわよ?」

 

 

 少年――カミトはため息をつく。

 

 しん、と、場が静まる。

 彼の言葉が招いたわけでもないだろうが、ちょうどそのとき、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。

 

 わっ、と崩れる群集。

 別に参加していたわけではないが、この場に居たら絶対に巻き込まれる。逃げるしかない。

 

 

「――よう」

 

 

 パトカーから逃れるように走っていると、並走する人が居た。

 見れば、最初からあの場でポーズをとっていた男だ。

 

 

「きみは、最初にジョジョ立ちしていた」

 

「そういうお前も、何度か覗いていたな。プレイヤー、なのは間違いないとして……ヒョウか?」

 

「そういうきみはDなのか……やっぱり」

 

 

 言いながら、足を止める。

 すでに現場から、充分過ぎるほど離れていた。

 

 

「不服か?」

 

「いや――あんな馬鹿騒ぎ見せられたら、どうでもよくなったよ」

 

 

 嘘ではない。

 プレイヤーもこの世界の住民も、みんな折り混ぜた馬鹿騒ぎ。

 あれを見て、あれこれ考えていた自分が馬鹿らしくなっていたのだ。

 こんな連中といっしょに馬鹿やるのも、悪くない。そう思えるくらいには。

 

 

「僕の名はヒョウ。よろしくだ、D」

 

 

 肩を極端に傾斜させ、左手で顔を覆い隠すようなポーズをとる。

 黄金の精神の発露。悪くない気分だった。

 

 応えるように、Dが足を開く。

 左手が、彼の顔を覆い隠した。

 

 

「俺はD。黄金の精神を持つ――波紋の戦士だ」

 

 

 相似形のポーズが、Dの答えだった。

 

 

「……そしてオレはダル。ゴムの肉体を持つ、ゴムゴムの戦士だ」

 

 

 急に。

 第三の男が割り込んできた。

 Dと並んでジョジョ立ちしていた奴だ。

 

 

『誰だお前』

 

 

 口から出た言葉は、Dと重なった。

 

 思わず顔を見合わせる。

 いや、Dまで「誰だ」はおかしいよね?

 

 

「Dの知り合いじゃなかったのか?」

 

「知らん」

 

「ええ……」

 

「見たこともない。気づいたら、ヤツは俺の隣でジョジョ立ちをしていた」

 

 

 ノリよすぎだろ、それ。

 呆れまじりの視線を、ゴムゴムの戦士に向けていると。

 

 

「そして」

 

 

 さらに、背後から声が聞こえてくる。

 

 

「──俺がキャプテン・ブラボーだ! ブラボーと呼んでくれ!」

 

「カミトよ」

 

「ミコですわ」

 

 

 ブラボーと、カミト、ミコ。

 先ほどの三人が、そこにいた。

 

 

「ちなみにまったくの初対面だ」

 

 

 Dがつけ加えた。

 もう、絶句するしかない。

 

 

「ブラボーだ! 君達の黄金の精神、見とどけた! 迷うことはない、わたしたちはすでに同士だ! さあ、片手に――」

 

「――それは止めろっつってんでしょ!!」

 

 

 カミトの一撃で台詞は中断されたものの。

 全員図ったかのように、決めポーズをとっていた。

 

 思わず、みなで顔を見合わせる。

 笑いが、誰からともなく起こった。釣られてみんな笑い出す。

 

 僕も、我慢できずに声を上げて笑った。

 呆れ顔のカミトも、最後には笑いだした。

 みんな、思う様に笑って。笑いは、しばらく収まらなかった。

 

 初めてだ。

 この世界に来てから、こんなに笑ったのは。

 

 仲間がいる。

 もう、独り不安に怯えることもない。

 

 僕は誓う。黄金の精神にかけて。

 この素晴らしい仲間たちのために、ともに戦うと。

 臆病な僕だけど、この身を盾に、必ず仲間を守ると。

 

 あたたかい笑いの中で、そう、誓った。

 

 

 

 

 

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