それは、とても“奇妙な”ポーズだった。
体を不自然にひねりながら両足を広げ、右手で服を押さえながら左手ではだけさせる。
言うなれば“ギャング・スターに憧れるようになった”かのようなポーズだ。
男は、そのポーズのまま微動だにしない。
視線も、宙の一点を見据えたまま動かない。
結果として彼は、過剰なまでに衆目を集めていた。
真昼間である。
しかも繁華街の入り口だ。
そのど真ん中に、こんな“奇妙な”人間がいる。
皆、関わり合いになりたくないと思って避けても仕方ない。
人の流れからぽっかりと開いた空間は、男の一人舞台となっていた。
「……うわぁ」
それしか言えなかった。
時計を見る。
待ち合わせの時間には、まだ早い。
待ち合わせの相手は、まだ来ていないに違いない。
自分にそう言い聞かせて。
僕はとりあえず、そこらを一回りすることにした。
◆
ヒョウ、と、名乗りだして、そろそろ1年になる。
それは、この世界に放り出されて1年になるってことだ。
この世界――HUNTER×HUNTERの世界は、住む場所さえ選べば平和に過ごせる。日本で暮らすのと、感覚的にそう変わらない。
いや、元の自分よりはるかに優秀な身体能力と念能力の存在を考えれば、理想の環境といっていいかもしれない。
だが、この感覚。
自分が、この世界では異物だという、えもいえぬ異物感が。
故郷が手に届かないという、異常なまでの不安が、ときおり身を苛む。
危険を避け、リスクを避け、安全に。
そんな僕が、いつしか危険を冒してでも帰りたいと願うようになった。
日本に帰る方法。
真っ先に思い浮かんだのが【
ジョイステのある場所に戻る描写のある、あのカードの効果なら、期待は出来る。
もちろん、ただゲームをプレイして、ただゲーム内で使うだけじゃ、こっちの世界のジョイステのところに戻るだけ。
クリア特典で手に入れて、使うのが最低条件。
そのためには、グリードアイランドをクリアしなくてはならない。
殺人鬼や
思い出す。
はじめてこの世界に来た時、出会ったあの男のことを。
あの強大なオーラを見た瞬間、絶対的な死をイメージした。
あれと、正面から対峙する覚悟を定めるのに、今までかかった。
あらためて日本に帰る道筋を歩み始めたところで、痛感したことがある。
いまの僕が5倍強くなったところで、独力でのクリアは、不可能だ。
――仲間が、要る。
そう考え、仲間を──プレイヤーを求めはじめた。
とはいえ、プレイヤー専用掲示板で常駐している連中は、頼りにならない。
僕自身、戦闘に向いた性格じゃないだけに、仲間選びは慎重に行わねばならなかった。
僕の能力。
【
オーラ自体が変質するので、同時に攻撃ができないという弱点がある。
だけど、仲間と組めば、絶対の盾として威力を発揮する。
その気になれば、組んでくれるプレイヤーを探すのは、難しくない。
僕と同じように、プレイヤー掲示板で書き込みしている連中に不足を感じている者は、必ず居る。
そう信じて電脳ネットを探るうち、見つけた。
広大な電脳ネットに、エサをつけずに釣り竿を垂らすような。
そんなたどりつかせる気のないおぼろげな謎を3つ、解いた先に、彼は居た。
D。
そう名乗る彼は、帰還志望のプレイヤー。
やり取りをした感触から、非常に頼もしい人だと思う。
それから、場所を決めて落ち合うことにしたんだけど……その場所に、他のプレイヤーが居るとは思わなかった。
まさか、アレじゃないよね?
そう思いたい。違うに決まってる。
Dさんはもっとインテリ眼鏡っぽい人に違いない。
考えているうちに、元の場所まで戻ってきてしまった。
さっきの奴が居なくなっていることを期待しながら、様子を窺う。
そこには、“奇妙”なポーズをした奴がいた。
──
増えていた。
頭を抱えたくなった。
さきほどの奴は、まったく同じポーズのまま不動。
もうひとり──増えたほうは、手を十字にして斜に構えている。
体を傾ける、その角度が絶妙で、これまた“奇妙”なポーズだ。
見なかったことにして、その場を後にした。
時間の空け方が足りなかったのかもしれない。
やや現実逃避気味なことを考えながら、喫茶店で時間をつぶすことにした。
コーヒーを、三度おかわり。約一時間。
Dとの待ち合わせには、完全に遅刻だ。
だが、これくらい間を空ければ、奴らも帰っているだろう。
……そう考えたのは、まったく甘かった。
「片手に!」
『ピストル!!』
合唱が、繁華街を震わす。
「心に!」
『花束!!』
足音のオーケストラ。
「唇に!」
『火の酒!!』
熱気は、すでに天に昇るよう。
「背中に!」
『人生を!!』
総勢100人にのぼろうかというジョジョ立ちだった。
あきらかに、一般人まで巻き込まれている。
そして中心に立つのはキャプテン・ブラボーだった。
――というか、なんでブラボー!?
そこまで出かけた言葉を、なんとか押さえる。
事態は、奇妙な方向に発展していた。
「ブラボーだ、諸君!!」
ブラボーが快哉を叫ぶ。
「君たちの黄金の精神を、そのまま形にしろ! どんな形であれ、それが君達の
割れんばかりの歓声。
「さあ諸君! もう一度だ! 片手――」
「――こぉの宇宙規模ド馬鹿ぁー!!」
強烈な両足飛び膝蹴りが、ブラボーに直撃した。
両手を怪鳥のようにひろげたその姿は、テキサスの空を舞うコンドルそのものだ。というかテキサスコンドルキックだった。
とん、と、ブラボーをふっ飛ばして着地したのは、十代半ばの少年。
透明感のある、中性的な容貌だが、腕に巻きつけた鎖のほうが、強烈に印象に残る。
「ミコちゃん。あなたまでなにやってんのよ」
少年は、ブラボーの隣でボーズをとっていた美人に半眼を向ける。
深窓の令嬢って感じの豪奢な身なりだけど、それだけにジョジョ立ちしてる様は目立つ。
「も、申し訳ありません、カミトさん。つい」
お嬢様――ミコは、恐れ入った様子だ。
「つい、じゃないっての。こんな大人数で馬鹿やってたら、警察が飛んで来るわよ?」
少年――カミトはため息をつく。
しん、と、場が静まる。
彼の言葉が招いたわけでもないだろうが、ちょうどそのとき、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
わっ、と崩れる群集。
別に参加していたわけではないが、この場に居たら絶対に巻き込まれる。逃げるしかない。
「――よう」
パトカーから逃れるように走っていると、並走する人が居た。
見れば、最初からあの場でポーズをとっていた男だ。
「きみは、最初にジョジョ立ちしていた」
「そういうお前も、何度か覗いていたな。プレイヤー、なのは間違いないとして……ヒョウか?」
「そういうきみはDなのか……やっぱり」
言いながら、足を止める。
すでに現場から、充分過ぎるほど離れていた。
「不服か?」
「いや――あんな馬鹿騒ぎ見せられたら、どうでもよくなったよ」
嘘ではない。
プレイヤーもこの世界の住民も、みんな折り混ぜた馬鹿騒ぎ。
あれを見て、あれこれ考えていた自分が馬鹿らしくなっていたのだ。
こんな連中といっしょに馬鹿やるのも、悪くない。そう思えるくらいには。
「僕の名はヒョウ。よろしくだ、D」
肩を極端に傾斜させ、左手で顔を覆い隠すようなポーズをとる。
黄金の精神の発露。悪くない気分だった。
応えるように、Dが足を開く。
左手が、彼の顔を覆い隠した。
「俺はD。黄金の精神を持つ――波紋の戦士だ」
相似形のポーズが、Dの答えだった。
「……そしてオレはダル。ゴムの肉体を持つ、ゴムゴムの戦士だ」
急に。
第三の男が割り込んできた。
Dと並んでジョジョ立ちしていた奴だ。
『誰だお前』
口から出た言葉は、Dと重なった。
思わず顔を見合わせる。
いや、Dまで「誰だ」はおかしいよね?
「Dの知り合いじゃなかったのか?」
「知らん」
「ええ……」
「見たこともない。気づいたら、ヤツは俺の隣でジョジョ立ちをしていた」
ノリよすぎだろ、それ。
呆れまじりの視線を、ゴムゴムの戦士に向けていると。
「そして」
さらに、背後から声が聞こえてくる。
「──俺がキャプテン・ブラボーだ! ブラボーと呼んでくれ!」
「カミトよ」
「ミコですわ」
ブラボーと、カミト、ミコ。
先ほどの三人が、そこにいた。
「ちなみにまったくの初対面だ」
Dがつけ加えた。
もう、絶句するしかない。
「ブラボーだ! 君達の黄金の精神、見とどけた! 迷うことはない、わたしたちはすでに同士だ! さあ、片手に――」
「――それは止めろっつってんでしょ!!」
カミトの一撃で台詞は中断されたものの。
全員図ったかのように、決めポーズをとっていた。
思わず、みなで顔を見合わせる。
笑いが、誰からともなく起こった。釣られてみんな笑い出す。
僕も、我慢できずに声を上げて笑った。
呆れ顔のカミトも、最後には笑いだした。
みんな、思う様に笑って。笑いは、しばらく収まらなかった。
初めてだ。
この世界に来てから、こんなに笑ったのは。
仲間がいる。
もう、独り不安に怯えることもない。
僕は誓う。黄金の精神にかけて。
この素晴らしい仲間たちのために、ともに戦うと。
臆病な僕だけど、この身を盾に、必ず仲間を守ると。
あたたかい笑いの中で、そう、誓った。