初戦を終え、俺もシュウも、次の試合は一ヶ月ほど先になった。
シュウは修行のため。
おそらく今の実力でも、200階クラスの上位までなら負けることはないだろうが、先の試合でさすがに粗が見えすぎた。
【
俺の方は、元から修行なり情報収集なりを優先しようと思っていたから、シュウ同様試合を先延ばしにした。もちろん今度は試合希望日を同じにするなんてヘマはやってない。
「修行に関しては、やらない手はないよな。筋トレに他の試合の観戦研究、基本の四大行に応用技や攻防力移動、系統別修行」
「系統別修行かあ……いいよなシュウは、ゴンがやってた系統別修行そのままやればいいんだから。操作系の修行法知りたい……」
場所は、シュウの部屋。
缶コーヒーを飲みながら、思案する。
系統別の修行は、相性図で隣り合う系統の修行も行う。
放出系の俺は、強化系と操作系も鍛える必要があるんだけど、その方法がわからない。
「機会があったら心源流に入って指導を受けてもいいかもね。どこまで教えてくれるのかはわかんないけど……あとは燃える方のネンの修行も忘れないようにしないと」
「それ必要かなあ?」
「いーや、必要だね。むしろ四大行より大事まであるね」
「シュウそれ前から言ってたけど……ネタじゃなくて本気だったんだな」
「そりゃそうだよ。ウイングさんに念を禁じられたときに、“燃”に専念してたゴンやキルアを見てみろよ。方便でもあるが、同時に念の修練の根っこの部分でもあるんだ。ユウも“点”の修行は続けたほうがいいぞ」
まったりとだべりながら、二人で考える。
俺は椅子。シュウはベッドに腰を掛けながら。
なんか、直接出会ってから一ヶ月経ってないのに、この距離感が自然なものに感じる。
まあ、天空闘技場に来るまでは、四六時中一緒だったし、なによりウェブ上では数年来のつきあいだ。肌が合うからそれだけ仲が続いてたんだから、不思議でもないのか。
「……でも、やること考えてたら、修行だけでも一ヶ月潰れそうだなあ」
キャスター付きの椅子でくるくる周りながら、ぼやく。
200階クラスになれば時間が取れると思ってたけど……事実時間はとれるようになったけど、それでも圧倒的に足りない。
「というか全部こなすのは無理だろ。初歩から順番にやってくしかない……ああ、そうだ。重りなんかいいかもしれないな。ゾルディック家の“試しの門”を開けるための筋力トレーニングに使われてたやつ。あれなら調べ物しながらでも鍛えられるし」
「あ、それいいアイデア。天空闘技場界隈ならそういうトレーニンググッズ販売してる店あるだろうし、なければ発注したらいい──シュウ、ちょっとパソコン借りるよ」
早速電脳ネットにアクセスして、天空闘技場近辺の販売サイトを探す。
しかし、つくづく思うんだけど、ネット環境が1997年準拠なせいか、いろいろ勝手が違ってやりにくい。
探すことしばし。
「……うん。重りあった。手足に付けるやつとジャケット型……さすがにスリッパや湯呑は特注品だったか」
「いや、そこまで徹底的に真似る必要はないだろ。手足に重りつけたらいっしょだ」
「それもそうか……シュウ、重りは何kgにする?」
「えーと、ゴンたちが50kgスタートで最終的に150kgだっけ? 同じぐらいでいいんじゃないかな? 物足りなくなったら新しく買えばいいし」
「ま、お金ならあるしね──ポチッ、と……うん。明日には届くみたいだよ」
店舗が物理的に近いだけあって、早くていいね。すごく便利。
「そうだ、シュウ。電脳ネットに繋いだついでに、なにか調べ物しようか?」
「ええと。グリードアイランドやバッテラ氏については、すでに調べて実在を確認してるかな……といっても、さすがにハンター専用サイトで出てたようなくわしい情報は無かったけど」
連日の戦いと修行の合間にそこまで出来るのは、正直すごい。
うーん。シュウがフロアマスターになるまでの時間、本格的にどうしようか。
「あと考えることなあ……」
と、思いつく。
思い出した、と言ったほうがふさわしいのか。
「……なあシュウ。他のプレイヤーたち、どうしてると思う?」
「わからない……が、大半はまだアイジエン大陸に居るはずだ。戸籍も身分証明もない状況で他国に渡ろうと思ったら、どうしても犯罪に手を染めなくちゃならないからな。わりとハードル高い」
「といっても、俺たちがやったみたいに、密航なんかで別の国に行ったプレイヤーが皆無ってのは考えにくい」
「それには別の国に行く、明確な動機が要る。金策のために天空闘技場、って風にな。だから、ここを目指して来るプレイヤーは、それなりに居るかもしれないな」
そうかもしれない。
なにせ作中で示された、数少ない確実な金策手段だ。
あとは骨董市でオーラが見える品物を買い漁るってのもあるけど、こちらは元手が要る。
ヨークシンにこだわらなければ、場所を選ばないで済む分、ハードルは低いし、いい方法なんだけど。
「金策目当てのプレイヤー、もう来てると思う?」
「いや、オレたちが【
「とはいえ、俺たちがここに来てから2週間近い。来ててもおかしくないはずだけど……それらしい話、聞かないよなあ。他の奴ら、どうしてるんだろう──」
話している最中、閃いた。
他のプレイヤーたちの動向を知る、ひとつの可能性に。
「……ユウ?」
「なあシュウ。俺たちは、みんなグリードアイランド・オンライン──オンラインゲームのプレイヤーだ。なら当然、全員ネット環境が整ってる。そんな人間が、この世界に飛ばされて、他のプレイヤーと連絡を取り合おうとして……最初に目をつけるのってなんだと思う?」
「──
シュウが気づいて手を打つ。
電脳ネットの検索ページで検索するのは、この世界の人間が知らず、プレイヤー全員が知るかんたんな単語。
「HUNTER×HUNTER」か、あるいは……
「グリードアイランド・オンライン……ヒット」
そのままズバリのサイト名がヒットする。
トップページにはサイト名のみ。
入場にはパスワードが求められる。
“わたしはゲームマスター。わたしはあなたを排除した。わたしは誰?”
その問いは、たぶん謎掛けですらない。
プレイヤーなら、皆が知る答え。
──レイザー。
そう入力する。
【ようこそ、同胞よ──】
開かれたページには、特殊フォントを使ったのだろう。日本語でそう書かれていた。
ひさしぶりに見た日本語に、懐かしくなる。
【ようこそ、同胞よ。この文章を見ている者は、グリードアイランド・オンラインによって、この世界に迷い込んでしまった仲間だろう。
ここは、そんな同胞達が、情報を交換し、元の世界に帰るために、あるいはこの世界で生きていくために、協力する場所である。我々はキミ達の応援を待っている】
トップページには、そんな言葉。
他には、交流のための掲示板、情報共有のための掲示板。それから、共有した情報のまとめ。
そのなかに、元の世界に帰るための方法の考察もあった。
「シュウ。これ、目を通してくれ」
「ん……帰還方法に関する考察か。どれどれ」
プレイヤーたちは、使用キャラクターの姿で、ハンター世界のグリードアイランドにログインした。
原因はわからないが、グリードアイランド・オンラインとグリードアイランドが同化、もしくは繋がったと推察される。
以上の前提においてのみ、日本への帰還手段は存在する。
その帰還手段とは、【
原作描写では、【
この効果を使えば、日本に戻ることも可能だろう。
ただし、グリードアイランドをプレイ中に【
ゆえに日本に帰るならば、クリア報酬として【挫折の弓】を入手する必要がある。確実を期すならば、グリードアイランド島に不法侵入して使用するのがいいだろう。
「……なるほど、集合知ってのも馬鹿に出来ねえな。漠然とした推察でしかなかったものが、言葉になってる」
シュウが感心したようにつぶやいた。
たしかに。
俺も、なんとなく【
だけどここまで論理立てては考えていなかったし、そもそも【挫折の弓】のことは忘れていた。
「──おかげで目標が明確になったな。グリードアイランドのクリア。達成報酬で【挫折の弓】を得る」
「グリードアイランドに戻って探索、よりは、わかりやすくなってありがたいけど……ハードル上がったなあ」
クリアを目指すなら、本格的に
グリードアイランドのプレイもままならない現状、その先のことで嘆いてても仕方がないんだけど。
「いや、課題が明確なら、超えられるさ。それがどれだけ無茶なハードルでもな」
「うん。やる。足りないものがあるなら、全部埋めてやる」
気負うことなく口に出来たのは、日頃から目標を見つめ続けてきたためだろうか。
「あとは……お、シュウ。指定ポケットカードや呪文カードの一覧があるぞ」
「おお、助かる。予習はしてたけど、もう確認できない以上、忘れてく一方だからな」
俺も予習してたけど、ぜんぜん覚えきれてない。
呪文カードの効果や対象、限度枚数まで覚えたアベンガネやプーハットはすごいと思う。
それから掲示板を見てみると、40人余りのプレイヤーの所在
そのうち、グリードアイランド攻略を目標に掲げているのは、10人に満たない。
「……こうして見ると、日本に戻ろうってプレイヤー、そんなに多くないんだな」
「どうしても命がけになるからな。命と故郷を天秤にかけるなら、戻らないって選択もぜんぜんアリだ」
それは……そうかもしれない。
言われてみれば、判明してるプレイヤーの所在地域の多くがアイジエン大陸。【
「……あ、でも、これ見てシュウ。ククルーマウンテンで掃除夫やってます、なんて剛の者が」
「それは一周回って尊敬するわ」
シュウも思わず絶句するほどの暴挙。
命よりもファン心理を優先したんだとしたら、漢だ。女の子かもしれないけど。
「どうするシュウ。正直微妙かなと思うけど……俺たちも書き込むべきかな?」
「ひとまず様子見、かな。スタンスが違いすぎるし……こういうプレイヤー、けっこう多そうだよな」
「書き込まずに見てるだけ、的な? たしかに」
交流はともかく、提供されてる情報はすごく有用だし。
「ただ、参加者が100人を超えるようなら、名前だけでも書き込んどいたほうがいいかもな。掲示板参加者とリアルでかち合ったときに、印象良くなるし」
「ああー、仲間意識……というか内輪意識ね。うん。あるある」
プレイヤーの総数が300人。
掲示板組が100を超えれば、文句なしの最大勢力だ。
それぞれ目的は違うとはいえ、将来どこで絡むことになるかはわからない。
そんな彼らにとっての外様になるのは、好ましくない。
「──じゃあ当分は様子見、っと」
マウスを操作してサイトを閉じようとして──手を止める。
それは何気ない書き込みだった。
おそらく書いた本人も、深く考えて書き込んだわけじゃないだろう。
事実情報自体は、プレイヤーにとっては常識の範疇。
“ああ、ハンターライセンスさえあればいろいろ楽なんだけどなあ”
ハンターライセンス。
それはプロハンターの証明。
大抵の国にフリーパスで入れるし、公共施設も無料で使える。
電脳ページも無料で使用可能だし、ハンター専用のサイトにもアクセス可能になる。
その存在は、もちろん知っている。
だが、危険な実態を知るだけに、自分でライセンスを取ろうって発想が抜け落ちていた。
いまの俺の実力を考える。
おそらく、無理ではないだろう。
少なくとも、自分の命は守れる。
「……うん、決めた。シュウ、俺プロハンターの資格を取るよ」
決意を口にし、シュウに思いを明かす。
そう。シュウがフロアマスターを目指すなら。
その間に、俺は別のものを──シュウとは違う方向で活躍できる。そんななにかを目指したい。
「ん。そっか……気持ちはうれしいんだけど……一人じゃ危険も大きい。フロアマスターを先延ばしにして、二人で試験受けるか?」
「えーやだ。俺にもシュウが持ってない強みが欲しい」
「いや、正直、あっちの世界の──友達が、いっしょに居てくれるってだけで、すげえありがたいんだけど」
「それはおたがい様だろ。俺はもっとシュウに頼られたい……それに、わかってるだろ? フロアマスターは取れる時に取ったほうがいい」
この世界に来てからの混乱もそろそろ落ち着く頃だ。
天空闘技場を訪れるプレイヤーも、次第に増えてくるだろう。
彼らの実力は未知数。
だが、その多くが、戦闘に特化した念能力を習得している。
むろん彼らを避けながら、勝利を重ねていくことは可能だろう。
だが、時間が経てば経つほど、フロアマスターへの道は遠ざかると思ったほうがいい。
「なにより、フロアマスターになるまでにかかる時間は、短いほうが話題になるだろ? ……そうなると、シュウに黒星つけちゃった俺なにやってんだって話でもあるけど」
正直あれはけっこうなやらかしだと思う。
勝負に手心加えるつもりはなかったけど、試合希望日シュウに被せたうっかりはお仕置きものだ。
「いや、それに関しては……正直オレが悪かったというか、ユウの裏切りにテンション下がったというか……この巨乳派め」
「巨乳派じゃありませんー。美乳派ですー。そもそも巨乳ってほどでかくありませんー……なんでダメージ受けてんのシュウ?」
「気にしないで。ただの致命傷だから」
致命傷じゃだめな気がする。
そうか、それほどまでに熱心な貧乳派じゃったか。
「……まあ、ユウが絶対に次のハンター試験を受けるって言うのなら、止めない。ただベストなのは今回二人で参加、ベターなのは次回二人で参加だってのは言っとく」
「やけに二人にこだわるな」
「いや、作中でもペアやチーム行動してた受験者が多かっただろ? やっぱり協力者が居ると試験の通過率や生存率が上がるんだよ。あとは……オレが知らないとこでユウに死なれたら、マジで立ち直れなくなる。危険な橋を渡るなら一緒にやりたい」
「そこは、相棒を信じてほしいかな。自信を持ってお前の仲間で居たいからこその、プロハンター志望なんだし」
俺の言葉に、シュウはしばし悩んでから、ぽつりと言った。
「約束してくれ。どんな状況でも命優先。リタイアをためらわないって」
「約束する」
「それから、うかつにヒソカに絡まない」
「あ、そういえば当然居るよな
たしか、去年合格を確実視されてたってトンパが説明してた。
失念していたのを気づかれたのか、シュウが深い溜め息をついた。
「そういうとこだよ……本当に気をつけろよ?」
「わかった。肝に銘じておく」
「ん。ならいい。試験頑張ってきて……無事試験会場にたどり着けるかが、最大の問題な気もするけど」
「失礼な。行けるって……たぶん、きっと」
真剣に、それが一番難関な気がしないでもない。
ともあれ。
試験まで一ヶ月半。
その間修行に励み、試合をこなして実力の底上げに励んだ。
そして、明けて1998年1月3日。
俺はシュウと別れ、ハンター試験会場へと旅立った。