星図にも載っていない辺鄙な宙域の遥か奥地、
銀河の西の渦状腕の地味な端っこの・・・さらに端っこ。
そこに通称”魔女の生息地”と全宇宙から呼ばれる惑星が存在した。
正式名称は地球であるが、肝心の地球人は最期までその渾名を知ることがなかった。
この惑星には一つ問題が・・・というか、問題しかなかった。
そこに住んでる人々はたいてい何らかの理由で不幸で、幸福なのもいずれ不幸になる。
不幸なので、心が狭い者が多く、対立なんて日常茶飯事だ。
とある新興都市なんかたかだか数百年前の出来事で未だに東西で対立していた。
それに、とある頭のお堅い無感情な種族のせいで地球の少女たちはいつも泣き寝入りしていた。
まあ、他の地球であればそんなことは・・・おっと、この話はまた後だ。
とにかく、そんな惑星に一人の少女がいた。
彼女は時間軸さえ合っていれば、二千年前に親切を主張して磔にされた人以上に偉大になれた。
だが、今回は時間軸が悪かった。そういうわけで、この地球は彼女のせいで滅んだ。
これはその少女の物語ではない。
その恐ろしくて救いのない災厄と、その後の顛末の物語だ。
「・・・ここでいいかな」
地球をもうすぐ滅ぼす少女と同じ髪色の少女が宝崎市の丘の上に立った。
そこには一本の枯れた木があるだけだった。
彼女はバッグから一本のロープを取り出した。
環いろは、彼女にはおよそ友人と呼べるものがいなかった。
いや、昔はいたのだが・・・今はもう、いない。
もっとも大事な家族の一人も、今では煙もしくは灰になった。
「ごめんね、今行くから。ねむちゃん、灯花ちゃん、うい・・・」
もし誰も来なかったら、彼女はもう一度妹たちに出会えていただろう。
そうなっていたら、彼女の二本の足は緩慢に動く羅針盤の針のようになっていただろう。
北、北東、東、南東、南、南南西。やがて止まり、二、三秒後、やはり緩慢に左回りに。
南南西、南、南東、東・・・そうなっていたはずだった。
この後の災厄を考えれば、その選択はある意味賢明であり救いだっただろう。
しかし、そうはならなかった。では、彼女は不幸にも地球と運命を共にしたのか?
そういうわけでもなかった。丘にもう一人やってきたのだ。
それは旅行鞄を抱えた英国系青年だった。
「いろはさん、何をしているんだい?」
「・・・フォードくん」
フォード・デント・プリーフェクト、最近やってきた転校生だ。
いろはが最初に彼に会った時、彼は車に轢かれそうになっていた。
それ以来、何かと彼女は彼の面倒を見ることが多かった。
同い年で、同学年で、同学級なのに、どうしても年下のように思えた。
「・・・ごめんね、場所変えるから」
弟のような彼に自分の死ぬ様など見せたくなかった。
だが、フォードは彼女の腕を掴む。
「もう駄目だ。ここから別の場所に行っても多分もう間に合わない。
これから起こるだろう災厄に包まれる地球に君を置いて行きたくない。
わがままで、自分勝手だってのはわかってる。でも・・・」
「・・・えっ?」
彼は鞄からランチボックスを取り出す。
その中には押し寿司が入っていた。
「とりあえず食べてくれ。理由はまた後で説明する」
渡された寿司をとりあえず口に放り込んだ。
旨味が口に広がった瞬間、耳が前よりも澄んだように思えた。
ふと彼の顔を見ると、いつもの頼りない感じは少なくなっていた。
「・・・何も聞かずに、ぼくの言う通りにしてくれ」
「う、うん・・・」
「親指を立てて、高く掲げるんだ」
「わ、わかったけど・・・」
「あと、目は閉じていてくれ」
目を閉じて、親指を高く上げる。
それから数秒の時間が流れる。
丘の上の草原が、風に揺られ、さあっと音を立てる。
そういえば、見滝原では大きな災害が起こっているんだったっけ・・・?
そんなことを考えているうちに、いろはの鼻にじめじめとした鋼鉄の匂いが漂ってくる。
目を開けると、一面金属の壁の部屋が広がっていた。
「宇宙にようこそ、いろはさん」
フォードはそう言うと、一冊の本を渡した。
カバーには大きな読みやすい字で「パニクるな」と書いてあった。