蒼穹の絆 -Infinite Stratos meets FAFNER in the Azure- 作:フィアネン
雲によって、太陽が隠される。まだ日中だというのに薄暗い空。怜央は石碑の前に跪いて、目を閉じて手を合わせる。周囲には未だに撤去しきれていない瓦礫、雑草が生えた恐らく家があったであろう平らな土地、ひび割れた地面が広がる。
(怜央君、本当にIS学園に行くの?あなたが今までISを使ってどれだけ苦しい思いをしてきたか…母さんには想像しかできないわ。でも―)
(俺が決めた事だよ。ファフナーを使おうと思った事も、IS学園に行くことも。だから、大丈夫。)
(家を出る前に…これだけ訊かせて。昔、私もISに乗って活動していた時もあったわ。それでお金を稼いで、生活して…)
(そんな事は関係ない。母さんは、いつも俺を守ろうとしてくれてる。ありがとう。でも、俺は父さんの事を知りたいんだ。母さんも知らないなら、俺だけでも動きたい。丁度今は、それを出来るくらいの立場も手に入った。俺が望まないものでも、使えるものは何でも使わないとね。)
(…わかったわ。でも、最後にこれだけは聞いて。ISは人の心に強く影響されるわ。憎しみだけで、戦わないで。そうなってしまったら、怜央君はこれからも戦いだけの人生になってしまう。そうにだけは、ならないで。)
(………わかったよ、母さん。)
目を開いた彼は立ちあがり、バッグを肩に掛ける。石碑を背にして、彼は行く。
「行ってくるよ、父さん。」
学園の体育館で行われる入学式。それが終わった後の廊下では学年問わず会話が絶えない。また同じクラスになったね、今度は違うクラスだね、それよりも一年の男子の事だけど…話題は尽きない。そんな中でも、二人の男子が通りがかると静かになっていく。
「はー、やっと追いついた。俺は織斑一夏。気軽に一夏って呼んでくれ。違うクラスだけど、これからよろしくな!えっとそっちの名前は…」
「要怜央。よろしく、織斑君。」
「やだなぁ、一夏でいいのに。」
「一夏、見つかったのか?」
二人が話をしていると、長い髪を緑色のリボンで縛った女子が駆け寄って来る。
「ああ。怜央、こいつは篠ノ之箒、俺の幼馴染なんだ。」
「お前が件の”二人目”か。私も一夏と同じクラスだ、よろしく頼む。」
「よろしく。俺は3組だから、絡む事は少ないかもね。」
それだけ言うと自身の教室へと向かう怜央。箒は、彼の血のように真っ赤な目に対し、僅かに忌避感を覚えていた。
「…要怜央です。日本の代表候補生やらされてます。そのせいで色々迷惑がかかるかもしれませんけど、まあ…よろしくお願いします。」
一番最後に自己紹介を終えた怜央が着席すると、周囲…というか、クラス全員から彼は質問攻めに遭う。これは1組も同様だったようだが、向こうは千冬がいた為にすぐ鎮静化した。つまり、彼女がいないこのクラスでは…
「ねえ、要君の好きなものって何!?」
「好きなものって言われても…」
「それじゃあ、彼女とかいるの!?」
「カノジョ?何の話を…」
「あ、あの!私の名前はさっきも言った通り…」
「それより、先生が困ってる。」
怜央が指を指すと、そこにはおろおろしながらこの騒ぎを収めようと声を上げていた先生がいた。それを見た生徒らは残念がりながらも自分の席に戻っていく。
「あ、ありがとうございます。それでは改めて、私は一年間このクラスを担当する、
この自己紹介が終わると、一度HRを終えて早速授業が始まっていった。
この学校は名前の通りIS専門の学校だが、当然高等教育も行っており、それは一般的な高等学校よりもハードなものになっている。その為、この学校に入学してくる生徒は自然とエリートになる………約2名のイレギュラーを除けば。
(やっぱり速い…。)
怜央はIS関連の事は基本的に大丈夫だが、それ以外の一般教科は並程度である。中学校でもきちんと勉強はしていたが、それは只の高等学校に入る為の勉強であり、これ程のレベルの学校に行くことは想定していなかった。
「ふー…。」
一般教科が終わり、長く息を吐く怜央。彼は頬杖をつき、窓の外の空を眺めていた。窓際という良い席になった怜央は、特に誰かと会話をすることもなく、ぼーっと空を見続ける。次の授業は、ISの基礎理論であった。
「…という訳で、現在世界には467個のISコアが、各国の主要な研究機関や企業によって保持されており、その中でやりくりしている状況です。本校に所属している訓練機も、その中の一部を借用して動かしています。くれぐれも粗末に扱わないように。
次に、ISという機体についてです。昔から私達はEOS、“エクステンデッド・オペレーション・シーカー”というパワードスーツなどを開発し利用しようとしていました。しかし、バッテリーや本体重量といった問題はどうしても解決しきれません。その為、このEOSという機体は実用的ではありませんでした。その中で出てきたのが、篠ノ之束博士が開発したISコアです。白騎士事件以後、失踪と同時に世界にISコアを提供した篠ノ之博士は………」
途中から怜央は話を聞き流していた。だいたいが知っている情報。特に事件以後の世界変化というモノは嫌というくらい体験してきた為に知らないなんてことはなかった。
「…じゃあ、そこでぼーっとしてる要君。各ISの世代とその特徴を言ってみてください。」
「わかりました。
第一世代、軍用兵器として完成を目指した世代。
第二世代、各種武器・外付け兵装を組み換え、多様な状況に対応できるようにした世代。
第三世代、イメージ・インターフェースを利用した特殊兵装を実用レベルまでに引き上げる為の世代。
…これでどうですか。」
おおーという歓声が教室に広がる。流石代表候補生だったり、男にしてはなかなか勉強していると言った声が聞こえてくるが、どれも怜央は反応はしない。
今までもそうだが、今の彼にとってそれは”当然知っている事柄”でなくてはならないのだ。国家としての顔を持ち、相応の実力を求められる立場。それが代表候補生というものだ。
「はい、完璧です。流石代表候補生ですね。ISの世代については深掘りすると先程の数倍は話せる事があるのですが、それはまた今度という事で。次はISそのものについてですね。」
再び担任の話が始まる。やはり、彼にとって知っている情報だけだ。ぼーっとまた話を聞き流していると、隣の女子からひそひそ声で話しかけられた。
「ねえ、今の話って本当なの?」
「え?何が?」
「だから、ISと操縦者は、パートナーって関係なの?それって例えば、兄弟だとか恋人だとかそういう…」
「コラ、そこ!授業中に喋らないの。」
「ごめんなさーい…。」
怜央に喋りかけていた女子はしょんぼりしながら謝罪をする。しかし、それだけで話は終わらなかった。
「そうね…。今の話、要君はどう思う?君も専用機持ちでしょ、それなら何か、初めてISに乗る皆に一つ教えてあげて。」
数多くの期待の眼差しを怜央は受ける。このクラスと2組には本来、代表候補生が居ない。それはつまり、より少ない専用機持ちは確実に存在しないという事だ。普段通り気だるそうに、彼は話し始めた。
「まあ、機体とパイロットがパートナーという事は概ね同意します。しかし、こういうのは気が引けるんですけど…所謂一般機と専用機では、相互的な深度というか、繋がりに関しては大きな差が生じると思います。専用機、つまり自分だけの機体というのは当然、思い入れも大きくなるんですよ。だから、正直な話…それを体感できる程に知る事は普段はできないんじゃないかな、って思うんですよね。」
話が続くにつれ、期待と違った話が怜央の口から出てくる事に、若干残念ムードが教室内に広がっていく。中には男がこんな御大層な事を言うなんて、と立ち上がりそうな生徒もいる。
「だけど、これは受け売りなんですが…ISというモノは、一種の心があるらしいです。だから、パイロットが機体にいい感情を持っていれば、機体は応えてくれると思っています。それは逆も同じで。だから、俺は…いや、多分誰でも、ISを信じてるんなら応えてくれるじゃないんですかね。多分。」
「えー?何そのテキトーな終わらせ方ぁ。」
「仕方ないだろ?俺がそうでも、他の人がそうとは限らないし。一般化して話すのは限りなく無理なんじゃないの?」
「要君ってカタブツだと思ってたけど、思ってたより抜けてるんだねー。」
「それ、どういう意味?」
意味がわからないと不機嫌な声になる怜央、今のやり取りを笑うクラスメート。その様子に少しホッとした担任なのだった。
昼休み、鞄から取り出したゼリー食糧を食べながら、一般教科のテキストをパラパラと見る。ISに関しては、彼は”博士”から過剰な程知識を得ているから問題はない。ならば、一般的な高等教育の方に力を入れるべきだと踏んだ彼は、休み時間も勉強に充てていた。
復習をしながら食事をしていると、一人の女子から声をかけられる。
「要君、織斑君が呼んでるよ。」
「織斑君が。何でまた俺に?」
「さあ、そこまでは知らない。」
女子の目の動きに合わせて奥の扉へと視線を向けると、廊下には怜央に対し手を振っている一夏がいた。怜央は少し考えてから、席を立って鞄を持ち、一夏の元へと向かうのだった。
「頼む怜央、俺にISの事を教えてくれないか?」
「何でまたそんな事を…。テキスト一度くらい読んだでしょ?入学前に配られたアレ。」
「あ、ああ。それはだな…。言いにくいんだけど、その…失くしちゃってな…。」
一夏・箒・怜央の3人は食堂で昼食をとりながら話をしていた怜央は、一夏の言葉に絶句する。と言っても怜央は飲み物を頼んだだけだったが。箒はこのやり取りを既に見たのか溜息を吐いていたが、それ以上に怜央は呆れていた。
「何でここ来たワケ?」
「何でって、どういう意味だ、怜央。」
「言葉通りだけど。ここってさ、IS学園じゃん。ISの事を学ぶための学校。それなのに最低限差のある知識を埋めようだとか、そういう事は考えなかった?」
その言葉に何も言えない一夏。それも気にせずに怜央は続ける。
「やる気無いやつに教えても意味ないから。もういい?俺は俺でやる事あるし。」
「貴様、一夏の友人だと言うのに何を!」
「友人?…何それ。」
「何だと!?」
「あらあら、二人目の日本の代表候補生は同輩には冷たいのですね?」
「…イギリスの代表候補生ですか。何の御用です?」
「こちらに男性搭乗者のお二方がいらっしゃると聞きまして、挨拶に来ましたのよ。」
「そいつはわざわざどうも。」
「こっ、このお方は…!」
怜央の対応に怒るセシリアだが、彼は変わらず気だるそうな表情をしたまま飲み物に口をつける。コップの中を空にした怜央は、再びセシリアに向き直る。
「んで、挨拶だけ?もうそろそろ教室に戻りたいんだけど。」
「いいえ。3組のクラス代表、勿論貴方がなりますのよね?」
「さあ?………あいや、俺はやるつもりだけど、一応代表候補って事になってるし。」
「何なのですか、その適当な感じは!」
「え?こいつが、代表候補生…?」
一夏の驚きも流れ、二人の話は続く。
「という事は、話をしたいのはクラス代表戦事だよね。つまり、オルコットさんが1組のクラス代表と。」
「いえ、それが…」
「一週間後に一夏とオルコットが決闘をするんだ。クラス代表を賭けてな。」
箒の言葉を聞き、怜央はセシリアから一夏へと視線を移す。
「な、何だよ怜央。」
その問いには答えず、怜央はもう一度セシリアへと視線を戻した。
「こいつにゃ無理だろ。何、そっちのクラスは素人に代表させんの?」
「な…!?」
「仕方ありませんわ、一部の方々が織斑さんを囃し立てていましたもの。そこで紆余曲折ありまして、決闘という事に。」
「なんか大変だったんだね。」
「おい、二人とも!」
一夏は立ち上がり、二人に対して怒鳴る。
「何だよ、まるで俺が何も出来ないような言い方しやがって!さっきのクラスでもそうだったじゃないか!」
「何言ってんだ、逆に何か出来るの?一度もISを稼働させて、動かした事もないのにか?」
「っ、例えそうでも、やってみなきゃ―」
「あ、本当だったんだ。普通の代表候補ってのは、俺なんかと違って真面目にIS動かしてきた奴らばっかだよ。そいつらはポッと出の奴がどうこうできる相手じゃないんだよ。何なら俺だって動かし始めて1年は訓練機乗り続けてたし。」
「あら、あなたは織斑さんとは違って私達の事をよくご存じなのですね。」
「伊達に専用機と代表候補の肩書は貰ってないから。…いや、代表候補は押し付けかも。」
「ですが、例え押し付けであったとしても、それは相応の実力を認められたという事。どうですか?ここはひとつ、決闘の日に私とお手合わせを。」
「模擬戦?…なるほどね、それは別にいいけど。」
何となく怜央にはセシリアの言いたいことが伝わった為に了承を取ったが、一夏にはそれが伝わらなかったようだ。
「お前らだけで話を進めんな!俺だって怜央、お前と…!」
「別に、お前とは…いいや、やっぱ。いいよ、戦ってやる。」
「なら、話が早い!逃げるなよ、怜央!」
「…今度こそ、話は終わり。俺は戻る。」
席を立ち、鞄を持って立ち去る怜央。表情が殆ど変わらないままの彼の背中を、残った3人は見続ける。
(やる気が無い…訳ではないとは思いますが…。でも、どこか避けてる気がしますわね。それも、どの方とも区別なく…。でも、『ぽっと出』の方が痛い目を見るのは織斑さんだけではありませんことよ、要怜央さん。)
放課後、アリーナへと向かう怜央。だが、始業式の日だと言うのにアリーナは多くの場所が埋まっており、梯子をしてやっと一区画を取る事ができたのだった。
「君もやる気があるねー。日本の代表候補やってるんだって?男の子なのに。」
「色々ありますからね。」
「でもさ、今日くらい休んでもいいんじゃない?初日から勉強尽くしだったのにさ。」
「そうも言ってられませんよ。日が空けば、その分鈍るのはよく知ってますから。ところで…リヴァイヴの訓練機、余ってませんか。」
一通り飛び終わり、武装の訓練も終えた怜央は、ロッカーで目を閉じで休んでいた。そこに忍び寄る、水色の影。それは彼の背中へと抱き着こうとしたが、怜央に察知されて避けられてしまった。
「もう、つれないなぁ。」
「何の用ですか、更識先輩。」
「やだなぁ、楯無でいいわよ。折角の同室なんだから、堅いのはなーし。」
「そうですか。」
「…本当にわかってるの?」
「ええ、更識先輩。」
「なんか想像ついてたわ…。ところで、学校はどう?聞いたわよ?初日から一夏君とバチバチにやりあったって。」
「別に。自分の立場を解ってない奴が何言おうが、俺は知った事じゃありませんよ。」
「冷たいなぁ、君。もっと仲良くしたらどうなの?」
「仲良く?」
(今のを訊き返した?それに、この妙な距離感…。)
「いいわ、そんな急にしろなんて言わないから。ゆっくりやっていけばいいわよ。ところで怜央君、その、簪ちゃんの事だけど…。」
「簪…ああ、妹さんの話ですか。」
「その、会えた?」
「今日は面倒事に巻き込まれて…まだ会えてないですね。本当だったら昼休みに行こうと思ってたんですけど。」
「そっか、それは仕方ないわね。クラス代表になったんでしょ?放課後はその事でも色々忙しかったでしょ。お疲れ様。」
「どうも。割とハードでしたね、ここの授業。俺みたいな平凡な頭だとついていくのがやっとですよ。それに、IS操縦も怠けられない。知っちゃいましたけど大変ですね、ここ。」
「仕方ないわよ。そもそもこの学校自体、学力が高い子も求めてるから。勉強が出来てもISを上手く動かせなければダメ。ISに特筆した能力があっても、勉強もできなきゃやっていけない。難しいわよね、ほんと。」
「そうですね。…ところで、妹さんはまだ学校だと思いますか?」
「え?そうねぇ…多分そうよ。」
「それなら行きましょう。何処に居ると思いますか?」
「多分、簪ちゃんなら―」
皆帰った後の、薄暗い整備室。そこで一人、一区画だけライトがついた下で更識簪は溜息を吐きながらも放棄されたIS”打鉄弐式”をどうしようかと考えていた。彼女の後援企業であった筈の倉持技研も、欠陥機であった筈のISの再開発や、新たに発見された新型ISの解析に目を奪われていた。その為に、彼女の専用機である打鉄弐式は開発が中止にされてしまっていた。
(どうして、私がこんな…)
日本の代表候補として努力してきた。得意なプログラミングもその技能を伸ばしてきた。それなのに、突然現れた男性搭乗者二人に後援企業を奪われ、機体も中途半端なまま渡された為に自身を否定された気分だった。ムキになって引き取った打鉄弐式も、基礎部分は完成していても荷電粒子砲”春雷”と第三世代兵装・マルチロックオンシステム搭載ミサイルポッド”山嵐”は未完成のまま。更に言えば、幾らプログラミングが得意とはいえ第三世代兵装を学生一人で行う事は余りにも無謀であった。
「やってみせる…。一人だけででも造りきって、あの二人を、お姉ちゃんを…!」
両手を握り締め、そう意気込んだ瞬間だった。整備室の自動ドアが開き、入り口付近に人影が映し出される。驚いた簪は振り返ると、恐らく今一番会いたくない相手が立っていた。
「やっぱり、先輩の言った通りだった。」
「っ!………何の用?」
「挨拶をしようと思って。一応同じ立場だしね、俺ら。改めて、俺は―」
「知ってる。要怜央…二人目の男性搭乗者で、新型ISファフナーを扱う人。後援出来る人が誰も居ないから、暫定的に日本代表候補生になって、私から倉持の援助を奪った人…!」
「それは上の人が勝手に決めた事だよ。俺が今から何か言って、どうこうできる話じゃなかった。」
「何もしなかった癖に…!」
「俺だってずっと暇な訳が無い。それに、代表候補の顔と名前を知ったところで、直近の細かい事情なんてどうやって知るんだ。俺にはそっちのような人脈も情報網もない。それなのに―」
怜央の言葉は投げつけられた本によって遮られる。当の本人はそれを受け止めていたが、簪はもう一冊を構えている。
「家の事を言わないで!私はお姉ちゃんとは違うの!」
「姉貴…更識先輩の事か。」
怜央の呟きは簪には聞こえなかったようだが、それでも彼女の地雷を踏みぬいた事には変わりない。しかし、それに気付けない怜央は持っていた本をちらりと見てから彼女に差し出す。その本は簪の手に払われてしまったが、二度拾うことはなかった。彼はそれを一瞥してからドア際へと行くと、開いたドアをくぐらず、振り返って簪に言う。。
「それじゃあ、俺は行くから。後さ、お姉さん心配してたよ。」
感情の抑揚が無い言葉だったが、それでも簪の心にはぐさりと刺さる一言。簪はまたも手に持っていた本を怜央に投げつけたが、今度は閉じるドアに阻まれてばさりと床に落ちる。廊下の電気に照らされた彼の顔を見て、簪はある事に気付く。
「あの人の目、赤かった…。お姉ちゃんと同じ、どうしてこんな…。」
「簪ちゃん、どうだった?元気そうにしてた?」
「まあ、そうなんじゃないんですか?本投げるくらいには。」
自室に戻った怜央は楯無から成果の程を訊かれる。だが、ボストンバッグをベッドへと置いた彼の声は、相変わらず気だるそうだった。
「本を?怜央君、あなた何か言ったの?」
「そんな覚えは。でも色々言われましたよ、『自分は姉貴とは違う』とか。先輩の方こそ何か言ったんですか?」
「それはね…。昔、簪ちゃんに私がこう言っちゃったのよ、『無能なままでいなさいな』って。今考えればどうしてそんな言い方しちゃったのかわからないわ。でも、決して簪ちゃんを傷つけるつもりで言いたかったんじゃないのよ。」
「それじゃあ、そう言えばよかったじゃないですか。」
「簡単に言ってくれちゃって。そうすぐ出来てれば、こんなに拗れてはないわよ…。」
「そうですか。」
「怜央君だって何度もあるでしょ?友達と喧嘩しちゃって、でも謝る機会をずーっと待っててーなんて事。」
「さあ。友人なんて…。」
「え?それってどういう事?」
「………。」
怜央の返事は無く、この場は静かになってしまう。このままだと彼から何も引き出せないと考えた楯無は、なんとか会話を繋げようとする。
「そうだ、紅茶でも飲まない?このまま話してるってのもアレだし。ちょっと用意してくるわね。」
そう言った楯無は立ち上がり、キッチンへと向かう。そこでカップを用意しながらも彼女は考えていた。
(あの子、ずっと気になってたけど本当に人付き合いが苦手なの?もしかしたら、人付き合いを意図的に避けてる?多分あの子、友人は居ないんじゃなくて……)
そう考えながら用意したカップを持っていくと、何故かそこに怜央の姿は無かった。変わったところと言えば、彼の机に置いてあるメモ用紙に、開けっぱなしになった空のボストンバッグ、それに開いてカーテンがはためいている窓。ティーセットを置いた楯無は、机にあるメモを読む。
『しばらく一人になります。要』
「何よ、折角お湯まで沸かしたのに…。」
そう呟いた彼女は携帯を取り出し、自身の部下へと連絡をする。
「私よ。…ええ、その件だけど、追加で一つ。彼の通ってきた学校で、何か事件があったか調べて欲しいの。事件というほどで無くても、例えば人付き合いでのトラブルとか、些細な事でも何でも。……そうよ、それじゃあいつも通りよろしくね。」
電話を切った楯無は長く息を吐く。
「こりゃ多分、私じゃ制御しきれないほど難儀な相手ね。表向きが静かな子って見えるだけに、余計に難しいわ…。」
「私はあんたらを許す気は無いよ。ISは宇宙へ行くためのモノだ。戦争とかいう下らない事の為に使う道具じゃない。」
「それにしてはアプローチの仕方が最悪だ。
「そうだったね。それで、私の人形たちから奪ったISコアを変異させて、
「ああ、わかっているさ。だが、お前が我々を攻撃しなければ、ファフナーは造られなかった。これも事実さ、束博士。