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どこまでも続く海岸線。果てしなく続く太平洋。
伊豆、国道135号。曲がりくねった道路を時速50キロで駆け抜けていく。
容赦なく吹きつける太平洋の海風に負けないよう、両足でしっかりガソリンタンクを挟みこむ。
家を出る前に磨いたばかりの青いタンクが、オレンジ色の西日を反射してキラキラと輝いた。
スロットルを回す。2サイクル単気筒エンジンが毎分6000回転で振動、ブーツの靴底を規則正しく揺らす。
100メートルくらい先に休憩所が見えた。あそこで一旦休もう。
ギアを落とし、バイクを崖沿いの駐車場に止める。
エンジンを切る。火を消したばかりのエンジンは、まだパチパチと音を立てていた。
ちょっと高回転で回しすぎた。エンジンが冷めるまで少し休もう。
シートから降りてゴーグルを取り、ヘルメットを脱ぐ。
突き刺すような海風がボクの髪をぐしゃぐしゃにした。
「寒いな」
このぶんならエンジンはすぐにでも冷えるだろう。秋はバイクに優しい季節だ。
崖側のガードレールに両手を乗せる。澄み切ったオレンジ色の空の下、大海原がどこまでも続いていた。
水平線、地球の丸みすらわかるほどの大パノラマ。相も変わらずこの世界は美しい。
「そろそろエンジンも冷えたかな」
バイクに跨る。さて、今日はどこに泊まろうか。
「で、道端で寝てたら警察に捕まったと」
「捕まってない! ちょっと注意されただけだよ! 次は補導なって言われただけだから!」
今度からもっと人気のないところか、寝てても怪しまれないところで寝るから大丈夫。
「いやそれアウトだろ」
「ていうか、こんな寒い時期に外で寝てよう死なんかったな」
「あれだろ、身体小さいから体温高い的なやつじゃね」
「なるほど、子供体温っちゅうやつやな」
なるほどじゃないよ! 何が子供体温だ! ボクは16歳だ! ここにいる二人よりも誕生日早いんだぞー!
なんだよ、大垣さんも犬山さんも二人して。そんなに人が、人が……
「人が野宿して何が悪いんだよー!」
ボクの悲痛な叫びが野外活動サークルの部室に響き渡る。
野宿、それは持たざる金なしクソザコ庶民がブルジョワキャンパーに対抗できる唯一の手段。
お金も道具も必要ない。いるのは人としての尊厳を捨て去る覚悟だけ。
目の前を横切る人たちの可哀想なものを見る目、本当にこんなところで寝ていいのかという不安感。
気がついたら顔の上を這いずり回っている虫。
持ってきた寝具が寒すぎてまったく役に立たなかった時の焦燥感。
それでも頑張って寝たと思ったけど、目が覚めて時計を見たらまだ一時間しか経ってなかった時の絶望感。
それら全てを受け入れられるのなら、野宿はいつだって、どこだってボクたちを快く迎え入れてくれる。
だから……
「だからもう正座を解いてもいい?」
「却下」
最近の大垣さん、ひどいや。うぅ、床が冷たいよお。
色素の薄いボサボサの黒髪と、サイズの合ってない赤ぶちメガネのレンズを通して、二人の視線が突き刺さる。
「あのなあ、わたしらどんだけ心配したと思ってんねん」
明るい茶髪を横でまとめた犬山さんからの容赦のない正論。
相変わらずすごい大きい。何がとはいわないけど。ボクにもわけてほしい。
「ロリ子、正直言うとあたしはお前のことを高く買っている。色んなところ行ってるし、コーヒー美味いし、部室でだらだらしてるだけのあたしらにとっちゃ良い刺激だ」
黒ぶちメガネを光らせ長いツインテールを揺らす大垣さん。いつも思うけど前髪切りすぎな気がする。
「いっとくけど、ほんとだからな。でもな?」
あ、もしかして擁護してくれているのかな? そんなことを一瞬思ったけれど、声のトーンが低すぎてそんなことはまったくなかった。
「二日も行方不明になるのはちょっとやりすぎじゃないか? 携帯も繋がらんし、先生が家に電話かけても繋がらんってパニックになってたぞ」
「ごめんなさい。バッテリーもったいなくてずっと機内モードにしてました」
あまり知られていないけど、地図データを読み込ませておけば機内モードでもナビは使えるのだ。
どうせボクに連絡なんてこないしね! だって友達いないもんね! と思ったらこのザマだ。
「それスマホの意味ないやろ。あんな、あとちょっとで捜索願い出すところやったらしいで」
正論やめて! 反論できないからやめて! ちくしょう! 風邪で押し通そうと思ってた昔のボクが憎い!
「ほんま、よかったなー警察沙汰にならなくて、通報されてたらきっと今頃大騒ぎになっとったで」
「ごめんなさい、ゆるしてください」
二人の容赦のない正論攻撃に耐えきれず土下座、しようとして額を思い切りロッカーにぶつけた。
うぇ、頭痛い。眼鏡ずれた。
「まあ、反省してるみたいだし、今日はこれくらいで勘弁してやろう。でもほんと、絵に描いたみたいなメガネロリなのに、行動力だけは凄まじいよなお前」
「め、メガネロリ……」
確かに身長低いけど、いつも図書室で委員やってるお団子頭の子よりは高いから……たぶん。
「まったく、親御さんだって心配しただろーに」
「あ、うちの親仕事忙しくてめったに帰ってこないから大丈夫だよ」
「お、おう、そうか」
大丈夫だって言おうとしたら何故か可哀想なものを見る目でみられた。もしかして、変な勘違いされたんじゃないだろうか。
「あ、二人が思っているようなやつじゃないからね。ちゃんと学費と生活費はもらってるよ。まあ一回だけ月の食費使い切っちゃって飢え死にしかけたことあったけど別に大丈夫だったし」
「いや、それもっとあかんやろ」
単にバイクにつぎ込みすぎて、気がついたらすっからかんになっていただけなのだが、それを言うとこんどこそ何されるかわからないので内緒にしておく。
「アキ、わたしこの子の将来が本気で心配になってきたんやけど」
「ロリ子、お前苦労してんだなー! あたしのことはいつでも頼っていいからな!」
大垣さん、肩をバシバシ叩かないでください、痛いです。
「で、ちなみにどこまで行ってきたんだ?」
「うんと、石廊崎だよ」
「石廊崎……静岡だよな?」
「せやで、伊豆半島のちょうど先端の部分や。ここからやとだいたい130……130キロ!?」
スマホを見ていた犬山さんが何故かすごく驚いたように声を荒げる。
隣でスマホを覗いていた大垣さんも同じようにひどく驚いていた。
「130って往復いれたらそれ200キロ超えるじゃねえか! よく行ったなロリ子」
なんで二人はこんなに驚いているんだろう。
この時は伊豆半島の外周を回って熱海経由で帰ったから、たぶん300キロくらい走っているはずだ。でも、往復300キロなんてコンビニに行くのと同じレベルだしなあ。
うーん、謎だ。
「なんかアニメ見てたら急に海が見たくなっちゃったんだよね。どこもすごい綺麗だったよ。あ、写真もいっぱい撮ったんだ!」
あれは絶景というしかなかった。どこまでも続く太平洋。潮風が吹き付ける国道135号。まさに最高の体験だった。
「いや、そんなコンビニ感覚で伊豆までいくなよ。まあそれはそれとして写真はあとで送ってくれ」
「うん、いっぱいあるからラインで送るね」
写真を撮りすぎて到着時間が予定より2時間くらい遅れたのは秘密だ。
いい景色を見ると写真を撮りたくなるのは旅人の宿命だと思う。
「マジか! あ、どうせなら帰りにコンビニで印刷して部室に貼っとこうぜ」
「アキー、脱線しとるでー」
「はっ、危うくロリ子の口車に乗せられるところだった」
乗せてないし、勝手に盛り上がっただけな気が。
というか、この人たちはどうしてこんなに心配してくるのだろうか。ボクは別に野クルの部員でもなんでもないのに。
「うぉっほん、とにかくだ。ロリ子も我らが野外活動サークルの一員である以上、その自覚をもって行動してくれたまえ」
「え、ボク部員だったの?」
【悲報】いつの間にか野クルに入部させられていた件について
「おいおい今更何言ってんだよ。入部届だってちゃんと出しただろ?」
「ごめん、なんの話?」
大垣さんの顔が女の子がしてはいけない表情で凍りつく。えぇ、嘘でしょ?
「……あれ? 出したよな、イヌ子」
「部長が知らへんのに、わたしが知るわけないやろ」
……
…………
………………
「やっちった!」
「顔芸してもごまかされへんからな」
このあと滅茶苦茶入部届書かされた。
約3年ぶりに筆を撮りました。ある程度書き溜めているので、しばらく連続投稿します。