【完結】ザコの旅   作:クリス

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書き溜めてたので遅くなりました。


6話 イワタニ ジュニアコンパクトバーナー 4,628円(税込)
6-1


 

 

 

 

 高校へ続く一本坂、最近ハマってるアニメの主題歌を歌いながらバイクで走って行く。

 

 ちらほらといる生徒たちを避けながら思い切り歌う。

 

 どうせエンジンに紛れて聞こえないから大丈夫大丈夫。たまに見てくる人がいるけど、それはきっとビーちゃんが珍しいからだろう。

 

 バイク乗ってると、なんでこう歌いたくなっちゃうんだろうね。ビーちゃんは移動式カラオケマシーンだった?

 

 校門を通り抜け駐輪場へ向かう。なんだか最近学校に行くのが楽しくなってきた気がする。

 

 いつもの場所にバイクを停めてエンジンオフ。

 

 サイドバッグに入れていたチェーンを自転車置き場の屋根の柱とフロントフォークに巻きつける。

 

 最近いたずらが怖くなって教室に持って行くことにしたヘルメットを抱え昇降口に向かう。

 

「あ、双葉ちゃんだ」

 

 ちょうど校舎に入ろうとしていた女の子と目があった。斉藤さんだ。

 

「おはよー今日も寒いねー」

 

 近づいてくる斉藤さんをよく見ると耳当てにもこもこマフラー、コートとフル武装だった。

 

 ちょっと暑そうと思ったのは内緒にしておこう。

 

「うん、おはよー 早いね、いつもこんな時間に来てるの?」

 

 始業ベルがなるまでまだまだ時間がある。かといって朝練をするには遅い時間。

 

 こんな時間に来るのは何かしら用事がある人か、人目を避けようとして浅ましい努力をするクソザコくらいしかいない。

 

 まあ、つまりボクのことである。

 

「ううん、なんかいつもより早起きしちゃったんだ。リンも今日からバイクで来るみたいだし待ってもしょうがないしね」

 

 へぇ、リン今日からバイクで来るんだ。あんな便利な移動手段を手に入れたら使わないわけがないか。

 

「あ、そういえばリンから聞いたんだけど、日曜リンと一緒にバイクで走ってくれたんだって?」

 

 下駄箱でブーツを上履きに履き替えていると、斉藤さんがさも当然のようにこの前のリンとのツーリングのことを持ち出してきた。

 

 ボクも一応女子だけど、ほんと女子の情報網っておっかないよね。なんでこんなに情報が行き渡るのが早いんだろう。

 

「リンも喜んでたよ。ほんとありがと、双葉ちゃん」

 

「べつに、大したことしてないよ」

 

「またまた〜」

 

 ボクの周りにいる人たちは、なんていうかちょっとした親切を大げさにとらえる人が多い気がする。

 

 なでしこしかり、リンしかり、そして目の前の斉藤さんしかり。悪い気なんてするわけないけど、やっぱり恥ずかしい。

 

「リンってさ、見てのとおりあんまり人と話そうとしないんだよね。だから、最近リンがなでしこちゃんや双葉ちゃんと仲良くしてるのが嬉しいんだ」

 

 リンのことを話す斉藤さんの目はとても優しげだった。本当に良い友達どうしなんだな。

 

「双葉ちゃんがよかったらこれからも仲良くしてあげてね」

 

 もちろんわたしとも仲良くしてね〜と斉藤さんがにっこり笑う。

 

 相変わらず斉藤さんのコミュ力は恐ろしい。こんなのうなずくしかないじゃないか。

 

「うん、わかった!」

 

 そんなやり取りをしつつ、階段を登り各々の教室に向かう。

 

「じゃ、斉藤さんまたね」

 

 教室のドアの前で斉藤さんに別れを告げる。授業が始まるまで読みかけの本でも読んでおこう。

 

「うん、またねー あ、そうだ双葉ちゃん」

 

 呼び止められ、斉藤さんに向き直る。どうしたんだろう。

 

「双葉ちゃん、歌上手だったよ。また聞かせてね〜」

 

「え、歌?」

 

 なんのこと? 頭の中で疑問がぐるぐると回る。

 

「またね〜」

 

 その疑問が解消される前に斉藤さんは行ってしまった。

 

 歌……ボク斉藤さんに歌なんて聞かせたっけ? クエスチョンマークが頭の中で増殖していく。

 

「歌……歌……あっ」

 

 そして正解に辿り着いた。辿り着いてしまった。

 

 全てを理解したと同時に、どんどん青くなっていくボクの顔。

 

 たしかにボクは歌を歌っていた。バイクに乗りながら。それも全力で。

 

「あ、ああ、あ」

 

 もしかしなくても、全部丸聞こえだった? 斉藤さんの前で歌を披露したことなんて一度もない。

 

 つまり、それが答えだ。

 

 抱えていたヘルメットが手からこぼれ落ちる。

 

 ボクは今まで何回も歌っていた。もしかして、それも全部聞かれていたの?

 

 やばい、これは……やばい……なんていうか、やばい。

 

「おはよー双葉ちゃん! あれ? 双葉ちゃん? おーい」

 

 なんか横でピンク色の何かが腕を掴んでくるけど、頭がフリーズして何も考えられなかった。

 

「双葉ちゃん? 双葉ちゃん!? 双葉ちゃーん!?」

 

 ボクの肩を揺さぶるピンク色の何か。それがなでしこだと気づくのに5分。

 

 完全に立ち直るまでにおよそ30分の時間を要したのは、まったくもってどうでもいいことだ。

 

 

 

 

 

 

 

「お前ら、いい話と悪い話、どっちから聞きたい?」

 

「なんやアキ、どうしたん急に」

 

 放課後、野クル部室。いつものように四人で部室にひしめき合っていると、千明が唐突に語りはじめた。

 

 まあ千明に限ってはいつもどおりだからどうでもいいけど。

 

「部長! まずはいいことからお願いします!」

 

 元気いっぱいのなでしこが話の続きをうながす。本格的に冬キャンの準備を始めてからずっとこのテンションだ。

 

「いいぞなでしこ隊員。ではまずいい話からだ!」

 

「ごくり……」

 

 な、なんだろう。

 

「ついに我が野外活動サークルが部に昇格したのだー!」

 

「ほんまかいなアキ! やったやん!」

 

「やったねアキちゃん!!」

 

「わぁ、やったねー」

 

 千明の言葉にどっと盛り上がる二人。対してボクはテンションが低いままだった。

 

「テンション低いぞロリ子! 部だぞ部!」

 

「うん、わーい」

 

 ボクも本当なら喜んでいたよ。朝にあんなことがなかったらね! 

 

 全校生徒に生歌披露してたなんて黒歴史以外の何ものでもないよ!

 

 思い出したらまた顔が熱くなってきた。

 

「長かった……ここまで、ほんっとーに長かった!」

 

 膝をつき泣き崩れようとして、ロッカーにぶつかりそうになってやっぱり立ち上がる千明。

 

「頑張ったね、アキちゃん」

 

 そしてボクとあおいにぶつからないように必死に腕を伸ばして千明の肩を掴むなでしこ。

 

「うぉぉぉ! なでしこー!」

 

「アキちゃぁぁぁん!」

 

 お互いに腕の長さが足りなくて、ストレッチみたいなポーズで腕を組んで泣きながら喜びを噛み締める二人。

 

「なんやこの茶番」

 

 あおいのひと言が現状の全てを言い表していた。

 

 いつも思うけどなでしこってノリいいよね。千明といい勝負だよ。

 

「で、悪いことってなに?」

 

 気になっていたことをたずねる。なにか問題でもあったのだろうか。

 

「おーいおいおいお、あ、それな」

 

 嘘泣きをあっさり切り上げてあっけらかんとした顔でボクたちを見る千明。

 

 これはたしかにリンが苦手なのわかる気がする。

 

「えーまことに残念なことに、部室はもらえませんでしたー!」

 

 千明の口から語られたのは、それはそれは残酷な真実だった。

 

 部室がもらえないって嘘でしょ?

 

「えっ、なんでなん! せっかく用具庫ともおさらばできるとおもっとったのに! こんな狭い暮らしもういややぁ!」

 

 半年以上もこの狭い部室に苦しめられてきたあおいの叫びは、それはそれは悲痛なものだった。

 

「部室もらえないんですかって聞いたんだよ。そしたらな、大町先生が言うんだよ! まだ四人しかいないし活動場所外だからいらないでしょって!」

 

「いやまあ、そーやけど……」

 

 言っていることはあながち間違っていない。

 

 メインの活動場所が外で、部員も四人しかいない野クルの優先順位が下げられてしまうのはしかたのないことかもしれない。

 

「つーわけで、残念だがしばらくここで我慢してくれ」

 

「はぁ、しゃーないなあ。でも、部費はちゃんと出るんやろ?」

 

「そりゃもうばっちりと。まあ来月からだけどな。けど、これでもう薪代に悩まされずにすむぞ!」

 

「ならええわ」

 

 切り替えはや! さすが関西弁マスターだ。がめついというかなんというか。

 

 でもまあ、あおいの言うとおりか。部室よりも部費のほうがよっぽど大事だ。なにせキャンプは金がかかる。

 

 ちょっとでも節約できるのならそれにこしたことはない。

 

「なでしこ、ロリ子、不甲斐ないあたしを許してくれい!」

 

 なんかまた始まった。

 

「アキちゃんはよく頑張ったよ! もういいんだよ」

 

「なでしこぉぉぉぉ!」

 

「アキちゃぁぁぁん!」

 

 またよくわからないストレッチみたいなポーズで腕を組む二人。そのポーズは気に入ったのかな。

 

「ちなみに部の名前は野クルのままだ。ぶっちゃけ他にいいの思いつかんしな」

 

 よかった。居酒屋みたいな名前の部にならなくて。でも、部なのにサークルなのか……ま、いっか。

 

「あ、そういえばロリ子、冬キャン結局どうするんだ? 先週聞いた時は保留って言ってたけど」

 

 千明に言われて、冬キャンに参加するか保留にしていたことを思い出した。

 

 スマホを出してスケジュールを確認する。そして、今週の土曜日のスケジュールを確認して顔をしかめた。

 

「みんな、ごめん! 今回はパスで!」

 

 両手を合わせてそう言うと、案の定三人から残念そうな声があがった。

 

 まあ、当然だよね。野クル初めてのキャンプなのに行けないなんて。

 

「えっ!? 双葉ちゃんこれないの? どうして!?」

 

 なでしこの悲しそうな顔に罪悪感が刺激される。うぅ、ごめんね、なでしこ。

 

「土曜日バイトの面接があるんだよね。なんかこの日しか空いてないんだって。キャンプするからずらしてくれなんて言えないし。だから本当にごめんね!」

 

 そう、その日はアルバイトの面接が入ってしまっているのだ。

 

 今のところ貯金はあるとはいえ、ビーちゃんは金食い虫。ガソリン代だけでも週に二千円近くかかる。正直お金はいくらあっても足りないのだ。

 

 だからまたバイトをすることにしたのだけど、案の定田舎だから求人が全然ない。

 

 必死に探してやっとのことで面接までこぎつけたけど、キャンプの日と被ってしまうというアンラッキー

 

 ほんと、つくづくついてない。

 

「ごめんねみんなぁ」

 

 誰かが悪いわけではないけれど、今回ばかりは間が悪すぎた。みんなの残念そうな顔が心に突き刺さる。

 

 あ、どうしよ。涙出てきた。

 

「キャンプなんてこれからいくらでもできるんやから、そんなに気にせんでええって。ああもう涙でとるやん、これで拭きい」

 

「うん、ありがと……」

 

 差し出されたポケットティッシュを受け取り涙と鼻水をかむ。

 

「よしよし、双葉ちゃんが悪いわけやないんやから泣かんでもええんやでぇ。またみんなでキャンプしような?」

 

 頭をポンポンされ慰められる。あおいの優しさが心に染みる。

 

 一瞬、一応ボクのほうが一年近く年上のはずだけどなという思いがよぎったけど、それは心の奥底に封印しておくことにした。

 

「まあ、そういうこともあるって、だからそんなにくよくよすんな! で、なんの面接受けるんだ?」

 

「えっと、近所のガソリンスタンドだよ」

 

 面接先を明かした瞬間、さっきまでの暖かい空気が一変した。

 

 千明とあおいの視線がボクに突き刺さる。

 

「……まあ、その、なんだ。頑張れよ」

 

「……やっぱり、無理にでもキャンプ連れてったほうがええんとちゃうか?」

 

 ひどっ! ちょっとくらいは前向きに応援してれたっていいじゃないか!

 

 ちっこいのがいけないのか! くそぅ、低身長が憎い! 遺伝子が憎い!

 

「がんばれ双葉ちゃん! ファイトだよ!」

 

 ボクに優しいのはなでしこだけだよ……

 

 とまあ、こうして野クル初キャンプを泣く泣く辞退することになったボクなのであったが……

 

 

 

 

 

「ドタキャンって……そりゃないって」

 

 金曜日の放課後。ボクは図書室へつながる廊下をとぼとぼと歩いていた。

 

「なにが新しい子入っちゃったからごめん、だよ」

 

 初キャンプを蹴っ飛ばしてまでこぎつけた面接。けれど、さっき突然電話がかかってきてなかったことにされた。

 

 理由は今言葉にしたとおりだ。

 

「雇う気ないなら最初から面接の約束なんてすんなー!」

 

 床に転がっていた綿埃を蹴り飛ばす。

 

 野クルのみんなは明日のキャンプのためにもう帰ってしまった。

 

 残ったボクは、借りた本を返すために図書室に向かっていたのだけど、途中で例の電話がかかってきて、今はこのざまだ。

 

 最近いいこと続きだったから、余計にムカムカする。あのスタンド二度と使ってやるもんか。

 

「はぁ、今さらキャンプ入れてくれなんて言えるわけないしなあ。それにテントもないし」

 

 ぶつぶつとぼやきながら図書室に入る。夕日色に染まった図書室は、人っこ一人いなくて、なんだか少し寂しげだった。

 

「あれ、まだ帰ってなかったんだ」

 

 貸し出しカウンターのほうから声が聞こえてきて振り向く。リンが不思議そうにボクを見ていた。

 

 そっか、リン図書委員だからまだ帰ってないんだ。

 

「うん、返却日今日なの忘れててさ……はいこれ」

 

「うぃー」

 

 本を渡し返却を終える。これで用事は終わり。あとは帰るだけだ。

 

 空は晴れ渡っているのに、気分は曇り空だ。憂さ晴らしにビーちゃんでどこか行こうかな。

 

「双葉、なんかあった?」

 

 カウンターで返却の手続きをしているリンが心配したように聞いてきた。

 

「え、いやべつに……」

 

「いや、めっちゃ落ち込んでんじゃん。すごい顔してるよ」

 

 ボクそんな顔してるのか。スマホを取り出し画面を鏡代わりに顔を映す。

 

 たしかに、言うとおり酷い顔だった。まるで峠道でガソリンが尽きたみたいな顔だ。

 

「はは、たしかにすごい顔だ。うん、ちょっとやなことあってさ」

 

「やなこと?」

 

 リンの気遣いに釣られたのか、ボクはポツリポツリとさっき起こった出来事を話しはじめた。

 

「……なんか、残念だったね」

 

 全てを聞き終えたリンはひと言そう言ってくれた。リンのこのちょっとぶっきらぼうな口ぶりが、今のボクには嬉しかった。

 

「でも、面接なくなったんならキャンプ行けるんじゃない?」

 

「リンの言うとおりなんだけど、やっぱり言いづらいっていうか」

 

「あいつらって別にそういうの気にしないだろ」

 

 リンの言うとおりみんなはきっと気にもしないだろう。喜んで受け入れてくれてそれで終わりだ。

 

 けど、それはみんなの話であって、ボクの話じゃないのだ。

 

「自慢じゃないけど、ボク野クルに入るまで友達なんていたことなかったんだ。言っとくけど、本当に一人もいなかったからね!」

 

 本当に自慢でもなんでもない。

 

 ふっ、いいのさ。人はしょせん一人で生まれて一人で死んでいくものなのだから(涙目)

 

「お、おう」

 

 何言ってんだこいつみたいな顔で見ないでほしい。しかたないじゃん事実なんだし。

 

「だから、あとは言わなくてもわかるでしょ?」

 

「……まあ、うん、だいたいわかった」

 

 ボクとリンの間に微妙な空気が流れる。

 

 ようはクソザコということだ。このひと言で全て説明できる。

 

 ボクがなでしこみたいなコミュ力お化けだったら、なんの躊躇もなくキャンプに参加するのだけど、あいにくボクはクソザコなのだ。

 

 どうしようもないくらいクソザコなのだ。

 

 ほんと、自分で言ってて悲しくなってくるなあ。

 

「もういいや、琵琶湖行ってこよ」

 

「えっ? 今なんて言った?」

 

 ボクがボソッと呟いた言葉になぜかリンが過剰に反応した。ボク変なこと言ったかな。

 

「どうせだから気晴らしに琵琶湖でも行ってこよかなって」

 

「は? え? 琵琶湖? 琵琶湖って、あの琵琶湖?」

 

「そうだけど」

 

 ボクが繰り返し言うと、リンの目が点になった。変なリン。まあいいや、そうと決まれば行程を考えよう。

 

「どうしよっかなー 名古屋経由でだいたい15時間くらいでしょ? だから、今日の7時くらいに出発して、明日の10時についてちょっと寝てから琵琶湖一周して日曜に岐阜──」

 

「まてまてまてまて、なんだそのハードすぎるスケジュール!」

 

 椅子に座っていたリンが目を見開いて立ち上がる。さっきからリンの様子が変だ。

 

「どうしたのリン? 大丈夫?」

 

「こっちのセリフだから! 琵琶湖って、何考えてんだよ。あとその顔やめろ、腹たつ」

 

 ひどいなあ、人が純粋に心配してあげてるのに。

 

「琵琶湖だよ? ちょっと遠く行くだけじゃん」

 

 遠回りでも400キロちょっとだ。たったの15時間くらいだ。ぜんぜん大した距離じゃない。

 

「琵琶湖はちょっとじゃないから! ていうか7時に出発って、夜通し走る気?」

 

「うんそうだよ。大丈夫、ゲームで徹夜慣れてるから!」

 

 眠くなってもモンエナでドーピングすれば何も問題ない。帰りに何本か買って帰ろうかな。

 

「そういう問題じゃねえ……その、家族とか心配しないの?」

 

 リンってこんなに心配性だったんだ、ちょっと意外だな。もっと淡白だと思ってた。

 

「ボク一人っ子だしお母さんも仕事で月一くらいでしか帰ってこないから、とくに心配はされてないかな」

 

「それ聞いたら余計に不安になってきた……あのさ、マジで行くの?」

 

「うん、最近近場ばっかりだったしね」

 

 伊豆に富士山、そして浜松。ものの見事に近所ばかりだ。ちょっとくらいは遠出したい。

 

 そう言えば、綾乃どうしてるのかな。あとで連絡してみよう。

 

「近場って……なんか頭痛くなってきた」

 

 リンが頭を抱えてカウンターに突っ伏した。琵琶湖行くって話してからずっとこんな調子だ。

 

 そうやって、しばらく唸ったあと、リンが顔を上げた。

 

「あ、あのさ、双葉」

 

「えっと、なに?」

 

 ボクに話しかけるリンの表情はなんていうか、すごく恥ずかしそうだった。

 

 例えるのなら、言い慣れない言葉を無理して言おうとしている、そんな感じだ。

 

「土日暇ならさ、その……キャンプ、行かない? わたしと」

 

「キャンプ? リンと?」

 

 聞き返すと、リンはちょっとだけ顔を赤くしてうなずいた。

 

 前に一緒にキャンプしようとは誘われていたけれど、それはなでしこも含めてのことだと思ってたから意外だった。

 

「明日行くつもりのサイトなんだけど、試験運営とかでしばらく無料らしいんだよね。知ってる? 長野の高ボッチ高原って言うんだけど」

 

「ううん、聞いたことない。へぇ、無料なんだ」

 

 高原と言うからには山の上にあるのだろう。見晴らしがよさそうだ。しかも無料。悪くないかもしれない。

 

 でも……

 

「ボク、テントなんて持ってないよ」

 

 ボクの旅のスタイルとテントは相性が悪い。

 

 キャンプをする気ならいつか手に入れなきゃいけないだろうけど、もっと先の話だと思ってた。

 

「わたしのテント入ればいいじゃん。狭くなるけど双葉なら平気でしょ。野宿しまくってるんだし」

 

 たしかに、過酷な野宿に比べれば相方がいて雨風をしのげるテントがあるキャンプは天国もいいところだ。

 

「バイクで試したいこともあるし……どう、かな?」

 

 じゃっかんの恥ずかしさと期待を秘めた眼差しがボクを射抜く。

 

 いつもの一人旅も悪くないけど、誰かと一緒に旅するのも悪くない。

 

 願ってもないチャンスだ。答えはもう決まった。

 

「わかった。一緒に行こう、長野」

 

「……じゃあ、よろしく」

 

 ボクの言葉にリンが笑った。これから始まるだろう冒険に胸が高鳴る。

 

 わずかな不安と大きな期待とともに、ボクの初めてのキャンプが幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、野クルのみんなにどうやって言い訳しよ」

 

「それは知らん」

 

 うぅ、最近リンの容赦なさすぎ……

 




用語解説

高ボッチ高原の無料キャンプ場
マジである。試験運営のため現在無料で利用可能。でも使うならできるだけ募金(500円)しよう。
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