【完結】ザコの旅   作:クリス

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「四尾連湖、10.3キロ、か」

 

 青い標識が視界の端へと流れていく。

 

 県道409号線。四尾連湖へ続く山道をビーちゃんでひた走る。

 

 左右を覆う鬱蒼とした木々が、赤やオレンジに染め上がり、冬に向かう野山に彩りを与えていた。

 

 枯葉色の落ち葉がタイヤに飛ばされ宙を舞う。

 

「意外と早くつきそうだな」

 

 時間はまだ2時前だ。

 

 余裕を持って夕方くらいにつくと連絡してたけど、この分なら多少のんびり走ってもバチは当たらないだろう。

 

 スロットルを少しだけ緩める。エンジンが目に見えておとなしくなりメーターの針が小刻みに下がっていく。

 

 突き刺すような風が少しだけマシになる。

 

「来週どこいこーかな」

 

 ここ最近キャンプ続きだった。初心に帰るのも悪くない。

 

 一人旅と同じくらいキャンプも楽しい。リンの言うとおりだ。

 

 でも、一人旅もキャンプと同じくらい楽しいのだ。

 

 視界を流れていく暖色の木々を眺めていると、そのことを改めて実感する。

 

 移り変わる景色、ハンドル越しに伝わるエンジンの鼓動、突き刺すような山の風。

 

 どれが劣っていて、どれが優っているという話じゃない。あれも楽しいし、これも楽しい。それだけなのだ。

 

 ボクの広がった世界。いろいろ新しいものは増えたけど、旅は相変わらず一段と光り輝いている。だってそれがボクの原点だからだ。

 

 一人旅、思い返せば半分家出のようなものだったんだと思う。

 

 誰もいない家、一人ぼっちの生活。孤独感に耐えきれず本の主人公のように家を飛び出した。

 

 でも、逃避でしかなかったそれは、ボクに活力を与えてくれた。

 

 目まぐるしく移り変わる景色、知らない土地、知らない空気、知らない人たち。

 

 目に映る全てが輝いて見えて、とても尊いもののように感じた。

 

 世界は美しくなんかない。だから美しい。そんな言葉をあの本で読んだ記憶がある。

 

 そのとおりだ。現実はアニメのように美しくなんてない。でも、だからこそ、ふとした時に見えるなにかが、なによりも輝いて見える。

 

「お母さん、今ごろ何してんのかな」

 

 ワインディングを切り抜けトンネルに入りながら、家にはいないお母さんのことを考える。

 

 仕事づくめで単身赴任。たしか社長らしいけど何してるのかさっぱり見当もつかない。

 

「今度電話でもしよっかな」

 

 そんなことを考えていると、トンネルを抜けた。たしかこの先のいろは坂を登れば四尾連湖だ。

 

 よし、早く行って二人を驚かせよう。

 

 ギアを下げる。唸るエンジン、飛び散る白煙。

 

 景色の移り変わりが段違いに早くなり、世界の全てが加速する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 今日は11月の末。年明けまで残りひと月を切ろうとしていた。

 

 

 

 

 

「へぇ、ここが四尾連湖かぁ」

 

 一面に広がる黄色の絨毯と湖のパノラマを眺める。

 

 紅葉シーズンは少しすぎているが、それでもこの湖の美しさは微塵も失われてはいなかった。

 

「あれ、あの車たしか……」

 

 水色のSUV、ボクはこの車に見覚えがあった。これが停まっているってことは……

 

「もしかして、各務原さんのお連れの方ですか?」

 

 声がして振り向く。

 

 キャップを被った男の人がボクにゆっくりと近づいてきた。たぶん、管理人の人だろう。

 

「はい、予約していた山中です」

 

 最近一気に友達が増えたせいか、このくらいならクソザコムーブを発動しなくてもすむようになってきた。

 

 ボクだってちょっとは成長するのだ。いつまでたってもクソザコではいられない。

 

「あぁ、やっぱり。バイクで来ると言ってたんですぐにピンときましたよ」

 

 ある程度話は通してくれているらしい。こういう気遣いが心に染みる。

 

「利用料はお連れさんにいただいているので大丈夫です。バイクは駐車場に止めておいてくださいね。駐車料金は1泊2日で400円。事務所で精算するのでこちらへどうぞ」

 

「はい」

 

 管理人さんに連れられて事務所の中に入り、飾られていた蜂の巣に驚きながら料金を支払う。

 

 そうだ、あとで二人に立て替えてもらった分返さないと。

 

「サイトは向こう岸にあって、バイクの乗り入れはできないので、湖沿いを歩いていってください。見えますかね、あの白いテントがあるところらへんです」

 

 ボクたち以外にも客がいるらしい。管理人さんの指差すほうを見るとたしかに白いテントが三角の顔を覗かせていた。

 

「あ、それと外に置いてある荷車は自由に使ってどうぞ。それではいいキャンプを」

 

「じゃあボクはこれで。ありがとうございました」

 

 ボクという一人称にキョトンとする管理人さんを横目に事務所を後にする。

 

 いちいちわたしなんて慣れない一人称に言い換えるのも面倒になってきた。

 

 無理してわたしなんて言う必要もない、そういうのは人それぞれ。リンもそう言ってたしね。

 

 そうだ、せっかくだし写真でも撮っていこう。事務所に隣接するデッキに出る。

 

 木組のデッキの向こうに一面の湖が広がっていた。なんて綺麗な場所なんだろう。

 

 こんなところでキャンプするなんてさぞ楽しいに違いない。

 

「さーて、どこで撮ろうか──」

 

「あれ、双葉ちゃん?」

 

「ぴゃああ!?」

 

 ボクしかいないと思っていた空間で、突然ボクの名を呼ぶ声がしてみっともない奇声をあげる。

 

 物理的に30センチくらい飛び跳ねながら、声のした方向に身体を回転させる。

 

「さ、桜さん?」

 

 目を見張るような眼鏡をかけた長髪の美人。なでしこのお姉さん、桜さんがテーブルのベンチに座ってボクを見ていた。

 

「ご、ごめんなさい! 驚かせるつもりはなかったんだけど」

 

 あーあ、ボクがあんなわけのわかんない奇声あげるから桜さんあわあわしちゃってるじゃないか。

 

 屋台っぽいところで店番してたらしい人も何事かと思ってボクのほう見てるし。

 

「すみません、変な声出しちゃって」

 

 よりにもよってこんな情けない姿を桜さんに見られるなんて。

 

 顔が熱い。うぅ、恥ずかしいよぉ。

 

「いいのよ、たしかに驚いたけど、いきなり声をかけた私も悪いんだし。それにしても随分早くきたのね。なでしこから夕方くらいに来るって聞いてたんだけど」

 

「はい、余裕持って夕方って言ってたんですけど、ちょっと余裕持たせすぎたみたいで」

 

 夕方を4時としても、まだ2時すぎだ。二人はボクが到着してるなんて夢にも思ってないだろう。 

 

「そうなのね。なでしことリンちゃんなら30分くらい前に出発したわ。たぶん今ごろテントでも張ってるんじゃないかしら」

 

 まだついたばかりなのか。こんなんだったら途中で合流して一緒に行けばよかった。

 

「教えてくれてありがとうございます。桜さんはあれですか? 二人を送る帰りですか?」

 

「まあそんなところ。せっかく綺麗な紅葉だから少しゆっくりしていこうと思って」

 

 ほんと面倒見のいい人だよなあ。たぶん大学生くらいなんだろうけど、優しくて美人で面倒見もいいとか、完璧じゃないか。

 

 やっぱり眼鏡の値段が違うのかな。今度それとなく聞いてみよう。

 

「そうだ、どうせだから少しお茶でもどう? ここのチャイけっこういけるわよ。買ってくるからそこで待っててちょうだい」

 

 返事も聞かずに屋台に向かう桜さん。こういう強引さはなでしこそっくりだなあ。

 

 でもいいか。まだ時間にはかなり余裕がある。せっかくだからお言葉に甘えておこう。

 

 テーブルのベンチに腰掛けて、しばらくすると桜さんが湯気の立つコップを二つ手に戻ってきた。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

 コップを受け取り、甘い香りのするチャイをゆっくりすする。スパイスと紅茶とミルクの優しい暖かさが口の中いっぱいに広がる。

 

「おいしい……」

 

「双葉ちゃんもそう思うわよね……」

 

 そう言うわりに、桜さんの表情は妙に険しかったけど、あれが桜さんなりのおいしさの表現なのかもしれない。

 

 なでしことは正反対なのに、なぜだかどうして、それがすごく姉妹っぽく感じた。それはきっと、根本的なものが同じだからなんだろう。

 

「そういえば双葉ちゃん、覚えてないかしら? 私、先週長野の17号で貴方のこと車で追い越したのよ」

 

 桜さんの言葉に脳裏に先週の出来事が蘇る。

 

 田舎道にしては珍しく、ウィンカーを出してすごく丁寧に抜かしてくれたのを覚えている。

 

「あ、やっぱり、あのSUV桜さんの車だったんですね」

 

「まさかあんなところで見かけるなんて思ってなくて驚いたわ。前を走ってたスクーターはたぶんリンちゃんよね?」

 

「はい、あの時は二人で諏訪湖のそばにある高ボッチ高原ってところにいく途中でした」

 

 あの時は本当に楽しかった。できればもう一回行きたいな。綾乃も誘ったらもっと楽しくなりそうだ。

 

 三人でマスツーリング、やりたいことがまた一つ増えた。

 

「諏訪湖ってなかなか遠いわね。南部町からだとだいたい100キロくらいかしら。原付だと大変だったでしょ?」

 

「いえいえ、あんなの遠出にも入りませんよ」

 

 一日で行って帰れる距離なんて遠出にも入らない。ちょっとしたお出かけだ。

 

「……双葉ちゃん、もしかしてけっこう旅するほう?」

 

「そうですね、行ったことないのは九州と北海道くらいですかね」

 

「あの原付で?」

 

「はい」

 

 行き当たりばったりで行ってたからあんまり覚えてないけど、だいたいそのくらいな気がする。

 

 いつか北海道一周してみたいなあ。いや、沖縄も捨てがたい。

 

「も、もしかして、旅番組見て憧れてとかそんなところ?」

 

「そういうのじゃないですけど、どうしたんですか?」

 

「い、いえ、ちょっと似たようなものを見たことがあったから」

 

「えっ! もしかしてボク以外にも原付で旅してる人がいるんですか!」

 

「まあ、そうね……いるわね。たしかカブだったわ」

 

 なんだろう、すごく話を聞いてみたい。きっと話が合うだろうなあ。

 

「カブかぁ〜 いいなあカブ、きっと楽しいんだろなあ」

 

 自動遠心式クラッチ、3速ロータリーミッション、ビジネスバイクの王者。

 

 ヤマハ一筋のボクでも、カブだけは特別だ。あんなかっこよくて実用的なバイクはこの世にカブだけだろう。

 

「……双葉ちゃん、よかったら今度うちに来ない? いい旅番組があるのよ。きっと貴方なら気にいるわ」

 

 桜さんの眼鏡が日光を反射しギラリと光る。なんだか怪しい雰囲気だ。

 

「そんなに面白いんですか?」

 

「えぇ、とっても、気にいるはずよ」

 

 心なしか桜さんの圧が強い気がする。気のせいかな、オーラ立ち込めてない?

 

 どうしちゃったんだろう。いや、まあいっか、前もこんな感じだったし。

 

「わかりました。今度お邪魔させていただきますね」

 

「ふふ、楽しみにしているわ。そうだ、せっかくだし連絡先交換しましょっか」

 

「はい! 是非」

 

 スマホを取り出し連絡先を交換する。なでしこのお姉さんだけあってすごい優しい。

 

 ボクも大人になったら、この人くらい優しくて綺麗なお姉さんになれたらいいなあ。

 

「じゃあ私はそろそろいくわ。双葉ちゃん、二人によろしくね」

 

 チャイを飲み干した桜さんが立ち上がる。

 

 ボクもそろそろ二人のところ行こう。半分ほど残ったそれを一気に飲み干す。

 

「今夜も冷えるわ。ここは暗いし、いろいろ気をつけてね」

 

「はーい」

 

 カツカツと歩いていく桜さんに向かって手を振る。ほんと絵に描いたような美人って桜さんみたいな人のことを言うんだろうなあ。

 

「さて、ボクもいくとしますか」

 

 湖岸、黄色に染まる細道をブーツでとことこ歩いていく。

 

 

 

 

 

「あ、いた」

 

 湖岸を歩くことしばらく。視界の先に見覚えのあるテントと、見覚えのある横顔が、見覚えのない何かをいじっていた。

 

「リーン、おまたせー」

 

「あ、来た。けっこう早かったね」

 

 ニット帽にポンチョにマフラーを装備したフルアーマーもこもこしまりんの前に立つ。

 

「思ったより下見が早くすんでさ。あれ、なでしこは?」

 

 いつもならテントの周りをはしゃぎまわっているはずだけど、今はその姿はどこにも見えない。

 

「なでしこは写真撮りに向こう行ったっぽい。しばらくしたら帰ってくるんじゃない?」

 

「そっか、ところでリンは何してるの?」

 

「わたしは炭に火つけようとしてるところ……なんだけど」

 

 リンの視線の先にはこの前ラインで見たコンパクトグリルがあった。間近でみるとますます賽銭箱だ。

 

「なんかうまくいかないんだよなあ」

 

 グリルの中にはまだ火のついていない炭の塊がゴロゴロ転がっていた。

 

 ところどころ焦げてはいるものの、火がついている様子はまったくない。どうやらうまくいってないらしい。

 

「着火剤とかは……まあ使ってるに決まってるか。なんでだろうね」

 

 あいにくボクの専門は野宿旅だ。キャンプのことにかんしては正直言って専門外。リンには悪いけど力になれそうもない。

 

「うーん、動画だと簡単に火つけてたのになあ……」

 

「ボク薪買ってきたし最悪それでやる?」

 

 サイズ的にちょっと厳しいだろうけど、割って使えば問題ないはず。リンならその手の道具も持っていることだろう。

 

「薪買ってきてくれたんだ、ありがと。まあどうしようもなかったらそれでやるかあ。ほんと、なんでつかないんだろ……」

 

「あっー! 双葉ちゃんだあ!!」

 

 この元気は声はもしかしなくても……声の方向に顔を向ける。

 

 両手をいっぱいに広げたなでしこが、いつものように満面の笑みでこちらに突撃してきた。

 

「双葉ちゃーん!」

 

 両手を振り回してこちらに一直線に走ってくる姿にボクは不覚にも犬を連想してしまった。

 

「なでしこー!」

 

 なのでボクもその元気に負けないように手を振ってなでしこに向かってダッシュ。

 

 ぶつかる前にお互い急停止。土埃が宙を舞う。

 

「「いぇーい!」」

 

 そして両手を合わせてハイタッチ。

 

 ボクもだんだんなでしこのテンションに染まっているような気がするのは気のせいだろうか。

 

 まあいいか、楽しいし。

 

「これで三人そろったね! じゃあ気を取り直して、まったり焼肉キャンプスタート! おー!」

 

「おー!」

 

「お、おー」

 

 まずは火を熾すところからだな。ほんと、どうしよ。

 

 

 

 

 

「赤くなった成型炭を崩して、その上にちくわ炭を乗せる」

 

 女の人が慣れた手捌きで真っ赤に燃える炭を崩し、炭の塊を乗せていく。

 

 しばらくすると、リンがあれほど苦労した炭にいとも簡単に火がついた。

 

「焚き火と同じで燃えやすいものから燃えにくいものへ。だけど薪よりも火のつきが悪いから、より長く燃えて火力もある成型炭を使う。コツとしてはこんなところかな」

 

「すごい! もう燃えてる!」

 

 なでしこの驚嘆の声にボクとリンがうなずく。

 

 このベテランの風格を漂わせる女の人は、なでしこが向こうのテントから助っ人で呼んできてくれた人だ。

 

「ありがとうございました。ご迷惑かけてすみません」

 

「ボクからも、ありがとうございました」

 

「わたしも、ありがとうございました」

 

 三人で女の人に頭を下げる。世の中は助け合い、助けてもらったら感謝する。キャンプならなおさらだ。

 

「いいよいいよ、わたしも最初はよく失敗したし。三人は中学生? こんな季節にキャンプなんて珍しいね」

 

 中学生……いやまあそう思うのもしかたないか。ここにいる三人とも身長140センチ代だし。

 

「いえ、高校生です。最近キャンプにハマってて」

 

「そうなんだ。あ、火が大きくなってきた。これくらい火がつけば十分だよ。じゃ、これで、キャンプ楽しんでねー」

 

 炭に火がちゃんとついたのを見届けると、女の人は去っていった。何から何までお世話になりっぱなしだった。

 

 この人がいなかったらボクたちは焚き火で焼肉をするはめになっていただろう。

 

 本当に感謝してもしきれない。あとで何かお礼しないと。

 

「できる男だ」

 

「できる女の人って感じだね」

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「「え?」」

 

 ボクとリンが目を見合わせる。あれ、今なんか変なこと言ってなかった?

 

「双葉ちゃん、あの人男の人じゃないの?」

 

「たしかに髪短かったけど、声とか明らかに女の人だったでしょ。肩も狭いし喉仏とかも出てなかったし」

 

「マジか、全然気がつかなかった」

 

「へぇ、よく見てるんだね〜」

 

「ふっふっふ、元ボッチの観察眼、甘く見ちゃあ、いけないよ」

 

「お、おう」

 

 またなんか始まったよみたいな目で見ないでほしい。しょうがないじゃないかボッチだったんだもん。

 

 情報収集手段がかぎられるから超絶地獄耳になるし、人に聞けないから瞬間記憶力ないと詰む。

 

 あの時は大変だったなあ。昼寝、無人の教室、遅刻、うっ、頭が……

 

「おーい、戻ってこーい」

 

「……はっ!? あやうく地雷を踏み抜くところだった。冬キャン、恐るべし……」

 

「勝手に自爆しただけだろ」

 

 ですよねー 

 

 まあいいや。茶番はこれくらいにしてそろそろご飯にするか。

 

「じゃあ、気を取り直して、焼肉キャンプ始めるぞー!」

 

「「「おー!」」」

 

 日も傾き始めた四尾連湖に三人の元気な掛け声が響き渡る。

 

 

 

 

 

「そういえば、双葉ちゃんっていつから旅してるの?」

 

 真っ赤に染まる四尾連湖。ランプの灯に照らされたなでしこが、ボクにそんなことを聞いてきた。

 

 炭火で炙られた豚串と、カセットコンロにかけられた鍋から溢れ出た香りがボクの食欲を刺激する。

 

「えっと、たしか中二の夏だったかなあ」

 

 そんな香りに視線を目移りさせながらも、目の前のタスクに集中する。

 

 バーナーに乗せられた金網、その上で踊るエビとイカの切り身を箸でひっくり返す。

 

「じゃあリンちゃんとほとんど同じなんだね」

 

「最初のころは旅なんて言えるほど立派なものじゃなかったよ。リュックにパンと水詰めてひたすら国道歩いてさ、丸一日かけて50キロくらい歩いてそこら辺の公園で野宿したっけな」

 

 ひっくり返したエビとイカに塩を振る。炙られた魚介類の香ばしい匂いがボクの胃をくすぐる。

 

「よく通報されなかったな」

 

「ほんとだよね。今でも不思議だよ」

 

 あの時はまだ身長が140センチにもなってなかった。きっと側からみたら小学生が家出しているようにしか見えなかっただろう。

 

「あのころは大変だったなあ。夏だから寝袋いらないだろうって思って、マットだけで寝たら寒すぎてマットを上にかけて寝たり」

 

 あの夜のベンチの硬さは、今でも強烈に記憶に残っている。

 

 当時のボクは山の中が寒いという当たり前のことすら知らなかった。まあ今はそんなことないけどね。

 

「足に虫除け塗り忘れて起きたら、足だけで30箇所くらい蚊に刺されたり……」

 

 しばらく靴下履くのすら苦労したっけ。懐かしいなあ、もう一回やってみたいなあ。

 

 自転車片道150キロ、食事は食パンと水だけ。二日目で頭がおかしくなりそうになって、慌ててコンビニでカップ麺食べたこともあったよね。

 

 まさかカップ麺で涙を流す日がくるなんて思わなかったよ。

 

「一番やばかったのは顔がなんかムズムズするなあって思って触ってみたらムカデが──」

 

「ストップストップ双葉ちゃん!!」

 

 急に騒ぎ出したなでしこを見ると、すごい青い顔をしていた。隣のリンも同じくらいひきつっていた。

 

「ふ、双葉……な、なんつー恐ろしい話すんだよ」 

 

「む、ムカデ、30箇所……」

 

 ガクガクブルブル。まさにそんな言葉がぴったりなリンとなでしこ。

 

 どうやら、二人にはちょっと刺激が強すぎたらしい。

 

 変な空気が三人の間に流れる。どうすればいいんだろう、これ。

 

「あっ! 豚串とお鍋そろそろいいんじゃない?」

 

「ごまかすの下手かよ」

 

 うるさいよリン、ボクだってそんなのわかってるよ。でもしかたないじゃないか。

 

「わっー、ほんとだ! 二人とも、早くたべよ〜!」

 

 が、そんな子供騙しでもなでしこには通用したらしく、鍋の蓋を開けて目をキラキラと輝かせていた。

 

 うん、やっぱりなでしこにはご飯をぶつけるのが一番だ。

 

「お前はそれでいいのか……」

 

 ボクの話で怖気付いてたリンも、なでしこの変わりように毒気を抜かれたらしい。

 

「まあいいや、そろそろ食べよっか……あ、まってその前に──」

 

 食べ始めようとしたボクとなでしこを制止するリン。

 

「あの人にこれ持っていってあげない?」

 

 リンの言葉に、ボクとなでしこが大きくうなずいた。

 

 

 

 

 

「うん、うん! ん〜!」

 

「これも、うん! うん、おいし〜!」

 

 炭を熾してくれたキャンパーさん(連れの人もいたのでその人にも)にお礼のお裾分けをしたあと、ボクたちもついに念願の食事にありついた。

 

 豚串をリンが炊いてくれた麦飯と一緒にかきこむ。

 

 炭火で炙られ少しだけ焦げた豚肉の脂と麦飯が口の中で混ざり合い、暴力的なおいしさとなってボクに襲いかかる。

 

 隣ではなでしこがボクの焼いたイカをすごい勢いでパクついている。

 

「「おいひい〜」」

 

「なでしこが二人いる……」

 

 リンが何か言っているが、耳に入ってこない。麦飯を食べ終えすかさず真っ赤に焼けたエビに手を伸ばす。

 

 殻を剥いて紅白の剥き身を頬張る。ほどよい塩味の身が、口の中でぷりぷりと弾ける。

 

 はっきり言っておいしすぎる。まさにおいしさの暴力だ。

 

 こんなの知っちゃったら旅先で菓子パンなんてもう二度と食べられないよ。

 

「ほんと、二人ともうまそうに食べるよなあ」

 

 鱈鍋をすすりながらリンが呆れたような、微笑ましいような顔でそう言う。

 

 そうだ、鱈鍋もあるんだ。ぜったい美味しいんだろうなあ。

 

「だっておいしいんだもん! ね、双葉ちゃん!」

 

「ねー!」

 

 誰かと一緒に食べるご飯。三人でやる初めてのキャンプ。

 

 きっと今食べている料理も一人で食べたらここまでおいしいとは思わないんだろう。

 

 ボクは今までいったいどれほど人生を損していたんだろうか……

 

 いや、そんなことより鱈鍋だー!

 

「うん! やっぱおいしい〜」

 

 ぷりぷりの鱈に染み渡る昆布つゆ。七味がピリリと刺激を与える。

 

 これぞまさに外ご飯効果! 人類の生み出した叡智の結晶だ。

 

「双葉、エビってまだある?」

 

「大丈夫だよ。まだまだあるから!」

 

 イカもエビも二パック買ってきた。まだ焼いてない魚もある。焼肉キャンプはまだまだこれからだ。

 

「あっ! わたしも食べたい食べたい!」

 

「じゃんじゃん焼くからじゃんじゃん食べなよー」

 

 鍋がコトコト、肉がジュージュー、エビがコロコロ、わいわいがやがや、あれとって、これとって。

 

 三人よればなんとやらと、気心の知れた友達どうしならなおさらだ。

 

「楽しいなあ……」

 

 ひとりぼっちの人生。ひとりぼっちの世界。

 

 つい最近まで当たり前だったそれが、遥か昔のできごとのように感じる。

 

「なんか言った? 双葉」

 

「ううん、なんでもない」

 

 本当になんでもない。

 

 なぜならわざわざ口にしなくても、そんなことわかりきっているからだ。

 

「カルビ焼いて〜 ハンバーグも〜」

 

「食いすぎだろ……」

 

 虫も静まり返った四尾連湖。ボクたちの喧騒はまだまだ収まることを知らなかった。

 

 

 

 

 

 ご飯も食べ終え、すっかり真っ暗になった四尾連湖。

 

 なでしこが持ってきてくれたブランケットにくるまり、メラメラと燃える焚き火をぼんやりと眺める。

 

 お腹に感じる満足感と夜の静けさ、そして焚き火の暖かさが合わさって、不思議な高揚感が全身を包み込む。

 

「あれぇ〜 双葉ちゃんまだ起きてたんだ〜」

 

 テントのジッパーを下ろす音が聞こえて振り返る。なでしこが眠そうな目を擦りながらボクを見ていた。

 

「うん、薪中途半端に余っちゃったから、この際全部燃やしちゃおうと思って」

 

「そっか〜」

 

 なでしこがのそのそと近づいてきてボクの横に座った。

 

 漆黒の闇に染まった世界、焚き火の明かりがテントに二つの影を作る。

 

「うぅ、さむさむ、双葉さんや、中に入れておくれ」

 

「おばあちゃん、自分の毛布あるでしょ? まあいいけど」

 

 毛布を広げる。なでしこがするするとボクの懐に入り込んできた。

 

 やっぱりワンコだよなあ……

 

「はぁ〜 あったまりますなぁ〜」

 

「だね〜」

 

 二人で焚き火で暖まる。

 

 燃え盛る焚き火は、あたりの暗さも相まって、まるでどこか別の世界にいるような、そんな非現実感を抱かせた。

 

「おいしかったね、今日のご飯」

 

 だけど、今真横で感じているなでしこの暖かさが、これは現実だということをボクにはっきりと教えてくれた。

 

「今度はどこ行こうかな? 川とかもいいよね〜」

 

 今まさにキャンプの真っ最中だというのに、この子はもう次のキャンプのことを考えている。

 

 これはもう完全にドハマりしたな。そのうち一人でもキャンプやりそうだ。

 

「二人とも、まだ寝てなかったんだ」

 

 またジッパーを下ろす音が聞こえて振り返る。リンがちょっと呆れたような顔でボクたちを見ていた。

 

「あ、ごめんリンちゃん。起こしちゃった?」

 

「べつに、スマホいじってた。焚き火してんの?」

 

「薪余っちゃってさ」

 

「……ふぅん」

 

 ボクたちを一瞥したリンは、自分のテントの中に戻っていった。

 

 そして、ほどなくして戻ってきた。その手には毛布とバーナーを持っていた。どうやら居座るつもりらしい。

 

「焚き火だけじゃ寒いでしょ。ココアでも飲む?」

 

「ココア! 飲む飲む!」

 

「ボクも貰ってもいいかな」

 

「うぃー」

 

 リンがボクたちの横に座り、手慣れた様子でココアの準備をする。

 

 あっという間にお湯が沸き、ココアの甘い香りがボクたちを包み込んだ。

 

「焚き火を囲んでまったりココア。たまりませんなぁ〜」

 

 三人でココアをすすり、まったりと和む。

 

「たしかに、雰囲気はいいかもね。ていうか今気づいたけど、お前ら同じ毛布に入ってるのかよ」

 

 焚き火で照らされたリンの目は呆れ返っていた。

 

「ふふふ、リンちゃんも入る?」

 

「やだ」

 

 なでしこの誘いをばっさりと断るリン。リンってこういう時本当に容赦ないよね。

 

「そうだ! せっかくだからマシュマロ食べない? 持ってきたんだ〜」

 

 どこからともなく取り出したマシュマロの小袋と竹串を両手に鼻息を荒くするなでしこ。

 

 あれだけ食べてまだ食べる気らしい。

 

「まだ食うのかよ……わたしパス」

 

「あ、ボクはもらうね」

 

 が、ボクもなでしこほどじゃないけどそれなりに食べるほうなのだ。ここは遠慮なくいただくことにする。

 

「なでしこはともかく、双葉もかよ……」

 

 引き気味のリンの声をバックに二人でマシュマロを竹串に突き刺す。

 

 串の端を持って焚き火にかざす。しばらくするとマシュマロが焦げて甘い香りが鼻をくすぐっった。

 

 熱々のそれを息で冷ましながら頬張る。

 

 焦げたマシュマロのサクサクとした食感、熱で溶けた食感、そして暴力的な甘さが口の中いっぱいに広がる。

 

「「ん〜!」」

 

 ボクとなでしこの黄色い悲鳴が湖にこだまする。さっきまで塩っぱいものばかり食べてたから、この甘さが身体に染み渡る。

 

「リン! これすっごい美味しいよ! リンも食べてみなよ!」

 

 竹串にマシュマロを刺して炙り、リンに差し出す。

 

「いやいらないって」

 

「一個だけ! ほんとにおいしいから!」

 

 おいしそうな甘い匂いを放つマシュマロに、リンの目が泳ぐ。

 

「……一個だけだからな」

 

 ボクの勢いに根負けしたリンが、ちょっと恥ずかしそうに首を伸ばし、ボクのマシュマロにパクりとかぶりついた。

 

「……っ!」

 

 目を見開くリン。ふっふっふ、リンも女の子、甘いものには勝てないようだ。

 

「……んまぁ〜」

 

 よく見ると口元がだらしなく緩んでいる。

 

 どうやらお気に召したらしい。だっておいしいもんね。

 

「ふっふっふ、リンさんや、おいしかろ〜」

 

「おいしいのぉ〜 なでしこ婆さんや」

 

「「ね〜」」

 

「ぐぬぬ……やっぱりわたしも食べる〜!」

 

 完全敗北したリンとボクとなでしこの三人で焼きマシュマロを食べる。

 

「「「おいしい〜」」」

 

 小袋に満々に詰まっていたマシュマロはあっという間にボクたちの胃のなかに収まった。

 

 マシュマロの余韻に浸りながらココアをすする。

 

 マシュマロとココアという冒涜的な組み合わせ。今ならアメリカ人の気持ちがわかる気がする。

 

「今日はほんと楽しかったね〜」

 

 なでしこがそれはそれは嬉しそうに笑う。

 

 この子はずっと三人でキャンプしたいと言っていた。それが叶ったのだ。その喜びはボクたちには想像もできないだろう。

 

「……うん、楽しかった」

 

 満足そうに笑うリン。あれだけソロキャンが好きだと言っていたのに、ずいぶんと変わったものだ。

 

「また三人でさ、キャンプ行こうよ。今度はべつの場所で、もっと凝った料理作ってさ」

 

「……うん! またやろう、キャンプ! いつ行こっかな! 来週? それとも来月?」

 

 目を輝かせたなでしこがまくしたてる。

 

「気が早ぇよ……まあでも、考えとく」

 

 きっとボクを誘ってくれたときみたいに、今度はリンから誘うんだろうな。

 

「双葉は……来る?」

 

 リンが上目遣いでボクに問いかける。きっと眠いのだろう。心なしか身体が揺れている気がする。

 

「……うん、行くよ。ぜったい」

 

 その言葉にリン、そしてなでしこが笑顔になった。

 

 善意と好意に満ち溢れた、嘘偽りのない心からの笑顔。

 

 ボクがキャンプに来てくれる。それだけのことで、ここまで喜んでくれる。笑ってくれる。

 

「ぜったい、ぜったい行こ!」

 

 滲んだ涙を見せないように、大きな声で約束する。

 

 もうボクはボッチなんかじゃない。

 

 ことあるごとにつまらない自虐をするクソザコボッチは今この瞬間をもっていなくなった。

 

 今ここにいるのは、旅とキャンプが好きな山中双葉というただの女子高生だ。

 

「そうだ! せっかくだから今夜はみんなで一緒のテントに──」

 

「やだ」

 

「あう!」

 

 なでしこがとんちんかんなことを言おうとしてリンに一刀両断される。

 

 それが微笑ましくてボクはちょっと笑ってしまった。

 

「双葉ちゃーん! リンちゃんが意地悪するよぉ〜」

 

「勝手に言ってろ。ちょっとトイレ行ってくる」

 

「「はーい」」

 

 ランプを持って立ち去るリンを見送る。ボクもあとで歯磨きしにいこ。

 

 静かになった焚き火の前で、ボクとなでしこが取り残される。

 

「なでしこ」

 

「なに? 双葉ちゃん」

 

 真横にいるなでしこが、微笑みながら首を傾げる。

 

「今日はありがとうね。本当に楽しかったよ」

 

 他にうまい言葉が思いつかないくらい、ただただ楽しかった。

 

 一緒に騒いで、一緒に食べて、一緒に笑う。

 

 一人では絶対に味わえない喜びをなでしこはボクに与えてくれた。

 

「今日だけじゃない、なでしこにはいつも感謝してるんだ」

 

 本栖湖でカレー麺をわけてもらった日から、ボクはこの子に助けられっぱなしだ。

 

「改めて言うね。なでしこ、ボクと友達になってくれて本当にありがとう。大好きだよ」

 

 この子はボクに一歩踏み出す勇気を与えてくれた。こんなにも暖かい世界が広がっていることを教えてくれた。

 

 この借りはいつか絶対返す。具体的にはご飯で。

 

 幸い料理は得意だ。これからもこの子が喜ぶごはんをたくさん作ってあげよう。

 

「双葉ちゃん……」

 

「うん、どうした──」

 

 なでしこが急に抱きついてきて、ボクは言葉を言い切ることができなかった。

 

 もしかして、また泣き出しちゃったのかなあ。

 

「双葉ちゃん! わたしも双葉ちゃんのこと大好きだよ!」

 

 違った。なぜなら抱きつく寸前に見たなでしこの顔はこれ以上ないってくらいの笑顔だったからだ。

 

「わたしと友達になってくれてありがと!」

 

 なでしこの心からの言葉に、ボクはまた泣きそうになって、上を向いてそれを我慢した。

 

 真っ黒だと思っていた空はよくみたらたくさんの星が煌めいていて、まるでボクのことを祝福してくれているかのようだった。

 

「あ、リンちゃんだ。あれ? リンちゃん?」

 

 抱きついていたなでしこが首をかしげながらボクから離れる。どうしたんだろうか、振り返って後ろを見る。

 

「な、なでしこ! ふ、双葉!」

 

 トイレに行ったはずのリンが血相を変えて戻ってきた。汗だくでひどく怯えている。

 

「ん? どうしたのリンちゃん」

 

「で、でた! でたんだよ!」

 

「でた……でたの!?」

 

「二人とも何のこと?」

 

 リンの言葉になでしこも怯えだした。いったいなんのことだろうか。でたって。

 

 あれ、でた?

 

 でたって、でたってことだよね。

 

「り、りりりん、おち、おちおち」

 

「ど、どどど、どうしよう」

 

「あ、あわ、あわわ」

 

 いつのまにかリンもボクの毛布に潜り込んできて、三人で肩を寄せ合いガクガクと震える。

 

 や、やばい、どうしよう。まじで、でちゃったの? 幽霊でちゃったの? ここってでるの!?

 

「ふ、双葉、な、なでしこ、さ、三人でねよう」

 

「そ、そそうだねリンちゃん」

 

「う、うんうんうん! それがいい! それがいいよ!」

 

 テントが狭い? 知ったことか! ぎゅうぎゅう詰めにすればきっと入れるでしょ。

 

『さげもっでごーい!!』

 

「「「ひゃあああ!?」」」

 

 向こうから恐ろしい唸り声が聞こえて三人でテントに飛び込む。やばいやばいやばいきちゃった!

 

 しかも叫んでるし、酒もってこいって、なんて恐ろしいんだ。

 

 ……あれ、酒もってこい?

 

「ちょっと、見てくるね」

 

 急に我に返り、立ち上がってテントから身体を出す。

 

「双葉ちゃん行っちゃだめだよ!」

 

「大丈夫、ちょっと見てくるだけだから」

 

 制止するなでしこに手を振って声のするほうに歩く。ボクの予想が正しかったら……

 

「いた」

 

 視界の先に人間サイズの影が見えた。もぞもぞと蠢いていてなんていうか非常に不気味だ。

 

 ふいに月明かりがボクと影に降り注いだ。そして、影に覆われていた正体があらわになる。

 

「さけじゃんじゃんもってごーい!!」

 

 それは人だった。ボクはこの人に見覚えがある。たしか火熾ししてくれたお姉さんの連れの人だ。

 

「ほんやはのみあはすそぉ〜」

 

 酔っ払いすぎて何言ってんのか全然わからん。

 

「ああもうお姉ちゃん徘徊すんのやめてっていったでしょ!」

 

 火熾しお姉さんが呆れたように酔っ払いの人を引っ張っていく。ていうかお姉さんだったんだ。

 

「あ、うん、そっか」

 

 心底くだらない事実に何もかもがバカバカしくなるボク。そのまま声もかけずにテントに戻る。

 

「あっ、戻ってきた」

 

「ど、どうだった?」

 

「べつに、なにもなかったよ。うん、本当になにも。もう寝よっか」

 

 なんかもう本当にくだらなさすぎてどうでもよくなってきた。

 

 持ってきた寝袋を用意する。ちょっと狭いけど今日はこのまま三人で寝てしまおう。

 

「あ、歯磨きしてなかった」

 

 水場向こうじゃん。めんどくさ……

 

 またトボトボと歩き出すボク。そんなボクを月が冷たく見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

「さけもってこーい!」

 

 もういいよ。

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