月日が進むのは早いもので、ついこないだまで11月だったのに、気がつけば12月も初旬を過ぎようとしていた。
学校を出て、身延線の線路に沿うようにビーちゃんを走らせる。
周囲の山々は葉をすっかり落とし本格的に冬支度をすませようとしていた。
「テスト終わったぁ〜!」
バイクを走らせながら、解放感に打ち震える。
これで二学期の面倒なイベントはひと通り終わった。あとは休みまでのわずかな期間をカウントダウンしていくだけだ。
「試験休みどっか行こー」
土日も合わせれば4連休とそこそこ長い休みが待っている。
いつもの旅のようにカツカツのスケジュールにしなくても、それなりに余裕を持って行動できるわけだ。
「今度こそ琵琶湖行きたいなー」
前に行った時は琵琶湖にたどり着いて次の日に帰ってしまった。今回は時間もあるしきちんと一周したい。
「よし次の目的地けってー」
そんなことを考えながらバイクを走らせる。
学校帰りだからしかたないけど制服でバイクに乗るのはやはり寒い。
上半身はワークマンジャケットのおかげで何ともないけど、下半身はどうしようもない。
ファッション性をかなぐり捨てた防寒タイツ、厚手靴下にブーツとできる範囲で装備は整えていても、元がスカートだからどうしたって無理がでる。
スカートの下にジャージでも履けば解決するのだろうけど、それをやってしまうと女子としての何かが終わってしまう気がして踏み切れないでいる。
「いっそのことキュロットにでもすれば……いや意味ないか」
バカなことを考えながら富士川に沿って走っていくとちょっとした町が見えてきた。身延町だ。
町に入り、駅の手前にある商店街の駐車スペースにビーちゃんを停める。
スロットルをぶん回し、プラグに被っているガソリンを吹き飛ばす。
最近覚えたテクニックだ。こうすることでエンジンか気持ちかかりやすくなるらしい。唸るエンジンを横目にキーを抜く。
エンジンの放つパチパチという音を聞きながらシートから降りる。
「四人はまだだろうなあ」
単体なら電車のほうが早いけど、駅までの移動時間や待ち時間を含めるとどうしてもバイクのほうが早くつく。
スマホを取り出しラインを起動する。
双葉:カリブーついたよー
あおい:はやっ! うちらちょうど電車発進したところや。あと2、30分でつくと思うから、もうすこし待っとってな
双葉:はーい、じゃあお饅頭でも食べて待ってるね
なでしこ:お饅頭!? 身延ってお饅頭売ってるの!?
双葉:そうだよ〜ここのお饅頭はすごくおいしいんだよ〜
なでしこ:ご、ごくり……
双葉:あんまり来るの遅いとお店のお饅頭全部たべちゃうからね〜
なでしこ:え〜まってよ〜!
スマホをしまう。ボクも冗談を言うのが少しは上手くなってきた気がする。
「お饅頭かってこよー」
ビーちゃんをあとにして歩き出す。この時間帯は焼きたてに出会える確率が高い。
「おっまんじゅう、おっまんじゅう」
歌とスキップ。静かな冬の身延町に楽しげなボクの声がこだます。
「へぇ、ヒーターアタッチメントか」
身延駅。改札前のベンチに腰掛けスマホでキャンプ道具を紹介している動画を見る。
バーナーにセットしてちょっとしたストーブ代わりになる便利アイテムらしい。
ガスバーナーで使うのはあまり推奨されていないみたいだけど、工夫すれば使えないこともないらしい。
「ヒーターの上でお湯も沸かせるんだ。いいな〜」
ちょっと気になる。なによりキャンプでストーブが使えるのがすごく魅力的だ。
「カリブーで探してみようかな」
「あ、双葉ちゃんだ。おーい」
声がして顔を上げる。斉藤さんと野クルの三人がボクに手を振っていた。
「おまたせ、双葉ちゃん」
「待たせてわりぃな、寒かっただろ」
「ほんとだよー 寒くて死んじゃうかと思った」
いつももっときつい環境でバイクに乗っているから平気だけど、実際吹きさらしの構内で30分近く待つのはなかなかきつかった。
「もしかしてずっとここに座ってたん? お店の中でまっとったらよかったのに」
あおいのもっともな意見。だけどあおいは勘違いをしている。それは一般論だ。
「あおい、店員さんの目をかいくぐって30分もお店に居座る度胸がボクにあると思う?」
「……あー」
遠い目をするあおい。うん、物分かりがよくてよろしい。
あ、そうだ。ポケットから身延饅頭を出す。
「双葉ちゃんそれもしかして!」
「そう、これが身延饅頭。はい、あーん」
包みから出した饅頭をなでしこに差し出す。
「くれるの! ありがとー!」
飛びつくように饅頭にかぶりつくなでしこ。
「ん〜 おいひい〜」
おいしいおいしい言いながら口をモゴモゴさせている。きっと尻尾が生えていたらぶんぶん揺れているだろう。
「ワンコだな」
「ワンコやな」
「ワンコだね〜」
「へぇ? そうだ! みんな早くカリブー行こ!」
しゅっぱーつと掛け声をあげて町に飛び出すなでしこ。外は寒さを増す一方だというのに、なでしこは相変わらず元気いっぱいだ。
「テスト終わったばっかだってのに、ほんと元気だよなあいつ」
「風の子なでしこ元気の子、やな」
「アキちゃーん! カリブーってどっちー?」
「左だー! はしゃいで転ぶなよー」
「わー! ワンコだぁー!」
「って聞いてねえし」
「あははは」
初めて訪れる町に大はしゃぎのなでしこ。
そんななでしこのぶんぶん揺れる尻尾を幻視しながら身延の町を歩き出す。
目指すはカリブー、新しいテントがボクを待っている。
カリブーのドアを開けた瞬間、ボクたちの目に飛び込んできたのは視界を覆いつくすほどの大量のアウトドアグッズだった。
「ふぉぉぉ! すっごーい!」
「やっぱここはいつ来ても心奪われてまうなあ」
甲府のカリブーにはリンと来たことがあるけど、この光景は何回見ても圧倒される。
「わたし、こういうところ初めて来たんだけどすごいね。これ全部アウトドア用品なんでしょ?」
「そうやで〜薪にウェアーにテントに寝袋。ここで手に入らんキャンプグッズはたぶん経験くらいやろうな」
「だが気をつけろよ斉藤。ここに飾られている商品はどれも超高額商品だ! ちょっとでも隙を見せてみろ! 骨の髄まで搾り取られて──」
「店員さんすいませーん、ちょっと寝袋探してるんですけど」
突然わけのわからない電波を受信しはじめた千明をスルーして斉藤さんは早くも店員さんのところに行ってしまった。
「あ、あたしの忠告を無視するとは、どうなっても知ら──」
「もうみんな行っちゃったよ」
あおいも今さっきなでしこについていって店の奥に姿を消した。ここにいるのはボクと千明だけだ。
「え、マジ? くっ、バカな奴らめ。自分から命を投げ捨てるよ──」
「はいはい、ボクたちも早く行くよ」
悪ノリを続ける千明をばっさり切り捨て店の奥に踏み込む。今日は前と違って明確に目的がある。
「千明、テントっておすすめある?」
「やっぱマジで買うんだな。おすすめかぁ、あたしも安物しか使ったことねえしなあ。まあモンベルとかコールマンあたり買っとけば問題ないだろ」
モンベル。リンが使っているのテントもモンベルだったっけ。あれ快適だったなあ。
「バイクに積むってなると登山用とかいいんじゃねえの? あれなら軽いし畳むとめちゃ小さくなるぜ」
「ふむふむ、登山用か……」
「へへへ、旦那様。ちなみにご予算はいかほどでございやしょうか」
揉み手で眼鏡をギラギラ光らせる千明。悪徳商人かな?
「まあ高くても5万くらいかなあ。それ以上はちょっとね」
「ご、5万だと……」
悪徳商人みたいな話し方も忘れてフリーズする千明。よく見たら鼻血出てるし。
「鼻血出てるよ。はいティッシュ」
「あ、すまん。あまりの値段に脳が拒絶反応おこしたみたいだ」
どんな体質? 千明の謎体質に首を傾げながらテントのコーナーで足を止める。
収納袋にコンパクトに袋詰めされたテントの数々を眺める。
「いろいろあるね。どれにしようか迷っちゃうよ。あ、これ意外と安い」
目につくものを適当に物色していく。キャンプに関しては素人もいいところだけど、とりあえず値段と大きさで選んでいこう。
「にしても意外だなあ。あれだけ野宿野宿言ってたロリ子がテント欲しがるなんてよ」
ボクがテントを吟味していると、千明が感慨深そうにつぶやいた。千明の言うとおりだ。
かさばる、高い、手間がかかる。それっぽい理屈で理論武装してはなから拒絶していた。
「食わず嫌いってことに気づいただけだよ」
でもそれは間違いだった。旅には旅の良さがあって、キャンプにはキャンプの良さがある。
それを気づかせてくれたのは、ここにいるみんなだ。
「へへ、ロリ子もやっとキャンプの楽しさに気づいたってわけか。楽しいだろー? キャンプ」
「うん、すっごい楽しい」
ボクがそう言うと千明はにっこりと笑った。
「なら、自分のテント買ったらもっと楽しくなるぜ!」
「だね。それで、結局どうしようかなあ」
目についたテントを手に取る。
モンベルのステラリッジ2型、か。びっくりするくらい軽い。たぶん2キロもない。
「お、それ登山用のやつだろ。そいつはフライシートとセットで使うもんだぜ。あった、これだ」
もう一つの袋に収まったシートを受け取る。これもすごく軽い。まるで羽みたいだ。
「フライシートってなに?」
「簡単に言っちまえばテントカバーだ。この手のもんは本体が軽い分薄いから、これで埃とか雨風から布地を守るんだ」
「そっか、カバーが破けても修理したり交換すればいいだけだもんね」
「あとフライシートがあると前室って言ってちょっとした空きスペースが作れる。そこに荷物置いたりバーナー使ったりするんだ」
「へぇ、いろいろ考えられてるんだね。じゃあこれは必要だ。値段は……二つ合わせて4万5千か」
ギリギリ予算の範囲に収まっているし、何より軽いのが気に入った。色は……青があるな、青は大好きだ。
決めた、これにしよう。
「ちょっと買ってくるね」
「へい、まいどあり!」
「千明はお客さんでしょうが」
相変わらずふざけてる千明に呆れながらレジに向かう。
これからこのテントがボクのものになるのかと思うと、テンションが上がる。
「ふへ、ふへへ」
この変なニヤけかた、バイク屋でビーちゃんの購入手続きをしていた時を思い出す。
あ、そうだ。ついでだし動画で見たあれも買っていこう。スキップしながらバーナーのコーナーに向かう。
「あった」
コールマンのヒーターアタッチメント、値段も安い。この子も買っていこう。
足が軽い。ワクワクとドキドキが止まらない。
「すいませんお会計おねがいしまーす!」
店員さんにテントとアタッチメントを渡し会計をすませる。
テントとフライシート、そしてヒーターアタッチメント。合計49,960円
かなりの出費だけど、下手に安いものを買うくらいなら最初からちゃんとしたものを買うべきだ。
それにどうせいつか買うなら今買おうが後で買おうが同じだ。
「おーいロリ子〜 こっちこっちー」
会計をすませ品物を受け取ると千明の呼ぶ声がした。声のする方に向かう。
展示品のコーナーのキャンプチェアーにみんなが身体を埋めていた。すごいくつろぎっぷりだ。
「テント買ってきたよ〜」
「え、なになに? なに買ったの?」
なでしこが目をキラキラと輝かせボクを見る。
「これ、モンベルの登山用テント。すっごい軽いんだよ」
展示品のキャンプテーブルの上にテントを置く。新しいテントに四人が興味深そうに身を乗り出した。
「うわ、ほんまや! これめっちゃ軽いやんけ」
「ふへへ、でしょ〜」
「おいおい、すっげぇだらしない顔になってんぞ。まあ気持ちはわかるけどよ」
ボクそんな変な顔してるのかな。両手を頬にあてたしかめる。うわ、ほんとだ。めっちゃ緩んでる。
「そういえば斉藤さんも寝袋買ったの?」
「うん、わたしこういうのよくわかんないから、とりあえず店員さんのおすすめにしてみたんだ〜」
そう言ってテーブルの上に寝袋を置く。なんかやけにコンパクトだ。ボクの使ってる寝袋の半分くらいの大きさしかない。
これはまさか、噂に聞くダウンシュラフというやつじゃないか。
「へぇ、こんなちっこくなるんだ。あ、値札ついてる……よ、4万4千円!?」
値札を見たなでしこが悲鳴をあげる。知識では知ってたけどやっぱり高いなあ。
斉藤さんはこんなものをお父さんに出してもらったのか……
「さ、斉藤……お前、実はいいところのお嬢様だったりしないか?」
「え〜普通の家だよ〜」
「くっ、これが格差社会ってやつなのかぁー!」
「アキ、鼻血でとるで」
「おわっ!?」
千明がまたわけのわからない謎体質を発動させている様を横目に、ボクも余っていたキャンプチェアに腰をうずめる。
「ふぅ〜」
まさに天にも昇る心地。ちゃんとした椅子だけあって、ボクの買った安物のアルミチェアとは大違いだ。
ほしいけど、原付のビーちゃんに積むのは厳しいだろうなあ。荷台でもつけようかなあ。
まあ、売ってればの話だけど。きっと売ってないだろうなあ。
「なでしこ、なんかほしいのあった?」
「うん、いいのはあったんだけどね、まだ手が出せないや」
「高いもんねぇ」
いろいろ見てきてわかったが、キャンプというのはとにもかくにもお金がかかる。外でバシバシ使うものだから、どうしても高くなってしまうのだろう。
その分長く使えるのだから悪いことじゃないんだけど、やっぱり高いものは高い。
「けど、こうして憧れている時間が一番楽しいのじゃよ。ほっほっほ」
「そうじゃの〜」
「おーい、そこの老人どもー ボケるのはあと70年くらい先だぞー」
「「はーい」」
なんかこういうの楽しいなあ。
そうだ。席を離れみんなの前に立つ。スマホを取り出しカメラを起動。
「みんなーこっちみてー」
なにか言うまでもなく意図を理解したみんなが、ボクのスマホの画面に入り込むように身を寄せ合う。
ちょっと前までなら自分から写真を撮ろうなんて口が裂けても言えなかったけど、今はもう違う。
「はい、ぴーす」
パシャリ。思い出がまた一枚増えた。
撮った写真を確認。あ、ボク鼻から上しか映ってないじゃん。まあいいか。
「よし、そろそろ帰るか」
「せやな、目当てのもんもこうたしな」
よく見たら鞄の横に丸まった銀マットが置いてあるのが見えた。寝袋の下に敷くのだろう。
ていうか今までマットなしで寝てたのか。ボクだったら絶対無理だ。
「あ、わたし身延饅頭食べていきたいなあ」
「わたしもわたしもー!」
「お、いいじゃねえか。よーしお前ら! あたしについてきやがれ!」
「おー!」
「もう、お店で走ったらあかんで〜」
「ふふふ、二人とも元気いっぱいだ」
走り出した千明となでしこを追いかけて、三人でカリブーを後にする。
冷え込む夕方。だけど、ボクの心はとっても暖かかった。
『へぇ、あいつも寝袋買ったんだ』
「うん、ダウンのすごい高いやつだった。お父さんがお金だしてくれたみたいだけど、すごい太っ腹だよね」
『あいつの家いろいろ謎だからなあ』
そんな楽しい出来事があった日の夜。ボクはリンと電話をしていた。
リンとこうすることもずいぶんと増えてきた。ボクからかけることもあるし、向こうからかけてくることもある。
たいていはキャンプやバイクの話ばかり。なにかの役に立つというわけではないけど、楽しい時間だ。
『双葉もテント買ったんでしょ? なでしこがラインで言ってたよ』
「あ、知ってた? ボクもついに買っちゃったんだ! モンベルのステラリッジってやつ」
『え、それかなりガチなやつじゃん』
「ふへへ、そーなんだー」
『双葉、めっちゃ声ニヤけてるし。いいな、今度キャンプするとき見せてよ』
「うん! あ、それでね。ちょっとリンに聞きたいことがあってさ……」
『なに?』
「今度ね、野クルと斉藤さんでクリスマスにキャンプすることにしたんだけどさ……」
そこまで言って言いよどむ。これから言うことはボクのこれまでの人生では必要のない言葉だったからだ。
『双葉?』
けど、今さら遠慮する必要もないか。大事なのは一歩踏み出す勇気だ。
大きく息を吸ってざわつく心を落ち着かせる。
よし、もういける。今のボクなら大丈夫だ。
「えっとね、その……リンがよかったらさ、一緒にクリスマスキャンプ、しない?」
言えた!
ちょっと一瞬つっかえそうになったけど、普通に言えた!
心臓がバクバクして顔が、心が熱くなる。
今までずっと受け身だった。
でも今日は違う! 初めてだ! 初めて友達を誘うことができた!
誰かに頼まれたわけでもない。ボクの意思で、友達をキャンプに誘うことができたんだ!
「リンが一人でキャンプするのが好きなのは知ってるよ。ボクもずっと一人でいろんなことしてきたしさ」
旅だの料理だのコーヒーだの。なんだかんだいってそれなりに楽しんでいた。
「リンのおかげで誰かとなにかをすることの楽しさに気づけたんだ。だから、リンにも知ってほしいっていうか……なんていうか、その、うん」
上手い話が思いつかず言葉が途切れてしまう。
「えっと……えっと、えっと」
ええい! もうやけだ!
「ぼ、ボクはリンとみんなでキャンプしたいんだ!」
理屈をこねても結局ボクの言いたいことはそれにつきる。
「その……どうかな?」
『ごめん、それ斉藤にも誘われたんだけど断った』
「え、あ、うん。そっか」
『でも、考えておく』
リンはひと言そう言った。
考えておく。やだでも、行かないでもなく、考えておく。リンはそう言ったのだ。
「……うん! わかった!」
けど、それで十分だ。
リンの性格はよくわかっている。一回断った。でも考えておく。つまりは、そういうことだ。
電話を持つ手が震える。けどさっきまでとは震える理由が違う。
理由は言うまでもないだろう。
『双葉、めっちゃ嬉しそう。まだ行くって言ってないってわかってる?』
「うん! 知ってるよ! 楽しみにしてるね!」
『……ふふっ、もうそれでいいよ。ていうか、わたしだってなんでもかんでも一人でやりたいって思ってるわけじゃないからね』
「あ、ごめん」
たしかにさっきの言葉は決めつけがすぎた。
よく考えなくても今までさんざんキャンプに誘われてるのに、今さら一人が好きなのに誘ってごめんねってのもおかなしな話だ。
『一人はたしかに好きだけど、もうそれだけじゃないっていうか……そ、その、言わなくてもわかるでしょ?』
「うん、よくわかる」
一人が好き、なんじゃない。一人も好き、なんだ。つまり、ボクと同じだ。
『あと、もうわたしとかなでしこがいるんだからさ……ずっと一人とか、そんな寂しいこと言うなよ』
少し照れたような、けど暖かい言葉。
ちょっとした言葉のあやなのはリンだってわかっているはずなのに、この子は本当に優しい子だ。
でも、そんなさり気ない気遣いがすごく嬉しい。
「えへへ、ごめんね」
『ふふっ、なに笑ってるの? まあいいや。それで話は変わるんだけどさ、今度の11、12日、なでしこと三人でキャンプ行かない?』
テスト休みの4連休。キャンプをするにはうってつけの日だ。
願ってもない話だ。けど……
「ごめんねリン、その日は行きたいところがあるんだ」
断りの言葉を発すると、ちょっとだけ心が傷んだ。
『あっ……そう、なんだ。わかった。ならしょうがないか』
「ほんとごめんね」
『べつに謝らなくていいって……そりゃあ、ちょっと残念だけどさ。ならまた近いうちにバイクでキャンプ行こうよ。今度は双葉についてくからさ』
「うん、絶対行く!」
『じゃ、約束』
「約束」
電話越しに指を切る。
近いうち、きっと本当にすぐ先のことになるだろう。楽しみだなあ。どこいこうかな。
『言っとくけど、片道200キロ以内にしろよな』
「えー」
『えーじゃないよ』
200キロなんてちょっとしたお出かけじゃないか。せっかく遠出するんだから往復1000キロとかにしようよ。
「どうせなら大阪いこうよ〜 今ならたったの400キロだよ〜 15、6時間走るだけであっという間につけるよ〜 楽しいよ〜」
大都市だからきっと死ぬほどつらい地獄の渋滞が待ってるけどね!
すり抜けで何キロも走ったりするんだろうなあ。
『キャンプだっつってんだろ。せめて中部地方にしてくれ……ちなみに、11日どこ行くの?』
「琵琶湖、前に行ったときはすぐ帰っちゃってさ。今度はちゃんと一周するんだ!」
なんせ時間はたっぷりある。この日を逃す理由はない。
「せいぜい800キロちょっとだし、すぐ行ってすぐ帰ってくるよ。写真送るから楽しみにしててね!」
『あ、うん……もうなんも言わんわ』
「どうしたの、リン?」
スピーカー越しに深い、それは深いため息が聞こえた。
『なんでもない。とりあえず、本当に気をつけてね。あんま無茶すんなよ』
「うん! ありがと。じゃあこれで。また明日」
『うん、またね』
電話を切る。さーて、そうと決まれば今のうちに琵琶湖へのルートでも決めておくか。
そう思った矢先だった。
「あ、メッセージ入ってる」
電話中で気づかなったけど、メッセージが入っていた。綾乃からだ。
双葉:ごめーん、電話してた
綾乃:いいよいいよー
双葉:それでどうしたの?
綾乃:なでしこから聞いたんだけどさー11日から休みなんだってね。またどっか行くの?
双葉:うん、琵琶湖行こうって思ってる
綾乃:ほ、ほんとに行くんだ
双葉:時間もいっぱいあるしね
綾乃:…………
双葉:綾乃?
綾乃:実はわたしもその日休みなんだけどさー
双葉:うん
綾乃:ついてっていい? 琵琶湖
双葉:え?
え?