【完結】ザコの旅   作:クリス

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キャラの呼び名は読みやすさを考慮して、一部カタカナに変更したりしています。


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 ボクは旅をするのが好きだ。

 

 初めての旅は中二の夏。

 

 ひょんなことから荷物を持てるだけもって家を出て、行けるところまで行った。

 

 知らない道、知らない景色、知らない空。

 

 五感で感じる全てが初めてで、全てが新鮮だった。

 

 その日は疲れて適当な公園で眠った。今思えば、よく警察に通報されなかったなと思う。

 

 そしてボクは旅に目覚めた。

 

 ただ自由だった。どうしようもないくらいに自由だった。

 

 そこにボクを縛るものはなにもなかった。

 

 勉強、人付き合い、家族、お金、将来のこと、良いこと、悪いこと。

 

 肩にのしかかっていた全てから一気に解放された。

 

 ほんの一瞬だったけど、ボクはこの世界で誰よりも自由だったのだ。

 

 ボクは旅にのめりこんだ。高校生になっても旅への情熱は衰えることはなかった。

 

 死に物狂いでお金を稼ぎ、16歳になった時、最高のバイクを買った。

 

 おかげでボッチになったけど、それは昔からだから気にしていない。ちょっとしたお金持ちにもなったしね。

 

 まあ、ケチだから旅以外じゃほとんど使わないけどね。

 

 だから、今のところボクの人生は順調だ。

 

 あの二人と知り合ったのは予定外だったけど。

 

 

 

 

 

「わりぃロリ子、てっきりもう入部してると思ってたわ」

 

「ほんま堪忍してーや。一応部長なんやからな?」

 

「一応言うな一応! 悪かったってー ほんとごめんなロリ子ー」

 

「別に気にしてないよ。というか部員と思われてたことのほうが意外だったよ」

 

 職員室に入部届を提出し、昇降口に向かって三人で歩く。

 

 外はもうすっかり夕方になっていて、遠くでカラスが鳴いていた。

 

 入部届はつつがなく受理され、ボクは晴れて野外活動サークルの三人目のメンバーになったのであった。

 

 拒否権? あの状況でボクみたいなクソザコが言い出せると思うの?

 

 まあ、部員でもないのに部室に入り浸るのもよくないし、ちょうどいい機会だったのかもしれない。

 

「でも、本当にいいの? ボク、正直あんまりキャンプ興味ないよ?」

 

 ボクは旅が好きなのであって、キャンプが好きなわけじゃない。

 

 テントなんて野クルにあった980円の安物しか張ったことないし、焚き火も校庭の落ち葉を拾ってやったことしかない。

 

 野宿については一家言あるつもりだけど、キャンプで役に立つとは到底思えなかった。

 

「今更細かいこと気にすんなって! なあイヌ子」

 

「せやでー ゆうてうちらもキャンプ経験皆無やから、気にせんでええよ」

 

「そうそう! あたしらだってキャンプしたことないから! だから気にすんなって、な!」 

 

 仮にもアウトドアサークルの部員が自信満々に言っていいセリフじゃない。

 

 そういえばこの二人と話すようになってから二人がキャンプしたって話を聞いたこと一度もなかった気がする。

 

 あれ、でもたしかサークルを作ったのって4月って言ってたような。もう11月に入っちゃったんだけど……

 

 あと肩痛いから叩かないでください。

 

「ていうか、興味ないっつったって、経験でいったらロリ子が一番あるだろ。野宿しまくってんじゃん」

 

「あんなのキャンプなんて言わないよ。ただその辺で寝ればいいだけなんだからさ」

 

 寒さ対策と雨にさえ気をつければ何も心配することもない。道の駅はジャスティス。

 

 そうやって話しているとボクたちはいつの間にか下駄箱の前に来ていた。

 

 長く話していたせいもあってか、帰ろうとする生徒はほとんどいない。夕暮れの空に運動部の掛け声がこだます。

 

「それ、何も簡単やないからな。なんか、いつか帰ってこなくなりそうで、わたしほんま心配やわあ」

 

「人は見かけによらないっていうか、知り合ったばかりの時は、まさかこんなにアグレッシブな奴だと思わんかったなあ。こんなちっこいのにさ」

 

 なんか二人の間でボクの株がどんどん下がっている気がするんだけど。帰ってこないって、野良猫とかじゃないんだからさあ。

 

 あとちっこい言うな。

 

「別に、ボクがどこに行こうが二人に関係ないと思うんだけどなあ」

 

「そりゃそうだ。どこに行こうがロリ子の自由だぜ。けど、せめて連絡くらいは入れてくれよな。これでもけっこう心配してたんだぜ」

 

「せやせや」

 

 二人の心底心配したような顔にちょっとだけ罪悪感が込み上げる。

 

 まさか、知り合ってまだ三ヶ月くらいしか経ってないのに、こんなに心配されているなんて思ってなかった。

 

 少し軽率だったかもしれない。まあだからといってやめるわけじゃないけど。今回はタイミングが悪かった。

 

 靴に履き替え校舎の外にでる。夕日で暖められたまろやかな空気がボクの肌を包む。今日はバイクが気持ちよさそうだ。

 

「うん、心配かけてごめんね。じゃあまた来週」

 

「バイク気をつけろよー」

 

「ほな、またなー」

 

 校門に向かう二人に別れを告げて、ボクは自転車置き場に向かう。

 

 駐輪場、まばらになった自転車たち。そのアルミフレームの森の中、青いタンクとシルバーのメッキがボクを待っていた。

 

「待たせてごめんね、ビーちゃん」

 

 そう言ってボクはバイクのタンクをポンポンと叩いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 1999年式ヤマハYB-1。

 

 1973年に発売されたYB50ビジネスバイクをベースに、1996年に発売された50ccバイクだ。

 

 ロータリー式4速マニュアルトランスミッション、49cc F5B 2ストロークエンジン、全長176センチ、重量84キロ、タンク容量7.2リットル。

 

 2000年の排ガス規制強化によって、4ストローク式のYB-1 fourにその名を明け渡し、ヤマハのカタログから姿を消した。

 

 つまりこのエンジンを積んだバイクは、実質これが最後のモデルなのだ。たぶん、この山梨でボク以外にYBに乗っている人は二、三人いれば多いほうだろう。

 

 もう十何年も前のバイクだけど、元がビジネスバイクなだけあってすこぶる丈夫。ボクよりも年上なのに、ところどころ錆び付いている以外、故障は一つも見られない。

 

 とくにエンジンは極上品だ。フロントスプロケットを交換したおかげもあってか、長い直線なら70キロは出せる。

 

 カタログスペックだと49ccのはずなんだけど、この子は買った時から51ccだったからナンバープレートは黄色だ。

 

 ボアアップしているわりにエンジンに何も手を加えてないように見えるのはきっと気のせいだ。

 

 気のせいったら気のせいなのだ。

 

「じゃ、行こっか」

 

 前輪と自転車置き場の屋根の柱を止めていたチェーンを外し、シートの横のメットホルダーにひっかけていたジェットヘルメットを被る。

 

 顎紐をしっかりしめて、シートの左側に吊るしてあるサイドバッグの中にしまっていたレザーグローブを両手にはめる。

 

 どれも安物だけど原付程度ならこれでも問題ない。

 

 メーター下のイグニッションスイッチに鍵を差し込み右に捻る。

 

 ニュートラルランプとオイルランプが緑と赤に点灯した。

 

 たまにケーブルの接触が悪くてオイルランプがつかなくなる時があるけれど、今日は大丈夫みたいだ。

 

 最近交換したばかりのハンドルを握ってバイクを自転車置き場から校門に向かって押して歩く。

 

「ねぇ、リンあれ」

 

「どうしたの斉藤、あ」

 

 ふと視線を感じて後ろを見る。昇降口から出たばかりの二人の女の子がボクを見ていた。

 

 一人は短い黒髪の子、もう一人はあのお団子頭の図書委員だ。

 

 二人ともよく図書室でみかける。一緒に帰るところなのだろうか。

 

 目が合ってしまい会釈をする。すると、あろうことか黒髪の子がニコニコしながらボクに近づいてきた。

 

 うぇ、勘弁してくれ。

 

「へぇ、最近バイク乗ってる人いるなあって思ってたら、山中さんだったんだねー」

 

「あ、はい」

 

 何か話そうとすると「あっ」てつける癖なんとかならないんだろうか。

 

 野クルの二人とは話せるようになってきたけれど、まだまだボクはコミュ障のままだ。

 

 というか誰だろう。なんでボクの名前知ってんの? 怖いんだけど。

 

「あ、いきなりごめんね? 私斉藤恵那、覚えてるかな? 図書室でよく会うよね」

 

 ごめんなさい、顔しか覚えてません。

 

 未だにクラスメイトの顔と名前が一致しない奴にちょっとすれ違う程度の人の名前なんて覚えられるわけないだろ!

 

「で、こっちのちんまいのがしまりん」

 

「おい、人をゆるキャラみたいに呼ぶな。てかちんまい言うな」

 

 お団子頭の子は見た目とは裏腹に意外と言葉遣いがクール、というかぶっきらぼうだった。

 

 しまりんさんと目が合いお互いに会釈する。 

 

「えっと、わたし志摩リン。よく図書室に来てるよね」

 

「や、山中双葉、です。図書室には、はい、その、来てます」

 

 このクソみたいな自己紹介をしたのはいったいどこの誰でしょう?

 

 そう、ボクです。

 

 はぁ、これだからボッチはだめなんだ。もうね、一回死んだほうがいいね。

 

「わぁ、すっごいレトロ。近くでみるとけっこう大きいねー これヤマハ?」

 

 斉藤さんがボクの周りを回りながらバイクをしげしげと観察する。

 

 メーカーがわかったのはきっとフロントフェンダーの風切りプレートにヤマハのステッカーを貼っていたからだろう。

 

「は、はい、ヤマハの古いモデルで、一応原付です」

 

「へぇ、ヤマハってことはリンが乗ろうとしてる原付と同じなんだ」

 

「いや、わたしが乗るのスクーターだから。こんなすごいやつじゃないからな」

 

 どうやら志摩さんはスクーターに乗る予定らしい。この学校じゃとくに珍しくはない。

 

 何に乗るんだろう? やっぱりビーノかな。

 

「リン、せっかくなんだし色々教えてもらったら? うちの学年じゃあバイクに乗ってる女の子なんて山中さんしかいないと思うよ」

 

「いや、いきなりそんなの迷惑だろ」

 

「でも最近、学校にかっこいいバイクで来てる女の子がいるって気にしてたじゃん」

 

「う、たしかにそうだけど……」

 

 かっこいいって……面と向かって言われると恥ずかしい。

 

 というか少し前から目をつけられていたのかボクは。

 

 まったく気がつかなかった。でもビーちゃんめちゃくちゃ目立つし当たり前か。

 

 外で乗ってるとよく見知らぬおじさんに話しかけられるし。もうしわけないけど話せないから本当にやめてほしい。

 

「わたしは心配なんだよー 自転車で本栖湖まで行くようなリンがバイクなんて乗ったら絶対遠出するでしょ? だから最初のうちに色々教えてもらったほういいんじゃないかなーってわたしは思うのですよ」

 

「お前はわたしのお母さんか。でもまあ、たしかに……」

 

 自転車で本栖湖って、前にあそこ走ったけどけっこうきつい峠道だったような。こんなちっちゃいのに意外と体育会系?

 

 それにしても初めてのバイクか、ちょっと懐かしいなあ。

 

 あの時は大変だったなあ。教習所で習ってからいきなり公道だったし。

 

 怖くて、心細くて、誰も助けてくれなくて……

 

「あ、あの!」

 

 そんな昔のことを思い出したからだろうか、気がつけばボクは口を開いていた。

 

 バクつく心臓を押さえ込み話を続ける。

 

「べ、別にぼ、わたしなんかでよかったら相談に乗るんで?」

 

 やばいやばい! い、言ってしまった。しかもなんで疑問系だし。調子に乗ってるって思われたらどうしよう。

 

「ぼ? えっと、ほんとにいいの? ありがとー」

 

「おい、勝手に話進めるな」

 

 危ない、間違ってボクって言うところだった。

 

 癖だからしかたないけど、リアルでボクっ子なんてきしょいだけだ。

 

 野クルの二人は気にしないって言ってくれるけど、それはあの二人が特別なだけだろうし。

 

「リン、こういうチャンスは逃さない方がいいと思うよ」

 

「たしかに色々聞きたいけど、うーん……」

 

 どうにも志摩さんのほうは乗り気じゃないらしい。わかるよその気持ち! 

 

 ボクもどうやってもわからないことがあるのにコミュ障すぎて人に聞けなくて詰むこといっぱいあるし。

 

「ご、ごめんなさい。い、嫌だったらいいです」

 

「あ! ごめん、別に嫌ってわけじゃないんだ。でも、初対面の人にいきなりこんなこと頼んでいいのかなって」

 

 こんな小さいのになんていい子なんだ。え、ボクもチビだろって? なんのことかわからないなあ(141センチ)

 

「だめだよリン、人の親切はちゃんと受け取らないと」

 

「そりゃそうだけど……あの、本当にいいの?」

 

「ぼ、わたしも、初めて乗った時教えてくれる人いなくてすごく困ったし……こういうのはお互い様だと思います」

 

 もうちょっとうまい説明はできないものなのか。これだからコミュ障は。

 

 なんかとんとん拍子に教えることになっちゃったけど、スクーターならそれほど教えることはない。

 

 せいぜい道路を一緒に走って一般道の走り方に慣れてもらうくらいかな。

 

 まあ、そもそもそんな機会が訪れるのかすらわからないけどね。

 

「そっかーありがとー じゃあ連絡先交換しよっか? リンもスマホ出して」

 

「あ、うん」

 

「は、はい」

 

 あっという間にスマホを取り出し流れるように連絡先を交換する。

 

 野クルとお母さんの三人しか登録されていなかった友達のリストが一気に五人に増えた。

 

 こ、こいつ、わずか十分にも満たない時間でボクが1年たってもできなかったことを成し遂げやがったぞ。

 

 斉藤さん、なんて恐ろしいコミュ力なんだ。

 

 1パーセントくらいでいいからぼくにわけてほしい。ついでに身長もわけてほしい。

 

「じゃあぼ、わたしはこれで帰ります。何かあったらその、連絡してください」

 

 自分から言い出しておいてあれだけど、その日が来ないことを祈る。我ながら本当にヘタレだなあ。

 

「そっか、もうこんな時間。帰るところだったのにごめんね? こんな子ですが、リンをよろしくお願いします」

 

「だからお母さんごっこやめろ」

 

「やだもうリンったら〜」

 

「やめろ」

 

 この人たち本当に仲がいいな。なんていうか、お互いに全く遠慮してない感じがする。

 

 いいなあ、ボクも野クルの二人とこれくらい仲良くなれればなあ……

 

「あの、山中さん、わたしももうすぐ免許取るんだけどさ、もしかしたら相談するかも。その時はお願いしてもいいかな?」

 

「は、はい、今はバイトもしてないしだいたい暇なんで大丈夫です」

 

「そっか、ありがとう」

 

 混じり気のない感謝の気持ちを一心に受けてメンタルが死にかけたボクは、帰るムードを決め込むためにヘルメットに引っ掛けているゴーグルを目にかけた。

 

「じゃ、じゃあ、ぼ、わたしはこれで」

 

「うん、またねー」

 

 もう帰るのになんで二人はボクを見ているのだろうか。もしかして、エンジンかけるところまで見るつもりなのか?

 

 は、恥ずかしい。早く帰ろう。

 

 バイクに跨りスタンドを戻す。ハンドル左についているチョークレバーを引き、キックペダルを展開する。

 

 三回ほど軽く踏んで手応えのあるところでペダルから足を離す。

 

 そして、ハンドルを握りしめ思い切り踏み込んだ。

 

 キャブレターで空気と混ぜ合わされたガソリンが、シリンダーの中で爆発。

 

  2ストロークのエンジンが、吸気と圧縮、燃焼と排気を猛烈なスピードで繰り返す。

 

 震えるエンジン。スロットルを回せばエンジンが唸り、マフラーから甘い香りのする白煙があたりに立ち込める。

 

「おぉ、かっこいい」

 

「へぇ……」

 

 頬に集まる熱を気にしないようにしながら、二人に会釈。

 

 チョークを戻しクラッチを握ってギアを1速に上げる。

 

 二回ほど空吹かしさせてアイドリングを安定させ、アクセルを吹かしながらクラッチを徐々に離していく。

 

 進み出す車体に合わせてクラッチを完全に離す。

 

 エンジンの回転がタイヤに伝わり車体を加速させていく。

 

 1速は回転数がすぐに頭打ちになる。早めに2速に上げさらに加速。

 

 サイドミラーに映る手を振る二人を横目に見ながらシフトチェンジ。加速していく車体。シフトチェンジ、さらに加速。

 

 流れていく景色。冬の風を切り裂き走り出すボクとバイク。

 

 ヘルメット越しに聞こえる風切り音。エンジンの振動。遠目に見える家々の灯り。

 

 明日は土曜日、またどこか遠くに行こう。なんとなくそんなことを思った。

 




用語解説

ビジネスバイク
配達業務などを主目的に開発されたバイクの総称。スーパーカブもビジネスバイクの一種。

ロータリー式マニュアルトランスミッション
バイクの変速機の一種。シーソーのようなシフトペダルが特徴で、1→2→3→N→と踏むだけでギアをぐるぐると回すことができる。最大ギアからすぐにニュートラルに変えられるので、ストップ&ゴーの多いビジネスバイクによく採用されている。

2ストローク
レシプロエンジンの作動方式の一種。動力を生成を二つのサイクルで行う。単純な機構でパワーが出るが、出だしが遅くガソリンの燃料時にエンジンオイルも共に燃やすため環境に悪い。今じゃもうほとんど見かけない。

スプロケット
バイクのエンジンとチェーンをつなぐ歯車。自転車で言うと後輪とペダルの歯車。自転車と同じく大きさによって最高速度やトルクが変わる。

ビーノ
ヤマハが販売している50ccスクーター 通称しまリンビーノ。意外と馬力がある。
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