【完結】ザコの旅   作:クリス

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「いやぁ〜悪いなぁ二人とも。わざわざバイク出してもらって」

 

 と、千明が言う。

 

「ほんまに助かるわぁ。鳥羽先生、目離した隙にもう飲み始めてしもうてなぁ」

 

 と、あおいが言った。風に乗ってすえた匂いがした。牧場の匂いだ。

 

「まあ、ぐび姉だからなあ」

 

 ぐび姉? あぁ、ぐびぐび飲むからぐび姉か。まあ、たしかに言い得て妙かもしれない。

 

「べつに、気にしなくていいよ。どうせ必要なものだし」

 

「そーそー みんなで使うものだからね」

 

 キャンプ場からさほど離れていない牧場。買ったばかりの薪をシートに乗せる。

 

 さっき、千明とあおいから近くの牧場で薪が安く売っているとの連絡を受けここまでバイクを飛ばしてきたのだ。

 

「やっぱ薪重いなー」

 

 一束7キロ近くある薪を二つも原付に乗せるにはいささか厳しいものがある。

 

「リン、大丈夫?」

 

「めっちゃ重いけど、いけると思う」

 

 そうは言うけど、荷台に二束。合わせて14キロ以上の重さだ。もちろんゆっくり行くけど、大丈夫かな?

 

「ま、どうしてもヤバそうだったら道端に置いて千明に回収してもらうわ」

 

 あれ、リン今千明のこと名前で……

 

「おう、任しとけ! ……え、あたし?」

 

「あ、そうだ。お金わたしが払うよ。夕飯ご馳走になるし」

 

「……へっへっへ、そいつぁ心配御無用だぜしまりん」

 

 千明が眼鏡をぎらつかせる。そっか、もうお金のことはそこまで心配しなくていいもんね。

 

「なんとなんとぉ! 薪は全部部費で出るのだぁ!」

 

「おぉ、まじか」

 

「まあ、ゆうて薪代くらいしか賄えんけどな」

 

「いや、十分すぎるよ。薪って燃やすわりにけっこうするしさ」

 

 この牧場は一束300円だけど、普通なら5、600円はする。

 

 ガソリン1リットルでビーちゃんが40キロ走れると考えると、いささか割高だ。ま、しょうがないんだけどね。

 

「しまりんしまりん、今野クルに入れば薪使いたい放題でっせぇ!」

 

「それは遠慮しとく」

 

 一刀両断。間髪いれずの即答で、千明ががっくりと項垂れる。そりゃそうでしょ。

 

「……けど、そういうことなら、今度から薪代のほうはよろしく」

 

 リンの言葉に、千明とあおいがぱぁっと笑顔になった。

 

 今度からよろしく。

 

 わざわざ言うまでもない。つまりそういうことだ。

 

「ふひひ」

 

 嬉しくて、口から変な笑いが溢れる。リンも野クルに入ってくれればいいのに。

 

 と、一瞬思ったけど、やっぱり今のままでいいやと思い直す。

 

 同じところにいることだけが、仲間の証じゃない。

 

 遠く離れていたって、違うところを見ていたって、心は空で繋がっている。

 

 ボクは琵琶湖でそれを知ったばかりじゃないか。

 

 だよね、綾乃。

 

「じゃ、そろそろ行こうよ」

 

「だね、二人とも先行ってるね」

 

 リンがビーノに跨る。ボクがビーちゃんに跨る。

 

「気ぃつけてなー」

 

「事故んなよー」

 

「はーい」

 

 積んだ薪を崩さないように慎重にエンジンをかける。

 

 まだまだあったかいエンジンは、キックペダルをちょっと押すだけで、簡単にかかった。

 

 鼓膜を叩きつける、2サイクルの喧しいエンジン音。

 

 耳を撫でる、4サイクルの優しいエンジン音。 

 

 ボクたちの頼もしい相棒たち。ビーちゃん、ちょっと重いけどよろしくね。

 

 マカセトケ!

 

「リン、ゆっくり行くからついてきて」

 

「りょー」

 

 軽くアクセルを吹かし、牧場を背に走り出す。

 

 ミラーにリンのビーノと手を振る千明とあおいが映った。

 

 昼下がりの国道。車の一台もない一本道をのんびり走る。裸の枯れ木が視界に入っては流れていく。

 

『またさ、全員でキャンプするってなったら誘ってよ』

 

 ヘッドセットから、リンのちょっと恥ずかしそうな声が聞こえた。

 

 リンの心にどんな変化があったのかは、ボクにはわからない。

 

 でも、なんでそう思ったのかはボクにはよくわかった。

 

 そんな難しい話じゃない。たんに、みんなで一緒にやるのも好きになった。

 

 それだけの話なんだろう。

 

「もっちろんだよー!!」

 

『声でけーよ』

 

 ヘッドセットがなくても、リンがどこにいたって聞こえるくらい、大きな声で叫ぶ。

 

 キャンプはまだまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

「へぇ、これがリンのキャンプ道具なんだ」

 

 斉藤さんが興味深そうにリンのテントを眺めた。モンベルのムーンライト、いいよね。

 

 あれから、なでしこのもとに戻って薪を運ぶのを手伝ってもらったり、酔いつぶれて寝た(早いよ)鳥羽先生が風邪を引かないように毛布でぐるぐる巻きにして遊んだりしたボクたち。

 

 2時くらいになると、予定通り斉藤さんとペットのちくわもやって来て、こうしてメンバー全員が無事に到着した。

 

 楽しい楽しいクリスマスキャンプの始まりだ。

 

「これが双葉ちゃんのテントかぁ。あないちっちゃいもんがよう大きくなるなあ」

 

「夜になったらストーブ焚いてぬっくぬくにするんだよー」

 

「うわ、ずるいぞお前! あたしも入れろー」

 

「あ、わたしも入れてほしいわぁ」

 

「わたしもわたしも!」

 

「そんなに入らないから。順番ね」

 

 ただでさえ狭いんだから、4人も5人も入ったらパンクしちゃうよ。

 

「おーし! お前らじゃんけんするぞー!」

 

 わちゃわちゃし始めた野クルの三人を横目に斉藤さんに近づく。頭に浮かぶのは一匹の可愛いチワワだった。

 

「ん? どうしたの双葉ちゃん」

 

「ちくわちゃんのことなんだけどさ、ボクのテントならストーブ焚けるし、よかったら夜三人で寝ない? 小さいし、たぶん寒いの苦手だよね」

 

 ボクは、なでしこと元気に遊んでいるちくわを眺めてそう言った。

 

 ここは富士山の麓。平地とはいえ夜になれば気温が0度を下回ることも珍しくない。今は日が出て暖かいけど、正直かなり心配だった。

 

 もし斉藤さんの大事な家族になにかあったら、せっかくの楽しい時間が水の泡になってしまう。

 

 けど、そんなボクの心配とは裏腹に斉藤さんの笑顔が崩れることはなかった。

 

「ありがと双葉ちゃん! でも、大丈夫だよ。夜になったらちゃんとうちに帰すから」

 

「そっか、よかった」

 

 ま、当然か。

 

 斉藤さんがそんな簡単なことに気づかないわけがない。いらない心配だった。

 

「ごめんね、余計なこと聞いちゃって」

 

「ううん! そんなことないよ! ちくわのこと心配してくれたんだよね? ありがと! 双葉ちゃん」

 

 斉藤さんがボクの手を握ってにっこりと笑いそう言った。

 

 100パーセント混じり気のない感謝の気持ち。

 

「……うん!」

 

 ちょっと恥ずかしくなったけど、目は背けないでボクは笑ってうなずいた。

 

『まってよ、ちくわー!』

 

 遠くのほうで声がする。

 

 振り向くと、ベソをかいたなでしこが未だに走り回っているちくわを追いかけていた。

 

 まだ捕まえてなかったんだ。ていうかなでしこすごいな。さっきからずっっと走ってるよ。

 

『あはは、まてー』

 

 そして、そのなでしこを4人の子供が追いかけていた。なんか増えてるし。

 

 でも、楽しそうだな。

 

「よーし! せっかくだし、あたしらも遊ぶかー!」

 

 どこに隠しもっていたのか、千明がフリスビーを手にそう言った。千明って、こういうところは本当に気が利くよね。

 

「いくぞお前らー! 子供たちに野クルの恐ろしさを味あわせてやれー!」

 

「味あわせてどないすんねん。まあ、でも楽しそうやし、うちらも混ざるでー」

 

 走り出す千明とあおい。

 

「おい、勝手に行くなよ……ったく」

 

 しょうがないなといった感じで笑いながら走り出すリン。

 

「双葉ちゃん、わたしたちも行こ!」

 

「だね」

 

 斉藤さんとボクも走り出す。

 

 そんな冬の一幕。

 

 

 

 

 

「あー疲れた」

 

 オレンジに染まり始めた草原を、ボクたち6人が歩いていく。

 

 子供たちとその家族の人たちは草原の向こうに姿を消した。今ごろみんなでキャンプご飯食べてるのかな。

 

「双葉ちゃん、子供らにめっちゃ追いかけ回されてたもんなあ」

 

「そうだよー なんであんなに追いかけてくるんだよー」

 

 おかげで全身くたくただ。子供ってなんであんな体力有り余ってるんだろ。

 

 同じちっこいのにこの差はなんだろうね。やっぱり若さが違うのかな。

 

「まあロリ子って、そういうオーラでてるもんな」

 

「わかる」

 

 千明とリンにはいったいなにが見えてるの? それ、ボクがクソザコって言いたいの?

 

 まあ、たしかにそうだけどさ。認めたくないけど。

 

 くそう、いつか新城さんみたいなかっこい大人になってやるんだからなー!

 

「さーて、せっかくクッキーもらったんだし、これでお茶にでもしよーぜ」

 

「それもええけど、寒うなってきたし、そろそろ焚き火用意せんとなぁ。それからみんなであったかい飲み物でも飲もうや」

 

「なら、わたしココア持ってきたよ」

 

「それならボクはコーヒー淹れようかな。誰か飲みたい人いる?」

 

「あ、わたし飲みたい」

 

「お、あたしも」

 

「わたしはココアがいいなー」

 

「わたしもわたしもー」

 

 6人でわちゃわちゃ、なんてことない話に花を咲かせる。

 

 オレンジの西日。赤く染まる草原と富士山。

 

 もうすぐ日が暮れる。お腹の虫も泣き出した。

 

 ボクたちもご飯にしよう。

 

 

 

 

 

「じー」

 

 真っ赤に燃える炭火の上で、アルミホイルを被せたそれをじーっと眺める。

 

「ふぉぉぉ! あおいちゃんすっごいいい匂いだよー!」

 

「わかる! あたしにはわかるぞー! こいつは絶対うまいやつだ!」

 

 後ろのほうで聞こえる楽しげな声と牛肉の煮える美味しそうな香りに耐えながら、ひたすら自分の焚き火とにらめっこする。

 

「わはぁ! こっちもいい匂い〜」

 

 そんな声とともにボクの右肩がいきなり重くなる。視界の端に桜色の髪がちらつく。

 

「ふむふむ、この匂いは鶏肉じゃの〜」

 

「おばあちゃん、もうちょっとの辛抱じゃよ」

 

 ほっほっほ、近頃の年寄りは辛抱が足りないのぉ〜

 

「双葉、さっきから端のほうでなにしてんの?」

 

 そんななでしこでボクを挟むようにして、真横からリンが覗きこんでくる。桜と黒の髪が視界の両端でちらつく。

 

「へぇ、双葉も焚き火台買ったんだ」

 

 リンの視線は焚き火、正確には焚き火台のほうに注がれていた。

 

 芝生が焦げないようにカーボンフェルトの上に置かれた無数の穴が開いた皿型の焚き火台。

 

 ヒンジで折り畳めるようになっていて、角度を調整すれば今やってるみたいに網だって載せられる大変便利なコンパクト焚き火台……

 

 に見えるけど、実はこれは焚き火台じゃないのだ。

 

「これ、本当は百均で売ってた蒸し器なんだ」

 

 正確には250円(税込)最近増えてきたちょっとお高めの百均アイテム。

 

「えっ? 双葉ちゃんこれ蒸し器なの?」

 

「マジか、どっからどうみても焚き火台にしか見えないんだけど」 

 

「だよねー 焚き火台ってかさばるし、なんか代用できるものないかなーってネット探してたらけっこう使ってる人いっぱいいるみたいでさ。試しに買ってみたんだよね」

 

 本物の焚き火台を買うまでのつなぎのつもりだったけど、これほど使いやすいとは思ってなかった。

 

 これならメインで使っても全然問題ない。うーん、百均バンザイ!

 

「へぇ、さっきからめっちゃいいやつ使ってるじゃんって思ってたけど、蒸し器なのか。焚き火シートも百均?」

 

「ううん、さすがにこれはちゃんとしたやつだよ。芝生焦がしちゃまずいしね」

 

「あ、よく見たらこれうちにあるやつと同じだ。すごいね〜蒸し器ってこんな使い道あるんだ〜 ふむふむ」

 

 なでしこの目が怪しく光る。まさか、なでしこ……

 

「なでしこ、お前自分の家の蒸し器勝手に持ち出したりすんなよ」

 

 同じことを考えていたらしいリンが釘を刺す。なでしこの肩がびくりと震えた。

 

 やっぱりか。

 

「シ、シナイヨー シナイヨー」

 

「棒読みやめろ。煤まみれになるだろが。百均なんだから今度買えばいいじゃん」

 

「えへへ、そうだね、そうするよ〜」

 

「三人とも、すき焼きできたで〜」

 

 ザ・オカンって感じのあおいの声がボクたちを呼ぶ。

 

 スマホのタイマーを見る。うん、焼き上がりまでまだ15分くらいあるな。

 

 どうせだし、すき焼き食べて待つとするか。

 

「「わーい! すき焼きだぁ〜!」」

 

「双子かよ」

 

 ボクも思った。

 

 でもそんなことよりすき焼き! すき焼き〜!

 

 

 

 

 

「むむむ……」

 

 えのき、ネギ、焼き豆腐、春菊、そして牛肉。

 

 鍋の中で極上の香りを放つそれらを睨みつける。

 

「……いただきます」

 

 一目見て上質とわかる牛肉を箸で掴み取る。

 

 すごい……ボクが家で作った細切れ肉のなんちゃってすき焼きじゃなくて、ちゃんとロース肉だ。

 

 つゆと出汁を吸ってつやつや光る肉を、黄金の溶き卵の中にひたす。

 

 肉に絡みついた卵が光輝いて、卵と肉の美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。

 

 やばい、もう我慢できない。

 

「あむ……っ!!」

 

 おいしい。

 

 頭に浮かんだのはその一言だった。

 

 あまりにもおいしすぎて、脳みそにインプットされた語彙がすべて消し飛ぶ。

 

「ん、んまぁ〜」

 

 やばすぎる〜 こんなの反則だよ〜

 

 次! もっと食べたい!

 

 春菊とえのきを取って卵にひたしパクリ。

 

「ん〜」

 

 口の中に春菊の苦味と肉とつゆの旨みをたっぷり吸ったえのきのエキスが爆発する。

 

 噛むたびに、頭の中が幸せでいっぱいになる。

 

「肉、超うめぇー!」

 

「おいひい! おいひいよぉ〜!」

 

 千明となでしこのオーバーすぎるリアクションも、このおいしさの前では納得するしかない。

 

「ずぎやぎにあう日本酒わずれじゃっだぁ!」

 

 美人の新人女教諭から、ただの酔っ払いにジョブチェンジした鳥羽先生が、意味不明なことを口走って泣きじゃくる。

 

 なんだろこの人、生徒の前で取り繕うとか、そういう考えは一切ないんだろうな。

 

 でも、変に気をつかわれるくらいなら、これくらいはっちゃけてくれたほうがこっちも嬉しい。

 

 そうだ、そろそろあれも焼けたかな。

 

「先生、ビールに合う料理なら、もうできますよ」

 

「ひぐっ、ぼんどにぃ?」

 

 失礼だけど、ちょっとかわいいと思ってしまった。妹の火熾しお姉さんが一緒にキャンプする理由がなんとなくわかる。

 

「はい、だからそんな泣いちゃだめですよ!」

 

 泣きじゃくる鳥羽先生をなだめて例の焚き火に向かう。

 

「おっ! ついにロリ子がこそこそやってたやつのお披露目かー!」

 

「さっきからめっちゃいい匂いしとるもんなあ。楽しみやなぁー」

 

「はやくみたいな〜」

 

「はいはい、今持ってくるね」

 

 トングを使って焚き火からアルミホイルの塊をミニテーブルの上に置いたまな板の上に下ろす。

 

「あつ、あつ」

 

 熱々のアルミホイルを剥がすと、猛烈においしそうな香りとともに巨大な肉の塊が現れた。

 

 リアルに言うと首無しチキン。かわいく言うと鶏の丸焼き。

 

「みんな、できたよー」

 

 テーブルごと肉を持っていく。

 

 すき焼きの隣にテーブルを置くと、みんなの視線が肉に釘付けになった。

 

「な、なんじゃこりゃー!」

 

「うわすごいね、鶏の丸焼き?」

 

「ふぉほほほ〜! おいしそ〜!」

 

「はぇ〜 双葉ちゃん、こないなの作っとったんか」

 

 足の付け根にコーラの缶が突き刺さり、表面に満遍なくスパイスが塗り込められパリパリに焼き上がった丸々一羽分の鶏肉。

 

「これ知ってる、ビア缶チキンってやつでしょ?」

 

「そうだよリン! クリスマスっぽいでしょー!」

 

「たしかに、これ見るとクリスマスきたー! って感じするな!」

 

「でしょでしょ! 前からずっと作ってみたかったんだー! まあビールは買えないからコーラだけどね! 今切り分けるから、みんなはすき焼き食べてて!」

 

 みんなにそう言って、さっそくトングと包丁で鶏肉を切り分けて……

 

『じー』

 

 切り分けて……

 

『じー』

 

 切り分けて……

 

『じー』

 

「もう! なんでみんなボクのことみるんだよー!」

 

 ボクを見つめる六対の目。

 

 食べてるのなでしこだけじゃん。

 

 そんなんだとまたいつもみたいに気がついたら鍋空になっちゃうよー

 

「や、だってなー」

 

「そないなとんでもないもん見せられて、気にせず食事しろ言われてもなー」

 

「ビア缶、チキン……ビール……はっ!?」

 

 鳥羽先生の焦点の定まっていない目がカッと開いてがさごそと自分の荷物を漁り出す。

 

「あ、あったぁ! ビール、ビールゥ!」

 

 よっぽど嬉しかったのか、両手にビールを持って気分はるんるんといった感じだ。

 

「なんや……もうあれやな、尊厳っちゅう尊厳をかなぐり捨てとる感じやな」

 

「まあ、本人が楽しそうだからいいんじゃないか? 知らんけど」

 

 知らんのかい。

 

 まあいいや。トングでコーラの缶を抜き取ってから肉を切り分けていく。

 

 鶏肉は、パリパリに焼けた見た目に反して、びっくりするくらい柔らかくて、切った断面から美味しそうな肉汁と香ばしい匂いが溢れ出す。

 

「やべえ、めっちゃうまそう……」

 

 千明の言うとおり、ボクもさっきから口の中で涎が止まらない。

 

 そういえばまだすき焼きもあるけど、食べ切れるかな。

 

 まあ、ボクとなでしこがいれば大丈夫か。実は今日のために昼抜きで来たのだ!

 

「あおい、紙皿ってまだある?」

 

「あるでー あ、わたしも手伝うわ」

 

 あおいと協力して、切り分けた肉をみんなに配っていく。

 

「じゃあ、食べよっか」

 

 いただきまーす。と、みんなで言ってから肉をかじる。

 

「……うま」

 

 衝撃的すぎて、すき焼きとはまた違った意味で語彙力が消し飛ぶ。

 

 な、なんて柔らかいんだ……

 

 焚き火で1時間かけてじっくり焼いた肉は、信じられないほど柔らかく、塗り込めたオールスパイスの複雑な香りと塩気が肉の旨みを何倍にも何十倍にも高めていく。

 

 こ、これは冗談抜きで今まで食べた鶏肉のなかで一番おいしい!

 

「おいしい! おいひいよぉ! ふたばちゃん!」

 

「これ、うますぎやろ。こんなん反則やわぁ」

 

 みんなもだいたい同じリアクションみたいだ。

 

 千明なんて、もう話すのすら忘れてひたすら鶏肉とすき焼きを交互に食べている。

 

「……う、うまぁ」

 

「ん〜 おいしい〜」

 

 リンと斉藤さんも目を見開いておいしそうに食べてくれている。

 

 さて、鳥羽先生はっと……

 

「なんでごんなにおいじいのよぉ〜 おいじずぎるのぉ〜」

 

 あ、はい、喜んでくれてなによりです。

 

 この人、なに食べさせても泣きじゃくるんじゃないかな。

 

 でもまあ、これだけ喜んでくれれば作ったかいがある。

 

 そっか、みんなおいしいって、思ってくれてるんだ……

 

「ふひ、ふへへ……」

 

 やばい、嬉しすぎる。顔がにやけるのが抑えられない。ちゃんと家で練習してよかった。

 

 自分のために磨いてきた料理の腕。ずっと一人で食べると思っていたそれを、みんなのために披露する。

 

 ボク知らなかったよ。誰かにおいしいって言ってもらえることが、こんなに嬉しいなんて。

 

 嬉しいな……本当に、うれしいな……

 

「双葉ちゃん、どないしたん? なんやえらいにやついとるで」

 

「うん! ボクね! 今すっごいすっごい、嬉しいんだ!」

 

 ボクが笑顔でそういうと、あおいは優しげににっこりと笑った。

 

「……ほんまに、ほんまによかったな、双葉ちゃん」

 

「……うん!」

 

 これ、夢じゃないんだよね。

 

 こんな楽しいことが、この世にあっていいのかな? 

 

 目に映る人全員が友達で、ボクはみんなのことが大好きで、みんなもボクのことを好きでいてくれて……

 

 こんなに、こんなに幸せなことがあっていいんだろうか。

 

 ……

 

 …………

 

 …………………

 

 いいに決まってるよね! だってクリスマスだもん!

 

「あ、そういえば私クリスマスっぽいもの持ってきたんだ〜」

 

 どこから調達したのか、斉藤さんがサンタクロースのコスチュームを取り出す。

 

 爆誕! 年末戦隊サンタクレンジャー(税込1,980円)!

 

 チキンにすき焼きにサンタさん。

 

 どんどん高まっていくクリスマスムード。楽しくて、楽しくて、しかたがない。

 

「ここに綾乃がいたらな……」

 

 ふとそんなことを考えた。

 

 

 

 

 

 その時だった。

 

「おーおー 盛り上がってるじゃん」

 

 聴き慣れた、だけど聞こえるはずのない声。

 

 突然声をかけられて、思わずみんなで振り返る。

 

 そして、絶句する。

 

「やっほー 来ちゃった」

 

 綾乃が手を振って、ボクたちに笑いかけていた。

 

 

 

 

 あ、綾乃!? え、えぇぇぇぇ!?




用語解説

秘密結社キョリガバ
山中双葉
土岐綾乃←NEW!

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