13-1
「バイクバイク……」
店内に所狭しと並べられたバイクたちの中を、「僕」は歩いていく。
スポーツバイク、ネイキッドバイク、スクーター、アメリカン……
古いのもあれば新しいのもあるし、ボロいのもあればピカピカのもある。
「どれにしようかな……」
できればかっこいいのがほしいけど、古かったり、大きいのはなにかと維持が面倒だと聞く。
ここは、無難にカブあたりでも……
「……ん?」
一台の青いバイクの前で足を止め
る。
なぜ足を止めたのかはわからない。けど、なにかが僕を惹きつけてやまなかった。
「ヤマハYB-1、か……」
まるで映画に出てくるような古いバイクをちょっと小さくしたようなフォルム。
ぬめりのある青いタンクにメッキのフェンダー、座り心地の良さそうなグレーとブラックのツートンカラーのシート。
見たことないバイクだ。
「1999年、ボクよりずっと年上だ……」
古いはずなのに、微塵も古さを感じさせない。バイクにはそこまで詳しくないけど、この子の保存状態がかなりいいことはよくわかった。
「走行距離はたったの1万ちょっと……」
20年近く経ってそれだけしか走ってない。普通に使っていれば1万キロなんて1年あれば走ってしまうはずだ。
それにこの綺麗すぎる車体、つまり……
「君も、一人ぼっちなんだね……」
埃の積もったヘッドライトを撫でる。
この子は僕と同じだ。誰にも認識されず、必要とされず、ただ朽ちていく。
ほんとはもっと走れるはずだ。もっといろんなところにいけるはずだ。
でも、この子はここで見向きもされず、シートに埃を積もらせている。
バイクはただの鉄の塊、感情なんてあるわけがない。
けれども、僕にはこのバイクがどこか悲しそうに見えた。
「君だって、本当はもっと走りたいよね」
決めた。
「じゃ、行こうか」
店の人から受け取った鍵を、メーターの下にある鍵穴に差し込む。
右に捻る。緑と赤のランプが点灯した。
「えっと、チョーク引いて、キックだして……」
店の人に教えてもらった手順をなぞっていく。教習所ではセルしか使ったことないからなんか新鮮だ。
足元のペダルを4回ほど踏んで、一番重いところで止める。これでピストンが一番上まできたはずだ。
「よいっしょ!」
そして蹴り飛ばす。
「……わっ!」
その瞬間、世界が一気に色づいた。
足元で、ぶるぶる震えるエンジン。すごい、本当に中でガソリンが燃えてるんだ……
チョークを戻してスロットルを回す。エンジンが唸り白い煙が宙を舞う。
教習所で乗ったバイクとはまた違う、原始的で力強いエンジン音。
僕にはわかる。この子は生きてるんだ。
「ふ、ふふ……あはは! すごいすごい!」
この子と一緒ならどこにでも行ける! どこにだって行ける!
早く、早く走りたい!
でも、その前に……
「名前、つけてあげないとね」
これからこの子といろんな冒険をするんだ。YB-1なんて、味気ない名前じゃかわいそうだ。
なにがいいかな……そうだ。
「ビーちゃん、今日は君はビーちゃんだ!」
YBだからビーちゃん。意味のない安直な名前。でもそれでいい。意味なんて、これから見出していけばいい。
「もう一人じゃないよ! ビーちゃん!」
これからは、僕が君に乗ってあげる。いろんなところに連れていってあげる。
君と一緒なら、きっと僕はどこにだって行ける。なんだってできる。
「よろしくね、ビーちゃん」
ヨロシク!
風に乗って、そんな声が聞こえたような気がした。
「しゅっぱーつ!」
これからどこに行こうかな。
「……毛布、かけといてやるか」
真っ暗な世界。聴き慣れた声とともに身体に暖かいなにかがかけられた。
これは、きっと毛布だ。
「焚き火、もうちょっと強くしとこ。風邪引かれたらやだし」
パチパチと、なにかが燃える音と一緒に煙の匂いが鼻をくすぐる。
「ボク」はこの匂いを知っている。これは、焚き火の匂いだ。
あれ、なんで焚き火の匂いがするんだろう。
そうだ。ボク、デイキャンプしてたんだ。えっと、誰とだったっけ?
……あぁ、思い出した。
「まったく、気持ちよさそーに寝てやがるぜ。起きろーほっぺつつくぞー」
「くすぐったいからやめてほしいなーなんて」
「うわっ!?」
目を開けて横を見ると、リンが驚いてのけぞっていた。
「び、びっくりした。お、起きてたのかよ」
「ううん、今起きたばっか。あ、毛布ありがと」
「う、うん」
椅子に腰掛けていた身体を伸ばす。縮こまっていた身体が気持ちよく伸ばされていく。
あたりを見回してみると、太陽が西に傾きはじめていた。そろそろ日が暮れる頃合いだ。
「うーん、よく寝た」
「夢でも見てたの? なんか、さっきから寝言すごかったよ」
「夢?」
そういえば、なにか夢を見ていた気がする。
思い出した。ビーちゃんと初めて会った時の夢だ。
懐かしいな。乗り始めてからもう半年になるのか。
「初めてバイク買った時の夢見てた」
「ビーちゃん、だっけ?」
最初は自分のバイクに名前をつけているのを不思議そうにしていたリンだけど、今じゃすっかり慣れたみたいでごく当たり前のようにビーちゃんと呼んでくれる。
「そ、あの子もさ、ボクと同じだったんだ」
「……そっか」
リンは、そのひと言でボクがなにを言いたいか察してくれたようだ。
バイク屋で埃を被っていたビーちゃん。一人ぼっちだったボク。
似たもの同士。だからあんなに気が合うのかな?
「そっか……なら、あのバイクも、もう一人ぼっちじゃないね」
「どういう……あ、そっか」
キャンプ事務所の駐車場で仲良く並んでいるビーノとビーちゃんを思い浮かべる。
同じ原付だし、ビーノはある意味ビーちゃんの弟みたいな存在なのかな。パワーは全然違うけどね。
「……そうだね」
それだけ言って、目の前の湖を眺める。
冬の本栖湖は、耳が痛くなるほど静かで、オレンジに染まり始めた空はどこまでも澄んでいた。
「やっぱ、ここが一番好きだな」
つぶやきが風に乗って湖の向こうに消えていった。
「……わかる」
焚き火と湖を静かに眺める。火も弱くなってきた。そろそろ薪も燃え尽きるだろう。
「なでしこは今頃郵便局でバイトか。あいつ、大丈夫かな」
「たしか配達のほうだったっけ。体力お化けだし平気でしょ」
なんせ南部町から本栖湖までの40キロ(峠あり)を平気で自転車で踏破するようなフィジカルの持ち主だ。
野クルで腕相撲大会したらたぶんぶっちぎりで優勝すると思う。
「いや、道とか迷わないかなって」
「リンは心配性だなぁ」
口ではそう言ったものの、ボクもちょっと心配だったりする。
べそかいてどうしよぉ〜って言ってる姿がありありと想像できてしまう。
「大丈夫だよリン。なでしこ、ああ見えて意外と周り見てるし」
けど、ボクたちが想像するようなことはきっと起こらないだろう。
「ふふ、だろうな」
あの子は、ボクなんかよりもずっとずっと賢い子だ。きっと今頃楽しそうに手紙を配っていることだろう。
「わたしは31日から4日まで休みだけど、双葉はバイトいつまで休みなの?」
さしずめ今日は定休日ってところかな。
休みの日に湖畔でコーヒーをすすりながらゆったり焚き火を眺める。
なんて贅沢な時間の使い方だろうか。
「ボクは29、30だけ働いて、あとは全部休み。休みっていうより休まされたって感じ。店の人にお前働きすぎだから休めって言われちゃった」
もうそんなことするつもりはないんだけど、一度失った信用はなかなか取り戻せないものなのだ。
「たしか前も同じところで働いてたんだっけ? そんなに働いてたの?」
「最大週6で入れてた」
「多すぎだろ」
「えへへ、お金欲しくて」
本当はスーパープラスコンビニの脅威の週七連勤だったけど、それは秘密にしておく。
「金の亡者め」
だってパーツ高いんだもん!
「でもそんな休みあるってことは、またどっか行くの?」
「うん。寒いし適当に南のほうでも行こうかなって。リンは?」
「わたし? わたしは伊豆行こうって考えてる。まだちゃんと決めてないけどね」
「伊豆か、いいよね〜」
「そう言えば双葉伊豆行ったことあるんだっけ?」
「あるよー」
「どんな感じだった?」
「ザ・海って感じ」
「そりゃそうだろ……」
吹き抜ける風。見渡すかぎりの水平線。青い空、白い雲。映画に出てくるような崖っぷちの道路。長いストレートにワインディング……
楽しかったな、また行きたいなあ。
「真面目な話、すごいいい道だよ。けど、スクーターで走るなら気をつけたほうがいいかも」
「気をつける?」
リンの言葉にうなずいて肯定する。
「半島の外周は長い一本道で、信号もほとんどないからみんなすごい飛ばすんだよ。だいたい60、70は出してたかな」
「そんな早いのか。ちょっと怖いな」
法定速度で走ってるのに煽ってくるのは本当にやめてほしい。日本人は急ぎすぎなんだよー
「でも、道はけっこう広いし自転車で走ってる人もいるくらいだから、リンの腕なら全然問題なしだよ」
「まあ、それならいいんだけどさ。あ、観光でおすすめの場所とかある?」
「ごめんわかんない。だってなにも見てないし」
即答。たしか見に行ったのって石廊崎くらいだ。どうせなら細野高原とか見にいけばよかったなあ。
今度また行こうかな。
「え、じゃあなにしに行ったの?」
「そこに伊豆があったから」
登山家かな? どうでもいいけど、この言葉って本当に言ったかわかってないらしいね。
「えぇ……」
リンは勘違いしている。走ることが目的であって、観光はそのための手段にすぎない。
一日に一度は2ストの排ガスを吸わないと禁断症状が起きるボクみたいなエリートバイカーにとって、走ること自体が最高の娯楽であり、ご褒美なのだ!
ふっふっふ、リンもまだまだ修行が足りないなあ。
「その変な笑いやめろ。わたしはアヤちゃんみたいにいかないからな」
「ぐふふ」
でもねリン、伊豆にスクーターで行くことになんの疑問も思わない時点で、もう手遅れなのだよ。
いつかリンと綾乃と四国巡りでもしたいな。
「あとちょっとでも渋滞するとすっごいことになるから、それだけは覚悟したほうがいいと思う。とくに熱海の近くはね」
「ありがと……あ、あのさ、双葉」
リンが下を向きながらボクの名前をよんだ。影になっているせいで、表情はよくわからなかった。
「ん?」
「……やっぱなんでもない」
変なリン、まあいっか。
パキリ。かろうじて形を保っていた薪が炭となって崩れる。
「もうすぐ消えるね」
「消えたら帰ろっか」
「さんせー あ、出かける時お母さんがどうせなら双葉連れてきてって言ってたけど、どうする?」
断る理由もないし、久しぶりにリンの家にも遊びに行きたいしここはお邪魔させてもらおう。
「わかった。お邪魔するね」
「なら、晩御飯用意しといてって言っとくよ」
「うん、お願い」
久しぶりに咲さんのご飯が食べられる。悔しいけど、ボクなんかよりもずっと上手だからなああの人。
リンの家行ったら教えてもらおうかな。
「もうウィリーすんなよ」
「しないよ!」
やめて、黒歴史を掘り起こさないで!
リンったら、クリキャンで原付の旅見てからずっとこうなんだよな。
たしかにあれは面白かったけどさ。でも、こうなんか、すごく心が痛くなる。
ギア弄ったらロー入っちゃって……この先はもうやめよう。そりゃ桜さんが笑うわけだよ。
「なまら怖かったんだよな」
だからやめて!
「あ、火、消えた」
そろそろ帰ろう。
家、バーナーの上のお湯が湧くのをソファーに座りながらスマホをいじる。
窓から見える景色はすっかり真っ暗になっていた。今年はよく冷え込むな。雪とか降らないといいんだけど。
ピコン! ラインだ。
千明:【悲報】休みがない件について
双葉:酒屋さん、そんなに忙しいんだ
あおい:年末やしなあ
千明:ちくせう! お前らあたしの分まで遊べよー!
なでしこ:あ゛き゛ち゛ゃ゛ん゛!!
千明:な゛て゛し゛こ゛ぉ゛ぉ゛!!
双葉:なにこれ……
リン:前も言ったけど、お土産買ってくるから元気だしなって
千明:ありがてぇ! 家宝にしやす!
リン:食えよ
斉藤:そういえば、双葉ちゃん年末どこ行くの?
双葉:南
沸いたお湯をティーバッグを放り込んだマグカップに注ぐ。バーナーを家で使うって、最初はどうかと思ったけど、すごくいいなこれ。
あおい:それ場所やない、方角や
斉藤:ワイルドだねぇ〜
あおい:双葉ちゃん、予定決まってへんのやったら、アキと妹と一緒に初詣行かへん? 鳥羽先生が送ってくれるらしいで
千明:ほんと、ありがたい話だよなあ
なでしこ:いいなあ、みんなで初詣。わたしは配達だよ〜
斉藤:なでしこちゃん! みんなの年賀状は君に任せた!
なでしこ:うん!
双葉:千明、あおい、誘ってくれてありがと。でもやっぱり旅に行くよ
あおい:しゃあないなあ。気ぃつけるんやでぇ
双葉:うん! 太平洋の初日の出を眺めながらツーリング……いいよね
千明:それが目的か
双葉:ふひひ、ばれたか
リン:ちゃんと前見て運転しろよー
双葉:はーい
あおい:リンちゃんも双葉ちゃんも、年末は車ぎょーさん増えるし、気ぃつけてえな
斉藤:リン、双葉、無事に帰ってくるのヨ。ヨヨヨ
リン:お母さんごっこやめろ
なでしこ:帰ってくるのじゃぞ、若人たちよ
双葉:婆さんや、南ってどっちじゃったかのぅ
リン:ボケてんじゃねえか
「えへへ」
ニヤニヤしながらスマホをしまう。リンも斉藤さんも、あれからすっかり野クルと仲良しになったよなあ。
「ふひ、ふひひひ」
なんだかそれが嬉しくて、ソファのクッションを抱きしめる。
あ、そうだ紅茶飲まないと。
「……にがっ」
うぇ、浸けすぎた。
「行ってきます」
12月31日。一年を締め括る最後の一日。ボクはいつものように家を出た。
「寒いので、南のほう行ってきます。っと」
スマホでメッセージを送る。
変わったのは、お母さんに連絡するようになったことだろう。
かなりアバウトな内容だけど、ボクのお母さんもろくに居場所を教えないからお互い様だ。
沖縄いるって連絡入ったと思ったら、次の日にはフィンランドいるとかわけのわかんないこと言ってくるし。
嘘ついてるのかと思ったけどちゃんと国際便でお土産くるしほんとわけわかんない。
ボクの放浪癖って遺伝だったりして。
「今日も走るよ。ビーちゃん」
すでに玄関の前で停めていたビーちゃんのタンクをポンポンと叩いて跨る。
「さて、どこ行こうかな」
無茶にならない範囲で400キロくらい走るか。となると、大阪京都あたりかな。
大阪で乱痴気騒ぎを眺めるか、京都で初詣して、甘酒でも飲むのもいいかもしれない。
うーん、できれば静かなところに行きたいな。
「そうだ、京都に行こう」
結局西じゃんと思ったけど、まあそれもいい。旅は行き当たりばったりが一番楽しい。
「よろしくね、ビーちゃん」
ヨロシク!
風に乗って、そんな声が聞こえたような気がした。
「しゅっぱーつ!」
今日はどの道で行こうかな。
国道52号線、静岡、山梨、新潟を結ぶ長大な幹線道路。
谷間に住むボクたち山梨県民は、どこに行くにしても大抵はこの52号を走ることになる。
ボクはこの道が好きだ。曲がりくねった峠道も好きだけど、こういう延々と続く一本道もいかにも旅って感じで大好きだ。
そんな一本道を通り抜け、150号に入る。明るい日差しの下、風に乗って漂う潮の香りを吸い込みながらビーちゃんを走らせる。
「リンは伊豆、なでしこと斉藤さんは郵便局。千明とあおいはバイトか」
年末は稼ぎ時だから基本的にどこも忙しい。とくに千明は酒屋だから大変だろうな。
「遊んでるのボクとリンだけじゃん」
みんなが働いているのを横目にバイクでぶらり旅。なんだかいけないことをしているみたいでドキドキする。
「歌でも歌っちゃおうかな〜」
走りながら三ヶ月ごとに代わる好きなアニメのオープニングを歌う。
寒い風を切り裂いて、ビーちゃんを走らせる。
バイクに乗りながら歌う歌って、どうしてこんなに気持ちがいいんだろうね。
まだ昼前で、人気も少ないし、ここなら誰にも聞かれずに歌えるぞー!
歌っている途中、前の交差点の信号が赤になり、ブレーキをかける。
「左曲がれば御前崎か……」
たしか灯台とかあるんだよね。どうせだし、ちょっと寄ってこうかな。
グリップのレバーを左に倒しウィンカーを出す。ヘッドライト下のリレーがカチカチと規則正しく音を出す。
いつかここらへんの電装も新しくしたいな。もうだいぶボロいんだよね。
でもまあそんなことよりもだ!
「よーし、もっと歌っちゃうぞー!」
今日は車上カラオケパーティーだ。喉が枯れるまで歌ってやるぞ! 海沿いに来てやることって言ったらやっぱり歌だよね!
そう思ったその時だった。
すぃーっと、一台の原付が横付けした。
どこにでもあるパステルブルーのビーノ。
……
…………
………………
え、ビーノ?
恐る恐る、横を見る。
「じー」
リンが、ボクを見ていた。
虚無という言葉を体現するかのような、ものすっごい無表情のリンが、ボクを見ていた。
あれ、今横につけたってことは、さっきの歌、もしかして全部聞こえてた?
え、うそ……また、なの?
「き、聞いてた?」
わずかな希望に賭けリンにたずねる。
きっとエンジンの音で聞こえなかったはず。そうに違いない。うんそうだ! そうに決まってるよね!
あーよかったよかった。聞かれたかと思ったよ。
「きょ、きょうはいいてんきだねー」
仮に聞かれていたとしても、心優しいソロキャンガールのリンならきっとわかってくれるはず!
そうに違いない。
そうであってくれると、いいなぁ……
「…………ふっ」
あ゛あ゛あ゛あ゛(二回目)!!
番外編もぼちぼち更新していきます。