14-1
顔を上げる。視界を埋め尽くす青、青、青。
「ふぉぉぉぉ!! 海だぁ!!」
見渡すかぎりの大海原。
そして、インクをそのまま空に塗りたくったかのような青い空。
静岡県、御前崎市。
空を切り裂くようにそびえる白い灯台の下、一人のソロキャンガールの魂の叫びが太平洋に吸い込まれ……
……
…………
………………
そして、爆発した。わずか数秒の出来事だった。
「あ、う……」
風に乗って聞こえる恥ずかしさに悶えるようなうめき声。
うん、ボクもリンの気持ちがよくわかるよ。黒歴史作るのって、辛いよね。
「海、綺麗だね」
「う、うん……」
あまり触れないようにそっと話しかける。
俯いていて顔は見えないけど、真っ赤な耳たぶでだいたいどんな顔をしてるのか想像がついた。
「や、やっちまった……」
なんか最近リンがどんどん感情豊かになってる気がする。豊かになったっていうか、表に出すようになったって言えばいいのか。
「な、なにニコニコしてんの……」
なんにしても、すごくいいことだ。
「ふふふ、なんでも〜」
リンは優しくてすごくいい子なんだから、もっと笑えばいいのに。
なでしこみたいにニッコニコのリン……ありだな。めっちゃ見てみたい。
「まあいいや」
それだけ言ってリンは海を眺めた。開かれた瞳が海と太陽を映し光り輝く。
「海、綺麗だね」
リンが呟く。
「うん、すごい綺麗」
二人で海を眺める。冷たい潮風がふきすさび、ボクとリンの髪を揺らす。
「双葉が歌いたくなる気持ちもわかるな」
「そ、その話やめてよー!」
せっかく人がなかったことにしようとしてたのにー! 仕返しか、仕返しなのか!
ここは静岡県の御前崎灯台。
偶然会ったリンとボクは、リンの提案で二人で御前崎灯台に向かうことにした。
と、いうよりも交差点で左折したリンを追いかけているうちに気がついたらここにいた、というほうが正しい。
だって、あんなの思いっきり見られてそのままスルーとかできるわけないよ!
「り、リンって伊豆に行くんじゃなかったの?」
リンの言葉でさっきの黒歴史がフラッシュバックしそうになったので、ものすごい強引に話題を変える。
「あれ、言ってなかったっけ」
「ううん、聞いてない」
「なんか正月だからめっちゃ混んでるみたいで、同じ海見に行くなら御前崎もいいんじゃないかって言われて来てみた」
「あぁ、たしかに」
沼津、御殿場、箱根、熱海。伊豆半島とその周辺はとにかく観光地が詰まっている。
ただでさえ普段から交通量の多い地域。年末ともなればそれはそれはすごいことになるだろう。
「でも正解だったかも。ナビで渋滞情報見たら、伊豆の道路ほとんど真っ赤になってた」
「あーたしかに、この時期は渋滞すごいかも。巻き込まれなくてよかったね」
前に行った時も緊急工事とかで酷い渋滞に巻き込まれた。
ガソリンは減るし、ガチャガチャギア操作忙しいし、クラッチ握るの疲れるし、いいことなんて一つもない。
空いてる時は本当に最高なんだけどなあ。あれだけは思い出すだけでも滅入ってくる。
「リンはこれからどこ行くの?」
「わたしはこの先のたかくらってお茶屋でお母さんに頼まれたお土産買って、天竜川の近くにある海辺のキャンプ場で年越し」
海辺ってことは初日の出は太平洋から見ることになるんだ。
きっとすごい幻想的なんだろうな。ちょっとうらやましい。ボクはバイクで走りながら眺める予定だしね。
「双葉は?」
「えっと、とりあえず浜松のほうまで行ってそのまま名古屋行って京都行こうかなって」
「西じゃん」
リンがつっこむ。ラインで南って思いっきり言ったもんね。
「えへへ、旅ってのは行き当たりばったりが楽しいんだよ」
「双葉らしいっちゃらしいけど……かなってことはまだ決めてないの?」
「決めてないっていうより、決めないっていうほうがあってるかな」
ボクの言葉にリンがきょとんとした顔をする。こればっかりはリンにわかってもらうのは難しいだろうな。
「決めない?」
「なんて言えばいいのかな。ボクは観光じゃなくて旅がしたいんだ」
「……どっちも同じじゃない?」
「うーん、こればっかりは説明が難しいなあ」
明確なゴールがあって、そこに行ったらあとは帰る。それがリンにとっての旅なんだと思う。
「キャンプで例えるなら、テントも焚き火もご飯も全部用意されてて、リンは食べて寝るだけ。それって楽しい? って話かな」
「それは……ちょっとやだな。あ、そういうことか」
「リンもわかるでしょ?」
リンが同意するようにうなずく。
なんでも予定どうりにいくのならそれにこしたことはないのかもしれない。
でも、それじゃあちっとも楽しくない。
急に雨が降ってきて全身ずぶ濡れになったり、疲れすぎてそのへんの道路で昼寝したり……そういうのも含めて全部楽しみたい。
「旅は自由で気ままなものだし、そうあるべきってボクは思ってる」
大雑把な目的地は決めても、そこから先どうするかは気分しだい。
気になるならもっと遠くに行くし、気分が乗らなかったらそのまま帰る。
行き当たりばったり、無計画。ちょっと前はそれに加えて無謀と無茶も入ってたけど、それはもう封印。
「なんていうか、決められたとおりってのが性に合わないんだよね」
あっちへふらふら、こっちへふらふら。風の向くまま気の向くまま。
好きなように走って、好き勝手楽しんで、好きな時に帰ってくる。
「たぶん、そういう風に生まれてきちゃったんだよ」
「ふふ、それ絶対将来苦労するだろ」
「えへへ、知ってる」
「……知ってるのか」
二人で黙って海を眺める。肩と肩が触れ合うほどの距離にいるリンの顔は、なんとも言えない複雑な表情を浮かべていた。
時計を見る。そろそろ出発したほうがよさそうだ。
「じゃあ、ボクもう行くよ」
「あっ、うん……気をつけてね」
「はーい! じゃ、行ってきまーす!」
海を眺めるリンに、人差し指と中指をこめかみに当てシュッと振り払い、背を向けて歩き出──
ことはなかった。
「ん?」
腕をなにかに引かれた。立ち止まる。
後ろを向く。
リンがボクのジャケットの袖をその細い指で掴んでいた。
「あっ、えっと……」
たぶん反射的にしてしまったことなんだろう。リン自身も驚いたように目を見開いていた。
なにか言い忘れたことでもあるのかな。
「リン、どうしたの?」
わけを聞くと、リンはなにも言わず恥ずかしそうに頬を染め、それでいて少し寂しそうに目を伏せた。
「リン?」
「あ、あのさ……」
袖を掴んでいた手は、いつのまにかボクの手を握っていた。
リンの指はずっとポケットに突っ込んでいたせいか、ぬくぬくと温かく柔らかかった。
「きょ、今日だけでいいからさ……その、一緒にきゃ、キャンプしない?」
「キャンプ?」
「……う、うん」
聞き返すと、恥ずかしそうに小さくうなずいた。
「長野行ってから一回も二人でキャンプできてないし……」
キャンプ、そう言えば高ボッチに行ってから一度もリンと二人でキャンプに行ってないな。
あれからだいたい一ヶ月半。まだそれだけしか経ってないのに、ずいぶんと昔のことのように感じる。
たぶん、リンも同じような気持ちなんだろうな。
「で、でもせっかくのソロキャンなのに、ボクなんかいたら邪魔じゃない?」
「……む」
ボクがそう言うと、リンはちょっとむっとしたように眉をひそめた。
あれ、ちょっとまずいこと言っちゃったか──
「いたたたたっ!? 頬引っ張らないで!」
リンの細い指がボクの頬にめり込んでいく。千切れる! 千切れちゃうよー!
「やわらか……じゃない。邪魔でもないし、なんかでもないから」
「ごめん! もう言わないから離して〜!」
指撃から解放され頬をさする。じんじんするよぉ。うぇ、涙出てきた。
涙で滲んだ視界に、リンのむっとした顔が映り込む。うん、この顔怒ってるなあ。
「ほんと、双葉って自己評価低いっていうかなんていうか……」
「いや、だって……」
「だってじゃない。あのさ、そりゃたしかに一人のキャンプも好きだけど、せっかくこんなところで会えたんだし……えっと、その……」
言葉に詰まったのか、リンが頭を抱えて唸りだす。
「ああもう! 友達とキャンプしたいのが、双葉だけだって思うなよー!」
赤くなった顔をボクに向け、大きな声でバタバタ手を振り乱しながらリンが言った。
あ、そっか。ボクはようやく合点がいった。
リンもボクとおんなじだったんだ。クリキャンに誘った時のことを思い出す。
あの時ボクは、リンとキャンプがしたいと言った。
リンもボクとキャンプしたいと、思ってくれていたんだ。
なんか、うれしいな……
「なっ、ニヤニヤすんな!」
「ふひひ、ごめんムリ」
ボクの言葉にリンの顔がまるで爆発したみたいに真っ赤になった。
ちょっと、からかいすぎたかな。これ以上はパンチとかくらいそうだからやめておこう。
「でも、キャンプか……どうしようかなあ」
ここら辺でキャンプするとなると、今日は100キロちょっとしか移動できないことになる。
目標は400キロ。まだ4分の1しか走ってない。
でもリンともキャンプしたいし、うーん、ぐぬぬ……
「たかくらってお茶屋さん、2階がカフェになってて、スイーツとかもけっこうおいしいんだってさ。お母さんが言ってた」
「す、スイーツ……」
そういえば、最近全然甘いもの食べてない気がする。
「熱々のお茶と抹茶ティラミス。うまいんだろうな……」
まるで、ブラックホールのようなリンの光のない瞳がボクを誘惑する。
お茶屋さんの抹茶ケーキなんて、それ絶対おいしいやつじゃん。
ど、どうしよ……ま、まて、ボクにはやらなきゃいけないことがあるんだ!
「それに、ここって豚足カレーが有名なんだってね。何時間も煮込んでトロトロになったカレー……絶対うまいよね」
「か、カレー……」
家じゃ絶対に作れない、トロトロの豚足カレー……お、おいしそう。
や、やばい。このままだとやられる! 際限のない食欲という名の底なし沼に!
「……だめ?」
後ろに手をやって上目遣いで覗き込んでくる。ちょっと垂れ気味の綺麗な目が期待に輝く。
「……無理言ってるのわかってるし、ダメならダメでいいからね」
いや、寂しそうな顔でそんなこと言われても……ぐぬぬ、どうしよう。
「……双葉?」
まあ、いっか。
「わかったー! こーさん! やろーキャンプ!」
両手をあげて降参のポーズ。
「……え、いいの?」
きょとんとするリン。
「なんでリンが驚いてるの」
「いやだって京都行くって言ってたし……」
リンはちょっと勘違いしてるな。たしかにボクにとって旅はとても大事なことだけど、もうそれだけじゃないんだ。
「旅はいつでもできるでしょ? けど、リンとここでするキャンプは今この瞬間しかできないし、そっちのほうがずっとずっと大事だよ」
あとでもできることと、今しかできないこと、どっちのほうが大事かなんて言うまでもない。
あおいもそう言ってたしね。
「そ、そっか……」
ちょっと恥ずかしそうに、でもそれでいて嬉しそうにに口元を緩めるリン。
うん、やっぱり断らなくてよかった。
「か、勘違いしないでよ! あ、あくまでリンについて行ったほうがおいしいもの食べられそうってだけだもんね!」
自分で言っててガバガバすぎる言い訳に呆れる。
というかそもそも言い訳にすらなってない気がするのは気のせいだと思いたい。
「も、もう行くよ!」
「はいはい……ふっ、ちょろい奴だぜ」
「聞こえてるからー! あ、そうだ」
あれって持ってきてるのかな。ポケットをがさごそしてヘッドセットを出す。いつもの癖で持ってきてしまったのだ。
「「あ」」
リンとボクが同時に声を出す。
ボクの手にあるものと、リンの手にあるものは全く同じだった。
なんだ、考えてることは一緒か。
「リンも持ってきてたんだ」
「なんか、いつものノリでポケットに突っ込んでた」
「あ、それボクも」
……
…………
………………
「「ふふふ」」
なんだかおもしろくて、二人で同時に笑う。やっぱりいいなあ、こういうの。
「じゃ、リン前お願いねー」
「んー」
二人一緒に歩き出す。カモメが一羽、空をゆったり飛んでいた。
「ちなみにキャンプ場っていくら?」
「3540円」
oh……
シュッシュッシュと、リンがナイフで細い薪を器用に削っていく。
木目に沿ってナイフを入れられた薪が、まるで羽毛のようにくるりと丸まって薪の先端に集まっていく。
「へぇ、器用だね」
「フェザースティックって言うんだって。薄いからめっちゃ火点くらしい。これであいつはリストラだな」
あいつ……松ぼっくりのことかな。たしかに、こんなものがあれば必要ないかもしれない。
「よし……完成」
そんなこんなで見ていると、あっという間に三本のフェザースティックができあがった。
「なんか、羽毛っていうか花みたいだね」
「たしかに、ちょっと彼岸花っぽいかも」
出来上がったスティクをバーナーの火で着火させる。あっという間に花のような部分が小さくない火に包まれる。
「わ! すごい燃えた」
「これを薪につっこんで……」
リンが火のついたスティックを蒸し器に乗せた薪の中に突っ込んでいく。
すると、みるみるうちに火が大きくなって、あっという間に暖かい焚き火になった。
風に炎がユラユラと揺らぎ、つんとした煙が鼻をくすぐる。キャンプの匂いだ。
「こんなにすぐ点くなら、たしかに松ぼっくり君いらねいね」
いいなこれ。ボクもナイフ買って真似してみようかな。
さらば松ぼっくり! 君のことは忘れないからな!
「にしても、やっぱ双葉の焚き火台いいな。風通しいいから空気送らなくていいし、幅広いから薪あんまり割らなくていいし」
リンが薪を燃やしている焚き火台……のように見える蒸し器(250円)を感心したように観察する。
「そうだよ〜 うちの蒸し器君はすごいんだよ〜」
「でも蒸し器なのか……」
でも蒸し器なんだよ。
最近の百均ほんとすごいな。ボクみたいなクソザコキャンパーの救世主だよ。
めらめら燃える炎に手を当てて暖を取る。
「やっぱ焚き火って言ったらこれだよね〜」
「うん」
二人で椅子に座って焚き火にあたる。
ここは御前崎から40キロほど走ったところにあるオートキャンプ場。
すぐそこが海だからか、風に乗って潮の香りが漂ってくる。
「あっちのほう人すごいね」
海辺のほうに目を向ける。色とりどりのテントや車が所狭しと並んでいた。
「みんな初日の出見にきたんでしょ」
「あ、そっか。リン、だからここにしたんだ」
「うん、でもちょっと高いよね」
「……たしかに」
年末はお母さんの仕送りもお年玉仕様になるからお金はいっぱいあるんだけど、やっぱり気になる。
「早太郎、残念だったね」
「……うん」
ボクはここに来る前に寄った神社に祀られていた一匹の犬のことを思い出していた。
霊犬早太郎。
ボクはよく知らないけど、リンいわく、なんでも昔悪い妖怪かなにかを退治したありがたいワンコらしい。
ボクとリンが寄った神社では、実際にその早太郎の三代目が飼われていたらしいんだけど、とても残念なことに数年前に亡くなってしまっていた。
生き物なんだから、当たり前のことなんだけど、ちょっと悲しくなってくる。
「斉藤ともラインで話したけどさ、どれだけ仲良くしても、いつかはお別れしなきゃいけないんだよね」
「まあ、生き物だからね……」
リンはたぶんちくわのことを言っているんだろう。ちくわはチワワ。犬の中でもとくに小さい品種だ。
犬はぬいぐるみとは違う。
小さいってことは、当然寿命も短いわけで、いつか絶対お別れする日がやってくる。
「双葉はさ、そういうことどう考えてる?」
リンの瞳が焚き火の炎でゆらゆらと揺れる。
どう考えているか、か。難しいな、こういうことはあまり考えたことがない。
「こういうことは、なでしこくらいにしか言ったことないけど、リンならいいか……リンってボクの家のことってあんまり知らないよね」
「……まあ、そんなには。その話がどうしたの?」
「まあ聞いてよ。ボクの家さ、ボクが小さいころお父さんが出て行っちゃったんだ」
理由はよく覚えてない。喧嘩をしてたわけでも仲が悪かったわけでもなかっと思う。
わかっていることは、お互いの生き方が致命的に違ってしまった。ただそれだけ。
「そう、なんだ……」
焚き火で赤く照らされたリンの顔が曇る。こういうことを話すのはリンが二人目か……
普段は言えないようなことも、火を前にすればすんなりと言える。焚き火にはそんな不思議な力がある。
「それで、もう今じゃどこにいるかもわからなくてさ。ある意味ボクたちの中では死んじゃったのと同じなんだよね」
例え生きていたとしても、もう二度と会えないのなら、それは死んでいるのと同じようなものだ。
ボクは誰かと死に別れたことはないけど、別れがどういうものなのかは、なんとなくわかるつもりでいる。
「辛くて悲しくて、頭の中がなんでって言葉でいっぱいになって、それがいつまでも離れなくて、息を吸うのも嫌になるくらいショックで、なにもかもが怖くなって……」
小さなボクにはあまりにも大きすぎて、受け止めることができなかった。
「でも、それでもお腹は空くんだよね。食べたくないって思ってるのに、お腹がぐーぐー鳴ってうるさいったらありゃしない。で、そういう時にかぎってご飯がすっごくおいしいんだ」
何日もご飯が喉を通らなくて、やっとの思いで食べた炊き立ての白いご飯。
熱くて口の中を何度も火傷したけど、今まで食べたご飯の中で一番おいしかった。
「たぶんさ、生きるってそういうことなんだよ」
どんなに悲しいことや辛いことがあっても、お腹は空くし、眠くなる。
それはきっと身体が心に生きろって、言ってくれているんだとボクは思っている。
つまりはそういうことだ。
「って、話ずれちゃったね」
けっきょくボクはなにが言いたかったんだろうか。
別れてもめげるなって言いたかったんだろうか。それともそういうものだと受け入れろって言いたかったんだろうか。
考えてもわからない。言葉って、難しいな。たぶん、一生わかることはないんだろうな。
「……ううん、そんなことないよ」
リンが優しげに微笑んで、ゆっくりとボクの頭に手を伸ばした。
ぽふんとリンの手がボクの頭に乗せられて、サワサワと髪を撫でまわす。
「リン?」
ボクが名前を呼ぶと、リンが優しげに目を細めた。
「なんとなく、こうしたくなったからじゃダメ?」
まるで子供あやすように、リンが優しくボクの頭を撫でていく。
すりすりと撫でられるたびにじんわりと心があったくなっていく。
こういうふうにされたのは、すごく久しぶりな気がする。
「……ううん、ダメじゃない」
なんだかすごくポカポカして気持ちよくて、思わず目を細める。
さっき言ったことは、もうとっくの昔にただの思い出になっている。あの時はたしかに辛かったけど、今はそうじゃない。
けど、リンの優しさがボクはすごく嬉しかった。
「……リン、大好きだよ」
「はいはい、わたしも好きだよ」
焚き火と風の音に紛れてリンの声はよく聞こえなかったけど、リンがなんて言っているのかはだいたい予想がついた。
ぐぅ〜っと突然変な音がなった。それも二重に。まあ、だいたいなにかは想像がつく。
「お腹すいたね」
「そろそろご飯にする?」
「えへへ、だね」
お互いに顔を見合わせる。そして、にっこりと笑う。
夕陽が沈む。今年もあと少しで終わろうとしていた。
もう逃げられないぞ♡