「さて、と」
テントを張り終え手についた汚れを払いひと息つく。
「焚き火でも熾そっかな」
焚き火を眺めながらコーヒーでも飲めば、きっと最高の時間を過ごすことができるだろう。
「なんて、薪ないんだけどねー」
そもそもここでキャンプする予定なんてなかったから、薪なんて買ってない。
たしかキャンプ場の受付で売っているのを見た気がするけど、またあそこまで戻るのもちょっとめんどくさい。
「ま、いっか」
焚き火を早々に諦めブックオフで買ったメーカーもわからないアルミのチェアを出して腰掛ける。
これ背もたれが低くて微妙に使い勝手が悪いんだよなあ。バイト代入ったらリンの使ってるみたいなゆったり腰掛けられるやつ買おかな。
今度、千明かあおいにおすすめでも聞こう。
「うん。そうしよう……そう、だな……それが……いいよね……」
日差しを遮るものがなにもないせいか、妙に暖かくて頭がだんだんぼうっとしてくる。
今度はリンも一緒にカリブー行って……それから……ダメだ。頭が回らない。
クリキャンが終わってから、バイト以外ほとんど出かけていたからオーバーワークになっちゃってるのかな。
遊んでいるのにワークってのも変な話だけどね。
「リン……いつ、くるのかな……」
頭が重い。思考にもやがかかったみたいにぼうっとする。
「さんにんできゃんぷして……あしたになったらなでしこと……」
ぐらぐら、ぐらぐら。世界が揺れる。あ、これ本当にやばいやつだ。
「はやく……みんなに、あいたい、な……」
沈んでいく。
……
…………
………………
『へぇ、御前崎かー わたしも行ったことあるよ。すっごい綺麗だよねあそこ』
『アヤちゃんは正月どっか行くの?』
向こうのほうで話し声が聞こえて、唐突に目が覚めた。
目を開ける。視界に飛び込んできたのはテントの天井だった。この形、ボクのテントだ。
『わたしはほとんどバイト。正月だからってコンビニは休んでくれないしね。それにえーちゃんのガソリン代も稼がないとだし』
『えーちゃん? あのバイクのこと?』
『そ、かわいいでしょ』
綾乃とリンが話している。あれ? ボクたしか外のチェアで座っていたような……
身体を動かすと自分の身体に毛布が被せられていることに気がついた。二人がテントに運んでくれたんだろうか。
『なんか双葉みたいだね』
『うん。ぶっちゃけ真似してるだけだし』
『そういえば双葉ってまだ寝てるのかな』
『ちょっと覗いてみる?』
芝生を踏む音が近づいてくる。ボクは半ば反射的に毛布を頭に被って寝たふりを決め込んだ。
ジッパーをゆっくり降ろす音が聞こえる。
「……まだ寝てるな」
「今朝会った時も疲れてるみたいだったし、寝かしといてあげよーよ」
「だね」
ジッパーがまた閉められる。どうしよ。つい反射的に寝たふりしちゃったけど、かえって起きづらくなっちゃったな。
『わたしたちがテントに運んでも全然起きなかったし、よっぽど疲れてたんじゃない』
『あいつ、そんななのに京都まで行こうとしてたのか……起きたらちょっと説教だな』
『リンちゃんは心配性だなー』
『べつに心配っていうか……あいつって、なんかいつもフラフラしてて目離すといなくなっちゃいそうっていうか』
リン、ボクのことそんなふうに思ってたんだ。フラフラしてるか……たしかにそのとおりだな。
『あ、それなんかわかるなー 双葉ってちょっと……いやだいぶ変わってるよね』
なんか散々な言われようだ。ボクってそんなに変わってるのかな?
山梨から琵琶湖まで原付で行ったり、宿代ケチってその辺で野宿するようなそんなどこにでもいる女子高生なのに。
うん。十分変人だな。
『ボッチだったとか言ってるくせに平気で大好き大好き言ってくるし……なでしことかもそうだけど、ああいうタイプの人って周りにいなかったから、ちょっととまどってる』
あれ、そんなに大好き大好きって言ってたっけ。あれくらい普通な気がするんだけどな。
『でも、やじゃないんでしょ?』
『……うん。わたし、昔から人と話すのあんまり得意じゃなくて、一人でいるほうが多くて、それ自体はべつに嫌じゃなかったんだ』
『……うんうん』
『でもたまに学校とかで仲良さそうにしてる人たち見ると、なんでああいうふうにできないんだろうなって思うときもあってさ……』
ボクたちみたいな人種にとって、一人でいることは決して寂しくはない。
けど、周りを見ているとどうしても思ってしまうのだ。なんでボクはあの人たちみたいにできないんだろうって。
そっか、リンもボクと同じこと考えてたんだ。どうりで最初から気が合うわけだ。
『なんていうか、なでしこと双葉に会ってからどんどん世界が広がって、苦手だったグルキャンとかも好きになれたし、アヤちゃんともこうして友達になれたし……感謝してるっていうか……』
『ようは好きってこと?』
『……ま、まあ、そういうこと。もう! 恥ずかしいからこの話やめようよ!』
や、やばい……今まで黙って聞いてたけど、これ面と向かって言われるよりずっと恥ずかしい。
これ以上ボクの話されたら恥ずかしくて爆発しそうだ。
そうだ。もう起きよう。それっぽい感じでごまかせばきっと大丈夫だよね!
身体を起こしテントから出る。ジッパーを降ろすと椅子に腰掛けていたリンの背中がびくりと跳ねた。
「ふぁーよくねたー」
「お、起きてたんだ」
心なしか顔が赤いリン。ここで聞いてたなんて言っちゃったらさすがに悪いな。
「あ、リンきてたんだー」
「おそいぞ、ねぼすけー」
「えへへ、気持ちよくてつい。そういえばテントに移してくれてありがとね」
「けっこー重かったんだぞー こりゃ報酬に期待するしかないね」
そういえばまだ綾乃に浜松餃子のお返ししてなかったな。
……そうだな、あれにしよ。ふっふっふ、きっと驚くだろうな。
「リンもありがと」
「う、うん。身体とか冷えてない?」
「大丈夫大丈夫。こう見えて丈夫だから」
「……のわりにはぐーぐー寝てたけどな」
「そ、それはー」
じとーっとリンがボクを見つめる。言い訳はしないほうがよさそうだ。またリンが激おこ状態になったらたまったもんじゃない。
「すっごい気持ちよさそーに寝てたよ。写真見る?」
「……いや、いいや」
「あ、わたし見る」
「いいよー ラインで送るね」
「しょーぞーけーん!」
いやまあべつにいいんだけどさ。減るもんじゃないし。
「そうだ。そろそろお昼にしよーよ。お肉家から持ってきたよー」
綾乃がガサゴソと荷物から肉を取り出す。肉っていうか、焼き鳥だ。しかもけっこう量がある。
「ありがとアヤちゃん。あ、わたし餅持ってるからそれも焼こうよ」
初日の出の餅投げでゲットした餅かな。
ボクは人混みに弾かれてばっかりで全然取れなかったのに、リンってば知らない間に両手に抱えるくらい集めてて本当にびっくりした。
孤高のソロキャンガールの名は伊達じゃないってことか。
「いいじゃん。ちょっと遅めのおせちだ」
「焼き鳥っておせちなのか……」
「おせちっておいしいでしょ。焼き鳥もおいしいでしょ。なら焼き鳥はおせちって言っても過言じゃないんだよ」
「それただ食べたいだけだろ」
綾乃の暴論にリンが笑う。ボクの知らない間にずいぶんと仲良くなったみたいだ。
「じゃ、双葉も起きたことだし、正月バーベキュー、やりますかー!」
「「おー!」」
年明けの弁天島にボクたちの楽しげな掛け声がこだまする。
「「「とける〜」」」
大浴場にボクと綾乃とリンの声が湯気に溶けていく。
「やっぱ冬っていったらこれだよなぁ」
「わかるー」
「ごくらく〜」
三人で肩を並べて湯船に浸かる。
正月バーベキューを堪能したボクたちは、弁天島のコンビニのそばにあるホテルの温泉にお邪魔していた。
例によってケチンボのボクだけ渋ったけど、リンの昨日風呂入ってないだろの一言であえなく撃沈した。
女の子にそのひと言は効くよ……
まあその気になれば一週間くらい風呂入らなくても平気なんだけどさ。
こんなんだから女子力低いんだよボク。少しはリンとかあおいを見習ったほうがいいな。
「あ、双葉。言い忘れてたけどなでしこからライン来て明日なでしこのおばあちゃん家に泊まらないかだってさ」
「え、ほんと?」
そういえば明日からなでしこもこっち来るんだっけ。すっかり忘れてた。
「うん。ずっとキャンプ場にいるのもお金かかるし──」
「ごめんねーリンちゃん。双葉はわたしが先に予約してるんだー」
綾乃がリンの言葉に被せるようにそう言った。
「だよねー双葉」
ボクの右となりの綾乃が肩にもたれかかってくる。濡れた髪のひんやりとした感触が肩に伝わる。
「……そうなの? 双葉」
「あ、うん。そうだよ」
気のせいかな? リンがちょっとムッとしているような気が……
「へぇ……そうなんだ」
あの、なんでそんな声低いの?
「そ、だから双葉はわたしがもらってくねー」
も、もらうって……あ、またリンの顔が険しくなった。ど、どういうことなの?
「ていうか、アヤちゃん明日バイトじゃないの?」
「うん、夕方から」
え、ボクその間どうするの? まさか、綾乃の家に置いてけぼり? 嘘でしょ?
「その間、双葉どうするの? 言っとくけど、双葉のことだしどうせ絶対やばいことになるよ」
リン、言ってくれてありがとう。でも、どうせはいらなかったなーなんて。
まあその通りなんだけどさ。
「だよね。双葉」
「え、あ、うん」
いきなり話を振られて曖昧な返事をしてしまう。
「ふーん……」
綾乃が目を細める。
なんかさっきから二人とも怖いんだけど、どうしちゃったんだろ。
「じゃあさ、こうしよーよ。バイト終わるまではなでしこのおばあちゃん家。終わったら迎えに来るってことで」
「……まあ、それなら」
「双葉もそれでいいよね?」
「へ? あ、うん、いいよ」
ボクを挟んで勝手に話が進んでいく。
勘違いだとは思うんだけど、心なしかボクを二人が取り合っているような……
いや、そんなわけないよね。取り合う意味がわからないし。あはは。
「ずるいなーリンちゃん」
「え、それってどういう……」
「秘密だよー」
今ひとつ釈然としないまま話が途切れる。ほんと、二人ともどうしたんだろう。キャンプで疲れたのかな?
「冷たっ!?」
うぇ、水滴顔に垂れた。
「うーん、眠れない」
真っ暗なテントの天井をじーっと見つめつぶやく。
つけたままの腕時計を見ると、もうすぐ11時になろうとしていた。いつものキャンプだったらとっくのとうに寝ている時間だ。
「昼寝しすぎた……」
二人がテントに運んでくれたおかげでぐっすり寝てしまったみたいだ。
おかげさまで頭はばっちり冴えてて、眠気のねの字すら頭に浮かんでこない。
「いいや、起きよ」
これ以上寝袋にくるまって唸っても埒があかないので起きちゃおう。
どうせ明日はなでしこが来るまですることないし、ちょっとくらい夜更かししたって大丈夫だ。
寝袋から身体を出してランプを灯すと、オレンジの光がテントの中に大きな影を作った。
「……さむ」
横になる直前までヒーターで暖めていたテントはとっくの昔に冷え切っていた。まとわりつくような寒さが全身を包む。
ケチってもしかたないし、ヒーターつけよ。いつものように準備をすませバーナーに火を点ける。勢いよく炎が噴出され熱気がテントに充満した。
「なにか飲み物……たかくらで買ったお茶でも淹れよっかな」
店員さん(リンの知り合いらしい)のおすすめで買った煎茶とケトルを準備する。
あ、急須ないじゃん……そうだ。あれ試してみよう。
荷物からいつも使っているドリッパーとフィルターを用意して、粉の代わりに茶葉を入れる。
あとはお湯が沸くまで待つ。たしか85度くらいだったはず。てことはぶくぶく沸騰する手前で淹れないとダメってことか。
「これ、本当においしいのかな」
ネットで聞き齧った知識だからあんまり信憑性がない。
「ま、たまにはこういうのも──」
「夜更かししてたら大きくなれないぞー」
「ぴゃあああ!?」
なんか出たー!
いつのまにかテントの入り口が空いていて、漆黒の闇の中からぬるりと綾乃の顔が……
「ってなんだ、綾乃か」
驚いて損した。
「なんだってなんだよー 人が暇潰しで来てあげたってのに」
「暇潰しなんだ……」
そうこうしている間に綾乃がお邪魔しまーすと言って中に入ってきて、ボクの真横に座った。
「やっぱ双葉のテントあったかいなー」
「もしかして、それが目的?」
「あ、バレちゃった? 実は寒くて起きちゃってさ。星でも見よーかなって外出たら双葉のテントが明るくなってたから、もしかしてって思って」
たしか今の浜松の気温は2度くらい。風を遮るような木々や建物がないこのキャンプ場はなかなか冷え込む。
琵琶湖の時は疲れ切っていたから寝れたんだろうけど、今日はとくに疲れるようなこともしてないだろうし綾乃が起きちゃうのも無理はない。
「それで、なにしてんのー?」
「御前崎で買ったお茶飲もうって思って。綾乃も飲む?」
「うん。ありがと」
「わかった。あ、そろそろかな」
ケトルに張ったお湯の気泡が大きくなって湯気がモクモクと立ち込める。
沸騰にはもう少し時間がかかるだろうけど、お茶を入れる分にはちょうどいい温度だろう。
火傷しないようにハンカチでケトルを掴み、コッヘルにセットしたドリッパーにお湯をそっと乗せる。
「へぇ、なんかコーヒーみたいだね」
「ネットに載ってて、ちょっと真似してみようかなって。ボクも初めてだけどね。コーヒー道具でお茶淹れるのなんて」
「普通は急須かティーバッグだもんね」
茶葉がお湯を吸って膨らみ、煎茶の瑞々しい香りがテントに充満する。すごいいい匂いだ。
「なんか、森の中にいるみたい……」
「これで1分待ってと……」
ジャスト1分きっかり待ってお湯を注ぐ。コポコポと煎茶がコッヘルの中に溜まっていく。
そして、最後の一滴をコッヘルに落ちるのを見届けてドリッパーを下ろす。
「よし、完成……あ、コップある?」
「テントにある。けど、回し飲みでいいよ。取りに行くのめんどいし」
「うん。そうだね」
マグカップにお茶を注いで綾乃に差し出すと綾乃がちょっと驚いたように目を開く。
「え、双葉が先飲みなよ」
「だって、寒くて起きちゃったんでしょ? だったら先に飲んだほうがいいよ」
「ふふ、ほんと双葉らしいなー」
「え、なんの話?」
「なんでもー ありがと。じゃいただきま〜す」
ずずずとお茶をすする綾乃。味はどうなんだろうか。ドリッパーで淹れた煎茶とか想像ができないんだけど。
「ど、どう?」
「……うん。すっごいおいしい」
本当においしいのか、綾乃の口元がわずかに緩む。よかった。大丈夫みたいだ。
「はい、ありがと」
マグカップを受け取ってボクもお茶をすする。うん、家にあるお茶なんかより全然おいしい。
買って正解だった。たかくらの店員さんに感謝しないとな。
「こうしてストーブ焚いてお茶すすってるとさ、ここがテントの中だって忘れそうにならない?」
「わかる。ちょっと快適すぎるよね」
肩をくっつけあって交互にお茶を回し飲みしながら、他愛もない話に花を咲かせる。
キャンプのこういう何気ないひと時がボクは本当に好きだ。
「もっとおっきなテントだったらくつろげるんだけどなー」
物によっては中で薪ストーブ焚いたりできるらしい。まあそこまでいくと車じゃないと無理だろうけど。
「そう? わたしはこれくらい狭いほうが落ち着くけどなー」
「そうは言っても肩とかぶつかっちゃうしさ」
お互い隅っこに陣取ればスペースは確保できるけど、ちょっとでも動こうとすると肩だの足だのがバシバシ当たってしまう。
琵琶湖に行った時もそれでちょっと苦労した。
「わたしはべつに嫌いじゃないよ。なんかこういうのってワクワクするじゃん」
「あ、それボクもわかる気がする」
身の毛もよだつ寒さ。一寸先すら見えない暗闇。家とは違う圧倒的に不便な環境。
そんな一歩間違えば不快になるような要素も、キャンプというエッセンスを加えるだけで途端に非日常というエンターテイメントに変わる。
わずらわしさすら楽しい。本当キャンプっていうのは旅と同じくらい奥が深い。
「でしょー?」
「不思議だよね。家族でもないのに隣で寝たり一緒にお風呂に入ったり」
友達だけど、それ以上の関係でもあるって言うべきか。ボクにはうまい言葉が思いつかないけど、なんだかとっても心地よい。
「あーあ、わたしも山梨に住んでればよかったのになー そしたら双葉たちといつでも遊べるのに」
「そんなの、呼べばいつでも来るって」
「ほんとにー? あ、やっぱいいや。よく考えたら大して遠くないし」
「あ、たしかに」
たかが150キロだし、ちょっとツーリングすればあっという間に走ってしまう距離だ。
「三学期始まったらまた遊びに行くよ。今度はなでしこも誘ってさ」
綾乃がにっこりと笑う。
「うん!」
だからボクもにっこりと笑う。
話が途切れて、しばらく無言でお茶を飲みあう。そんな時間すら心地がいい。
「双葉……ずっと言えなかったけど、ありがとね」
「えっと、なにが?」
いきなり身に覚えのないお礼を言われてとまどう。
記憶を掘り返してみてもボクが綾乃になにかしたような記憶はない。
「わたしさ、なでしこが引っ越してからずっと遠くに行っちゃったなって思ってて、けっこー寂しかったんだよね」
「そっか……そりゃそうだよね」
ボッチだったボクには想像できないけど、綾乃の顔を見ればどれだけ寂しかったのかは想像に難くない。
「小さいころからずっと一緒でさ、一緒に遊んだりいたずらしたり、たまには喧嘩したりしてさ……このまま大きくなるまでずっと一緒なんだろうなって、思ってたんだ……」
「……うん」
ランプに照らされた綾乃の目はどこか昔を懐かしむかのように遠く見ていた。
「けど、いきなり離れ離れになっちゃってさ……しかも山梨なんてめっちゃ遠くにだよ」
綾乃、きっとすごい寂しかったんだろうな。
「ほんと、引っ越しちゃったばかりのころは最悪だったよ。ぽっかり穴が空いたみたいな気分」
「辛かったね……」
「えへへ、ありがと。それで、バイクがあればなでしこにも会いに行けるのかなって思って、免許取ったりしたんだけど、けっきょく怖くて会いに行けなくてさ……」
やっぱり、初めて会った時寂しそうだなと思ったのは気のせいじゃなかったんだ。
「そんな時になでしこから山梨の友達がバイクで来るって聞いたからびっくりしたよ。なにかの冗談かなって思った。で、ダメもとで探してみたら本当にいたからもっとびっくりした」
あの時はみっともなく驚いてたけど、それはボクだけじゃなかったってことか。
「それで、いろいろ双葉の話聞いてるうちにわたしも双葉みたいに怖がらずにどこにでも行けるようになりたいなって思って、無理言って琵琶湖に連れてってもらって、その時思ったんだよね。なんだ、山梨めっちゃ近所じゃんって。なんであんなに寂しがってたんだろーって」
綾乃はそう言ってそれはそれは嬉しそうに笑った。今日一番の笑顔だった。見惚れてしまうようなそんな笑顔だった。
「だからありがとーって話」
にっこり笑いながら、ボクの肩に頭をこてんと乗せてくる。ボクと同じシャンプーの匂いのするサラサラの髪が首に当たるせいで少しくすぐったい。
「えっと、どういたしまして?」
言いたいことはなんとなくわかったけど、大したことをした自覚がないので曖昧な返事しかできない。
「あ、その顔全然わかってないなー」
「あ、バレた?」
「だってめっちゃきょとんってしてるんだもん。絶対分かってない人の顔じゃん。まーいいけどね。双葉がそういう子だってわかってるしさ」
そういう子ってどういう子なんだろうか。ちょっと気になるけど、わざわざ聞くのは野暮ってものだ。
綾乃がボクを優しいと思ってくれているのなら、ボクはそんな綾乃が信じたボクを裏切らないために、精一杯生きるだけだ。
「ほんと、ずるいなーリンちゃん」
綾乃がボソッと呟いた言葉はバーナーの轟音でかき消されて聞こえなかった。
「なんか言った? 綾乃」
「ううん、なんでも。あ、そうだ。双葉って高校卒業したらどうするとかって決めてる?」
「いきなりどうしたの? えっと、普通に進学するつもりだよ。さすがにどこにするとかは考えてないけど」
本栖高校は別に進学校でもなんでもない普通の高校だから、そういうことはあまり考えたことがなかった。
そういえば他のみんなはどうするつもりなんだろうか。やっぱりみんなも進学かな。
「そっか。じゃあ決まったら教えてよ。わたしもそこ目指すからさ」
「え!? そういうのはちゃんとちゃんと決めなきゃダメだよ!」
さらっととんでもないことを言われて慌てて言い返す。高校ならともかく、大学をそういう理由で選ぶのはよくないと思ったからだ。
「言っとくけど、こー見えても真面目に考えてるからなー それでさ、もし一人暮らしするならルームシェアとかしよーよ」
「まあ、それくらいならべつに」
仮に東京の大学に進学するってなったら一人だとなにかと不便だろうし、気心の知れた友達が一緒のほうが助け合えるしそこまで悪い考えじゃないかもしれない。
とはいえまだ先の話だ。さっきから話が飛躍しすぎている気がするけど、どうしたんだろう。
「お、言ったなー! 忘れるなよー!」
「うん。ぜったい忘れない」
誰もが寝静まったキャンプ場で、二人だけの約束をする。
約束の時になったら、ボクたちはどうなっているんだろうか。まあ、きっと大して変わってないんだろうな。
話が終わり、ボクたちの間に決してどこか心地よい沈黙が訪れる。
綾乃のことをもっと知れて、すごく嬉しかった。だってそれだけボクに心を許してくれたってことだから。
「なんか、お茶飲んだら眠気飛んじゃったね」
こりゃ夜更かしだな〜と綾乃が笑いながら言う。
「まあ、カフェイン入ってるし」
ほうじ茶にしておけばよかったかな。いや、おいしいからいいか。
「アニメでも見る?」
「お、見る見る」
「どうせだし、リンも起こす?」
「もう熟睡してるだろうし、寝かしといてあげようよ」
ボクもリンと同じ立場だったら寝かせてほしいと思うだろう。
「だね」
見つめ合ってにひひと笑う。なんだか悪いことをしてる気分だ。ちょっとワクワクする。
「なに観よっかな〜 なんか見たいのある?」
「なんでもいいよー 双葉が好きなので」
ボクが好きなの……あれにしよ。女子高生が南極行くやつ。
「わたしだけ喋りっぱなしなのもあれだし、双葉の話も聞かせてよ。見ながらでいいからさ。正直めっちゃ気になる」
「いいけど、大して面白い話できないからね」
「いや、たぶんそう思ってるの双葉だけだと思うよ」
こうして、時間はどんどん過ぎていく。明日はなでしこもやってくる。きっとにぎやかになることだろう。
そうだ。なにかお土産でも買っていかないと。
ボクは、アニメを選びながらそんなことを思うのであった。
なお、数年後修羅場を見るもよう。