【完結】ザコの旅   作:クリス

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「ここがおばあちゃん家だよ」

 

 特上うな重を堪能したボクたちは、湖岸に建てられた一軒家の前で足を止めた。

 

「バイクどこに停めとけばいいかな?」

 

「うん? 玄関の前に適当に停めといて平気だよ。おばあちゃーん! 来たよー」

 

 ボクたちがそれぞれのバイクを停めている横で、なでしこが玄関の戸をガラガラと引いて中に入っていく。

 

 少しすると、家の中からおばあさんがなでしこと一緒に出てきた。

 

「いらっしゃい、リンちゃんに双葉ちゃん。遠いとこからよく来たわねえ」

 

  顔つきは全然違うけど、どこか見覚えのある優しげな雰囲気ですぐわかる。

 

 間違いない。この人がなでしこのおばあさんだ。

 

「お、お世話になります」

 

「よ、よろしくおねがいします!」

 

 こういうことに慣れてないボクと、同じくこういうことになれてないだろうリンがちょっとぎこちなくお辞儀する。

 

「あらあら、ご丁寧にどうも」

 

 さすがなでしこのおばあちゃん。ボクたちコミュ症組など相手にもならないみたいだ。

 

「おばあちゃん、お邪魔するねー」

 

「あらアヤちゃんも! 三人ともあけましておめでとう。外寒かったでしょ? ささ、早く中入んなさい」

 

 おばあさんに引っ張られるようにして家の中にお邪魔する。

 

 どこからともなく漂ってくる線香の匂い。いいな。おばあちゃん家の匂いって感じがする。

 

 ボクのおじいちゃんとおばあちゃんは海外に住んでるから会ったことがないけど、二人の家もこんな匂いなのかな。

 

「うぅ、さむさむ」

 

「ほんと、さむさむだよね〜」

 

 一切の迷いもなくこたつに潜り込む綾乃となでしこ。そりゃ二人にとってはこっちが地元だもんね。

 

「双葉ちゃんもリンちゃんも、早くおこた入りなさいな。待っててね、すぐお茶出すから」

 

 おばあさんにうながされてボクとリンもこたつに潜り込む。そういえば、ボクこたつ入るの地味に初めてかも。

 

 どんな感じなんだろ。畳に座ってこたつの毛布に足を突っ込む。

 

「「あ、あったかぁ〜」」

 

 なにこれやばい。めっちゃあったかい。温泉とはまた違った意味で身体が溶けていく。

 

 か、快適すぎるぅ……

 

「あはは、二人ともめっちゃ溶けてる」

 

 ボクたちの反応がよほど面白かったのか、綾乃が笑っている。

 

「はいちーず」

 

 あ、写真撮られた。まあいいや。

 

「き、気持ち良すぎるぅ……」

 

 横を見るとリンがボクと同じように溶けていた。ボクたちほとんど外で過ごしてたもんね。そりゃこうなるか。

 

「わかるよ〜こたつ気持ちいいよね〜」

 

「これやばい……ずっと外だったから快適すぎる」

 

 四人で焼いて中身がはみ出たお餅みたいにこたつに溶けていく。いいなこれ、ボクの家にもほしい。今度お母さんに頼んでみよ。

 

「双葉ちゃん、アヤちゃんから聞いたわよ。この前奥浜名の展望台で野宿したって」

 

 おばあさんが淹れてきたお茶を配りながらボクにそう言う。ちらりと綾乃を見る。ぷいっと逸らされた。

 

「ふ、双葉ちゃんあんな真っ暗なところで寝たの!? あ、危ないよー!」

 

 と、なでしこがまったく予想通りのリアクションをする。まあ、これが普通の反応だよね。

 

「もう、言ってくれればいくらでも泊めてあげたのに。ダメよ、女の子がそんな危ないことしちゃ」 

 

「ほんとだよ。双葉はもうちょっと危機感持ったほうがいいって。なにかあってからじゃ遅いんだからな」

 

「は、はい……」

 

 おばあちゃんとなでしことリンの一切の反論の余地もない正論になに一つ言い返すことができず小さくうなずく。

 

 思い返してみると、我ながらとんでもないことしてるなあ。

 

 まあかといってやめるつもりはないんだけどね。さすがにテントなしで野宿とかはもうしないだろうけど。

 

「ま、双葉のお説教は後にして買ってきたいちご大福食べちゃおうよ」

 

「いちご大福!」

 

 いちごというわかりやすい単語になでしこが目を椎茸みたいに輝かせる。ほんと、この子はわかりやすいなあ。

 

「えっと、おばあさんの分も買ってきたんで、5人で食べましょう」

 

「あらまあ、わざわざありがとう」

 

 みんなでこたつに入りいちご大福にかぶりつく。

 

「「「「「いただきまーす」」」」」

 

 ひと口頬張ると、口の中いっぱいに餡子の甘さといちごの甘酸っぱさが広がり、さっと溶けていく。

 

「おいしー!」

 

「……うま」

 

「あむ……やっはここのいひごだいふくがいちはんだな〜」

 

「ほんと美味しいわよねぇ。ここのいちご大福」

 

「ん〜 おいひぃ〜」

 

 みんなが思い思いにおいしさを表現する中で、ひときわおいしそうに食べる一人の女の子がいた。

 

 まあ、なでしこなんだけどね。

 

「うまそうに食いやがるぜ」

 

「それな〜」

 

 こうして見ると、ほんの一年前まで大福みたいにまんまるだったのが信じられないな。

 

 ほわほわしているなでしこを眺めほっこりしつつ二個目の大福をパクリ。お茶をすする。

 

「はぁ〜 おいしすぎる〜」

 

「お、こっちもうまそうに食べてる。ほんと、双葉となでしこっておいしそうに食べるよねー」

 

「めっちゃわかる」

 

「しかももう二個目だし。さっきうな重食べたばっかなんだから、あんまし食べすぎると昔のなでしこみたいにまん丸になっちゃうぞー」

 

「昔のなでしこ?」

 

 綾乃の言葉にリンが首をかしげる。そういえばリンは知らなかったっけ。

 

「あ、リンちゃんには言ってなかったよね。なでしこって中3の時までこんなんだったんだよ。ほら」

 

 と言って綾乃がリンにスマホを見せる。きっとボクが前に見たのと同じものを見せているんだろう。

 

「……え、誰?」

 

 スマホを見てきょとんとするリン。そりゃそうだ。ボクだって初めて見た時は信じられなかった。

 

「誰って、なでしこだけど」

 

「え!? う、うそでしょ! ほんとなのなでしこ!」

 

 リンが珍しく目を見開いて声を荒げる。

 

「えへへ、お父さんとかみんなが食べさせてくれるからつい〜」

 

 その言葉になでしこを除いた全員でうなずく。

 

 正直わかりすぎてこまる。そりゃこんなおいしそうに食べてくれたらつい餌付けしたくなっちゃうよね。

 

「中3までってことは、一年でここまで痩せたのか……」

 

「うん。夏休みにずっと家でゴロゴロしてたらお姉ちゃんがついに怒っちゃって」

 

「それから毎日桜さんに原付で追いかけられて浜名湖ぐるぐるさせられたんだよねー」

 

「え、浜名湖ってたしか一周70キロくらいあったような……それを毎日ぐるぐるって……」

 

 リンの言葉に思わず絶句する。70キロってそれ控えめに言ってヤバいのでは?

 

 そりゃ一年で激痩せするよ。というか本当にすごいな。やり遂げるなでしこもなでしこだけど、ついていく桜さんも桜さんだよ。

 

 いつも思うけど、ほんと面倒見いいっていうか。なでしこのことが大好きで大好きでしかたないんだろうな。

 

「聞いてよ二人とも〜 ちょっとでもペース落ちると豚野郎って言いながら原付で追いかけてくるんだよー!」

 

「おっかねえ……」

 

「お陰で体力ついたんだし、ちょうどいい機会だったんじゃない? ま、痩せてもほっぺの柔らかさはかわんないけどねー」

 

 綾乃がそう言いながらなでしこのほっぺを摘んで引っ張る。

 

「あ、あやひゃん〜」

 

 むにぃっという音がしそうな感じでほっぺが信じられないくらい伸びる。すごい、お餅みたいだ。

 

「わ、わたしも……」

 

 リンが反対のほっぺを引っ張るせいで、なでしこの顔がすごいことになってる。

 

「……めっちゃやわい」

 

「や、やへてよぉ〜」

 

 口ではそういうものの、なでしこの顔がニッコニコだった。

 

「うん。仲が良いのはいいことぉぉぉ!?」

 

 突然横から指が近づいてきて、ボクのほっぺが引っ張られる。え、ちょ、なに!?

 

「うーん、双葉のほっぺもなかなか」

 

 横をちらりと見ると綾乃がニヤニヤしながらボクのほっぺを引っ張っていた。

 

「なでしこがお餅なら、こっちはさしずめマシュマロかなー リンちゃんも引っ張ってみなよ」

 

「……わかった」

 

 期待に輝いた目でリンがボクのほうにも手を伸ばしてくる。

 

「り、りぃんも!?」

 

 両サイドからほっぺを引っ張られ身動きが取れなくなる。

 

「や、やへろぉ〜」

 

「えへへ、やへてぇ〜」

 

 ボクたちがいったいなにをしたんだ! あ、くすぐったいからやめて!

 

「ふふふ、あらあら」

 

 なでしこのおばあちゃんも微笑ましそうに笑ってないで助けてよぉ〜

 

 昼下がり。お茶の香りに乗って楽しげな笑い声がこだます。

 

 

 

 

 

「じゃ、またなー」

 

 玄関の前で、綾乃がエイプに乗りながらそう言う。

 

 太陽はいつの間にか西の彼方に姿を隠し、月と星が夜空を彩っていた。

 

 あれからボクたちはたくさん遊んでたくさん笑って思いのままに正月を楽しんだ。

 

 文句なしに今までで一番楽しい正月だった。けど、人生ゲームでぶっちぎりでビリだったのだけは納得がいかない。

 

「えー もう行っちゃうの? もっと遊びたかったのに」

 

「そんな顔しないの。バイト終わったらすぐ戻るって。どうせ双葉のこと回収しなきゃいけないしねー」

 

「あ、そっか」

 

 そういえば今日は綾乃の家に泊まることになってたっけ。すっかり忘れてた。どんな感じだろう。ちょっと楽しみだな。

 

「えー二人ともおばあちゃん家泊まろうよー」

 

「いやいや、流石に四人も押しかけちゃ迷惑だって」

 

 なでしこには悪いけど、綾乃の言うとおりだと思う。

 

「双葉、バイト終わったら迎えにいくからちゃんと準備しとけよー」

 

「はーい」

 

 じゃ、またねーと言って、綾乃がエイプのキックペダルを蹴り飛ばす。

 

 ブルンと音が鳴ってスロットルを回すと、4ストエンジンの少し重たい音が夜の浜名湖に響き渡り、マフラーから漏れる煙が白く濁っていく。

 

「じゃーねー」

 

「あ、待ってアヤちゃん!」

 

 ゴーグルをかけて今まさに出発しようとする綾乃をなでしこが呼び止める。

 

「んー? どしたの」

 

「せっかく一回戻ってくるんだし、バイト終わったら四人で展望台行かない?」

 

 展望台……ああ、あそこか。ボクは綾乃と出会ったあの展望台を思い浮かべた。

 

 たしかにこの時間帯ならすごく綺麗な景色が見れるに違いない。

 

「展望台……うんいいね。行こうよ」

 

「……展望台?」

 

 唯一事情を知らないリンだけがキョトンとしていた。

 

「すっごくいいところなんだ! リンちゃんも絶対気にいるよー」

 

 なでしこの言うとおり、リンもきっと気にいるに違いない。

 

「そっか……じゃあ楽しみにしてるね」

 

「じゃ、決まりだね。さーて、ちょっくら稼いできますかー」

 

 クラッチを握ってギアペダルを踏み込む。ガコンとギアが1速に入る音がする。

 

「暗いから気をつけてねー」

 

「はいよー そっちもはしゃぎすぎておばあちゃんに迷惑かけんなよー」

 

 綾乃が手を振ってスロットルを回す。クラッチを離すとエイプの金色のホイールがゴロゴロと転がりだす。

 

 テールランプが赤い尾を引いて、綾乃の背中がどんどん小さくなっていく。

 

 ボクたちは、その背中が見えなくなるまでずっと手を振り続けた。

 

 エンジン音が聞こえなくなり、あたりがしんと静まりかえる。

 

 時折、月の光に反射して湖がキラリと輝く。

 

「寒いし、戻ろっか」

 

 なでしこが話すと、口から白い息がモワモワと立ち込めた。

 

「だね、早く戻ってこたつ入ろっか」

 

「そうだな」

 

 三人で寒い寒いと言いながら家の中に戻る。

 

 湖で魚が一匹ぽちゃんと跳ねた。

 

 

 

 

 

 

「えっほ、えっほ」

 

 なでしこが操る自転車の赤い反射板を追いかけながらビーちゃんをゆっくりと走らせる。

 

 ドコドコとエンジンが規則正しい音を立て、マフラーが白い煙がモクモクと吐き出し空を濁していく。

 

「ほんと、隣で見ると煙すごいな」

 

 隣で同じようにビーノを転がすリンが言う。

 

 ビーノのマフラーから吐き出される煙はこんな寒い夜だというのに、ほとんど無色だった。

 

「なんか、双葉ちゃんのバイクってSLみたいでちょっとかわいいよね」

 

「か、かわいいのかな?」

 

 なでしこの独特の表現に首を傾げつつ真っ暗な山道を走っていく。この道は前にも走ったけど、やっぱりすごく暗い。

 

 けど、そんな真っ暗な道をなでしこはなんてことないように自転車で走っていく。きっとここら辺は庭みたいなものなんだろう。

 

「なでしこ、あとどれくらい?」

 

「もうちょっとだよ。すっごく綺麗なんだよ。わたしのお気に入りの場所なんだー」

 

「たしかにあそこは綺麗だったなあ」

 

「そっか、双葉も行ったことあるんだっけ」

 

「行ったどころか一回野宿したよ」

 

「おいおい」

 

「もうダメだよー危ないことしちゃ」

 

「今度するときはちゃんとテント張るから大丈夫だって」

 

「いや、テントの問題じゃないだろ」

 

 ボクから言わせればキャンプもそこまで変わらない気がするんだけどな。

 

「あれでけっこう楽しいんだけどなあ。二人とも一回野宿すればきっとボクの気持ちがわかるよ」

 

 外で寝る時のあの謎のワクワク感はやったことのある人にしかわからないだろうな。

 

 ダイレクトに顔にぶち当たる風。ふと見える星空。思い出したらまたやりたくなってきた。

 

「お金かからないし片付け楽だし自販機すぐだしおすすめだよー」

 

 その代わりちょっと惨めな気持ちになって人として大事なものを失うような気がするけど。

 

「あ、あはは……」

 

「ま、さすがにそこら辺の公園で寝るのはやだけど、もっとあったかくなったらタープだけでキャンプしてもいいかもね」

 

 タープ泊。そういうのもあるのか。あったかい季節ならきっと気持ちいだろうな。

 

「あ、やりたいやりたい!」

 

「タープってコットン製とかなら中で焚き火とかできるんでしょ? いいなー絶対楽しいじゃん」

 

「二人とも、言っとくけどまだだいぶ先の話だからな」

 

 今日は1月、冬真っ盛りだ。春はまだまだ遠い。4月くらいまで待たないとあったかくはならないだろう。

 

「あ、ついたよー」

 

 三人で春のキャンプに思いをはせていると、見覚えのある砂利の駐車場にでた。それにエイプも見える。綾乃はもう来ているみたいだ。

 

「あ、やっと来た。おーい」

 

 東屋のベンチに腰掛けながら、綾乃がこっちに手を振ってくる。もう片方の手には湯気の立つマグカップが握られていた。

 

「ごめんまったー?」

 

「まったまった。あんまり待つから一人でお茶しちゃったよ」

 

 ベンチにはボクと同じイワタニのバーナーとコッヘルが置かれていた。

 

「あ、それ双葉ちゃんと同じやつだ」

 

「いいでしょ。これすっごい使いやすいんだー ね、双葉」

 

「うん」

 

 コンパクトで使い方も簡単。単純な構造だからすこぶる丈夫。ガスもコンビニとかスーパーで買えるから燃料の確保に困らない。

 

「いいな、わたしも買っちゃおうかなー」

 

「いや、なでしこ買いたいものあるんだろ?」

 

「あ、そうだった」

 

 リンの言葉になでしこがハッとする。そういえば、ガスランプがほしいって言ってた気がする。

 

「煩悩退散煩悩退散! よし、もう大丈夫!」

 

 ボクにはなでしこの気持ちがよくわかる。一回ハマるとあれも欲しいこれも欲しいってなっちゃうんだよね。

 

 ボクもバイクにいったい幾らつぎ込んだことやら……なんであんな運転しづらいバーハンドル買っちゃったんだろ。

 

「じゃ、集まったことだし上いこーよ。さっき見てきたけど、晴れてるからすっごい遠くまで見えたよ」

 

「ほんと? 二人とも早く行こ!」

 

 肌を突き刺すような寒さもなんのその。展望台に続く小道を元気いっぱいに駆け出していくなでしこ。

 

「暗いんだから転ぶなよー」

 

 駆け出したなでしこを綾乃が笑いながら追いかけていく。

 

 きっとなでしこが浜松にいた時もおんなじように追いかけてたんだろうな。

 

「なでしこの奴、ほんとどこ行っても元気いっぱいだな」

 

 そんななでしこを、リンがなんとも微笑ましそうに眺めていた。

 

「なんか、見ているこっちも元気になってくるよね」

 

 なにをするのも楽しそうで、嬉しそうで、常に全力疾走。そんななでしこがボクとリンは大好きだ。

 

「ほんとな」

 

 二人でどんどん進んでいくなでしこを見守る。元気なのはいいけど、転ばないかちょっと心配だ。

 

「リンちゃんも双葉も、来ないと置いてくぞー」

 

 小道の向こうで綾乃がボクたちに声をかける。そろそろ行くか。

 

「今行くから待ってー リン、ボクたちも行こ?」

 

 そんな綾乃たちに置いて行かれないよう、ボクもリンの手を取って走り出す。

 

「リンの手、冷たいね」

 

 まるで氷みたいに冷え切った手。大好きな友達の手。

 

「ふっ……そっちもな」

 

 そう言って、リンが小さく笑った。 

 

 

 

 

 

「あそこが三人で温泉入った弁天島で、あの車がちょくちょく走ってるのは浜名湖のサービスエリアかなー」

 

「温泉いいな〜 わたしも入りたかったよー」

 

「今度四人で集まった時にでも入ろーよ」

 

 木組みの展望台で四人で肩を寄せ合い、まるで宝石箱みたいにキラキラと輝く浜名湖を眺める。

 

 遠くで流れていく豆粒のような自動車のランプ。湖をなぞるように淡く光る民家の光。レールの上を走る電車の青白い電灯。

 

 目を凝らすと微かに見える星々と、月に照らされて浮かび上がる雲の影。

 

 ここに来るのは三回目だけど、何回見ても綺麗だなここは。

 

「なでしこはよくここに来てたの?」

 

 リンが聞く。

 

「うん。ここから見る夜の浜名湖が大好きで、アヤちゃんと自転車でよく来てたんだ」

 

 リンの質問になでしこが昔を懐かしむかのように目を細めた。たしかに、こんなに綺麗なら毎日でも来たくなるだろうな。

 

「それで、二人とも今日は楽しかった?」

 

 白い息をはきだしながら、綾乃がボクたちにそんなことを聞いてきた。

 

「うん。まあいろいろあったけどなんだかんだ言って楽しめた」

 

「たしかに、ほんとにいろんなことあったよね」

 

 御前崎でリンにばったり出会い、綾乃に半ば強引に浜松に連れてかれ、三人でキャンプして温泉に入ったりみんなでうな重を食べたり……

 

 本当に充実した3日間だった。

 

「ボク本当は一人で京都行くつもりだったんだけど、こっちに来て正解だったよ」

 

 一人は楽しいけど、一人じゃ味わえないものもある。今回の旅でそれを改めて実感した。

 

「わたしも、こんな遠くまで来るなんて思ってなかったけど楽しかったな」

 

 思い通りにいかないのが旅の醍醐味。

 

 世界はいつも驚きに満ちていて、それを楽しめれば、それはきっとすごく素敵なことに違いない。

 

「なでしことか双葉とかアヤちゃんに会って、キャンプしたりツーリングしたりご飯食べたりして……大好きなものがどんどん増えて……なんだろうな、うまく言えないけど世界がぐっと広くなったなって、そんな気がする」

 

 浜名湖を眺めながら語るリンは、それはそれは嬉しそうな目をしていた。

 

「一人でやるキャンプとか、みんなでやるキャンプとか……そういうの関係なしにさ、わたしはキャンプが好きなんだなって、改めて思ったよ」

 

 ボクにはリンの気持ちがよく理解できた。

 

 人と触れ合うたびに、新しいものに出会うたびに、好きなものが増えていく。

 

 今まで好きだったものが、新しいものに出会うことでますます輝きを増していく。

 

 リンの話を聞いてたら、また旅に出たくなった。学校始まったらどこに行こっかな。

 

「……そっか〜」

 

 そんなリンの話を聞いて、なでしこが嬉しそうに笑った。

 

「リンちゃん!」

 

「ん?」

 

「わたしもリンちゃんのこと大好きだからね!」

 

「お、おう……」

 

 あ、赤くなった。

 

 リンは相変わらず照れ屋さんだ。まあボクもリンのそういうところ大好きだけどね。

 

「あ、リンちゃん照れてる」

 

「リン、ボクも大好きだからね」

 

「それは知ってる」

 

 ありゃ、反応薄いな。

 

 まあ、あれだけ大好き大好き言いまくってたらそうなるか。

 

 べつに反応が見たくて言ってるわけじゃないけどなかったらなかったで気になる。

 

「じー」

 

「な、なんだよ……」

 

 と思ったけど、よくよく見たら耳たぶが赤くなっていた。寒いだけじゃこうはならないよね。

 

 うん、やっぱりリンは照れ屋さんだな。

 

「えへへ、なんでもないよ〜」

 

「変な奴」

 

「リンちゃんだけずるいぞー わたしにも大好きって言えー」

 

「はいはい大好きだよ〜」

 

「うーん、惜しい! 75点」

 

「あ、点数制なんだ」

 

 どうやったら100点取れるんだろ。ちょっと抱きついてみよっかな。まあ恥ずかしいからしないけど。

 

「あはは」

 

 寒さも暗さもなんのその。浜名湖の輝きを眺めながら四人で一緒に笑いあう。

 

 そんな正月の夜だった。

 

 

 

 

 

「またねアヤちゃん」

 

 展望台での楽しいひと時も終わり、お別れの時がやってきた。

 

「うん、じゃね」

 

「アヤちゃん、気をつけてね」

 

「二人ともありがと。また3学期始まったら休みの日にでも遊びに行くよ」

 

「うん、待ってるね!」

 

「いや何キロ離れてると……もういいや」

 

「あはは……じゃ、そういうことで」

 

 ガシ。そんな音がして右腕が重くなった。

 

「え?」

 

 振り向く。綾乃がボクの腕をがっしりホールドしていた。

 

「リンちゃん、約束どおり双葉もらってくねー」

 

 綾乃が、それはそれはいい笑顔でリンにそう言った。

 

 あ、そうだった。ボク綾乃の家に泊まるんだった。ていうかもらうって……

 

 ていうか地味にすごい力だな。肘から先が全然動かないんだけど。

 

「えー! 双葉ちゃんも行っちゃうのー!」

 

「そゆこと。じゃ行こっか双葉」

 

「え、あ、うん」

 

 なでしこの制止もなんのその。ずるずると引きずられるような感じでバイクに歩き出すボク。

 

「お母さんとお父さんにも双葉のこと紹介したいし、早く帰ろっか」

 

「そ、そうだね」

 

 うながされるままヘルメットを被ってビーちゃんに乗ってエンジンをかける。

 

  2ストのエンジンが唸り、続くように4ストのエンジンがトコトコと鳴り響く。

 

「準備オッケー?」

 

「うん、いつでもいけるよ」

 

「じゃ、行きますかー」

 

 エンジンが唸りゆっくりと進み出すエイプに続く。

 

 流れていく景色。冷たい夜風がボクの顔を冷やしていく。

 

「二人ともーまた明日ー!」

 

「道気をつけろよー」

 

 大声で見送るなでしことリンに二人で手を振る。

 

 ギアを上げる。世界が加速していく。ミラーに映る二人の姿が小さくなっていく。

 

「双葉ー! 楽しかったー!?」

 

 少し前を走る綾乃が大声で叫ぶ。

 

「うん! めっちゃ楽しかったー!!」

 

 ボクもエンジン音と風切り音に負けないように大きな声で叫ぶ。

 

 これから綾乃の家に行くわけだけど、綾乃の家族ってどんな人なのかな?

 

「……あ、自己紹介どうしよ」

 

 やばい、なにも考えてない。これこのまま行ったらぜったい挙動不審になるやつだ。

 

「い、一回止まってくれない?」

 

「え? なんてー!?」

 

 あ、だめだ。

 

 し、しかたない。走りながら考えよう。今のボクならいけるはず!

 

「よ、よし! やってやるぞー!」

 

 ビーちゃんのスロットルを回し、意気込むボク。

 

 楽しい時間はすぎていく。昇った太陽はいつかは沈み月に変わる。今回の旅ももうすぐ終わる。

 

 そして──

 

 

 

 

 

「……すご」

 

 ドコドコ唸るV型8気筒のエンジン音に惚れ惚れしながら車内を見回す。

 

 座席の後ろを見ると、ビーノとビーちゃんを載せてもまだ余裕のある広々とした車内が見えた。

 

 日本の車とは比べ物にならない大きさだ。その気になればここに住めそうだ。

 

「お、おじいちゃん、こんな車よく借りれたね」

 

 今日は1月3日。約束では新城さんが車でボクたちのことを迎えに来てくれることになっていて、実際本当に来てくれたのだが、乗ってきた車がすごかった。

 

「ほんと、すごいですね……アメ車って……」

 

 ボクとリンはきっとトラックかハイエースかなにかで来るものと思っていた。

 

 けど、実際に乗ってきたのはサイズ設定ミスってるんじゃないかっていうくらい大きなアメ車のバンだった。

 

 詳しくはわからないけど、フォードの古いフルサイズバンだ。

 

 リンの言うとおりこんなものどうやって借りたんだろうか。謎だ。

 

「ああ、いい車だろう? 知り合いにこの手のものに目がない奴がいてな。しばらく乗ってないようだったから借りてきた」

 

「そ、そっか……」

 

 リンがなんとも言えない表情で押し黙る。

 

 新城さんはなんてことないように言うけど、こんな車を持っている知り合いって……

 

 ボクもさっきから驚きっぱなしだけど、正直この人ならって思ってしまう自分がいる。

 

「それで、二人とも今回は楽しめたかい?」

 

「うん!」

 

 微笑むわけでも、口元を緩めるわけでもなく、はっきりとした笑顔でリンが答えた。

 

「リン……」

 

 驚いた。リンがここまではっきり言うなんて。バックミラーに映る新城さんの顔も心なしか驚いているように見えた。

 

「双葉も楽しかった? って聞くまでもないか」

 

 顔、笑ってるもんな。リンがそう言いながら自分の口元に左右の指を当てる。

 

 車の窓に映った自分顔を見てみると、リンの言うとおりすごい笑顔だった。

 

「えへへ、うん!」

 

 横に座るリンを見ながらにっこりと笑うと、リンも同じようににっこりと笑った。

 

「……そうか、それはよかった」

 

 ミラーに映る新城さんの顔が嬉しそうに微笑む。

 

「もうすぐ3学期だね」

 

「うん。また、どっか行くの?」

 

「もちろん! リンも一緒に行く?」

 

「ま、考えとく」

 

 リンが考えとくって言った時は、つまりOKってことだ。まあそんなもの今のリンの笑顔を見れば考えるまでもないけどね。

 

「さーて、どこに行こっかなー リン、どこか行きたいところ──」

 

「すぅ……すぅ……」

 

 寝息が聞こえる。

 

 横を見ると、いつのまにかリンが窓に頭をあずけてすやすやと眠っていた。

 

「はしゃいで疲れたんだろう。寝かしといてあげなさい」

 

「ふふ、そうですね」

 

 よく見たら顔がちょっとにやけてる。よかった。リンも楽しいと思ってくれたんだな。

 

 あ、そうだ。スマホを取り出してあどけない寝顔をパシャリ。

 

「ふひひ」

 

 あとで斉藤さんに送ろっと。

 

 こうして、ボクの正月は終わりを迎えるのであった。

 

 

 

 

 

「……双葉さん」

 

「は、はい!」

 

「今君が撮った写真なんだが……後で焼き増ししてわたしにもくれないか?」

 

「は、はい……全然いいですけど」

 

「すまんな。その、なんだ。リンにはくれぐれも内密で頼む」

 

「あ、はい」

 

「……恩に着る」

 

 もしかして、ちょっと照れてる?  

 

「あの……リンの写ってる写真他にもたくさんあるんで、それもいりま──」

 

「頼む」

 

 即答だった。

 

 この人ほんとリンのこと大好きだな。新城さんの意外な一面を知ったボクなのであった。

 

 ちなみにこの数時間後、こんな馬鹿でかい車どこ停めるんだと咲さんに愚痴られて、ちょっと照れたように頭をかく新城さんがいたのは、ここだけの話。

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