【完結】ザコの旅   作:クリス

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 千明たちとわかれ138号を進んでいき、富士吉田市に入る。

 

 使い込んでところどころ傷の入ったゴーグルの向こう側に映る景色は、いつのまにか民家や商店、そしてたくさんの車が行き交う町に変わっていた。

 

 赤や青の瓦屋根。延々と続く電柱。張り巡らされた電線。狭い道路。

 

 ビルが一軒も建ってないからだろうか、ごちゃごちゃしているわりには微塵も圧迫感を感じない。

 

 そんな町並みを眺めながら緩やかな坂が続く139号に入る。車が易々と通れる大きな鳥居を潜り左折し137号に進入。北西へとビーちゃんを進めていく。

 

 スロットルを回してビーちゃんを走らせていくと、青い空にポツンと浮かんだ太陽の日差しが背中にあたり、身体をじんわりと暖めてくれた。

 

 寒さの中にあるちょっとの暖かさ。ボクは冬のこういう瞬間が好きだ。

 

 フェンスのむこうに見える富士Qハイランドのジェットコースターや観覧車を横目に一人バイクを走らせる。

 

 視界の端に見えるジェットコースターのレールの頂点からコースターが急降下していくのが見えた。

 

 遠目から見ても怖そうだ。よくあんなの乗れるよね。ボクだったら絶対乗らない。

 

 そんなこんなでしばらく曲がりくねった細い道を進み続けると、唐突に視界が晴れた。

 

 視界いっぱいに広がる広々とした湖。青いキャンバスのような空をくぎる茶色い稜線。

 

 河口湖だ。

 

 

 

 

 

「ビーちゃんこっち見てー」

 

 と、機械相手に無茶振りを言いながらスマホをパシャリ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 湖とガードレール。青い空と茶色い山々。そして太陽に当てられてキラキラ反射するメッキ。

 

 うん。いい写真が撮れた。

 

 ボクは今河口湖の湖畔で一人写真を撮っていた。

 

 対岸に見える小さな建物や、湖を走るボート。羽根子山の低い稜線とその向こうにそびえる富士山の対比がなんとも言えない景色を作り出していた。

 

 いいところだな、ここ。そうだ。

 

「みんなにも送ろっと」

 

 と言ってもみんなバイトだの温泉だので見てないだろうけど。

 

双葉:河口湖なう

 

リン:綺麗だね

 

 そんなつもりで送った写真は思ってたよりもだいぶ早く返信がついた。

 

 しかもリンだ。バイト中にいいのかな。まあ、けっこう暇だって言ってたしちょっとくらいならいいのか。

 

リン:斉藤たちから聞いたよ。富士五湖巡りしてるんだってね。バイトなかったらわたしも着いてったんだけどな

 

双葉:今度また一緒に行こうよ

 

リン:わかった。楽しみにしてる。帰ったら話聞かせてよ。じゃバイト中だから切るわ

 

双葉:じゃねー

 

リン:うぃ

 

 リンとのやり取りを終えてスマホをしまう。なでしこは今ごろ蕎麦屋さんでバイト中か。今度こっそり行ってみようかな。

 

「ま、今はそれよりも」

 

 停めていたビーちゃんに近づきシートに跨る。

 

 キーを捻ってキックペダルを蹴り飛ばすと軽快なエキゾースト音が湖岸に鳴り響いた。

 

「じゃ、行きますかー」

 

 ギアを上げて走り出す。これで2つめ。

 

 お次は西湖だ。

 

 

 

 

 

 県道21号を走り、クジラの口の中のような大きなトンネルの入り口に突っ込む。

 

 大して長くないトンネルを抜ければそこはもう西湖だ。

 

 富士五湖の中で二番目に小さい湖。西湖。カタカナにするとサイコ。

 

 なんていうかヤバそうな響きだけど、なんてことないただの湖だ。べつに湖からやばい物質が検出されるわけじゃない。

 

 でもなんてサイコなんだろう。にしこでいいじゃん。

 

 そんな西湖と河口湖の距離は2キロも離れていない。あんまりにも近いので標識を見るまで西湖に来たことに気が付かなかった。

 

 山奥に近い西湖は山中湖や河口湖と違って民家の類がほとんどない。そんな茶色い世界に引かれた曲がりくねった道路をゆったり流す。

 

「すごい、キャンプ場ばっかだ」

 

 右を見ても左を見ても目に入るのはキャンプ場の看板ばかり。

 

 ここに来るのは初めてだけど、こんなにキャンプ場が多いなんて知らなかった。

 

 国道から離れているせいか、さっきから車の姿が全然見えない。ここでキャンプすれば静かな時間をすごせそうだ。

 

 ただ、一つ言いたいことがある。

 

「湖が見えない……」

 

 キャンプ場の生垣のせいで肝心の湖が全く見えない。

 

 時折木々の隙間からチラリと湖が顔を覗かせるけど、見えるのは生垣とキャンプ場の看板ばかり。

 

 べつに誰が悪いってわけじゃないけど、なんていうか期待していたのと違うっていうか……

 

「これ、写真撮れるのかな」

 

 西湖はそこまで大きな湖じゃない。このまま走っていけばそのうち通り過ぎてしまうだろう。

 

「せ、せめて一枚だけ」

 

 一抹の望みを託し、細い道を走っていく。

 

 ちなみに、このあとなんとか公園にたどり着いて写真を撮ることができたけど、端っこだったせいであんまりいい写真が撮れなかった。

 

 もし次キャンプしにいくことがあったら絶対綺麗な写真撮ってやるからなー!

 

 

 

 

 

「到着っと」

 

 精進湖を通過した後、ボクはついに最後の目的地にたどり着いた。

 

 少し傾き始めた太陽の下、眼下に広がる本栖湖を眺めながらボクはビーちゃんのエンジンを切った。

 

 ゴーグルを取ってヘルメットを脱ぐと、セピア色の光が視界いっぱいに飛び込んできた。

 

 歩道の淵に腰を下ろし静けさに耳を澄ます。

 

 冷たい風が吹けば、すっかり葉の落ちた木々がカサカサと揺れ、火が消えて冷却が始まったエンジンがまるで寒さに震えるようにパチパチと音を鳴らした。

 

 普段なら雑踏にかき消されて聞き取れないような小さな音も、この静かな世界の中でははっきりと聞き取ることができる。

 

「静かだな……」

 

 誰もいないボクだけの世界。

 

 そんな静けさに浸っていると、急にお腹が空いてきた。そういえば朝食べてからなにも食べてないな。

 

 ちょっと遅いけどご飯にするか。

 

「か、れ、え、めん〜 か、れ、え、めん〜」

 

 サイドバッグを開いて中に押し込んだバーナー一式とカレー麺を出す。

 

 バーナーを手早く組み立て水筒からコッヘルに水を注ぎ点火。ごうごうとガスの青白い炎が噴射されて水を温めていく。

 

「あなたはなぜカレー麺なの〜」

 

 あ、そうだ。あれ忘れてた。バッグから買ったばかりの風避けを出してバーナーを囲う。

 

 一つなぎになった8枚のアルミの板でバーナーの周りを覆うと風で揺らいでいた炎が目に見えて安定しはじめた。

 

「うん、いい感じ」

 

 百均で550円で買ったやつだったからあんまり期待してなかったけど、なんかすごくいい調子だ。

 

 そうやってしばらく待っていると、風避けがうまく機能したのかあっという間にお湯が沸騰した。

 

 カレー麺の蓋を開けてぶくぶくと沸き立つお湯を注ぐと、ものすごい量の湯気が出て、嗅ぎ慣れたカレーの匂いがボクの鼻をくすぐった。

 

 うん、いい匂い。外で食べるカップ麺はカレー麺にかぎる。

 

 たまには醤油とかシーフードとかにしようかなって思っても、けっきょく買うのはいつもカレー麺だ。

 

 たぶんこれがボクにとっての思い出の味ってやつなんだろうな。

 

 キャンプでいろんなご飯を作ってきたけれど、なにが一番おいしかったかって聞かれたらボクはカレー麺と答えるだろう。 

 

「そろそろ3分たったかな」

 

 時計を見るとだいたい2分半だった。まあいいやどうせ大して変わらないし。

 

 蓋を開ける。押し込められていた湯気がモクモクと立ち昇ってボクのメガネを真っ白に曇らす。

 

「いただきまーす」

 

 本栖湖で一人寂しく食べるカレー麺は、相変わらずすごくおいしかった。

 

 

 

 

 

 

 本栖みちのえげつない峠を下り、家に向かってひたすらビーちゃんを走らせる。

 

「今日は楽しかったなー」

 

 ボクのつぶやきが本栖の空に溶けていく。

 

 一人で走るのはずいぶん久しぶりな気がするけど、やっぱり楽しかった。

 

 友達ができて、ちょっと前までは当たり前だった一人の時間ってやつはめっきり減った。

 

 けど、だからといって一人が嫌いになったかというとそんなことはない。

 

 流れる風、美しい自然。メッキに映る空と雲。ハンドルとステップから伝わるエンジンの鼓動。静まり返った世界で黙々と食べるご飯のおいしさ。

 

 みんなと一緒にいるのは大好きだけど、ボクはやっぱり一人も好きだ。

 

「今ごろ千明たちは山中湖でキャンプかあ」

 

 あそこ灯りもほとんどないし、夜になったら星が綺麗なんだろうな。まあめっちゃ寒いだろうけど。

 

「なでしことリンはバイト。ボクは一人でツーリング……」

 

 ちょっと前まではみんな好きなように集まれたけど、もうそうも言ってられないのか。

 

 今はバイトだけだけど、2年、3年となれば受験も入ってくる。みんなで一緒に集まれる時間はもっと減っていくんだろうな。

 

 みんなそれぞれ目指す場所がある。ずっと一緒というわけにはいかない。

 

「なんだかなあ……」

 

 しかたないんだけど、ちょっと寂しい。

 

 そんななんとも言えない複雑な感情を抱え本栖みちを一人走っていく。

 

「このまま進めばリンの家か……」

 

 そんなことを考えていると、なんだかリンに会いたくなってきた。あのぶっきらぼうな話声を聞きたくなってきた。

 

「あ、見えた」

 

 視界の向こうに見慣れた一軒家とパステルブルーのスクーターが見えた。

 

 そしてそのスクーターの側にはこれまた見覚えのあるお団子頭。間違いない、リンだ。

 

 遠目でよくわからないけど、バケツみたいなのが見える。洗車でもしてるのかな。

 

 エンジン音に気がついたのか、こっちに顔を向けてきた。おもむろに立ち上がってボクに手を振ってくる。

 

「おーい」

 

 手を振りかえしてスロットルを回す。そうすればあっという間に距離が縮まった。

 

 ウィンカーを出してギアを下げながら減速。リンの真横でピタリと停車する。

 

「やっほーリン。バイト終わったんだ。お疲れ」

 

「双葉もお疲れ。富士五湖どうだった?」

 

「楽しかった。写真見る?」

 

「うん。けど、先にこいつを洗ってからだな」

 

 リンはそう言ってビーノを見た。

 

 たしかに、リンの言うとおりビーノの外装にはところどころ埃や乾いた泥がこびりついていて、けっこう……いや、だいぶ汚いな。

 

「リン、もしかして乗ってから一回も洗ってない?」

 

 ボクのひと言にリンがプイッと目を逸らした。どうやら図星だったみたいだ。 

 

「……だ、だって寒いし」

 

 絞り出すようにリンが言う。

 

 まあ、ボクもその気持ちはすごいわかる。整備は基本的に素手でやることのほうが多いから、冬はとにかく辛いのだ。

 

「寒いのはわかるけどちゃんと整備してあげないとダメだよ」

 

 でないと乗るたびに罪悪感が湧いてきて、そのうち悪夢に襲われやがて死ぬ。

 

 嘘だけど。

 

「う、わかった。整備か……そういえばやったことないな。なにすればいいとかってある?」

 

 リンの質問に頭を捻る。自分で言っといてなんだけど原付の整備ってなにすればいいんだろうか。

 

「うーん、毎日乗ってればそれ自体がメンテナンスになるし、正直そんなにすることはないかな。オイル交換とかクリーナーの交換とかはまだまだ先のことだろうし」

 

 スポンジで擦るたびに綺麗になっていくビーノをしげしげと眺めながら話を進める。

 

 スクーターはバイクと違って見なきゃいけない部分が比較的少ない。しかもリンのビーノはインジェクション式のわりと新しいモデル。

 

 整備はやったほうがいいにこしたことはないけど、ぶっちゃけメンテフリーでもとくに問題はないだろう。

 

「あ、でもブレーキワイヤーの調整と注油はしておいたほうがいいかも。長く使ってると伸びたり錆びたりするし」

 

「そういやブレーキとか全然気にしてなかったな。ほかになんかある?」

 

「あとはタイヤの空気圧とか? とくにお金とかもいらないし、今度ガソリンスタンド行く時にでも見てきなよ」

 

「わかった。今度やってみる」

 

 そうこうしているうちに、ビーノの汚れは粗方落ちたみたいだ。丸みを帯びたボディが太陽を反射してつるんと輝く。

 

 バイクと違ってスクーターは凹凸が少ないから洗うのが簡単そうでいいなあ。

 

「ま、こんなもんかな」

 

 冷えて真っ赤になった手を揉みながらリンが満足そうにうなずく。心なしかビーノも気持ちよさそうに見えた。

 

「おつかれ」

 

「外で話すのもなんだし、中入ろうよ」

 

「うん、そうだね。けど、その前にっと」

 

 ビーちゃんのサイドバッグからバーナーと風よけをセットして五徳にヒーターを乗っける。

 

 火を点けて強火にすればあっという間に熱気が漂ってきた。

 

 手炙りように持ってきて、けっきょく使わなかったけどまさかこんなところで役に立つとは思わなかった。

 

「指冷えてるだろうし、ちょっとだけ暖めてからいかない?」

 

「ありがと。助かる」

 

 リンがバーナーのそばにしゃがんで手をかざす。

 

 アルミの風よけがいい感じに熱を反射するおかげで外でも十分に熱気がやってくる。

 

「あ、あったけぇ……」

 

「だよねー」

 

 隣にしゃがみ込んで同じように手をかざす。焚き火のほうが全然あったかいけど、こういうのも悪くない。

 

「ていうか風よけ買ったんだ」

 

 アルミの風よけをリンが興味深そうに眺める。

 

「百均だけどねー」

 

「でたな100円ショップ」

 

「550円だったけど」

 

「たけぇ」

 

「キャンプグッズに比べればなんてことないのに、百均で100円じゃないとなんかすごく高く感じるのってなんでなんだろうね」

 

「めっちゃわかる」

 

 二人でどうでもいい話をしながらヒーターであったまる。

 

 とはいえ小さいヒーターじゃ限界があるみたいで、あったかいのは手元と足だけ。身体は全然暖かくならない。

 

 ガスもったいないし、もう少し手足を暖めたら家にお邪魔させてもらおう。

 

「そういや斉藤たちと山中湖で会ったんだよね」

 

「うん、富士吉田のカリブーで恵那に帽子選んでもらったんだー」

 

 そう言ってポケットから帽子を取り出して頭にかぶる。

 

「へぇ、似合ってるじゃん。ていうか、双葉も斎藤のこと名前で呼ぶようになったんだな」

 

「友達なのにずっとさん付けもどうかなって思ってさ」

 

 もちろん恵那はそんなこと気にしてないだろう。言うなればボクの個人的なけじめみたいなものだ。

 

「……わたしも名前で呼んだほうがいのかな」

 

 リンが空を眺めながらつぶやいた。

 

 言われてみればたしかに、リンは恵那と一番長い付き合いにもかかわらず恵那のことを斉藤と呼び捨てにしている。

 

 あれはあれで遠慮してない感じがしてボクはいいと思うんだけど、リンはちょっと思うところがあるらしい。

 

「べつにいいんじゃないかな。恵那だって気にしてないよ。というかリンもそういうの気にするんだね」

 

「もは余計だもは。まあ、双葉の言うとおりなんだけどさ。あいつのこと名前で呼んでないのもうわたしだけなんだよなって思って」

 

「あーたしかに」

 

 ボクもリンと同じ状況だったらちょっと気まずいかもしれない。

 

「でも今さら名前で呼ぶのも変だしなあ……てか恥ずい」

 

 後半のほうは追求しないようにしておこう。またリンが恥ずかしがる。

 

「そういえば、リンと恵那っていつごろ知り合ったの?」

 

 ふと気になってたずねてみる。

 

「えっと中学の時。五十音順でたまたま席一緒になって、それからなんとなく」

 

 同じさ行だからってことだろうか。あるあるだ。ボクにとってはないないだけど。

 

 ボクも同じパターンで同級生に話しかけられた記憶はあるけど「あ」とか「う」とかしか言えなかった覚えがある。

 

 懐かしいなあ。うん、懐かしいなあ……

 

「どうしたの? 双葉」

 

「な、なんでもないよ!」

 

「あっそ」

 

 リンがまたかと言いたげにボクを見る。

 

 いけないいけない。またボッチの暗黒面に飲み込まれるところだった。

 

 これだから黒歴史はいやなんだ。いつまでたってもフラッシュバックしてくる。

 

 じゃない。今は恵那のことを話しているんだ。

 

「まあ、大したことは言えないけど、リンが本当に名前で呼びたくなったらでいいんじゃないかな」

 

「……そう?」

 

「そうだよ。みんなが名前で呼んでるから呼ぶってのはちょっと違うと思うな」

 

 だって、それは自分の意思じゃないから。

 

 ボクが恵那のことを名前で呼ぼうと思ったのは、ボクはあの子のことを友達だと思ったからだ。友達だと思えたからだ。

 

 決してみんなが呼んでるからなんとなくじゃない。

 

「呼び方なんて適当でいいんだよ。意味なんてあとから勝手についてくるんだからさ」

 

 ビーちゃんに名前をつけた時のことを思い出す。ぶっちゃけ呼び方に大して意味はないと思う。

 

 そんなものはあとから自分で見出していけばいいだけの話だ。

 

「リンはリンなんだから、リンの好きなようにすればいいんだよ」

 

「適当だなあ。でも、ちょっと参考になったわ」

 

「けど、名前で呼んであげたらきっと恵那も喜ぶと思うけどね」

 

 名前を呼ばれて嬉しくない人ってあんまりいないと思う。

 

 ボクだって千明たちに会うまで山中さんとしか呼ばれなかったから、名前で呼ばれた時すごくうれしかった。

 

 たぶん、恵那だって同じだ。長い付き合いならなおさらだろう。

 

「けっきょくどっちなんだよ」

 

「ふっふっふ、悩むがよいぞ。若人よ」

 

「お前も若人だろ」

 

「4月生まれだからボクのほうが年上だもーん」

 

 そう。ボクは鳥羽先生を除いたら誰よりも年上なのだ! だからもっと敬うべきなのだ!

 

「はいはい、年上年上」

 

 が、そんな世迷言はリンにばっさり切りられた。知ってた。だって同じ学年だもんね。

 

「……まあ、でもありがと」

 

 横でヒーターに暖まるリンの横顔がふっと微笑んだ。

 

 二人で黙って空を見上げる。まだ3時だっていうのに、空はもうオレンジに染まっていた。

 

 冬は日が暮れるのが早い。ここももうじき暗くなるだろう。不意に風が吹く。

 

「「さむっ」」

 

 あまりの寒さに二人で身震い。さすがにヒーターだけじゃ厳しいや。

 

「寒いね」

 

 そろそろ中に入ろう。

 

 バーナーの火を止めて風よけを片付ける。バーナーとヒーターは熱いから冷めてからにしよう。

 

「そういやあいつら大丈夫かな」

 

 ふとリンが思い出したかのようにそうつぶやいた。

 

「千明たちのこと?」

 

 ボクが聞くとリンが心配そうにうなずいた。なにかまずいことでもあるんだろうか。

 

「あいつら山中湖でキャンプしてるって言ってたけど、この時期の山中湖って夜になるとマイナス15度とかいったりするんだよね」

 

「えっ!? それ本当?」

 

 マイナス15度って……そんなに寒くなるのか。全然知らなかった。それ、本当にやばい気がするんだけど。

 

 大丈夫かな、千明たち。

 

「うん。街灯もないからあっという間に真っ暗になるし、そうなったらもっと寒くなるし、心配なんだよね」

 

 リンの言うとおりだ。

 

 3人とも慣れてるから平気だろうって考えてたけど、よく考えたら真冬の山ほど寒い場所はない。

 

 そう考えるとますます心配になってきた。

 

「ちょっと電話してみる」

 

 スマホを出して千明に電話する。コール音が鳴って電話が繋がる。よかった。繋が──

 

『おかけになった電話は──』

 

 と思ったけどぬか喜びだった。千明はダメっと。同じようにあおいと恵那にも電話をかけるが一向につながらない。

 

 あおいだけはコール音はするんだけど、肝心の本人が電話にでない。荷物にでもまぎれてるのかな。

 

「誰も繋がらない……」

 

「え、マジ?」

 

 ボクの答えにリンの表情がますます険しくなる。

 

 普通に考えればバッテリーが切れてるか機内モードにでもしてるだけなんだろうけど、場所が場所だけに不安が募っていく。

 

「……とりあえず鳥羽先生に連絡して、なんでヘルメット被ってるの?」

 

 ヘルメットを被ったボクにリンが目を見開く。そうだ。リンにあれあるか聞こう。

 

「リン、CB缶って家にある?」

 

「一応鍋とかで使うからあるけど……」

 

「そっか、あと薪とかってある?」

 

「買い置きがひと束……」

 

 手持ちのガス缶とリンの家のガス缶、あと薪がひと束。これくらいあれば一晩はなんとかなるか……

 

「リン、悪いんだけど貰っていい? もちろんお金は払うからさ」

 

「いきなりなんの……まさか双葉」

 

 リンが信じられないと言いたげにボクをみる。

 

 そう、そのまさかだ。

 

「うん! 心配だしちょっと見てくるよ」

 

 力強くうなずく。

 

 なにもないかもしれないけど、さすがに連絡が途絶した状況でほうっておくことはできない。

 

 なにもなければそれでいい。でももしなにかあったら後悔してもしきれない。

 

「コンビニに行くんじゃないんだぞ! 何キロ離れてると思ってるんだよ」

 

 珍しく声を荒げるリン。心配してくれるのは嬉しい。けど、今一番フットワークが軽いのはボクなのだ。

 

 たしか、ここから山中湖まで50キロくらいだったっけ。

 

 なんだ。たったそれだけか。

 

「なに言ってるのリン。たったの50キロ、だよ」

 

 だいたい1時間半もあればつくだろう。なんてこともない、リンの言うとおりコンビニに行くのと大差ない。

 

「大丈夫だよ。ちょっと様子見にいくだけだからね。なにもなかったらすぐ帰ってくるよ。もし本当にやばそうだったらすぐに連絡する」

 

 自分だけでどうにかしようなんてはなから考えてない。そういう独りよがりな考えはもうやめにしたのだ。

 

「だからおねがい」

 

 改めてリンに懇願する。長い沈黙のあと、リンが口を開いた。

 

「……はぁ、今薪とガス持ってくる」

 

 ここでなにを言ってもボクの考えが変わることはないと悟ったのか、リンは諦めたようにため息をついてからそう言ってくれた。

 

「リン、ありがとう!」

 

「言っとくけど無茶すんなよ。双葉になにかあったら意味ないんだからな」

 

「わかってる。ちゃんと安全第一で、でしょ?」

 

 大して遠くもないし、急がなくてもすぐにつく。ガソリンも本栖湖の近くのスタンドで入れてきたばかり、往復分の分は十分にある。

 

「ちょっと待ってて、今持ってくる」

 

 リンが足早に家の中に入っていく。

 

 よし、今のうちにエンジンを温めておこう。冷めたバーナーをバッグに押し込んでエンジンをかける。

 

 チョークを引いてキックペダルを蹴り飛ばし、アクセルを吹かせば待ってましたと言わんばかりにエンジンが元気よく唸る。

 

「また走ることになるけど、よろしくねビーちゃん」

 

 マカセトケ!

 

 風に乗って、どこかからそんな声が聞こえた。

 

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