18-1
「これが河口湖でしょー」
「わぁ、こっちの富士山も綺麗だね」
スマホに映った写真になでしこが目を輝かせる。
そんなボクたちからちょっと離れたところで、図書室の備品のストーブがごうごうと暖かい熱気を出していた。
「で、次が西湖。めっちゃキャンプ場あった」
画面をスライド。うーん、他の写真に比べると西湖だけ写りが悪いなあ。
「あれ? 西湖ってこんなちっちゃかったっけ?」
と、恵那が言う。やっぱりそう思うよね。
「なんか、キャンプ場が多すぎて端っこからしか撮れなかった。こんなことなら向こう岸のほうに行けばよかったよ」
ちょっと失敗したな。おのれキャンプ場め。
「まあ、いつか行った時にでも撮ればいいだろ」
リンが写真を見ながら笑った。そうだ、また今度行った時にでも撮ればいいよね。
「で、精進湖行ってー本栖湖行ってー」
画面をスライドして写真をパラパラとめくっていく。
「それから斉藤たち助けに行ってまた山中湖だろ? 改めて聞かされると、めっちゃハードだな」
どんくらい走ったんだろう。確実に200キロ以上は走ったと思う。軽いツーリングのつもりだったのに意外とがっつり走ってしまった。
「ほんと、リンと双葉と鳥羽先生に感謝だよ〜 3人がいなかったらどうなってたか」
「わたしも本栖湖でリンちゃんと双葉ちゃんに助けられたことあるよ!」
「ボクも本栖湖でガス欠した時にリンに助けてもらったなあ。あの時のリン、すごくかっこよかったよ〜」
「わーい! わたしたち本栖湖仲間だ!」
「うん!」
お互いに手をあわせてハイタッチ。
「なんだそりゃ」
ボクもわからない。なにがわーいなんだろう。まあ楽しいからいいや。
「でもまあ、斉藤たちがなんともなくてよかったよ。今度から気をつけろよ」
「はーい」
月曜、放課後の図書室。
ボクはリンとなでしこと恵那の四人でこの前のハプニングのことで盛り上がっていた。
「ほんとだったら千明とあおいにも言ってやりたいところだけど、今日はあいつらバイトだしな」
全員そろっている時は校庭で、そうでない時は図書室で集まるのが最近のボクたちの習慣だ。
「ボクもなでしこもバイト始めちゃったし、だんだんみんなで集まれる時間減ってきちゃったよね……」
「ちょっと寂しいよ。オヨヨ」
「だよねー オヨヨ」
ふざけて嘘泣きするけど、実際本当に寂しかったりする。しかたないことなのはわかっているけど、やっぱり寂しいものは寂しい。
「そ、そんなに寂しいならわたしたちで臨時野クルでもやる?」
リンがなんだかおもしろいことを言ってきた。臨時野クル、なにするんだろう。ストーブでお餅でも焼くのかな。
なんかおいしそう。
「お、いいねー 臨時野クル」
「やりたいやりたい!」
「ボクも!」
「す、すごい食いついてきた……」
ボクたちのあまりの食いつきっぷりに、リンがちょっと恥ずかしそうに頬を赤くした。
それにしてもリンの口からこんな言葉がでてくるなんて驚きだ。
「あ、でもわたし今日用事あるからもう帰るねー」
それだけ言ってそそくさとカバンを抱え歩き出す恵那。用事ってなんだろう。実はバイトだったりして。
「またね恵那ー!」
「また明日ー」
手を振って見送るボクたちに軽く手を振り返して恵那が廊下に向かって歩き出す。
「またな……え、恵那」
リンがぼそっとつぶやいたひと言に恵那が一瞬立ち止まる。
あれ、今リン恵那のこと名前で呼んだよね。
「…………うん! また明日、リン!」
恵那はいつものニコニコとした感じとは違う、それこそ満面の笑みとしか言いようのない表情でにっこりと笑ったあと、足早に去っていった。
そして静まり返る図書室。ストーブがやかましく燃え盛る。
「な、なに二人してニヤニヤしてんだよ」
「べつに〜 ねー双葉ちゃん」
「ねーなでしこ」
照れるリンを見ながらなでしこと肩を並べて読書用のテーブルに肘をつきにっこりと笑う。
「あ、あっそ」
こんな微笑ましいリンを見れるようになるなんて思ってもなかった。人ってやっぱり変わっていくものなんだなあ。
「そ、そういえばなでしこ。この前ソロキャン行くって言ってたけど、あれからどうなったの?」
リンがごまかすように話を切り替える。そういえばこの前なでしこの家に行ったときそんなこと言ってたな。
「うん。今週行こうかなって思ってる。まだ場所は決めてないんだけどね」
「そっか。なら早めに場所決めといたほうがいいよ。場所によるけど予約しないといけないところもあるし」
「だよね。でもいろいろ探してるんだけど全然決まらないんだ。リンちゃんと双葉ちゃんはいつもどうやって決めてるの?」
「わたしは先に行きたい場所決めて、次にその付近のキャンプ場調べて、あとは口コミとかキャンプブログとか見てって感じ」
リンの話を聞き終わったなでしこが、ボクのほうに顔を向ける。次はボクの番か。
「ボクもリンとほとんど同じかな。行きたいところ決めて、あとは行ってから」
うーん、我ながらすごい雑な説明だ。でもそうとしか言いようがないしなあ。
「べつにキャンプ場じゃなくてもテント張るのOKな公園とかあるし、そういうところでやるのもありかも。琵琶湖行った時もそうだったし」
そういえば、綾乃今ごろどうしてるんだろう。元気にしてるかな。
「公園……ってことは無料!」
無料って言葉に目を輝かせるなでしこ。まあキャンプってお金かかるしね。
「うん。けど、だいたいそういうところって焚き火禁止なところが多いけどね」
「そっか、焚き火できないのかぁ」
あからさまに落ち込むなでしこ。気持ちはわかる。やっぱりキャンプするなら焚き火はしたい。
「市営のキャンプ場なら無料で焚き火もOKのところもあるし、いろいろ探してみなよ」
そんななでしこをフォローするようにリンが付け足した。
「そうだね。わたし探してみるよ! あ、ここ良さそう──」
赤く染まった西日が差し込む図書室で、3人であれやこれやと話し込む。キャンプってやっぱり楽しいな。
そう思うボクなのであった。
「ふむふむ……なるほどなるほど」
それからボクたちは、なでしこのソロキャンデビューについてあれこれ話し合った。
「わからないことあったらいつでも聞きなよ」
「うん!」
ソロキャンに関しては右に出るものがいないリンの的確なアドバイスのおかげで、なでしこもずいぶんと自信がついたらしい。さっきとは目の輝きが違う。
「二人ともありがと! よーし、わたしもソロキャンデビューするぞー!」
キラキラと目を輝かせ意気込むなでしこ。やる気は十分みたいだ。
「大丈夫だろうけど、なにかあったらすぐ電話してね。すぐ駆けつけるから」
とはいえ、守らなきゃいけないことをちゃんと守れば、キャンプはなにも危なくない。なでしこはそういうところはちゃんとしている子だ。
たぶんこの分なら大丈夫だろう。
「双葉がそう言うと、マジでどこにでも来そうだな」
「150キロ圏内なら5時間以内に駆けつけるからね!」
「もー双葉ちゃん心配しすぎだよー じゃあわたし帰るね。また明日ー!」
「「また明日ー」」
鞄を持って廊下に向かって駆け出すなでしこをボクとリンで見送る。
廊下から聞こえてくるなでしこの元気な足音。そんな足音もやがて聞こえなくなり、図書室に再び静けさが戻ってきた。
「行ったか。ほんと元気だよなあいつ」
「だねー」
それだけ言ってリンが読んでいる途中だったらしい本に視線を戻す。ボクもスマホに目をやって保存した写真を眺める。
とくになにか話すわけでもなく、ただただお互いにやりたいことをやる。
知り合ったばかりのころは気まずかった沈黙も、今ではなんか心地が良い。
「……そういえば、斉藤のやつ双葉のこと呼び捨てにしてたな」
ふと、リンが思い出したみたいにそんなことを言い出した。
「先週までちゃん付けだったよな」
「そういえば、そうだったね」
ボクのひと言にリンの目が細まる。
「あいつとなんかあったの?」
「いや、とくになにもないと思うけど……」
強いて言うなら山中湖での一件だろうか。
でもボク本当になにもしてないしなあ。実際に助けたのはリンと飯田さん親子と鳥羽先生だし。
うーん、悪い気はしないけど謎だ。
「ふぅーん……」
首を傾げるボクを光のないじとーっとした目が見つめる。
「ど、どうしたのリン」
な、なんか怖いんだけど。
「……べつに、なんでも」
それだけ言うとリンはプイッとボクから目を逸らした。ほんとにどうしたんだろう。
お互いになにか話すわけでもなく、なんとも言えない気まずい時間が流れる。
「……今週の土日、空いてる?」
そんな気まずい沈黙の中、不意にリンが本のページをめくりながら聞いてきた。
「うん」
先週はたまたま助っ人で入ってたけど、基本的に土日は空けるようにしている。
ボクは暇だった。リンも同じように暇らしい。
「行く?」
だからボクはいつものように聞いた。
「ん」
そしてリンもいつものように返事をした。
静かな図書室。ストーブだけがやかましく燃えていた。
「天気いいからちょっとあったかいね」
枯れ木の山脈と、青い空の広がる県道37号。そんな道をボクとリンはいつものように走っていた。
『でも夜マイナス5度らしいよ』
「さむ」
トコトコと走っていくビーノをのんびりと追いかけていく。のどかな山道に4ストと 2ストのエンジンが鳴り響く。
『そっちはいいだろ。どうせストーブあるんだし。たまにはわたしにもよこせ』
「じゃあ一緒に寝る?」
『まあ、それなら……』
「あ、うん」
冗談半分で言ったつもりだったけど、思いのほか本気で返されてしまった。
『どうしたの?』
先を走っているリンがちらりとミラーでボクのほうを見る。
「ううん、なんでもない」
なんていうか、山中湖での一件以来、リンが素直になったような気がする。
「ふふ」
『なんで笑ってるんだよ』
冬が春になるように、人もまた変わっていく。必ずしもいいことばかりとはかぎらないけど、かといって、悪いことばかりでもない。
「なんでもー」
県道37号線。枯れ木の生い茂る冬の山道を二人静かに走っていく。
「「ぴ、ぴーす」」
古ぼけた民家をバックに写真を一枚。
「……なんか、絵面が地味だな」
撮り終わった写真を見たリンがひと言。
笑顔と真顔の間の中途半端な表情。全体的に茶色っぽい背景。ピースサインこそしているけど、なんていうかやり慣れてない感が半端ない。
「やっぱ、なでしこたちみたいにはいかないかぁ」
「ぼっちが揃っても、ぼっちが二人になるだけだもんな」
「リン、笑えないよ」
「わたしも言ってて後悔した」
じゃあなんで言ったのさ。
そんななんとも言えない微妙な空気のまま古い民家の立ち並ぶ急勾配の坂道を二人で歩いていく。
「ここ、赤沢宿って言うんだっけ? すごいね、こんな山奥に集落があるなんて」
「昔、身延山とかにお参りに行く人たちの宿で栄えてたんだってさ。で、その辺にある古い家屋は当時のままなんだって。って、ネットに書いてあった」
「へぇ」
石垣で作られた急勾配の坂道とか、そんな坂にしがみつくように建っている古い家屋。
朝の人気のなさもあいまって、まるでここだけ昔にタイムスリップしたかのような、そんな趣きがある。
「いいね、こういうの」
「わたしも好きだな。こういうところ」
家から100キロも離れてないところにこんな素敵な場所があるなんて知らなかった。ボクもまだまだだな。
そんな趣きのある集落、ひんやりとした朝の匂いを嗅ぎながら、ブーツの靴底を地面に打ちつけていく。
心地のいい風景、心地のいい風、心地のいい時間。
けど……
「「き、きつい……」」
坂めっちゃしんどい……
「ちょ、ちょっとペース間違えたかも……」
お互いにぜえぜえと息をしながら坂をゆっくりと登っていく。バイクばっかり乗ってるから鈍っちゃってるのかなあ。
そんなボクたちを追い討ちするかのように冷たい風が吹き荒ぶ。
「さ、さみぃ……」
「そ、そうだね」
話し言葉すら白いもやとなってボクたちの周りを漂う。
ほんと、バイクに乗ってる時はなんとも思わないんだけどなあ。不思議だ。
「ここ古民家カフェあるみたいだし、ちょっと寄ってかない?」
「だね、ちょっとあったかいもの飲んでこうか」
カフェという言葉に、少しだけ元気が湧いてくる。
リンについて歩き出す。古めかしい石垣に二対のブーツの足音がコツコツと鳴り響いた。
「ふぃ〜」
年季の入った和室。いぐさの香りに包まれて、四肢をだらしなく投げ出しこたつに沈み込む。
「餅がいる……」
中身のはみ出した焼き餅みたいにこたつに全身を委ねるボクを、リンがおもしろ半分に写真に収める。
「双葉って、こたつ入るといつもそうなるよな」
「だって好きなんだもん」
「ま、気持ちはわかるけどさ」
そう言うリンの顔もいつもよりもだらけている。しょうがないよね。こたつ気持ちいいもんね。
「なんか、家にいるみたいだな……」
「めっちゃわかる〜」
こたつに溶け合うボクとリン。尊厳をかなぐり捨てて顔までこたつにべったりとくっつける。
あぁ、あったかい……
「寝るなよ」
「…………わかってる」
「その間はなんだ」
「おやすみ〜」
「おい……ったく。まあいいや。わたしもちょっと寝よ──」
「おまたせしましたー」
「は、はい!」
店員さんのひと言で全ての眠気が吹き飛び身体をピンと起こす。びっくりした。すごいびっくりした。
「ぶっ、ふ、ふふ……」
ボクの起き方があまりにもおかしかったのかリンがうつむいてめっちゃこらえている。
うぅ、また変なところ見られた。恥ずかしい……
「ふふ、おまたせしました。ご注文の甘酒とコーヒー、豆餅と雨畑茶アイスになります」
微笑ましいものを見るような顔でボクたちを見る店員さんから注文したものを受け取る。
「ではごゆっくりどうぞ」
「「どうも〜」」
ボクのアイスとコーヒー、リンの豆餅と甘酒。正反対の組み合わせだけど、どっちもおいしそうだ。
「じゃ、食べよっか」
「だな」
「「いただきまーす」」
まずはじめにコーヒーをひと口。苦味と酸味が口の中に広がり、芳ばしいコーヒーの香りが鼻の中を通り抜ける。
うん、おいしい。
「ずず……うめぇ」
リンの甘酒もおいしそうだなぁ。
「じー」
そんなふうにじっとリンのことを見ていると、リンがボクを一瞬見返した後、無言で甘酒の入った湯呑みを差し出してきた。
だからボクもなにも言わずにコーヒーのカップを差し出した。
「「ずず……」」
甘酒をひと口。口の中に広がるどろどろとした濃厚な麹の甘み。息をはくと、甘ったるい香りが鼻の中をとおり抜けていった。
こっちもおいしいな。
「コーヒーもうまいな……」
「寒い時に飲むコーヒーって格別だよね〜」
「わかる……まあでも、わたしは双葉の淹れたコーヒーのほうが好きだけどな」
「え? あ、うん……あ、ありがと」
さらっと言われた言葉に面食らう。
みんなからはおいしいとは言われているけど、こうして面と向かって言われるとなんていうか、すごく恥ずかしい。
顔が熱くなっていくのが自分でもわかる。
「え、えへへ……」
でも、すごい嬉しい。
「アイス溶けちゃうよ?」
「へ? あ、そ、そうだね!」
慌ててカップと湯呑みを再び交換し、スプーンでアイスをすくって頬張る。
「……ん〜」
舌の上をとろりと溶けていく冷たいアイスクリーム。牛乳と砂糖の甘みをお茶の苦味が引き締めていく。
「うまぁ……」
やっぱこたつで食べるアイスは最高だぁ〜
「じー」
そんな歓喜に打ち震えるボクを、一人のソロキャンガールが睨みつけた。
なにを求めているのか、言わなくてもボクにはわかった。
「リンもひと口食べる? これすっごいおいしいよ! はい!」
スプーンでアイスをすくってリンに差し出す。ちょっと行儀悪いけどたまにはいいよね。
「い、いいよ。自分で食べるから」
「ほら、溶けちゃうよー」
「……わ、わかったよ」
恥ずかしそうに顔を赤らめたリンが身体を乗り出してアイスをパクリ。見開かれるリンの目。
「……うまっ」
「でしょー そっちの豆餅はどう?」
「食べる?」
「うん!」
「こ、こぼすなよ」
ちょっと恥ずかしそうなリンが差し出してきた豆餅をひと口。
「おいしいね! リン」
「……ふふ、そうだね」
二人で笑い合う。昼前の古民家カフェで、こたつで暖まりながらの楽しいひと時。
けっきょくこのあと、お互いにお互いの食べているものが食べたくなって追加注文するはめになるボクたちなのであった。
恐るべし古民家カフェ……