【完結】ザコの旅   作:クリス

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「「でか……」」

 

 天高くそびえ立つ杉の大木。風化し苔の生えた樹皮が、この木が積み重ねてきたであろう歴史の重みを感じさせる。

 

「天然記念物、湯島の大杉……そのまんまだな」

 

 リンが大木のそばに建てられた石碑の文字を読み上げつぶやいた。

 

 まあそれ以外言いようがないしね。逆に二つ名とかつけられてても困るけどさ。

 

 赤沢宿で小腹を満たしたボクとリンは県道37号を北進し、湯島にある大杉で小休止を入れていた。

 

「どうせだし写真撮ろうよ」

 

「うん」

 

 スマホをその辺の石に立てかけ杉をバックに一枚。スマホを回収して写真の出来栄えを確認。

 

「なんか、なに撮ってるのかよくわかんないな」

 

「ボクも思った」

 

 杉が大きすぎるのがいけないんだろうか。どうすればいいんだろう。あ、いいこと思いついた。

 

「リン、こうしようよ」

 

 耳元でゴニョゴニョと説明。どうでもいいけど、べつに耳元で言う必要なかったな。

 

「……恥ずいからやだ」

 

「聞こえなーい聞こえなーい。リン、スマホセットしたよ! 早く早く!」

 

 杉に抱きつきながらリンを急かす。こういうの一回やってみたかったんだよね。

 

「……しょうがないなあ」

 

 呆れたような声をあげながらリンが渋々といった様子で杉に抱きつく。

 

 3、2、1、スマホのシャッター音が鳴り響き思い出また一枚増えた。

 

「どれどれ……」

 

「なっ……」

 

 撮影した写真を確認して、リンが嫌そうな声をあげた。

 

「ぶふっ、抱きついてる。リンめっちゃ抱きついてる」

 

 思わず吹き出す。写真には、歴史ある大杉に顔を埋め抱きつくリンの姿が映っていた。

 

 ボクはちゃっかり顔をカメラに向けている。うん、いい笑顔。

 

「……せ」

 

「え?」

 

「け、消せー!」

 

 よほど恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしながらスマホを奪いにくるリン。そうはいかないもんねー!

 

 詰め寄るリンをひらりと回避。

 

 いつもみんなしてボクのことからかうからこうなるのだー、ふはは。

 

「はやっ!」」

 

「へへーんだ。みんなに送っちゃうもんねー」

 

 ちなみにこのあとスマホは普通に奪われた。

 

 

 

 

 

「あーあ、いい写真だったのになー」

 

『まだ言うか』

 

 まだまだ雪の残る37号。崖下に流れる早川を眺めながら前を走るビーノに向けて呪詛を送る。

 

「リンももっとはっちゃけちゃえばいいのに。クール気取ったっていいことなんてないよー」

 

『双葉は逆にはっちゃけすぎだろ。知り合ったときと全然性格違うじゃん』

 

「そうかなー?」

 

『そうだよ』

 

 言われてみればそんな気もする。

 

 たしかに、あの頃のボクなら自分から友だちをからかったりはしなかったと思う。

 

 ほんと、成長したよねボクも。

 

『そういや話変わるけど、斉藤がさっきラインでバイト始めたって言ってた』

 

「へぇ、恵那も始めたんだ」

 

『コンビニだってさ。どこのコンビニかは教えてくれなかったけど』

 

「あはは、なんか恵那らしいや」

 

 なんてことない話に興じながら先へ先へと進んでいく。

 

 山梨の奥だけあって、右を見ても左を見ても見えるのは山と木々そして川ばかり。

 

『改めて思うけど、とんでもない山奥だな』

 

「たしかに」

 

 この前行った富士五湖は一応国道と繋がっていたから車のとおりも多かったけど、この道はほんとうになにもない。

 

 聞こえてくるのは風切り音とエンジンの唸る音ばかり。耳を澄ますと川のせせらぎすら聞こえてくる。

 

 湿り気のあるひんやりとした山の空気。その中をひたすら進んでいくボクとリン。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

『……なんかいいな』

 

「だね」

 

 知らない道、知らない景色。未知の世界を二人で切り開いていくような、そんなワクワクする冒険。

 

 一人で黙々と旅するのも楽しいけど、こうして友だちと話ながら行く旅もまた楽しい。

 

「なでしこは今ごろついてるのかな」

 

 この場にはいない、もう一人の友だちのことを思い浮かべる。

 

『富士宮でしょ? 電車で1時間ちょっとだし、もうついてるんじゃないかな』

 

「なんか焼きそば食べるって意気込んでたよね」

 

『言ってたなそんなこと』

 

「焼きそばか……いいなあ、おいしいんだろうなあ」

 

 焼きそばの話したら腹が空いてきちゃった。この先の奈良田湖にお店あるみたいだし、ついたら寄ってみようかな。

 

『あれだけ食ったのにもう腹減ったのか……ほんと、そのちっこい身体のどこに入ってるんだ?』

 

「リンだって大して変わらないじゃん」

 

『いや、わたしのほうがでかい』

 

 じゃっかん食い気味に返してくるリン。やっぱり気にしているんだろうか。

 

「ふーんだ。いつか抜かしてやるもんねー!」

 

 とか言ってリン以上に気にしてるのは考えないことにする。

 

『……ふっ』

 

「今、鼻で笑ったなー! 覚えてろよー!」

 

 口では言い返すけど、何年経っても抜かせる気がしないのは気のせいだろうか。なんなら今以上に差が広がりそうな気がする。

 

 き、気のせいだよね?

 

 そうやって二人で馬鹿話をしながらしばらく山道を走っていくと、ボクとリンの操る2台のヤマハは奈良田トンネルと書かれた大きなトンネルの中に飛び込んだ。

 

 その瞬間、とてつもない寒さがボクの身体に叩きつけられた。

 

「『さむっ』」

 

 まるで冷凍庫の中に身体を突っ込ような寒さに思わず二人で悲鳴をあげる。

 

 これだから冬のトンネルは苦手なんだよなあ。寒いったらありゃしない。

 

『さ、さむいぃ!』

 

「リンはシールドついてるんだからいいじゃん! ボクなんてゴーグルだよぉ!」

 

 おかげでネックウォーマーに覆われた鼻と口が寒さで悲鳴をあげる。やばい、これほんとに寒い!

 

『シールドの中に風が入り込んでくるんだよぉ!』

 

 あぁ、そういえばジェットヘルメットのシールドって風入り込むんだっけ。

 

 リンはボクみたいに口元までマフラーで覆ってるわけじゃないみたいだから、そりゃ寒いか。

 

 って、いっちょまえに語ってるけどボクも寒い!

 

「は、早く行こう!」

 

『そ、そうだな』

 

 スロットルを回して加速するボクとリン。

 

 風が強くなって余計に寒くなった気がするけど、一刻も早くトンネルから出たかった。

 

 暗く長いトンネルを進んでいく。しばらく走ると視界の向こうに光が見えた。やった。出口だ。

 

 トンネルを抜ける。一瞬、強い光で目が眩んだ。

 

『あ、見えた』

 

 前を走るリンが左を指差す。きらりと反射するエメラルドグリーン。

 

 奈良田湖だ。山梨なのに奈良。なんか変なの。

 

『ちょっとそこの脇の駐車場で写真撮ってこう』

 

「わかった」

 

 ウィンカーを出しながら左に曲がるリンを追いかけてボクも駐車場に入っていく。

 

 ビーノの横にビーちゃんを止めてエンジンを切ると、まるで時間を止めたみたいに周りから音が消え去った。

 

「わぁ……」

 

 ガードレールに手をかけて、視界いっぱいに広がるエメラルドグリーンの湖面を目に焼き付ける。

 

 雪が降ったからか、向こう岸に見える木々の枝には雪が積もっていて、白と茶色のコントラストがなんとも言えない美しさを生み出していた。

 

「左手に見えるのが水門かな? あ、奥のほうに吊り橋かかってる。行ってみたいなあ」

 

「双葉、こっち見て」

 

「うん?」

 

 振り向く。リンがスマホを構えていた。

 

「にひひ」

 

 にっこりと笑いかける。

 

 パシャリと音がしてリンが小さくうなずいた。うまく撮れたみたい。あとで送ってもらおっと。

 

「わたしも撮ってもらっていい?」

 

 リンからスマホを受け取って画面に収める。うーん、もうちょっと奥行きがほしいな。

 

 いろいろとアングルを変え試行錯誤していく。よし、ちょっと斜めから撮って駐車場が映るようにしよう。

 

「リン、撮るよー」

 

 エメラルドグリーンの湖をバックにリンの姿を写真に……

 

「ん?」

 

 リンの背後に広がる駐車場。その一角に見覚えのある水色の車が見えた。あの車ってもしかして……

 

「どしたの? ふた……」

 

 何事かと思って振り返ったリンがそのまま固まった。

 

 見覚えのある眼鏡をかけた長い黒髪の女の人がボクたちを見ていた。

 

「やっぱり、リンちゃんと双葉ちゃんだったのね」

 

 そう言って、桜さんはボクたちに笑いかけた。

 

 

 

 

 

 囲炉裏にかけられた鉄瓶から噴き出す湯気をぼんやりと眺める。

 

「コーヒーとココアシフォンケーキで」

 

「えっと、わたしはえごまチーズケーキで」

 

 座布団ふかふかだなぁ。あったかいなあ……

 

「そちらのお客様は?」

 

 お腹空いたなぁ。

 

「お客様?」

 

「へぇ!? あ、えと、鹿肉のトマト煮で!」

 

 びっくりした。

 

 あったかいからついうとうとしちゃった。二人とも笑っちゃってるし。

 

 ひょんなことから桜さんとばったり出会ったボクとリンは奈良田湖にある古民家カフェでひと休みしていた。 

 

 囲炉裏で燻る炭の匂いがなんともいい雰囲気だ。赤沢宿とは違うけど、こういうのも悪くない。

 

「ごめんなさいね。ツーリングの邪魔しちゃって」

 

「あ、い、いえ全然」

 

 返事をするリンは心なしかそわそわしているようにみえた。そういえばリンと桜さんってあんまり話したことなかったはず。

 

「さっき大杉のところで見覚えのあるバイクが停まってるの見て、もしかしてって思ったけど。やっぱりあれリンちゃんたちだったのね」

 

 ボクはよくなでしこの家に遊びに行くから、桜さんがボクのバイクを覚えていてもなんらおかしくない。

 

 ということは、大杉でふざけあってたときにすれ違ってたってことか。

 

「桜さんはドライブですか?」

 

「えぇ、奥山梨のほうまで行ってみようと思って」

 

「じゃあボクたちと同じですね」

 

「へぇ、これからどこに行くの?」

 

「えっと、どこだっけリン」

 

「雨畑湖。ていうか朝言ったじゃん」

 

「近頃物覚えが悪くてさあ」

 

「まあ一番年上だもんな」

 

「それ、間に(笑)ってついてない?」

 

 あ、目逸らした。

 

「なんか言ってよー!」

 

 そんなくだらないじゃれあいをしていると、横からくすくすと笑い声が聞こえた。

 

「ふ、ふふ、二人はとっても仲がいいのね」

 

 ツボにハマったのか、肩を震わせふるふると笑う桜さん。ここまで笑ってる桜さんを見るのは初めてかも。

 

「ふ、ふふ」

 

「ふふふ」

 

 そんな桜さんにつられるように、ボクとリンもくすくすと笑う。この様子ならリンも桜さんと打ち解けられそうだ。

 

 ボクは笑いながらそう思うのであった。

 

 

 

 

「へぇ、インカムで話しながら」

 

「はい! リンが考えたんですよ。ねー」

 

「考えたっていうか、ネットに書いてあったの真似しただけっていうか」

 

「ふふ、あんまり夢中になりすぎないようにね」

 

「はーい」

 

 各々注文をしたものを食べ終え、お茶を飲んでひと息つきながらボクたちは桜さんをお喋りをしていた。

 

「そういえばボク思ったんだけどさ、ラインでやり取りしてるなら、車の中にいても話せるよね」

 

「そりゃそうだけど……あぁ、そういうことか」

 

 べつに特別な無線機で会話しているわけじゃないから、たとえば車の中にいるなでしこや千明とも話せるはず。

 

「そうそう。今度みんなでキャンプしにいくときできたらやってみたいなーって」

 

「それ、なんかあれみたいだな」

 

「あれって──」

 

「まるで原付の旅みたいね」

 

 ボクたちの会話を横から見守っていた桜さんが突然割り込んできた。しかも食い気味に。

 

「もしかして、リンちゃんも好きなの?」

 

「は、はい、この前クリキャンした時にみんなで見てそれで」

 

 妙な圧を放射する桜さんに、リンが困惑しながらそう言った。桜さん、大好きだもんね、あれ。

 

「そう……」

 

 ちなみにボクは桜さんによってすでに洗脳済みである。

 

「桜さん、よかったら雨畑湖まで一緒に走りませんか? ハンズフリーなら走りながらでも会話できると思うんで」

 

 桜さんのメガネがぎらりと光る。

 

 表情こそ変わらないけど、ボクも桜さんとはそこそこの付き合いだからわかる。うん、これは悩んでるな。

 

「…………やめておくわ」

 

 断るまでにものすごい間があったのは、気にしないでおこう。

 

「……リンちゃんに双葉ちゃん。いつもありがとうね」

 

 そんな和やかな雰囲気の中、ふと桜さんがそんなことを言った。

 

「どうしたんですか? 桜さん」

 

 リンの疑問にボクもうなずく。二人とも桜さんにお礼を言われるようなことをした覚えがなかった。

 

「なでしこのことよ」

 

「「なでしこ?」」

 

「わたしたち、引っ越してまだ日が浅いでしょ? あの子、ああ見えてすごく不安そうにしてたのよ」

 

 綾乃からも似たようなことを聞いた覚えがある。あの元気の塊みたいな子もそんなふうになる時があるのか。

 

「それもそうよね。生まれ育った街を離れるわけなんだから」

 

「そりゃそうですよね……」

 

「けど、今は家に帰るといつも二人のことばっかり話すのよ。それもすごく楽しそうにね」

 

 なでしこのことを語る桜さんは、それはそれは優しげな表情を浮かべていた。桜さん。なでしこのことが本当に大好きなんだな。

 

 本当にいいお姉さんだ。ボクは改めてそう思った。

 

「あの子、いろいろ抜けてるし迷惑かけちゃうかもしれないけど、二人がよかったらこれからも仲良くしてあげてちょうだい」

 

 そう言って桜さんは微笑んだ。

 

「はい! もちろんです! ね、リン」

 

「うん」

 

 断る理由なんてあるわけがない。むしろボクのほうからお願いしたいくらいだ。

 

 ピコン! ラインだ。なでしこからかな。

 

なでしこ:双葉ちゃん双葉ちゃん!

 

双葉:どうしたの?

 

なでしこ:じゃじゃーん! 

 

 添付された写真には眺めのいい景色となでしこの見切れた顔が写っていた。

 

双葉:綺麗だね

 

なでしこ:各務原なでしこ。ただいまキャンプ場に向けて登山中であります!

 

なでしこ:双葉ちゃんの真似してわたしもいっぱい写真撮ったんだー!

 

 ピコンピコンピコン。怒涛の勢いで送られてくる写真。綺麗な景色。おいしそうなご飯。

 

 写りが悪かったり逆光だったり、お世辞にも綺麗に取れているものばかりとは言えないけど、どれもすごく楽しそうなのが伝わってくる。

 

「あの子から?」

 

「はい。すごく楽しそうですよ。ほら」

 

 未だに鳴り続けるボクのスマホを覗き込む桜さんとリン。

 

「あいつ、どんだけ写真撮ったんだ」

 

 バッテリーなくならないといいけど。予備バッテリーは持ってるって言ってたし大丈夫か。

 

「楽しそうね。あの子」

 

 メガネの奥の桜さんの瞳が嬉しそうに輝いた。そうだ。いいこと思いついた。

 

「桜さん! リン! ボクたちも写真撮りましょ!」

 

 スマホのカメラを起動する。そうすれば意図を察したリンが、ボクの肩に顔を乗せるように顔を近づけた。

 

 首筋にリンの髪が当たって少しくすぐったい。

 

「桜さんも撮りましょ!」

 

「わ、わたしも?」

 

「桜さんがいないと意味ないじゃないですかぁ!」

 

「……ふふ、それもそうね」

 

 一度微笑んでリンと同じように顔を肩に乗せてくる桜さん。そうして横並びになった3人の顔をスマホをパシャリ。

 

 うん。いい感じ。なでしこにおーくろ。

 

双葉:3人で古民家カフェなう

 

なでしこ:えっ!? おねちゃ

 

「ふっ、あいつ誤字ってやがる」

 

「どんだけ慌ててるのよ」

 

 リンが桜さんがスマホを覗きながら笑った。

 

 顔を見なくてもわかるなでしこの慌てぶり。きっと今ごろ目を白黒させて驚いてるんだろうな。

 

「「「ふふふ」」」

 

 なんだか面白くなって、3人で笑いあう。

 

 こうして、ボクとリンと桜さんの束の間のひとときは過ぎていくのであった。

 

 

 

 

 

「あぁ〜」

 

「リン、くつろぎすぎでしょ」

 

「風呂上がりのマッサージチェアやべぇ〜」

 

 聞いてないし。まあ気持ちはわかるけどね。ボクもあとで使おうかな。

 

 あれから桜さんと別れ奈良田湖を後にしたボクたちは、来た道を戻り雨畑湖に訪れていた。

 

 そして今は絶賛湯上がりの真っ最中。温泉気持ちよかったなぁ。

 

「やっぱ温泉はちょっと熱いくらいがちょうどいいよね」

 

「あぁ〜 え? あ、うん、だな〜」

 

 返事が適当すぎる。今絶対聞いてなかったな。まあいいけど。

 

 火照った身体を休ませながら、穏やかな時間をすごしていくボクたち。窓から見える景色はもう夕闇に染まりかけていた。

 

 後少しでここも真っ暗になるだろう。これからまた走るのはちょっとめんどうだなあ。まあいつものことだけどさ。

 

「あっ、そういえば……」

 

 リンが思い出したかのようにはっとして、マッサージチェアから身体を起こした。

 

「双葉、なでしこから連絡来てる?」

 

「ううん。言われてみればたしかに来てないね」

 

 奈良田湖でのやり取りが最後だ。

 

 あれからもうけっこう時間が経っている。念のためスマホを取り出して確認。うん。やっぱり来てない。

 

「やっぱりか。わたしもなんだよね」

 

 どうしたんだろう。

 

 キャンプ場電話悪いのかな。ああいうところって場所によっては圏外だったりするしなあ。

 

「ちょっと電話してみる」

 

 スマホでなでしこに電話をかけるリン。しばらくすると電話を切ったリンが無言でボクに首を振った。

 

 やっぱりダメだったか。大丈夫かな。一抹の不安が頭をよぎる。

 

「山中湖みたいにめっちゃ寒いわけじゃないから大丈夫だとは思うけど……」

 

「ちょっと心配だね」

 

「……うん」

 

 なんともいえない沈黙がボクたちの間に流れる。

 

 大丈夫だとは思う。たまたま電波が繋がらないとか、そんなところだとは思う。様子を見に行ったところで楽しげななでしこが見れるだけだろうとは思う。

 

 けど、それで納得できるかといったらそういうわけじゃない。この前あんなことがあったばかりだから、なおさらだ。

 

「むむ……」

 

 リンが悩ましげに顔をしかめる。きっと、リンはボクと同じことを考えている。

 

「リン、ボクなら大丈夫だからね」

 

 だからボクはリンの不安が少しでも晴れるようにそう言った。

 

 なにが大丈夫とは言わない。そんなものは言わなくても伝わる。リンになら伝わる。

 

「……いいの?」

 

 一瞬嬉しそうな顔をして、すぐにもうしわけなさそうな表情を浮かべるリン。

 

「なでしこにこの前言ったこと覚えてる?」

 

 なにかあったらどこにでも駆けつける。冗談でもなんでもない。ボクは本気でそう思っている。

 

 だってボクはあの子の友だちだからだ。

 

「ふっ……そうだったな」

 

「じゃ、行こっか」

 

「だな」

 

 二人で同時に立ち上がる。

 

 雨畑から富士宮までだいたい60キロ。全然大した距離じゃない。パパッと行ってパパッと帰ってこよう。

 

「双葉」

 

 歩き出すボクをリンが呼び止める。

 

「……よろしく」

 

「うん!」

 

 さてと、風呂上がりにひと走りしますか。

 

 

 

 

 

 

「ほんとに圏外になってただけだったね」

 

「まあ、どうせそんなことだろうとは思ったけどさ」

 

 なでしこがキャンプしている富士宮のキャンプ場をあとにし、二人で駐車場に向かう。

 

 心配になって二人でここまで来たわけだったけど、けっきょく想像していたようなことはなにもなかった。

 

「なでしこのやつ、楽しそうだったな」

 

「だねー」

 

 二人でこっそり覗いた先にいたのは、キャンパーの子供たちと楽しそうにキャンプご飯を食べるなでしこの姿だった。

 

 あの笑い声を聞けば、ボクたちの心配が杞憂でしかないことは一目瞭然だ。もうここに用はない。お邪魔虫はさっさと帰るとしよう。

 

 すっかり暗くなった夜道を二人で歩いていく。なでしこ、なに食べてるんだろう。ボクもお腹空いたな。

 

「もう真っ暗だ……」

 

 リンが空を見上げる。月明かりに照らされて、雲が夜空を流れていった。

 

「キャンプはできそうにないね」

 

 これからキャンプ場に行くっていうのも無理があるだろう。しかたない。今回はおとなしく帰るとしよう。

 

「ごめん。付き合わせちゃって」

 

 もうしわけなさそうに謝るリンにちょっとだけムッとくる。

 

「リンー?」

 

「……ありがと」

 

「うむ。よろしい」

 

 しばらく無言で見つめあってそれから二人で笑い合った。

 

「……そういえば双葉って、こういうときどうしてたの?」

 

「うーん、近くの道の駅とかに行って野宿かな」

 

 どうしてそんなこと聞くんだろう。

 

 というか話してたら懐かしくなってきた。思い返してみればあれから一回も野宿してないのか。

 

 2月になったらまた遠くに行きたいな。今度はリンも誘おうかな。なんか今なら来てくれそうな気がする。

 

「……ここら辺って道の駅あったっけ?」

 

「麓のほうにあったはずだけど。なにか買いたいものでもあるの? もう閉まってると思うけど」

 

「いや……野宿ってどんな感じなんだろうなあって」

 

 リンがもじもじとどこか恥ずかしそうに言う。まさかリンの口からそんな言葉で出てくるなんて驚いた。

 

「本気? めっちゃ寒いよ」

 

 キャンプに慣れているとはいえ、野宿は勝手が違う。リンには悪いけど、正直おすすめできない。

 

「やってた本人が言うなよ……双葉だってやってたんでしょ? ならわたしだって大丈夫でしょ」

 

「いや、普通にダメでしょ」

 

「うぐ……だよな」

 

 ボクの家みたいな放任主義(物理)みたいな環境じゃないかぎり、年頃の女子高生に野宿なんて咲さんが許さないだろう。

 

 そういばお母さん今どこにいるんだろう。この前ハワイでめっちゃ楽しそうに銃撃ちまくってる動画送ってきたけど。

 

 ほんと、なにしてるんだろうあの人。謎だ。

 

「寒いしさ。今日は帰ろうよ。キャンプはまた今度しよ?」

 

「……わかった。約束だからな」

 

「うん!」

 

 暗がりの夜道。寒い風が吹き荒ぶ冬の富士宮。そんな場所を二人で一緒に歩いていく。

 

「寒いな」

 

 リンが言った。吐いた息が白いもやになって宙に溶けていった。

 

「寒いね」

 

 ボクは言った。

 

「……手、つないでいい?」

 

 小さくうなずくと、冷たくなったボクの手に、冷たくなったリンの手が重なった。

 

「冷たいね」

 

「そっちもな」

 

 手を繋ぎ、二人で一緒に歩いていく。今夜のことは、なでしこには内緒だな。

 

「夜なに食べる?」

 

「双葉が好きなのでいいよ」

 

「じゃあカレー麺」

 

 またかと言って、リンが小さく笑った。そんな寒い夜の出来事だった。

 

 

 

 

 

 ちなみにこの後、ボクたちと同じようになでしこの様子を見にきた桜さんとばったり出くわして、抱き合いながらみっともない悲鳴をあげたことは、またべつの話。

 

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