【完結】ザコの旅   作:クリス

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「じー……」

 

 穴の中を覗き込む。

 

 オレンジとブルーのグラデーションが映えるサイの角みたいなガラスの彫刻。その真ん中にポッカリとくり抜かれた穴。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そんな穴を覗き込むと、ちょうど円の先の沖に同じように穴が空いた岩が海面から飛び出していた。

 

「だから穴空いてるんだ……」

 

 ここは大田子海岸。御浜岬でささやかなコーヒーブレイクをしたのち、ボクたちは下田へ向けての旅路をのんびりと進んでいた。

 

「なに見てんの?」

 

 左を向くと、さっきトイレに行くと言っていたリンが横に立っていた。

 

「リンも見てみなよ。おもしろいよ」

 

「ふーん……」

 

 場所を交代してリンが彫刻の穴を覗き込む。

 

「なんか犬みたいだな。あの岩」

 

「え? どっちかっていうと横向いた猫じゃない?」

 

「そうかな……」

 

 考え込むように穴の先を覗き続けるリン。見ているのに集中しているせいで全然こっちに意識が向いてないみたいだ。

 

 そんなリンにちょっとだけいたずら心が芽生える。

 

 バレないようにそっと指を頬にくるように近づける。あとはリンが振り向けば風で冷え切った指が頬に突き刺さる寸法だ。

 

「リン、そろそろ行かない?」

 

 笑うのを我慢しながら言う。

 

「あ、そうだった。行こっ──つめっ!?」

 

 小さい悲鳴を上げながらリンがのけぞる。ふひひ、大成功。

 

「子供かよ……」

 

 呆れるリン。自分でもそう思う。でも楽しいからいいのだ。

 

「ふひひ、じゃそろそろ行こっか」

 

「じー……」

 

 さっさと出発しようとするボク。そしてそんなボクを無言でじっと見つめるリン。光のない瞳がボクを射抜く。

 

「ど、どうしたのリン?」

 

 ちょっと嫌な予感がしてたずねる。にゅっとリンの両手がボクの顔に伸びてきて……

 

「うひゃぁ!?」

 

 冷え切った両手がボクの頬をむにゅっと挟み込む。なんだこれ!? つ、冷た!

 

「双葉のほっぺめっちゃ冷たいな」

 

「つ、つめたいからやへてー!!」

 

 ボクの謝罪など意にも介さずむにゅむにゅと頬をもむリン。忘れてた、リンはいたずらすると仕返ししてくるのだ。

 

「……やわい」

 

 感心したように揉みつづけるリン。心なしか目がキラキラしているような気がしなくもない。

 

「も、もうゆるひてよー!」

 

「やだ」

 

 これがちょっと前に流行った倍返しってやつなのか! 

 

 このあとリンが満足するまでの間、揉まれ続けるボクなのであった。

 

 うん、やっぱ慣れないことはするもんじゃないね。ボクはまた一つ賢くなった。

 

 

 

 

 

 釣具店の前で右に曲がる。

 

 県道16号線をはずれ、浜に向かって山道を下っていく。山肌を掘って作ったらしい道は、昼間だというのに薄暗く、日光が入らないせいでしっとりとしていた。

 

 そんな道をしばらく走っていると、だんだんと木々が開けてきて、やがて民宿が立ち並ぶ宿場町のような場所にでた。

 

 ガードレールの向こうに広がる砂浜と海を眺めながら左折。目的の場所に向かってトコトコと進んでいく。

 

『あれじゃない?』

 

 前方、崖下に沿うように小さな駐車スペースが広がっていた。

 

 ビーノがウィンカーを焚いて駐車場の手前に停車。ボクも同じようにシフトダウンしながら停車。

 

「ここが竜宮窟か」

 

 リンがつぶやく。出発する前に話し合って行こうと決めていた場所だ。見たところあまり大きくないしすぐに見終わるだろう。

 

「洞窟の天井が吹き抜けになってるんだっけ?」

 

「みたい。まだ時間大丈夫だし寄ってみようよ」

 

「だね」

 

 そう思ってエンジンを切ろうとしたそのとき、ある看板が目に入った。というか入れざるをえなかった。

 

「「駐車料金500円……」」

 

 赤字で大きく書かれた文字。

 

 静まり返るボクたち。ビーノとビーちゃんがまだー? と言いたげにトコトコとエンジンを鳴らす。

 

 500円……500円かぁ……

 

 せっかく来たのだから寄っていきたいという気持ちと、500円を払いたくないというみみっちい気持ちがせめぎ合う。

 

 500円vs思い出。稀に見るしょうもない戦いの火蓋が切られようとしていた。

 

「……リン、どうする?」

 

 恐る恐るたずねる。

 

「む……」

 

 無言。ヘルメットのバイザーの中で、いったいどんな思いを抱いているのだろうか、ボクには伺い知ることがきでない。

 

 なぜならそれはリンの心の戦いだからだ。

 

 どうするリン? ボクはついてくよ。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「あっ」

 

 すぃーっと、ビーノが走り出す。

 

 それはもう滑らかな走り出しだった。たぶん教習所なら文句なしの百点満点。

 

『双葉、下田まであと7キロだってさー』

 

 まるで、ちょっと地図を見ようと止まっただけですよと言わんばかりにリンは走っていく。

 

 ……まあ、うん、だよねー

 

「りゅ、竜宮窟……どうする?」

 

『……つ、次来たとき』

 

 ごめんなさい、500円はボクたちにはちょっと高いです。

 

 こうして、いそいそと逃げていくボクたち……もといクソザコ二人なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「「ついたぁー」」

 

 目の前に広がる南伊豆の海を眺めながら、二人で盛大に身体を伸ばす。

 

 身延から180キロ。山を越え、森を抜け、ボクたちは集合場所である下田のまどが浜海遊公園へと足を踏み下ろした。

 

「双葉、今何時?」

 

「11時。ちょうどいい時間」

 

 道が空いてたからなんとか遅刻せずに着くことができたみたいだ。

 

「あいつらもう来てるのかな?」

 

 二人で公園の駐車場を見回す。

 

 先生は火熾しお姉さんこと妹の涼子さんから借りたオレンジのミニバンで来ると言ってたけど、それらしい車は見当たらない。

 

「いない……」

 

「車だからもう来ててもおかしくないんだけどな」

 

 なんならボクたちが見つけなくても向こうが見つけて声をかけにくるだろう。

 

「ちょっとラインしてみるか」

 

 リンがスマホをポチポチいじる。少しして着信が入った。

 

リン:下田ついた

 

双葉:リンどこー?

 

リン:お前の目の前だよ

 

恵那:おー、時間ぴったり

 

恵那:ごめんねー 今河津のほうですごい渋滞にハマっちゃってて、ちょっと遅れると思う

 

あおい:桜ごっつうきれいやでー

 

 あおいのメッセージに添付された写真には満開の桜並木が映っていた。この時期に咲くなんて珍しいなあ。だから混んでるのか。

 

あかり:リンちゃんとおねーちゃんの分も桜まんじゅう買っとるから、あとでたべようなー!

 

双葉:ありがとー! 

 

千明:とまあそんな感じだから、わりぃけどもう少し時間かかりそうだわ

 

リン:わかった。じゃあ来るまで双葉とその辺ブラブラしてくる

 

千明:了解っと。んじゃついたら連絡するぜ

 

リン:うぃ

 

双葉:はーい! そういえばなでしこは? まだ寝ちゃってる?

 

なでしこ:わたしはこのとおりビンビンだよー! あ、その辺足湯あるらしいから、温泉の前にちょいと疲れを癒していくってのも乙でっせー!

 

なでしこ:…………

 

なでしこ:……だよー!

 

「千明だな」

 

「千明だね」

 

 スマホをしまう。なにかあったのかと思ったけど、みんな元気そうでよかった。

 

「とりあえず、足湯でも浸かっとくか」

 

 駐車場をあとにし海辺の公園を歩いていく。ボクもリンもめちゃくちゃ早足だったのはたぶん気のせいじゃないと思う。

 

 

 

 

 

 冷え切った足の指先をそっと湯面に差し込む。

 

 親指がお湯に入った瞬間、まるで足がお湯に溶けていくかのような気持ちよさに満たされた。

 

「「ふぁぁ〜」」

 

 両足をお湯に浸して身体の力を抜く。これやばい。めっちゃ気持ちいい……

 

「これやばすぎぃ……」

 

 隣に座るリンの顔は、まるで煮込みすぎたお雑煮の餅みたいにゆるゆるになっていた。

 

「ふぁぁ〜」

 

「溶けてやがる……」

 

 ボクもだった。

 

「このまま全身浸かりてえ……」

 

「みんなと合流するまでの辛抱だよぉ」

 

「わかってるぅ、わかってるけどさぁ」

 

 まるで子供が駄々をこねるみたいに身体を左右に揺らすリン。足湯って気持ちいいけど、結局普通にお風呂に入りたくなっちゃうのがな。

 

 どうせあとで入るんだし、それまで我慢我慢。

 

「ふぅ……」

 

 熱いお湯に足を浸しながら、潮風に揺れる入り江をぼんやりと眺める。

 

 ポツンと浮かんだ小島。岸壁に停泊している白い大きな船、ごついしたぶん海上保安庁の船だろう。

 

 岸壁に打ち付けられる波の音に耳を澄ます。

 

「平和じゃのう……」

 

「でたなおばあちゃん」

 

 千明たちには悪いけど、渋滞にはまってくれてよかったかもしれない。

 

 スムーズに合流していたらこうしてゆっくり足湯に浸かることもできなかっただろう。

 

「こうして見ると、けっこういろいろあるな。あ、あの島とか行けるのかな」

 

 まったりムードのボクとは対照的に、リンは下田の景色に興味津々の様子。

 

「ふーん、犬走島っていうのか……ちょっとその辺散歩してくるよ。双葉も来る?」

 

「ううん、ここにいるー」

 

 一回休みモードに入っちゃうとなかなか走る気にならない。バイク乗りあるあるだ。 

 

「わかった。じゃあちょっと行ってくる。先生たち来たら連絡して」

 

「はーい」

 

 支度をすませてすたすたと去っていくリンの後ろ姿を眺めながら港の空気を満喫する。

 

 前来た時もここには来たはずだけど、足湯があるなんて知らなかった。

 

 ひたすら前へ前へと進んでいくのは楽しいけど、たまにはこうして足を止めてのんびりするのも悪くない。

 

 走ってばっかりじゃ見えないものもあるってことなんだろうなあ。

 

 やばい、あったかすぎてちょっと眠くなってきた。

 

「どうせまだ時間かかるだろうし、ちょっと寝ちゃおっと……」

 

 波の音に耳を澄ませ、目を閉じる。脳裏にここまでの景色を思い浮かべながら、ボクの意識はゆらゆらと沈んでいくのであった。

 

 

 

 

 

「──ちゃん、──ちゃん!」

 

 なんか聞こえる……なんだろ? まあいいや、眠いしもうちょっと寝てよう。

 

「えい」

 

「ぴゃああ!?」

 

 うなじになにか生暖かいものがピトッと触れて思わず飛び跳ねる。浸かっていた足湯のお湯が飛び跳ねる。

 

「え!? え!? な、なに!?」

 

「にしし! ひっかかったー!」

 

 突然のことに目を白黒させていると、後ろから聞き覚えのある幼い笑い声。振り返る。

 

「こんなところで寝とると風邪ひいてまうでー おねーちゃん」

 

「あかりちゃん?」

 

 小さな両手をわしゃわしゃさせながら、あおいそっくりの顔がにっと笑う。さっきうなじにあたったのはあかりの手だったんだ。

 

「おねーちゃん、さけび声おもろいなー ぴゃああって!」

 

 楽しそうに笑うあかり。やられたほうとしてはたまったもんじゃない。これはちょっとお仕置きだな。

 

「やったなこのー」

 

 手袋を脱いでキンキンに冷えている両手であかりのほっぺを挟み込む。

 

「うひゃー! なんやこれー!」

 

 さすがのあかりも参ったみたいで、猫が全身の毛を逆立たせるようにびくりと震える。

 

「つ、冷たすぎやろー!?」

 

「ふはは、これが冬のバイク乗りの手なのだー どうだーまいったかー」

 

 もちもちのほっぺをモニョモニョする。なんだこれ、柔らかすぎでしょ。

 

「あはは、かんにんしてー」

 

 口ではそういいつつも満更でもない様子。やばい、あかりかわいすぎる。このままお持ち帰りしたい。

 

「お、いたいた」

 

「さっそくやっとるなあ」

 

 あかりとじゃれあっていると、あおいと千明もやってきた。駐車場のほうに目を向けると、オレンジのミニバンの側でリンたちもいた。どうやら寝ている間に到着したらしい。

 

「よっ、ロリ子」

 

「おはよう。お疲れ、渋滞抜け出せたんだね」

 

「ほんま大変やったわあ。いくら時間経っても全然進まへんし」

 

「あはは、おつかれ」

 

「なーなー! あおいちゃん! おねーちゃんの手、むっちゃ冷たいで!」

 

 いつのまにかボクの手から抜け出していたあかりがボクの手を掴んであおいの手に触れさせる。

 

「うわっ、ほんまや。双葉ちゃんの手カチコチやん。なんかあったいもん飲んだほうがええんとちゃう?」

 

 心配そうにボクの顔を覗きこんでくるあおい。

 

 バイクに乗ってるとこういうのは当たり前なんだけど、乗ってない人からするとびっくりするらしい。

 

「てかようみたら手、カサカサやん! ハンドクリームとか塗っとらんの?」

 

 よくわからないけど、あおい的にはひどいらしい。口を開けてびっくりしている。

 

「ハンドクリーム? 塗ってないけど」

 

 乾燥しているとはいえ気にするほどのものじゃないと思うんだけど。いつも塗ってないし。

 

「あかんでもう! ひび割れでもしたらどないすんねん。うち持ってきとるからちょっと待っとってな」

 

 オカンモードになったあおいがそんなことを言い出した。どうせすぐに出発するし、いらないと思うんだけどなあ。

 

「えぇ、べつにめんどくさ──」

 

「ちょっと、待っとってな」

 

「おねがいします」

 

 ギラリと光る眼光に気圧されてうなずく。そんなボクを見てしょうがないなといった感じで車に戻っていく。

 

「おねーちゃん、相変わらずヘタレやなあ」

 

 やめて、追い討ちやめて。

 

「イヌ子のロリ子に対する過保護っぷりは相変わらずとして。で、どうだったよ。そっちは?」

 

「こっちは楽しかったよ。いろいろ見れたしね。写真も撮ったしあとで見せ合いっこしよ」

 

「おう! ま、今はとりあえず先生のところ戻ろうぜ」

 

「だね」

 

 すっと足湯に浸かってたせいでふにゃふにゃになった足を持ってきたタオルで拭いてブーツに履き替え、先生たちのところに歩き出す。

 

「あ、おねーちゃん桜まんじゅうこうとるからあとであげるでー!」

 

「ははー! ありがたきしあわせー」

 

「ほな、300万円」

 

「ふふ、じゃあローンでお願い」

 

 こうして、いよいよボクたちの伊豆キャンが本格的にその幕を上げるのであった。

 

 

 

 

 

「ちなみにトイチなー」

 

「レートが鬼畜すぎる……」

 

 

 

 

 

「ふぅ、おいしかったー」

 

「すっごいおいしかったねー!」

 

 なでしこと二人でお腹をさすりながらさっき食べた金目鯛バーガーのおいしさを讃えあう。

 

「もう、二人ともさっきからそればっかりじゃん」

 

 そんなボクたちを恵那が呆れたように笑う。

 

「だっておいしかったんだもーん。ねー双葉ちゃん」

 

「ねー」

 

 無事下田で合流を果たしたボクたちは、近くの道の駅でちょっと豪華なランチをとった。サクサクのフライとソースの絡みが絶妙な金目鯛バーガー……フライドポテトも揚げたてで最高だったなあ。

 

「でももーちょっと食べたかったかも」

 

「あ、わかる〜 ちょっと物足りないよねぇ」

 

「いや食い過ぎだろ。どんだけ食べる気だよ」

 

「リンちゃん! おかわりは別腹、なんだよ!」

 

「そうだよリン!」

 

 で、結局食べすぎてちょっとお腹が痛くなるまでがセット。まあなでしこはそれすらなさそうだけど。

 

「ふっ、はいはい」

 

「二人ともほんと食いしん坊さんだな」

 

 リンと恵那がしょうがないなと言いたげに微笑む。

 

「先生、これからどないします?」

 

 駐車場を歩きながら、あおいがこれから予定をたずねる。

 

「そうですね……今のところ順調そのものですし、予定通りスーパーに買い出しに行って、それから爪木崎で野営、ですかね」

 

 野営? キャンプじゃないのかな? いや、似たようなものか。

 

「温泉! 温泉行きはりますよね!?」

 

「ええ! もちろん」

 

 先生の言葉にあおいが嬉しそうに笑う。あおいってほんと温泉好きだよね。まあボクも好きだけどさ。

 

「リンたちがビャクシン樹林に御浜岬、大田子海岸。んで、あたしらが城山。で、このあと爪木崎っと……ていうことは今日でジオスポット5ヶ所回るってことか。思ってたよりペース早いな」

 

「双葉ちゃんたちだけで3ヶ所やろ? やっぱバイクの機動力えげつないわ」

 

「まあこっちは道も空いてたしさ」

 

 その気になれば3日くらいで伊豆のジオスポットの大半を回ることだってできるだろう。ほぼ確実にデスマーチになるだろうからやらないけど。

 

「ねえあおいちゃん、明日ってどこ行くんだっけ?」

 

「えっとな、たしか稲取にある細野高原やろ? トンボロは……そうや、明後日やったな」

 

 恵那の質問にあおいが的確に答えていく。

 

「なあなあ、あおいちゃん。トンボロってなんなん?」

 

「豚トロの仲間やでー」

 

「へぇ、知らんかったわー おおきになー」

 

「ええでー」

 

 息を吐くように平然をホラを吹くあおい。トンボロは自然現象で、決して豚トロの仲間などではない。

 

「イヌ子って妹にも容赦ないんだな……」

 

「あかりちゃん、強く生きるんだよ……」

 

 そんな壮絶な姉妹の生き方に戦慄するなでしこと千明。

 

 でもボクは知っている。あかりがトンボロのことを知っていることを。

 

 なぜなら、ボクがあかりの自転車を直しにいったときに教えたからだ。つまり、ホラを吹いてるのはあおいだけではない。

 

「「ふふふ……」」

 

 子供の落書きみたいなふざけた目で見つめ合う。もとい睨み合うホラ吹き姉妹。

 

「な、なんて恐ろしい姉妹なんだ……」

 

 その壮絶な生き様に、畏敬の念を禁じえないボクなのであった。

 

「なにしてんだお前ら……」

 

 ボクもわからない。

 

 

 

 

 

 

『リンちゃーん、おーい!』

 

 スピーカーの向こうで、なでしこの元気いっぱいの声がこだます。前を走るミニバンのリアウィンド越しに、なでしこが手を振るのが見えた。

 

『なに? なでしこ』

 

『えへへ、呼んでみただけ』

 

『なんだそりゃ』

 

 ボクの斜め後ろを走るリンが呆れたように言う。セリフこそあれだけど、ミラーに映るリンの顔は楽しそうに綻んでいた。

 

『双葉ちゃーん!』

 

 あ、今度はボクの番だ。

 

「なにー?」

 

『呼んでみただけー!』

 

「はーい」

 

 下田をあとにしたボクたちは買い出しを終え、今は県道116号線を下り今日のキャンプ地である爪木崎へと向かっていた。

 

 右へ左へとうねる道を走っていく。

 

『なでしこー あんま話しかけてよそ見させんなよー』

 

 ヘッドセットから聞こえる車内の音には、千明の声も混じっていた。

 

『えへへ、原付の旅みたいでテンション上がっちゃってさ』

 

 普段、ボクとリンはスマホを使うことによってバイクに乗りながらでも会話をしている。

 

 スマホにヘッドセットを繋いでラインで会話しているだけなので、車の中にいるなでしこたちと会話をすることは、さほど難しいことじゃなかった。

 

『へぇ、二人ともいつもこないして話とったんか』

 

 あおいが感心したように言う。

 

『なんか楽しそうだよねー』

 

 スピーカー越しにみんなの声が聞こえてくるのはなんというか不思議な感じだ。

 

『あ、あおいちゃんお菓子とってー!』

 

『あんたさっき食うたばっかりやろ』

 

『あ! わたしも食べたい食べたい!』

 

『お前らこのあとキャンプ飯あるの忘れんなよー』

 

『わたしもちょっと食べちゃおっかな。先生も何か食べますか?』

 

『あ、でしたら──』

 

 電話がつながったままだから、車内の様子が丸聞こえだ。ワイワイと楽しそうなのはいいんだけど──

 

『あー! なでしこちゃんUFO! UFO飛んどる!』

 

『えぇ!? どこ!? どこあかりちゃん!』

 

『いや、どう考えたってホラに決まってるだろ……』

 

『あはは』

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

『うるせえ……』

 

「あはは、ちょっとね」

 

 リンも同じ気持ちみたいだ。まあずっと耳元で騒がれたら誰だってそう思う。

 

「でも、たまにはいいんじゃない? こういうのもさ」

 

 たしかにやかましい。けど、鬱陶しくはない。

 

『……それもそっか』

 

 そんなやりとりをしながらくねくねと折り曲がった道を走っていく。この先を行けば爪木崎だ。

 

『お二人とも、聞こえますか? あと少しですよ』

 

 いったいどんなキャンプになるのかな? 

 

 

 

 

 

 青い空と青い海。岬の向こうにポツンとたたずむ灯台。そんなまるで絵画のような世界を歩いていく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 右を見ればさっき走ってきた岬の海岸線と、伊豆半島が太陽に照らされて光り輝いていた。

 

 爪木崎。ボクは、今日のキャンプするはずだった公園を一人歩いていた。

 

「まさかキャンプできないなんて……」

 

 和気藹々と爪木崎にたどり着いたボクたちを待ち構えていたのは、キャンプはできないという観光協会の人の無慈悲なひと言だった。

 

 なんでもここら辺一帯は何年か前に地主の意向でキャンプが禁止になったらしい。

 

 ここで野営する気まんまんだったボクたちにとってこれは完全に寝耳に水だった。

 

 とはいえ来たからには観光しようということで、いろいろ見て回っている次第だった。

 

「でもまあ、最悪野宿すればいいだけだしだなあ」

 

 出鼻をくじかれたボクたちだけど、実をいうとそこまでショックを受けてなかった。

 

 ぶっちゃけこんなのよくあることなのだ。みんなは最悪車中泊って怖がっていたけど、底辺を経験していると何事にも動じなくなるというのは本当らしい。

 

「なんだろあれ」

 

 なんとなく一人で歩きたくなって、みんなと離れて岬の道を歩いていると、ハートをかたどった金属のアーチが目に入った。

 

 近づいて足を止める。

 

 恋する灯台といういかにもな立て札が置かれたアーチ。よく見ると灯台がハートの輪の中に入るように作られているみたいだった。

 

 千葉で沖ノ島に寄ったときも思ったけど、とりあえずなんでもかんでも恋愛に絡めようとするのはどうしてなんだろうか。

 

「双葉ちゃーん! おーい!」

 

 ハートのアーチと睨み合っていると、ボクを呼ぶ声がした。振り向く。

 

 俵磯に行っていたはずのなでしこが手をブンブン振りながらボクに駆け寄ってきていた。

 

「俵磯どうだった?」

 

「えっとね! めっちゃ鉛筆だったよ!」

 

 たくさんの六角形が集まってできた岩場とは聞いている。見ようによっては鉛筆に見えなくもないんだろう。

 

「へぇ、あとで行ってみよっかな」

 

「うん! 一緒に行こ! そういえば双葉ちゃんさっきから何みてるの?」

 

 無言でハートのアーチを指差す。

 

「あ、ハートだ」

 

 ハート型のアーチに気がついたなでしこが不思議そうに首をかしげる。

 

「なんでハート?」

 

「わかんない。でもかわいいからいいんじゃない?」

 

「そっか……そっか?」

 

 観光地にある謎のオブジェクトにいちいち意味を求めてはいけない。置いた人もノリで置いただけだろうし。

 

「そういえばリンとあかりちゃんは?」

 

 千明たちが灯台のほうに行っているのは知っている。

 

 なんせ今も視界のはじに騒いでる姿が映っているからだ。

 

『あーイヌ子もうちょっと口開いて灯台を食べてるみたいにだなー』

 

『アキー! 地面むっちゃ冷たいんやけどー!』

 

 さっき集合写真撮ったばかりなのに、また変な写真撮ろうとしているみたいだ。あとで見せてもらお。

 

「今来てると思うよ。双葉ちゃんが気になって先に来ちゃったんだ。もう来てるんじゃないかな?」

 

 あたりを見回すなでしこ。ボクも真似して見回す。いた。崖ぞいの小道からリンとあかりがこっちに近づいてきていた。

 

「あ、いた。おーい! リンちゃーん! あかりちゃーん! こっちで写真撮ろー!」

 

 そんな感じで集まって……

 

「ほな撮るでー」

 

「なんでわたしが真ん中……てか近えよ」

 

「えへへ、3人で写真撮るの久しぶりだね〜」

 

「ね〜」

 

「……ふっ、そうだったな」

 

 ボクとなでしこで、なんだかんだいって満更でもなさそうなリンを挟み込んで写真を撮ったり……

 

「あぁ、ほんとにどうしましょ」

 

「大丈夫ですよ先生! どうしようもなかったら野宿すればいいだけですから! むしろしましょう! 気づくと顔に虫がついてたり雨が降ってたり、不良の溜まり場になってたりすることがあるけど慣れれば全然大丈夫ですから!」

 

「大丈夫な要素が全くねえ……」

 

「なんでロリ子はノリノリなんだよ……」

 

「忘れとったけどこの子こっちが本業やったわ……」

 

 ノリノリで野宿を進めたり(当然却下された)して爪木崎での時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 そして──

 

 

 

 

 ぶるぶると震えるシリンダーに手をかざす。うん、だいぶあったまってきた。

 

 ミニバンの運転席に座る先生に合図すると、先生が微笑んでうなずいた。

 

「ではそろそろ出発しましょうか。お二人とも大丈夫ですか?」

 

 そんな先生に二人でうなずく。目指す先は稲取にある細野高原。

 

 キャンプ場所が使えないっていうトラブルはあったけど、山中湖で千明たちを助けてくれた飯田さんのおかげでそれもなんとかなった。

 

 ちょっと予定は変わったけど、それもまた旅の楽しみの一つだ。

 

「リンちゃん双葉ちゃん! 走りながら原付の旅ごっこしよ!」

 

「お、楽しそうだねー」

 

「なんだなんだ? あたしも混ぜろー!」

 

「なでしこちゃんあたしもあたしも!」

 

 ワイワイ騒ぎだす車組。あっちはあっちで楽しそうでいいな。

 

「あんたら運転の邪魔になるからやめいや。ごめんなー2人とも」

 

 あおいの太眉が、もうしわけなさそうに垂れる。楽しいだろうけど、たしかにずっと話されるとちょっと困るかもしれない。

 

「少しくらいなら平気だよ。だよね双葉」

 

「うん!」

 

 ボクたちが言うと、あおいはにっこりと笑ってくれた。そろそろ出発の時間だ。

 

「先生、ゆっくりしてると日が暮れちゃうし行きましょう?」

 

「ふふ、ですね」

 

 窓が閉まり、ミニバンが走り出す。リアウィンドから見えるみんなの背中と白いナンバーを眺めながら、ビーちゃんを走らせていく。

 

 少しだけ傾きはじめた太陽の下、潮風に満ちた思い出を振り返りながら、爪木崎をあとにする。

 

 鳴り響く3台のエンジンの音。次はどんなものが待ってるのかな?




予想以上に文量が多くなりそうなので、後半はまた後日投稿します。
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