【完結】ザコの旅   作:クリス

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 ヘルメットを脱ぐ。心地のいい潮風が顔を撫で付ける。

 

「おぉー 綺麗」

 

 ガードレールに手を乗せて、身を乗り出し目の前に広がる景色を眺める。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「いいな、ここ」

 

 リンがスマホをかかげて目の前の景色をパシャリ。

 

 あれから朝食を済ませたボクとリンは、黄金崎を散策したあとキャンプ場から9キロほど走ったところにある浮島海岸へと立ち寄っていた。

 

 左右をゴツゴツとした岩の小山に挟まれた浜はよく見ると大小様々な形の岩で作られていて、駿河湾の荒波で磨かれたのか、どれもツルツルしている。

 

「さすが伊豆。どこ行っても絶景だらけだねえ」

 

「だな。あ、洞窟ある」

 

 リンが指さすほうに目を向けると右のほうの小山に洞窟があった。よく見るとその下を海水が通っているようだ。

 

 さらに目を凝らして見ると、浜を行った先に通路があって洞窟を近くで見れるようになっているらしい。

 

「近くまで行けるみたいだね。行ってみる?」

 

 リンがうなずく。ビーちゃんにヘルメットを引っ掛けて少し歩いた先にあるコンクリートの階段を下る。

 

 階段の先は浜と直接つながっていて、洞窟の近くに行くためにはむき出しの岩場を歩かなくちゃいけないみたいだ。転ばないように気をつけないと。

 

「リン、足元気をつけてうわっ!?」

 

「あっ!」

 

 足の踏み場を間違えてバランスが崩れる。けど、転ぶ寸前にボクの腕を掴んでくれたおかげで転ばずにすんだ。

 

「だ、大丈夫?」

 

「あ、ありがと」

 

「足場悪いんだから、気をつけろよな」

 

「えへへ、ありがと」

 

 笑いながらお礼を言って再び歩き出す。駐車場から見たときはこんなに歩きづらいなんて思わなかったのに。

 

 やっぱり自然をなめたらいけないってことか。

 

「ちょっと待って」

 

 リンの言葉に立ち止まり振り返る。

 

「どうしたの?」

 

 ボクが聞くとリンは頬をかきながらおもむろに手を差し出してきた。

 

「ん」

 

 まるでなにかを催促するかのように手のひらをボクに突き出す。

 

「うん?」

 

 意味がわからなくて聞き返すと、リンは少し恥ずかしそうに目を背けた。

 

「……手、つなごうよ。それなら転ばないでしょ?」

 

「……うん!」

 

 差し出された手を握り返すと、リンの細い指がボクの手をしっかりと握り返してきた。

 

「リンの手、あったかいね」

 

「ポケットの中でカイロ握ってた」

 

 二人で手を握って、洞窟を目指しゴツゴツした岩場を歩いていく。

 

 転ばないように気をつけながら歩いていくと洞窟のすぐそばまでたどり着いた。

 

「うわ、海めっちゃ透き通ってる」

 

「あ、ほんとだ」

 

 小山にそって敷かれたコンクリートの道から洞窟と海をながめる。

 

 天然のトンネルの下を通る海はまるで宝石のように透き通っていて、底の岩礁の形まではっきりとわかるくらいだ。

 

 そして降り注ぐ太陽が、青や緑のグラデーションとなって海面を彩っている。

 

「ここで泳いだら気持ちいいだろうなあ」

 

 まあボク泳げないんだけどね。暖かくなったらリンに教えてもらおうかな。

 

「今泳いだら死ぬほど寒いだろうな」

 

「まだまだ冬だしね。あーあ、早く春にならないかなー」

 

 本格的に暖かくなってくるのは4月のはじめか、3月の終わりごろだろうか。

 

 そのころには桜も咲きはじめていて、ボクたちは2年生になっていて、新しい部員とかも増えたりして。

 

 そっか、もう2年生かぁ……

 

「どうしたの双葉」

 

「ううん、なんでもない。春になったらどこ行く? ボク花見キャンプ行きたいなあ」

 

 一瞬だけ頭によぎった考えを振り払いもうすぐやって来る春のことを考える。

 

「それいいな」

 

「あ、そういえば琵琶湖にいっぱい桜の木が植えてある道あったよ。きっと咲いたらすごい綺麗なんだろうなあ」

 

「いや、遠すぎるだろ」

 

「大丈夫だよーそんな遠くないし。距離もこの前銚子行ったときとだいたい同じだよ」

 

 なんなら琵琶湖のほうが20キロくらい近い。

 

「へぇ、そうなんだ。意外と近いな」

 

「まあ一周とかしたら900キロ近くにはなるけどねー」

 

「………マジか」

 

「リンも慣れたし、春休みくらいに行けたらなーって」

 

 そう言って、上目遣いでじーっとリンを見つめる。けど、正直言うとあんまり期待していない。

 

 リンにはリンのやりたいことがあって、ボクにはボクのやりたいことがある。

 

 全部一緒ってわけにはいかない。寂しいけどそれはしかたがない。

 

「……わかった」

 

 だから、リンの返事はボクにとっては予想外だった。

 

「え? いいの?」

 

 きょとんとするボクを見て、リンがふっと笑う。

 

「なんで自分から聞いておいて驚いてるんだよ」

 

「だってあんまり遠く行きたくないって言ってたし……嫌なのかなって」

 

「千葉は遠くじゃないのか……たしかに言ったけど、休みあったら行くっていったし」

 

 観念したように肩をすくめるリン。いつみたいに曖昧な返事じゃない。

 

「ほんとに? 900キロだよ? めっちゃ遠いよ!?」

 

「おーい、正気に戻ってるぞ」

 

「あっ」

 

 いけないいけない。最近近場ばっかりだったから感性が一般人に戻りかけちゃってるみたいだ。

 

 片道300キロは近所、片道300キロは近所……よし大丈夫。

 

「ほ、ほんとに行ってくれるの?」

 

「……ていうか行きたいっていうか。ああもう! 何回も言わせんな! わたしだって双葉と一緒に行きたいの!」

 

 顔を真っ赤にして叫ぶリン。

 

 考えとくでも、行けたら行くでもない。明確に行くって、行きたいって言ってくれている。

 

 なんだろう、言ってることはいつもと同じなのになんだかすごく嬉しい。すごくすごく嬉しい。

 

「わーい!」

 

「うぉっ!?」

 

 だからボクは、気がつくとリンの腕に抱きついていた。

 

「絶対! 絶対一緒に行こうね!」

 

 間近で見るリンの瞳に映るボクの顔は、これ以上ないってくらいの笑顔だった。

 

「はいはい……言っとくけどちゃんと休憩入れろよ」

 

「うん!」

 

 リンも、そんなボクを見て楽しそうに微笑むのであった。

 

「そろそろ行く?」

 

 リンにうながされて時計を見る。時刻はもう8時を過ぎていた。

 

「次温泉だっけ?」

 

「うん。ここからちょっと行った沢田公園ってところに露天風呂があるみたい」

 

「そっか。じゃあ早く行こー!」

 

 洞窟をあとにして走りだす。太陽は出ているとはいえ、ここはまだまだ寒い。

 

 岩場に飛び降りてぴょんぴょんとバイクに向かう。目指すは温泉! 熱い湯がボクを待っている!

 

「リーン、置いてっちゃうよー」

 

 ゆっくりとついてくるリンを急かす。

 

「そんなに走ったら……」

 

「あうっ!?」

 

 うぇ、こけた。

 

「……愚かなやつめ」

 

 一言一句その通りだった。痛い。膝打った。

 

「また手、繋ぐ?」

 

「……お願いします」

 

 手を繋いで歩き出す。伊豆キャンの二日目はまだまだはじまったばかりだ。

 

 

 

 

 

 ちゃぽん。湯気の舞う温泉に身体をひたす。あ、あったかくて気持ちいい……

 

「「あぁ〜」」

 

 リンとボクの間抜けな声が澄み切った青空に吸い込まれていく。

 

「やべぇ、気持ちえぇ……」

 

「だねぇ〜」

 

 浮島海岸をあとにしたボクたちは、

136号線を3キロほど南下した先にある小さな露天風呂で、抜け駆け温泉と洒落込んでいた。

 

「景色、最高だなあ」

 

「そだねぇ」

 

 雲一つない澄み切った青空の下眺める駿河湾は絶景というほかなく、貸し切り状態もあいまってまさにこの世の天国だった。

 

「千明たちうらやましがるだろうなあ」

 

「いいだろ。あいつら車で楽してるんだし」

 

「それもそっか〜」

 

 腰を落として温泉に肩まで浸かる。外が寒いからか、熱い湯がとっても心地いい。

 

 キャンプ場を抜け出して綺麗な景色を眺めながら、誰もいない温泉に二人きり。なんだか悪いことをしてるみたいだ。

 

「たのしいね、リン」

 

 隣のリンに笑いかける。

 

「うわ、こいつめっちゃ悪い顔してやがる」

 

「そういうリンもニヤニヤしてるくせにー」

 

 顔を見合わせて、悪そうに笑う。これ帰ったらみんなうるさいだろうなあ。ま、いっか。

 

「戻ったらなでしこたちになんて言い訳しよっか」

 

 そんなボクの言葉に、リンはちょっと考えこむように下を向いた。静かな露天風呂にお湯の流れる音だけが響く。

 

「……あ、あのさ」

 

 顔を上げたリンが言いにくそうにボクを見る。

 

「どうしたの?」

 

 じーっとボクを見つめるリン。その顔はよく見るとさっきよりも赤くなっていた。温泉でのぼせたのかな。

 

「あ、うっ」

 

 見つめ返して首を傾げると、もっと赤くなった。

 

「こ、このまま……」

 

 目を四方八方に泳がすリン。さっきから本当にどうしたんだろう。

 

「このまま?」

 

 黙るリン。しばらくすると、まるでなにかを振り払うみたいにブンブンと首を振った。

 

「や、やっぱなんでもない」

 

「えー! 教えてよー!」

 

 ボクの文句にプイッと顔を背けるリン。あれだけ思わせぶりな態度でそれはないよ。

 

「教えてよーリン」

 

「絶対やだ」

 

 ついには背を向けて断固拒否といった様子。

 

「なんでー!? 気になるよー!」

 

 肩を掴んで揺らす。なにを言おうとしたんだろう。やばい、めっちゃ気になる。

 

「だ、だって……ああもう! 絶対言わないからなー!」

 

 リンの叫び声が伊豆の空に吸い込まれていく。

 

 結局、リンは最後までなにを言おうとしていたのかを教えてはくれなかった。

 

 表情からしてそこまで深刻なことでもなさそうだけど、やっぱり気になる。いつか教えてくれるかもしれないし、そのときまで我慢しよう。

 

「そろそろ上がる?」

 

「あと5分」

 

「はーい」

 

 とまあ、そんなこんなでボクたちの抜け駆け温泉逃避行は幕を下ろすのであった。

 

 

 

 

 

 

「もー! おねーちゃんとリンちゃんだけずるいわ!」

 

「あはは、ごめんごめん。でもみんな寝てたしさ」

 

 心太をもりもりと食べながら抗議するあかりをなだめながら、ボクも海鮮丼をモリモリと食べる。

 

 温泉をあとにしたボクたちは、昼前になってようやく起き始めた千明たちと合流し、堂ヶ島のそばにある食堂へと向かった。

 

 海鮮で有名な食堂なだけあって、鰹出汁のきいたタレと新鮮な刺身がご飯に最高にマッチしていておいしい。何杯でも食べられそうだ。

 

「あかりちゃんの言うとおりだよ! 二人だけでさっぱりしちゃってさ!」

 

 と、ボクの後ろの席に座ったなでしこが口元にご飯粒をつけながらお冠の様子。

 

 温泉から帰ってからずっとこんな調子だ。

 

「なでしこ、口にご飯粒ついてるぞ」

 

「ほんと? リンちゃん取ってー」

 

「いや自分で取れよ」

 

「取ってくれないと許してあげないもーん」

 

「……はぁ、わかったよもう」

 

「お、リンったら大胆」

 

「やかましいわ」

 

 後ろの席の仲睦まじいやり取りを聴きながらお茶をすすり窓の向こうに広がる景色を眺める。

 

 空はすっかり明るくなっていて、ちょうど真上に昇った太陽が、海をキラキラと照らしていた。

 

「あ、ついでにジオスポットもちょっと見てきたよ」

 

「お、どこ行ってきたんだ?」

 

「えっと、黄金崎でしょ? それで浮島海岸に、あと沢田公園も」

 

 スマホで撮った写真を見せる。昨日と今日だけでもう何百枚も撮っちゃっている。

 

 帰ったらパソコンに取り込まないとスマホのデータがやばい。

 

「海が透き通ってて綺麗ですねぇ」

 

「温泉の眺めも最高だったし、いい朝だった」

 

「いいなーリンちゃんたちだけ」

 

「だってみんな寝てて暇だったんだもん」

 

「まあうちら寝たのたしか3時くらいやったもんなあ」

 

「ずーっとアニメ見てたもんね」

 

「ま、今日は普通に寝たほうがいいだろうな。明日帰るわけだしよ」

 

「せやなあ」

 

 そっか、明日になったら帰っちゃうのか。なんかあっという間だなあ。ちょっと寂しいなあ。

 

「千明、今日は堂ヶ島行ったらキャンプ場直行だよね?」

 

「ああ、昨日山登りだのなんだのしたせいで疲れてるしな。今日はまったりのんびり行こうぜ」

 

 どういうルートで行くんだろう。どうせなら、昨日通らなかった道走ってみたいな。あとで先生に言ってみよ。

 

「つーわけで、伊豆キャン二日目。気合い入れていくぞー!」

 

 おー! と、みんなで拳を突き上げる。

 

 

 

 

 

 ざぶざぶと大海原から押し寄せる波と沖に浮かぶ小島を眺める。

 

 あれが三四郎島か。上から見たときは4つあったのに、ここからだと3つしか見れないや。

 

「まだかなぁ」

 

 と、なでしこが言った。

 

「まだだねぇ」

 

 と、ボクは言った。

 

「お前らそのやり取り3回目だろ」

 

 と、リンがぼやいた。

 

 食堂で豪華なランチをとったボクたちは、堂ヶ島公園で天然洞などを見たのち、今日のメインであるトンボロを一眼見るために三四郎島のそばまで足を運んでいた。

 

「潮が引くと橋みたいになって向こうの島まで渡れるんだよね」

 

 いわゆるトンボロ現象って言うらしい。何語なんだろう。

 

「ネットで見たけど、千葉行ったときに寄った沖ノ島にちょっと似てたよ」

 

 そう言ってリンがスマホの画面をボクに見せてくれた。

 

「ほんとだ。あの島もここと似たような形だったもんね。

 

「いいなあ、リンちゃんたちいろんなとこ行けて。今朝も二人だけで温泉行っちゃうしさー」

 

 ボクの横に座ったなでしこが顎に手を当てて不満気に頬を膨らます。

 

「……わたしもバイクあればいいのになあ」

 

 そうつぶやくなでしこの目はどこか少しだけ寂しそうだった。こういうとき、なんて声をかければいいんだろうか。

 

「なでし──」

 

「なら……」

 

 ボクが口を開こうとした瞬間、リンが先になでしこに話かけた。

 

「それなら、あたたかくなったら自転車でキャンプ、行かない?」

 

「……自転車?」

 

 きょとんとするなでしこ。

 

「場所は……本栖湖とか、前に風邪引いて行けなかったところとか……なでしこの行きたいところでいいからさ」

 

 目をキョロキョロさせながら言葉を紡いでいくリン。

 

「その、最近一緒にキャンプ行けてないし、また一緒に行きたいっていうか……」

 

 セリフはたどたどしいけど、リンがなでしことキャンプに行きたいっていう気持ちが言葉の端々から溢れて出ていた。

 

「どう、かな?」

 

「リンちゃん……」

 

 リンの言葉になでしこの目が徐々に見開いていく。そして、見開いた目が猛烈な勢いで輝きはじめる。

 

 どうやらエンジンが入ったみたいだ。

 

「な、なでしこ?」 

 

「リンちゃん!!」

 

 間にボクがいるのも忘れてリンに詰め寄るなでしこ。よっぽど嬉しかったらしい。

 

「な、なに?」

 

「行く! 絶対行こ!!」

 

 それはそれは嬉しそうに笑うなでしこ。さっきのボクもこんな感じだったのかな?

 

「……あんま遠く行くなよ?」

 

 そんななでしこに、リンも優しげに笑うのであった。

 

「えへへ、約束だよ! あ、リンちゃんリンちゃん! どこかおすすめの場所ある?」

 

「えっと、チャリで行くとなると……麓っぱらキャンプ場は……そこは行ったことあるよな。あとは──」

 

 ……ボクはちょっとお邪魔虫かな? そう思って立ちあがる。

 

 そういえばそろそろ向こうの島には渡れるかな? 心なしかさっきよりも潮が引いてる気がする。近くで見てこよっと。

 

「ちょっとボク岸のほう行ってくるね」

 

「あ、双葉ちゃん!」

 

「双葉」

 

 歩き出そうと一歩踏み出した瞬間、両方の手が同時に引っ張られた。首を向けると、2人がボクをじぃっと見ていた。

 

「双葉も行くでしょ? キャンプ」 

 

「双葉ちゃんも一緒に行こ!」

 

 まるで来るのが当然と言いたげな2人の目。

 

「ボク、たまには一人旅したいんだけどなあ」

 

 なんて見え見えの嘘をつく。

 

 いつかできることと、今しかできないこと、どっちが大切かなんて、言うまでもない。

 

 浜松でも似たようなことを言った覚えがある。ちょっと前は旅さえできればよかったのに、ボクも変わったなあ。

 

「で、本音は?」

 

 ボクの考えなんてお見通しのリンがニヤリと笑いながら聞いてくる。

 

「めっちゃ行きたい」

 

 ボクの言葉に二人がニッと笑う。

 

「やったー! 3人でキャンプだー!」

 

 どこ行こうかなあと、楽しげに話すなでしこ。

 

 そんななでしこの姿が本当に楽しそうで、ボクも思わず笑顔になる。

 

「おーい! お前らー、そろそろ行こうぜー」

 

「あ、みんな待ってよー! リンちゃんも双葉ちゃんも行こ!」

 

 なでしこがボクとリンの手を掴んで走り出す。

 

 よく見るとほかの観光客の人たちもちらほらと島に渡りはじめているみたいだ。

 

 そういえば、あかりはまだトンボロ知ってることあおいに言ってないのかな?

 

「トンボロ楽しみやなー あかりもそう思うやろー?」

 

 なんて白々しいセリフなんだ……

 

「うん! あ、アキちゃん! 早うトンボロげんしょー見にいくでー!」

 

「お! ならどっちが先に島に渡れるか勝負しようぜ! 負けたほうがジュースおごりな!」

 

「その勝負、乗ったー!」

 

 ばっと走り出す千明とあかり。二人は元気でいいなあ。

 

「若いっていいねー」

 

 恵那が笑いながら走り出す二人をスマホで撮る。

 

「二人ともそんな走って転んでも……え、今なんて?」

 

 あ、言ってなかったみたいだ。

 

「わぁ! ほんまに橋みたいになっとる! おもろいなートンボロ!」

 

 先に行ったあかりが楽しそうに笑う。

 

 そしてゆっくりとこっちに首だけ向けあおいを見た。それはそれは悪そうな笑顔だった。

 

 うわぁ……

 

「な、なぁ、双葉ちゃん……」

 

 そんなあかりとは対象的に錆びついたような動きで顔をボクに向けてくるあおい。

 

 ようやく真実に気がついたみたいだ。

 

「あ、あの子、もしかしてトンボロ知っとった?」

 

「うん」

 

「い、いつから?」

 

「前に自転車直しに行ったときに教えた」

 

「……ほんまに?」

 

「ほんまに」

 

 ボクの種明かしに口をあんぐりと開き、唖然とするあおい。

 

「な、なんやと……」

 

 衝撃のカミングアウトにがっくりと膝をついて打ちひしがれる。よっぽどショックだったみたいだ。

 

「う、うちが、ホラで騙されるなんて……」

 

 いや、ショック受けすぎでしょ。

 

「あかり、知らんうちに大きくなって……ぐすん」

 

 わざとらしくすすり泣く……いや待って、これ本気で泣いてるよ。どんだけホラに命かけてるんだ。

 

「……なんなんだこの姉妹」

 

「あ、あはは……」

 

 リンのもっともすぎるツッコミと恵那の空笑いが、昼下がりの青い空に虚しく吸い込まれていくのであった。

 

 

 

 

「いやぁー 買った買った」

 

「これで今夜のご飯もバッチリだね!」

 

 食材の詰まったスーパーのレジ袋をぶら下げてほくそ笑む千明と恵那。

 

 楽しそうに笑っているけど、笑いの理由はきっとご飯だけじゃないだろう。

 

「まだ足が冷てぇ」

 

 リンが足をもじもじさせながら顔をしかめる。たぶんボクもだいたい同じ顔してると思う。

 

「海、冷たかったもんね」

 

 さっき渡った三四郎島に渡ったときのことを思い出し思わず身震い。

 

 まさか3月に海に素足を浸すことになるなんて思わなかった。靴を濡らさないために裸足で行ったけど、どうせならもっと潮が引いてから行けばよかった。

 

「こんなことなら防水ブーツ履いてくればよかったなあ。うぅ、冷たい」

 

「だ、大丈夫? 双葉ちゃん」

 

「うん、大丈夫。ありがと、なでしこ」

 

 口ではそう言っても寒いものは寒い。

 

 身体は厚着すればどうとでもなるけど、手足だけはやっぱり寒くなってしまうのが冬のツーリングの嫌なところ。

 

「そういや二人ともバイクだもんなあ。どっかに足湯でもあればいいんだが」

 

「そうですねえ……」

 

「あ、先生。わたしたちがいるスーパーからちょっと戻った安城岬ってところに足湯スポットがあるみたいです」

 

「お! でかしたぞ恵那!」

 

「でしたら、ちょっと休憩してから行きましょうか。まだ時間もありますしね。みなさんもそれでいいですか?」

 

 先生の提案にみんなでうなずく。そういえばあれ言ってなかったな。

 

「先生、休憩終わったらキャンプ場までボクたちが先走ってもいいですか?」

 

「わたしからもお願いします」

 

「そういえば西伊豆スカイライン走りたいと言ってましたもんね。わかりました。お二人なら平気でしょうが、くれぐれも気をつけてくださいね」

 

「「はーい」」

 

 どうせだし今朝行ったルートとは違う道から行ってみよう。

 

 たしかここからちょっと走ったところから山道に入れたはず。そこから行ってみるか。

 

「んじゃあ先導頼むぜ! お前ら」

 

「あんまりうちらのこと置いてかないでなー」

 

「うぃ」

 

「はーい」

 

「ふふっ、じゃあそろそろ出発しましょっか」

 

 そう言って、先生はにっこりと笑った。

 

 

 

 

 

 安城岬で冷え切った足を温めたあと、ボクたちは西伊豆町を離れ県道59号線を北上。今日のキャンプ地であるだるま山高原へと向かいはじめた。

 

 伊豆の大地に敷かれた道は、どれも個性的で同じような道は一つとない。

 

 目も回るようなワイディングや、緩やかな山道。そして太平洋の荒波を間近に走る海岸線。

 

 スロットルを回すたびに、目まぐるしく変わっていく景色。青や緑、白や黒。冬と春の入り混じった色彩がボクたちを包みこんでは消えていく。

 

 ボクたちが走っている西伊豆スカイラインも、そんな道の一つだった。

 

『すげぇ綺麗……』

 

「だね……」

 

 エンジンの音を響かせながら、目の前光景に息を呑む。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『空の上、走ってるみたいだな……』

 

 リンの言葉に静かにうなずく。

 

 県道127号線、西伊豆スカイライン。

 

 仁科峠と船原峠を越えた先に待っていたのは、文字通り空の道だった。

 

 なだらかな稜線に沿って敷かれたどこまでも続く道と、手を伸ばせば掴めそうな雲をゴーグルのレンズを通して眺める。

 

 ギアを上げながら緩やかなカーブを曲がる。眼下に広がる伊豆の山々が否応なしにボクのテンションを上げていく。

 

 そうして走っていると、なんだかゴーグルをしているのがもったいなくなってゴーグルを押し上げる。スモークのかかっていた視界がクリアになる。

 

 雲の白さ、空の青さ、アスファルトのひび割れ、枯れ草の乾いた色。目に映る全てが鮮明になってボクの目に飛び込んでは消えていった。

 

 ものすごく冷たくて、思わずゴーグルをつけたくなるけれど、なんだかもったいない気がして必死に目を開けて目の前の景色を頭に焼きつけていく。

 

「綾乃にも見せてあげたかったなぁ」

 

 今ごろコンビニでひぃひぃ言ってるだろう友だちを思い浮かべ口元を緩める。自慢したらきっとうらやましがるんだろうなあ。

 

『また来ようよ。今度は3人……いや4人か』

 

 リンが言う。

 

 ボクとリンと綾乃、そして今ごろ車の中で目を輝かせているだろう女の子。

 

「うん! また行こうね!」

 

 いつ行こうかな。夏かな、秋かな、それとも春かな? 考えるだけで楽しみになってくる。

 

 モノクロの未来絵図に色を塗りながらスロットルを回していく。

 

 50ccのエンジンが白煙を撒き散らしながら唸り、17インチのタイヤが溝を削りながらアスファルトを蹴りつける。

 

 小さなボクと小さなバイク、小ちゃなボクたちが、伊豆という大きな大地を進んでいく。

 

 だるま山はすぐそこだ。

 

 

 

 

 

「ご、ごくり……」

 

 息を呑みながら、そっとステンレスの型を抜いていく。型を抜き終えると、フライパンの上にフワフワのパンケーキが現れた。

 

 竹串を刺して生焼けしてないか確認……よし。大丈夫そうだ。あとは両面をきつね色になるまで焼いてっと……

 

「みんなー! パンケーキできたよー」

 

「へぇ、どれどれ?」

 

 料理の準備をしていた千明たちが興味津々に近づいてくる。そしてお皿の上の分厚いパンケーキに目を丸くした。

 

「おっ! すげぇなこれ!」

 

「ほんとだ」

 

「でしょでしょー」

 

「めっちゃ分厚いなおい」

 

「お店みたいだねえ」

 

 ボクを褒める声に思わず鼻が高くなる。

 

 あれからボクたちは西伊豆スカイラインを通り抜け、無事だるま山高原にあるキャンプ場へとたどり着いた。

 

 そして、仕事は終わったと言わんばかりにお酒を飲もうとした鳥羽先生を、なでしことあおいとあかりの3人とともに車に追いやり観光に行かせた。

 

 理由はもちろん2人の誕生日パーティーの準備のためだ。

 

「これすっごい分厚いね。4センチくらいあるでしょ。あ、写真撮っていい?」

 

「ふはは、もっと褒めたまえー」

 

「うわ、めっちゃドヤ顔」

 

 お菓子作りはボクの数少ない特技の一つなのだ。

 

 ちなみにほかの特技はゲームの徹夜とバイクの押しがけだ。うん、ろくな特技がねえ。

 

「久しぶりにメレンゲ作ったら腕パンパンだよー あとのデコレーションはお願いしてもいいかな?」

 

「わかった。恵那、手伝ってくれる?」

 

「りょーかい! じゃあいっちょやりますかー」

 

「うぃ」

 

 デコレーション用の生クリームのスプレーや果物を持って誕生日ケーキの作成に取り掛かる2人を横目に千明のところに行く。

 

「千明、盛り付け手伝うよ」

 

「お、サンキューな。でもごめんなあ、昨日も料理番だったのに手伝わせちまってよ」

 

「大好きな友だちの誕生日なんだもん。手伝うに決まってるよ」

 

「友だち……そっか、友だちだもんな!」

 

 ボクの言葉に千明はそれはそれは嬉しそうに何度もうなずいた。

 

「よーし! そんじゃあ、あいつらの目玉が飛び出るくらいすげぇの作ってやろうぜ!」

 

「うん!」

 

 そう言って、ボクたちは目を見合わせて、ニカっと笑い合ったのち料理の準備に取りかかるのであった。

 

 

 

 

 

 そして……

 

 

 

 

 

『誕生日おめでとー!』

 

 寒い寒い夜の高原に、ボクたちの祝いの言葉が鳴り響く。

 

「えへへ、ありがとみんなー!」

 

「みんな、ほんまありがとうなあ」

 

 なでしことあおい、今夜の主役の前にさっき作ったケーキが運ばれる。

 

 ただのパンケーキだったそれは、リンと恵那の手によって、ホイップクリームと果物で綺麗にデコレーションされたバースデーケーキへと変貌していた。

 

「わぁ、ケーキだー!」

 

「みんなで作ったんだよー!」

 

「誕生日プレゼントもあるよ」

 

「えっ! なにそれ! 見せて見せて!」

 

「見てもいいけど蝋燭ケーキに垂れるぞ」

 

「あっ、そうだった! あおいちゃん! 一緒にふーってしよ!」

 

「ふふっ、せやな!」

 

 顔を見合わせて嬉しそうに笑うなでしことあおい。この笑顔を見れただけで、準備したかいがあった。

 

「さぁさぁ、なでしこちゃん、あおいちゃん、ひと思いにフーってしてやってくだせー」

 

「なんだその言い方……」

 

「こっちのほうが個性的でいいかなーって。あ、先生、動画撮ってもらってもいいですか?」

 

「ええ! もちろんです」

 

 恵那の頼みに先生が笑顔でスマホのカメラをかかげる。

 

 ほんと、昨日から先生にはお世話になりっぱなしだなあ。旅が終わったらちゃんとお礼しないとね。

 

「いいですよー!」

 

 始まる誕生日の歌。寒い夜の高原がポカポカと暖かい喜びに包まれる。

 

 そんな暖かい空気の中、1人昨日から始まった旅を振り返る。

 

 たった2日だけど、本当にいろんなことがあった。いろんなものを見た。

 

 どれもこれも目新しいものばかりで、楽しくて楽しくてしかたなかった。

 

 本当に綺麗なものをたくさんみた。来てよかった。心からそう思う。

 

 だけど……

 

「いくでーなでしこちゃん!」

 

「じゅんびオッケーだよ! あおいちゃん!」

 

 どんな絶景よりも、どんな景色よりも、今目の前にいる2人の笑顔のほうが、ずっとずっと、とてもとても綺麗なのは、わざわざ言うまでもないことだろう。

 

「「せーの!」」

 

 だってボクの大好きな友だちだもんね!




次で最終話です。ここまでありがとうございました。どうか最後までよろしくお願いします。
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