【完結】ザコの旅   作:クリス

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自転車キャンプと春のハンバーガーセット(3)

 

 

 

 

 

「極楽じゃった……」

 

「極楽じゃったのぉ〜」

 

「極楽じゃったねぇ〜」

 

 3人でバタンと畳に寝転がる。温泉で火照った身体に休憩所のひんやりした畳が心地いい。

 

「温泉のあとの畳って、なんでこんな気持ちいいんだろ」

 

 ボクの横で寝っ転がるリンが、顔をゆるゆるに緩ませてつぶやく。

 

「もうこのまま寝ちゃいたくなるよねぇ」

 

「それもいいかもなぁ……」

 

 だんだんと声がすぼまっていく。ボクも眠くなってきちゃったなあ……

 

「温泉……寝る……はっ!?」

 

 リンの横で寝ていたなでしこが、突然飛び起きる。

 

「どしたのーなでしこ、そんな慌てて」

 

 首だけ向けて、まるでこの世の終わりみたいに顔を青くしたなでしこに聞く。

 

「リンちゃん! 双葉ちゃん! 寝ちゃダメ! また日が暮れちゃうよー!」

 

「またぁ?」

 

 なでしこのあまりの慌てっぷりに身体を起こす。

 

 そういえば千明たちと笛吹公園でキャンプしたとき、寝過ごしたとか言ってたっけ?

 

 まさかトラウマにでもなってるとか?

 

「まぁまぁ、おちつけ、なでしこ。ちょっと、ちょっとだけよこになるだけだからぁ……」

 

 むにゃむにゃと半分寝言みたいにつぶやきながら畳の深淵に沈み込んでいくリン。あ、これ寝るな。

 

「リンちゃーん! 起きて、起きてよー!」

 

 なでしこが慌てふためきながらリンを揺らす。

 

「むむむ……あと、ごふん……」

 

「リンちゃーん!」

 

 竹酢の香り漂う温泉に、なでしこの悲痛な叫びが響き渡る。ちなみにリンは5分後にちゃっかりと起きた。

 

 そうやってしばらく温泉でまったりしたのちボクたちは温泉をあとにした。

 

 建物の外に出ると、春の柔らかい風がまだ少し火照りの残った身体をいい感じに冷やしてくれた。

 

 駐車場に停めた自転車に、温泉で売ってた薪を積む。

 

「むっちゃ気持ちよかった……ぬるめの温泉も悪くないな」

 

「だねぇ。そういえば一回入場券買うと、閉まるまで出入り自由みたいだし、ご飯食べたらまた寄ってく?」

 

「それいい! また夕方になったらまた行こーよ!」

 

「決まりだな。ま、でもその前に──」

 

「キャンプ!」

 

 リンのセリフに乗っかるように、なでしこが元気よく言う。

 

 そう、ボクたちは温泉に入りに来たんじゃない。キャンプをしに来たんだ。

 

「薪も買ったし」

 

「食材も買った」

 

「それじゃあ春の自転車キャンプ、はじめるぞー!」

 

「「おー!」」

 

 拳を突き上げそれぞれの自転車に跨るボクたち。走り出す。風が吹き、枝葉が風に揺れていく。

 

 

 

 

 

 

 それからボクたちは3キロほど自転車を漕ぎ、再びキャンプ場へと戻った。

 

 自転車を降りて興津川を眺めながら、青い葉を揺らす桜並木のサイトを歩いていく。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 こういうところは大抵混んでるんだけど、今日はあんまり混んでないらしい。運がよかった。

 

「どこら辺に設営しよっか」

 

「あんまり奥の方だとあれだし近場にしとこ。あ、こことかいいんじゃない?」

 

 この中では一番経験豊富なリンの助言に従って、トイレと洗い場から少し歩いたところにある木の下でテントを設営することにした。

 

「うんうん、いい感じですなぁ」

 

「日陰すぎないし、日向すぎないし、ちょうどいいね」

 

「それじゃ、テント張ってくか」

 

 3人で分担してテントを張っていく。まずはグラウンドシートを敷いて、インナーテントを張ったらペグを打ってっと……

 

「あ、待って双葉」

 

「リン?」

 

 ペグを取り出したボクをリンが呼び止める。どうしたんだろう。

 

「ペグ、使うならこっちにしたほうがいいかも」

 

 そう言いながら見るからに頑丈そうなペグを手渡される。いつも使ってるものよりも心なしかずっしりしている。

 

「これ、鍛造ペグって言うんだけど、ここの地面硬いから、こっちのほうがいいと思う」

 

「あ、言われてみれば……」

 

 試しに地面を蹴ってみる。

 

 これはたしかにボクのテントに付属してきたペグじゃうまく刺さらないだろうな。最悪曲がっちゃうだろう。

 

「ほほぉ、さすがベテランキャンパー」

 

「……ふっ、なでしこも一回ペグ全滅させてみたらわかるよ」

 

「あっ……」

 

 リンが暗い笑みを浮かべながらペグを打っていく。

 

 ……うん、あんまり深く聞かないでおこう。誰にだって黒歴史はある。

 

 そんなやり取りを挟みつつものの数分でテントを張り終える。

 

「よし、テントはこんなもんか。あとはタープ張って……」

 

「あっ! ホイル焼きのお姉ちゃんだ!」

 

 ふと、声がして振り返る。

 

 小学校低学年くらいのかわいらしい男の子が、ボクたちを驚いた顔で見ていた。誰だろう? 

 

 当然ボクの知り合いじゃない。リンも首をかしげているから違うだろう。となると……

 

「あっー! ひろとくん! 久しぶりー」

 

 なでしこが顔をほころばせ、男の子にパタパタと駆け寄っていく。やっぱなでしこの知り合いみたいだ。

 

「お姉ちゃんもキャンプに来たの?」

 

「えへへ、そうなんだ。あ、今日は友だちも一緒なんだよ」

 

「なでしこ、知り合い?」

 

 状況がさっぱり読めないリンがなでしこにたずねる。

 

「あれ? リンちゃんには言ってなかったっけ? わたしが富士宮ではじめてソロキャンしたときに知り合ったんだー」

 

「あぁ、あのとき話してたもがっ!?」

 

 突然横からリンの手が伸びてきて、ボクの口を塞ぐ。ちょ、いきなりなんだなんだよー!

 

「およ? どしたの2人とも」

 

「な、なんでもない! なんでもないから! な? 双葉」

 

 あ、そうだった。ボクとリンがなでしこの様子見に行ったの秘密だったんだ。

 

 口を塞がれたままコクコクとうなずく。ていうか、苦しいからもう離してよー!

 

「ひろとー、さっきから誰と話して……」

 

 騒ぐボクたちに釣られてか、また1人近づいてきた。今度は女の子だ。歳は、小6くらいだろうか。

 

 ボクたち、正確にはなでしこを見て目を丸くする女の子。どうやらこの子も知り合いのようだ。

 

「お姉ちゃん見て見て! ホイル焼きのお姉ちゃんだよ!」

 

 男の子がキラキラした目で女の子の手を引きながら言う。たぶん姉弟なんだろう。

 

「はるかちゃんも久しぶりー!」

 

「あ、ども。お姉さんも久しぶりです」

 

 手を振るなでしこに、はるかと呼ばれた女の子がちょっと嬉しそうに手を振りかえす。

 

「今日はお父さんとキャンプ?」

 

「うん、今日はママも一緒なんだ。お姉さんは……」

 

 そう言って、女の子がさっきから蚊帳の外のボクとリンを一瞥する。

 

「今日はぼっちじゃないんですね」

 

 そして微笑んだ。それはそれは優しげな笑みだった。なんか変な勘違いされてるみたいだ。

 

「あれはソロキャンって言うんだよー!」

 

 なんだかすごく仲がよさそうだ。ほんと、なでしこって人と仲良くなる天才だな。

 

「聞いて聞いて! 今日ね、自転車で来たんだよー!」

 

「えっ、自転車? たしかお姉さん山梨住んでたような……」

 

「ねーねー! そっちのお姉ちゃんたちはー?」

 

 あ、そうだった。まだ自己紹介がまだだった。横にいるリンをちらり。リンもボクをちらり。

 

 そしてお互いにうなずきあい、ボクたちは一歩前に出る。

 

「えっと、ボクの名前は──」

 

「わたしの名前は──」

 

 

 

 

  春の日差しを浴びて、キラキラと輝く興津川の清流を眺めながら、椅子にゆったりと腰掛ける。

 

 どこからともなく聞こえる鳥のさえずりと、コポコポと沸き立つケトルの音、そして川の流れる音がボクを夢見心地にさせてくれる。

 

 春の日の川辺って、なんでこんなに心地いいんだろう。

 

「平和だねぇ〜」

 

「平和だな」

 

 テーブルを挟んで隣に座るリンが、本のページを一枚捲る。

 

 タープの下に作られた日陰は、暑くもなく寒くもなく、肌触りのいい春の風がボクたちの髪を優しく揺らす。

 

「なに読んでんのー」

 

 両手を頭の後ろにやりながら、リンに聞く。

 

「吸血アメリカザリガニvs宇宙ハツカネズミ」

 

「……おもしろい?」

 

「それなりに」

 

 毎回思うけどこういう変な本いつもどうやって見つけてくるんだろう。今度一緒に本屋でも行ってみようかな。

 

『うひゃー! やったなぁー! それー!』

 

『あははは! お姉ちゃん冷たいよー!』

 

 川のほうから響いてくる楽しげな声に顔を向ける。

 

 タープの影の向こうになでしこと、さっき会った男の子が川で遊んでいる姿が目に入った。

 

「あんだけ走ってたのにほんと元気だなあいつ」

 

「まあ鼻歌歌いながら南部町から本栖湖まで行けるような子だしね」

 

 あのボクよりもちょっと大きいだけの身体のどこに、あんなパワーが隠されているんだろう。桜さん鍛えすぎだよ。

 

『リンちゃーん! 双葉ちゃーん! 冷たくて気持ちいいよー!』

 

 裸足で川底を歩くなでしこが、ボクたちに手を振る。そんななでしこに2人で手を振りかえす。

 

「ボクたちも行く?」

 

「服濡れるからやだ」

 

「だよねー」

 

 楽しそうではあるけど、ただでさえクタクタなのに、これ以上なにかやったら完全にバテちゃうだろうな。

 

「にしても」

 

 ボクはそう言って、バーナーの五徳に乗せられたケトルに目をやった。

 

「意外だね、リンがパーコレーター買うなんて」

 

 そう、目の前のコポコポと沸き立つケトル改めパーコレーターはボクのではない。

 

 前日にわざわざコーヒー道具は持ってこなくていいって言われたからなにかあるんだろうなとは思ってたけど、まさかパーコレーターを持ってくるなんて。

 

「ずっと双葉にコーヒー淹れてもらうのも悪いかなって。それにちょっと興味あったし」

 

「えへへ、そっかぁ。いいよねぇ、コーヒー」

 

「うん。あ、そろそろだな」

 

 リンがバーナーの火を止めて、パーコレーターのコーヒーをマグカップに注ぐ。

 

 モコモコとした白い湯気とともにドリップで淹れたのとはまた違う、爽やかなコーヒーの香りが辺りに漂う。

 

「できたよ」

 

「ありがと。いただきまーす」

 

 すする。

 

 口の中いっぱいにフルーティーなコーヒーの香りと苦味が広がり、ほのかな酸味と甘みがあとからやってきて、さっと消えていく。

 

「リン! これおいしいね!」

 

 ドリップで淹れるのと違ってコクはあんまりないけれど、まるでお茶のようにゴクゴクと飲みたくなるおいしさだ。

 

「おじいちゃんに淹れ方のコツ、聞いたんだ。口にあってよかったよ」

 

 リンがちょっと誇らしげに微笑みながらコーヒーをすする。

 

「そっか新城さんかぁ、なら納得」

 

 あの人ならコーヒーとか絶対淹れられるだろうな。なんならボクより上手かも。

 

「この前家に来たときにコーヒーに興味あるって言ったら、ミルと一緒に豆送ってきてくれたんだ。行きつけの喫茶店の豆なんだって」

 

「へぇ、ちょっと気になるなあ」

 

「まだ家にたくさんあるし、よかったら少しわけてあげよっか?」

 

「え! ほんと! ほしいー!」

 

「じゃ、今度家に来たときにでも渡すよ」

 

「えへへ、やった」

 

「ふふっ、現金なやつめ」

 

「うんうん、現金現金」

 

 ずっとマンデリン一筋だったけど、たまには冒険してみようかな。そんなことを考えながらコーヒーをすする。

 

「せっかくリンがコーヒー淹れてくれたんだし、ボクもお菓子作ろっと。バーナー借りるね」

 

「うぃ」

 

 とりあえずスモアでも作ろっかな。間に板チョコも挟んでっと。

 

 荷物から食材を取り出してバーナーでせっせと作っていると、ザッザッと砂利を蹴る足音が近づいてきた。

 

 誰だろ? 振り返る。女の子が1人こっちに歩いてきていた。なでしこの知り合いの子だ。

 

「こんにちはー」

 

 ぺこりと挨拶する女の子にボクたちも挨拶をかえす。

 

「どうしたの? えっと──」

 

「はるかです。ひろと……弟の様子見に来ました」

 

「ひろとくんなら今なでしこと遊んでるよ」

 

 リンが川のほうを指差す。視線を川に持っていくと、相変わらず2人は楽しそうに遊んでいた。

 

『あっ! お姉ちゃん! 川ちょー冷たいよー!』

 

「ひろとー! あんまお姉さんに迷惑かけないのー!」

 

『えー! でも楽しいよー!』

 

『はるかちゃんもこっちおいでよー! 気持ちいいよー!』

 

 ぶんぶんと手を振る16歳児と小学生。遠くから見るとぶっちゃけ小学生に見えなくもない。

 

「……まあ、あんなんだから気にしなくていいよ」

 

「なんか、ごめんなさい。お姉さんたちは自転車でキャンプ来たんですか?」

 

 なでしこの椅子に腰掛けながらはるかちゃんが聞いてくる。

 

 そういえばさっきはちょっと自己紹介してすぐわかれちゃったっけ。

 

「うん、そうだよ。テントの横に停めてるやつ」

 

「あ、ほんとに自転車で来てるんだ……」

 

 はるかちゃんがテント脇に停めた3台の自転車に目を丸くする。たしかに自転車でキャンプってあんまりしないよね。

 

「今日は自転車だけど、普段はリンとかと一緒にバイクでいろんなところ旅してるんだ。写真見る?」

 

「あ、見たいです」

 

 スマホを出して大量に撮った写真をめくっていく。

 

「うわ、ほんとにいろんなところ行ってる……すごっ」

 

 日本各地で撮った数々の綺麗な景色に、はるかちゃんが目をキラキラと輝かせる。

 

「ほんと、いろんなところ行ったよな」

 

「だねぇ、半年で何キロ走ったっけ?」

 

「わたしのメーターはもう5000超えてたな」

 

「あ、もうそんないったんだ」

 

「オイル交換これで5回目だよ」

 

 金が飛んでいくぜ、と遠い目をするリン。オイル高いもんね。

 

「そっちはいいよな。継ぎ足すだけだし」

 

「そりゃ2ストだもん。リンも2ストのビーノ乗ればいいのに」

 

「この2スト信者め。そんなんだから身体オイル臭くなるんだぞ」

 

「えへへ、そんな褒めないでよぉ」

 

「褒めてねえよ」

 

「ていうかリンだってけっこうガソリン臭いときあるよ。最近だと『あ、リンの匂いだ』ってすぐわかるもん」

 

「えっ、うそ?」

 

 顔を青くして慌てて服の袖を嗅ぎ出すリン。やっぱ普通の女子は匂いとか気になるものなんだろうか。

 

 オートルーブの匂い最高とか思ってるボクはきっともう手遅れなんだろうな。

 

「まあ、うそなんだけいたっ!?」

 

 リンが頬を膨らませながらボクの頭をぽかりと叩く。最近のリン、ほんと容赦ないなあ。

 

「ふふふっ、お姉さんたち仲いいんですね」

 

 くすくすと笑いながらボクたちを見るはるかちゃんに、思わず顔が熱くなる。やばい、ちょっと恥ずかしいところ見られちゃった。

 

「ま、まあ知り合ってまだ半年ちょっとしかたってないけどね」

 

 リンが顔を赤くしながら言う。言われてみればまだそれだけしかたってないのか。

 

「えっ? そうなの?」

 

「うん。わたしも双葉も同じ学校だったんだけど、全然仲良くなかったんだ」

 

 リンの言うとおり、リンもボクもお互いの認識なんて図書室によく来る背の低い子くらいの認識しかなかった。

 

「でもなでしこが山梨に引っ越してきて、一緒にいろんなところでキャンプするようになって、おいしいご飯食べて、綺麗な景色見たり、温泉入ったりして……」

 

 リンが川で遊ぶなでしこを見る。

 

「気がついたら相手のことがどんどん好きになっていって、こいつらともっといろんなところ行きたいなって思うようになって……」

 

 そこまで言って、リンが突然黙り込んだ。黙り込んだっていうより、フリーズしたって感じだ。

 

「なって?」

 

 顔を覗き込むとその理由がわかった。リンの顔はまるでリンゴみたいに真っ赤になっていた。

 

 たぶん話してる途中で恥ずかしくなっちゃったんだろうな。

 

「ま、まあそんな感じ……な、なに?」

 

 たぶんニヤニヤしてるだろうボクをリンがいぶかしむ。

 

「ボクもリンとなでしこともっともっといろんなところ行きたいって思ってるからね!」

 

「お、おう……」

 

 頬をかきながら目を泳がすリン。うん、照れるな。

 

「なんか、ほんとに楽しそうですね。ちょっとうらやましいな」

 

「はるかちゃんもいつか友だち誘ってみればいいんだよ」

 

「来てくれるかな?」

 

「絶対来てくれるよ。だって、キャンプってすっごい楽しいもん。ね、リン」

 

「うん」

 

 キャンプは楽しい。それがボクとリンの……ううんボクの友だち全員の共通認識だ。

 

「……わたしも、今度誘ってみよっかな」

 

「うんうん!」

 

 なにかを決意したようなはるかちゃんに思わず笑顔になる。あ、そうだ。

 

「はるかちゃん、あーん」

 

 できたばかりのスモアをはるかちゃんの口に持っていく。きっと気に入ってくれるはずだ。

 

「え、いいの?」

 

「いいよいいよ。これすっごいおいしいんだよー」

 

「ありがと……い、いただきます」

 

 パクリとスモアにかぶりつく。かぶりついた瞬間、はるかちゃんの目が見開いた。

 

「なにこれ!? おいしー!」

 

 目を輝かせ両手を頬にあて、満面の笑みでもぐもぐと食べるはるかちゃん。

 

 よかった。気にってくれたみたいだ。

 

「でしょでしょー スモアって言うんだ。材料いっぱいあるからはるかちゃんも食べよ?」

 

「うん!」

 

「あ、コーヒーもある──」

 

 言いきる前に猛烈な勢いでぶんぶんと首を横に振られる。やっぱ小学生にコーヒーは無理か。

 

「なでしこのやつも呼ぶか」

 

「だね」

 

 リンにうなずいて、バーナーの火でマシュマロを炙る。

 

『リンちゃーん! 双葉ちゃーん! なんかいい匂いするけどなに作ってるのー!』

 

『あー! おねーちゃんだけずるーい!』

 

 わたしもちょーだいと叫ぶながらこっちに走ってくるなでしこと、はるかちゃんの弟。

 

 呼ぶまでもなく来ちゃったよ。3人だけのキャンプのはずだったのに、なんだかすっかり騒がしくなっちゃったな。

 

「ま、それもいっか」

 

「ん?」

 

「なんでもないよー」

 

 だって楽しいしね。キャンプなんてただの遊び。遊びは楽しければ楽しいほどいい。

 

 昼下がりの興津川。マシュマロの焦げる甘い匂いが風に乗って流れていく。

 

「もー! リンちゃんたちだけずるいよー!」

 

「あ、ごめんなでしこ……って、なでしこお前びっしょびしょじゃねえか!」

 

「えっ? あ、ほんとだー!? どうしよリンちゃーん!」

 

「と、とりあえず焚き火用意して」

 

「お姉ちゃん、なんか焦げくさーい」

 

「ほんとだ。なんだろ……あっ!? お姉さんマシュマロ、マシュマロ焦げてる!」

 

「あっー!? ボクのマシュマロがぁ!」

 

 わいわいがやがや。時間は楽しくすぎていく。自転車漕ぐのは大変だったけど、来てよかった。

 

 そう思うボクだった。

 

 ちなみにこの後、マシュマロはボクが責任を取って食べた。

 

 ただの炭だった。まずかった。

 

 

 

 

 

 

 空の上の太陽が赤く染まり始めたころ、ボクは焚き火の火で熱々になった鉄フライパンにそっとパティを乗せた。

 

 家で冷凍してクーラーバッグに入れて持ってきた牛豚のパティが、ジュージューと音と煙を出しながら焼け始め、油の甘い匂いと胡椒のツンとした香りが辺りに漂い始める。

 

 続けざまに残りのパティを全て乗せ、フライパンを軽くゆする。

 

「んふふ〜 やっぱお肉の焼ける匂いって最高だよねぃ」

 

「だよねぇ〜」

 

 ナイフでトマトや玉ねぎをスライスしているなでしこと一緒に肉の焼ける匂いにうっとりとする。

 

 肉料理で一番楽しいのは、やっぱこの焼き始めた瞬間だ。ただ焼くだけなのに、なんでこんなにテンションが上がるんだろう。

 

「双葉、いつのまに鉄フライパンなんて買ったの?」

 

 スキレットでじゃがいもをつついているリンが、鉄フライパンを興味深そうに見る。 

 

「これ、家にあったの持ってきたんだ」

 

「え、そんなの持ってきてよかったの?」

 

「いいよいいよ。どうせ最近あんまり使ってなかったし」

 

 使うといい料理に仕上がるんだけど、手入れがなにかと面倒でついテフロンに甘えてしまうのだ。

 

「そういえば、鉄のフライパンとスキレットってなにが違うんだろ。リンちゃん知ってる?」

 

「えっと……たしかスキレットが鋳造で、鉄フライパンが鍛造じゃなかったっけ?」

 

「たんぞー? なんか人の名前みたいだね」

 

「ちげぇよ」

 

 リンとなでしこの話に耳を傾けながら、フライ返しでパティをひっくり返していく。

 

 そろそろベーコンも入れるか。パティをちょっと寄せて、空いたスペースにコンビニで買ったベーコンを乗せ、焼くこと数分。

 

 両面にしっかり焼き目がついたら、仕上げにパティの上にスライスチーズを乗せる。

 

 そうすれば溶けたチーズが肉を黄金色にコーティングし味がしそうなほど濃厚な肉とチーズの香りが鼻をくすぐる。

 

 これで準備はOK。あとはトマトとレタス、玉ねぎ、カリカリベーコンを焚き火で温めたバンズで挟み込めば……

 

「「「できたー!」」」

 

 3人で歓声をあげる。

 

 チーズの香りが漂う分厚いパティをたっぷりの野菜で挟んだハンバーガーに、じゃがいもとニンニクのバターソテー

 

 最後にマグカップに注いだコーラを添えれば立派なハンバーセットの完成だ。

 

「おほほぉ! ハンバーガー! めっちゃハンバーガーだよぉ!」

 

「すごっ! ハンバーガーだ! リンハンバーガーだよ!」

 

 夕暮れ時のキャンプ場に突如現れたハンバーガーに、なでしことボクのテンションが爆上がりする。

 

「いや、見りゃわかるだろ」

 

 とかいいつつリンも目を輝かせているように見えるのは気のせいじゃないだろう。

 

「とりあえず食べるか……って、なんでハンバーガー4つもあるんだ?」

 

 そう言って皿の上にポツンと置かれたハンバーガーを不思議そうに見るリン。

 

「えへへ、ちょっと材料買いすぎちゃって。大丈夫、ちゃんとボクたちが食べるから」

 

 ボクの言葉になでしこが得意気にうなずく。けっこうボリュームあるけど、まあボクたちなら余裕だろう。

 

「あっ! リンちゃんの分も残しとくからね!」

 

「そんな食えんわ」

 

「もー、そんなんじゃ大きくなれないよ。リン」

 

「お前もな」

 

「………と、とりあえず食べよっか」

 

 それを言うのは反則だよ。リン……まあいいや。

 

「「「いただきまーす」」」

 

 手のひらよりも大きいハンバーガーに思い切りかじりつく。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「うまっ!?」

 

 口の中いっぱいに広がる肉のうまみ。

 

 焚き火でじっくり焼いたパティは、おどろくほどジューシーで、噛めば噛むほどに肉の旨味が溢れ出る。

 

 そんな肉の旨味を、一緒に挟んだ野菜とベーコンチーズが引き立て、マスタードとケチャップがぴりりと引き締める。

 

 このためにわざわざなにも付けずにアメリカンドッグ食べたかいがあった。

 

「……うまっ、なにこれ、うまっ」

 

 リンが語彙力を消失させながらハンバーガーにかぶりつく。

 

「おいひぃよぉ〜」

 

 なでしこは言わずもがな。3人でうまいうまいと言いながらハンバーガーを食べていく。

 

「ん〜!」

 

 やばい、これうますぎる。作ってよかったー! 付け合わせのバターソテーもおいしいし、ほんと最高!

 

 マグカップに注いだコーラを飲む。酸味と炭酸がハンバーガーの脂を洗いながしてくれる。

 

 やっぱハンバーガーと言ったらコーラだよなあ。

 

「まさかキャンプでハンバーガー食べられるなんて思わなかったな」

 

「思ってたより作るの簡単だったし、また作りたいね」

 

「だな」

 

「ん〜 おいふぃよぉ〜」

 

「うまそうに食いやがる……」

 

 あれ? リンの鼻……

 

「あ、リン、動かないで」

 

「えっ?」

 

 ティッシュを出して、リンの鼻先についたケチャップを拭ってあげる。

 

 勢いよくかじりついたからついちゃったんだろうな。

 

「なっ!?」

 

「ケチャップついてたよー」

 

「あ、ありがと……」

 

 ボクに拭ってもらったのが恥ずかしかったのか、リンの顔がまるで焚き火のように真っ赤になる。

 

「はぁ〜 おいしかったぁ〜」

 

 そんなやりとりをしていると、なでしこがあっとうまにハンバーガーを食べ終えた。

 

「もう食べ終わったのかよ」

 

 リンが目を見開いて驚く。今さっきいただきますしたばかりだもんね。

 

「えへへ、だってすっごくおいしかったんだもーん」

 

「だよねー」

 

 ティッシュで口についたケチャップを拭いて、残ったじゃがいもを食べていく。ちなみにボクも今しがた食べ終えた。

 

「って、双葉もかよ。お前ら早すぎだろ」

 

「気づいたらなくなってた」

 

「……いやまあ、たしかにうまいけどさ」

 

 そう言いながらハンバーガーにかじりつくリン。リンも意外とペースが早い。やっぱ自転車漕いだからお腹空いてるのかな。

 

「双葉ちゃん! 残ったハンバーガー半分個しよ!」

 

「さんせー! 冷めちゃう前にはやくたべよ!」

 

「……ほんとよく食べるなあ」

 

「あ、あのー!」

 

 残ったハンバーガーの処遇を話し合っていたところ、ふと聞き覚えのある声がボクたちに声をかけてきた。

 

 振り向く。焚き火の明かりに照らされて、声の主があらわになる。

 

 あ、この子さっきの……

 

「あ! はるかちゃんに、ひろとくん!」

 

 突然の来客になでしこの顔が笑顔になる。

 

「こ、こんばんはー」

 

「お姉ちゃんたちこんばんはー!」

 

 手に湯気の立つお皿を持ったはるかちゃんとひろとくんが、ボクたちにペコリと会釈する。遊びにきてくれたのかな?

 

「あ、あの! ご飯、作ったから、よかったら食べてください」

 

 そう言って、手に持った紙の小皿を差し出してくる。この匂い、カレーだ。

 

「えっ! いいの?」

 

「う、うん、この前のホイル焼きのお礼」

 

 顔を赤くして恥ずかしそうに話すはるかちゃん。

 

「そっか〜 ありがとはるかちゃん」

 

「ぼくもいっしょに手伝ったんだよー!」

 

「ひろとは野菜切ってただけじゃん」

 

「お姉ちゃんだってママにめっちゃおしえてもらってたじゃん」

 

「ま、まあそうだけど……」

 

「えへへ、ありがと〜」

 

 なでしこがそれはそれは嬉しそうに笑う。その笑顔を見ていると、ボクとリンも自然と笑顔になっていった。

 

「お姉さんの言ったとおり、キャンプでご飯作るの、楽しいね」

 

 そう言って、はるかちゃんがにっこりと笑った。

 

 当事者じゃないボクたちには、なでしことこの子たちの間になにがあったかはわからない。

 

 でもこれだけははっきりしている。

 

 なでしこがまた人を笑顔にしたってことだ。

 

 それにしてもカレーか。じゃあこっちもお返ししないとね。

 

「ボクたち、さっきハンバーガー作ったんだけどさ、よかったら食べる? いいよね? なでしこ」

 

「あっ……うん! うんうん! もちろんだよ!」

 

 ボクの問いかけに、なでしこがパァっと顔を笑顔にしてうなずきかえす。

 

「……ふふっ、こいつらの隣にいるとほんと騒がしいな」

 

「なにか言った? リン」

 

「ううん、なんでも」

 

 リンが笑う。それはそれは楽しそうな笑みだった。

 

 カラスが一羽、空で鳴く。もうじきここも日が暮れる。

 

 

 

 

 

 

「星、綺麗だね」

 

 夜の帷が下りた興津川。

 

 風のさざめきとジージーと鳴く虫の声がこだます中、なでしこがつぶやいた。

 

 空を見上げると、黄色く輝く半月の向こう側にポツンポツンと星々が瞬いていた。

 

「ここら辺でもけっこう見えるんだな」

 

 スマホから流れるアコースティックギターの優しい音色に耳を澄ましながら、パチパチと燃え盛る焚き火に手をかざす。

 

「薪継ぎ足す?」

 

「ううん、大丈夫」

 

「やっぱ山奥だからちょっと冷えるよねぇ」

 

 と、そんな奥さんに! となでしこが言いながら荷物からなにかを取り出した。

 

「でた! 秘密結社ブランケット!」

 

「ふっふっふ、双葉ちゃんもブランケットの虜にしてくれよ〜」

 

「あーやめてー」

 

 抵抗虚しくもふもふのブランケットに包まれるボク。あ、あったかい。ブランケット最高。

 

「そんなもん持ってきてたのか……どうりでリュックパンパンだと思ったよ」

 

「ふぉっふぉっふぉ、次はリンちゃんだぁ!」

 

「うわなにをするやめ……ぬくい」

 

 秘密結社ブランケット(春バージョン)爆誕! 3人でブランケットにくるまりながら春の夜を満喫する。

 

「ふぃぃ〜 今日は楽しかったねぇ。はるかちゃんたちにも会えたし」

 

 なでしこが嬉しそうに微笑みながら、焚き火を眺める。今日は本当にいろんなことがあったな。

 

 たった40キロの短い冒険だったけど、たくさんの思い出ができた。すごく疲れたけど、すごく楽しかった。

 

「カレー、おいしかったよね」

 

「ふふっ、ちょっと焦げてたけどな」

 

「きっとこれから、もっともっと上手になるよ」

 

 燃え盛る薪が、炭となって崩れる。火の粉が舞い、煙の匂いがボクの鼻をくすぐる。

 

「リンちゃん、今日は誘ってくれてありがとね! すっごくすっごく楽しかったよー!」

 

 にっこりと笑うなでしこ。ボクも本当に楽しかった。疲れたけど、疲れたからこそ、楽しかった。

 

「そっか……」

 

「だから、また行こうね!」

 

「……また今度な」

 

 微笑むリンになでしこが笑う。嬉しそうに、楽しそうに。

 

 きっと今ごろ頭の中でどこに行こうかとか、なにを作ろうかとか、いろいろ考えてるんだろう。

 

「双葉ちゃんも! また行こうね!」

 

「……うん! 絶対行こ!」

 

 薪がまた一つ炭になる。この火ももうじき消えるだろう。そんな消えゆく火を眺めていると、だんだんと眠気がやってきた。

 

「明日、どうしよっか。どっか寄ってく?」

 

 目を擦りながらこれからのことを考える。明日はどうやって帰ろうか。来た道を戻るのもいいけれど、どうせなら違うところに行ってみたい。

 

「そうだ! ならしぐれ焼き食べに行こーよ! すっごくいいお店知ってるんだ〜」

 

「あ、それいいな」

 

「えへへ! じゃあ決まり! 双葉ちゃんもそれでいい?」

 

「……うん、いいよぉ」

 

 閉じていく目を必死に開けながら、なでしこに返事をする。やばい、あったかくなってきたら眠くなってきた。

 

「めっちゃ眠そうだなおい……わたしたちもそろそろ寝るか。焚き火もそろそろ消えそうだし」

 

「うん、そだね……あっ」

 

 最後の火が、風に揺られてかき消される。あたりが一気に暗くなる。静まり返る。

 

「……ねよっか」

 

「そうだな」

 

「だね」

 

 今日は疲れたね、帰る前にはるかちゃんたちに挨拶しなきゃ、そんなことを言い合いながら、3人でテントに戻っていく。

 

 今日は疲れた。こんな日はきっとぐっすり眠れることだろう。

 

「おやすみ」

 

「おやすみぃ」

 

「おやすみ〜」

 

 パチン。灯りが消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ」

 

「どうしたの?」

 

「……足、大丈夫かな?」

 

「大丈夫だろ。たかが40キロだし」

 

「そっか、だよね。たった40キロだもんね」

 

「明日も走るんだし、もう寝ろよ」

 

「うん、おやすみー」

 

「おやすみ」

 

 

 

 

 

 この時のボクとリンは知らなかった。

 

 後日、重度の筋肉痛で足をめっちゃプルプルさせながら登校して、恵那と千明に爆笑される運命が待ち受けているということに……

 

 

 

 

 

 〜春編、おしまい〜




用語解説

はるか・ひろと
原作7巻37話から39話に登場。名前はアニメ二期8話エンドクレジットより引用。

これにて春編完結です。夏編へと続きます。次回は番外編を更新する予定です。

ではまた。
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