【完結】ザコの旅   作:クリス

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 綾乃のエイプに連れられて、ボクは展望台から10キロほどのところにある店に案内された。

 

 道路沿いの看板には、浜松餃子の四文字が電飾でケバケバしく輝いていた。これで何の店かわからない人間はたぶんいないだろう。

 

 困惑するボクをよそに、綾乃は慣れた様子で注文を頼み、気がつけばこの有様だ。

 

 目の前に並べられているのは、美味しそうに焼き上がった山盛りの餃子とご飯、そして漬物やスープ……

 

 つまり一言で言い表すのなら餃子定食だ。

 

「あ、そうだ。せっかくだし写真とろーよ」

 

「え、あ、うん」

 

 促されるがままに綾乃のかかげるスマホのカメラを見つめる。

 

「双葉、もうちょっと顔近づけてー そうそうそんな感じ」

 

 こ、これは、リア充にのみ許された伝説の技。自撮りというやつなのか!?

 

「はいピース」

 

「ぴ、ぴーす」

 

 パシャリ。シャッター音が鳴り写真が撮られたことを告げる。なんか話の展開が早すぎて全然ついていけないんだけど。

 

「あとで写真送るからライン教えてよ。あ、でもその前に食べよっか。冷めちゃうし」

 

「あ、うん」

 

 流されるまま小皿を受け取りタレを注いでもらう。あ、自分で醤油とか酢で作らないんだ。もしかして、自家製のタレなのかな。

 

 って、違う。そんなことは重要じゃない。

 

「あ、綾乃、聞き間違いじゃなかったらさっき奢りって言ってた気がするんだけど」

 

「そーだけど、どうしたの?」

 

 綾乃はあっさりと、それはもう当然のように肯定した。

 

「どうしたのって、え、わ、悪いよ!」

 

「あー、お金のことなら気にしなくていいよ。今月はバイト代全然使ってないし。ていうか早く食べようよ。ここの餃子はすっごい美味しいんだよ」

 

 喋り終えると綾乃はいただきまーすと言って餃子をバリバリと食べ始めた。

 

 もう話をするという空気ではない。

 

「久しぶりにきたけど、やっぱここの餃子が一番だなー」

 

 なんかすごい美味しそう。

 

 どうしよう。ええい、もうしょうがない。問答はあとにして今は餃子を食べよう。実はなんだかんだいってボクもかなり空腹なのだ。

 

 箸を手に取り、円盤状に焼き目がつながった餃子を掴みタレにつけてひと口。

 

「……うまっ」

 

「でしょー?」

 

 ボクの知っている餃子とまるで違う。きっと餡の材料が違うんだ。この甘さと食感。たぶんキャベツと玉ねぎだ。

 

 焼き目の絶妙な食感と、豚肉の脂、そして野菜。あっさりしていて、けれどそれでいてコクもある。

 

 冬の風で冷え切った身体に染み渡る。なんて美味しいんだ。たまらずもう一つ食べる。

 

 パリパリの焼き目ともちもちの皮、それらにつつまれた豚とキャベツと玉ねぎの旨味。タレの酸っぱささと塩気がさらに引き立たさせる。

 

「ん、んまぁ……」

 

「おうおうたーんと食えよー そうだ、次は真ん中のモヤシと一緒に食べてみなよ」

 

「モヤシ? あ、これか」

 

 言われたとおり、餃子の真ん中に盛られているモヤシも一緒に食べてみる。

 

「お、美味しい! 綾乃、これ美味しいよ!」

 

「そうだろー? 味わってたべろよー」

 

 パリパリとした餃子にシャキシャキで瑞々しいモヤシの歯応え。脂っぽさとモヤシのさっぱり感が中和し単体で食べるのとはまるで違う味を生み出す。

 

「うん、うん! うん」

 

 さっきまで味けないパンを食べていたこともあって、箸が進む進む。皿に所狭しと盛られていた餃子が一つ、また一つと胃に消えていく。

 

「なーんか、双葉見てるとなでしこ思い出すなー 食べるところなんかほんとそっくり」

 

「各務原さん?」

 

「うん、なでちゃんもいっつもご飯美味しそうに食べるんだよねえ。で、あんまり美味しそうに食べるもんだから、気になって一口ちょーだいって言ってもらって食べると、これがたいして美味しくなかったりするんだ」

 

 わかりすぎて困る。各務原さんは昔から何も変わってないようだ。

 

「知ってる? なでしこってちょっと前まで大福みたいだったんだよ。ほら」

 

 綾乃がスマホを見せる。そこにはどこか見覚えのある桜色の髪のまんまるな女の子が映っていた。

 

「もしかして、これ各務原さん? え、うそ!?」

 

 よくみなければ同一人物なんて絶対にわからない。もはや別人だ。

 

「驚いたでしょ。中三までこんなんだったんだけど、流石にだらしなさすぎたみたいで、なでしこのお姉ちゃん怒っちゃって猛ダイエットさせたんだよね」

 

「だからあんなに体力あったんだ……」

 

 あの美人のお姉さんがそんなことをするなんて意外だ。と一瞬思ったけど、本栖湖でのやり取りを思い出すとあんがいしっくりきた。

 

「わたしは前のなでしこも好きだったんだけどな〜」

 

 餃子を食べながら、各務原さんのことを語る綾乃は、とても楽しそうで、けど、どこか寂しそうだった。

 

「あの子、ちゃんと向こうでご飯食べられてるのかな」

 

 それもそうか、引っ越してからまだ一週間しか経ってないんだもんね。

 

 大事な大事な友達だったのだろう。そう思うと少しだけ綾乃が不憫に思えた。

 

「なでしこって、今キャンプにハマってるんだって? さっきもラインでリンちゃんって子と鍋食べてる写真送ってきたし」

 

 こんな寒いのに、よくやるよね、と言う綾乃はやっぱり寂しそうだった。

 

「なにが楽しいんだろうね。わたしにはよくわかんないや」

 

 そう言うと、はっきりと寂しそうな笑みを浮かべた。

 

 だからだろうか。

 

「あ、あの!」

 

 気がつけばボクは立ち上がっていた。目をまんまると開いた綾乃がボクを見つめる。

 

「し、静岡なんて6時間も走ればすぐだから! い、いつでも行けるし、も、もしよかったら暇な時にツーリングとか、その、できるっていうか……」

 

 話しているうちにどんどんわけがわからなくなり、尻すぼみになっていく。

 

「か、各務原さんの代わりにはなれないけど、い、いつでも遊びに行けるし。だ、だから、そ、そんな顔しないでっていうか……その、うん……なんていうか……」

 

 蒸気が抜けたように座り込む。我に返り顔に熱が集まっていく。あぁ、また黒歴史を一つ作ってしまった。

 

「どーしたの急に?」

 

「う、うぅ……」

 

 馬鹿なの? 何いってんのボク! 会ったばかりの人にツーリングとか意味わかんないし。

 

「あはは、変な双葉」

 

「へ、変?」

 

 わ、笑われた。恥ずかしい、死にたい。顔を手で覆って襲いかかる羞恥心から身を守る。

 

 でも残念、恥ずかしさはガード不可なので、容赦なくダイレクトダメージを与えていく。

 

「双葉」

 

 突然名前を呼ばれて顔を上げる。

 

「なんか、ありがとね」

 

「あ、う、うん」

 

 優しい顔で微笑まれ、しどろもどろのまま返事をする。笑われるのもあれだけど、これはこれで気恥ずかしい。

 

「双葉ってさ、すごいやさしいんだね」

 

「え、そんな、やめてよ急に」

 

 笑われたかと思ったら、今度はいきなり褒められて感情の切り替えが追いつかない。綾乃はいったいどうしてしまったんだろう。

 

「うん、やさしいやさしい。なんかなでしこが気に入るのもわかるなー」

 

「う、うん?」

 

「まあまあそう気にせずに、ずっと話してばっかもあれだし残り食べちゃおっか」

 

「あ、そうだね」

 

 そのとおりだ。冷めたらもったいない。まあ冷めても美味しいだろうけど、できるならあったかいうちに食べたい。

 

 ボクたちは残った餃子を食べ始めた。時折お互いのことを話しながら、時間はあっという間に過ぎていった。

 

 

 

 

 

「はいこれ」

 

 夜空の中で、一際眩しい光を放つコンビニの前で、ボクは温かいお茶のボトルを綾乃に差し出した。

 

「え、いいの?」

 

「餃子奢ってくれた代わりってわけじゃないけど、色々話聞かせてくれたし」

 

「律儀だなー双葉は。ありがと、もらうね」

 

 綾乃がお茶を飲み始めたのを見計らってボクも自分のお茶に口をつける。熱々のほうじ茶が餃子の脂を洗い流し、さっぱりとさせてくれた。

 

「双葉はこれからどうすんの? どっかホテルでも泊まるの?」

 

「ううん、その辺の公園で寝るつもり」

 

「え、マジ?」

 

 綾乃のお茶を飲む動きが止まる。このリアクションは野クルで慣れた。

 

 なぜかみんな同じ反応するんだよね。キャンプするのと大して変わらないと思うんだけどなあ。

 

「今日は綾乃に会った公園で寝ようかなって考えてる。人も少なそうだしね」

 

「て、テントは?」

 

「ないよ。邪魔だし」

 

「えぇ……」

 

 テントなし、マットと寝袋だけ。それがボクの野宿のスタイルだ。色々試してみたけれど、結局これが一番しっくりくる。

 

 場所を取らず、撤去も一瞬で終わる。何があるかわからない野宿旅にテントは手間がかかりすぎるのだ。

 

 ボクは旅人であってキャンパーじゃない。だからテントは必要ない。

 

 なによりお金がかからない。これが一番重要。

 

 必要なのは往復のガソリン代と食費だけ。ボクが毎週旅に出られるのはこの極端な節約のおかげなのだ。

 

「え、ほんとにテントないの? 言っとくけどここら辺夜めっちゃ寒いよ?」

 

「大丈夫大丈夫、毎週やってるから。それにもっと寒いとこでも寝たことあるし」

 

 最初は寒すぎて眠れないこともあったけど、おかげで冬の野宿のコツはマスターしたつもりだ。

 

 こんな低地の野宿なんてどうってことない。最悪寝なきゃいいだけだしね。

 

「ま、毎週って......双葉って、なに? 修行でもしてるの?」

 

「してないよ!」

 

 酷い言われようだ。野クルの二人にも散々おかしいと言われてきたけれど、修行僧扱いは初めてだ。

 

「だって、こんな寒いのに150キロも走ってくるし、菓子パンだけでご飯すませようとするし、あげく、その辺の公園で寝るとか言い出すし……双葉はなにを目指してるの?」

 

「なにも目指してないって、ただの趣味だよ!」

 

「趣味って言い方がよけーにね」

 

「だーかーらー!」

 

 旅っていうのは、辛くて、苦しくて、いいことなんか一つもなくて、なんていうか苦行じゃなきゃ面白くないんだよ。

 

 なんか、こういう言い方すると本当に変態みたいだからやめておこう。

 

「あはは、ごめんじょーだん。でも、本当に気をつけてよ? 何かあったらすぐ警察とかわたしに連絡してね。そっこーで駆けつけるからさ」

 

「うん、わかった」

 

 さっきもらった連絡先を思い出す。また一つ電話帳に書き込みが増えた。それがちょっと嬉しい。

 

「じゃあわたしはもう行くけど、明日はどーすんの?」

 

「明日? 明日はお土産買って昼までには出発かな」

 

 片道6、7時間もかからない。多少ゆっくりしても全然問題ないだろう。

 

「そっか、じゃあどこに行くかとか決めたら教えてよ。いっしょについてくから」

 

「え、そこまでしてもらわなくてもいいよー」

 

「聞こえなーい聞こえなーい。じゃ、また明日なー」

 

 ボクが何か言う前に綾乃がエイプのキックペダルを蹴飛ばす。テールランプがナンバーを怪しく照らす。

 

「風邪引くなよー」

 

 唸る4ストエンジン。気がつけば、綾乃は道路の向こうに消えていった。

 

 綾乃はボクを変なやつだといったけど、綾乃も十分変わってると思う。

 

「……ボクも寝るか」

 

 ヘルメットを被りキックペダルを蹴飛ばす。

 

 巻き上がる白煙。オイルの焦げた甘い香り。口の中にはまだ餃子の味が残っていた。

 

 そうだ。あとで各務原さんに自慢しよう。きっとうらやましがるだろうな。

 

 




用語解説

浜松餃子
一般的な餃子と違い具にキャベツや玉ねぎを使っているためあっさりしている。フライパンで効率的に焼くために円状に敷き詰めるのも特徴の一つ。
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