保健室とウマ娘   作:フムフムヌクヌクアプアア

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誤字報告感謝です。


サイレンススズカと保健室2

保健室に向かった私は先生に案内されて、保健室の隣にある面会室のソファーに座った。

どうやって話を切り出そうか考えていると、 先生は座らずに簡易キッチンに向かって言った。

「今日一日今度やる保健体育の授業で配るプリント作っていてさ、話し相手いなくて退屈していたんだー。ちょっと待ってて、今飲み物作るから」

「えっ、あ、はい。すみません」

思わず謝った私に良いよ良いよーと気楽に答えながら小さな冷蔵庫から何かを取り出していた。

かぱり、と何かが外れる音と共に、蜂蜜の匂いがふわりと広まった。

「蜂蜜、ですか?」

「うん。良い鼻してるね。生姜と蜂蜜とレモンのホットドリンク。飲んだ事ある?」

「はい、昔お母さんに作って貰って飲んでました」

「そっかー。風邪引いた時とかかな?」

「はい。先生もそうですか?」

「まぁね~」

そういえば、ずいぶん久し振りに飲む事になると私は思った。

思い返せば、風邪引いて心と体が弱ったときは必ず飲んでいた。

先生の後ろ姿を見ると何となくお母さんと姿が重なって見えた。

先生はトレイにティーカップとチーズケーキを私の前に出すと、向かい側に座った。

「お口に会えば良いけど」

「いただきます」

薄くスライスしたレモンが浮かんでいるのを眺め、次に香りを楽しみ、一口啜った。蜂蜜の甘味もあるが、生姜がピリッと効いていて非常に旨い。体が暖まっていくのと同時に安らぎを覚えた。

「先生、すごく美味しいです」

「そう、それは良かった」

先生は優しく微笑むと静かにカップを傾けた。その姿に私は見惚れてしまった。

よくよく考えると、学園でこうも落ち着いた大人のウマ娘と話すのは初めてかも知れない。トレセン学園のトレーナーとウマ娘は皆個性が強い。でもこの人は落ち着いていて優しくて、いつも静かに笑っている。

二重の綺麗な瞳には私はどのように映っているのだろう?

呆けたように先生の顔を見ていると、リラックスした笑みを浮かべて言った。

「ふふ、実に久々だよ。こうやってお茶するの」

「そうなんですか?」

「まぁ、喫茶店で君のトレーナーやたづなさんとかとコーヒー飲んだりするけど、こうやって作ったのは久々だね」

「それじゃあ私のトレーナーも先生お手製のドリンクは飲んだ事無かったりします?」

「ん?これは無いんじゃないか?お茶会より飲み会が多いしね。黙っておいてくれよ?」

先生はお茶目に笑って右手の小指を差し出してきた。

「ふふ、2人の秘密ですね」

私もそれに答えて指切りをする。保健室に来た時の私の緊張はいつの間にか綺麗に消えていた。

 

 

「それで?どうしたの?」

ドリンクとケーキを堪能し、おかわりのドリンクを頂いていると、先生は訪ねてきた。先生の問いに私は思わず体が固まった。 言葉を出そうとするが、うまく出ない。

「視たところ怪我している訳でも無いだろうし、脈も普通。ただちょっと目の下に隈がうっすら出来ているから、ちょっと寝不足気味。そうなると……もしかして悩みごとかな?」

先生の言葉に私は目を見開いた。

「どう、して……」

「ふふ、今まで伊達に保健室に引きこもっている訳じゃないよ?」

不敵に笑う先生は私が飲み物を飲んでいる間にここまで私の事を見破ってしまうのかと戦慄を覚えた。

「なんてね、ウソウソ。実は今朝、ハナさんから相談受けてね、君が元気ないから力を貸してくれって」

「そうだったんですね」

ちょっぴりホッとした。保健室に来て、先生の完璧な振る舞いに畏敬すら感じていた。

「でも、それだけ。詳しい話は聴いてないし、君から何があったか、聴きたいな。」

先生の言葉に私はポツポツと語り出した。

「私、少し前から走り方を変えたんです。逃げから先行に」

「うん」

「トレーナーがこのまま走っていると、大怪我してしまうからって」

「まぁよくある話だね」

「トレーナーの言うとおりに走ったら足が重くてレースに勝てなくなって。どうすれば良いのか分からなくなって」

「……そうか、ふむ」

先生は腕を組み呟いた。

「先生はどう思いますか?どうしますか?」

私は藁にもすがる思いで尋ねた。

「そうだね、まず一つ一つ君の疑問を解消して行こうか、まずは怪我の事」

「はい」

「まぁウマ娘は基本的に足の怪我が多い。骨折だったり足の筋肉が炎症起こしてしまったり。或いは踵や爪とかが裂けて痛みや熱を持って走れなかったりね。私もそれで何度か死にかけた事もある」

先生の告白に私は息を呑んだ。

「先生はレースに出て怪我をしたんですか?」

「いいや、元々も病弱だったし体質的な問題でね。小学生くらいの歳かな?筋肉の成長が早かったんだけど、骨の成長が遅くて全力で走ると骨が脚力に耐えれず折れたんだ。今でもその傷は残っているよ」

先生は右のズボンの裾を捲って見せた。右の足首。アキレス腱に沿うようにくっきり手術跡が浮かんでいた。

「でね、今回君のトレーナーが心配しているのは骨折。君は大逃げが出来るパワーがある。そしてそれに耐えられる骨もある。けど、金属疲労のように壊れる可能性がある」

「金属疲労?」

聞いたことない単語を訪ねると先生は、テーブルにあったフォークを取り上げた。

「まぁ、簡単に言えば疲労骨折って言うヤツさ。例えばこのフォークを2つにしてみるね。とりあえず本気で引きちぎるから見ててね」

先生はフォークを両手で掴むと、歯を食い縛りブチリと引きちぎった。

「まあ、こうやって無理矢理やってみたけど、時間をかけてやればもっと簡単に壊す方法がある」

先生は私の使ったフォークを左手で掴むと、右手でフォークを折り曲げた。続いて折り曲げた方とは逆に折り曲げ、これを繰り返すと簡単に2つに別れた。

「ね?さっきより力はいらないし簡単でしょ?こうやって繰り返し力が加わると壊れてしまう。君が骨折するとすれば、こういった力の働きが原因になるんじゃないかと思う」

私は千切れたフォークを見て黙ってしまった。私の足の骨がこうなると思うと背筋が寒くなった。

「だからハナさんは足の負担が掛からない先行を進めた。ここまではオッケー?」

私は黙って頷いた。

「でもだからと言って君の才能を無視してセオリー通りの先行ってのも勿体ない話だ。逃げて逃げてライバル置き去りにして一人ゴールへ突っ走る。ウマ娘なら誰もが想い焦がれる姿だ。やれるならやった方がいいし、何より個人的に見てみたい。そして何よりスズカの気持ちだ」

「私の気持ちですか?」

「ああ。結局走るのは君だ。ウマ娘なんだ、走るなら楽しく走りたいだろう?だから好きに走って良い。逃げで走って良いよ」

逃げで走って良い。そう言われて心が軽くなった。

「もちろん君の体の異常は君しか知らないから、無理はするなよ。ちょっと足に負担が掛かっているなとか、疲れが取れないなとか思って心配したら真っ直ぐ私のところに来ればレントゲンも撮れるし、マッサージとかやれるからすぐ来なさい。遠慮はするなよ?」

先生はそう言ってくれたが、やっぱり怪我の不安があり私は言った。

「でも、先生。もし、怪我したときは……わっ!」

私がそう口にすると、先生は右手を私の頭に置いて男の人のような低い声で言った。

「その時は俺が治す。レース中でも駆けつけて助けてやる。スズカが全力で練習して俺やハナさんが策練って、それでも君が骨折ったのなら、俺の今までの人生懸けて治してやる。だから心配するな、な?」

私はその言葉に視界がぼやけてしまった。

「どうしてそこまでしてくれるんですか?」

先生は私の頭から手を離すと両手を組んで少し悲しげに言葉を紡いだ。

「私はね、さっきも言ったけど病弱でね、走ることなんて許されなかった。何度病室の窓から外を見て、誰にも指図されずに走りたいと思ったか……。だから怪我っていう降って沸いてくる障害を私がぶっ壊して君たちの未来を少しでも明るいものにしたいが為にしているのさ」

 先生はそこで言葉を区切って笑顔で言った。

「だからさ、思いっきり走りな。私が出来なかったことを君が、君たちがやって見せてくれ。治療費なんていらないさ、君たちが走って笑顔でいてくれるのが何よりの報酬さ」

「はい!先生ありがとうございます!」

 私は目元の涙を拭って笑顔で答えた。

「それで、もう一つの問題。足が重くて思うように走れないって言ったね?」

「はい」

「簡単に言うとストレスから来るものだから、ちょっと気分転換すれば治る。だから今日はチームの練習しないで休んでほしい。その代わり私が今日トレーナーとして君のトレーニングを見よう」

先生が私のトレーニングを見る。その事に私は驚いた。

「えっ?!先生はトレーナーの資格持っているんですか?」

「もちろん。だって怪我したウマ娘にリハビリするのにトレーナーの資格無ければ話にならないだろう?」

そう言い切る先生の姿を見てなんだか嬉しくなってきた。医学に基づいたトレーニングに、怪我をしたら完璧な治療。気がついたら思いっきり走れる環境が整っていた。

――先生が私のトレーナーだったらなぁ。

 

私がそう思うと先生は突然、

「致しません」

と言った。

「言葉に出てたよ。悪いが怪我した場合の臨時のトレーナーみたいな物だからね。それに君のトレーナーはハナさんでしょ?」

先生はそう言ったけど諦められなくて私は思わず言った。

「じゃあ、私、頑張って練習して怪我したらトレーナーになってくれますか?」

「なりません!どんな条件だよ」

「むー!」

「むー!じゃない。とりあえずジャージに着替えて夜8時に寮の玄関で待ってなさい。私は仕事終わらせて迎えに行くから、分かった?」

先生は困った顔をしながら諭すように言った。

「……わかりました。それでは寮の玄関で待ってますね?」

「ああ、そら、もうそろそろ行かないと午後の授業があるだろ?行きなさい」

部屋の壁にかかっている時計を見るとそろそろ時間になる。私は立ち上がって言った。

「はい、先生相談のってくれてありがとうございます。ドリンク美味しかったです」

「はいはい。それじゃあまたな」

「はい、また」

 

私は軽い足取りで保健室を後にして教室へと向かって行った。

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