失われたアルズベリ事変【第一部完】   作:ノイラーテム

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死の天秤を揺り動かすモノ

 時計塔とアトラス院のトップが手を組むというショッキングな出来事。

ロード・バルトメロイ・ローレライとシオン・エルトラム・アトラシアの間には、微妙かつ複雑な線が引かれている。条件付きながらもオルガマリー・アースミレイト・アニムスフィアが仲立ちするというのは、ある種の妥協のような物であった。

 

それでも両者が歩み寄れたのは、『死徒から元に戻る』ことを第一の研究課題に上げているからだろう。でなければ両者の折り合いが付くはずはない。

 

「でも、本当に元に戻すことが可能なんですか?」

「普通の方法じゃ無理だよ?」

 オルガマリーは顔を赤らめながら苦し紛れの問いを放った。

意地悪にもバルトメロイは輝くような笑顔で即答する。あまりの眩しさと馨しさに、真正面に居るオルガマリーのみならず二の句が告げないでいた。

 

それは同時に『死徒から人間に戻る研究』というお題目が意味をなさないことにつながると知って押し黙ったのだ。

 

「それじゃあどうして……。アトラスの錬金術師は凄まじい計算能力があるのでしょう?」

「だからシオンもカルデアスの力を欲したのさ。彼女一人じゃ無理であることを理解し、そこから妥協するところまでしか辿り着けない。だけど疑似天体の中と行き来できるならば話が変わって来る」

 どうにかして言葉を絞り出すオルガマリー。

もしこの瞬間に壁ドンされたら即落ち二コマになりかねない状況だが、残念なことに他の職員がいるからそうも行かない。

 

秘密の相談をするから膝の上に乗って……とでも言えば話は別なのだろうが、そんな安易な手を使っても面白くないので次の機会を待つことにした。

 

「錬金術で変異した対象を強引に戻しても、それは元の物質足り得るのか? その事を理解する彼女は次の課程に取り組んだ。すなわち自意識の保存と抽出だ」

 水と油を自然混合できないが、石鹸を使えば可能になる。

石鹸を分離すれば水と油に戻るが、それは果たして元の水と油だろうか? その保証はどこにもないし、水と油の例よりも人間と死徒の変異は絶望的だろう。

 

「保存は……判ります。バケモノに成らずに自意識を保てるなら、自ら変異したがる人も居るくらいですし」

 元に戻れないのだから、せめて人間としての思考を保つ。

それが妥協点であり、この方法さえ確立してしまえば別の手段も考えられる。だからこそ再変異は無理だとしても、その『研究自体は無駄にならない』のだ。

 

そして人間の寿命では魔術師の目標たる根源に辿り着けないと、自ら死徒になろうとする人間は後を絶たない。その見地からすれば自意識さえ保てるならば、血が必要な以外は『悪くないスペックの新しい体』であるとも言えるのだ。

 

「うん、まあ協会ならそういう妥協も出来るよね。でもアトラスにはその先がある。ホムンクルスに魂を移植しても良いし、何ならミス蒼崎に元の体に近いモノを用意してもらっても良いくらいさ」

「あっ……そういえば……」

 その考えは転生者ならぬオルガマリーには思いつかなかった見地の様だ。

転生者ならば転生先の体を新しい新天地と思うくらいであり、そのくらいの精神性があればそもそも体の種族性などにこだわりもすまい。

 

そしてこういった考え方の差こそが、シオンの研究の内容であり、更なる発展を目指しているという事なのだ。

 

「ここでもまた『それは自分なのか』という課題が突き刺さる。コピー体を自分と同じで、群体生命体であると捉えられるのはミス蒼崎くらいさ」

「それもそうですね……じゃあ、そのためにカルデアスを……」

 人工天体カルデアスは、地球の行先をシミュレーションする為のモノだ。

様々な問題を様々な手段で対向し、その仮定と結果を何度も再検証する為に存在している。

 

そして、そこに至る為には膨大な記録を確保し、その変異を記録し続けるモノが必要不可欠なのである。そのためにアニムスフィアは時計塔の中だけではなく、アトラス院や彷徨海とも契約して驚くほどの超抜級礼装を集めていた。

 

「その通り! カルデアスの中に移動して暮らす魂が本人なのか、それともコピー体なのかを追跡調査できるでしょ? そして都合の良い……のかな? シオンには被検体に心当たりが居た」

「分割思考とエーテライトですね?」

 元が頭脳に優れたオルガマリーの事である。

これだけ条件を並べられればおおよその中身は推測できた。カルデアスに送り込んだ情報体が、自分をコピーしただけの記録情報なのか、それとも自意識の一部なのかを追跡調査すると考えたのだろう。

 

おおむねその推測に間違いはなく、『リーズバイフェ・ストリンドヴァリ』がどうなっているのか詳細には知らないバルトメロイも似た所までは考慮していた。

 

「そういう訳でこの話は彼女たちにとって福音なんだよ。自分の魂を移植できるかどうかを検証出来て、可能であれば血の乾きに耐えられなくなってもカルデアスに移住すれば時間制限がなくなるからね」

 死徒は血液がなければ生きていけない不完全な生命体だ。

発生原因である真祖にはそんな欠点はないが、それでも血の渇きは抑えきれない。しかしカルデアスに自分の魂を移植できるならば話は変わって来るのである。

 

自分のコピー体だったら意味が薄いが、自分本人であるならばそういった問題を全てクリアできる。死徒としての体が朽ちたとしても、蒼崎橙子の作る次の体を待てばよいのだ。

 

「それでバルトメロイ本家や他のロードからの許可が降りたんですね。研究自体はこちらの技術ですし、アトラス院の規則にも反しませんから」

「だからこそ成功することを祈りたいね。そしてこの技術が確立すれば強引な手段も取れる」

 バルトメロイの家は吸血鬼狩りに狂っているとも言われている。

ロードとなった者は時計塔の運営に支障をもたらしたとしても、有力な死徒を狩る為に行動するのだ。

 

その意味で今代のバルトメロイが風変りなのだと思っていたが……今回の方法を利用することで、死徒の数を減らそうという計画ならば納得ができた。

 

「強引な計画ですか?」

「そっ。もし膨大な魔力で願望機を無理やり起動したとしたら、どうやって死徒は人間に戻ると思う? それこそ魔法じゃなきゃ無理だけど、魔法に近い魔術ならば方法はある」

 逆説的な話だが、人間に戻すのは無理という過程で今回の話は成り立っていた。

しかし、それは『普通の方法』であるならば……の話なのである。不可能を可能とするのが魔法であるのだから、魔法に近い大魔術であるならば他にも方法はあった。

 

「第二魔法の一部には並行世界の運営として、過去の操作や移動がある。第三魔法の近縁ならば新しい体も可能だろうね」

「それって……」

 そう、それこそが英霊。それこそがサーヴァントなのだ。

英霊現象によって出現する、過去の人物に仮初の体を与える方法。過去からの記録に魔力で体を作り上げ、その記憶を転写する方法である。

 

もちろん魔力で構成する疑似的な体ではなく、過去の自分の肉体を本当に作り出せればいう事はないのだろうが。

 

 そして計画が巡り、公式被検体は征服王イスカンダルということになった。

計画に参加する魔術師たちのコーチ役であるロード・エルメロイ二世たっての希望であり、同時に『願い』が判っている分だけアプローチし易いからだ。その宝具が死徒対策として相応しいのもある。

 

英霊を呼び寄せるにあたって、『相手の願いを叶える』という段階を経ねばならない。でなければ現代の魔術師では、疑似天体の中であろうとも英霊を呼び寄せるのは不可能に近かった。

 

「まずは疑似天体に召喚。満足せずに退去しようとするならば、こちらに肉体を用意するという段階を得ます」

「その過程を聞かない可能性はどうですか?」

 シオンに尋ね返すエルメロイ二世だが、当然と言えば当然だ。

話が物別れになる以前に、そもそも話を聞かないとか、最初から来ない可能性だってあるのだ。

 

霊媒の魔術により、遺物を触媒にすれば普通の幽霊ならば呼び寄せることも縛りつけるのも可能だろう。しかし相手は英霊と呼ばれる破格の存在なのである。

 

「初期条件にフォーマット済みだよ。こちらに渡る段階で、前報酬として現代知識の幾らかが渡ることになってる」

「それでも無理な場合は、もっとシンプルな対象から始めます」

 転生者であるバルトメロイから既にいくつかの素案が渡されていた。

かつて似たようなことを目指した『マキリ・ゾォルケン』の研究データもあった。もし原作知識が有用だとするならば、転生者ではなく組み上げたゾォルケンの手柄と言っても差し支えないだろう。

 

例えば原作知識の一部……座に居る英霊そのものではなく、そのコピー体・分霊をサーヴァントとして呼び寄せる。また英霊としての過去例で確認された、セイバーやランサーなどといった俗称の存在を呼ぶのだと、目的に対する必要達成度を大幅に下げていたのである。

 

「もっとシンプルな……なるほど。戦闘や日常そのものを目的とする英霊ですね?」

「はい。戦っていれば幸せな古代の戦士たちや、今度こそ平和な日常を送りたいという英霊を選べば可能性は高いでしょう。何処かの誰かの様にラーマとシータを同時に呼ぼうと試みなければですが」

 エルメロイ二世は過去に起きた事件を思い出していた。

人類には大き過ぎる問題に英霊が現れて対処することがある。それが英霊現象であるが、『彼ら』の中でも望みは様々だ。

 

中には戦いたいから参集に応じたり、物見遊山で現代文明を見たい英雄もいるだろう。

 

「バルトメロイ。……英霊は過去に起きた事象の記録帯。いわばゴーストライナーです。記録からして不可能という事になっている相手を呼べないのでは?」

 どうにかして難易度を下げるという課題に、どうして難易度を上げようとするのか?

エルメロイ二世は思わずこの場には居ない迷惑な弟子を思い浮かべた。彼は『英霊現象について怪しい事件があるから、ちょっと調べて来まーす!』と北米まで飛び出していったのである。

 

時計塔の頂点とその弟子を比べるのはマズイと知りつつも、頭と胃がキリキリし始めるエルメロイ二世であった。

 

「そういうのがロマンだと思うんだけどねぇ……」

「それならば疑似天体に天界を作って神を封ずる場となさるのがよろしいでしょう。カルデアスでは二度と召喚できなくなりますが、矛盾は起きなくなりますので」

 胃腸を弱らせながらも何とかする方法を思いつく辺りがエルメロイ二世たる所以だ。

インドの大英霊ラーマとその妻シ-タは現世においては出逢えず、天界にては神ゆえに召喚できない。本人たちの記録の他に伝承が交じり合う事で、『現世では出逢えない』=『同時召喚不可能』という括りが存在する。

 

「あ~。それは盲点だったね。確かにその手もあるか。戦力としての英霊なら他にも当てはある事だし。シオン今の話、可能かい?」

「願いの叶う願望機たる聖杯。その一例としてならやる価値はありますね」

 二世の見解はその前提を覆すのではなく、むしろルールに則るモノだった。

伝承の延長上でありながら、疑似天体という仮初の場を有効に活かす追加設定を入力。一見無意味になる行為でありながら、『他の英霊から見て願いが叶った一例』として、『天界で再開を果たした夫婦英霊』という受け皿を用意しろと言ったのである。

 

そしてこういったやり取りこそが、異なる見地の持ち主たちが集まる有意義さであった。三人寄れば文殊の知恵というが、全く同じ見解のイエスマンでは意味がない。視点の異なる賢者が多様な意見を交わしあうからこそ、原作では難しいと思われた事を幾つも成し遂げていくのだ。

 

 順調に思えた疑似天体カルデアスと英霊召喚術式。

そこに曇りが生じたのは、北米からの一報であった。英霊現象が起きていたらしいのだが……。

 

フラット・エスカルドスが帰らぬヒトとなったのである。

 

「フラット……死んでしまうとは情けない」

 元から冗談を言う方ではないがエルメロイ二世のジョークにもキレがない。

ゲームから引用しているのも、フラットならばそういうだろう。そしてゲームの中においては復活する前振りであるからこそ吐いて出た言葉だろう。

 

そしてその希望は、あながち間違ってはいない。

 

「まだ間に合うんじゃないかな? 完全に転化が終わる前なら何とかなる気がする」

「流石に難しいと思います。救いたいとは思いますが、死を持って完成する術式ならば既に発動していますから」

 フラットは願いを叶えるというか、結果に直行する不可思議な能力だった。

これを持ってバルトメロイは真祖ではないかと疑っていたのだ。しかし現実には、死ぬことをキーとしてその時代に生まれる『星の触覚』に割り込んで転化する術式であるように思われた。

 

そして術式による変化は、既に完了しているようなものだ。新たな意識が完全に体を把握しておらず、極まれにかつての意識が蘇るらしいが……可能性は万に一つも無いと思われた。

 

「考え方の差だよ。術式によって行われる転化なら、完了が遅延している今なら『逆転現象』で元に戻せる。問題はその時に自意識がどうなるかは保証できない事かな」

「因果の逆転ですか? 理論としては判りますがいつ完了するか判らないのに……」

 バルトメロイがとある場所を指さしたことでエルメロイ二世も口を閉ざした。

本来は蘇る方に賭けたいのだ。彼の知性をして難しいどころではないと判るからこそ否定たくなり、同時に因果の逆転へ可能性を見出したからこそ口を閉ざして灰色の脳味噌をフル回転させている。

 

バルトメロイが指さしたのは直ぐ近くにあり、カルデアスが対抗目標として掲げている計画の実行地であった。

 

「アルズベリ……闇の六王権」

「そう。奇しくも似たような計画が持ち上がっている。六つもの祖が死して混ぜ合わされる死徒の宰相。互いに影響を受けたとか、あるいはこれから生まれるのは死徒じゃなくて真祖だったのかもね」

 祖が六体死んで始めて完成する究極の死徒。

フラット程の天才が死んで初めて生まれる真祖。元が同じ事件であり、テクスチャ違いであるとか、同じ計画の一環だった可能性はあり得る。

 

エスカルドスの始祖とて何もない所から始めるよりも、闇の六王権に関わる儀式を知って居て流用した可能性だってあるではないか。

 

「もっとも真相はそこまで問題じゃない。この状況ならば絡めていける。リソースとして祖を討ち取ることで魔力を確保し、カルデアス上で聖杯を起動させるんだ!」

 どのみち、二十七祖に連なる大物たちを看過できない。

いつか戦う事になっているし、今は前哨戦だから適当に済ませているだけなのだ。

 

ゆえにこちらから新しい儀式に組み込み、連中が予定している行動とリソースを奪い取ってしまえばよいのだと言う。

 

「なんて無茶苦茶な。計画どころではないと判断します」

「でも一理あるだろ? ボクはこのまま自我を失わせるよりも、賭けに出るのも面白いと思う。主に君らのささやかな心の平穏の為にね」

 こう言われたらシオンの方も否定はできない。

人間に戻りたい、そのためにデータが必要だというのは他ならぬ彼女たちにも共通しているのだ。

 

そしてここで行動に出て問題があるわけでは無い。

失われるとしたら実際に行動に出る戦闘系魔術師であり、その補助をする者たちの方だ。そしてそれは……。

 

「判りました。私も腹を括りましょう。フラットの命一つ奪い返せずに、あいつと再会なんか出来ない」

 そこにはかつての無茶振りを取り戻したエルメロイ二世が居た。




 今回は理論的な話と、無茶振りによって元の軌道に戻す話です。
アルズベリ事件は戦闘物なのですが、事件簿とか色々混ぜたので妙な方向に。
そこでフラット君の死を逆転させるという言い訳で、アルズベリに攻め込む感じですね。

なお今回出てきた妙な理論は、半分適当に思いついた話で、
残り半分は整合性の為にでっちあげた話になります。

なお後数話で終わる予定。
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