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アルズベリ攻略作戦が始まった。
しかしこれは魔術師と死徒の戦いとは様相を異ならせる。
何しろ、これは戦争なのである。
『馬鹿な! 霧に変化できぬだと? まさかあのダンジョンと同じ!?』
道化師の格好をした死徒が驚愕を浮かべる。
吸血鬼の伝承が持つ全ての力を兼ね備える屈強な個体で、溢れんばかりのパワーに加えて霧に体を変えて浸透し、あるいは狼や蝙蝠に変化したり召喚する力を備えていた。
だが、それも結界によって力を封じられていなければの話である。
「滅天使の陣が効いているぞ」
「死天使の陣を急げ! 陣を昇華させるのだ!」
対霊体の結界に、対不死者用の結界の重ね掛け。
どちらもが破壊天使とも称されるカマエルの側面であり、滅天と死天のコンボこそがこの場に集まった魔術師たちの切り札であった。
元が同じ術式を分化した物とは言え、二つの結界を矛盾させることなく元の形に昇華させる。その腕前の程は誰一人として並大抵ではない。
だがしかし! これは戦争なのだ。
『おやおや君とあろうものが迂闊だな、ダミアン』
『ようやく来たか、レギオン。このノロマめが!』
羽飾りとマントを身にまとう顔の無い吟遊詩人。
その登場と共に戦場は一変した。そう、ここは既に戦場なのだ。孤立無援の仲間に援軍が訪れるのは当然。
問題なのは格の高い死徒というものはみな個性が強い。
仲間であるなどと思ってはいない。誰かの援軍に行けと言われるのも、手柄を奪われるのも真っ平ごめんと言う連中が大多数なのだ。彼らをして従わせる大貴族の姿が背後に伺えよう。
「ちっ。ピエロが増えたか! 構わん、まとめて……」
「待て! アレは一人軍隊!? 死徒の群れが来るぞ! 密集防御!!」
遠くからザッザッザという軍靴の音が聞こえて来る。
通常はゾンビの如き足取りなのに、こいつらは足並み揃えた軍隊なのだ。彼らを操るがゆえに、レギオンと呼ばれる死徒は一人軍隊と呼ばれている。
そこに現われたのは五十とニの軍勢。
一体一体が死徒である吸血鬼の軍勢であった。その威容は古代ローマの千人隊にも匹敵しよう。
「くそっ。倒しても倒しても補充される!?」
『左様左様。これなるは吾輩の手足。吾輩の軍勢。千人兵、レギオン。レギオン、レギオン、レギオーン! 吾輩の名前を称えよ!』
それは五十二体存在するという一括りの死徒。
倒されても再構築され、五十二の数へと再補充される。しかもナンバリングの順番で強く成り、絵札と成れば屈強の存在であるトランプ兵士であった。
さながら固有結界の如き大魔術。
それを魔力の充填無しに実行できるのは、この『親』にあたる死徒が自らの体全てを『子』の死徒へ分割して供給しているからだ。霧化を封じる結界があろうとも、最初から自分の体を切り刻んでいる相手には通じまい。
だがしかし! 繰り返そう、これは戦争なのだ。
相手が手を尽くすのであれば、こちらも手を尽くすのは当たり前。正々堂々などとは滑稽極まる。後出しジャンケンこそが必勝形であろう。
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奢るなかれ不死の千人長よ。
五十とニで千人の軍団を名乗るのであれば、一騎当千の勇者一人で互角である。
そして、そんな勇者であれば切り札の一つも持って居よう。
そして、後出しジャンケンであるならば最も相性が良い相手が訪れるのは当然なのだ。
「参陣しました。……そのまま陣を維持してください。アレは私が始末します」
「しかし! アレは倒してもキリがありません! やるならば広域殲滅用の術で退散させなければ」
魔術師側の援軍は一人きりであった。
高速移動用のロケットダッシュで超加速に耐えられる人物を送り込んできたのだ。
彼女こそは時計塔の誇る抹殺者。
彼女こそは時計塔で恐れられる封印指定。
「問題ありません。令呪を持って完成せよ我が秘宝」
女魔術師は担いでいた荷物を降ろすと、一言だけ起動式を呟いた。
手袋ごしに強力な礼装が輝くのが見て取れる。一回限りの使い切り、強力な魔力を指定目的の為にチャージする魔術師サイドの切り札の一つ。
そしてここに、本来は存在しない術式が完成する。
神秘は秘匿され、ヨーロッパにおいてもあるのかないのか不明のまま隠し通された術式、を完成させるためだけに切り札を使い切った。彼女自身にはまだ使いこなせないがゆえに。
「
それは存在しない宝物の名前。神代に存在したとされる槍の名前。
光の神ルーが所有し、同時に五つが並行して存在し、使えば必ず勝利をもぎ取ったという。
その名を冠した魔術式を唱えると、荷物の中から勝手にボーリングのような珠が転がり出てきた。浮遊しながら幾つもの次元に同時並行で連立する。
「
女魔術師が珠を殴りつけると刃を構成しながら弾け飛んだ。
異なる位相の中で光が飛び回り、五つの次元に存在する珠同士の間を反射し続けていくのだ。光は直撃すればそれだけで並大抵の相手を抹殺できる能力を秘めていた。
これこそは彼女の家が神代より伝えきった至上の礼装。現代に伝わる宝具そのもの、フラガラックである。
『愚かな。私のは一部を倒したところで……馬鹿な。なぜ発動が止まらないのです!』
光の連鎖が止まらない。
五つの次元で反射しては無数に別れて五体を倒し、これが反射し続けることで次の五体を抉り続ける。まさに必勝の攻撃であった。
誰が知ろう、これなるは使えば必ず勝利を呼び込む戦神の一撃。『敵軍』の全てが朽ちるまで攻撃し続けるのだ。それは条件に該当する敵が全て死に絶えるまで続く……。
『馬鹿な。馬鹿な。私は、私は一人で千人、レギオンなんだ……ぞ……』
ぱさりと手袋が落ち、コトリと仮面が落ちる。
そこには服だけが残り、羽根つき帽子もまたフワリと落ちた。この体は誰かと話し、敵軍を引き付けるための囮に過ぎない。
自らの軍団に血肉を分け与えた死徒は、軍団の滅びと共に消え失せたのである。後には吟遊詩人の服装一式が残るのみであった。
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その姿を離れたところから狼が見つめている。
もう一体の死徒は戦場に道化師としての姿を狼に変えて逃げ出していたのだ。
レギオンの跳梁によって生じた陣のゆるみを突いたのだろう。
『レギオンを殺し尽くすとは。げに恐ろしきは封印指定実行者か。しかしあれほどの攻撃、そう何度も使えはすまい』
燦然と煌く光の群れが消えたのを見て、げんなりとした様子で溜息を吐いた。
ダミオンと呼ばれた死徒は正しく物事を認識していた。あの攻撃は使い切りの礼装二つを同時併用した物。
そもそも
『さて、この後はどうするかな。血も魔力も足りぬではあるが奴の死で補いは採れた……今宵は罠を警戒して引くべきか』
アルズベリ地方は田舎町であり人は少ない。
元より計画の運営に必要な総量が足りないことは判っていた。それを補うのが協会の魔術師や教会の代行者との戦闘である。
やって来る有象無象をなぎ倒し、一般人の数倍に及ぶ優良な血を収穫する。そして何より『彼ら自身』、上位の死徒も含めて生贄なのである。倒しても良し、倒されても構わないという悪辣さがこのアルズベリ計画の妙味だろう。
だが……。
「それは困るな」
『何奴!?』
足音もなく誰かが近づいてきた。
気配も匂いも完全に偽装し、死徒の中でも変幻自在を謡われたダミアンを探し出す者が居ようとは。
しかも直前まで気が付かないなどとは、並の相手ではあるまい。
「お前……。変化は見事なんだけどさ、こんな町中で狼が居るわけないじゃないか」
『ククク。それは失礼した。まさか未熟ではない事を突かれるとは』
どうやらこの魔術師は獣の臭いを嗅ぎつけたらしい。
常人には理解できぬなどとは言うまい。それを可能とするのが魔術。そして可能とした上で上位の死徒であるダミアンと戦える才覚を彼は知っていた。
いわく、エルメロイ教室に現われた鬼才。
いわく、典位の高みに辿り着き、なお精進を怠らぬ者。
いわく、続々と現れる綺羅星の中でも筆頭。二人いる災厄の一人である。と。
『スヴィン・グラシュエート、貴様かあ!』
「死徒に知られて光栄とでも言えばいいのかな? 前なら少しはそう考えたかもしれない」
現れた魔術師はまだ青年というには幼かった。
少年期を過ぎた頃でありながら、まだ熟しきれぬ果実と言った風情。未熟でありながらこれなのだから、成熟すれば典位どころか色位の高みに至ろうではないか。
確かに強敵、確かに侮れぬ。
しかしダミアンには笑みを浮かべて迎え討つ気概と採算が存在した。魔術師としてはスヴィンの方が上であろうとも、死徒である彼の方が肉体面では優れている。強化魔術を含めれば逆転するのは間違いがない。
「だけど、今はあいつを何とかするのに力が足りないんだ。その為に死ね。ただただ、藁の様に死ね」
『……? 力か……では勝った方が全てを手に入れるという事だ!』
カルデアス側でも同様の計画を立てている事を知らない。
だがダミアンにとって目の前の魔術師が優良な獲物であることは理解した。
斜めに走り抜けながら上半身を変化させ、狼の体に翼を生じて飛行させる。空を飛ぶには幅が狭く、それは刃と滑翼を兼ねているだけの代物であった。基本はダミアンの脚力による跳躍を主体として、超高速戦闘を補うためのモノに過ぎない。
「青ざめた死よ」
スヴィンは一瞬にて同レベルまで肉体を強化した。
己の内側にのみ現れる変化は充実が早い。高速から超高速に移行するダミアンに遅れることなく、一歩も引かずにその上でを振るう。
さすれば衝撃だけで周囲が弾け、獣じみたオーラが魔力の鎧であり武器以上の威力で猛威を振るう。
『ハーハッハー! お互い武器無し、素手で! 良い。良いぞ!』
ダミアンは死徒が持つ、吸血鬼としてのイメージを全て我が物としていた。
瞬時に霧と化す肉体、狼や蝙蝠に変化し、その膂力や魔力の充実具合は素晴らしいの一言に尽きる。そして流れる水の上を渡れないのも、霧やスライムに近いボディを持つがゆえだとその方向性を突き詰めたのだ。
ゆえに牙のみならずとも、拳や足からも吸精できる。
狼に変化してもそれは変わらないというのに、スヴィンはその干渉を跳ねのける身の守りを持っていた。こんな強敵に出逢って笑える意思がダミアンにはある。
『貴様の血を吸いつくし、今宵オレは祖の高みに登ろう! このダミアンの七変化を見るがいい!』
変幻自在の面目を躍如。
ダミアンは人間体や獣の姿を行き来し、時には蝙蝠の翼を生やし蠍の尻尾を生やし、体の各所から牙や目を生み出して四方を喰らう。
更にはその複合系、ムカデの様に上半身と下半身を使い分け、右からとも左ともつかぬフェイントすら掛けてきた。
「興味ないな。少なくとも今は!」
『つれないことを!』
一方でスヴィンは獣化魔術の粋を極めようとしていた。
昨今は狼を吸血鬼の僕、狼男は格下の魔物などと言う者も居る。だが伝承の古さでは狼の、獣人の方が勝るのだ。魔術基盤の強固さは死徒などとは比べ物にならない。
加えてエルメロイ二世の指導を忘れてはいなかった。
スヴィンはスヴィン、人間の技、獣の強靭さ、その両方を兼ね備えた獣人形態でしか使えない『術』と『技』を持っている。
「オーン!」
『雷撃以外が撃ち落とされる!? 衝撃波に魔力指向を与えたのか? やる!』
ダミアンは予備の腕と顔で格闘を行いながら魔術が使用できる。
神代の魔術師が使う高速詠唱ならずとも同時並行できる巧みさがあった。しかし吠え声に魔力を載せた
それも人間では叶わぬ獣の喉に、人間でしか叶わぬリズムを載せた術式なしのナチュラルパワー。ドラゴンの咆哮には人の心を打ち砕く効果があると言うが、それは狼もまた同様であった。
『仕方あるまい。やはり肉弾戦と行こう。100%の100%を人間に見せるのはこれが初めてだ』
ダミアンは体を格闘戦に向いた形状に変化させる。
不要な目や牙、翼といったものを全てひっこめ、膝に逆関節と踵に六本目の指を生やして肘には二つ目の関節を出現させることで、人間には不可能な速度と軌道をもたらしたのだ。
これまでの戦いでダミアンはスヴィンの速度とパワーを見切っている。次にぶつかれば勝利は確実であると、死徒の体を活かして自らの肉体が損壊する程の速度で助走し始めた。
「凄い速度だな。でも、三歩もあれば十分だ」
それは人でも獣でも不可能な動きであった。
一歩目はダミアンならば驚くに値すまい、倒れるように加速して四つん這いに近い状態で四肢の全てを駆使する獣の瞬発力。二歩目は相手が動こうとうする方向へ軌道を変えて、タイムラグ無しに体勢を立て直す超人の移動。
三歩目はそこからさらに一歩を飛び出すだけの話だ。
絶好のタイミングをずらし、相手の意識の外へと踏み出す一見無謀な動き。それは人間が持つ智謀の為せる技であった。
『馬鹿な。カウンターによる移動……だと』
「縮地と言うらしいよ。同じ名前で何種類もあるそうだけど」
後の先でありながら、先の先を奪い尽くす剣仙の技。
迎え撃つはダミアンの腕、二重関節が伸びきる一歩手前だ。ダミアンの攻撃速度と移動から、襲撃ポイントと時間を見切ってそこへ我が身を滑り込ませたのである。
即ちダミアンの力を持ってダミアンを打ち砕く至上の一撃。
死徒のパワーを使用したのだ、もしかしたら使い手の体も砕け散るかもしれない。だがしかし、獣性魔術によって変異した体はダミアンの体の中にある心臓を打ち砕いていたのである。
『ぐふっ……見事』
「褒められても嬉しくないな……ちっとも」
勝利の感慨なく栄光も無く、スヴィンは項垂れていた。
何でもないような事が幸せであり、くだらないと笑い合っていた日常こそが至高なのだと、フラット・エスカルドスを助ける為に再び歩き出した。
今宵の収穫は祖の候補を二鬼討っただけ。
改修した魔力はまだまだ一つ分の枠に過ぎないのだから……。
今回は戦闘回で原作キャラの強化回。
殆どオリキャラのバルトメロイよりはマシな感じかもしれない。
●主人公チーム
・ラックとブリューナク・フラガラック
バセットさんの持つフラガラックは五つの機能があり、ホロウ時点では二つまで。
これを上澄みする為に、前回疑似的に未完成の令呪を使って強引に起動している。
ラックそのものが時間を掛けて生成する消耗品型なので、二つも切り札を切った。
それだけ今回の相手が強敵であり、後出しジャンケンでもかつという覚悟を示す。
・スヴィンの術と技
ご存じ獣性魔術の使い手であり、若くして典位に届いた秀才。
人間の良さ、獣の良さ、獣人の良さを全て取り入れた戦法を身に付けている。
今回は縮地を覚えただけだが、まだ居合を覚えていない。
つまり彼はまだ変身を残しているという事になるだろうか。
●敵情報
・レギオン
『総勢で一つ』という不死性を研究する上位の死徒で、白翼公の部下。
不死性に加えて『子』すべてに情報共有や強化が掛かるというチート仕様。
トランプを模した五十二の『子』と、吟遊詩人の姿をモデルにした『親』。
それら『タロットの一』をモデルにした死徒である。
元ネタは灼眼のシャナに出て来る『千征令』オルゴン。
運が無く広域殲滅技で一周されるところも同じ。
・ダミアン
同じく白翼公の部下で、『吸血鬼の生態』という概念を突き詰めた不死者。
触れただけで吸精や浸食が可能で、瞬時に霧や狼・鳥に変化が可能。
体や鳥獣の構造を研究し、完全に把握して再構築して使い分ける事が可能。
モデルは月姫のネロ・カオスとサイレントメビウスのダミア。