失われたアルズベリ事変【第一部完】   作:ノイラーテム

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回帰

 奇妙だと言えば最初からこの戦いは奇妙だった。

迎え討つ白騎士フィナ=ヴラド・スヴェルテンは部下であり眷属である少年たちをけしかけ、自身は流れる水の上から動かないなど余裕綽々。

 

もちろんスヴィン・グラシュエートが地力で劣るのは当然の事だ。

しかしヴラドにはスヴィン『だけ』にかまけている余裕などないはずだった。むしろさっさと片付けて守るべきアルトルージュ・ブルンスタッドの元へ移動すべきだろう。

 

(やはり偽者? だがこれほどの実力なのに祖じゃないというのか?)

『さて少年、これは避けられるかな?』

 まるで逡巡するスヴィンの思考力を奪う為の猛攻。

二人いるヴラドの片方が軽いジャブを放つとそれだけで無数の衝撃波が発生する。それに合わせてもう一人のブラドが剣を振って幅広い衝撃波を発生させた。

 

苦戦している理由として、腕を振るうだけで発生するこの衝撃波だ。

同じことを獣の筋力で成し遂げたとしても、死徒であるヴラドには殆ど意味がない、だがスヴィンに直撃すれば少なくとも脳や内臓を揺らして大変なことになるだろう。

 

「くっ、そっ!」

『ハハハ! 声だけで衝撃波の盾を放ったのか。まるで東洋の大神のようだ』

『思想魔術は東洋のモノだが良いのかね? ああ、君の師は略奪公だったか』

 スヴィンは獣の声帯のみならず、狼の神秘も混ぜて声を放った。

衝撃と神秘を混ぜ込んだ『歌』(ブレス)はヴラドの言う様に、西洋よりも東洋の方が馴染み深い。

 

宮中を守る法術の中に、音魂を操る術が存在する。

指を弾き、あるいは弓を鳴らし、犬の真似をして妖怪や幽鬼の類を退散させるのだ。反則気味だと言ったのは、ドラゴブレスに似せていなければ東西の概念を混ぜるという禁忌を、エルメロイ二世が平気で破っているという皮肉でしかない。

 

「あんたに勝てるなら何だって使ってやるさ!」

『そこまで思ってくれているとは! 感無量だよ』

 師を庇うというよりは、苛立ちを隠すようにスヴィンは唸りを上げる。

ドラゴンの咆哮には恐怖を煽り魔術を撃ち落とす神秘を持つが、幻術による結界や身体に掛けた強化魔術をまとめて吹き飛ばすためだ。

 

実のところスヴィンの役目は足止めでしかない。

聖堂教会が切り札を切り、魔術協会がそれをサポートするのに甘んじているというスタンスを『演じる』為だけでしかない。本来であれば倒す必要などないのだが……。

 

(だけど僕はこいつを倒したい!)

 スヴィンの意地であり、悪友であるフラット・エスカルドスを助けるため。

祖が倒れる時に発生する血や魔力を持ちいる儀式を横から奪い取って、聖杯を完成させるために目の前の死徒を倒したかった。

 

実際、スヴィンは劣勢だった。しかしそれは切り札を切って居ないからだ。可能性はゼロでは無かったから猶更だ。

 

(使うか? いや、ダメだ。正気を保てるか怪しいし、何よりコイツが偽者だったらマズイ)

 もし切り札を使用すれば『今』のブラドであれば倒せる自信があった。

師であるエルメロイ二世だけでなくバルトメロイの協力もあって、スヴィンは太古の魔術を復活させていた。

 

蒼崎橙子のように幾つも復活させたわけではないし独力ではないので冠位には届くまい。しかしこの場で逆転するだけならば簡単にできる程の力を秘めていた。それだけに偽者と言う可能性だけで全力を出せないのがもどかしい!

 

(なんだ今の反応は? ……もしかして水路の水もパレードで出したモノなのか?)

 そんな中、小舟が浮いている水路から魔術反応が見えた。

スヴィンの咆哮によって吹き散らされたが、常時展開する魔力によって再構築されていく。

 

よくよく考えれば不思議な事ではない。

死徒にとって水は弱点と言う程ではないが、弱体化してしまう要素の一つではある。魔術で対策することもできるが、周囲に自分の力を持たせた物体で満たしておくのは有効だろう。

 

(ブースター代わりに循環させておいた? ……でも別の考え方もできるんじゃないか?)

 血肉を強化結界として水に似せて遊園地内を循環させる。

十分に意味があるし、少年たちのみならず自分の戦闘にも有効ではある。水に落ちる心配はないし、むしろ水路に満たした血肉で回復できるまであった。

 

しかし、そう見せるのが囮であったらどうだろう?

常識的な使い方を隠していると見せかけて、実態はもと別の事を隠しているのだ。例えば白騎士が本来すべきことの……。

 

「そうか! あなたはパレードで戦っているんじゃない! パレードで周囲を把握し、パレードで他の戦場への移動経路を繋いでいるんだ!」

『ククク……まさか見抜かれるとは思わなかった』

『そう、正解だ。この水路こそ我が血脈。我が主人や我が友へと至る道!』

 この期に及んで否定はしない。

潔いのはヴラドにとって余裕だからだ。スヴィンと戦うのはオマケであり、足止めなど最初から果たせていない。それどころか仲間を援護すらしている可能性があったのだ。

 

しかし、そうと判ればやり様がある!

スヴィンはここに来て躊躇いを捨てた。いよいよ切り札を切る時である。

 

『私は死霊魔術と死徒の力を完全にコントロールしている。少しレベルを上げていこうか……』

『吸血鬼の闘争と言うやつを……』

『君に見せてあげよう。私が使える最大級の戦闘法を、ね』

 離れた場所に第三のヴラドが存在していた。

おそらくはそこから水路に満たした血肉を管理し、同時に周辺の戦場全体を把握していたのだろう。

 

もしかしたら他にも居て、黒騎士やアルトルージュの元にも居るのかもしれない。しかしスヴィンにとってもはや意味がない。足止めに失敗したのならば、可能な範囲の敵を殲滅するだけだ。

 

 三人目のヴラドは、血肉を凝縮させた大剣を構えている。

あまつさえ素手の個体は血流を刃として攻撃して来たが、その発展形すら見せ始めていた。

 

自らを構成する血肉を飛ばし、その分量の血肉で拳や腕すら再現して見せたのだ。

 

『おっと、惜しい惜しい』

「くそっ! 避けたはずの攻撃が掴みに来た!? 礼装が無ければやられていた……」

 血流による刃を完全に避けたと思った後、その血が腕となる。

足元から掴みかかる攻撃を、水銀の鎧が振動して弾き飛ばしたのだ。

 

もしスヴィンの力だけで来ていたらとっくに敗北していただろう。

無理せずに牽制に回り、エルメロイ二世やバルトメロイに連絡を取って、素直に任務の失敗を告げてフォローしてもらうべきなのだ。しかしスヴィンは前のめりな決断をする事にした。

 

「貴方がここに居るのは確かなんだ。幾ら何でも無限のはずがない! 周囲一帯の血を消し飛ばして、そのまま次の白騎士を探せばいい!」

 それは無茶な話であった。

血肉を再構成できる白騎士に対し、肉弾戦など何の意味も無い。神秘を帯びた獣の力であろうと、液体を倒せるはずがないのだ。

 

だがしかし液体には一定の質量が無ければヴラドを保てないのは確か。魔術によって蒸発させ、衝撃波で端から消し飛ばせばどうだろうか? その為にテン・カウントの詠唱を徐々に行い始める。

 

『元気の良い少年だ』

『だが出来るかな』

『できなければ私の恋人になってもらおう』

 三人のヴラドはそれぞれが奥義と呼べる技を放って来た。

極大の衝撃波を放ち、半分以上の血肉をコウモリや虫として飛ばし、あるいは剣で空中や地面に印を刻んで魔術を行使する!

 

滝の如く激しき怒涛の攻撃!

とはいえ、ただの三連打でありそれぞれに連携していない事で何とか回避、あるいはブレスによって跳ね飛ばして事なきを得る。

 

『む? 先ほどよりも強靭な反応を感じる……この短期間で腕をあげた?』

『それとも温存していたというのか?』

『馬鹿な。そんなはずがない。切り札の一つも隠していようが全力ではあったはずだ』

 ヴラドは考えを共有して居ないが、別に思考力が落ちているわけでは無い。

たちまちの内に状況を把握するが、それでも不可解なのは確かだ。どうしてこれほどまでにスヴィンのパワーやスピードが上がっているのか?

 

ソレはスヴィンが持つ最後の切り札。

彼が様々な人との交流の末に、復活させた魔術であった。

 

『まさか遺失魔術、ベルセルク……』

『そうか。君は復活させたのか』

『素晴らしい。よもやその歳で……魔術師に敬意を抱いたのは久しぶりだ』

 それは既に失われた魔術。

獣の如き力を持ち戦場を疾駆する戦士たちの力。時に狂人と化して暴れ回るとされる力であった。

 

スヴィンの家に伝わる獣性魔術と似て非なるモノ。

その源流あるいは奥義とすらされる魔術であり、現代では既に失われたモノであった。

 

 キッカケは他愛ない一言であった。

ただそれだけの気づきでエルメロイ二世は重要なヒントに変えた。スヴィンという例が身近にあることもあり、勘違いに気が付いたのだ。

 

そこから先はただの穴埋め作業だ。

辿り着いた答えから元の形を取り戻す作業でしかない。

 

「そもそも獣を指向した魔術で狂戦士化するという前提がおかしい。獣は本来、賢い生き物だ」

 一匹狼という言葉で誤解され易いが、獣は群れの生き物だ。

ベルセルクは身内で殺し合いかねないから王は味方を近づけさせなかったというが、獣が群れの仲間を襲うだろうか? 普段から仲が悪ければ身内認定しない事はあるだろうが。

 

また獣の洞察力は高く、学習したことはなかなか忘れない。

パブロフの狗の例もあるが、条件反射になるまで覚え込めば記憶の範疇から消えても体が覚えているものなのだ。

 

「結論から言うと似て非なるモノ。ベルセルクとバーサーカーを混同したのが間違いだ。狂うというのは制御できないからであって過程でも結論ではないのだから」

 人は獣になることに耐えられない。

だからこそこれまでのグラシュエートの魔術師たちは狂ったのだ。

 

ベルセルクを目指した者たちもまた、『至る』ことが出来ない者は狂ったに違いない。だが獣を指向し、その力を取り入れて宿す事、獣そのものたる体を持つことは狂う事を意味しない。

 

「おそらくは強化した者が狂ったという事例と、狂気によってリミッターを外して強化する過程から混同したのだろう。無理もないがコレこれまでベルセルクに至れなかったのも道理だ」

 獣化によって狂う程の強化、そして狂うことによる強化。

これは別の能力であり、そのアプローチは似て非なる。副次性も異なるし、『成った』時の対処もまた違うのだから。

 

その意味で狂化による強化は、崩壊しても戦える死徒に近い。壊れても気にしない、精神が壊れかねない力を使いこなすという意味で、最初から死んでいる死徒の方が相性が良いことになる。

 

「では本来のベルセルクとは何なのでしょうか? 我が獣性魔術と同じならば取り入れる意味は何なのでしょうか?」

「これはまた混同し易くなるがゆえに扱いが難しい。その上で聞いて欲しい」

 自分が強くなった事を感じるとともに、行き詰まりも感じ始めた。

その先に至る為に、狂う危険を覚悟してスヴィンはエルメロイ二世に尋ねた。元よりグラシュエートの家の者は狂っていたのだ、今更何を恐れよう。

 

その力がフラットを取り戻し、グレイを守るための力になるならば狂気すら乗り越えようという気概がそこにあった。

 

「ベルセルクとは人と獣、双方からの折り返しだ。獣の力に憧れ取り入れる事、獣が理性と知識を手に入れて人間になる事。その本質を忘れてはいけない」

 人でも獣でも不可能な事を成し遂げる。そこまでは同じだ。

獣になることで力を得て、人になることで知恵を得る。その双方を持つことが重要であり、個々ではないのだと告げた。

 

では、人でありながら獣、獣でありながら人とはどんな状態なのか?

 

「本能から成し遂げたいことを自覚し、理性を解き放ってもソレを忘れない。獣がそうであるように倒すべき相手を倒し、人がそうであるように技を活かして仲間と共に戦うのだ」

 それはヒトという獣になるという事。

神代に獣から人へ進化する過程で、忘れていった力を取り戻す。理性と言う余計な重荷がなければ、ヒトはエデンを追放される前の力に至れる。

 

今の人間たちは量産された泥の人形に過ぎない。

神が泥をこねて直接、息吹を吹き込んだ神代の人間ではないのだ。神代への回帰にはその時代の体に近付けつつ、本能を理性で押さえる足枷から解き放たれねばならない。

 

繰り返すが、ソレは狂気を意味しない。

本能で『敵』を倒そうと考えることは間違いではない、敵を倒し獲物を仮、同胞と手を組み異性を慈しむことは獣もまた行うのだから。

 

不完全な人間の力ではなく、より完全に近い人間になる事。

その為には、理性による抑圧を捨てなければならない! 完全な人間には理性など不要なのだから。

 

「夕日は沈み黄昏の幕は落ち、暗き夜には眠るだろう」

「夜は獣の領域、夜明けを告げる鐘が鳴り響く時まで」

「理性は解き放たれ本能のままに至る。青ざめた死よ」

 グラシュエートの魔術性質は『回帰』である。

すなわち神代への回帰、ヒトという獣に至ること。人の技を有したまま、より完成された人間に回帰する事がその完成であった。

 

かくして人間の形をした猛威が振るわれることになる。

スヴィンはこれまで獣の力と人の技を合わせてきたが、それは理性の範疇。理性と言う足枷を解き放つことで、スヴィンという獣は神代に回帰する。

 

 ベルセルクとウルフヘジンは良く似ている。

人と言う獣になること、獣人間と化すことは同時に実行できるのだ。ゆえに混同されると同時に、制御が存在しないがゆえに狂気と混同される。

 

忘我の淵にて神代に至る魔人。

その起源は古く死徒など問題にならない行ける神秘がそこにあった。

 

「オオオ!」

『くっ。先ほどと違って魔術を併用して居ないのにコレとは……』

『もはやその存在自体が神秘と言う事か』

 ただ在るだけで神秘を有するということは、こういう事だ。

吠え声で死徒の体が傷つき、ただ走り腕を振るう事だけで衝撃波が発生すれば風が敵を殴りつける。今までスヴィンの方が苦労して衝撃波に対処していたが、それが逆様になったかのようだ。

 

その猛威に対してヴラドは楽しそうに笑った。

己が挑戦者になるなど、実に何百年振りだろうか?

 

『だが知恵を捨てたのは早計だったね。力は君が勝ったかもしれない、だが!』

『こうれならばどうかな? 逃げ場など残さないよ』

 ヴラドは三体居る中の一体分をすべて使い、血流の刃を放った。

六芒星を描いて相互に補強する六発の魔弾。それを二重に放って弾幕を作り上げ、その間に残る二体が大技に移行する。

 

動きを止めるスヴィンに対し、超大振りの一刀を見舞う。

血流の刃と強大な衝撃波は露払いであり、防ぐであろうと見越している。

 

『前後から同時に行かせてもらう』

『死にたまえ!』

 これまで単独で行動していたヴラドが初めて連携を伴った。

自分自身同士の連携は、超高速の戦闘でも高度に果たしている。

 

足止めに繰り出す何重もの遠距離攻撃に交じって、本体が前後から挟み撃ちにする念の入れようだ。

 

これならば勝てる。狂戦士程度は容易く葬れる連撃。

それを可能としたがゆえに、ヴラドは自ら死地に飛び込んだのである。

 

「カッ!」

 トンと軽く踏み込むだけで震脚の如き強烈さ。

最低限の動きでスヴィンのパワーと脳内電流はマックス・ボルテージに至った。

 

何千・何万と繰り返した所作は、我を忘れたくらいで失われなどはしない。

いつもの通りに拳と肘が運行され、肩と腰の回転を伴って猛烈な打撃を繰り出したのである。

 

ただのボディブロウ。

ただそれだけでヴラドを破壊する射程距離10cmの爆弾。

 

だが忘れることなかれ、この一撃は神秘の一撃。

神代に回帰した完全に近い肉体で放たれる、近代でしか無しえなかった術理の果て。

神代と近代が交差する時、死徒程度の神秘では存在すら許されなかったのである。

 

『やれやれ……三体分の体を全部破壊されたか。あれでも本体だったのだがねぇ』

 離れた位置に流れるヴラドの血がかろうじて頭部一つ分を再構成。

死んでいるらしき代行者の体を奪い取り、首を挿げ替えて復活を果たした。

 

『意趣返ししたいところだが今宵は負けを認めよう。我が主人におかれては、窮地を愉しまれている様なのでね。また逢おう、我が恋人よ』

 こうして白騎士は敗北を認め、アルトルージュへの援護に赴いた。

埋葬機関第七位、カレン・オルタンシアとMr.ダウンにより黒騎士は退散。

精強を誇ったアルトルージュ一派は、手ひどいダメージを受けて撤収したそうである。




 と言う訳で戦闘話は終了。
色々と考察しながら書きましたが……。
アルズベリ事件に関してちっとも考察とか進めてませんね。
次回にその辺を書いて、この話は終ろうかと思います。
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