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アルズベリ事変における前哨戦は痛み分けに終わった。
勝敗だけならば人類側の勝利だが、死徒側は『祖』が六体倒れる事を前提にしているからだ。
祖たちは『原液』という媒介を元に共振し、連なり合う性質を持っている。
倒され血を吸われることで他の祖に力を吸収され、その濃さと力を増していくのだ。それがアルズベリで行われている『闇の六王権』に関わる根幹であった。
「まずは黒騎士のエクソシズムに成功したことを祝おうじゃないか。祖の中でも一桁台は現象に近い。快挙ではあるよ」
「埋葬機関第七位は未帰還だそうですがね」
カレン・オルテンシアとMr.ダウンは受肉した悪魔を払った。
実に快挙であるが、魔を誘い自らの名前の代わりに真明を詠んでしまうという痛ましい特性あっての事だ。おそらく復帰は二度と見込めないであろうと言われていた。
もし『死神』が現れて仮の体にトドメを刺して居なければ、再起不能どころか確実に死んでいたであろう。
「それはそれで悲しい出来事だ。祝電代わりに治療費の一部を持つと言ってあげてよ。レアな触媒や礼装で済むなら安いものさ」
バルトメロイは殊更に聖堂教会に対抗意識を持っていない。
もっとも他の誰に関心を持っているかと言えば、貴族たちですらどうでも良いと考えているのだけれど。
おおかたこの申し出も、カレンという代行者が美少女だという話だからだろう。
「手配はしておきますが……。こうなっては白騎士にトドメを刺せなかったのが惜しいですな。やはりもう少し戦力を派遣で来ていればよろしかったのに」
「良い勝負じゃなければ向こうはゲームに応じないさ。じゃあ代わりに誰かと言うと……」
そこまで行ってバルトメロイは肩をすくめた。
彼女自身は白翼公の陣営を足止めに赴いており、代わりに投入できる手札は限られている。
その中でも黒翼公は契約によって陣営に留めているだけなので、ここでバセット・フラガ・マクミレッツを使い切るか……さもなければ最後の手札を晒すしかなかった。
「ここで……いや、迂闊に『アレクサンダー』君を使う気に馴れないな」
「彼が本物のイスカンダルではないことが惜しいですな。せめてヘファイスティオンあたりなら違ったのかもしれませんが」
英霊現象を追い求め、劣化存在サーヴァントとして召喚する。
その試みは成功しアレキサンダーと『名乗る』少年は現れた。しかし彼が本物でないのは明らかであった。確かに赤毛で利発な少年であり、角を思わせる獣耳を持っていると『それ』らしくはあった。
だが実のところ触媒探しに難航しており、イスカンダル由来の品で確かな物が無かったのだ。代わりに近隣の貴人の中から、ゴルディアス王関連の品を探したのである。
「連鎖召喚でイスカンダルを呼ぶ為にゴルディアス王の遺品を使った。しかし本人はアレクサンダーと名乗り、騎乗しも無いのにライダーだと主張する。間違いなく偽者ですからね」
「真っ黒過ぎて信用できないってとこまではまあ良いんだ。問題は彼が何者かってことかな」
偽りの名前で自分を表すことは聖杯戦争ではよくある事だった。
元となった英霊現象の中においても、明らかに弱点を持つ者が現れる場合は仮の名前として名乗ったという。だからこそクラス名として定着しているのだろうが……。
ここで問題になるのが、その真明当てがクイズでは済まない事だ。
「契約したオルガマリーが不調になるほどの大英雄。一時代を象徴する英雄ではあるが、彼はどちらかというと戦場ではなく交渉と交易の人だね。それなのに名を偽る必要がある」
「実際、霊基を調べても誤魔化されますからね。その手の逸話持ちでしょう」
複数の逸話を持ち、その一つが正体を偽るもの。
こういった場合、本人の申告は正体を誘導したり、クラス名こそが重要であったりするパターンが多い。
この場合、何を隠しているのだろうか?
「彼が主張する宝具はゴルディアスに関する差分分銅。青銅製で魔力を貯蓄して黄金色に輝く性質を持つ。それは交易の大中継地点であったプリギュアを象徴するから分からなくはないんだ。しかしあの獣耳……可愛いんだけどさアレってアレだろ?」
「バルトメロイ。この場合、重要なのは正体ではありません。隠す理由です」
真明当てを愉しもうとするバルトメロイにエルメロイ二世は静かに首を振った。
英霊は元になった英雄の伝承を軸に括られている為、後の英雄と混同されて行くことがある。本来は持たない宝具を持つこともあるし、近代英霊ならば所持しない魔術すら使える可能性があった。
だからこそ宝具一つでは判断できないし、姿かたちは偽れるのだ。
ゆえに重要なのは正体を当てる事ではない。どうして正体を隠さなければならないか……という理由なのである。
「ホワイダニット?」
「ええ。正体は偽れますし、何だったら親子で宝具すら共用している可能性すらある。しかしどうして偽ろうとしたかは変えようがない」
古代トルコであるプリギュアの地には有名な王が数名居る。
それらの詳細はともかく、襲名と言うか偉大な王の名前を継ぐ意味で二つの名前が受け継がれ続けた。ゆえに伝承の真実はともかく、複数の王の逸話が同じ英霊にまとめられている可能性は高かった。
ゆえに重要なのは正体を当てることではないのだ。
「正体が彼の王であることはありえるでしょう。その逸話は大きく訳で二つ、混同されているヨタ話を入れてもう幾つか」
古代トルコからエジプトに掛けては大きな国が幾つもあった。
それらの文明は対抗し合いながらも交易を行い、幾つも文化と技術が交じり合っている。
その中の一つが獣神信仰。
アレキサンダーを名乗る少年が獣耳をしており、イスカンダルが双角王と呼ばれるのもその一環である。正体を偽るのに適した系譜とも言える。
二つ目は祭器としての青銅であり、一瞬だけの金色を崇めていること。
錬金術の始まりの一つであり、最古の合金とも言われる。英雄王が着ている鎧もまた黄金ではなく、青銅が持つ神秘性を永遠に留めた物であるとも言われていた。
三つ目が酒神ディオソニスが主神ゼウスに変遷する事だ。
ミノア文明やミケーネ文明は当時アテネすらも支配しており、ギリシア文明以前のアカイアからトラキア全てに影響を与えていたのだ。神の変遷はこの文明交代に由来しているとも言えるだろう。
「一つ目の逸話は良い。獣人化して強くなることも、真明解放と同時に植物が歌い始めるのも並行詠唱だと思えば強化ですらある。バルトメロイが期待すると同時に恐れているのは二つ目の逸話でしょう?」
「まあね。全て黄金になるなら死徒にとって『も』致命的だもの」
最古の錬金術師の一人であり、交易による無限の財宝の所持者。
その逸話が形になった物が、『触れた物が黄金になる』という祝福であった。彼の王が持つ最も強大な能力であり、祝福と呪いを同時に現した象徴的な存在である。
この能力の前には死徒が持つ能力など何の意味もなさない。
例え朱い月のブリュンスタッドが蘇ったとしても、瞬時に物言わぬ黄金の彫像となるだろう。それだけで済むならば出し惜しみをする必要などないのだが……。
「思えばオルガマリーがスキンシップを避け始めたのもアレキサンダー君を召喚してからなんだよね。彼がマスターではなくマリーって呼ぶのも娘さんに関わる逸話なんだろうし」
「王の娘マリーゴールドもまた黄金と化したそうですからね」
問題なのは触れた物を全て黄金に替えるということだ。
自動的に変換する上、『神の加護』であるがゆえに殆どレジスト不可能。魔力抵抗の高いセイバーですら、令呪で底上げしなければ耐えられない可能性すらある。
そんな力に人間が耐えられるであろうか?
運が悪ければ伝染病の様に周囲が黄金化する可能性すらあった。二つ目の逸話の最後は、能力の消滅と引き替えに川一つが黄金化するのだ。
「まかり間違っても彼に全力を出させたくないね。黄金の鎧をはぎ取ったら、実は脱いだ方が強いなんて漫画の中だけで十分だよ」
昭和期にギリシア神話をモチーフにしたコミックがあった。
その話では青銅の鎧が黄金化し、最終的には神の護衛に成れるほどの力を持つ少年たちが現れる。その中の二人ほどは鎧を着ない方が強いと言う笑い話があった。
そして今話題にしている英霊には、習合した寓話が彼の逸話ではないかと言われることもあった。
「基本的には善人で交易地の王ですからね。ヨタ話が習合するなんて事は良くある話です。『裸の王様』もその一つですが……もう一つ、プリギュアのあるオリエント地方には
「そりゃ知ってるけど? 最近、独立問題で揺れてるよね。まだだっけ?」
転生者であるバルトメロイは元日本人である。
ゆえに色々なフィクションを知っているし、転生してだいぶアヤフヤになったので必死になって覚え直しはした。だからこそ知識過多でグルジアなんて無関心な国は判別しにくいのだが。
しかしあの国に赤い国の独裁者が生まれたという他に、何かあっただろうか?
「グルジアは世界最古のワインを有して居ます。それが交易や戦争によってエジプトやギリシアにまで流れ込んでいる。……しかし古代ギリシア人は蜂蜜酒から飲み替えた為に、ワインは濃過ぎました」
「だから水で薄めたんだよね。今じゃワインを水で割るとか割るなとか論争になってるけど」
交易地の王と言う事は、様々なヨタ話の対象になる。
王というだけではなく財に恵まれた金持ちであり、気前が良いことは善良な点として、気位高い事は身勝手であるという悪い点として捉えられるわけだ。
こうした対象が寓話の主人となるとき、しばしば反英霊の様に反面教師として扱われることが多い。『裸の王様』もまたその一つで、財を持つ王様が騙されて裸になり、子供に笑われて反省までするというエピソードは如実に表しているだろう。
「ソレです。後の視点から当時を省みた時、それは物知らずな笑い話に見えてしまう。文明と慣習の変遷を無視して当時の様子を捉えると、その王様はワインに水を入れるもの知らずであった。あるいは……」
この話もまたよくあるヨタ話であった。
酒の愉しみ方は文明や慣習の変遷が大きく、近年ではワインは水で割らない方が良いとされている。だが古代はそうではないし、近年でも酒を何でも水で割るのが好きなアメリカ人がとうとう水で割る方が美味しいワインを作り出したのだ。
そして……最後の逸話がここに示される。
ソレはワインを扱う文化圏では広く知られ、ユーダイオスのラビからミノアの王様にフランスの教師に至るまで、様々な権力者が笑い話の対象になるのだ。
「宴に招待するにあたり『酒を持ってこいと命じたのに水を用意される』間抜けに映ってしまう訳です」
「あー。ワインが水になる寓話だっけ。それがどうして今回の……」
ようやくここに来てバルトメロイも理解した。
この英霊が持つ危険と、それが死徒の計画のみならず自分たちの計画にも関わているということだ。
共通するのは何もかも台無しになる事、そして王侯貴族を風刺するという皮肉な内容であった。この際、彼の英霊がヨタ話の本当の主であったかなど、どうでも良かった。この場合の王侯貴族とは、白翼公でありバルトメロイ。そして薄められるワインとは『原液』であり『聖杯』であろう。
「つまり彼はアレキサンダーであるとか以前に……」
「そう。『抑止の化身』です。決して本気にさせるべきではないでしょう」
順調だと思っていた計画が、実は白紙になる一歩手前であった。
ここに来てアルズベリ事変に強烈な冷や水が浴びせられたのである。
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プリギュアの王ミダス。
寓話の中では『ロング・ロング・タイム・アゴー。キング・マイダスは……』との語り口で知られるヨタ話の主人公である。
時に全力で時に意地汚く、時に金を望んだり憎んだりする。
愚かだが善良なので、やらかしたら直ぐに反省し何もかも台無しになるヨタ話の王様。もちろんその寓話の幾つかは、他の権力者の逸話が入り混じった物だろう。だがこの場においては可能性すら危険な存在であった。
「抑止の化身……」
「バルトメロイ、どうしますか?」
「このままでは我々の成果が……バルトメロイ!?」
研究に明け暮れる魔術師たちが騒然となるのも無理はない。
今まで順調に進み、その成果は自分たちの研究も躍進させる。もし疑似天体カルデアスを通して、もしかしたら根源の向こう側に行けるかもしれない。
そう考えていた計画が、取らぬ狸の皮算用と化そうとしているのだ。これに慌てない方がおかしいだろう。しかし我らがバルトメロイは最初からおかしかった。
「……よし、捨てよう」
「はっ?」
「今なんと? もう一度おっしゃってください。聞き取れませんでした」
転生者であるバルトメロイはそもそも根源とか聖杯に興味はなかった。
だからこそ全てを投げ捨てる事ができる。だからこそ『本来の目的』にだけこだわることができたのだ。
「こんな物はイラーヌ。だから全部捨てる!」
聖杯だとかカルデアス自体に意味はない。
疑似天体を通して未来を演算し、滅びを避けるのが目的では無かったのか? 聖杯化はその過程に過ぎなかったはずなのだ。
では確保するべき本質とは何か?
「バルトメロイ?」
「バルトメロイ!?」
「いやーなんだか上手く行き過ぎだと思ったんだよね。丁度良いや、これまでの成果を確実に確保。疑似天体での演算はその算出に当てる」
笑って頭をかいた王子様は一転、真剣な顔をした。
そして矢継ぎ早に支持をして、いつか辿り着ける……カルデアスが無くても良い物と、無くなっては維持できない物を切り分けさせることにした。
特に重要なのがシオンたちだ。
「シオン。最終行程を『人間への回帰』に設定。君やフラットたちの生還を最重要を目標として絞る。後は余剰、オマケ、心の贅肉だから無理な物は全部捨てていい」
「え……」
この状況で指名された事にシオンは驚いている様だった。
確かに自分が人間に戻れるのか、いきなり頓挫したと思っていたのに、呼ばれて驚かぬはずがない」
「シッカリしてよ。ミダス王の最後は川で洗い流して娘たちともども何もかも戻るのがグッドエンドでしょ? 作戦名は『黄金の川』パクトロス!」
「あっ……わ、判りました。黄金の川作戦に専念します!」
停止していた思考回路が再び動き出す。
バルトメロイの頭脳をハッキングして居れば即座に気が付いたはずだ。それをしなかったのは信頼関係を作る為であり、心の中でセクハラされるのを避ける為だった。
しかしここに来て、それらの事が一つの方向に固まる。
この人の誘いに乗って良かったというか、バルトメロイの目的は単純に可愛い子の笑顔が見たいからでしかない。フラットを助けるのもエルメロイ教室の女性陣の為だ。
「申し訳ありません、バルトメロイ」
「構わないよ。本道を追うならむしろ聖杯は余計だったんだ。そもそも人間への回帰は多方面に役立つしね。オルガマリーには後で謝っておこう」
人間へと回帰する為の術式。
ソレさえあればシオンやフラットもだが、仮にスヴィンが人間に戻れなくなっても元に戻せる。そして『アルト』の力に影響されたグレイもだ。
こうしてアルズベリ事変への関与の方向が変質した。
正しく言えば変質しかけていた目的が、本来必要だった物に戻ったというべきか。
バルトメロイの指導の元、魔術協会は一致団結して戦力を集中。
かくしてアルズベリ事変は永遠に失われることになったのである。
と言う訳で最終回です。
サーヴァント召喚実験で読んだアレクサンダー君は、実は抑止でした!
というオチ。
何もかも台無しになると知って、必要な研究にリソースを全部振りと言う感じですね。
その後はおそらくカルデアスを縮小再設計。
人工天体ではないけれど、優れた演算装置であり、魔術礼装にしてると思います。
もちろん仮想世界型ネットRPGは発売するでしょうけど。
●アルズベリのライダー
クラス名:プリテンダー(役を担う者)
真名:ミダス
詳細:
プリギュアの王ゴルディアスの息子であり、その子もまたゴルディアスを継ぐ。
この場合、ゴルディアスとは黄金の王であり……。
ミダスとはミノア文明の王くらいの意味と考えれば分かり易いかもしれない。
交易地の王であり膨大な財産を所有し、逸話が習合したりネタまれ易いことから
様々なヨタ話の主人公としても扱われることがある。
(これらは近年、研究によって違う・別の人物であろうとされている)
宝具・スキル:
青銅製の差分分銅で、一瞬の煌きを神聖化させた祭器でもある。
交易地の王の持ち物として相応しく、財宝と栄達を約束する。
この差分分銅に魔力を込めて貯蓄することが可能で、黄金の鎧を着た獣人と化す。
触れた物を黄金に替える祝福/呪いの手。
相手が使徒だろうが英霊だろうが黄金に変化させるが、祝福なので抵抗できない。
アキレウスもヘラクレスも朱い月ですら黄金の彫像と化すだろう。
なお聖なる河で沐浴すると失われ、その影響範囲にあると元の人間に戻れるという。
「王様の耳はロバの耳」
プリギュアは獣神信仰の地であり、ケモナーコスプレイヤーの聖地である。
ミダスもゴルディアスもイスカンダルも変装した逸話があり、
それがイスカンダル双角王やらロバの耳として伝わったものと思われる。
「裸の王様」
脱いだほうが強い。
そもそも獣人なんだから、黄金の鎧とか不要である。
聖闘士☆矢の中にも、着ない方が強い人は何人もいた。
何気に青銅の鎧が黄金化することもあるが青銅は本来、金色である。
「酒を水に」
王は気前よく宴会に住民を誘った。
費用は必要ないが、一人一杯分のワインを甕に入れる様に。
これをみなで分け合って、宴会を愉しもう。
しかし蓋を開けてみると、「自分一人くらいは」と考えた住民ばかりで
水だけしか入ってなかったという。
なお、水は水でもヨーロッパは飲める水と言うのは実は貴重である。
日本人は水と安全は無料だと思っているとよく言われるが、水は貴重品。
つまりこの話も、見方を変えれば貴重品を持ち寄ったのかもしれない。