ロバの番   作:358さん

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新しい子

 その日、生徒は一つの噂に支配されていた。彼らが口に出すのは同じ話題ばかりだった。

 

 人殺しが転校してくる。

 

 誰が言い始めたことかはわからない。誰が漏らした事かは知らない。ただ、彼らの噂の正しさを証明するように今日、1人の転校生がやってくる。一つのクラスに新しい机が用意されており、その噂の信ぴょう性を高めた。生徒たちはそれぞれの思いを秘め、先生がその人殺しを連れてくるのをじっと待った。浮足立った生徒たちはそれぞれのグループで人殺しの話をしていた。

 好奇心は猫をも殺す。好奇心旺盛な年頃の彼らは、そのうちで高鳴る胸の内を他に気付かれないように必死に隠した。担任の教師が入ってきた。先ほどの空気を取り繕い、まだかまだかと待っている。

 

「小畑、千尋です。よろしくお願いします。」

 

 そう名乗ったのは、少し強気に見える髪の短い少女。彼女が着ている制服は同じものではなく、真っ黒で赤い2本のラインの入ったセーラー服だ。利発そうなその顔立ちは、人を殺してしまうようなそんな方外れな雰囲気を感じさせることはない。膨らんでいた噂とは打って変わり、彼女は悪く言えば平凡だった。そこに少年少女の期待を満足させるものは何一つ見つけることは出来ず、悪ふざけを好んだ生徒たちは肩を落とす生徒もいた。

 その中でそっと胸を撫でおろした生徒がいた。彼女はその転校生が隣に座ることが分かっていたからだ。せめて怖くない人であってほしいと思っていた。それが自分と同じただの女子高生であるのならば、そう見えるのならば信じられるのではないか、と。彼女は思った。

 彼女の隣の席に座ったその少女を改めて横目で確認した。やはり、普通の女の子だ。少し瘦せていて、あまり運動しているようには感じはない。たが、それだけだ。

 

「あの、私毛利蘭っていうの。よろしくね。」

 

 声を掛けると、かけられた方は少しだけ驚いた顔をした。それから笑みを浮かべて、「よろしくお願いします。」と返事をした。やっぱり普通の子だ、噂はただの噂だった、と。そう毛利蘭は思った。

 まだ教科書が届いていないという彼女に机をくっつけながら教科書を見せた。彼女は毛利にお礼を言った。真剣そうに授業を受ける彼女の印象はとてもまじめで礼儀正しい少女だった。ただそこに女子高生らしい可愛さと言うものがあまりにも垣間見えないことが玉に瑕だ、と思いはした。彼女の使っている筆箱は小さなもので黒い布製の物。シャープペンシルだって銀色のシンプルなものだ。

 そうやって過ごしているとお昼の時間、鈴木園子と名乗る少女が毛利の元へと訪れた。噂好きの彼女がその元凶たる少女を見たときの反応は、他の生徒と何ら変わりないものだった。

 その一日何も問題が起きることなく、学校が終わった。

 

「小畑さんって、部活やるの?」

 

 その言葉に彼女は首を横に振る。

 

「いいえ、店の手伝いがあるので。」

「お店の?」

「はい、私がお世話になっている方がお店をやっているので、その手伝いを。」

「それじゃあ、今度友達と一緒に行っていい?」

 

 その言葉に彼女は困ったような笑みを浮かべた。毛利蘭はどうして彼女がそんな表情を浮かべているのかわからなかった。

 

「そうですね、是非いらしてください。でも、できればご家族の方と一緒の方がいいと思いますよ。」

 

 付け加えられた条件に毛利は首を傾げた。

 

「経営しているのはパブなんです。お酒だけを出しているわけではないのですが。未成年である毛利さんたちが来るのは、ちょっと。私、米花町に来たばっかりで条例とかわからないけど、引っ掛かるかもしれないし。」

「そうなんだ。ちょっと残念だなぁ。」

 

 そんな会話を続けているとチャイムが鳴った。毛利は焦った表情で席を立ち、部活動へと向かうようだ。そんな彼女に手を振り、見送った。彼女も学校を出て帰路についた。

 

 

 

 

 パブは駅の近くにあり、高いビルの間にある3階建ての建物の半地下で営業している。表通りから路地に入ったところに重い木製の扉がある。ドアベルが小さく鳴った。どうやら常連客以外、今はいないらしい。人当たりの良い昼間のフロア担当の隠岐が常連客の男性と楽し気に話していた。

 

「お、おかえり。」

「なんだ、隠岐君。こんなかわいい女子高生? 中学生? と知り合いなのか?」

 

 昼間からお酒を飲んでいたらしい。少し顔を赤くした常連客が挨拶をしてきた隠岐(おき)史親(ふみちか)の脇腹を肘でついた。力加減が出来ていなかったのか小さく「痛い痛い」と悲鳴をあげながら隠岐は答えた。

 

「嗚呼、ほら。槙野さんの姪っ子ですよ。人、足りなくて手伝いに来てくれているんですよ。」

「へぇ、そりゃあいい。これからはおっさんの顔だけじゃなくて可愛い女の子の顔も見られるのか。」

「犯罪臭いこと言わないで下さいよ。あんまり言うと鳥羽さんの蹴り食らいますよ。」

 

 所詮は酔っ払いの戯言だ。酒癖が悪い事を除けば、良い金づるとしてこの店では大事にされている客だ。年は確か60代前半だったはずだ。

 これまで従業員は女性が一人だけで、彼女はフロア担当ではなかったから常連客がその存在に気が付いていないのは仕方ない事だ。

 

「はは。鳥羽さんと言えば、婆さんがアメリカから連れ帰ってきたあの若造。実際どうなんだ? 結婚詐欺、なんて商店街じゃ専らの噂だぜ?」

「勘弁してくださいよ、アカサギなんて。縁起でもねぇ。」

 

 二人での会話がまた始まった。私は店の右側にある階段を上った。その先にはバーカウンターがあり、老人が立っていた。70代の男。名前は矢田静江だ。皺だらけの顔は、もう隠居してもよいのではないか、と言いたくなる。実際、彼は一度隠居しているそうだ。しかし、人が足りなくなりもう一度戻ってきたらしい。

 

「おかえりなさい、小畑さん。どうでしたか、学校は?」

「普通ですよ。特に変わったことは何も。」

「そうですか、実は心配していたんですよ。貴方の生まれの事もあって馴染めないんじゃないかって。特に鳥羽さんが。」

 

 グラスを磨きながら話す彼の言葉に彼女は「そうですか」と返事をした。鳥羽さんと言うのは、私の保護司をしている青川さんの祖父にあたる人だ。良い人だと私は思っている。この建物の所有者は鳥羽さんであるらしい。私が住むことが出来ているのは彼のお陰だ。

 

「そういえば、今日は貸し切り客がいましてね。私も、槙野さんも手が離せなくてね。」

「そうなんですね。カクテルの勉強はまた今度ってことですね。」

「えぇ、申し訳ありません。」

 

 その言葉に彼女は首を横に振った。

 

「いいんです。私も久しぶりの学校で少し疲れてしまいましたし。」

 

 矢田は氷を包丁で切りながら、「ゆっくり休んでくださいね」と彼の言葉を背中で受け止め、階段とは反対側にある扉を開けた。その扉は外と繋がっており、数段の階段を降りた。

 どうやら雨が降ってくるようだ。湿った空気が路地裏を流れている。空を見上げると灰の重たい色が敷き詰められていた。振ってくる前に向かいのコンクリートの建物に入る。金属の扉の先には長い廊下があり、廊下には安い灰色のじゅうたんが敷き詰められている。土足は禁止だ。靴を脱いでいると廊下の奥にある階段から一匹の猫が下りてきた。

 

「ただいま、スコッチ。」

 

 スコティッシュフォールドという猫の種類らしいその猫は、特徴であるはず垂れ耳ではなくピンとたった耳をした灰色のシールポイントが入った猫だ。最初にその名前を聞いた時は安直な名前だと思った。スコッチとスコティッシュフォールド。きっと名前はその響きが由来なのだろう。話に聞いたことはない。ただの私の予想だ。

 

「おや、おかえり。」

 

 猫を撫でまわしていると廊下の右側の扉が開いた。そこから出てきたのは、青川さんだった。

 

「ただいま帰りました。青川さん。」

 

 大らかな笑みを浮かべ、彼は「嗚呼」と嬉しそうに返事をした。

 

「学校はどうだったって、初日だからよくわからないか。」

「そう、ですね。普通だと思います。でも、隣の席の子はいい子でしたよ。」

「仲良くなれそうか?」

「たぶん、大丈夫です。」

 

 頷いた私を見て、青川も安心したような顔をした。着替えてくると伝え、私は廊下の奥にある階段を上った。2階と3階は居住区だ。2階に住んでいるのは私と一ノ木さんと鳥羽さんの三人。

 部屋の扉にはホワイトボードがかけられており、在室、外出、出勤、就寝等の文字の隣に磁石がくっついている。一ノ木さんは出勤、鳥羽さんは外出しているようだ。

 

「珍し。」

 

 足の悪い彼は、たいていどこかに行くとき誰かに運転してもらっている。こんな雨が降りそうな天気の中、リハビリも兼ねて散歩にでも行くだろうか。

 自分の部屋のホワイトボードの磁石を外出から在室に移動させ、部屋に入った。8畳ほどのシンプルな部屋にはカラーボックスが二つ、テーブルに椅子ベッドが一つずつ。そしてクローゼット。

 誰が来てもいいような男女の違いを感じさせないようなものを取り揃えられていた。初めてこの部屋に来た時可愛げのないシンプルなものだ。アルバイトの給料が入れば、好きなものを買っていいと言われている。最初にクッションでも買おうか。

 そんなことを思って柔らかいベッドに座った。そのままボスンと布団に沈んだ。やはり疲れていたらしい。共学の学校に通ったのはこれが初めてだ。同年代の男と言うものを初めて見たかもしれない。いや、言いすぎか。うとうとと次第に眠くなる眼を擦りながら息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ドゴンという音が聞こえ、目が覚めた。目を擦り、表の路地の方を見ることが出来る窓を開けた。外は酷い雨でその中で明るい朱色の炎と黒い煙をあげる一台の車があった。窓の桟をぎゅっと握り、息をのんだ。寝ぼけているのだろうか。目を擦る。

 しかし、やはり燃えているものは燃えていた。

 

「嗚呼、燃えてる。」

 

 鳥羽さんだ。黒い髪を首元で一纏めにしており、窓を開けて燃えている車を見ながら電話をかけている。通報しているのだろうか。通話が終わり、電源を切るとはこちらの方を向いた。小さく手を振り彼は窓を閉め、10秒ほどしてから扉をノックする音が聞こえてきた。

 

「鳥羽さん、車が…。」

「整備不良にしても、車があんな爆発する事なんてないだろ。通報はしたから、警察がもうすぐ到着して現場検証が始まる。」

「私も、受けた方がいいんでしょうか?」

 

 私の問いに彼は笑みを浮かべた。頭の上に乗せられた手は少し重く、撫でられているというよりは押し付けられていると言った方がしっくりくる。

 

「好きにしたらいい。社会勉強だと思ってうけてもいいし、面倒なら部屋にこもっていればいい。この雨だ。外にゃ誰も歩いてなかった。あの爆発をお前さんが見ていたなんて誰も知らない。」

「はい……。」

(すみれ)が夜食を用意しているらしい。腹が空いていたら、それを食べるといい。」

 

 そういうと彼は階段の方へと向かっていった。青川さんの事を下の名前で菫と呼ぶのは鳥羽さんだけだ。女性らしい名前があまり好きではない青川さんは嫌がっている。でも青川さんも鳥羽さんの下の名前『しゆの』と呼んでいるからお互い様なのだろう。ただ、鳥羽さんは名前を呼ばれても痛くも痒くもないようだ。

 

「あれで、男人だって言うんだからびっくりだよね。」

 

 誰もいなくなった部屋の中でそう1人言葉を零した。黒い髪に黒い瞳。典型的なアジア系の顔をした身長が165㎝ほどの可愛らしい顔をしてきる。年齢は確か23歳。爆発事故に巻き込まれて左半身は酷いやけどを負っているらしい。引き攣れを起こした皮膚では上手く動けないためスカートを履いて杖を突いて生活している。戸籍上、青川さんの祖父にあたる男性・鳥羽しゆのさん。

 

「昼間のお客さんが言ってたこと、一理あるよね。」

 

 青川さんの祖母が4年前、アメリカに旅行に行ってきた際に連れて帰ってきたそうだ。孫である青川さんはその時、寮のある学校に通っており卒業して帰ってきたら唯一の家族である祖母に法律すれすれの18歳の夫が出来ていた。当時の鳥羽よしみさんの年齢は70歳を超えていたらしい。約50歳の年の差婚だ。帰ってきた青川さんは驚いて腰を抜かしていたと矢田さんが言っていた。

 

「若い子が好きって言っても、限度があるよね。」

 

 結婚詐欺は、結婚を臭わせて付き合うっていう手法だったはずだ。だから、結婚した鳥羽さんは結婚詐欺じゃない。

 

「遺産目当て、ってことなのかな?」

 

 確かに、彼女が死んだのは彼と結婚してからすぐの事らしい。噂好きの隠岐さんがお酒を飲みながらそんなことを言っていた。青川さんと鳥羽さんじゃ貰っている遺産の額は異なるだろう。

 この家にきて一週間が経つが、彼らにはそんないざこざを抱えているような居心地の悪い雰囲気は感じられない。

 

「むしろ、仲いいんだよね。あの人たち。」

 

 雨音に混じってサイレンの音が聞こえてくる。現場検証が始まるらしい。そっと窓から外を覗き見た。杖を突いた彼は傘を持たずに立っている。彼を濡らさぬように大きなビニール傘をさして立っているのは青川さんだ。鳥羽さんを濡らさないように肩を濡らした青川さんの姿が街灯に照らされている。

 

「やっぱり、仲いいんだよね。あの人たち。」

 

 私はそう零した。




ネタは考えるけど、書いてやめる358さんです。
ネタはあるんだ、ネタは。
根性が足らないだけで、

……、頑張ろ
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