忍と灰と焚べる者と狩人とダンジョン 連載編   作:noanothermoom

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ヘスティア・ナイフ
竈の女神ヘスティアが自身の眷族の為友神であるヘファイストスに
二日間土下座し続けて打ってもらった一振りのナイフ

眷族を思うヘスティアの心故にその刃は
持つべきものが持てば鍛冶の女神ヘファイストスの名に恥じぬ切れ味だけでなく
持ち主と共に何処までも成長し強くなる武器となる反面
持つべき者で無い者にはただの鈍らと変わらない物となる

身の程を知るのであれば与えられた者以外が手を伸ばすべきではないだろう
幾ら温かなものが宿るとはいえ本質は冷たい刃なのだから


神よりの贈り物 下

 「あれ?焚べる者さん?」

 

 「ミラのルカティエルです。あっ間違えた...ミラのルカティエル商会です」

 

 焚べる者さんが【怪物祭】に参加している、いや参加するのは焚べる者さんの自由だけど、一緒に参加するほど仲のいい人がいるなんて思わなかった。

 一緒にいる人たちは誰だろうかと疑問に思い焚べる者さんの名前を呼ぶ。すると返ってきたのはミラのルカティエルですと言う返事...ではなく商会?いやその声はダンジョンで出会ったパーティのリーダーさん!

 

 「リーダーさん?!」

 

 「おいおいリーダーさんはやめてくれよ...あれ?俺名乗ってなかったっけ」

 

 そう思って呼ぶと被っていた帽子と仮面を取り、リーダーさんはやめてくれよと返事が返ってくる。でもリーダーさんの名前って?

 僕が首をかしげているのを見てリーダーさんは「改めて自己紹介だな、俺の名前はマノってんだ」そう自己紹介をしてくれる。

 神様が僕の隣でいったい何処の誰なんだと言わんばかりに首をかしげているので、ダンジョンで出会ったパーティの人ですと紹介をしてリーダーさん...じゃなかったマノさんに僕達の主神ヘスティア様ですと紹介する。

 

 「ヘスティア様ってことはあの人の主神でもあるわけだな。あ、いや主神でもあるわけですね。私はマノあなたの眷族の焚べる者に助けられた冒険者です、ちょっと待っててくださいうちの奴らも呼んでくる...呼んできますので」

 

 そうマノさんが神様にお辞儀をして自己紹介をする。

 そしてほかのパーティの人たちも読んでくると言って連れてきたのは、あの時ダンジョンの中で出会った人たち。他の人たちは街中でも違和感のない服装をしている、どうしてマノさんだけ焚べる者さんの格好をしていたんだろうか。

 

 「俺の名前はネイ...です」

 

 「あんたね恩人の主神なのよ?ちゃんとした言葉遣いしなさい。あっ私はトモエです」

 

 「騒がしくて申し訳ない...ナタだ。貴方には感謝してもしきれない」

 

 「ヨナって言います、まーこうして騒がしいのもあの時焚べる者さんに助けてもらったからだしニャー。大目に見てほしいんだニャー」

 

 パーティの人たちが次々に自己紹介をする、えっとリーダーさんがマノ、狼人さんがネイ、若い猫人さんがトモエ、もう一人の猫人さんがヨナ、小人族さんがナタですね。

 神様は焚べる者君が助けた冒険者に感謝される日が来るなんてと感動しているが、僕はどうしても気になることがあった

 

 「どうしてマノさんは焚べる者さんと同じ格好をしているんですか」

 

 恩人だったり憧れの人の格好を真似するというのはそれほど珍しいことでもない。

 それでも大抵意匠の一部を真似したり、装備の一部を真似するものだ。今のマノさんみたいに上から下まで全く同じ服装というのは珍しい。

 焚べる者さんの格好はどう考えても街中になじむ格好じゃない...特に帽子と仮面が。なのにどうしてそんな恰好をしているのか聞くと、マノさんが焚べる者さんからの依頼でミラのルカティエル商会の手伝いをしていてその制服みたいなものだと答える。確かにとてもよくできているが焚べる者さんが普段着ている物とは少し違っている。

 僕が見ているとマノさんは「気になるか?【ミラのルカティエルなりきりセット】本来なら五百ヴァリスだが今なら半額二百五十ヴァリスだぞ」そうセールストークをはじめ...待ってくださいそれ売り物なんですか!?

 

 僕が驚愕に震えていると神様が僕の服の裾を引っ張り「ベル君、ボク焚べる者君のお店に行きたい」そう上目遣いでおねだりしてくる。

 うるんだ瞳に柔らかそうな唇、そしてさりげなく僕の腕に当たっている柔らかい感触(神様の母性の象徴)。それを感じた僕の脳みそは考えるという本来の仕事を放棄してしまい、僕にできることはソウデスネとただ同意することだけだった。

 喜んでマノさん達の案内に従って進んでいく神様に引っ張られながら、僕は今はいない家族(おじいちゃん)の言葉を思い出していた「女の子からのお願いは断らないのが男と言うものだ!それが上目遣いのおねだりならなおのことだ!!」

 

 

 

 

 

 「ハッ...夢...じゃなかった」

 

 仕事を放棄していた僕の脳みそが再び働きだすと僕はどこかお店の中にいた。

 周囲を見渡せば視線を僕に向けてくるマノさん達三人と目が合いとりあえず笑う、視線が生暖かい視線になった。

 気を取り直して神様はどうしていますかと尋ねればネイさんが無言で指さす、その方向へ視線を向ければそこには女三人寄れば姦しいと言う言葉を体現している神様たちが色々おしゃべりしながら買い物をしていた。

 

 「まあ女性の買い物は時間がかかるもんだ、ベル君も商品でも見て時間をつぶしとくと良い」

 

 「せっかくですけど服とかはちょっと...」

 

 「衣服だけじゃない、違う階には本や食べ物も売って「え?ちょ、ちょっと待ってください」」

 

 そうマノさんが言ってくれるが、周りにある商品はアクセサリーや服で興味をひくものじゃないなあと思っているとナタさんが他にも売り物はあると言ってくれるが僕はそれを遮る。 

 えっこのお店──正直なところ出店を想像していたところにしっかりとしたお店が来てビックリしていたが──二階もあるんですか。

 口から出た疑問の答えは三階まであるというもので更にこの店舗は支店であり本店はもっと大きいらしい。そんな大きな規模の商会を作ってしまう焚べる者さんって一体...そう思うがすぐにその答えが出る、マノさん達も僕の言いたいことが分かったようだ。

 誰とは無しに息を合わせて同じ言葉を口にする「焚べる者さんだからなぁ...」と。

 

 焚べる者さんの不条理っぷりを再確認した所で僕はマノさん達に頼んで本が売っているフロアまで案内してもらう。

 神様の買い物に二人も付き合ってもらっていたし、僕の案内に三人もいらないんじゃないかなとも思ったが【ミラのルカティエルなりきりセット】を着て外を歩きたいか?と問われて納得した。いくら恩があって尊敬していたとしてもあの格好で外は歩きたくない。ちなみにマノさんはじゃんけんに負けて一人着て歩かされていたらしい、可哀そうに。

 

 本があるフロアに到着した僕を迎えたのは入ってすぐの場所に目立つように配置された

 【ミラのルカティエルの伝説シリーズ】だった。凄い、いや本当に凄い。

 正直焚べる者さんのお店と聞いてルカティエルがらみの商品がずらっと並んでいることは想像が出来たが実際に積み上げられているのを見るとまた違う。

 

 このシリーズの一冊を焚べる者さんからホームでの訓練の終わりに貰って寝る前に読んだのだがとても面白かった。

 話としては呪いを受けたある人物がそれを解くために旅をするうちにミラのルカティエルと出会い様々な冒険をするという割とありふれたものなのだが、立ちふさがる怪物たちが非常に独創的で、怪物たちとの戦いの描写も臨場感が溢れていてドキドキしながら読み進めてすぐに読み終わってしまった。

 

 並べられた本を見るとどうやら僕が読んだのはシリーズの始まりのようで、そしてシリーズはいくつかの章に分かれているようだ。

 さあどれを買おう、流石に全部買うのは値段的にも、重量的にも無い。

 普通に考えれば次の章から買っていくべきなんだろうけど、書かれている紹介文を読む限りどの章から読んでも問題ないようになっているらしい。

 

 どうしようか考え抜いて罪人の塔の章のどちらかにするところまで絞り込めた。

 どっちを買おうか悩んでいると「お~い!ベルく~ん」そう神様が僕に手を振りながらトモエさん達と一緒に来る、どうやら神様の買い物は終わったようだ。僕もいつまでも悩んで神様を待たせるわけにはいかない。

 僕は目を瞑って目の前に置いてあった二つの本のうちどちらかを掴み、もう一方を元に戻し神様と合流した。

 

 「神様、お待たせして申し訳ありません、それにマノさん達も放っておいてしまってすいませんでした」

 

 僕は神様とマノさん達に謝る、せっかく案内してくれたのに放っておいて悩んでいたのは褒められたことじゃない。

 しかしマノさん達は「こっちも半分さぼってたようなもんだから気にすんな」そう笑って流してくれた。

 

 「ベル君も買うものを選び終わったならお会計を「はい、お会計してきますね」えっ!」

 

 神様は僕が本を持っているのを見て支払いをしようとするので、僕は神様の持っていたアクセサリーも一緒にお会計しようとする。...あれ?神様がビックリしたような声を上げて固まってしまったぞ?。

 

 「?...あっ、もうお会計済ましていましたか?」

 

 トモエさん達に確認すると「いやまだだけど...ねぇ」と少し困ったような空気が返ってくる。灰さんからお小遣いを貰っているからお金には余裕があるし、おじいちゃんも「デートの時は男が支払いをするものだ」と言っていた、だから僕が支払いをしようとしたんだけど?

 そう僕が首をかしげているとマノさんが「あーうん...あれだなベルってかわいい顔して意外と決めるときは決める奴だな、まあいい会計はこっちだ」そう言って案内してくれる。

 

 「あれ?マノさん僕こっちの本は買ってないですよ?」

 

 マノさんが会計をしてくれると神様のアクセサリーと僕の本が...二冊?僕が買ったのは一冊だけのはず。

 不思議に思って聞くとニヤッと笑ったマノさんは「おまけだよ、おまけ。今は【怪物祭】セールでおまけがつくんだ」そう答える。こっちの本も気になっていたからとても嬉しい、だけどいいんですか?勝手にそんなことして。

 

 「だから言ってるだろおまけだって、大丈夫だよ。...もしもどうしても気になるっていうのならこの【ミラのルカティエルなりきりセット】を買ってくれても「それは要りません」...だよなぁ」

 

 おまけは嬉しいけどこれから歩いたりするのにそれ(ミラのルカティエルなりきりセット)は邪魔です。

 僕の本心をこめて返事をするとマノさんもうすうす気が付いていたようで苦笑いと共に同意している...売れ残っているんですか?それ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「「「ありがとうございました。」」」」」

 

 マノさん達の声を背中に受けながら僕はお店を出た。

 いい買い物だった、今回僕が見た本以外にもたくさん本が置いてあったし今度本が欲しくなったら一度ここに見に来るのもいいかもしれない。そんなことを考えながら僕は先にお店を出ていた神様と合流する。

 

 「どうぞ神様」

 

 「ありがとうベル君...そうだ!せっかくだしベル君に着けてほしいな」 

 

 「えっ!!」

 

 僕は買い物袋の中からアクセサリーを出しそれを神様に渡そうとする、神様はお礼と共に受け取ろうとして...悪い笑みを浮かべる。一体何を思いついたんですか?!そんな僕の心の声を知ってか知らずか神様から放たれるとんでもない言葉(ベル君に着けてほしい)。それに僕はびっくりして動揺するが神様は、ほらはーやーくなんて急かしてくる。

 

 仕方ない、僕は意を決してアクセサリーの包みを外す。

 白い花を模った髪飾りを震える手で、神様の黒く艶やかな髪に通し固定すると上機嫌な神様はどうかな?なんて僕に意見を求めてくる。

 黒い神様の髪に白い髪飾りが映えていて、なんて言ったらいいのか僕では表現できない。だから僕はただ「とっても似合っていますよ」とだけ口にする、紛れもない本心だけを。

 

 

 

 

 

 

 「ベル君、ボクにも君にプレ「待ってください神様...さっき何か音がしませんでしたか?」...え?」

 

 神様が荷物の中に手を入れながら僕に何かを言おうとした、しかし僕はそれを遮り耳を澄ませる。さっき聞こえた音、あれは悲鳴じゃなかったか?神様も僕と同じように耳を澄ませていると僕たちの耳に叫び声が届く

 

 「モンスターだぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 同時に僕と神様はその声が聞こえた方へ走る、果たしてそこにいたのは紛れもなくダンジョン内で冒険者たちが(僕達)戦っている相手...モンスターだった。

 

 「なんでこんなとこにモンスターが」

 

 「助けて!」

 

 「逃げろ!!」

 

 怒号と悲鳴それが響くオラリオの街、そしてモンスター。

 オラリオの住人にとって日常と非日常が交差する光景、僕はその原因であるモンスターを見る。僕が普段戦っているゴブリンやコボルトよりも下の階層で出てくるモンスターだ、つまり僕がいつも戦っている相手よりも強いということだ。

 しかし僕は怯まずそのままの勢いで腰に差していたナイフを抜きモンスターへ襲い掛かる。

 【怪物祭】に集まった人たちには、僕よりもずっと強い人もいるだろう────()()()()()()()()()だが。

 

 普通からダンジョン内でもないのに武器を携帯している人なんてなかなか居ない、ましてや今日は【怪物祭】。

 日頃の戦いを忘れて過ごそうとする人や、戦いとは無関係な人たちを怯えさせないように、そして何より無駄な諍いに巻き込まれないように武器を持っていない人たちばかりだ。こんな日でも武器を手放さずにいるのは、よほどの変わり者か人間不信の人ぐらいの()()()()()()()だろう...そして僕の先輩たちはおおよそ普通とは無縁の人物だ。

 

 何時如何なる時でも武器を手放さないように僕は教え込まれたし、僕の武器自体にもどんな所に持って行っても目立たないように色々と細工がしてある。

 【怪物祭】に出かけることになって、武器を置いてくるのを忘れたときは、ちょっと先輩たちを恨んだりもしたけど、いつか必ず必要になるからと言われた備えが本当に役立つとなんて少し複雑だ。

 

 こちらに向かって逃げてくる人波を潜り抜けながら僕はモンスターに近づく。

 逃げ惑う人々を見てどれから襲おうか獲物を見渡していたモンスターが、近づいてくる僕に気が付いたようで僕に向かって吠える。だがそれにひるまずそのまま僕は突っ込む。モンスターは僕に攻撃しようとするが...構え終わる前に【ヤーナムステップ】を使い僕はさらに加速する。そしてそのまま突っ込んできた僕に、狼狽えたように中途半端な姿勢になったモンスターの体の中心部────魔石の在処にナイフを突き刺す。

 【どれほど強靭であろうともその一撃を放つことが出来なければ意味が無い】

 狼さんが言っていた言葉通り攻撃のために姿勢を変えようとして、僕の一撃を避けることも防ぐこともできなかったモンスターは、その剛腕を振るうことも叶わず灰に還る。ギルドで勉強会を受けたときに上層より下のモンスターについても教えてもらったけど、それが役に立つとは思わなかった...ありがとうございますエイナさん。

 

 「...けどどうしてモンスターがこんなところに?」

 

 「!ベル君!!後ろ!!!」

 

 ナイフに纏わりつく灰を振り払いながら僕は疑問を口にする。

 ダンジョン内からモンスターが溢れないようにするためにギルドはダンジョンの監視をしている、少なくともモンスターがダンジョンの入り口から逃げ出したなら警報の一つも出るはずだ。そう考えながら神様の元へ戻ろうとした僕の耳に神様の悲鳴のような声が届く。

 

後ろ?

 

 その言葉に従い後ろを振り向いた僕の目に入ったのは()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 「か、神様...ぜえ、無事ですか...ぜえ」

 

 「な...何とかね」

 

 モンスターたちが目に入ると同時に僕は反転、驚きのあまり固まっていた神様の手を取りそのまま逃げだした。

 ただでさえ僕が普段戦っているモンスターよりも強いモンスター。それが群れを成しているなんてとてもじゃないけど僕の手には負えない。そうして走り続ければ最初に僕たちを追いかけていたモンスター達を引き離すことはできた、だがすぐに別のモンスターが現れ追いかけてくる。次々と現れる追手から逃げるために、後ろも見ずに走り続けるうちに見覚えのないひどく入り組んだ道に入ってしまったが、その甲斐あってモンスターを撒けた様だ。

 未だ荒い息のまま神様の無事を確認する、神様もまた荒い息を吐いているが怪我はないようだ。

 

 「さっきのは...一体」

 

 「多分、【ガネーシャ・ファミリア】が【怪物祭】のために連れて来たモンスターだよ。さっき逃げてる時にモンスターが逃げ出した、そう言ってる人がいたから」

 

 僕と神様どちらともなしにさっきまで追いかけてきていたモンスターへの疑問を口にする。

 いきなり町中にモンスターが現れたのもそうだが、気になることはそれだけでは無い。種類も違うモンスターたちが僕たちを追いかけ続けていた、まるで逃がさないというかのように。

 当然モンスターにそんな習性があるなんてギルドでも聞いたことがない。いやもしそういう習性があるモンスターがいたとしても、種族も違うモンスター達全部にそんな習性があって【ガネーシャ・ファミリア】の人たちが捕まえたのがそんなモンスターばかりだったことになる、どう考えてもそんなわけがない。

 

 「とりあえず、この道から抜け出しましょう。どっちに行ったらいいかわかりますか?」

 

 「多分ここはダイダロス通りだからこっち...だと思うよ」

 

 幾ら不審な点があったとしてもこうして考えていたところで答えが出ることはないだろう。

 ひとまず疑問は置いておいてホームに帰るか九郎さん達と合流しよう、そう思って周りを見渡すが入り組んだ道にいくつもの分岐、帰り道がわからない。神様に尋ねると多分こっちだと思う、そう指をさすのでその道を進んでいくと道の分岐から白い大きな影が現れた。

 

 「ッ!シルバーバック!!」

 

 白い体毛の大猿、【シルバーバック】だ。

 ダンジョン上層の中では最下部である11層から12層に出現するモンスターであり、希少種(レアモンスター)であるインファントドラゴンを除く最下部最強のモンスター。つまり上層で普通に出会う中で最も強いモンスターと言ってもいい。

 そのモンスターに出会ってしまう、僕の頭はその驚きで硬直していたが僕の体は叩き込まれた動きをしていた────武器を構えて足を狙う(足を攻撃して機動力を奪う)

 ようやく僕の頭が体に追いついて周りの出来事を処理し始める、と同時に僕が感じたのはシルバーバックの皮にナイフが通らず弾かれた感覚と弾かれたナイフが折れる音だった。

 

 「えっ?ぐぅぅぅ!!!」

 

 「ベル君!!」  

 

 僕のナイフが折れてしまった、そのことに一瞬呆然とする...()()()()()

 モンスターを目の前にしながらモンスター以外のことに気を取られた代償を僕はすぐに支払うことになった。視界一杯にシルバーバックの腕が迫っている、そのことに気が付くと同時に僕が感じたものはすごい衝撃と神様の悲痛な叫びだった。

 

 

 

 

 

 

 「...ル君、ベル君!!返事をするんだベル君!!!」

 

 「だ、大丈夫で...す。神...様」

 

 声がする、神様の悲痛な声が。

 どうしてそんなに悲しそうなのか、誰がそんなに悲しませているのか、そう考えていると何があったのかを思い出す。

 シルバーバックと鉢合わせてしまったこと、僕のナイフが折れてしまったこと、そして僕がシルバーバックの攻撃を受けてしまったこと。そこまで記憶が戻ってきた時思い出したように全身が痛みだす、すごく痛い。

 

 「大丈夫かいベル君、いや君は運がよかったよ。体に力が入っていなかったからほとんど風圧で飛ばされたようなものなんだ」

 

 「神...様、あいつは...シルバーバック...は?」

 

 「大丈夫、この通りは無数の細かい道に分かれているからこの道にはあいつは追ってこれない。我ながらベル君をここに連れてきたのは正解だったよ」

 

 痛みに悶えていると神様がそれでも運がよかったと言う、もしも直撃していたなら目が覚めなかった(死んでいただろう)とも。

 そうだモンスター、シルバーバックは?神様に聞くと神様が意識が無かった僕を連れて細い道に入ってシルバーバックから逃げてくれたらしい、周囲にあいつの気配は無かった。

 だがその時凄まじい咆哮が周囲を揺るがす。

 どうやらあいつもこれまで僕達を追いかけてきたモンスターを同じで、いやそれ以上だろう。僕達を見失った程度で諦めるつもりは無いようだ。

 なら早く逃げなくちゃ、そう思うと同時に神様の足から血が滲んでいるのに気が付く。

 

 「か、神様...その足...」

 

 「え?ああベル君を担いで逃げるときにちょっとね、でも大丈夫逃げるくらい訳な痛っ」

 

 神様は事も無げに笑いながら僕を助けたときにちょっと転んだだけなんて言っている。

 確かにそんなに傷は深くなさそうで歩いたり動いたりすると少し痛む程度、普段なら特に問題ないんだろう。だけど少し足を動かせば痛みに神様が眉をしかめる、そんな足でシルバーバックから逃げられるわけがない。

 僕は覚悟を決めて神様に言う。

 

 「神様、あいつは僕ではどうしようもありません。だから狼さんを探してきてください「そしてベル君はあいつの足止めをするっていうのかい」何で...」

 

 「何でも何もないよ、そんな顔されたら子ども()のウソがわかるボク()じゃなくても分かるよ。そしてその意見は却下だ、どこの世界に眷族(子ども)を犠牲にして生き延びる()がいるのさ」

 

 僕が考えた神様を逃がす為の作戦は一瞬で神様に見抜かれた、そしてベル君が犠牲になるような作戦はお断りだよと神様に言われる。そこで僕の中で堰き止めていた何かが溢れてしまう。

 

 「じゃあどうしたらいいんですか!僕だって神様を護れるのなら護りたい、だけど何もかも足りないんですよ!!

 僕じゃあいつを倒せない!あいつから逃げられない!!ステイタスも、武器も、何もかも足りない僕に何ができるっていうんですか!!」 

 

 僕の体の中で堰き止められていた物が暴れ狂う────悔しさ、無力さ、そして絶望────その衝動のままに僕は神様へと叫ぶ。

 もし僕が灰さん達ほど強ければ武器が無くてもシルバーバックを倒すことが出来ただろう。

 もし僕が狼さんほど機動力があれば足を怪我した神様を連れてシルバーバックから逃げられただろう。

 だけど現実は非情だ。今ここにいるのは足を怪我した神様と僕だけだ。

 

 僕には武器が無い、ステイタスもないそして────覚悟もない。

 僕は今まで無茶をしても僕が傷つくだけだと思っていた、だけど今僕が無茶をすればそのツケは神様が払うことになる。僕が犯したミスの所為で神様が傷つく所を想像するだけで僕の心を恐れが覆う、一歩も進めなくなる、いやどっちに進めばいいのかもわからなくなる。

 僕は馬鹿だ、今こんな追い詰められた状況でなければ無茶をしたとき傷つくのが自分だけじゃないことに気が付かないなんて。

 灰さんが今朝言っていたことを思い出す【自分の後ろにいる護るべきものを見ていなかった奴】

 ああその通りだ、僕は僕の後ろにいて支えてくれていた神様に気が付いていなかった大馬鹿者だ。

 そう自己嫌悪に沈んでいる僕に視線を合わせて神様は言う

 

 「あるよ、武器ならここに」

 

 「...えっ?」

 

 本当はもっとロマンティックな状況で渡すつもりだったんだけど、そう神様が持っていた荷物から出したのは美しいナイフ。

 武器に詳しいわけじゃない僕でも一目見ればわかる、とんでもない業物だ。

 

 「【神の宴】でヘファイストス...ボクの知り合いの神に頼んで作ってもらった。君の、君の為のナイフだよ」

 

 「なん...で、なんで僕なんかに、僕なんかの為にそんな物を用意してくれたんですか」

 

 神様の言葉に僕は何とか言葉を口にする。

 その言葉を聞いた神様は笑って「当たり前だろう、だって君は英雄になるんだから」そう僕の夢を口にする。

 そうだ僕が今までずっと口にしてきた僕の夢【強くなって、冒険して、英雄になる】だけどそれを今の僕は信じられない、こんな僕では夢を叶えることが出来るなんて思えない。

 僕が信じられないものをどうして神様が信じられるのか僕は神様に聞く。

 

 「決まっているだろう、【()()()()()()()()()()()()()()()()()()()】」

 

 神様が僕の問いに返した言葉、それを聞いた途端僕の脳裏によぎるのは僕がオラリオに来た初めの日。

 神様と出会い神様からファミリアに誘われた時、あの時も僕は自信を無くしてどうして神様が僕をファミリアに誘ったのか聞いた。

 それに神様が答えたのはひどく簡単なものだった【()()()()()()()()()()】だけどその時の神様はとても美しかった。

 それが冒険者としての僕を成す根源。

 

 ああ僕は馬鹿だ、大馬鹿者だ、オラリオに来た時から何も変わっていない、そう心の中で自分を罵倒する。

 だけどさっきまでの心が折れてしまったものではない。

 そうだ灰さんも言っていた【負けたからって終わりじゃない、心が折れない限り何度でも挑戦すればいい、そうして最後に勝てばいい】と。

 神様が信じていてくれる、それだけで僕の心を覆っていた恐れは晴れる、僕の迷いが晴れる。神様にお礼を言おうとして、視線を神様に合わせようとすると神様が口を開く

 

 「だからベル君...服を脱ぐんだ」

 

 ...えっ?

 

 「今からシルバーバックと戦うんだろう、だったらちょっとでもステイタスを高くする必要がある。だからステイタス更新をするんだよ」

 

 「...ああ、えーっと、そういうことはもっと早く言ってくれますか?」

 

 神様のとんでもない発言に固まっていると神様がステイタス更新の為だと言ってくれる。

 確かに強敵、いやそれ以上であるシルバーバックを相手にするのなら少しでもステイタスを上げるのは必然だ。

 だけど今まで僕の中にあった感動的な空気は全部どっか行きましたよ?!

 

 

 

 

 

 体、少し痛むけどステイタス更新をした分少し軽い気がする。

 心、さっきまでのいろんな意味でいっぱいいっぱいだった感情はすべてどこかに行った。

 武器、初めて持つナイフなのに今まで使い続けてきたナイフよりずっと手になじむ。

 後ろ、護るべき神様がそこにいる、僕に声援を送ってくれている。

 敵、シルバーバック、間違いなくこれまで僕が戦って来たモンスターの中でも一番強い存在、だけどここ最近相手にしていた僕の先輩と比べたら案山子と大して変わらない。

 つまり今の僕はこれ以上ないベストコンディションで、これから戦う相手は最近戦っていた()()よりずっと弱い。

 これっぽっちも負ける気がしない。

 

 

 

 

 

 道の先にいるのを確認して僕が地面を蹴りシルバーバックに奇襲する、だが僕の奇襲はシルバーバックに気づかれた。

 僕を近づけさせないように振るわれた攻撃は小振りな隙が少ないもので。僕が得意な攻撃を掻い潜って急所への一撃でとどめを刺す戦術が狙えない、だけどそれがどうした。

 

 【戦いとは本来相手に(一撃で相手を)何もせずに終わらせるもの(しとめるのが理想)】そう狼さんは言っていた、

 だが【相手を倒すのに一番いい方法は相手の行動を見切りじわじわと攻撃を重ねることだ】そう狩人さんは言っていた、

 相反するようで結局のところ同じなのだ。

 【相手の攻撃を受けず(相手に何もさせず)こちらの攻撃を当て続ければ(相手が死ぬまで攻撃し続ければ)勝てる】ただそれだけ。

 

 小振りな攻撃と言っても巨体から繰り出される攻撃はそれ相応の威力と威圧がある、だがそういう攻撃を掻い潜る為の【ヤーナムステップ】だ。一瞬のスキを見逃さず足元に潜りこむ、シルバーバックはその巨体故に僕を見失ったようで動きが止まる。僕は動きが止まり隙だらけの足にナイフで切りかかりシルバーバックの足から血が噴き出す。

 

 だが浅い。ナイフが折られた時とは違いナイフの刃はシルバーバックの肉体へ通ったが、刃自体がシルバーバックの足と比べて小さすぎるのだ。

 僕は欲張らず数回攻撃するにとどめる。足の痛みに気が付いたシルバーバックが足元を薙ぎ払うように腕を振るうがその時にはもう足元を離れている、そうして離れたところにいる僕を見つけたシルバーバックが足元への攻撃を止め僕へと向かってくるのに合わせて足元へと潜りこみ攻撃を再開する。

 僕の足よりも何倍何十倍という太さを持つ足をナイフでチクチクと切りつける作業はまるで、丸太を小さなナイフで切断するようなものだ。あまりにも遠い道、無意味だと諦めたくもなる、だが諦めない。

 

 「ベル君!信じるんだ!ボクを!君の武器を!そして君自身を!!」

 

 そう声援を送ってくれる神様がいる限り僕は諦めない。

 狼さんが言っていた【自分以外の所に戦う理由を持つ者は自分の心が折れようとも戦える】

 その通りだ。僕が信じている人が僕の勝利を信じていてくれる、このことはなんて心強いのか。

 

 度重なる足への攻撃に苛立ったのかシルバーバックが足を大きく振り上げ地面を踏み鳴らす。

 巻き込まれれば一発で戦闘不能になるだろう範囲攻撃、だがそれは悪手だ。僕は足を振り上げた時点で攻撃範囲から逃げ出している。

 足が地面に叩きつけられると同時に先ほどまでとは比べ物にならない勢いで傷口から血が噴き出る。

 僕によってつけられた浅い傷、それは強靭な肉体を持つシルバーバックにとって戦闘の障害になる物ではない。だがシルバーバック自身が傷ついた足を地面に叩きつけたことで、小さい力しか持たない僕が付けた傷とは比べ物にならないぐらい足の傷は大きく広がる。そして力強く踏みしめていたはずの足から血と共に力が抜けてシルバーバックが膝をつく。

 

 ここだ。

 

 僕は神様の「いっけえええーベル君!!!」と言う声援を背中で受けて隙だらけのシルバーバックに突っ込む。狙うはもちろん魔石。シルバーバックが体勢を崩しながらも僕を迎え撃とうと腕を振り上げ...切る前に僕のナイフが皮を突き刺し、肉を切り裂き...魔石を砕く。

 

 「おおおおおおぉぉぉォォッ────!

 

 灰に還っていくシルバーバックの灰を頭から浴びながら僕はナイフを持った腕を天に突き上げ雄たけびを上げ続けていた。

 

 




どうも皆さま

上と下に分ける予定だったのにどんどん伸びてもう一区切りしなければならないかと焦っていました私です

いや本当にどんどん伸びて行ってどうしようと途方に暮れかけました、こんなのは短編版の焚べる者の章を書いていた時以来です

実は筆が進むまま書いていたらベル君が足にけがをしてしまいこれから戦闘あるのにどうするのと焦りました。
ベル君が怪我をした方ではベル君がひたすらヘスティア様に大丈夫と言っていましたが作者が大丈夫じゃないんだよーと頭を抱えてヘスティア様に足のけがを移しました。何にも考えないで書いてるからこうなるんです、いい加減こういうのから卒業したいんですけどね。

話は少し変わるのですが私最近ちょっと頭を使いすぎているといいますか私の書きたかった、読みたかったものはこんなんじゃないという思いが強まり、読みたいものを書いております
つまるところ次の更新は戦闘描写の練習を兼ねた私の趣味三百%ぐらいの短編っぽいものになる予定です。現時点ですでに二万字ほどになっているんですけどね...どうなるんでしょうこれ。

それではお疲れさまでした、ありがとうございました  

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