忍と灰と焚べる者と狩人とダンジョン 連載編 作:noanothermoom
狩人が振るう仕掛け武器の一つ
大振りな片手斧と処刑用の両手斧を
その仕掛けにより切り替えることが出来る
かつてのヤーナムではこの武器を好き好んで振るった狩人達がおり
彼らは処刑の意味を込めてこの斧で獣を狩り続けたという
奇しくもそれは始まりの狩人が獣狩りに見出した意味と同じであった
始まりの狩人は処刑に憐れみと慈悲を求め
彼らは怒りと憎悪を処刑に込めた
そこに違いはあるのだろうか
nbkg様、zzzz様、六色ダイス様誤字報告ありがとうございます。
「ありがとう獣狩りさん。お母さんとお父さんと、お爺ちゃんの次に大好きよ」
────ヤーナム市内 ガスコインの家窓前 発言者 ヤーナムの少女
ロキ・ファミリア幹部であるティオナとティオネそしてレフィーヤは【怪物祭】へと遊びに来ていた。
しかしその途中でガネーシャ・ファミリアが調教するためにダンジョンより連れてきたモンスターが逃げ出したことを知る。
オラリオでモンスターが暴れている状態の収拾に走る────その際ある出会いがあったのだが口にできないというか、口にしたくないというか、どう口にすればいいかわからない出来事であったため割愛する────中でアイズと合流し、逃げ出したモンスターを始末することに成功した。
「これで...最後?」
「多分ね。妙に量が多かったけど、流石にもう終わりでしょ」
「お、お疲れさまでした、アイズさん」
「あなたもね、レフィーヤ。...!」
「何この揺れ?」
逃げ出したモンスターを倒し続けたアイズ達。
周囲の人物の証言から恐らくは最後であろうモンスターを倒し、周囲を警戒する。
未だ悲鳴や混乱は消えていないが、モンスターが暴れまわる音はしなくなった。どうやら先ほどのモンスターが最後で間違いがないようだ。
そう僅かに気を抜いた時、足元より振動を感じ取る。
いったい何事かと下に警戒を向けると、地面を引き裂き黄緑色の植物型のモンスターが現れた。
「...あれは!」
「お替りってわけ?」
「あの感じまるでダンジョンで見た新種のモンスターみたいです」
「気を付けてってことね」
モンスターをすべて倒した、という気のゆるみを狙ったかのようなタイミングでの新手の登場。だが彼女らには大きな動揺は無い。そのモンスターを観察し戦闘を始める。
「せい!!...きゃっ!」
「ティオナ!?」
「大丈夫?」
「直撃したわけじゃないからへーき。だけどあいつ多分打撃に耐性持ってるわ」
「面倒な相手ね」
「なら私の魔法で...!!」
ティオナが裂帛の気合いと共に放った一撃は、まるで分厚いゴムのような手ごたえによって遮られる。
モンスターは痛みを感じているようなそぶりも見せず、蔓を虫でも払うかのように振るい、ティオナは大きく弾かれる。
仲間達の元まで飛ばされたティオナの無事を確認するアイズらだが、自分から飛んだティオナには大きなけがはない。
無事を伝えたティオナは
武器を持たないティオネとティオナは打撃が通らないとなると戦闘において役に立たない...とまでは言わなくとも、ダメージを与えるのが困難になる。
思わず舌打ちするように面倒なと呟くティオネ。
ならばとモンスターに対してレフィーヤが魔法を使おうとする。
その途端今まで自身に攻撃していたアイズらを警戒していた食人花が、アイズらを放ってレフィーヤへと殺到する。
「えっ...がっ!」
「レフィーヤ!!」
「...拙い!」
急にその動きを変えた食人花。
アイズらはその変化について行くことが出来ず、魔法の詠唱をしていたレフィーヤもまた、モンスターの攻撃に対応することが出来ず攻撃を受けてしまう。
ティオネとティオナがレフィーヤの元へと走り、その傷を確かめる。幸いというべきか大きな傷ではない為、命がどうのといった事態にはならないだろう。
だがこのまま戦闘を続けるわけにはいかない。手当てをするか或いは一時的にでも後ろに下げる必要があるだろう、どちらにしてもこのままにしておく訳にはいかない。
負傷したレフィーヤをティオネとティオナが後ろに下げようとし、隙を作る為にアイズは食人花へ激しい攻撃を行い
ティオネとティオナがレフィーヤを安全な場所に逃がすまでは、一人で戦場を持たそうとするアイズ。
だがもともと四人で三体のモンスターを対応していたものを一人で対応しようというのは、【剣姫】と呼ばれるアイズであっても無理があった。
一瞬の隙を突かれてモンスターの攻撃を後ろに通してしまう。ティオナとティオネがそれを防ごうとし、アイズもまた自身の魔法【エアリアル】を使い対応しようとした。その瞬間すさまじい音と共に
「ええー!なんか落ちてきたよ?」
「っ!そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!早く下がるわよ!!」
戦場に落ちてきた何か。それにアイズ達も食人花達も驚愕し動きが止まる。
戦場を沈黙が包む中、それを破ったのはティオナの能天気な声だ。
その声で正気に戻ったティオネが妹を怒鳴りつけ、レフィーヤを後ろへと下がらせる。
濛々と立ち込める土埃にアイズが警戒していると、すさまじい音と同時に土埃が吹き飛ばされ、落ちてきたモノが姿を現す。
黒いコートに特徴的な帽子...狩人だ。
だがアイズは狩人の様子がおかしいことに気が付く。
いつも苛立ちと狂気を纏いそれを隠そうともしない人物だが、その一方で言動に似合わない冷静な戦い方をする狩人が酷く本能的な動きをしている。
「だいじょう「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!」」
その様子に大丈夫かと声をかけようとすると、先ほど土ぼこりの中から聞こえた凄まじい音が狩人の口から放たれる。
あれは狩人の咆哮だったんだ、そうアイズが頭のどこかで納得すると同時に、狩人が凄まじい速さで食人花へと駆ける、その手には重々しい
「っ!!いけない!」
明らかにまともでない狩人の様子────なら普段はまともなのかと言われれば困るが、とにかくいつもと違う様子ではある────にアイズはその疾走を止めようとするが止まらない。
食人花はアイズ等が振るう武器が愛用する武器でなく、いつもの戦い方が出来ないことを差し引いても。アイズ等が苦戦する危険な存在だ、不用意に突っ込めば手痛い反撃を受けるだろう。
事実普通のモンスターなら反応もできない狩人の凄まじい速さに対し、三体の食人花は反応しその触手を使い攻撃してくる。
「間に合わない!」
その攻撃の密度に狩人が受け止めることも回避も不可能だと悟り、自身の援護もまた到底間に合わないことに絶望の声を上げるアイズ。狩人は今更ながら迫りくる蔓に気が付いたかその疾走を止めようとし、それを見た食人花は嗤う。
疾走を続けていたならば攻撃を避けられることもあっただろうが、相手の方から動きを止めるのならそこを狙えばいいだけだ、そう言わんばかりに蔓を纏めて叩き潰すように強力な一撃を放つ。狩人は食人花の攻撃を避けようともせずに、蔓に飛び込むように進み...攻撃が当たる直前にその姿が消える。
何処に行った?アイズと食人花の思考が一致するが、その疑問はすぐに解ける。
狩人は食人花が蔓を纏めたことによって狭まった攻撃範囲の僅か外に立っていた。
いくら直撃を避けたとはいえ、あれだけ攻撃に近ければその風圧だけでも大怪我をしかねないだろう、たとえ運よく無傷であっても蔓が叩きつけられた際の揺れで、立っているのがやっとのはずだ。
だが狩人は何もなかったと言わんばかりに無傷で
「打撃ではダメ!あのモンスターは耐性を持っている!!」
食い込んだ金槌ごと振り払われた狩人へとアイズは叫ぶ。
先ほどのティオナの攻撃によって、あの食人花には打撃に対する耐性を持っていることが分かっていた。逆に斬撃に対しては非常に弱い。故にアイズは食人花に、アマゾネス姉妹は負傷したレフィーアに対応していたのだ。
(だけど叫んだところでどれだけ今の狩人に理解できるだろう)
アイズがそう考えた時、狩人の持つ金槌が掻き消え代わりに
こん棒のようなものと称したのは
アイズの叫びに反応して武器を変えたかに見える。
だがその形状からあれは
今の狩人が正気なのか、そうでないのか。
ぐるぐると回るアイズの思考は、狩人がそのこん棒を自分の腹部に突き立てたことで停止する。
「えっ...あっ...へっ...?」
アイズはその後起きた出来事をただ見ていることしかできなかった。
狩人が自分の腹部に突き立てたこん棒。
それは狩人の血を纏い、狩人の身長すら超えるほどの巨大なメイスへと変貌した。
そして狩人はメイスを腹部から引き抜く。当然ながらそんなものを自分の腹部から引き抜いたことで大きな傷が開き、血が流れ出ている。だがそんなことを気にも留めず狩人は巨大なメイスで食人花に殴りかかる。
アイズと同じく狩人の急な凶行に困惑したように動きを止めていた食人花達だが、自身に迫りくる武器の大きさ故に耐性があろうとも直撃すれば吹き飛ばされるとでも思ったか、一体が蔓をまとめ盾を作る。
果たしてその盾は目論見通りメイスを受け止めることに成功し...だがその盾でメイスを受け止めた食人花に異常が起きた。
到底人の喉では出すことがかなわない金属を引き裂くような悲鳴を上げ、蔦を地面に叩きつけ身悶える。
同族の苦しむ姿に残りの食人花が唖然としていると、ついには肉体に入った
余りの出来事に動きを止めていた食人花らだが、目の前で同族が爆発したことで恐怖に駆られたように逃げ出そうとする。
だが当然ながら狩人は逃がす理由がないと逃げる食人花を追いかける。
狩人が追いつきメイスを振るい、それを僅かでも受けた食人花は身悶えた末に爆発する。地獄の鬼ごっこ。
その光景を口を開けたまま見ていることしかできなかったアイズ。
だが狩人が最後の一体を爆発させ戦場に静寂が戻ってくると同時に、起きた地面の揺れに正気を取り戻す。
先ほど食人花が現れた時と同じだ、果たして地下から現れたモンスターの総数は十を超えていた。
「ア、アイズさん、ここは狩人に任せましょう」
いつの間にか怪我を治したレフィーヤがアイズの後ろに立っていた。
そしてその口から放たれた言葉は取り繕ってはいるものの、モンスターから逃げ出そうとするものだ。ティオネとティオナは無言で腕を組んでいるが、その発言を止めることはない。
臆病ともとれるレフィーヤの言葉だが、もっともな言葉でもある。
自身等の攻撃の殆どはあのモンスターに通じず、狩人は掠らせるだけでモンスターを倒す。
狩人に任せるのが賢い選択というものである、あるのだが。
「ダメ、退かない」
アイズの返答に驚くレフィーヤ、だがティオナとティオネは分かり切っていたように頷く。
レフィーヤはアイズにその理由を聞こうとし、続くアイズの言葉に硬直する。
「ここで退いては私達は冒険者でなくなってしまう。
それに見て、狩人は苦戦している。
助けてもらったにも関わらず何もせずに逃げるのは恥知らずというもの」
今はただ追いすがることしかできなくともいずれは先に行く者らの背に追いつく、追い越す、それが冒険者だ。
この場で怯え縮こまるだけでなく、逃げ出す者を冒険者とは呼べない、冒険者として認めない。
冒険者の一人としてアイズの言葉を理解し、レフィーヤの瞳に戦意が宿るのを見たアイズは戦場に指を向ける。そこには数に囲まれた狩人がその大きすぎる武器故に攻撃することもできず嬲られている姿があった。
結果としてではあるが、先ほど自身等を窮地から救い出した恩人の窮地に逃げ出すのは恥を知らないものの行動だと。その言葉にアマゾネスの姉妹から逃げるという選択肢は最初っから無かったのよという言葉が放たれ、レフィーヤはいまだ心の奥底でくすぶる恐怖を押し殺し、あるお願いを他の三人にした。
食人花らにその思考を行う機能があるのかは疑問の残るところだが、あえて言葉にすればそれらは焦っていた。
最初は数で押しつぶせば掠るだけで強固な外皮も無視して命を奪う
だが少し離れたところにいた
その冒険者の中で前に出てきた者で恐れるべきなのは
だが
しかし
止めなければまずい詠唱を止めるために抜かなければいけない壁が高すぎ、かといってそちらに手数を割き過ぎれば恐怖の死神が死を振りまく。
刻一刻と迫る
だがアイズらも焦っていた。
レフィーヤのお願い。それは自身の持つレア魔法【エルフ・リング】────エルフの魔法に限られ詠唱文とその効果を完全に理解している必要があるが、その条件がそろっているのならばどのような魔法でも使用することが出来るというものだ────によって、自身の師であるリヴェリアの魔法【ウィン・フィンブルヴェトル】を使用すれば食人花らを一撃で倒すことが出来る、だからそのために必要な詠唱時間を稼いでほしいというものだった。
時間稼ぎ自体は順調にいっている。レフィーヤへ向かう攻撃を弾くだけならば打撃耐性を持っているとは言えそれほど苦労することもない。
どうやら食人花らはレフィーヤと同じぐらい狩人を脅威と見ているようで、半数ほどが常に狩人への攻撃を続けているのだ。数で押し切られることもなく問題なく詠唱の時間は稼げている。
だがその狩人が問題だった。
予め狩人に向かってこれから広範囲魔法を打ち込むことを叫んでおいたのだが、もうすぐ詠唱が終わるという段階になっても、モンスターたちの傍から離れようとしないのだ、このままでは魔法に巻き込んでしまう。
刻一刻と迫る
そしてその時はきた。冒険者とモンスターのどちらも願わくばまだ来てほしくないと思っていた詠唱の終わりが。
レフィーヤが放ったオラリオ最強の魔導士の一撃は、彼女の目論見通りすべてのモンスターを倒した。
だが狩人もまたモンスターたちの傍にいたため巻き込まれたはず。そう思いアイズ達は氷原と化した、先ほどまでの戦場を歩く。
巻き込まれたならば生きてはいないだろう、生きているはずがない。だが本当に死んだのだろうか、あの不条理の塊のような存在が?何か自分達の知らない手段で防いだりしたのではないのだろうか。
巻き込まれたはずだ、巻き込まれることを避けられるはずが無い。巻き込まれたのなら死んでしまうはずだ、巻き込んでしまった以上その遺体や或いは遺品を探すのは自分たちの仕事のはずだ。
確証もない生きているはずだというどこか現実逃避めいた思考と、現実的な死んでいるはずだという思考が頭の中を流れ続ける。生きた狩人を探しているのか、死んだ狩人を探しているのか、どちらとも取れる思考をしながら歩き続けたアイズ達は黒いコートを纏った狩人が立っているのを見つける。
無事だった、でもどうして、どうやって生き延びたのだろう、どうしてモンスターから逃げなかっただろう、そんな思考がぐるぐると頭の中を巡る。ちょっと待ってくださいというレフィーヤの言葉を無視して抑えきれない衝動のままにアイズは狩人に近寄り...狩人の言葉に固まる
「美しい少女よ、何故泣きながら進むのか、その手を血に染め、嘆きを止めず、なお血塗られた道を行く理由を教えてくれ。少女よ、貴女は武器を取るべきではない、武器を取るのは、血に濡れるのは、呪詛を紡ぐのは、私のような呪われ者でいいのだ」
正気とは思えない言葉の数々。だがその言葉はアイズの心の奥底に根付くものを言い当てていた。
自身の心の内を祖沿いたかのような言葉に固まるアイズ。アイズの口が何かを言おうとするその前に曇っていた狩人の瞳に光が戻りアイズを見て不快そうにつぶやく。
「アイズ・ヴァレンシュタイン?なぜおまえがここにいる?」
「そんなことは良い、さっきの言葉は何。」
だがアイズは逆に先ほどまでの言葉について問い詰める。
低く舌打ちをした狩人はいきなり逃げ出す。
逃がすまいと後を追いかけるアイズ、だが狩人が曲がり角を曲がったことでその背を一瞬見失うと、その先には何もいなかった、まるで狩人自身が夢であったかのように。
SIDE狩人
「さあ素晴らしい調教を見せてくれた冒険者に拍手を」
魔道具の効果だろう、司会者の声が響くと同時に【円形闘技場】は拍手で埋め尽くされる。
ここは【怪物祭】の中心。【ガネーシャ・ファミリア】の団員が、そのスキルでモンスターを調教する様子を見ることが出来る【円形闘技場】だ。
闘技場の名に恥じぬ客席数を誇る円形闘技場だが、建物自体から溢れんばかりの観客押し寄せており、この催しの人気を知ることが出来る。
そんな中つまらないと言いたげに、団員と調教されたモンスターを睨みつける男がいる。
いつも身に纏う
円形闘技場に興奮の声がこだまするのを聞きながら狩人は思考する。
或いはビルゲンワースと、そこから分かれた医療教会が望んでやまなかった、獣の愚かさを克服する術。それを誰でも見ることが出来ると喜ぶべきか、見世物にされていると嘆くべきか。平和である象徴、平和すぎる象徴。
モンスター
忌むべきもの、人の天敵、それをわざわざ
モンスターは忌むべきものだ、ならばこの【怪物祭】は?
この祭りの裏の意味まで啓蒙されている狩人は考える。忌むべきか、はたまた喜ぶべきか。
終わらない思考に思わず空を見上げる。
当然そこにこの問いに答えてくれる上位者など存在しない。
当たり前だ。こうしているこの身は上位者、人ならざる存在。
ならば自身に知恵を授けるものは上位者の上位者だ、なんとも笑えない。
かつてのヤーナムでは数多の学者が、墓荒らしが、学徒が、冒涜の限りを尽くし、或いは人の中に潜む獣などよりも遥かに悍ましき研究が行われた。
全ては上位者よりその知恵を授かる為。
だが上位者は遥か昔、トゥメル時代にて人に見切りをつけ、
ならば例え人が再び上位者とまみえたとしても、上位者がその知恵を授ける理由などない。だからこそ彼らの行いは無意味であり、次第に過激なものになったのだろう。
狩人は制御することなく廻るままにその思考を巡らせる。
そもそもこんな思考に意味などないのだ。
自身が人の上に立つつもりがない以上、その善悪を考えたところでただ個人の主義主張にしかならない。
そう意味がない、自身のような存在が表に出るつもりなどない。
故に
たとえ
特別な理由があるわけでもない、ただ一度は見ておこうと思い訪れただけの闘技場。その闘技場で行われる調教を二つの目で眺めながら、流れるままに思考を回し続ける。その時急に脳に得た瞳が自身に囁く。
「
「モンスターが逃げ出したぞ!!!」
叫ばれた言葉に、ほんの一瞬静寂が円形闘技場を包み、その意味を理解した途端悲鳴が上がる。
先ほどまで檻の中の獣を見て笑っていた民衆は恐怖に陥る、気が付けば獣と同じ檻に入っていたのだから。
その声が上がった方から逃げようとするもの、何が起きたのか知ろうと声が上がった方へ行こうとするもの、醜い人の性によって騒動が起きる。
だが狩人はそれらを無視して
眼前では怒号と嘆きの声が響いている。
聞きなれたそれを聞いて、僅かに口元を歪めた狩人は手帳に何かを書き記し、狩りを始めようとする。だがいきなり目を見開き、その姿が掻き消える...否、掻き消えたように見えるほど早く動いた。
悲鳴が響く円形闘技場の客席、狩人が先ほどまで座っていた席の上には手帳からこぼれたメモだけがあった
【どこもかしこも嘆きばかりだ、だから狩りの時間だ】
逃げ出したモンスターに逃げ惑うしかない人々の集団。
そんな中親とはぐれたか、ヒックヒックと嗚咽を漏らしながら歩く一人の少女がいた。
或いは【怪物祭】だからとおしゃれをしてきたのだろうか、その頭には白いリボンが巻かれている。下を向き涙をこぼしながら、それでも少女ははぐれた親を探し歩き続ける。
だがその姿はモンスターからすれば絶好の獲物だ。
逃げ出したモンスターの一体が少女の前に現れる。
モンスターが向ける、少女がこれまで生きてきた中で
だが恐怖からだろう、少女はなんてことのないくぼみに足を引っ掛けてしまい転んでしまう。
周りにいる人々は、あるものは少女を救おうと石を投げ、あるものは関係のないことだと逃げ出し、あるものは少女を助けてと口だけを動かす。だがその行いがモンスターの歩みを止めることはない。
遂に少女の目の前へとたどり着いたモンスターがその腕を振り上げる。
少女を含めたその場にいるすべての人物が悲惨な光景を予感し目を瞑り、或いは目を逸らす...だが少女に
恐る恐る逸らしていた、或いは閉じていた眼を開いた群衆が見たのは、モンスターと、その頭部をかち割り中身を晒している斧、そしてモンスターと少女の間に立つ黒いコートを着た人物だった。
「ぁ、ありがとうございます」
少女はその人物の名を知らない、だが助けてくれたことはわかる。故に恐怖を押して礼を口にする。
だがその礼を言われた人物────狩人はぶつぶつとまるで夢でも見ているかのように虚ろに呟くばかりだった。
駄目だ、駄目なのだ。
幾らでも悲劇を見てきた。幾らでも悲劇を作ってきた。幾らでも悲劇を砕いてきた。
瞳より啓蒙された、起こりうる未来を理解すると同時に、狩人は悪夢へとその意識を飛ばす。
夕焼けに染まる陰気な街、そこを正気を失い彷徨う民衆、もはや人であった形跡すら見いだせない悍ましい獣、そして少女との誓い。
少女の父親だった神父、家族を守ろうとした男だった獣、夫を支えようとした妻だった死体、止まらない少女の泣き声にただ避難所の場所を言い逃げ出す自分、いくら待てども来ない少女、そして豚の
眼前にいる少女からの礼など耳に入らない、狩人の脳内に巡り続ける
何故、どうして、幾たびもあの町でしてきた後悔が再び脳内を廻り、ついにその脳内に一つの答えを出す。
【ただ獣を狩るだけでよい】
何もわからずとも、何ができなくとも、それだけが行えるのならば、狩人はそれでいいのだ。
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!」
激情と狂気を含んだ絶叫が、最早物理的な衝撃すら伴いながら、狩人の喉から溢れる。
それはまるで獣の咆哮のように、だが確かに狩人の喉から放たれた物で。その咆哮によって気を失った周囲の人物が気が付いた時にはすでに狩人の姿はなく。
モンスターに襲われ、混乱に陥ったオラリオ。その上空に浮かぶ黒い人影がいた、狩人だ。
狩人は空を飛べない、狩人のあるべき場所は地上であり地下だ。
そんな狩人がどうやって空へと舞い上がったのか、その答えは簡単だ。人並外れた筋力でジャンプしただけである。
上空からオラリオを見下ろし、自身の狩るべき
その頭の中は耐えがたい激情が渦巻いている。
獣であればその激情に身を任せて暴れまわれただろう、だが狩人は獣ではない。
上位者であればその激情を受け入れることが出来ただろう、だが狩人は上位者であることを受け入れない。
人であればいっそその激情に耐え切れず狂死しただろう、だが狩人は人を止めた。
故に暴れることも、楽になることも、狂死することもできず。
狩人は気が狂いそうな激情を持ちながら獣を探し狩り続ける。それがこの激情の元である約束に報いる術だと信じて。
新たに獲物を見つけた狩人が降り立った先には幾人かの人がいた。だが今の狩人に人を見分けることはできない。
激情に瞳が曇っているから、ではないその逆だ。
今の狩人は正気ならば滅多に使わない────普段が正気かと問われれば難しい問題だが────脳に得た瞳を使い外見を見るのではなく、その本質を見ている。
今この場にいる人物が知り合いだったとしても、その人物の本質を知らなければ知らない人物と同じだ。
たとえ上位者の知恵を得ようとも、その知恵を活用するものが人ならばそれを有効に使うことが出来ない。上位者との接触に成功したが、言葉のずれから邪眼の付いた巨大な脳みそを受け取ったメンシス学派の愚かさに通づるところがある。
この場にいる者が一体どのような素性であろうとも狩人には関係ない。ただ狩りの邪魔をされたくないと思うだけだ。
故に戦うものでなければこれで逃げだすだろう、戦うものであっても逃げるタイミングを見計らっているのならばその隙を作れるだろう、とその喉から獣のような叫びを放つ。
必要最低限の人払いをし、
その行動を愚かしさの発露と見たか、
だが激情に駆られど思考を無くしていない狩人は、攻撃を読み切りぎりぎりで避ける。
自身が起こした土埃で狩人を見失った
だが狩人が感じるのは、獲物の肉を砕く甘美な感触では無く、分厚いゴムを叩いたような鈍い感触。その感触に自身の武器の選択が間違えていたことを狩人が悟ると共に、蔓によって吹き飛ばされる。
脳内の啓蒙が囁いたか、はたまた誰かが叫んだか。
これまでの
瀉血の槌。それが狩人の手の中にある武器の名前だ。
先ほどまで狩人が持っていた、爆発金槌の頭に火薬を詰めたかのような外見────ハンマーに小型の炉を取り付けてある────と比べれば、ごくごく普通の悍ましい武器と言えるだろう。
狩人は夢より取り出した瀉血の槌を自身の腹部に突き刺す。
ほんの一メートルもないそれは、突き刺さった腹部より、喉が渇いた人間が水を飲み干すように血を啜る。そうして血を纏った瀉血の槌は、狩人の背丈すら超える巨大なメイスとなった。
ヤーナムの神秘にまみえる者にありふれた気狂い。それに対抗する唯一の術は、下腹部に溜まった悪い血を肉体より抜き取ることだ...少なくともこの武器の元々の持ち主はそう信じていた。
狩人は巨大なメイスと化した瀉血の槌を振りかぶり、
この槌が纏うは狩人の、人を止め上位者となった存在の血だ。
そして纏わせた血に、狩人はたっぷりと上位者の英知を含ませた。
血を介して受け取った上位者の英知に肉体が耐え切れず、
その時足元から振動と共に新しい獲物が現れる、だが数が多い。
幾重にも狩人への攻撃が降り注ぐ。
その攻撃の量に
しかし肉体の傷など、意志によって肉体を動かす狩人にとっては
どれだけ数が多くとも、槌を地面に突き刺し範囲攻撃を行えば一網打尽に出来る。
そして
悪夢を彷徨っていた意識を現実へと戻した狩人が目にしたものは、レフィーヤが放った魔法によって雪原と化した戦場と、その魔法によって周囲に満ちた
周囲に満ちた神秘の美しさに魅了され、呆然と立ち尽くす狩人。
どれだけそうしていただろう、1分か、10分か。悪夢に浸り、未だ目覚め切っていない狩人に現実の時間を推し量るのは難しい。
ふと気が付くと、目の前に手を血に染め嗚咽を漏らし続けながらも、憎悪を燃やし続ける少女がいた。
先ほどまで自身の中を巡っていた
何故泣きながら、苦しみながら、その手を血に染めながら、なお憎み続けるのか。少女の手に武器は似合わない、武器を持つのは私のような呪われた者でいいのだ、それこそが自分のできる唯一の贖罪。
そう声をかけた狩人に反応したかのように少女が顔を上げる、その顔は...アイズ・ヴァレンシュタイン?
狩人が夢より完全に目覚める。目の前にはアイズ・ヴァレンシュタイン。
目を覚ませば美しい【剣姫】が目の前にいる。ある意味オラリオの男たちの夢ともいえる状況ではあるが、そんなことは関係が無い、と言わんばかりに苛立ったように狩人は「何故ここにいるのか」と問う。
だがアイズより逆に先ほどの言葉は何かと問われ言葉に詰まる。心の中で舌打ちをした狩人は、先ほどまでの夢に微睡んだ自分に殺意を向ける。夢に微睡み普段閉じている瞳を開いた挙句、瞳より流れ込んでくる情報を漏らしたらしい。どうするか、僅かに悩んだ狩人は体を翻し逃走する。
その後ろからアイズが追いかけてきているのを感じるが、角を曲がると同時に目覚めをやり直す。仄かな灯りが周囲を照らす中、狩人はこの状況が夢であればいいのにとため息を一つ漏らした。
ヤーナムの少女
リボンの少女或いはガスコイン神父の娘
獣狩りの夜に獣を狩りに出かけた父と
その父を探しに出かけ戻らない母を思い泣いていた少女
窓越しに出会った男が獣狩りであることに気が付きオルゴールと願いを託した
その願いはいまだ獣狩りでしかなかった男にとってヤーナムを進む理由たり得た
結末はヤーナムにありふれた悲劇に終わってしまったとしても
哀れじゃないか
私たち狩人が呪われた罪人だったとしても
その末裔にまで救いがないなんて
あまりにも哀れじゃないか
どうも皆さま
一連の話はサクッと読める短編にしようとしたのにこの文字数です
こんなに長い話にしたのは誰だ...私です
皆様の導きの武器は何でしょうか
私の導きの武器はノコ鉈ですが最近この小説を書き始めてから
息抜きにヤーナムに里帰りしまして
新しい狩人様を作り斧を初期武器にして進めているのですが
強いですね斧
そんな気持ちを込めた前書きです
まあそんなことよりも
皆様の中にある狩人像はどのようなものでしょうか
血に酔い悪夢に囚われた狂人?
血晶石を求め墓を暴き続ける性格破綻者?
それとも過去の嘆きに囚われた哀れな罪人?
はたまたそれ以外でしょうか
この話の狩人は終わらない嘆きを怒りで隠す心折れた者です
獣に堕ちず、上位者にも為り切れず、人でも在れない
だからこそ此処まで来れた、来られた、来られてしまった
そんな存在です
だからこそヘスティアが狩人の救いになっているのです
...余談なのですがこの小説での狩人の正式な名前は月の狩人ですが
構想時点では月香(つきか)の狩人でした
誤字に気が付かず投稿してしまい名前が変わりました
本編で正式な名前が出てきたのは一度ぐらいしかないので
しれっと直しておこうかとも思いましたがせっかくなのでそのままにしていきましょう
特に何か特別な設定もなないですし
これ以降は私の独り語り...創作上のメモです
お暇な方はどうぞきっと暇つぶしぐらいにはなるでしょう
そうでない方はここでお戻りください
それではお疲れ様でした、ありがとうございました
月の狩人
武器 ヤーナムの仕掛け武器全般
行動理念 獣を狩る
戦闘力 人を止め上位者へと至ったことで普通の狩人よりもはるかに強靭な肉体を持っており普通の攻撃も強力なものとなっている特に神秘が比べ物にならないほど強力かつ大規模になった
また隠匿の神秘を使いこなしており必要ならばアメンドーズやロマのように啓蒙無き者には認識されることすら無くできる為多くの秘密を隠している
メンタル面 人ではないメンタルである反面人でいられなかった為意外ともろい 脆くとも心が砕けた時露になるのは狩人が自身の心の奥底に押しとどめていた何かなのだが
自身から人に対して 神秘にまみえるは人の幸福とは悪夢で出会った蜘蛛男の言葉だが狩人の考えはその反対であり神秘などに関わらずに生きていくことこそ幸福だと思っている反対に神秘にまみえようとする者は生きている価値が無いとすら思っておりある意味人を信じていないともいえる
オラリオの住人より 神を含めたすべての存在からその凶暴性ゆえに恐れられている特に獣人系の種族からは普段からの態度から大いに嫌われている