忍と灰と焚べる者と狩人とダンジョン 連載編   作:noanothermoom

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決断

選ぶこと

己が未来を選ぶ権利は誰にでもある
自身にとってより良い未来を
他者にとってより良き未来を
或いはその反対を

だが未来とは常に白紙だ
未来に見出したものに追いつけるとは限らない


新たな決断

SIDE リリルカ・アーデ

 

 「まったく、ベル様は何をしているのでしょうか」

 

 バックパックを背負い、いつもの噴水でベル様を待つリリの口からはため息がもれます。

 ベル様はちょっと、いえかなり迂闊な所があります。

 ですから先輩冒険者(灰達)の怒りに触れ、ダンジョンに潜れないくらい厳しい訓練をされることが何度かあったそうです。

 先日も、勝手にダンジョンに潜り魔法の試し打ちをしたことで、それはそれは口にするのもはばかられる恐ろしい目に遭ったと言っていました。

 ...何やっているんでしょうね、あの人は。その話を聞いた時、思わず頭を抱えたリリは間違えていないと思います。

 その後は深く反省していたので、流石のベル様でも昨日の今日で迂闊なことをするはずもないと思うのですが...ベル様ですしねぇ。

 とは言え、ベル様が来れないとなれば伝言の一つでもあるでしょう。

 

 事実、ベル様に魔法が発現した翌日、ベル様が黙ってダンジョンに潜って魔法の試し打ちをした罰として、灰にしごかれてダンジョンに潜れなかった日には、狼が今日はベル様が来られないこと、急にこんなことになってごめん、とベル様が謝っていたことを伝えに来ました。

 ですが、今日はそんな様子もありません。なら単純に遅れているだけでしょう。

 

 いつの間にか、恐ろしい灰達と接するのにも慣れてしまったリリがいます。

 仕方がありませんよね?

 リリは灰達から、ベル様をよろしく頼むと言われているのですから。

 もしも、その言葉を裏切ったらどうなるのか...考えるだけでも恐ろしいです。

 だからリリがベル様の為に、あれこれと世話を焼くのも当然なのです。

 ...いえ、それは嘘です。

 リリはベル様のような、甘ちゃんで、金払いのいい、契約者を逃がしたくないだけです。

 だから色々とサービスしているだけです。

 いえ、それも嘘です。本当は...

 

 とりとめもない考えを頭を振って忘れます。

 そんなことよりも遅刻したことを理由に、一体どんな要求をベル様にするかを考えるほうが楽しいですし、有意義です。

 どうしましょうか。

 ドロップアイテムが高く売れるファミリアの紹介と言って、売る為のドロップアイテムが沢山落ちるまで、モンスターを狩らせ続けましょうか。

 魔法の使い方の練習と言って、魔法の的確な使い方が出来るまで回復薬(マジックポーション)を飲ませて、魔法を使い続けさせましょうか。

 

 ベル様へのおしおき、もとい要求を考えていると、リリは自分の境遇を忘れることが出来る気がします。

 このまま、甘っちょろい、お人好しのベル様と一緒に、ずっとダンジョンに潜っていられる。そんなありえない、甘すぎる未来を妄想してしまいます。

 ...この時のリリは忘れていたのです。過去はどれだけ逃げ続けようと、いつの間にか追いついてくるものだと。

 

 「あっ!ベルさ...ま」

 

 リリがベル様への今日の罰を考えていると、向こう側からベル様が来たのが見えました。

 手を振りベル様へと声をかけようとする前に、ベル様へと声をかけた一人の男の顔がリリに目に映ります。

 リリがベル様と出会う前に騙した(ゲド)が、ベル様へと何か話していました。

 

 「...そうなんですね、もうこの生活も終わりなのですね」

 

 リリの口から諦めの言葉が漏れます。

 幾ら甘ちゃんのベル様でも、これまでリリが犯してきた罪を知ればリリのことを見捨てるに決まっています。

 ならその前に、リリからベル様を裏切りましょう。何もせず、ただ奪われるだけの弱者であるよりは、裏切って奪う側に回るべきです。そうして生きてきたのですから、リリの信念は変えられません。

 

 その結果灰達の怒りに触れ、死を懇願するような目に遭ったとしても、その結果、この夢のような生活に幕を閉じることとなったとしても。

 そうです、あんまりにもベル様が優しいからリリは夢を見たのです。

 ですが夢は覚める物、どれだけ温かく優しい夢だとしてもいつかは終わりが来るのです。知っています、リリがどれだけ温かな夢に縋りつこうが留まることはできず、非情な現実へ戻されてきたのですから。

 

 荷物の中に感じる()()を探り、確かめます。

 今この時まで、リリはベル様を裏切るつもりはありませんでした、いえ裏切るなんて恐ろしいことを考えたこともないつもりでした。

 ですが、不要な道具(冒険者サマを嵌める為の道具)を置いてダンジョンに潜り続けているはずなのに、()()を持ち続けていることが、リリがどう足掻こうと盗人に過ぎないのだと、現実を突きつけてきます。

 

 「ベル様今日は10階層へと行きませんか?」

 

 「えっ!」

 

 ベル様への挨拶をし、ダンジョンへと向かう道を歩きながら、リリはベル様へと提案をします。

 ベル様は目を見開いて驚いています。

 ですが、リリがベル様が魔法を発現したこと、七層付近のモンスター相手なら余裕で討伐できていることを上げて大丈夫と保証すると納得したような表情になります。

 しかしまだ何か悩んでいいるようです、詳しく話を聞けば、ベル様は前に5階層でミノタウロスで襲われたとか。そのトラウマは今もベル様の心に焼き付いているようです。

 しばし悩んだ後、ベル様はリリのこれまで以上にお金がいるんです、という言葉によって10階層へと足を踏み入れる決断をしたのでした。

 ...お優しいベル様、もうリリはベル様をフォローすることが出来ません。リリがいなくなったら騙されないように気を付けてくださいね?

 心の中でだけベル様への別れの挨拶を告げて、リリはダンジョンへと潜りました。

 

 

 

 

 

 

 「この階層を抜けたら10階層です...そこでこれをどうぞ」

 

 「これは...?」

 

 「ベル様が気にしていたように、10階層からは大型のモンスターが出ます。ベル様の武器(ヘスティア・ナイフ)では少しリーチが小さいでしょう、この武器を代わりにどうぞ」

 

 ダンジョン9階層へと続く階段の前で、リリはベル様へと武器を差し出します。

 ベル様のナイフよりも一回り大きな武器(バゼラード)を見て、ベル様は首をかしげていましたが、リリが説明すれば納得したようで、笑顔になり受け取ります。

 軽く何度か素振りした後、納得したように頷き...しまう場所が無いことに気が付いたようです。

 リリが、ベル様のナイフを鞘に入れて腰のベルトにしまっておくことを提案すると、何の迷いもなくベル様はリリの言葉に従い、感謝の言葉を笑顔と共に向けてきます。

 こうしてベル様を裏切る準備が上手く行けば上手く行くほど、リリは自分が骨の髄まで他人をだます事に長けた薄汚れた盗人だと思い知らされるのです。

 

 「ここが10階層...あれは迷宮の武器庫(ランドフォーム)?じゃあ、これ壊しておくべきなのかな?」

 

 「そうです「ズシン!!」どうやらその余裕はないようです」

 

 階段を下りた先は先ほどまでの、洞窟を思わせる狭い道とは打って変わって、白い草が生えた広い草原のような空間でした。

 周囲を見渡し、草原に枯れ木のような植物が生えているのを見たベル様はそれが自然の武器(ネイチャーウエポン)だと看破したようです。優位に戦闘を行う為に枯れ木を壊そうとしますが、その前に巨大な足音が近寄ってきました。

 巨大な二足歩行の豚を思わせるモンスター、オークです。

 

 「リリ!危ないからあまり離れないでね」

 

 ベル様はリリの方へと声をかけ、オークへと突撃します。

 オークは地面から生えていた木を引き抜き、振り回すことで、素早いベル様に対応しようとします。

 自然の武器(ネイチャーウエポン)

 ダンジョンの各所に自然に生成される武器。強力なモンスターの身体能力をさらに後押しする、ダンジョンの悪意。

 ですが、ベル様は怯むこともなく嵐のように振り回される木を掻い潜り、一撃を叩き込みます。

 無防備な首元へと吸い込まれるようにした刺さった武器は、オークを倒すのに十分な威力だったようで、その手ごたえにベル様は喜びの声を上げます。

 ですが、たった一体を倒した程度で喜んでいる場合ではないのです。

 

 「ベル様、新手です!」

 

 「ファイアボルト...ありがとうリリ。...?リリ?リリ!」

 

 新手がベル様へと向かっているのを見たリリはベル様へと叫び、新手と戦っている間に身を潜めます。 

 都合よく10階層に霧が漂い始めました。

 迷宮の陥穽(ダンジョン・ギミック)

 この階層からは大型モンスターが出現します。

 ですが本当に恐れるべきは、この階層へと進んできた冒険者を陥れる為に変わる、ダンジョンの環境なのです。

 

 オークを倒し終わったベル様が、リリの姿が無いことに気が付き、叫びます。

 ですが叫んだことで近くにいたオークたちに気付かれ、また戦闘になってしまいます。

 リリは息を殺し、戦い続けるベル様をじっと観察し続けます。

 戦いの最中、生まれた隙を見逃さず、狙いすまして撃ち込まれた()()は、狙い通りベル様のベルトを断ち切り、リリの手元へと戻った時にはベル様のナイフ(ヘスティア・ナイフ)を引っ掛けていました。

 

 「リリ!?」

 

 「さようならですベル様!ぼやぼやしていると潰されてしまいますよ!!」

 

 飛んでいく自分の武器を視線で追いかけていたベル様は、飛んでいった先にいるリリに気が付くと驚きの声を上げます。

 その後に続くベル様の言葉を塗りつぶすように、リリはベル様へと別れを告げ、地上への道を走り出しました。

 

 

 

 

 

 後ろから聞こえるベル様の声を振り切り、九階層へと戻ってきました。

 もう後戻りをすることはできません。ベル様を裏切ったことは、そう遠くないうちに灰達にも知られるでしょう。その前にこのナイフを換金し、逃げ出す必要があります。

 そうです、今は一分一秒が惜しいのです。ダンジョンから地上へと戻り、ベル様のナイフを売りさばき、作ったお金とため込んだお金でファミリアを抜け、オラリオから逃げ出す。

 これがリリが生き延びるためにしなければならないことです。

 今はそのことだけに集中するべきなのです。しかしながら、リリの頭からは、10階層に置き去りにしたベル様のことが離れません。

 

 「ベル様は無事にモンスターから逃げきれるでしょうか...ッ!もうリリは裏切ったのです、忘れなさい!!」

 

 ぽつりとリリの口から零れた言葉に、愕然とします。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 なんて白々しい台詞。そのベル様を嵌めたのはリリ自身なのに。

 ベル様を裏切った後悔と、後悔しているリリ自身への嫌悪感。

 その二つに気を取られたせいでしょう、ダンジョンの物陰に隠れていた冒険者に気が付きませんでした。

 

 「うぐっ...」

 

 「嬉しいねぇ、大当たりじゃねえか」

 

 物陰からの奇襲によって倒れこんだリリへと、冒険者、ゲドは声を掛けます。

 不味いです。急ぎ立ち上がろうとし...降り注ぐ暴力の雨が立ち上がる気力すら奪い去ります。

 体を丸め、何とかしのごうとしたリリの口から「何故」という言葉が漏れます。

 

 「どうせそろそろあのガキを裏切るころだと思ってなぁ。あのガキにゃ断られたが、こうして地上への道を見張ってりゃ、お前を捕まえられると思ってたぜ。手間かけさせやがって、この糞小人(パルゥム)が!」

 

 リリの言葉に答えたわけでは無いのでしょうが、ゲドがリリを殴りながら、なぜここに居るのかを口にします。

 ...なんですかそれ。

 リリは、ベル様がリリのことを見捨てるだろうと思って、その前に裏切ろうと...なのにベル様はゲドの誘いを断った?

 訳の分からない笑いがこみ上げてきます。

 ゲドにぼこぼこにされて体中が痛いです、なのにベル様に裏切られなかったことと、そんなベル様を裏切ったことに笑いが止まりません。

 

 「旦那ァ。やってますね」

 

 ゲドに怒りをぶつけられていると、聞き覚えのある声がしました。

 カヌゥとその取り巻きです。そうですか、リリが注意するべきはベル様じゃなくカヌゥ達だったのですね。

 そうだと知っていればベル様を裏切らなかったのに...と後悔の念が浮かびます。

 カヌゥ達は持っていたずた袋をゲドへと投げつけるとリリを、いえリリの身ぐるみを置いていくように言います。

 投げつけられたずた袋の中から、死にかけのキラーアントが出てきました。

 

 「しょ、正気かてめえら!?」

 

 ゲドが恐怖に染まった声で叫びます。

 キラーアント。

 【新米殺し】の二つ名で知られるモンスターであり。死に瀕したキラーアントは仲間を集めるサインを出し、新たなキラーアントを呼ぶのです。

 

 更にカヌゥと取り巻き達が持っているずた袋は一つではありません。未だ担いでいるずた袋の中身もキラーアントでしょう。リリの考えを証明するように、カヌゥ達の背後からギチギチというキラーアントの出す音と共に、暗闇に無数のキラーアントの目の光が浮かび上がります。しかもその奥からも、まだまだ蠢く音が響いているのです。

 その音を聞く限り、尋常では無い量のキラーアントがここに集合しているのは、間違いが無いでしょう。

 幾らゲドが冒険者だと威張った所で、あれだけの数を相手にすることはできません。しかもカヌゥ達も武器を抜きゲドとの距離を詰めているのです。

 ゲドに出来ることは、捨て台詞を吐きながら逃走することだけでした。

 

 「よお、アーデ。可哀そうなお前を助けに来てやったぞ。なぁに礼はお前のため込んだ金をよこすだけでいいぞ。...もしこの間のように誤魔化すつもりならどうなるかは、分かるよな?」

 

 「わかり...ました。これがリリのお金をしまってある金庫の鍵です」

 

 ゲドが逃げ出したのを見たカヌゥが下品な笑みを浮かべて、リリへと語り掛けます。

 礼なんて言っていますが、最初からリリの持つすべてをむしり取るつもりだったのでしょう。

 ですがカヌゥが脅すまでもなく、リリにはどうすることもできません。

 相手は三人、リリは痛めつけられ、武器も持たない身、更には無数のキラーアントに囲まれているのです。ここはカヌゥ達の慈悲に縋るほか、どうしようもありません。

 リリは大人しく、財産全てを入れてある金庫の鍵を渡します。リリのお金、リリが冒険者サマたちをだましてでも稼いできた自由になる為の貯蓄。それを手放します。

 鍵を受け取ったカヌゥはにやりと嗤い、リリの首元を掴み、キラーアントの群れの方にリリをぶら下げます。

 

 「ぐっ...何を」

 

 「見ろよアーデ。キラーアントが沢山だ。お前囮になってくれや」

 

 「!?...約束は!」 

 

 「お前みたいなサポーターとの約束なんか守る訳ねえだろう。しっかりサポートしてくれよ!」

 

 あっさりとリリとの約束を破ったカヌゥはリリを嘲笑い、キラーアントの群れの中にリリを投げ入れます。

 リリは馬鹿です。

 カヌゥ(冒険者サマ)リリ(サポーター)との約束を守るはずないのに。

 ギチギチ、カチャカチャ

 嗤いながら走り去るカヌゥ達の足音すら耳に入らない程の密度で、キラーアントのうごく音がリリ周囲を覆います。

 

 「リリの人生って何だったんでしょうね...」

 

 最早どう足掻こうとどうしようもない状況。いっそすべてを諦めてしまえば楽になりました。

 周囲に蠢くキラーアントすら目に入らないリリの口から、自身の人生への疑問がポツリと零れます。

 

 

 

 

 

 リリの所属するソーマ・ファミリアの主神ソーマ様は、ただお酒を造ることが出来ればいい神様です、或いは趣味神と言ってもいいかもしれません。

 富も、名声も、神様達が求める未知もいらない、地上へと降りて来たのは天界では手に入らないお酒の材料を手に入れる為。そしてその材料を使ってお酒を造るだけで満たされている神です。

 ですが地上では生きていくためには、ファミリアの経営をする必要があります。

 それは、どのような神様であろうと破ることの出来ない規則(ルール)。ソーマ様も例外ではありません。

 ですが、ファミリアの経営なんて()()()()頭を悩ませたく無い、しかしながら放っておいた所で、ソーマ様がお酒造りに専念できるだけのお金が集まるほど、ソーマ・ファミリアの団員達は質が高い訳でも、数が多いわけでもない。

 地上で心行くまでお酒が造りたい、しかし地上ではファミリアの経営をする必要がある。この悩みを解決するために、ソーマ様が考えた方法は【神酒(ソーマ)】を団員へと振舞うことでした。

 

 文字通りの神の酒を飲んだ団員達はこぞって【神酒】を求めます。

 しかしながらお金を出したところで、そう簡単に手に入る品ではありません。

 一度得た極上の快楽が忘れられず、【神酒】を得る為なら何だってするようになった団員へとソーマ様は告げました。

 

 「【神酒】が飲みたいのなら、ファミリアへと上納金を治めよ。その成績上位者のみに【神酒】を授ける」と

 

 かくして、主神(ソーマ様)に忠誠を誓うのではなく、【神酒(ソーマ)】に忠誠を誓うファミリア、ソーマ・ファミリアは生まれたのです。

 

 リリの両親もそうした【神酒】に取りつかれた団員の一人です。

 ステイタスが低く、成長しにくい小人族でありながら、危険を顧みない冒険──いえ、危険を危険と認識することすら出来なくなっていた、というべきでしょう──を続けた結果、あっけなくダンジョンの中で死にました。

 

 一人残されたリリが感じたものは、両親が死んでしまった嘆きでも、勝手に死んでしまった両親への怒りでも、ろくでもない両親から解放された喜びでもありませんでした。

 リリの心に飛来した物は空白、何も感じなかったのです。

 リリにとって両親とは、数多くいる稼いだお金を毟り取っていく存在の一つに過ぎませんでした。事実、両親との思い出なんて何一つありません。むしろ最初から、リリには両親なんていなかったと思って生活していました。

 

 両親が死んだ後も、リリの生活は変わりませんでした。

 必死に冒険者に媚を売り、僅かな報酬を得て、その報酬を誰かに奪われる日々。

 逃げ出したとしても、探され、見つけ出され、やっと得たと思った温かな居場所は壊され。

 それでも生きるために盗みを働くようになり、お金を貯めてファミリアを抜けることを夢見て、必死に生き続けた。

 そうすれば、今のリリとは違う、もっとましなリリに成れるのだと。

 誰かに必要とされる、誰かと居られるリリに成れるのだと信じて。

 

 「その結果がこれですか」

 

 投げ込まれ、身動きすらしないリリへと、じわじわとキラーアントが近寄ります。

 ファミリアを抜けて生まれ変わったら、リリは今度こそ信頼できる人と一緒にダンジョンに潜ろうと思っていました。

 リリみたいな小人族を雇う人です、きっとお人好しの世間知らずでしょう、そんな人を放っておくことはできません。リリの経験を生かして一緒に楽しく冒険したり、笑いあったり、喧嘩したり、喜び合ったり...

 毎晩眠りにつく前に想像していた、理想の誰かとの生活。

 顔の無い理想の誰かが、いつの間にかベル様になっていたことに、気が付きます。

 空想しているだけだった理想の生活が、いつの間にか実際にあったことを思い出していただけだと、気が付きます。

 

 「なぁんだ、リリの願い、叶っていたじゃないですか」

 

 夢にまで見た生活を自分で壊したのだと気が付けば、乾いた笑いが零れます。

 ええ、結局リリは幸せなんかになれない、罪にまみれた存在だったという、ただそれだけの話でした。

 そっと、服の中、リリの持っていた魔剣よりも、リリの全財産が入った金庫の鍵よりも大切に隠した、ベル様のナイフを握ります。

 カヌゥ達に持って行かれてしまえば、再びベル様の元へと戻ることもないかもしれません。

 ですが、リリがこうして持ったままダンジョンの中で死ねば、灰達が見つけてくれるかもしれません。

 そうなれば、少しはベル様を裏切った償いにはなりますかね?リリの人生でちょっとは良いことが出来たと言えるようになるでしょうか。

 

 「...ああ、やっと終わります。やっと終わりにすることが...」

 

 殴られて狭くなった視界一杯に、キラーアントが映ります。

 終わりです。リリはここでキラーアントに殺されます。あんなにリリに良くしてくれたベル様を裏切った報いとしては、むしろ足りないくらいでしょう。

 受け入れました、リリの運命はここでおしまいです。

 

 「リリ」 「リリ~?」 「リリ!?」 「リリ!!」

 

 ...ですが

 ベル様の顔が浮かびます。

 ベル様の声が浮かびます。

 ベル様の姿が浮かびます。

 

 今まで目を逸らしていました、今まで耳を塞いでいました、認めたとしても今更です。

 本当に今更です、もうどうしようもないのに、ですが認めましょう。リリはベル様が好きです、ベル様に恋をしています。

 ですがどうしようもありません。

 

 リリはもうあきらめたんです(本当はあきらめていません)

 リリは受け入れたんです(本当は受け入れていません)

 リリはもう終わりなんです(本当に終わってしまうのですか?) 。 

 あの、甘ちゃんで、おっちょこちょいで、お人好しの、優しいあの人にもう二度と会えないのですか?

 ベル様に、謝ることも、この気持ちを伝えることもできず、さようならなのですか?

 

 「ベル...様...べル様...ベル様ッ!!

 

 だまして、裏切って。リリに叫ぶ権利なんてないことは理解しています。

 それでも抑えられない感情が溢れます。

 どうしようもない、返事なんてないはずのリリの断末魔がダンジョンに響き

 

 「リリッ!!

 

 ありえない声が聞こえました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE ベル・クラネル

 

 「ベル君、ちょっといいかな」

 

 「はい?なんでしょう」

 

 僕に魔法が発現してから数日。

 いつものように、ダンジョンへと向かおうと準備をしていると、神様に呼ばれた。

 何かお使いでも頼まれるのかな、と思って振り向くと、そこには神様の他に灰さん達も揃っていた。

 

 珍しい。

 夕食後ならまだしも──ファミリアを創った時に神様が、出来る限り一日一回はファミリア全員(家族)で食事をすること、と決めたらしい──朝に灰さん達が揃っているなんて。

 そんなことを思いながら近づくと、椅子に座る様に身振りで示される。

 

 「ベル君、君の契約したサポーター君についてだが...正直な話ボクはあの子のことを信頼できない」

 

 「えっ...?リリのことですか?」

 

 神様が始めた話にビックリする。

 いや、僕もどこかで分かっていたのかもしれない、それを見ようとしなかっただけで。

 思えば違和感のあることはいくつかある。サポーターを求めていた所にサポーターから声をかけられただとか、灰さん達に会って普通なら逃げ出すだろうに僕と契約を続けていることだとか、リリにそっくりな小人族の子が冒険者に追いかけられていたことだとか。

 僕の考えを表情から読み取ったのか、神様は頷くと何か書かれた紙を僕の方へと渡す。

 

 「それは灰君達が調べてくれた、サポーター君についての情報をまとめたものだよ」

 

 「これって...そんな!本当なんですか!?」

 

 神様の言葉を聞きながら、内容へと目を通した僕は、その内容を否定してほしくて神様へと疑問を叫ぶ。

 苦い顔をした神様は重々しく頷き「そこに書かれている情報は、ギルドのアドバイザー、エイナ君からの情報もある。全部が嘘ということは無いね」と答える。

 僕の手の中にある紙には、リリの生まれや、所属しているファミリアについて、そしてリリが冒険者をだまして装備を盗んでいることが書かれていた。

 

 「嫌なことを言っているのはボクも認める。だけど、そんなことをしている人に君を任せることはできない」

 

 「リリ...」

 

 神様はこれまでにないくらい真剣な表情で、僕へと語り掛けてくる。

 他の人たちも同じ考えなのかと、神様の後ろに並ぶ灰さん達に視線をやると全員が頷く。

 理解はしているのだ。

 僕だってこの紙に書かれている内容が本当である以上、リリとの契約を切った方がいいのは理解している。それでも僕の心の中から「リリを見捨てることはできない」と叫ぶ声がする。何故だろうか、その声に従うのが正しいと僕は確信していた。

 僕の心が叫ぶ理由を探して、紙に書かれた情報を読み直す。リリのしてきた罪、リリの所属するファミリアのこと、リリの生い立ち...

 遂に理由を見つける。いや、その輪郭を掴んだ。

 いまだはっきりとは見えない()()を見失わないように、ゆっくりと僕は言葉にする。

 

 「神様、僕は...」 

 

 

 

 

 「ベル、お前のそれは持てる者の傲慢と言える」

 

 「ダメ...ですか?」

 

 「いや、お前がそうしたいと心の底から思うのなら否定はせん...ただ、後悔のないようにな」

 

 「灰君!?...仕方がないな。ベル君、君の決意が固いのならボクもこれ以上は言わないよ。」

 

 はっきりと定まった物じゃない、むしろ当てはまる言葉を探しながらの、探り探りの言葉を聞いた神様と灰さん達は、腕を組んで唸り声をあげる。

 どうだろうか、例え僕の言葉が否定されたとしても、僕は諦めるつもりはない。

 灰さんはヘルムの向こう側から睨みつける様に僕を見て、低い声で僕の言葉は傲慢だと切り捨てる。

 ...確かにそうだ、それでも、それでも僕は...。

 諦め切れない僕が食い下がろうとすると、灰さんはあっさりと認めてくれる。

 神様はびっくりしたような表情で灰さんを見ていたが、頭を振りしぶしぶといった様子で僕の言葉を受け入れてくれる。

 

 僕のわがままを受け入れてくれたことにお礼を言うと、灰さん達から「行くのならさっさと行け、あんまり遅いとサポーターが心配するだろう」と言わる。いつもの時間はとっくに過ぎていた、慌てて僕はホームから走り出す。背中に神様の「何かあったのなら君のことを一番に考えるんだよ」という言葉を受けながら。

 

 

 

 

 

 すっかり遅くなってしまった。

 リリは待ちくたびれているだろう。うう...罰として今日は一体どんなことを言われてしまうだろうか。

 かつて遅刻した時のリリを思い出しながら、必死に急いでいる僕へと声をかける人がいた。

 

 「おいお前、アーデとつるんでる奴だろ、俺もあのガキ嵌めるのに一枚かませろよ」

 

 「...なんですか貴方は」

 

 かけられた言葉に、思わず顔を顰めながら対応する。

 アーデ、という名前に一瞬虚を突かれるが、リリのことだ。リリを嵌める?いったい何のことだろうか。

 僕の様子に気が付いていないのか、声をかけてきた男の人──良く見れば初めてリリと出会った時、リリを追いかけていた人だ──は楽しそうに続ける。

 

 「誤魔化さなくたっていいだろ。あの冒険者を舐めてるガキ結構ため込んでるみたいだし、お前もそれが狙いなんだろ?冒険者同士仲良く行こうぜ」

 

 「ッ!僕にとってリリは大切な仲間です。裏切ったりするつもりはありません」

 

 あの時リリを追いかけていたのはきっと、リリに装備を盗まれたからだろう。そのことには同情もする、可哀そうだと思う。

 だからと言って、リリを嵌めてお金を奪うなんてしていいわけがない。

 思わず大きな声で否定すれば、男の人は一瞬虚を突かれたような顔をした後厭らしく笑う。

 

 「ハッ、随分とまあ、あのガキに入れ込んでるみたいだが、精々裏切られないようにしろよ」

 

 それだけ言って立ち去る男の人の背中を睨みつけるようにして小さく呟く。

 

 「だとしても...僕は...」

 

 

 

 

 

 「ベル様!さっきの冒険者様と何か話していたのですか?」

 

 「リリ、ごめんね遅くなって。さっきの人は...まあ何でもないよ」

 

 そうして立ちすくんでいると、リリが僕を見つけたようだ。

 リリがこちらに手を振りながら、こちらへと来てさっきの人と何か話していたのか聞いてくる。

 僕はリリを裏切るつもりはない。

 だけど、そんな話をしていたことなんてするべきじゃないだろう。適当に誤魔化しておく。

 リリは少しの間怪しんでいたようだけれど、早くダンジョンに潜ろうと言えば、ひとまず置いておくことにしたのか、ダンジョンへと続く道へ進む。

 しばらく歩くとリリが僕へ提案する。

 

 「ベル様今日は10階層に潜りませんか」

 

 「えっ!」

 

 僕が驚くと、リリは魔法が発現したこと、もともと7階層で出てくるモンスター相手にも余裕があることを言って「11階層まで行った事のあるリリが保証します」と笑いながら言う。

 確かに無理ではないかもしれない。

 でも僕には10階層へと行きたくない理由があった。10階層からは大型モンスターが出てくるのだ。

 大型モンスター(ミノタウロス)。その言葉を頭に思い浮かべるだけで、あの時感じた生臭い荒い息、逃げても逃げても離れない恐ろしい足音、そして死を覚悟したあの時の恐怖が僕を襲う。

 怖い。僕はミノタウロスが怖い。

 あの時の僕とは違う、強くなった、戦いの経験もたくさん積んだ、あの時とは違い戦うことへの覚悟もできている。それでもなお5階層で襲われたミノタウロスへの恐怖は消えない。

 

 ミノタウロスへの恐怖でリリの提案に頷くことの出来ない僕へと、リリは困ったような顔をして言いにくそうに言う。

 

 「...実はどうしても近日中に大金を用意しなければいけないんです。リリの事情でこんなことを言うのも申し訳ないのですが...」

 

 「それは...ファミリアの事情で?」

 

 大金。今朝見たソーマ・ファミリアについての情報を思い出す。

 ソーマ・ファミリアの団員は、お金を定期的にファミリアに献上している。

 僕がリリへとファミリアの事情なのかと尋ねると、リリは苦しそうな表情で、肯定する。

 あんまりにもその表情が苦しそうだから、僕は10階層へと行く決断をした。

 ミノタウロスへの恐怖は無くなっていない、でもいつかは10階層に行く必要があるのだから、いつまでも引き延ばすわけにもいかない。

 僕だけでは10階層へと行く決断を下せなかっただろう。だけど、リリの為なら決心することが出来た。

 

 

 

 

 

 「この階層を抜けたら10階層です...そこでこれをどうぞ」

 

 9階層まで降りてきたとき、リリが僕へと武器を差し出す。

 僕の持っているナイフよりも、一回り大きい武器に首をかしげると、リリは10階層に出てくるモンスターと戦うのに、ナイフではリーチが足りないだろうと説明してくれる。

 それもそうだ、【怪物祭】でシルバーバックと戦った時も、ナイフでは小さな傷をつけることしかできなかった。

 納得した僕はリリから武器を受け取る...が、ナイフをしまう場所が無い。剣帯なんかがあれば、そこにしまうのだけれど。

 悩んでいる僕へとリリは鞘に納めてベルトに挟んでおくことを提案する。実際にそうしてみると思ったよりも安定している。9階層のモンスター相手に何度か戦闘をして、リリから借りた武器の調子もつかめた。

 僕はリリの先導でたどり着いた階段を降り、10階層へと進んだ。

 

 「ここが10階層...」

 

 これまでの洞窟を思わせる狭い洞穴のような環境から一転、ダンジョンは向こう側が見えないくらいの広い草原へと変わっていた。

 周囲を見渡すと、草原になにか枯滝の群生のような物を見つける。あれはまさか、迷宮の武器庫(ランドフォーム)

 ギルドでの勉強会で習った、気を付けるべき場所を見つけたことで、しばし考える。

 モンスターが生まれる前に、この枯れ木を切り倒したりしておいた方がいいんだろうか、それともモンスターが近寄ってくることを考えて、ここから遠ざかった方がいいんだろうか。

 リリへと問いかけるが、リリが返事をしようとした時

 

ズシン

 

 リリの言葉を踏みつぶすように、大きな足音がした。

 

 その方向を見れば、大きな二足歩行の豚を思わせるモンスターがこちらに近づいていた、オークだ。

 10階層に入って初めての戦闘。リリへとあまり離れないように声をかけ、オークとの距離を詰める。

 しかしオークが地面に生えていた枯れ木を引き抜き、振り回したことで、そのまま突っ込むという訳にはいかなくなった。

 モンスターの腕力で振り回された木は、嵐のような勢いで僕に襲い掛かる。

 その凄まじい勢いに、怯えが沸き上がる。

 これまで戦ってきたモンスターの攻撃とは一線を越える、間違いなく当たれば致命になる一撃だ。

 だが、距離を取り落ち着いて観察すれば、それほど脅威ではないことに気が付く。ただ力任せに振り回しているだけ、灰さん達の攻撃と比べれば、子供が木の棒を振り回しているようなもの...隙だらけだ。

 僕は距離を詰めるそぶりを見る、オークがそれにつられて薙ぎ払う、僕の作戦通りだ。地面に倒れこんでしまうのではないかというくらい姿勢を低くし、攻撃を掻い潜れば目の前でオークが驚愕に目を見張るのが見え...勢いのままに首へと武器を突き刺す。

 急所を狙った一撃は狙い通り、モンスターの命を断ち切ったようだ、動かなくなった。モンスターを倒したことで、若干の気のゆるみが生まれた僕へとリリの「新手です!!」という言葉が突き刺さる。

 その声に反応して振り向くと同時に魔法で射貫く、いつの間にか漂っていた霧に紛れ、忍び寄っていたオークが灰になる。

 

 「ありがとうリリ...?リリ?」

 

 リリへとお礼を言おうとして気が付く、リリがいない。

 周囲を見渡そうとするもどんどん霧が濃くなり、広い草原はあっという間に見通しが悪くなる。リリの名前を何度も呼ぶが、返事は帰ってこない。

 まさかさっきの僕のように、オークが霧に紛れて近づいてきて、それから逃げる為に離れてしまったのだろうか。とりあえずリリを探そうと思い、走り出そうとするとこちらへと近づいてくる大きな影に気が付く。僕が騒いだ所為だろう、離れたところにいたオークに気付かれてしまったようだ。

 

 「こんな時に!」

 

 何匹かのオークを倒し終える。

 体は大きい、攻撃も強烈だ、だけど動きが遅く、隙が大きい。速さで相手の急所を狙う僕の戦闘スタイルなら、非常に戦いやすい相手だ。それほど苦労することもなく倒すことが出来るが、数が多い。

 リリを探さなければいけないのに。焦れながら次々と現れるオークを相手に戦い続けている僕の耳に、空気を引き裂く甲高い音届いた。何の音?僕が疑問に思うよりも先に、プツリと僕の腰元から音がして少し体が軽くなる。視界の端に僕のナイフがどこかへと飛んでいくのが見える、ほとんど無意識にナイフを目で追っていくと、飛んでいった先にリリがいた。

 

 「リリ!?」

 

 「さようならですベル様!ぼやぼやしていると潰されてしまいますよ!!」

 

 困惑の声を上げる僕へと別れの挨拶をすると、リリは後ろを振り向くこともせず走り去る。遠ざかっていくリリの背中へと、名前を呼ぶことしか僕にはできなかった。

 

 「リリ...どうして...」

 

 体から力が抜ける。そのまま座り込みそうになり...強く地面を踏みしめる。

 僕のするべきことはなんだ、気合いを入れなおし頭を働かせる。オークを倒す、リリを追いかける、そしてリリと話をする。なら弱気になっている暇なんてない。

 やるべきことを頭の中で並べれば、体に力がみなぎる。

 武器を構え、僕に近づくオークへと向き直る。

 こんなところで時間を浪費している暇はない。

 

 

 

 

 

 

 「クソッ!!数が多い!」

 

 思わず悪態をつく。

 オークと僕は相性がいい、簡単に倒せる。

 だが倒した端から新しいモンスターが現れる、どころではない。倒す速度がオークがやってくる速度に追いついていない、いつの間にか僕の周囲にはオーク集まり始めている。このままでは囲まれるのも時間の問題だ、どうする。囲まれてしまえば無事に切り抜けることは困難だろう、囲まれ切っていない今のうちに、多少の傷を覚悟して無理やりにでも包囲を切り抜けるべきか。

 リリに裏切られたショック、始めてきた10階層の慣れない環境、倒しても倒しても後から現れるオークたち、そして回し続ける頭。積み重なった疲労と、目の前の戦い以上に考えるべき出来事によって戦いに集中できない。僕はそのツケをすぐに支払うことになった。

 オークから距離を取ろうとして、灰になる途中のオークの死体に躓く。

 しまった!!

 

 倒れこんだ僕目掛けて、振り下ろされた木を転がり避ける。

 避けた先にも次々と攻撃が降り注ぐ。攻撃は避けられる、だが体勢を立て直す暇もない。このままでは...

 僕の脳裏に最悪の状況が浮かぶ。

 だがその時、霧を突き抜け大きな火球がオークへと叩きつけられた。

 火球はオークを魔石すら残さず焼き尽くし、そのまま地面に落ち爆発する。爆発と同時に吹き荒れた熱風は周囲の霧を吹き飛ばし、火球を飛ばした人物の姿を僕に見せた。

 

 「灰さん!!」

 

 「ようベル。なかなか大変みたいだな?まあ少し待て、オークどもを焼き尽くしてやるから一緒に帰る「帰りません!」...ふぅん?」

 

 「灰さん。僕は諦めていません」

 

 纏った鎧の重さを感じさせない、軽い足取りで近づいてきた灰さんはもう一度火球を放ち、周囲にいるオークの数を減らす。

 一緒に帰るぞと言おうとした灰さんの言葉をかき消すように、帰らないと叫ぶ。

 楽しそうに僕が何を言い出すのか見つめる灰さんへと、諦めていないことを断言する。僕はまだリリを見捨てない。

 

 「...リリルカ・アーデはお前を裏切った、裏切ってお前のナイフを奪って逃げだした。それでもまだあいつを信じると?」

 

 「リリは...僕はリリが本当に裏切ったんじゃないと思っています」

 

 灰さんは僕に現状を教え込むように、リリが裏切ったことを口にする。

 確かにそうだ、リリは僕のナイフを奪い逃げた、状況だけを見れば裏切ったとしか思えない。だが僕が握るこの武器がその考えを否定する。

 リリから借りたバゼラード、扱いやすく、オークとの長く激しい戦闘にも耐えた武器。僕のナイフ(ヘスティア・ナイフ)には及ばないものの、決して安物では無いことは確かだ。少なくともこれから裏切る相手へと、手切れ金代わりに渡すには高級すぎる。

 灰さんへと武器を見せながら語った僕の言葉を聞いた灰さんは、ヘルムの奥で愉快そうに僕の方を見ている。

 

 「あいつが何を考えていたにしても、あいつがお前を裏切ったのは事実だ...それでもあいつを信じると?」

 

 「はい。僕はリリを信じます。リリを信じると決めた僕を信じます」

 

 「ふ...ふふふ...あはははは。いいだろうオークどもは俺が引き受ける、お前はあいつを追いかけていけ」

 

 再び灰さんが僕へと問い質す。

 僕はリリを信じる、言葉にすれば体が軽くなった。そうだ僕はリリを信じると決めたんだ、それは変わらない。

 僕の言葉を聞いた灰さんは楽しそうに笑うと、話し込んでいた間に近寄ってきたオークへと火球を放ち、包囲網に穴をあけ、そこから僕にリリを追いかけるよう促す。

 灰さんへとお礼を言った僕は走り出す。リリ、今から行くからね。

 

 走る、走る、走る。

 戦いの後だ、息が苦しい、それでも走る。

 入り組んだダンジョンの中、今走っている道をリリが通ったという確証はない、それでも走る。

 リリが逃げてから時間が経っている、リリはとっくにダンジョンを抜けたかもしれない、それでも走る

 走りながら僕は、今朝神様へと語った言葉を思い出す。

 

 

 

 

 

 「神様、僕はリリを信じます」

 

 「ベル君!?正気かい?サポーター君は...」

 

 僕の言葉を聞いた神様は、髪の毛を逆立てて怒りを表現する。

 そのまま叫ぼうとするのを手で静止して、僕は言葉を紡ぐ。

 

 「リリはきっと神様達に出会えなかった僕なんです。

 弱い自分が嫌で、でも変わることもできなくて、弱いままじゃ生きていくために手段を選べなくて、そんな自分が嫌で。

 きっと僕も神様達に出会えなければ、そうなっていました。」

 

 「だから見捨てれない...と?」

 

 痛ましいものを見るような眼で神様が、僕へと問いかける。

 僕はそれに首を振る、確かにあり得たかもしれない僕の姿をリリに見出したことは、リリを見捨てたくない理由の一つだ。

 だけど見捨てれない本当の理由はそうじゃない。

 

 「寂しいんです。一人ぼっちで、誰も頼る人がいなくて、そんな時は苦しいんです。分かります、僕もそうだったから。僕が神様と出会った時そうだったんです。

 誰かが手を差し伸ばしてくれるのを、ありえないと思いながらも待っているんです。...僕はそんな人に手を差し出せる人でありたい。

 僕の夢は、僕の成りたいもの(英雄)はそんな時に手を差し出してあげられる存在です。

 僕はリリを見捨てません、僕はリリを見捨てられません。リリを見捨てて進んだ先に、僕の夢はないから。例え僕の夢が遠回りになったとしても、僕は寂しがっているあの子に手を伸ばしたい、助けてあげたい。

 それが神様達と出会えた、幸運な僕のするべきことだと、僕は確信しています。」

 

 そうだ、それがリリを見捨てない理由。

 寂しがっている女の子に、手を差し伸ばすこともできないのに、英雄なんてなれるわけがない。

 英雄に成るというのなら、リリを救って見せろ!

 

 

 

 

 

 「ベル様...」

 

 「リリッ!!」

 

 ダンジョンの中を走っている僕の耳に、弱々しいリリの叫びが届く。

 リリの名前を呼んだ僕が声の方へと走ると、リリがキラーアントに襲われている所だった。

 リリを護るために、僕は迷いなく切り札を使う。

 ファイアボルト!!

  

 

 

 

 

 

 

SIDE リリルカ・アーデ

 

 ベル様の名前を叫んだら、ベル様がやってきてキラーアントを討伐してくれた。

 最初は夢を見ているんだと思ったんです。リリに都合のいい夢。

 ベル様がリリを助けに来てくれる夢を、恥知らずなリリは見ているんだと。

 だけど夢のはずのベル様は、キラーアントの群れを倒し尽くしても、消えなかったんです。

 その時初めて気が付きました、このベル様は本物のベル様だと(現実だと)

 

 「どう...して、来たんですか。ベル様」

 

 「どうしても何も、助けに来たんだよ、リリ!」

 

 倒れているリリへと、ベル様は手を伸ばします。

 ベル様がリリを助けに来た。

 ベル様の言葉がリリの耳を通り、脳へとたどり着き...その意味を理解した時、リリが感じたものは怒りでした。 

 

 「なん...で、何をしているんですか!ベル様は!!」

 

 「えっ...?なんで僕怒られているの?僕リリを助けたんだよね?」

 

 リリの怒りの声に、困惑したベル様はたじろぎます。

 まさか怒られるとは思っても見なかった、と言いたげなベル様の姿が、より一層リリの怒りを煽ります。

 

 「何裏切り者を助けに来ているんですか!それともベル様は、リリがベル様を裏切ったことにすら、気が付いていないんですか!?」

 

 「いや、リリが裏切ったことぐらい気が付いてるよ!?」

 

 「じゃあどうして助けたのですか!」

 

 「えっと...リリがリリだから?」

 

 まさかとは思いますが、リリがベル様のナイフを取った事さえ理解していないのではないか、と危惧すれば、流石に気付いているよとベル様は返します。

 分かりません。

 裏切り者のリリを助ける理由なんて、ベル様にはないじゃないですか。本心を叫んだリリへの返答は要領を得ないもので、その言葉に感情的になったリリは、ただただ衝動のままに叫んでいました。

 

 「なんですかそれ、訳が分かりません。ベル様がリリの何を知っているって言うんですか!」

 

 「知ってるよ、灰さん達がリリについて調べたんだ」

 

 「じゃ、じゃあ知っているんでしょう!?知ったんでしょう?リリは助けてもらえるような人物じゃないんです!!」

 

 リリがリリだから?

 そんな言葉信じられません(ずっとかけてほしかった言葉です)

 リリが何をしたのか知らないから、(でもきっとリリが何をしてきたか)そんな言葉を口にできるんです(知られたら、見捨てられるのでしょう)

 そんなリリの捨て鉢の言葉に、ベル様は優しく答えました。全部知っているよと。

 そんなのおかしいです、リリのしてきたことを知っていながら、受け入れてくれるなんて。そんな都合のいいこと、起きるわけありません。

 でもベル様は優しく微笑んで、リリを抱きしめます。

 温かなぬくもりがリリを包みます。

 

 「寂しかったよね、辛かったよね」

 

 「なん、ですか...そんなの...で」

 

 「うんごめんね、もっと早く来てあげられたらよかったね」

 

 ベル様の大きな手がリリの背中をさすります。

 何度も何度も、リリを慰めるように、落ち着かせるように、褒める様にリリの体を撫でます。

 その手があまりにも優しいから、気が付けばリリは涙を流していました。

 

 「うっ...ふっ...えっ...」

 

 「うん、大丈夫、大丈夫。僕はここに居るよ」

 

 ベル様の優しい声がリリの耳に入っていきます。

 堪えようとした涙は止まらず、嗚咽をかみ殺すことすら出来ません。

 ああ、でもこれだけは何とか言葉にしなければ。

 

 「ご、ごめんなさい、ベル様。疑ってごめんなさい、騙そうとしてごめんなさい、裏切ってごめんなさい」

 

 「うん、大丈夫。リリがしたことで僕は傷ついていないよ」

 

 「ご、ごめん、ごめんなさい、ごめんなさ、うわああんー」

 

 身勝手な言葉です。

 勝手にベル様を疑って、勝手にだまそうとして、勝手に裏切って、勝手に謝っているのですから。

 それでもベル様は優しく受け入れてくれました。

 ベル様へと謝れたことで気が緩み、涙がまた溢れてきます。まだまだ謝らなければならないことがあるのに、ベル様に包まれてリリは泣き出してしまったのでした。  

 

 

 

 

 




どうも皆さま

なんか、凄いことになったぞ(文字数が)とか思いつつ書いていた私です

筆が乗った自覚はあります
リリをもっと可愛く書くんだよ、オラァ
ベル君をもっとかっこよく書くんだよ、オラァ
と脳内のヘスティア様が無茶振りしてきた自覚もあります
とりあえずはこれで許してください

この後おまけも投稿予定です
よっぽど伸びたりしなければ今日か明日には投稿できるでしょう
多分

それではお疲れさまでした、ありがとうございました
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