忍と灰と焚べる者と狩人とダンジョン 連載編 作:noanothermoom
終わった後に悔やむこと
何時だって後悔は後から来る
何をした所で逃げられない
だが、それでも、後悔の無い未来を願うことは間違いではないはずだ
後悔が無ければ成長できなかったとしても
「まったく、ベル君は...」
「お前が愚痴をこぼすのは勝手だがなヘスティア。お前もそろそろバイトの時間じゃあないのか?」
「え...?うわっ!!なんで教えてくれなかったんだよ!急がないと」
ヘスティア・ファミリア
先程飛び出していった
そんな彼らを見て、【廃教会】に残った
わざとしたくせに白々しい、と灰を睨む
「それが件の“べる”殿が【豊穣の女主人】で借りてきた本ですか」
「ただの本ではない。読むことで、人に眠る魔法の力を呼び覚ます特別な本。
「読んだだけで魔法が使えるようになる?そりゃあ正しく
置かれた本を眺める一行。
何気なく灰が本をめくる...が、困惑の声が漏れる。めくられた本の中身は白紙、何も書いていなかった。
たまたま何も書かれていないページだったのか?とめくり続けるが、どれだけめくった所で文字の一つも見つけることもできない。
どういうことだ?と何か知っているだろう狩人へと視線が集中する。
「魔術書は貴重なものだ。限られたスキルの持ち主のみが、時間と労力をかけてようやく出来る一品。
だが、市場に出回ることすら稀である真の理由は見たとおりだ」
「見た通り...と言われましても、何も書かれておりませぬよ?」
「...よもや、
狩人の言葉に首をかしげ、不思議そうな表情をする
九郎が漏らした疑問から、恐ろしい答えを導き出し、恐る恐る口にする
果たして、否定してほしいとの願いが込められたその言葉は、無情にも狩人によって肯定される。
「その通りだ。誰でも使える、作成する手間、魔法というものの価値。それらは魔術書の価値を押し上げる要因。だが、その最大の理由は一度使えば文字通り【白紙となる】点にある」
「...さっきも言っていたが、市場に出回るのも稀と言っても、値段の相場はあるんだろう?...どれぐらいになるんだ?」
頭の中で恐ろしい計算をいくつも進めながら、灰が口にした疑問への答えは二億。
そっかー二億かー、ヘスティアが買ったナイフも二億だし、ここの所二億って数に縁があるなー、なんて思わず現実逃避しかけた灰は、開かれた魔術書を見つめ「よし、
魔術書を護る狼と燃やそうとする灰の間に緊張が走るが、遊ぶなと狩人に睨みつけられ、灰は手の中に生み出した火球を握りつぶし、狼もまた魔術書を机の上に置く。
「事の本質は
「あん?これは【豊穣の女主人】の客が忘れ...そういうことか」
どこか緩い空気を切り替える様に狩人が挙げた問題に、灰はベルが語った出所を口にし問題を理解する。
そう、この魔術書は【豊穣の女主人】の客が忘れていったものをベルが借り受けた物。
それ故ベルが使って白紙となった以上、弁償する必要があるだろうと考えた灰は、燃やしてなかったことにしようとしたのだが、どう考えてもそれはおかしい。
魔術書。
市場に出回れば二億の値が付く貴重品を忘れていく、などありえるのだろうか。
むしろ、その客はこの本が魔術書であると知らないままに、忘れていったという方がまだあり得る。だがそれもおかしい。
魔術書であると知らないまま、一体何処でこの本を手に入れたのか。
当然ながら、何かしらの事情で未使用の魔術書を手放すこと自体は起こり得るだろう。だが、その場合でも、魔術書であると宣伝した方が高値で売れるのだ。魔術書であることを隠し、わざわざ安値で取引する必要などない。
或いは魔術書はその希少性から偽の魔術書が出回っており、そのうちの一つだと思ったということも考えられる。
だが、そうだとしても決して安くはない買い物のはずだ。それを中身も確かめずに、偽物と決めつけ忘れていく?
これもおかしい。
だが、狩人が言いたいことは忘れ物という点がおかしい、ということではない。
この魔術書をベルが【豊穣の女主人】から借りたという点だ。
元々、灰達がダンジョンから地上へと戻ってきて、ベルと行動を共にし始めた頃に、感じた奇妙な視線。
その視線の関係者として【豊穣の女主人】と、そこの従業員であるシルを怪しんでいた狩人からしてみれば、露骨に怪しい。
「確かに、ベルに興味のある神が【豊穣の女主人】を通して、ちょっかいをかけてきたと考えるほうが普通か」
「とは言えどうする?実害を受けたわけでもないのだぞ?」
神によってちょっかいをかけられた。
そう考えれば、忘れ物の魔術書というのも、ベルへと魔術書を渡す為の小芝居として納得できる。
とは言えどうするのか?無言で腕を組んでいた
ある意味
そのことは焚べる者も自覚しているのだろう、小さく「まあ殴り掛かる理由なんてどうでもいいと言えば、どうでもいいが」と付け加える。
ヘスティア・ファミリアの
ヘスティア・ファミリアの中でも最も神を嫌い、同時に最も無慈悲な人物である。
とりあえず、狩人の出方を窺いつつ、どうするか話し合おうと無言のまま考えが一致した一同の耳に、信じがたい言葉が飛び込む。
「...無用の手出しをこれからも続けるのであれば敵対するものとみなす。そう警告するべきだろう」
「へ?」
「なんだその目は、何か言いたい「ならば私が【豊穣の女主人】に弁償代を持っていくついでに、警告しよう。異論は?」...ないが」
狩人が出した提案は異常なものだった。無論ヘスティア・ファミリアにおいて異常という意味だが。
ヘスティア・ファミリアにおいて異常ということは、常識的な提案ということだ。だが、常識的な提案が狩人から為されるということ自体が、異常であり思わず灰の口から気の抜けた声が漏れる。
狩人は灰をじろりと睨みつけ、怒りを露にしようとするが、その言葉を塗りつぶすように焚べる者が【豊穣の女主人】へと行くことを提案する。
誰からも異論が出ないことを確認した焚べる者は一足先に出発し、少し遅れて
ただ一人【廃教会】に残った九郎は
「“べる”殿、私は何もできませぬ。ですが、願わくば、後悔無き選択を」
SIDE 絶望を焚べる者
「それは受け取れないね」
「...なんと。理由を聞こう」
「簡単な話さ。冒険者なら、自己責任さ。あんたらに責任はないんだよ」
【豊穣の女主人】の店主ミアへと魔術書の弁償代を渡そうとするも、突き返され思わずなんと、と間抜けな声が私の口から洩れる。
理由を尋ねれば、
かつてはフレイヤ・ファミリアでも、有数の冒険者だったという噂はあながち嘘でもないようだ。
現役を引退してからもう長いだろうに、現役の冒険者である私を圧倒すらするその気迫に感心する。
客として来る
自身もまたミラのルカティエル商会のトップをしているが、商人としては彼女の方がはるかに上だろう。
どれだけ言葉を連ねた所で受け取ってもらえないようなので、持ってきた袋を収め店を後にする。
【豊穣の女主人】
うまい飯と、店員達の美しさで有名な店であるが、その店員達は皆何かしらの事情があってこの店に流れ着いた者が多い。
外見に騙され、スケベ心を出した客が痛い目を見た、という噂が絶えない店でもある。
道を歩きながら、ふと思う。
彼女は一体どんな理由があって、あの店を始めたのだろうか。
ヘスティア・ファミリアの仲間達の中でも、自身のみがその旅の終わりへと至らなかった。
自身はそれでいいと思っている。ある時は
灰の様に
だからこそ、旅を終わりにした時何を思ったのか、何が見えたのかが気になる。
現役を引退し、後続が冒険するのを自身が手を出すことなく、ただ見ているだけというのはどのような気分なのだろうか。
生涯現役を掲げる自身には全く分からない。...そう思っていた。
だが、ベルという後輩が出来たことで少し変わった。
初めてだった、誰かの旅路を応援したいと思ったのは。
そんな彼がした決断を思い、良い報いが帰ってくるように祈る。
「ベル・クラネル。お前はどの道を行く?願わくば、後悔無き道を」
SIDE 火の無い灰
「信じる、信じると来たか。くくく...」
ダンジョン10階層。
霧に包まれた草原で俺は一人笑う。
らしくもない、嘲りでは無く愉快さから。
こりゃ不味いと思い助ければ、それでもアーデを信じるという言葉がベルの口から出た。
リリルカ・アーデは生まれるべきでは無かった。
とまで言えば、言い過ぎになるかもしれないが、自身の率直な意見だ。
あいつは生まれた時から親にも見捨てられた存在だ、それは成長した今も変わらない。
生き抜くためにした盗みは、周り巡って今アーデの首を絞めようとしている。
それに同情はしない、当然だろう。
もし、
もし、狩人に近づいて来たのなら、その
もし、狼に近づいて来たのなら、裏切った時点で殺されていただろう。
リリルカ・アーデは死ぬべくして死ぬのだ。
死ぬべきだ、と考えているのは俺達だけではない。
ギルド、エイナ・チュールも同じ考えだ。
エイナは俺達に情報が渡ることを理解しながら、九郎へと情報を渡した。
無論、渡された情報は、俺たちが調べた情報と比べれば浅い、渡しても問題が無い情報ではあった。
だが、その情報だけでも俺達がアーデを殺そうとするには十分なことを、長い付き合いでエイナには分かっていただろう。
死ねばいいとまでは、思ってはいないだろう。
だが、最悪リリルカ・アーデが死ぬことを許容したのだ。
ギルドはリリルカ・アーデの死を許容したのだ。
生まれた時から親に見放され、自身の行いで冒険者から恨まれ、遂にはギルドですら見捨てた。
ファミリアに、冒険者に、ギルドに、つまりは
だが、ベルは見捨てなかった。
裏切られ、盗まれ、それでもなおリリルカ・アーデを信じると言い切ったのだ。
ベルが駆けていった方向を見る。
オークへと投げつけた【火球】によって散らされた霧は、いつの間にか集まり、その先を見通すことはできない。
だが、仇討のつもりか、派手に暴れたからか、オーク共が俺目掛けて集まっているのは分かる。
ベルへとオークは俺に任せろと言った手前、こいつらを放っておく訳にもいかないだろう。
ソウルの中から捻じれた大剣、火継ぎの大剣を取り出し、地面に突き刺す。
僅かに燻ぶるだけだった火球の残り火は、大剣の力によって再び勢いを取り戻す。
警戒することなく近づいて来ていたオーク共が、火ダルマになり苦痛の声を上げる。
遠くからでも見える、その火を目掛けてやってくるオーク共を見て笑い小さく呟く。
「ベル、お前の決断の結果はどうなる?願わくば、後悔無き結果を」
SIDE 狼
「糞、糞ッ、ク...ガッ!!」
「...御免」
ダンジョン9階層。
その中にある通路の一つを、悪態をつきながら走り続ける男ゲド。
その隙だらけの背中に忍殺を決め、小さく手を合わせる。
自身が殺されたことにも気が付かなかったのか、それとも気が付いたからなのか、怒りで歪んだその顔を見る。
その死にざまに同情はない。
この男は自身が望むままに復讐をし、人を見る目が無かったがゆえに裏切られた。そして運の無さが故にその命を落とした。
復讐を望まなければ、頼るべき相手を間違えなければ、自身の運の無さを自覚すれば、死ぬことは無かっただろう。
だが止まることは無く、故に死んだ。
殺し、奪い、戦う。所詮
だからこそ、命を奪う際に一握りの慈悲だけは忘れてはならない。
ベルへと教えた、義父より教わった教えを今一度心に刻む。
ベルは未だこの言葉の意味を理解していないだろう。
だがそれでいい。今は道を間違えたのなら、俺等が戻してやれる。
いつか道に迷った時、進むべき道への導きとして、この言葉を思い出せばそれで良い。
ベルの迷い無き瞳を思い出す。
今はベルは迷っていない。ただ、目の前にある道を真っすぐに突き進んでいる。
その、迷いない姿は僅かに眩しい。
最早俺には、迷い無きあの目は出来ないだろう。それでいい。自身が信じる物は、
例え報われていないと思われたとしても、例え自身の命すら失ったとしても。
主へと全てを捧げた己が人生に後悔などない。
ベルもそうであればいいと思う。
ベルの夢がかなわなくとも、ベルの行いが報われなかったとしても。
狼の姿が消え、死体だけが残った通路に小さく言葉が残る。
「...願わくば、後悔無き行動を」
SIDE 月の狩人
「がぁぁ!!」 「糞!糞ッ!!」 「俺の...俺の足が!」
ダンジョンの9階層のある通路。
私が放った貫通銃はその名の通り、リリルカ・アーデを嵌めた冒険者カヌゥと、その取り巻きの足を貫いた。
苦痛と怒りに歪んだ表情は、影から現れた私を見ると同時に恐怖に染まり、怒りの声は恐怖の悲鳴に変わった。
獣だ。
私の深い所から、苛立ちのような、叫び声のような、歓喜のような声がする。
獣だ、獣がいる、獣を殺せ、獣を潰せ、獣を狩れ。
煩いその声を抑え込み、倒れ伏す男達を眺める。
欲に溺れ、他者を傷つけ、そのことを後悔もしない愚かしい存在。
まごうことない獣だ。
人は容易く獣になり、獣は変わらない。それがヤーナムでの一夜に学んだ真実。
「どうしたいのだろうな私は。...私はアーデを見逃すことにした。アーデが変われるのだと信じた、否信じたかった。だが同時にお前たちのような獣を見ると、それでこそだとも思う」
口から零れた独り言。
そうだ、私はアーデを見逃そうとした。
これまでの私ならば、あいつの生まれを、為したことを、考えを知れば獣だと断じ、狩るべきだと判断しただろう。
だが、心のどこかで、もしかしたら違うのかもしれないと小さな声がした。いや、声はずっと聞こえていた。
「勝手に人を護ろうとするお前は何者だ?」
【怪物祭】が終わった後、怒りを露にした私に向かって灰が投げつけた言葉を聞いてから、ずっと声がした。
人は信じられない。
護るべき人が獣になり、人を護るために人を狩り続ける。
呪われた身にふさわしい、終わらない悪夢。
だが、この世界は違うはずだ。
この世界は、オラリオは、この世界の住人は、呪われたヤーナムとは違うはずだ。
獣にならない、獣から変われる。救いのある世界のはずだ。
...だが、ならばあの古都には救いは最初からなかったのか?
上位者の子を孕んだ娼婦にも、気が狂った血の聖女にも、私を息子と間違えたあの気難しい老婆にも、特別な知恵があると嘯いたひねくれた男にも、私を友と呼んでくれた盲目の男にも、人であるままに死ねることを救いとした病人にも...私を獣狩りと呼んで希望を託したあの少女にも。
何をした所で、何も変わらなかった。何をした所で、赤い月が昇れば気が狂った。どれだけやり直しても、どんな道を選んでも、行き着く先は狂気と絶望。私のしたことで結果は変わらなかった、私がどのような選択をしようと結果を変えることはできなかった。
それでも、それでも、最初から彼らに救いが無かったなんて...あんまりじゃないか。
「何がしたいんだ、何なんだよ!」
「...その言葉に答える気はない」
深く思考に沈んでいた間に、混乱から立ち直ったようだ。男達は囀っている。
煩い。
考え続けている思考を頭の隅へと追いやり、夢から武器を一つ取り出す。
「何なんだよそれ...なんだよそれ!!」
取り出した武器を見て、上がった疑問の声は仕掛けを作動させることで、恐怖に上ずった声へと変わる。
ローゲリウスの車輪。
かつて、ローゲリウスと、彼が率いた処刑隊がカインハーストの穢れた血族をひき潰すのに使った車輪。
ヤーナムの穢れた狩人たちは、車輪が未だ纏う血と怨念すらも獣を狩る為の力とした。
悍ましい仕掛け武器は数多くあるが、その中でも1,2を争う武器だろう。
タロットにおける車輪とは、運命、抗うことの出来ない大きな流れを意味する。
ならば、どうしようもない流れに巻き込まれたこの獣たちを狩るのに、これほど似合う仕掛け武器はない。
通路に響く苦痛の悲鳴の中、ベルの選択を思う。
選んだ選択に、正解は無いのだろう。だが、願わくば...
「願わくば、後悔無き答えを」
どうも皆さま
今年の更新は終わったと言ったな?あれは嘘だ...私です
いや、話を書いているうちに、これ今年中に投稿して新年からは新章を始めた方が切りがいいな?と思いまして
計画性が全くないから今年も残りわずかだというのにこんなことになるのです
どうやら日間ランキングに乗ったようですね
何の通知もないので急に評価やUAが爆増してビックリしました
お気に入り数600を超えましたありがとうございます
お礼というにしては何ですが
前々回時間軸における灰達の動向を小説にしました
前話の後書きにも書きましたが
この小説が続くのも読んでくださっている読者の皆様のおかげです
来年も私noanothermoomとこの小説をどうぞよろしくお願いします
それではお疲れさまでした、ありがとうございました