忍と灰と焚べる者と狩人とダンジョン 連載編 作:noanothermoom
物体或いは存在が持つ他の物に干渉する能力
どれだけ崇高な理念があろうとも力を伴なわなければただの夢想に過ぎない
だが何のために力を振るうのか力を得る前によく考えることだ
得た力を無くすことは或いは力を手に入れる事よりもなお難しいのだから
「リリ、逃げて...逃げろよ!!」
「う、うわああああぁぁぁん!!」
ベル様の言葉に背を押されるように、リリは走り出しました。
背後からはベル様がミノタウロスと戦っている音がします。
ですがリリは振り向きもせずに逃げるのです。
「はあ、はあ、はあ...」
どれくらい走ったでしょうか、今どの道を通っているのかも分かりません。
ですが、止まるわけにはいかないのです。だってリリは...
ベル様を見捨てて逃げ出しましたものね。
しょうが...ないじゃ...しょうがないじゃないですか!相手はミノタウロスですよ!相手になる訳ないじゃないですか!!
ふ~ん、そうなんですね。ベル様の傍を離れるくらいなら死んだほうがましだとか言っておきながら、強いモンスターが出てきたら逃げ出すんですね。
ち、違います。リリはベル様に言われたから...
だからベル様を見捨てたんですよね。
あのお優しいベル様を。
だって、ベル様が...
そう、ベル様はお優しいですから。あなたみたいな役立たずの小人族がそばにいたら心配で戦えませんものね。
それで?あなたは何をしているんですか?お優しいベル様を見捨てて、無様にダンジョンの中を這いずって。
ベル様とダンジョンに潜るようになったのに何も変わってない。冒険者サマを嵌めて居た頃と何が違うんですか?
違いますリリは...もうあの頃のリリとは違うんです。
何が違うんですか?冒険者サマに媚を売って、お金をかすめ取って、危険が迫れば自分だけ逃げだす。そしていつも言い訳するんです「しょうがないじゃないですか、小人族だから、弱いから、だからしょうがない」と。
なんなんですかあなたは、なんでそんなことリリに言うんですか。
分かっているんでしょう?
私は
あなたはいつもそうです、分かっているのに目を逸らして何もしない。
そんなんだからこうなるんですよ。
声の主がリリの前に立ちます。
被っていたフードを取ると、そこには醜く歪んだリリの顔。
そして、その背後には血に塗れて倒れているベル様の姿が...
「嫌ああああああああ!」
「はっ...い、今のは...夢...?」
絶望の声を上げ、ベル様へと駆け寄ろうとしたところで目が覚めます。
心臓は早鐘の様に鼓動を刻み、体中汗でぐっしょりです。
ですがそんなことが気にならない程に、先ほどの夢はリアルでした。
「なんて悪夢...」
ですがどれだけリアルであったとしても、今のは夢です。
実際には、ベル様はミノタウロスに勝利しました。
ベッドにもう一度寝転がり、見覚えの無い天井を見上げます。
...悪夢を見たのは寝ている場所も関係があるのかもしれませんね。
今リリがいる場所は、宿屋ではありません。
ヘスティア・ファミリアの
それがリリの寝ている場所です。
ロキ・ファミリアの遠征隊にベル様を助けてくれるよう懇願した後、リリは気を失ってしまいました。
気がついた時にはすべてが終わっており、灰様達の手によって
リリは帰ろうとしたのですが、ヘスティア様から「モンスターに襲われたんだし、ゆっくりしなよ」と引き留められ、灰様達からも「頭を怪我していたから、下手したら死ぬぞ」と脅されたこともあり、地下室に使っていないベッドを運んでもらいそこで寝ていたのです。
こんな悪夢を見た時はさっさと寝なおすべきだと布団をかぶり目を閉じます、ですが...
それで?あなたは何をしているんですか?
そんなんだからこうなるんですよ。
夢の中のリリに言われた言葉が頭を離れません。
今回の出来事で、ベル様は見事自身にとってのトラウマであるミノタウロスを倒しました。
...ではリリは?
無様に逃げることしかできず、出来たことと言ったら
間違いなくベル様は凄い冒険者になります。
どう考えても、ソーマファミリアでよく見た、力で他人を虐めるだけの
かつてのリリならきっと生きている世界が違うのですとひねくれた目で見て忘れようとするでしょう。
ですが今のリリは違います。だってリリは...ベル様の...
考えている間に眠りがリリを誘い始めます。
どうか安らかな夢を、眠りの中でくらい安寧をリリにください。
いつしか祈ることもしなくなった、幼いころからの祈りが頭をよぎります。
ですが今のリリが願うのは力。ベル様と肩を並べるに足る力です。
その為ならばなんだってします。
覚悟を決め、眠りに身を委ねました。
僅かに床が軋む音でリリは目が覚めました。
体を起こし周囲を見渡すと、やっちまったと言わんばかりにヘルムの目元に手を当てている灰様と、そんな灰様を睨みつけている狩人様を見つけました。
「起こしちまったか?昨日あんなことがあったんだ、もうちょっと寝ててもい「お願いです!リリを鍛えてください」ええ...」
灰様の言葉を遮り、ベッドから飛び降りるようにして額を床につけ両手を額の脇に添えます。
極東に伝わると言う究極の懇願のポーズDOGEZAです。
灰様と狩人様、お二人が困惑しているのが見なくても伝わってきます。
「どうかお願いします。灰様、狩人様。リリを鍛えてください」
「あー、えっと?とりあえずおチビ?頭を上げろよ」
リリが顔を上げると、お二人とも困ったような表情をしていました。
当たり前でしょう、いきなり頭を下げられたのですから。
おまけに頭がじんじんします、ひょっとすると今ので昨日の傷が開いたかもしれません。
寝ていた人を起こしたと思ったら、頭の傷が開く勢いで頭を下げられた。
流石に灰様達でも困惑します。
ですが、困惑しながらもリリへと訳を聞いてきます。
「どうした急に。...ひょっとして昨日のことが原因か?気にするなよ、ミノタウロス相手にLV.1の冒険者が出来ることなんてないのが普通なんだから」
灰様の言葉が突き刺さります。
確かに、ミノタウロス相手にLV.1の冒険者が出来ることなんて何もありません。
ベル様に庇われて何もできないまま逃げたことは、ミノタウロス相手に生き延びたと褒められることはあっても、責められることは無いでしょう。
ですが...
「ですが、リリはベル様のサポーターなんです。
リリはベル様に守られるために、ダンジョンに潜っているのではありません。
ベル様を守るためにダンジョンに潜っているのです。
再びベル様に誘われた時に決めたのです。
二度と弱いからという言葉を言い訳にしないと。
小人族だから、女だから、LV.1だから。今までリリはいろんな言い訳をしてきました。
ですが、もう言い訳をしないのです...したくないんです。
だからリリは強くなります、その為なら悪魔に魂だって売ります」
灰様を見つめ言い切ります。
ヘルムの隙間から見える灰色の瞳が大きく開き、そして細められました。
「ふ、ふふふ。なるほど、じゃあ悪魔としては鍛えてやらん訳にはいかないな」
「灰!!」
楽し気に灰様が笑いだし、そんな灰様を咎めるように狩人様が叫びます。
...今更ながら、リリの先ほどの言葉は灰様達を悪魔だと言ったも同然だと気がつきました。
謝るリリへと灰様は「気にするな、俺なんぞ悪魔とそう変わらん。だからまあ、魂を売るなんて言うなよ。不死者相手にはジョークにならんぞ」と笑いをこらえきれない様子で言います。
「灰!まさかお前ソウルの業を教えるつもりか!?
分かっているのか。相手はリリルカ・アーデだ。お前はこいつを異端にすると言うのか!!」
「それをおチビが望んでいるんだ。そうするべきだろう?」
リリも噂には聞いたことがあります。
ヘスティア・ファミリアの冒険者達は異端の力を持っている。その力は未知を好む神すら忌避する、悍ましい力だと。
それがソウルの業でしょうか。
ですが、その力がベル様をサポートする力になるのなら何だっていいです。
その力を授けてもらえるのなら何だってします。
また床に額を付けるリリの上から、お二人が言い争っている声が聞こえます。
「大体、ソウルの業を使えるようになった者はいない。真実使えるようになるか分からないんだぞ!?」
「だからこそだ。こうしておチビが志願してくれているんだ。仮定に過ぎなかった理論を試してみるチャンスだろ?」
「その結果がどうなるか分からないと言っているんだ。何も起きないのならば、力が得られないだけならば良い。だが、最悪...」
「狩人。お前は随分怒っているがな。お前が怒っているのは、俺の行動が原因か?それともその相手がリリルカ・アーデだからか?どっちだ」
「...っ!!」
狩人様が息をのむ音がします。
その音につられて顔を上げると、狩人様はマスク越しにでも分かる位何かを耐えるように食いしばっています。
お二人の言葉を聞く限り、リリにソウルの業を教えることに灰様は前向きなようで、狩人様は反対しているようです。
「リリはどうなってもお二人を恨みません。それにリリはいつかヘスティア・ファミリアに
「だ、そうだぞ?どうするんだ狩人。
お前が何もしないと言うのなら、失敗する可能性が高くなるだけだぞ?」
「...っ!!五分後だ、五分後に私の部屋に来い」
狩人様は吐き捨てるように言い、自分の部屋へと戻っていきました。
怒らせてしまったのでしょうか。
ですが今のリリには手段なんて選んでいられないのです。
灰様は「逃げたなあいつ...まあいいか。狩人の後、俺の部屋に来いよ」と言った後、自分の部屋の方へと歩いていきます。
「そろそろ時間でしょうか...まずは狩人様の部屋ですね」
荷物の整理をして、しばらく時間を潰した後、狩人様の部屋へと続く扉の前に行きます。
【狩人の部屋】とシンプルなネームプレートがかかっている周囲の壁と雰囲気の違う扉。
意を決して、扉のノブに触れます。それと同時にリリを眩暈が襲い、立つこともままなりません。
上も下も分からず、思わず目を閉じ...気がつけばしっとりと濡れた石畳に倒れていました。
...今更と言えば今更なのですが、明らかに灰様達の
灰様と焚べる者様の灰しかない部屋もそうですが、狩人様の部屋に至っては月まで浮かんでますよ!?地下空間どころの騒ぎじゃないです。
まあ、これも灰様達の力によるものらしいですしね、しょうがないです。
起き上がって月を見上げていると何か引っかかるものがあります。
...あの月何か違和感があるような?
異常なまでに大きく、明るいですがそれだけじゃない...空に雲がかかっているのによく見えすぎているような...
いや、それこそ今更ですね、部屋の中に昇っている月というだけで違和感しかないです。
と言いますか違和感というのならば、この部屋全て違和感しかありません。
妙にしっとりとした空気、空に浮かぶ月、そして無数の墓石。
本当になんで狩人様はこんな部屋を創ったのでしょうか。
リリが墓石の一つを眺めていると、視界の端に何かがよぎりました。
「ッ!?」
はっきりとは見えませんでしたが、驚きそちらへ振り向くとなにもありません。
気のせい...でしょうか。
何か白いもの──それこそ月明かりに照らされて、はっきりと暗闇に浮かび上がっていました──がゆらゆらと揺れていたような...?
墓石から離れて何かが見えたあたりを探しますが、何もありません。
先ほど見えた
子供よりなお小さな人型の乾いたミイラのような何か。
しっかりと見えたわけじゃないです。
それでも瞼の後ろから消えてくれないそれに、あえて明るく笑い飛ばそうとしました。
「いや、月に照らされた墓場だからってオバケに怯えるなんて...ハ、ハハ」
「来たか...」
「わひゃっ!!...狩人様ですか」
その途端後ろから声が聞こえて思わず叫びます。
震える膝を抑えながら後ろを見れば、狩人様が呆れたようにこっちを見ていて、その手に握られた松明が揺れながら周囲を照らしていました。
その灯りに照らされて、周囲に干からびたミイラのような置物が置かれていることに気がつきます。
え...つまりリリは、月の下の墓場に怯えて置物をオバケと見間違えたと...?
なんと言うかひどいです。
あんまりにもあんまりな醜態に蹲りたくなります。
ですが狩人様は「行くぞ、ついてこい」とだけ言って先に進んでいきます。
おいて行かれないようにその背を追いかけると、小屋が見えてきました。
「そこの椅子に座るといい...確かこのあたりに...」
「あっはい。ありがとうございま...に、人形!?」
「...人形ちゃんがどうかしたか?」
小屋に入った狩人様は何かを探しながら、座るように言います。
その言葉にありがたく座ろうとして、床に直接座っている人影に度肝を抜かれます。
ですがよく見れば、投げ出された肢体には球体の関節があり、2
なるほど、ベル様が「狩人さんの部屋で大きな人形を見たけど、あれはびっくりした」と言っていましたが...
ただ大きいだけでは無く、細部までこだりを持って作られた人形。
それも人形そのものだけでなく人形が身に着けている装飾一つ見ても、細かな造りになっていて、作った人が注いだ愛が垣間見えます。
愛と言いましたが、それは最早偏執的とすら言ってもいいでしょう。
狩人様はそんな人形を人形ちゃんと、普段の様子からは想像もできない呼び名で呼んでいます。
正直な話、無数のツッコミどころがありますが、むやみに首を突っ込むべきではないでしょう。
リリが「何でもありません」と言えば、「そうか?」と言いながら狩人様は陶器のカップを机の上に並べます。
カップの中の赤色の液体に一瞬怯みますが、立ち上る香りから中身が紅茶であることに気がつきます。
「紅茶...ですか?」
「まずは紅茶でも飲んで落ち着くと良い。人形ちゃんが紅茶にはまっていてな」
言われるがままに冷める前に一口飲みます。
ふわぁぁぁー。
感嘆の声が漏れます。
立ち上る香りから分かってはいましたが、非常に良い香りです。
「どうだ?と聞かなくともその表情で分かるな。茶請けもある、クッキーだ。これも人形ちゃんが作った物だがな」
「いただきます」
いつの間にか狩人様がお皿を持っていました。その上にはクッキーが並んでいます。
口に入れると優しい甘さが広がり、そこに紅茶を飲むと僅かに残った甘さを流しながら口の中に香りが広がります。
思わず我を忘れてクッキーとお茶を堪能しそうになります...が、そんなリリの姿が狩人様の瞳に映っていることに気がつき、自重します。
「そ、それでこれからどうするのですか?」
「すでに訓練は始まっている」
えっ!?
狩人様の言葉に目を見開きます。
すでに始まっていると言われたって、リリはお茶をしただけです。
どういうことなのかと首を傾げていると狩人様はさらに続けます。
「訓練であり、試しであり、試練であり、退路を断つ為でもある。
笑いたければ笑え。私は結局のところ灰の問いに答える言葉を見出すことが出来なかった。
故にその答えをお前に託した。だが...リリルカ・アーデ、お前の言葉に偽りは無かった。ならばお前の覚悟に応えるべきだろう」
灰様の問い?
狩人様の怒りの理由が、灰様の行動にあるのか、それともその対象がリリであるからか、というあれでしょうか。
...ちょっと待ってください。
狩人様は右手にカップを、左手にクッキーを持っています。なのに更に手のひらに頭蓋骨のような物を持っています。
おかしいです。両手はふさがっているはずなのに、何度見ても狩人様は三つの行動を同時に行っています。
いえ、狩人様に腕が三つあるのです。
異常な姿に声を出すこともできずにただ見つめることしかできません。
リリの瞳を通してその奥にある脳に何かが入り込んできます。
ズゴゴゴゴ
地鳴りのような音が聞こえます。
世界が歪みます。
いえ、今ならわかります。
リリが歪んだ世界を見ていたのです。
歪められた世界が元に戻っているだけ。
「お客様、紅茶のおかわりは如何ですか?」
人形が、いえ人形ちゃんがリリに話しかけてきます。
球体の関節を動かし、滑らかに動いています。
「ヴェヴェヴェ」
「客人の前だ、控えろ...と言っても聞かないだろうな。これだけだぞ?」
机の上に干からびたミイラのような小さな人影が見えます。
【使者】
脳に入り込んだ
【使者】に話しかけている狩人様は服装こそ普段のそれですが、袖口からはぬらぬらと濡れた触手が覗き、頭部はまるでブロッコリーかカリフラワーのような植物を思わせる形をしています。
何よりどこにあるのか分からない口から出た言葉は聞いたこともない物でありながら、それが何を言っているのか直接脳内に刷り込まれるような感覚と共にその内容が伝わってきます。
「うえ、ぎぎぎ...がぁぁぁ」
理解しがたい感覚。
これまで想像したこともない概念を直接脳みそに注ぎ込まれるような感覚に、口から意味の無い言葉が漏れます。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
脳内を虫が這いまわるような感覚と、瞳を通して見える醜悪な世界に耐え切れず、目を閉じようとします。
「うちに閉じこもろうとするなアーデ。逃げ場のない狂気に呑まれる。
...そのままでいるつもりならば鎮静剤を口に突っ込むぞ」
「そ、れ...だけはごめん、です」
しかし狩人様から目を開けるように言われ、更にリリの鼻に濃厚な血の匂いが届き目を開けます。
目に入ったのは狩人様です。
先程までの異形の姿では無く、人型の狩人様がこちらを見ていました。
いつもならばその瞳にリリの姿が映っている事実に落ち着けなくなるのでしょうが、今だけは見慣れた姿に心が落ち着いていきます。
「はぁ、はぁ、はぁ。い、今のは一体...」
「無事啓蒙を得たようだな」
頭を抱えるようにして何とか情報の濁流に耐えていると、急にその勢いが弱まりました。
荒い息のまま何が起きたのかと思っていると狩人様が言います。
啓蒙?
「啓蒙。ヤーナムの冒涜者どもが神秘を知る為に求めた、脳に啓いた瞳、その萌芽。
だが、その本質は人の持つ偏見、思い込みを無くし、ただあるがままの世界を見る力だ」
「あるがまま...」
「その通りだ。お前はこの部屋に入り、月を見た時に気がついたはずだ。
だが、そのことに気がついたとしてもお前の月が雲よりも前にあるはずが無いという思い込みにより、世界は歪められ僅かな違和感のみが真実へと導く道標となった。
【使者】も人形ちゃんも、お前が気がつく前からお前の周りにいた。
だがお前は【使者】など存在するはずが無い、人形が動くわけがない、と思い込み、故にお前の見る世界では【使者】は存在せず、人形ちゃんは動かなかった」
狩人様の言葉は難しいです。
ですが、リリがかみ砕いて理解できたことを纏めると、狩人様は世界をありのままに見ることの出来る力【啓蒙】をリリに授けようとしていた、そしてリリが啓蒙を得たことで【使者】や人形ちゃんを認識できるようになった、ということでしょうか。
狩人様は続けます。
「見るということは知るという事、知るという事は理解するという事。そこに思い込みを持ち込まなければ、人は更なる知恵を得ることが出来る...少なくともヤーナムの冒涜者共はそう思っていた。
それが真実であるのか否かは重要ではない。
今重要なことは、啓蒙を得たお前は世界より更に情報を受け取ることが出来るようになったという事。
今のお前ならば、私達がベルへとかけた秘匿も容易く破ることが出来るだろう。所詮はあれも人の思い込みを利用した物だからな」
「ベル様の秘匿?」
リリの疑問に答えた狩人様によると、リリが最初ベル様を灰様達の後輩であると認識できなかったのは、灰様達の力。由縁隠しの秘匿と呼ばれるものの影響だそうです。
灰様達の後輩と言われた時に思い描いた姿と、実際の後輩の姿つまりベル様の姿にあまりに違いがありすぎるせいで、共通している点があるにもかかわらず、その可能性を否定する。無意識下での脳の働きをより強める物であり、ベル様が灰様達の後輩だと周知されていけば、その力は失われていくそうです。
「啓蒙を得た今ならば、ダンジョンの中での危機を見逃すことなく
そう話を締めくくった狩人様の言葉に思い出します。
そうです、リリはソウルの業を教わる予定なのでした。
ですがリリが授かったのは【啓蒙】。一体どういうことなのでしょうか。
狩人様は説明するつもりが無いようでさっさと次の試練、灰様の所へ行けというだけで、何も語ろうとしません。
【啓蒙】も秘匿しようとする狩人様から情報を引き出せるわけではありません。
...意外とこの力使い勝手が悪いですね。
閑話休題。
リリはこちらへと手を振る人形ちゃんと【使者】達に別れを告げ、狩人様の部屋を後にします。
啓蒙を得た今のリリにはこの扉も理解できます。
...非常に馬鹿みたいな感想になりますが、この扉とんでもなくとんでもないものですね。
いや、馬鹿みたいな感想だというのはリリも思うのですが、今のリリにはそう表現することしかできないのですよ。
本当にポンと地面なんかに置いておいていいものじゃないですよこれ。
そんなことを思いながら、扉に触れます。
世界の移動とそれに伴う眩暈に酔いそうになりながらも、確かにリリの耳は狩人様の声を捕らえました。
「リリルカ・アーデ、お前の目覚めが有意義なものであることを願っている」
「次は灰様の部屋ですか...」
リリの目の前には【灰と焚べる者の部屋】と書かれたネームプレートが下げられている扉があります。
狩人様の部屋への扉の時も思ったのですが、ネームプレートそのものが割とありふれた物の所為で逆に違和感が凄いです。
扉に触れると同時に、再び眩暈がリリを襲います。
そして閉じていた眼を開ければ、一面の灰景色。
「さて...灰様はどこに」
「呼んだか?」
ちょっとびっくりしました。
何時からと問えば最初からと返ってきます。
なんと言いますか、力を手に入れてもその使い方を熟知して居なければ意味が無いのですね、と当たり前のことを心の底から思います。
どんな力を手に入れても灰様相手には勝てる気がしません。
「ちょいと移動するぞ。道すがら話をしてやろう」
灰様はそういうと、歩き出します。
...灰様の部屋は一面の灰世界。
あるものと言えば灰と空に浮かぶ穴のような黒い太陽だけですが、【啓蒙】がこの灰と太陽について囁く断片的な真実だけでも、気が狂いそうです。
間際に迫った終焉、いえ辛うじて終わり切っていないだけの終焉。
分かってはいたことですが、この部屋もこの部屋を作った灰様もとんでもないですね。
「その様子を見れば狩人は【啓蒙】を授けたようだな。割り切ってしまえば楽になるだろうに、まったくあいつも生きにくい奴だ」
「ええ、まあ随分悩んでいたみたいですけど...【啓蒙】を得たこととソウルの業の習得に何か関係があるんですか?」
狩人様は語らなかった、リリに啓蒙を授けた理由。
それを灰様に聞くと、灰様は困ったようにヘルムの上から頭を掻く。
「その理由を語るには、ソウルの業とは何かという所から話す必要がある。ちょいと長くなるぞ?
お前ら後世の奴らから見れば、ソウルの業というのは奇跡か何かに見えるようだが、俺達の時代においては歩くだとか息をするとかの日常的な行動と同じように、ごくごく当たり前の行動だ。
万物に宿る、物体その物の本質それがソウルだ。
そしてそのソウルに干渉する為の技術がソウルの業。
自分のソウルに他の物のソウルを溶かし込むことで、幾らでもアイテムを持ち運んだり、他者を殺害することでそのソウルを自分のものにし、自分のソウルに取り込むことで自分の強さ、おチビにもわかりやすく言うのならステイタスを強化したり、強大なソウルを加工することで特別な武器を作り出したり。様々なことが出来る」
灰様の言葉に驚愕します。
さらっと言いましたが、アイテムを幾らでも持ち運べるとかインチキにもほどがありますね!?
いえ、その後に言っていたこともよくよく考えればとんでもないことです。他者のソウル、つまり魂を使うことで自身を強化したり武器を創ったり。そりゃあ異端と呼ばれますし、神々から悍ましい力だと忌避されますよ。
しかし...
「それほど悍ましい力でありながら何故見逃されているのか、か?」
「ええ、話を聞くだけならその力は神の領域にすら干渉できるものです。何故神々は放置しているのですか?」
人が死ねば神々の世界、天界へと昇りそこで魂を清められ、すべての記憶と経験を失った魂はまた地上へと降り立つ。
これは神々が地上へと降り立った時に語られた人の死後についてであり、すべての人とまでは言わなくてもほぼ常識として知られていることです。
その魂、ソウルに干渉するだけでは無く、神が地上で振るうことが許されている唯一の
ヘスティア様のような善性の神であれば、到底見過ごすことの出来ない力ですし、ほとんどの神にとっては求め続けた未知の塊のはずです。そしてファミリアを持つ神にとってその眷族を強くする手段となりうるのです。
どう考えても神々が放っておくとは思えません。
リリの疑問を聞いた灰様は頷くと疑問に答えてくれます。
「おチビがこの力の危険性を正しく認識してくれたようで俺は嬉しいよ。
お前が危惧するようにこの力は使い方次第では、オラリオ否この世界そのものを壊すことも可能な力だ。
だからこそ俺達はこの力をある程度隠して来た。それでもある程度は漏れ出ているようだがな。
と言うよりか、俺達には先ほど言ったソウルの業によってできる物事の殆どが出来ない。おチビになじみ深い言い方をするのならばスキルを持ち合わせていないんだ。
だから
そして何より、この力を使うことが出来る者は俺達以外には居なかったんだ。
どれだけ埒外の力であったとしても、本人以外に使えないのであれば無意味な物。
そう神々は思ったんだろうな。
もともとこの力は火の時代の技術。
ならこの時代にはソウルが存在しないのかとも思ったが、俺が問題なく使えているのだからソウルは存在する。
だから俺は一つの仮説を立てた。
お前達は自分のソウルを自覚していないからソウルの業を使えないのではないかとな」
前を歩いていた灰様が立ち止まると、そこにはたき火がありました。
いえ【啓蒙】が囁きます。
これは不死者の骨と火継ぎの大剣によって作られた篝火、灰様達不死者の故郷。
【啓蒙】が囁く内容はリリには理解できない言葉が多く、その上断片的なその内容について考えると脳が軋むような感覚がしてしっかりと考えられません。
ですがこのたき火が特別なものであることは理解できました。
「これは火の時代の始まり、始まりの火を模したものだ。
かつて始まりの火から幾人かの存在が王のソウルを見出し、強大な力を身に付けた。
今からするのはその再現だ。
何難しい事ではない。お前がすることは今からこれの傍に座って、自分自身の中を見つめるだけだ。
上手く行けばお前は自身のソウルを自覚できるだろう、その手助けになるだろうと狩人に【啓蒙】を授けさせたわけだ」
「座ると良い」と言って灰様は慣れた様子で篝火の前に座り、リリも同じように座ります。
ああ、いいです、実に良いです。
太陽に照らされて温められるのとはまた違う、仄かに暖かい火がじわじわと体を温めていく感覚。
いっそもどかしさすら感じる弱い熱は、ベル様に見出されたリリの心の中の光を求める部分には物足りませんが、ベッドの中で微睡んでいるような優しい温かさは薄暗がりで生きてきたリリの後ろめたい部分すら分け隔てなく温めてくれます。
自分の中を見つめるでしたっけ。
何をするべきなのかすら忘れそうになりながら、灰様の言葉を思い出します。
ソウルとは魂。魂を自覚していないからソウルの業を扱うことが出来ない。
篝火にあたりながら自身の中の見つめることでソウルを自覚する。
その為に【啓蒙】を与えられた。
その与えられた【啓蒙】は「全は一、一は全」と囁いていますがどういう事でしょう。
意外とこの【啓蒙】って使い勝手が悪いんですよ。
篝火に温められながら、考え込むうちにリリはいつしか微睡み始めていました。
SIDE 火の無い灰
おチビは篝火の傍に座ってしばらくすると穏やかな寝息を立て始めた。
まあ問題は無いだろう。
そもそも一回でソウルを自覚できるとも思っていなかったし、ソウルという言葉にするのが難しい物を自覚するのに目を覚まして頭を使うよりも、曖昧な眠りの中の方が自覚できそうな気もするしな。
俺が説明出来れば良かったんだろうが、俺にとってソウルとは当たり前に身近にある物。
いざ口で説明しろと言われても説明できるものでは無い。
しかし、おチビは自覚していないようだが【啓蒙】を得たことで目が少し変わった。
これまでの目では無く、狩人のような何処までも見通すような鋭く、そして透明な目に。
狩人、あいつも面倒な奴だな。
俺にとって火の時代の出来事は遥か昔の終わった出来事だ。いや恐らく世界にとっても遥か昔の出来事だと思うが。
ともあれ、あの時代にあった事、俺がしたことはもう昔の話。いつか出会った禿の言葉を借りれば「ノーカウント」という奴だ。
狼の奴は九郎を守る為なら何だってするし、自分がしたことを後悔するつもりもないだろう。為すべきことを為すだったか。
焚べる者は...どうなんだろうな、あいつにとって過去というのはミラのルカティエルという友のことだ。他の出来事は全部まとめて
だが、狩人の奴はいつまでもうじうじと悩み続けている。
ヤーナム。あいつのいた古都。
上位者、神にも似た存在の領域を冒涜した罪によって呪われ、最後には狩人の奴がすべて狩りつくした街。
あいつは自分自身がヤーナムの冒涜者の探求の成果だと思っているし、だからこそ人を助けるべきだとも思っている。
だが、その行動自体が贖罪でしかなく、「ヤーナムの冒涜者たちの行いが間違っていなかったと思いたいだけでは無いか」と泣いていたこともあったな。
そのくせ、この世界が呪われていない、ヤーナムとは違う世界だと思いながら、ならヤーナムに最初から救いなど無かったのかとあの街で出会った奴には死という結果しかなかったという結論を出すのを否定する。
奴がいう所の獣であればそんなことを考えることもなかったのだろう。
奴が上位者であると受け入れていればそんなことを思い悩むこともないのだろう。
だが奴はそのどちらもを否定し、狩人として存在している。
面倒な奴だ。
揺らぐ火を見つめながらそんなことを曖昧に考える。
この所篝火にあたることもなかったが、こうして座っているとやはり不死者と篝火とは切っても切り離せぬ存在だと痛感するな。
ベルやヘスティアの強い善性の光を眩しいと思うこともないが、やはり俺にはこの弱々しく、だが確かに体を温める火がお似合いだ。
「緊急事態だ灰...っとリリルカもいたのか」
「うん?焚べる者か。今おチビは半分寝てるようなもんだから気にする必要はないと思うぞ。それで緊急事態とはなんだ」
ふと気がつくと背後に気配を感じる。
これほどまで近寄られるまで気配に気がつかないなんて、ロスリックだったら死んでたな。
そんなことを思いながら背後にいる
「ベルがLv.2へとランクアップを果たした。いま【廃教会】の中はそのことで大騒動だ」
...何とも...まあ。
そんな言葉しか出てこない。
いや本当にベルの奴は俺の予想を上回ってくれるな。
とりあえずは大騒ぎしているだろうベルとヘスティアを大人しくするために、俺は立ち上がる。
全く騒がしい世界だよこの世界は。
どうも皆さま
リリの出番があるたびに曇らせている気がする...私です
お気に入り登録数1000、総合評価2000突破ありがとうございます
常々言っていることなのですが、こんな自分が読みたいを形にしただけの小説が続いておりますのも読みに来てくださっている読者の皆様のおかげです
読み専だった頃には分かりませんでしたが、書く側になると読んでいただけているという事実だけでモチベーションが上がるんです
本文に戻りましょう
前々回でベル君はトラウマであるミノタウロスを倒すことが出来ました
前回灰達はロキ・ファミリアとオッタルと戦いました
それでは逃げたリリルカ・アーデは?というのが今回の題材ですね
ダンメモをちょこちょこやっているのですが、殺生石が出てきたときに思いました
これソウルの業があれば同じようなことできそうと
思ってたよりソウルの業ってやばいですね
ちなみに灰が本文でも言っていたようにソウルの業でできることを全部使うことは出来ていません
火守女、かぼたんも居ませんしソウルから武器を作り出してくれる鍛冶師も居ませんからね
ちなみにベル君の訓練なんかは基本灰の部屋でしています
他の部屋と違って壊してしまう物なんかもないですし、何より広いですから
それではお疲れさまでしたありがとうございました