忍と灰と焚べる者と狩人とダンジョン 連載編 作:noanothermoom
火の無い灰がヘスティアと交わした
本来不死者にとって誓約とは己が立場を証明するだけの物
必要とあればいくらでも裏切る
だが灰に信仰心でも芽生えたか或いはオラリオと言う土地故か
この誓約を破れば
それでもなおこの誓約に逆らうのであればその命すらも失うだろう
女神が望むかは別であったとしても
だが不死者にとって命を失う事などどれほどのものか
己が傷つくことなど気にも留めず進み続けるだろう
それを女神が望まなくとも
SIDE 火の無い灰
オラリオの中でもごく限られた人間しか、いや神であったとしてもそう簡単に入れない部屋。
ギルドの主神(眷族はいないらしいが)であるウラノスの部屋に俺達はいた。
そう、
今この部屋には部屋の主であるウラノスの他に
いやあ実に豪華な面子だ。
そばにはいざという時の盾もない。
俺達がその気になれば助かる方法はない、にも拘らずウラノスからは全く怯えたような気配を感じない。
流石はギルドの主神、実質的なオラリオの支配者と言ったところか。
「それで、18階層のゴライアスの強化種の出現について心当たりはないのだな」
「しつこいな。さっきから俺達が18階層に到着した時には最初の一体は倒されていて、後の二体を適当に潰しただけだって言ってるだろう」
幾度となく聞かされた疑問をウラノスが口にする。
ギルドはそいつを思ったより重視しているようだ。
それも当然か。
通常のモンスターよりも強い強化種、それも階層主の強化種が
ともすればオラリオ滅亡の危機だったかもしれない。
まあ俺達が軽く潰したんだが。
俺の持つストームルーラーもそうだし、焚べる者にとって巨人なんてただのカモだ。
狼の奴もなんか一撃で唐竹割にするような技を持っていたし、狩人の奴だって
そう考えると
別にゴライアスだけじゃないけど。
強化種と言うのは基本他のモンスターの魔石を
だが例外はある。
ダンジョンが神威を感じた際なんか強化種が生まれたという事例があったはずだ。
だからこそ神がダンジョンに立ち入ることをギルドは禁じており、今回の一件も
いや、正確にはそれを見逃してやるから恩に着ろってことかもしれんが。
しかしウラノスもしつこい。
俺達四人全員で来いというギルドからの厳命でやって来たというのに。
こんな意味のない質問が続くのなら俺達は帰らせてもらうぞ?
「随分と焦れているな?それほど仲間が心配か」
「分かってんだったら何時までもこんな意味のない質問してないでさっさと本題に入れよ」
ウラノスのどこか楽しそうな問いに俺は苛立ちを隠さずに答える。
アポロン・ファミリアのパーティが終わって一日が経った。
ヘスティアはアポロンからの【
また何か要らんちょっかいをかけてくるに決まっている。
無論俺達が、いや俺達の中の一人でもその気になればアポロン・ファミリア如き何時でも潰せるが、ヘスティアはそれを望んでいない。
アポロンの様な屑でも殺されるべきじゃないと思っているし、俺達の様な人でなしであったとしても神殺しの罪を被ることがあってはならないと思っている。
全く、実にお優しい。
だからこそ
とにかくそんな時だから【
だが
こんなことをしているくらいならベルに稽古の一つも付けてやりたいんだがな。
「そう気を荒立てるな。アポロン・ファミリアについてだろう?お前達が怒っている理由は、何か進展があったのだろう?」
何か分かったのか?と言外に聞いてくる。
アポロン・ファミリアが俺達にケンカを売ってきた理由。
まさか
いや、大体そういう理由なのかもしれないが、俺達にケンカを売ってきた以上それなりに勝算があっての事だろう。
つまり何か凄い武器なりなんなりを手に入れ、目障りな俺達を潰し、ベルを手に入れ、オラリオでも更なる高みに昇る。
そういう計画なんだろうと俺達とウラノスは思った、という事だ。
だから狼の奴もパーティを利用してアポロン・ファミリアの拠点に潜入したわけだしな。
そうして手に入れた情報を聞かせてほしいと
なるほど、これが今回俺達を呼び寄せた本題か。
確かに、普通に考えればそんな物はない。だが、万に一つ俺達に匹敵するような何かが存在するとすれば、そしてその何かが
ギルドとしては、いやこのオラリオに住む神の一柱として、見過ごす訳にはいかない話だわな。
「聞かせろと言うのならば聞かせてやろう。聞いて驚け。
なんと、
「...は?」
俺の言葉にウラノスが馬鹿みたいに口を開け目を見開く。
分かる。
俺も最初狼から報告を聞いた時驚き過ぎて座っていた椅子ごと後ろに倒れこんだからな。
「...つまり...どういう...ことだ?」
未だ混乱から立ち直れていないのだろう。
途切れ途切れながらなんとか疑問を口にする。
或いは脳内の考えが口から零れたのかもしれないがな。
「つまり、だ。
アポロン・ファミリアは俺達に対する噂は全て誇張された物であり、自分たちが全力でもって俺達に当たれば俺達を倒せる、と思っているという事だ」
「...」
ウラノスは俺の言葉を聞いて白目を剥いた。
いや、そうなるわな。
ヘスティアもこの結論に至った時同じような顔をしていたし。
いやはや。
救いようのない馬鹿という物は、どんな時代にも、どんな所にもいるものだと知ってはいたが、実際目の当たりにするとどう反応していいか分からなくなる。
まさかな、まさか本当に何にも考えずに俺達にケンカを売ってくるような奴らがいるなんて夢にも思わなかった。
...よくよく考えれば俺達だって
こっちを攻撃してきた、敵。
動いてる、敵。
なんかいた、敵。
みたいな感じだったしな。
それを考えるとアポロン・ファミリアの方がまだましかもしれん。
「そもそも、
じゃあ俺達があそこを殴ってもちょっと見てないふりをしてくれれば「大変です!!」おん?」
折角だし
ヘスティアの奴はそれを望まなかったとしても、俺達にも我慢の限界という物はあるからな。
だが、俺の言葉を遮り部屋に飛び込んできた奴がいた。
あれは...確かギルド長のロイマン何とかだったか。
「何の用だ!この部屋には入るなと言ってあっただろう!!」
ウラノスの一喝がロイマンを襲う。
凄まじいな。
それこそ、そこら辺の冒険者ならそれだけでも意識を刈り取るのに十分な気迫が込められていたにも拘らず、ロイマンはそれを気にする余裕すらない程に焦っている。
いや、それどころか俺達の存在が目に入っているかすら怪しいな。
しかしまあ、俺達を無視する程の緊急事態とは、一体なんだ?
しばらく様子を見てや「アポロン・ファミリアがヘスティア・ファミリアの拠点に襲撃を仕掛けました!!」
...は?
ノイマンの口にした言葉が耳から入り、脳まで到達しその内容を理解すると同時に部屋の中に怒気、いや殺気、いや瘴気とすら言っていいものが吹き荒れる。
可哀そうに当てられて今にも死にそうな顔色になっているぞ。
とにかく落ち着くように言おうとするが、俺の口は動かない。
おや?
不思議に思って首を傾げようとするが首も動かない。
何とか喋ろうとするも、聞こえるのは鉄の軋む音だけ。
一体何処から聞こえるのやら。
そう思った時気がついた。
ああ、殺気の出処も、鉄の軋む音の出処も俺だ。
軋む音は俺が手甲を握りつぶさんばかりに握りしめているから。
口が開かないのは歯もへし折らんばかりに噛みしめているから。
首が、いや体が動かないのは吹き荒れる怒りを何とか内に収めようとしているから。
それでもなお抑えきれない怒りが瘴気となって俺から漏れ出ている。
不味いな。
自覚すればわかる。
今の俺...というかこの思考を止めれば俺は間違いなく暴走するぞ。
「ウラノス...真逆、事ここに至って俺達になお抑えろとは言うまいな」
「あ、ああ」
「そうか、行くぞ...」
俺だが俺じゃない、今俺の体中を荒れ狂う怒りが俺の口を動かす。
真正面から受け止めればそれだけで心臓を止めうる視線がウラノスを貫く。
返事を聞いた俺達はゆらりゆらり、まるで幽鬼の様な足取りで部屋を出ていく。
ヤバいな。
俺だけじゃない。
他の奴らもみんなブチギレてるぞこれ。
辛うじてこの場で暴れださないだけの理性が残っていることを感謝しながら、俺達は俺達の目指す場所へと進んでいく。
アポロン・ファミリアの奴らがいるところへと。
SIDE 月の狩人
ガリガリガリガリ。
オラリオの街の石畳を削る音が響く。
騒ぎ響く音は耳を聾すほどだがそれも聞こえない程に今の私は怒り狂っている。
耳の奥に張り付いた声が聞こえる。
「嘘を吐いても駄目だ俺には特別な知恵があるんだ」
捻くれた男が唯一縋れるものに縋ろうとする声が響く。
「ああ、どうして、こんなの、こんなの嘘よ」
上位者に赤子を孕まされた娼婦の嘆きの声が響く。
「あんたは私に似て我慢強いからねぇ」
正気を無くした老婆が過去に惑う声が響く。
「狩人様。私の、私だけの狩人様...」
血の聖女が見出すべきで無かった愛に狂った声が響く。
声が聞こえる。
嘆きの声が。
無力さを嘆く声が聞こえる
「やっぱり、俺みたいなのが誰かの役に立とうなんて間違ってたんだよ。ひひっ、俺なんて生まれてこなければよかったんだ」
私を友と呼んでくれた男の声が。
見えぬ上位者に狂わされた
赤いローブを被った盲目の男の声が聞こえる。
否、否、否!!
たとえ、始まりが上位者の介入であったとしても。
たとえ、終わりが何の救いもなく終わったとしても。
誰かを助けたいと願ったあの想いが間違いであるなど、そんなことがあるはずがない。
あの願いは尊いものだ。
その行いは正しいものだ。
たとえその結末が悪夢であったとしても、あの男が抱いた
認められない。
だが、誰かを救いたいと願った想いに間違いがないのだとすれば。
ゲールマンとローレンスが願った想いもまた許されるべきなのだろうか。
病による
病による全ての悲劇を無くそうとした彼等の行いも又、その果てが覚める事の無い悪夢であったとしても許されるべきなのだろうか。
始まりが間違いで無ければ、どのような終わりであったとしても許されるべきなのだろうか。
誰かを救いたいと願うことが許されるのであれば。
あの夜に私が犯した罪もまた許されるべきなのだろうか。
古都で、悪夢で、辺境で、拝領した罪も又許されるべきなのだろうか。
私は救われていいのだろうか。
ならば、あの夜に流れた血はどうなる。
ならば、あの夜に響いた怨嗟はどうなる。
全て底のない海に眠らせるべきだとでもいうのか!?
どこにも行けず、ただ終わりのない眠りだけがあの夜に生きた者に許される終わりだと言うのか!?
罪とはなんだ。
呪いとはなんだ。
何処に間違いがあった。
何処に責任がある。
呪うべきは何だ。
神秘の探求を始めたウィレームか。
血の医療を生み出したローレンスか。
獣狩りを始めたゲールマンか。
血の探究の果てに悍ましき実験を繰り返した医療教会か。
上位者に仕えたトゥメル人共か。
ゴースを祀った漁村の民か。
赤子を失ったゴースか。
それともその全ての遺志を受け継いだ私か。
私はどうすればよかった。
私はどうすれば救えた。
私がなにをしても救えなかったのか。
私は何を救った?
私が救える物など何もなかったのか。
私が救いたいものは何時も救えないのか。
呪いと嘆きと怒りと悲しみと。
ぐちゃぐちゃになった頭の中でオラリオの中を彷徨う。
私達がベルの傍を離れたのがいけなかったのか。
ならば私達がアポロン・ファミリアを潰せばよかったのか。
女神ヘスティアの願いを聞かず、すべてを冒涜すればよかったのか。
ちがう、チガウ違う違う違う違う!!
女神ヘスティアの慈悲は尊いものだ。
それでもなお許そうとしたベルの思いは正しいものだ。
ならば間違いは何処にある。
ガリガリガリガリ。
石畳を削る音が響く。
ガリガリガリガリ。
頭の中に響く。
啓蒙が脳に響くように。
虫が頭の中で暴れまわる様に。
「っ!か、狩人だ!」
「怯えるな、幾ら狩人と言えどこの数ならば」
音が止んだ。
狩るべきものを見つけた。
そうだ。
過ちは貴様等だ。
狩るべき獣は貴様等だ。
「ア”ア”ア”ア”ア”ア”アッ!!!」
石畳を削っていた獣肉断ちを振りかぶる。
私の咆哮に怯えたような悲鳴が漏れるのが聞こえる。
「ハッタリだ、あの武器では近付かなければ、ぐふっ!?」
恐らくは隊長か何かだったのだろう。
浮足立った仲間を落ち着かせようとした獣は仕掛けにより鞭と変わった獣肉断ちに薙ぎ払われる。
ああ、良いじゃないか。
こちらを見てくるその怯えた瞳。
自分の愚かしさを悔いている瞳だ。
獣肉断ちは古い狩人達が用いた仕掛け武器だ。
武骨で、力任せなこの武器は決して洗練されているとは言えない。
だからこそこの武器を用いた狩りは凄惨なものとなる。
愚かしい獣を狩るのにぴったりじゃないか。
距離を詰めながら鞭の様にしならせていた獣肉断ちを再び大ぶりな鉈へと変形させる。
勢いのまま飛びかかれば引きつった悲鳴が響く。
喉の奥に引き籠った絶叫は一体何だったのだろうな?
友の名か、恋人の名か、それとも愚かな神の名か。
振り上げられた獣肉断ちが重力に引かれ頭を砕こうとした時だ。
『それより先はいけない』
啓蒙が囁いた。
「「ぐうううう!?」」
「い、今だ、助け出すのだ!!」
脳の瞳の囁きに従い軌道が変わったことで肩を砕かれた獣がうめき声をあげ、それと同時に私目掛けて矢が集中する。
地面に倒れ伏している獣に馬乗りになっているこの状況なら、同士討ちを気にせず攻撃できるという訳か。
バックステップと同時に獣肉断ちを鞭と変え、迫る矢を打ち払う。
今は痛まぬ肩を抑え獣共と相対する。
今のは何だ?
先程あの獣の肩を砕いたと同時に私の方も又同じく砕かれた。
傷は既に
獣の反撃ではない。
あの時獣は既に死を覚悟し後悔に沈んでいた。
他の獣の横槍ではない。
私の姿に恐れを抱き動くことが出来ていなかった。
『灰の誓約である』
思考を巡らしていると脳に得た瞳が答えを囁く。
火の無い灰が女神ヘスティアと結んだ誓約。
【アポロン・ファミリアの冒険者とその主神であるアポロンをヘスティアの許しなく傷つけない】という物に反したが故の
今の私達はヘスティアの許しなしにアポロン・ファミリアを傷つければ、それと同じ傷を受けることとなると更に瞳が囁く。
面倒な。
傷そのものは【リゲイン】により治るが、とどめを刺せば私も
そんな暇はない。
故に獣肉断ちを夢に戻し代わりに取り出したのは黒塗りのステッキ。
当然ただの杖ではない。
これもまた獣狩りに使用される仕掛け武器、その名も仕込み杖だ。
刃を仕込まれた硬質な杖と仕込まれたワイヤーによる鞭の二面性を持つこの武器は、獣に対し鞭を振るい躾けるように獣を狩る。
故に人足らんとする狩人達は人足る様式美としてこの武器を好んだと言う。
だが同時にこの武器は凄惨で武骨な獣肉断ちの流れをくむ武器でもあるのだ。
幾度か仕掛けにより鞭と化した杖を振るえば、獣たちは空を切る音に怯えたような声を漏らす。
傷つければ同じだけ傷つく?
それがどうした。
狩人とは血を流しながら、血を流させる者。
ならば血で血を洗う凄惨な血の海を作り、血だまりに溺れるのもまたヤーナムの狩人の様式美という物だろう。
恐れを宿す獣たちを睨みつけ口角を上げる。
殺せないのならば殺せないだけの狩り方という物はあるのだ。
獣を狩り続けた狩人の悍ましさをその骨の髄にまで教え込んでやろう。
さあ、
「ヤーナムの狩りを知りたまえよ」
SIDE 絶望を焚べる者
響く怒号。
沸き上がる悲鳴。
実に慣れ親しんだ戦場の音楽に心が落ち着く。
怒りはある。
許しはない。
されど戦いとは怒りのままにするべきではないのだ。
戦いとは物語。
我が道筋は友の姿。
ならば無様を晒すなど許されるはずもない。
...などと意気込んでみたが、未だ待ち人は来ない。
そうなれば物思いにふけるのも長く生きた者の
[
といつの間にか持っていた手記に書かれていたので、きっと過去の私はダークリングによって全てを失ったのだろう。
何とも他人事のようだが、永く生きている私にとって不死者となる前など最早思い出すこともできない夢のような物。
何があろうと今の私には関係がないのだ。
だがそれでもかつての私はダークリングをどうにかしようと足掻いたらしい。
そうしてたどり着いた果てはドラングレイグであった。
しかし、彼の地ならばこの身に宿る呪いをどうにかできるという希望も虚しく踏みにじられ、私はまた裏切られた。
されど私は諦めなかった。
無数の障害を乗り越え、無数の敵を打ち倒し、時に友に恵まれ、時に運に恵まれ。
筆舌に尽くしがたい旅路の果てに私は真の意味での不死を手に入れた。
そうして己の運命から解き放たれた時私の目の前に広がっていたのは
だからこそ私はその虚空に友の名を世界に刻むと言う導きを見出し、それを長い旅路の杖とすることにした。
だがこうしているとその虚しさを理解してしまう。
世界から世界へ、時代から時代へ。
幾たびも世界に刻み、忘れられ、そして再び刻む。
永き生の理由とする為に見出した永遠の目標。
その虚しさを直視してしまう。
ああ、退屈こそが永遠を生きる者にとって最大の毒であるとはよく言ったものだ。
気がつかねば良い物を、目を逸らしていれば良い物を。
だが退屈とは埋めておくべき過去すら掘り起こすものなのだ。
思考の渦に呑まれていたが、こちらへと向かってくる足音に正気に返る。
ようやくの御登場という訳か。
果たして頭上からの弓矢に追われるようにして現れたのはアポロン・ファミリアの団長だった。
「貴様...!」
「随分と急いでいるようだが、ここは行き止まりだ。どうするかね」
こちらを睨みつけるヒュア、ヒュア...名前を忘れてしまったな。
何だったか。
確かヒュア...キントン?
いや、そんな栗金団みたいな名前ではなかった気がする。
ヒュア...キントキ?
ヒュア...キンメダイ?
...ダメだ、思い出せない。
「どうするか、だと。ほざけ、ここで貴様の名を私の威光の踏み台にしてくれる!!
覚悟しろ!ミラのルカティエル!!」
何とも喉の奥に小骨が刺さったような言いようのない違和感でやる気が出ない私とは対照的に、ヒュア何某はやる気満々の様だ。
しかし、ミラのルカティエルか。
それは我が友の名が広まっている証拠だ。
だが今の私の怒りはその名で呼ばれることを良しとしない。
「ならば知るが良い。我が名は絶望を焚べる者。
貴公へ
さあ、
武器を構え立ち塞がればこちらを睨みつけヒュア何某は突っ込んでくる。
ならばその身に刻もう我が伝説を。
...あっ、思い出したヒュアンキトスだ。
「くっ!!」
苦悶に顔を歪めヒュアンキトスが鍔迫り合いを解き距離を離す。
...さっきはヒュアンキトスだと思ったが、よくよく考えるとやっぱり違う気がする。
何だったかな。
「貴様!貴様!!貴様ぁぁぁぁ!!
何のつもりだ、その戦いはぁぁぁぁぁぁ!!!」
「何...とは、手加減のつもりだが?」
ヒュア何某は憤怒で朱に染まった表情でこちらを睨んでくる。
私の戦い方の何がそんなに気に入らないと言うのか。
ただ何十回もヒュア何某の攻撃に合わせて少しだけ優れた攻撃を返し、撃ち合い続けているだけだろうに。
だがそれでもなお相手が倒れていないのは私が手加減をしているからだ。
それくらいは分かっていると思っていたのだが...まさか気がついていなかったのか?
「ふ、ふざけるな!手加減だと!!何故!!」
「ん?
故にそれを破らないように、貴公が諦めるまで指南しようと思ったのだがな?」
「よ、弱い者いじめ...だと...」
怒りすら忘れた様に呆然とした顔でヒュア何某が溢す。
何十、何百撃ち合ったとしても間違いなく私が勝つのだから、そんな相手に本気を出すなど弱い者いじめ以外の何物でもないと思うのだが?間違っていただろうか。
色を無くしていたヒュア何某の顔が朱に染まっていく。
震える拳を握りしめこちらへと向き合った時だった。
轟音が響いた。
「何が...アポロン様!!」
何事かと音が響いてきた方角に目をやればアポロン・ファミリアの拠点の方角であった。
青ざめた顔で駆けだそうとしたヒュア何某が私のことを思い出したのだろうか、その足を止める。
私がその背に襲い掛かるとでも思っているのだろうか。
そんなことをしなくても勝てると言うのに。
「行くのなら行くがいい。逃げ出す理由が出来たのだろう?」
ヒュア何某の顔が赤く染まる。
赤くなったり青くなったりせわしない事だ。
「貴様...絶望を焚べる者。その名を覚えたぞ」
「そうか。では次は私が貴公の名を覚えられるように頑張り給えよ」
私の言葉にヒュア何某が人を視線で殺せたらと言った表情でこちらを睨んでくる。
だがすぐに自分の主の危機を救うことが先決だと走り去っていった。
「らしくもない...」
一人になった私は小さく呟く。
アポロン・ファミリアはこちらに挑発を繰り返し今襲撃を仕掛けてきた、まごう事無き敵である。
とは言え何時もの私であればこれほどまでに相手を煽るような真似はしなかっただろう。
自分では落ち着いたと思っていたが未だ怒りの炎は燻ぶっていたようだ。
しかし「らしくもない」か...。
我が言葉ながら何とも馬鹿らしい。
一体何らしくもないと言うのか。
焚べる者か?ミラのルカティエルか?それとも亡者狩りか?
永く生きているとこんな時に困ってしまう。
「意味もなし」
頭を振り思考を断ち切る。
そんなことよりもどうするべきかだ。
先程の轟音は恐らく灰によるものだろう。
そしてあれだけの轟音ならばオラリオの街のどこかを逃げ回っていた女神ヘスティア達も気がつくはずだ。
そろそろ女神ヘスティアの元──と言うよりも同じく逃げているだろう九郎の元だが──に向かった狼が合流している頃合いだろう。
狼がいれば間違いなく女神ヘスティア達はこの轟音の元、つまりアポロン・ファミリアの拠点で暴れている灰の元に向かう。
幾ら灰が怒り狂っていたとしても女神ヘスティアが直接言えば止まらざるを得ない。
「時間切れか」
アポロン・ファミリアとの因縁をここで終わりにするつもりだったが間に合わなかった。
そのことに不満がないと言えば嘘になるが、かといってこれ以上暴れようとすればいくら私でもタダでは済まないのは、一撃も貰っていないにも関わらず細かい傷が無数にできたこの体から分かる。
面倒な誓約を結んだものだ。
とは言え何も問題はない。
「とりあえずは未だ暴れている可能性が高い狩人を回収して、女神ヘスティア達と合流することにしよう」
先程オラリオの街に響き渡った轟音とはまた別の方向から響く叫び声へと足を進めながら僅かに嗤う。
そう問題はない。
ならば幾たびでも繰り返せばいい。
所詮不死者とはそういう者なのだから。
SIDE 狼
オラリオの街を駆けながら忍び義手に仕込まれた手裏剣を放つ。
狙いは街のあちこちに潜む太陽に弓矢の意匠が付いた服を着るアポロン・ファミリアの冒険者達が手に持つ武器。
「お前たちはあっちを探せ、私達はこっちを、っ!!狼だ!!」
駆ける己に気がついたか声を上げ武器を構えようとする。
だが既に各々が持つ弓、或いは杖は手裏剣によって使い物にならなくなっている。
そのことに気がつき動揺した隙に駆け抜け、すれ違いざまに攻撃を仕掛ける。
「た、助けてくれ」「足が!!」
悲鳴を上げ倒れる冒険者達。
混乱の極みにある彼等へと追撃を仕掛ければ間違いなくとどめを刺せる。
だがそのまま駆け抜ける。
それは慈悲からではない。
アポロン・ファミリアの冒険者達は苦痛にあえぐ仲間達を見捨てることが出来る程薄情ではない。
故に集団で動く彼等のうち何人かを負傷させれば、仲間を助けようとする。
そうなれば自然と傷を受けた冒険者だけでなく、他の冒険者の足止めもできる。
幾人もの冒険者を倒すよりもずっと早く、効率的に冒険者達の動きを止めるのだ。
そうして幾組もの集団を足止めしながら状況を把握していく。
我々がウラノスに呼び出され、ギルドへと出発した少し後にアポロン・ファミリアは【廃教会】へと襲撃を仕掛けたようだ。
だが、
その後はこの街を舞台に鬼ごっこを繰り広げているようだ。
しかしベル達も上手く逃げている。
アポロン・ファミリアの冒険者達の動きは組織立ったものではあるが、それは追い詰める為の物ではなく隠れている獲物を探すものだ。
完全に見失っているのだろう。
とは言え追跡は己の本領だ。
僅かな痕跡とアポロン・ファミリアの冒険者達の動き、そしてベル達の思考を読めばそう時間もかからずにベル達が隠れているだろう橋の下までたどり着く。
「上手く逃げたな」「よく守った」そんな誉め言葉も、「戦い方が下手だ」「奇襲されて動揺しただろう」そんな反省を促す言葉も隠れていたベル達を見ると同時に吹き飛んだ。
体中にある無数の傷は戦いの激しさを物語り、縋るように近づいてくる姿は疲弊しきっていることを一目で分からせる。
つまるところベル達はとても追い詰められていた。
やはり殺すべきだったか。
ほんの一瞬心の中に殺意が燃え上がる。
未だ未熟。
目を閉じ息を吐いて心を静める。
それが
だからこそ相手が誰であったとしても忍びの刃は鈍らない。
だからこそ相手が誰であったとしても一握りの慈悲を込める余地が残る。
それは命を奪う為の教え。
それは人を捨てぬ為の教え。
憤怒に呑まれることは
忍びの業とは戦いの中でのみ育まれる。
ならば己が戦ってきた全ての相手への冒涜となるだろう。
因縁がありその為に戦った相手がいた、ただそこにいただけで戦った相手もいた。
その想いに頷ける相手がいた、想いを持つかも分からない相手もいた。
ただひたすらにその死を望んだ相手がいた、ただひたすらにその安寧を望んだ相手もいた。
だが全ては己が糧となり、こうしている己とはかつての強敵達に支えられて立っているのだ。
それを忘れてはいけない。
「此度の遅参、誠に申し訳もなく...」
「いや、来てくれて助かったよ狼君」
遅れたことを恥じて顔も上げられない己へとヘスティア様は朗らかに笑う。
狼君がいれば随分と移動も楽になるとも。
ヘスティア様たちはアポロン・ファミリアの襲撃を受けて最初はギルドへと逃げ込むつもりだったらしい。
幾ら相手がヘスティア・ファミリアであったとしても、白昼堂々の襲撃である。
ギルドもアポロン・ファミリアへと重い罰を与えるだろうと。
だが逃げている間に怒りが沸いてくる。
何故自分たちが逃げなければならない?
何故自分の子どもが傷つかねばならない?
悪いのはこちらじゃない。
弱いのもこちらじゃない。
確かに自分は慈悲を持つ女神だ。
だがその慈悲によって自分の子どもが傷つくのならば、そんな慈悲は要らない。
だから...
「だからボクはアポロンに【
「こんなふうに思えたのも君達がいてくれたからだけどね」と少し恥ずかしそうに、だが力強い瞳でヘスティア様は宣言する。
「ならば急ぐべきでしょう」
アポロン・ファミリアの拠点へと火の無い灰が向かったことを考えればあまり時間がないだろう。
そのことを伝えようとした時オラリオの街に轟音が響き渡る。
「な、何だぁ!?」
あまりの音の大きさにふらつきながら何が起きたのか確かめようと音のした方向へと目をやれば、アポロン・ファミリアの拠点がある方向だった。
ならば先程の轟音──己が今まで聞いたことのある音で例えるのならば、空より降り注ぐ
「灰君が!?
狼君!ボク達をアポロン・ファミリアの拠点へ!!」
「御意。
ベル、走れるか」
「はい。走ります。走れます!!」
既に火の無い灰がアポロン・ファミリアの拠点へと向かっていることを聞いたヘスティア様は、険しい顔になるとアポロン・ファミリアの拠点へと連れて行くように言う。
恭順の意を示すと同時にベルへと自分で走れるかを聞けば力強い返事が返ってくる。
後からついてくるように言ってヘスティア様と九郎様を胸に抱き、鍵縄で空中を移動する。
ヘスティア様の「灰君、君は一人じゃないんだぞ」と言う言葉を聞きながら。
SIDE 火の無い灰
ふらふらと、いっそ暇そうにすら見える足取りでアポロン・ファミリアの拠点へと俺は歩いていた。
だが俺の頭の中は気が狂いそうな程の怒りが渦巻いている。
いや、本当に困ったな。
オラリオには狩人や焚べる者達がいる。
ならば俺が暴走したとしても間違いなく止めてくれるだろうから、この街が壊滅する位で済むだろうが、そうなればエイナの奴に怒られるでは済まないだろうなぁ。
俺がこんなに怒っているのは俺達を見くびられたからじゃない。
俺達は所詮呪われた不死者、穢れた余所者、卑劣な忍び。
侮られることなど日常茶飯事だ。
無謀にも俺達に挑んできたからでもない。
所詮冒険者なぞ、高みに挑まねば死んでしまう生き物だ。
力の差など理由にならない、ただそこにいるから挑むものなのだ。
ならば何故これほどまでに俺が怒っているのか。
それはヘスティアの慈悲が踏みにじられたからだ。
分かっているのか?
あの想いがどれだけ貴重であるのか。
分かっているのか?
あの想いを踏みにじられたことでどれだけヘスティアが悲しむのか。
俺の中にある怒りに引きずられそうになりながらも進んでいると。
アポロン・ファミリアの拠点が見えてきた。
大きな門にそれを警備する冒険者が二人。
さて、俺の怒りよこれからどうする?
俺の体を突き動かす衝動へとどうするか尋ねれば、返答は一つの奇跡だった。
バチバチと俺の手の中で炸裂を繰り返す光の槍。
【太陽の光の槍】だ。
なるほどねえ。
【太陽の光の槍】とは最古の薪の王グウィンの奇跡。
古龍を狩り、火の時代を始めた伝説である。
だが相手がアポロン、太陽神であることを考えると別の意味を孕む。
『お前の威光などこんなものだ』と相手を嘲笑うメッセージ。
太陽の光を槍として投げるという事は、太陽神の持つ神聖性を人の手に引きずり堕とすという事だ。
なるほど?
楽しくなって来たじゃないか。
テンションを上げるのは不味いと分かっていながら楽しくなってくる。
神様面したあの太陽神の顔面に思いっきり叩きつければどんな顔をするか。
今から楽しみだ。
そもそも俺個人としてアポロン、あの太陽神は気に食わない。
不死者にとって太陽という物はある種特別なものだ。
太陽の戦士。
それは不死者が誓う誓約の一つ。
その起源は遥か昔、二度目の火継ぎが行われた時にまで遡ることが出来ると言う。
時間と空間が歪んだ世界において。
とある男の存在は語り継がれた。
その名も残らなかった男は、しかしその生き様を後世にまで残した。
歪み、呪われ、終わる、終末の世界に、しかし太陽と言う大きな光を求めたその男の在り方は、世界からすら呪われる
かつて火の無い灰として目覚める前の不死者であった頃の俺、いや火の無い灰として目覚めた俺ですら太陽とその戦士には特別な意味を見出す。
だと言うのに、
そんなことを考えているといつの間にやら
手の中の光の槍は光り輝き目も開けられない程で、だがバチバチと破裂を繰り返す音は確かな存在を示す。
当然門を守る冒険者達もその存在に気がついたようだが、俺への詰問なぞ槍の音の前に掻き消されている。
はっはっは。
思いっきり振りかぶり渾身の力を込めて投げる。
一瞬の静寂の後、落雷すらかき消さんばかりの轟音が響き渡る。
嗤い、蹂躙し、踏みつぶす。
ああ、不死者とはそうあるべきだ。
俺達とはそうだったのだ。
【太陽の光の槍】を投げつけた瞬間の門番達の顔が目に焼き付いていた。
恐怖と後悔と絶望。
そうだとも、全く何を勘違いしていたのやら。
俺が、俺達が、世界を終わらせた人でなし共が今更人がましくあろうなど思ったこと自体が間違いだったのだ。
全て殺す。
確かな殺意を抱き歩みを進めようとした時、俺の体を痛みが襲った。
何が起きた?
疑問に思ったのは体を襲った痛みだけではない。
俺の体を包む力。
この痛みの原因であろう物からヘスティアの力を感じたからだ。
混乱に陥った俺とは違い、俺の怒り、本能的な面はこの痛みの理由を理解する。
ヘスティアとの
幸か不幸か。
ベル達を追いかけている事で拠点に残っていた団員の数はそれほどでもなかったのだろう。
だからこそ
だから俺も即死はしなかったが、さっきの攻撃で発生した傷全てを俺も受けている。
全身を苛む苦痛は常人ならば悶絶することしかできない程だろう。
だが俺には関係ない。
俺が旅で味わってきた苦痛と比べればこんなものは大したものではない。
ならばアポロン・ファミリアの拠点へと侵入し、アポロンを殺せばいい。
その筈だ。
にもかかわらず俺の体は動かない。
いや動けない。
俺は幻を見た。
俺にしがみつき俺を行かすまいとするヘスティアの姿を幻視した。
いや、それは
何時の事だったか。
俺が、俺達がどこかと戦った時のことだ。
俺達のことを心配しながら待っていたヘスティアは帰ってきた俺達にしがみつき、
「バカ、馬鹿、灰君達の馬鹿ぁ!!」
何とも神の語彙力とは思えない
あの時のヘスティアの姿を思い出した。
女神故の人離れした美貌を台無しにしてぐっしゃぐしゃの汚い顔で叫ぶヘスティアの姿を、小さいか弱い握り拳で俺を叩いてくるヘスティアの姿を思い出してしまった。
子どもでもこんなに泣かないくらいの、恥も外聞もないギャン泣き。
俺に全く痛痒を与えない、それどころか叩く自分の手を痛めるだけの意味のない攻撃。
無様と言う言葉が似合う姿だろう。
だが、その姿は俺が見てきたどんな神よりも美しく、そして尊かった。
「ふっ...全くお前は...」
小さく笑ってしまう。
分かってはいた。
ヘスティアの存在を感じた時点で俺の負けだ。
俺はヘスティアを怒らせるのならまだしも、ヘスティアを泣かせたいわけじゃない。
頭に昇った血が下りてくる。
いや、頭の傷から出ていく。
とりあえずエスト瓶を飲んでこれからどうするかを考える。
落ち着いて考えれば先程までの俺はどうかしていた。
笑える。
俺は他の誰かが俺に期待していたように動いたことなんて数えるくらいしかないと言うのに、そうするべきだなんて自分を当てはめるなんて馬鹿げている。
狩人でもあるまいに。
俺は俺のやりたいようにするだけ。
ヘスティアの力を感じたことで気が狂いそうなほどの怒りも落ち着いて来た。
だが、それでも確かな怒りは俺の中にある。
このまま帰るなんてありえない。
かといって今からアポロンをぶち殺す気にもならない。
どうするかねぇ。
手持ちのアイテムを見ながら考える。
ふと一つのアイテムが目に留まる。
そうだ。
俺がむかつく奴にすることなんて決まっている。
馬鹿にし、嘲り、嗤うのだ。
俺が
建物は別だ。
両手にそのアイテムを持ち息を思いっきり吸い込む。
まだ拠点の中にいる奴らは【太陽の光の槍】による轟音で耳が馬鹿になっているだろう。
だが、そんな奴らでも聞き取れるように思いっきり叫んだ。
「アァポロォンくぅン。あっそびぃましょぉ!!」
SIDE ヘスティア
「着きましたヘスティ、なっ!」
「お待ちください。“へすてぃあ”様!危険です!」
「狼君は九郎君とベル君を頼む」
狼君の足が地面につくのすら待ちきれず僕は狼君の腕の中から抜け出し、駆ける。
後ろから僕のことを案じる声が聞こえるが、狼君へとベル君達を頼み僕はひたすらに駆けた。
つい昨日潜った時の荘厳さなど見る影もない捩じれた門をくぐり、
パーティの時に見た時とはまるで別物。
あちこちが崩れ、滅茶苦茶に壊されている。
間違いなく灰君の仕業だろう。
ボクはきっと怒るべきなのだ。
ボクの命令を無視した灰君に怒らなければならないのだろう。
だが、ボクの心を満たす物は怒りではなかった。
アポロン・ファミリアの襲撃を受けてからボクはずっと後悔していた。
ボクがアポロンと事を構えようとしなかったのは、戦えば負けの目があると思っていたからではない。
戦えば勝つだろう。
当たり前に、当然の様に。
落ちている物を拾うように、かごの中の果物を手に取る様に、
或いはそれこそが正しい行いだったのかもしれない。
それはありとあらゆる事情を超越して、たった一つの真実を突きつけていた。
強い者が正しいのだと。
それでもボクはそれを良しとしなかった。
自分達の持つ長所を投げ捨ててでもこの世界に合わせようとしている灰君達に、戦う事しか知らないのだと嘆いていた灰君達に戦わせることがボクにはできなかった。
だけれどその結果がこれだ。
ボクの我儘によってベル君は傷つき、ボク達の
ボクは間違えてしまったのだろうか。
ボクが戦いから灰君達を遠ざけようとしたことは間違いだったのだろうか。
いくら考えても出ない答えに迷い、後悔に溺れる。
自分のやってきたことは間違いだったんだろうかとすら思い、いっそオラリオで築き上げたすべてを投げ捨て眷族と何処か遠い所まで逃げてしまおうか。
そんな考えすら浮かんでいた。
だけど、アポロンの子ども達から逃げ込んだ橋の下で傷の治療をしている時にベル君が漏らした言葉は、ボクの考えを変えるものだった。
悔しい
自分がもっと強ければ、自分がもっとしっかりしていれば、自分がもっと我慢強ければ。
こんなことにはならなかったはずなのに。
痛みにも、苦しみにも、どんな困難にも立ち向かうベル君の言葉にボクはハッとした。
そうだ。
アポロンがこれだけの事をしてきた以上、灰君達は戦う事を選ぶだろう。
ならばボクのしてきたことは間違いなのか?
ボクに出来ることはもう無いのか?
ボクがするべきは
違う。
灰君達が戦いを選ぶのなら、その命をボクが下そう。
灰君達が罪をなすと言うのならば、その罪を一緒に背負おう。
それがボクの、主神の
ボクがアポロンの館の庭を歩いているといつの間にか狩人君と焚べる者君がそばにいた。
二人からは血の臭いがする。
それはボクの所為だ。
だからこそボクはこの先に行く必要がある。
「や、止めてくれ。私が悪かった、謝る、謝るから!!」
「ふ~ん?俺達にしてきたことは謝れば何とかできると思っているのか。
なら俺も全部やった後謝るから許せよ」
二人についてくるように言って歩き続けるとアポロンの悲鳴と灰君の声が聞こえた。
その声を頼りに走れば両手を上げて降参しているアポロンと地面に倒れ伏すアポロンの子ども達、そして何かを手に持ちアポロンへ迫る灰君がいた。
「そこまでだ灰くックッサ!!」
何はともあれ灰君を止めなくてはならない。
そう思って飛び出し叫ぶ。
そして同時に耐えがたい悪臭が僕を襲った。
「へ、ヘスティア!?良かった。助けてくれ!」
「よく見ればアポロンも汚っ!!」
ボクが叫んだことでアポロンがの視線がこちらに向く。
縋る様にボクに助けを求めるアポロンをよく見れば体のあちこちに茶色い汚れがついている。
「ヘスティアか、こんな所で何をしているんだ?」
「灰君こそ何をしてるんだい!?」
「
灰君もボクに気がつき何をしているのかを問うが、灰君こそ何をしているんだ!?
いや本当は分かっている。
嗅ぎなれたくはないが、嗅ぎなれてしまった悪臭。
そしてよくよく見れば汚れはアポロンだけじゃない、倒れ伏すアポロンの子ども達、そしてアポロンの館のあちらこちらにこびりついていた。
うん、つまり、えーっと。
灰君はアポロン・ファミリアの拠点で
本当に何をしているんだ。
「とにかくだ、そこの君手袋を...いやいい、忘れてくれ。「女神ヘスティアここに」ありがとう狩人君、って汚い!これも汚い!!」
頭を抱えたいがこんな所にいつまでも居たくない。
アポロンへと宣戦布告をする為の手袋をアポロンの子ども達から借りようとしたが、よく見れば全員うんこ塗れだという事に気がつき止める。
狩人君が貸してくれた手袋を手に持つが、その途端怨霊が狂喜乱舞する。
汚っ!
反射的に放り投げた手袋はアポロンの顔にぶち当たる。
「これは...何のつもりかなヘスティア」
「
袋叩きにはされたくないだろう?」
手袋を受けたアポロンは恐る恐るボクの真意を聞いてくる。
ひょっとして、もしかしたら。
そんな考えが潰されたアポロンは凄い顔をしているが、ボクの申し込みを受けなければこの場で灰君達が暴れるだけだ。
事実狩人君は今にも襲い掛かろうとしているし、焚べる者君も「灰程優しいと思うな」と威嚇している。
戦いは好きじゃない。争いは避けるべきだとも思っている。
だが、戦争の引き金を引いたのはアポロンの方だ。
今更慈悲をかける理由もない。
絶望の表情を浮かべたアポロンに出来たことは震える声で「受ける」と言う事だけだった。
どうも皆さま
私です
という訳で
遂にアポロン・ファミリアがケンカを売ってきた理由が明かされました
と言うかこんなに引っ張ることもなかったのでは?
正直に言うとさっさとバラすつもりだったんですよ
ですがどれだけ書いても書いても説得力のある文章が書けなかったのです
いやまあ灰達にケンカを売るうえで説得力のある理由って何だよ
と言えばそうなんですが
こんなバカみたいな理由でオラリオでも指折りの冒険者にケンカ売らないだろ
と思いつつ書いていたのですが
原作(ダンまち)の方でもアイズがよく襲撃を受けてると言っていたりしているんですよね
オラリオって治安悪すぎません?
しかし今話も文字数が増えました
本当はもう少し色々あったんですよ
ブチギレ灰とアポロン・ファミリアによる追いかけっことか、狼の戦闘シーンとか、色々削ったのですがそれでもこの有様ですよ
それではお疲れさまでしたありがとうございました