忍と灰と焚べる者と狩人とダンジョン 連載編   作:noanothermoom

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リリルカのヘスティアメダル

リリルカが持つヘスティアメダル
綺麗に磨き上げられている

ヘスティアメダルはヘスティアの友ヘファイストスの手によって作られた
しかし立ち上げたばかりのお金がないヘスティア達が気にせず受け取れるように
その材料は使い残しの端材からとったものである
つまりヘファイストスの作品と言う肩書程の価値をこのメダリオンは持たない

しかしルルリカは毎晩眠る前このメダリオンを丁寧に磨いている
余人には見出せない価値がそこにはある
全く宝物とはそれだけで良いのだ


少年は語り少女は抗う

 

SIDE ベル・クラネル

 

「っふ、っふ、っふ!」

 

「こんな夜中にまで訓練なんて、常識ってものが無いんですか?」

 

「レフィーヤさん...」

 

 灰さん達を見送った後。

 本来ならば休むべきなんだろう。

 だけれど、僕一人休んでいるなんて出来ず。

 せめて、と素振りをしていると、声をかけられた。

 振り向けばそこにいたのは、18階層で共闘した、魔術師のエルフ、レフィーヤさんだった。

 

 片手を上げてあいさつをしたレフィーヤさんはそのまま僕に近づいてくる。

 そんな状況で素振りを続ける訳にもいかず、僕が武器を下ろすとレフィーヤさんは僕の近くに座る。

 

「何か用でしょうk「近いんですよ!」酷い...そっちが近くに座ったのに...」

 

 何か用事があるのかと僕も座ろうとし...レフィーヤさんに叩かれる。

 理不尽だとは思うが、こちらを睨みつけてくる見幕に押されるように距離を取り座る。

 

「...聞きましたよ。ソーマ・ファミリアへと襲撃を仕掛けるんですって?たった三人で」

 

 しばしの沈黙の後、レフィーヤさんは「常識がないのはファミリアの特徴ですか?」と話の口火を切る。

 酷い...が、反論できない。

 自分よりも格下が相手だったとしても二人同時に相手どれば敗北が見える、三人以上なら戦う事よりも逃げることを考えろ、とは灰さん達が口を酸っぱくして僕に教え込んだことだ。

 それからすれば、幾ら灰さん達だとしても灰さん達(3人)だけで()ソーマ・ファミリアを潰そうとするの(ファミリア)は無謀と言われても仕方がないだろう。

 

「灰さん達は勝ちますよ」

 

 だけれど僕は灰さん達の勝利を疑わない。

 僕の持つ灰さん達への信頼。

 それは単純な強さだけではなく、もっと別の...心とかそういう物の強さへの信頼だ。

 

 灰さん達は勝つと宣言した。

 ならば勝って帰ってくるのだろう。

 何時もの様に。

 

「~~~っ!

 ...随分と信頼しているんですね?灰達を」

 

「ええ、そりゃあ先輩(ファミリアの仲間)ですから」

 

 言いたいことがあるけれど、どれから口にすればいいのか分からないように、しばらく悶絶したレフィーヤさんは僕へと疑問を投げかけてくる。

 

 だが、それは当然だろう。

 「レフィーヤさんは違うんですか?(アイズさん達の強さを疑っているんですか?)」と逆に聞けば再び悶絶する。

 

 つまるところはそういう事なのだ。

 子どもが親へ向けるように、弟子が師に向けるように。

 後輩()先輩(灰さん達)へと無条件の信頼を向けているのだ。

 誰にも負けない、と。

 

「はぁ。

 ...遠いと思わないんですか?その背中が」

 

「レフィーヤさんは遠いと思っているんですか?」

 

「ちがっ...いえ、そうかもしれません。」

 

 らしくない──尤もそう断言できるほど長い時間を共にしたわけではないけれど、だけど時として一緒に戦ったと言う経験は時間を超越する──言葉に少し笑う。

 18階層で急に僕のライバルであると宣言してきたレフィーヤさんだが、ライバルと言うのはどうやら悩みも似通うらしい。

 笑ってしまってから怒らせてしまったかとレフィーヤさんの方を盗み見るが、僕の事も気にならない程にレフィーヤさんは落ち込んでいるようだ。

 

「私は強くなりました、近づいたはずです。なのに強くなればなるほど分かる、前を行くあの人達の強さが、あの人達との力の差が!」

 

「それは...」

 

「あなたは...前衛でしょう?ならわかるはずです。

 実力の差が!あの背中がどれだけ遠いのか!」

 

 渾身の叫び。

 レフィーヤさんは追い詰められているようだ。

 それこそライバル相手()に悩みを話すほどに。

 

 レフィーヤさんは後衛(魔導士)だ。

 それでも強くなるうちにアイズさん(憧憬)との差に打ちのめされてしまったらしい。

 同じ前衛ならなおのことだ、と思っているらしい。

 

 僕がだした答えがレフィーヤさんにとって有用な物かは分からない、だがそれでも助言はするべきだろう。

 僕もアイズさんに助けてもらったのだから。

 

「それでも追いかけるしかないんですよ」

 

「そんなの...そんなの分かってるんですよ!」

 

 血を吐く様な叫び。

 きっとレフィーヤさんは見失っているのだ。

 自分がどうして冒険者になりたいと思ったのか。

 追いかけようと思った背ばかり見ていて、その背の持ち主の事を見失ってしまっているのだ。

 

「灰さんは...ああ見えて玉ねぎが嫌いなんです。

 夕食に出てくると僕の皿に移そうとして何時も怒られてるんです、知ってました?」

 

「...何を言ってるんです?」

 

 唐突な僕の言葉にレフィーヤさんは訳の分からない物を見るような目で見てくる。

 だが、僕はそれを無視して話を続ける。

 

 狩人さんはポケットに物を入れっぱなしにするから洗濯の時によく怒られている、焚べる者さんは掃除が嫌いで部屋を散らかして物をよく無くしている、狼さんは好物のおはぎを食べた後服で手を拭く癖があるから服に染みがついている。

 

 毒にも薬にもならない他愛もない話。

 それを語り終えた僕は再び尋ねる。

 知ってましたか?と。

 

 レフィーヤさんは少し躊躇った後小さく「知りませんでした」と呟く。

 

「僕にとって灰さん達は憧れ(英雄)です。

 あの人達の後輩(家族)であることは僕の誇りで、自慢です。

 僕はあの人達くらい強い人を知りません。

 

 ...だけどあの人達は理想(完璧)ではないんです。

 あの人達も僕達と同じ()()()()()()なんです。

 貴女の憧れ(アイズさん)はどうですか」

 

「...」

 

 僕の言葉を聞いてレフィーヤさんは深く考え込む。

 しばし静寂だけが流れた。

 レフィーヤさんは重い口をようやく開け「私の...憧れは...アイズさんは...」と何か言おうとした。

 だが僕はその言葉が紡がれるより早く「なーんて、半分ぐらいは受け売りですけどね?」と笑う。

 

 はくはくと、口を開けて閉じて、まるで釣り上げられた魚の様にレフィーヤさんは絶句し、真っ赤な顔になって僕を叩いてくる。

 その腕から逃げながら僕は言う。

 

「僕は僕の遥か前を行くあの人達の背中を守ります。

 強くて、凄くて、途方もない、大好きなあの人達の背中を。

 意外とおっちょこちょいな所がありますからね。

 

 それが、あの人達の背中を見ている(あの人達に追いつこうとする)僕の義務で、あの人達の後ろにいる(あの人達に守られている)僕の権利です。

 レフィーヤさんはどうですか?」

 

 笑っているような、泣いているような、怒っているような、すっきりしているような、複雑な顔をしたレフィーヤさんは僕に一発パンチを入れると「フン!」と鼻を鳴らす。

 

「分かりましたよ!全く、どうして私はあなたに相談なんてしてしまったのでしょうね...ありがとうございます

 

 何時もの様に胸を張るレフィーヤさんの小さな呟きに「どういたしまして」と返すと「そこは聞こえないふりをする所です!」と追いかけ回されてしまう。

 

 しばらく訓練場の中を走り回り、レフィーヤさんが息を切らせて座り込んだことで追いかけっこは終了した。

 僕もレフィーヤさんの隣に座ると、おずおずとレフィーヤさんは話しかけてきた。

 

「その...本当に大丈夫なんですか?ソーマ・ファミリアを相手にするのに、たった三人だけで。事情は詳しく知りませんが、頼めばロキ・ファミリア(うち)だって助け舟くらい...」

 

 「灰達の実力を疑っている訳じゃないんです」と言いながらそれでもレフィーヤさんは心配そうだ。

 

 仕方のない事だ。

 灰さん達の強さは実際に目にしなければ信じれないだろう。

 だけど、だから、僕は断言する。

 

「大丈夫ですよ。僕の先輩は、家族は、世界で一番強いんです」

 

 力強く断言した僕の言葉に、レフィーヤさんはあっけにとられたような表情をして固まっていたが、徐々にその顔が朱に染まっていき「一番強いの(最強)うちのファミリア(アイズさん達)です!」と追いかけっこが再び始まってしまったのは、ご愛嬌と言う奴だろう。

 

 

 

 

 

 

 

SIDE リリルカ・アーデ

 

「ひっく、ひっく...」

 

 ...泣き声がします。

 すすり泣く少女の声が。

 

「そこで頭を冷やすと良い、明日の朝また会おう」

 

「ま、まってください。はんせいしました、ごめんなさい。ここからだしてください。おねがいします!」

 

 次に聞こえたのは冷たい男の声と、遠ざかる声に必死に反省したとだからここから出してくださいと訴える声でした。

 

 ああ、あれは(リリ)です。

 幼い日のリリの姿。

 リリに染み付いた恐怖(トラウマ)の記憶です。

 

 目を開ける。

 いえ、今リリは夢を見ているのでしょうから、夢の中で目を開けると言うのもおかしい話ではあるのですが。

 目に入って来たのはリリの思い描いていた景色(牢屋)

 ソーマ・ファミリアの中にあるお仕置き部屋です。

 

 事の始まりは数日前。

 ヴェルフ様と共にベル様を待っていた時の事でした。

 ヘスティア・ファミリアの方角からの突然の轟音。

 それだけならば「ああ、灰様達が何かしたんだろうなぁ(はいはい、何時もの何時もの)」で済む話だったのですが。

 続くオラリオの街に響く怒号と駆けまわる冒険者達にリリとヴェルフ様は顔を見合わせました。

 

 角に潜み、何かを追いかけている様子の冒険者達の話を盗み聞けば「ヘスティア・ファミリアへの襲撃」という、いろんな意味で正気を疑うような言葉が聞こえました。

 今のは聞き間違えか、或いはリリ達の頭がおかしくなったのか?

 ヴェルフ様と小声で話していればどうやら冒険者達はベル様達を探しているようすです。

 

 ならば話は早い。

 ベル様の敵は自分の敵だ、とヴェルフ様が襲い掛かり、そのフォローをリリがしました...いえ、先に襲い掛かったのはリリの方だったかもしれませんが。

 LV.2へとランクアップしたヴェルフ様、ソウルの業を修めたリリ。

 そこいらのチンピラ紛いの冒険者()()が相手になる訳もなく。

 倒れた仲間に目もくれず逃げ出した冒険者サマから事情を聴こうと、リリはヴェルフ様の制止の声を振り切って追いかけました。

 

 正直に言いましょう。

 リリにとって冒険者()()と言うのは恐怖の対象でした。

 その冒険者()()を良いようにあしらうのが快感だったことは間違いありません。

 率直に言ってリリは調子に乗っていたのです。

 

 そうして追いかけて行った裏路地の先でリリはソーマ・ファミリア団長ザニス・ルストラ(恐怖の象徴)に出会ってしまいました。

 気色悪い程に丁寧にリリに接してくるザニス(団長)

 ですが、その瞳は欲に濁り、歪んだ喜色が光っていました。

 

 リリへと共にファミリアへと帰ろうというザニスの言葉に頷く理由などなかったのですが、「ならば手荒な真似も致し方なしか」というザニスの言葉に考えを改めなければなりませんでした。

 幾らザニスが自らの手を汚さない臆病者であったとしても、LV.2の冒険者という事実は変わりません。

 そしてLV.2になったばかりのヴェルフ様には、ザニス(LV.2の冒険者)を相手にしながら周囲の冒険者とも戦うと言うのは荷が重いでしょう。

 

 その場をおさめる為にヴェルフ様に簡単な事情とベル様への謝罪を言付けて、リリはザニスと共に忌まわしいリリの家、ソーマ・ファミリアへと帰って来たのです。

 正直に言えば事ここに至っても楽観視していました、いえ楽観視していたと言わざるを得ないでしょう。

 

 ザニスは強欲で、暴力的で、外見ばかり整えた内面と外観の釣り合っていない男ですが、逆に言えばそんな男でもギルドから目を付けられていない──少なくともギルドから完璧に目を付けられているヘスティア・ファミリア...と言いますか灰様達よりは注視されていません──程度には頭が回る男です。

 ヘスティア・ファミリアへと(アポロン・)襲撃を仕掛ける様なファミリア(ファミリア)と手を組んでしまったことや、

 ベル様の仲間に手を出した(ヘスティア・ファミリアと関わった)ことを知ればリリを解放すると踏んでいたのです。

 

「...ああ、最後に、私達の家族、リリルカ・アーデを発見しました。アーデ、ソーマ様に心配をおかけしたことを謝りなさい」

 

「...申し訳ありませんでした」

 

「ああ...ザニス。オラリオの街中が騒がしいが、何かあったのか」

 

「いえ?何もありませんとも。ソーマ様におかれましては煩わしい事は全て私に任せていただき、存分に【神の酒(ソーマ)】をお造り頂ければと思います」

 

 ですが、陰気な空気を纏った神様(超越存在)、ソーマ・ファミリアの主神、ソーマ様へと謁見したザニスの言葉にリリは耳を疑いました。

 今この男、ザニス・ルストラは己の主神に虚偽の報告をした(嘘を吐きました)

 神々(超越存在)は人の噓を見抜きます。

 いえ、それ以上に仮にも主神よりファミリアの経営を預かっている立場の人間のすることではありません。

 

「一体何のつもりなんですか!!」

 

「何のつもりとは...?そんなことよりもお前にはこれから働いてもらわなければならない」

 

 ソーマ様の居室から退席すると堪え切れずリリは叫びました。

 ザニスが団長の座にある事を良い事に様々な不正を働いていることは周知の事実です。

 ですが今回の事は次元が違います。

 ソーマ様のあの口ぶりから、ザニスは主神の許可を取ることすらなく他所のファミリア(アポロン・ファミリア)と共謀してヘスティア・ファミリアへと攻撃を仕掛けたのでしょう。

 最早ただの不正どころではない、明らかなる主神への背信です。

 

 ですが、糾弾したリリを意味が分からないと言わんばかりにザニスは見ます。

 

 その瞳は見覚えのある光が宿っていました。

 自分の身の丈を考えずに無謀な冒険を繰り返す冒険者サマ、負けが込んで無茶な賭けを繰り返す酔っ払い、自らの欲に焼かれ破滅する人の目です。

 

 ザニスは曇った眼で未来を語ります。

 お前(リリ)の魔法があれば身元を隠して【神の酒(ソーマ)】を売りさばける、ヘスティア・ファミリアをアポロン・ファミリアが打ち倒せば商売がしやすくなる、ソーマ様が【神の酒(ソーマ)】を作ればまた団員達を望むままに操れる...。

 

 到底実現するとは思えない現実味の薄い未来。

 一言で言ってしまえば願望です。

 そもそもソーマ様はギルドからの通告で【神の酒(ソーマ)】を作ることを禁じられているはず。

 ならば【神の酒(ソーマ)】を餌に団員達を操っていたザニスにとって破滅は目に見えた未来のです。

 

 愚かにもザニスは目の前に迫る破滅から目を逸らし、願望に浸っているのでしょうか?

 いえ、いっそそうならどれだけ良かったでしょう。

 ですが、ソウルの業を修めたリリには、神秘に見え(まみえ)啓蒙を得たリリには分かるのです。

 ザニスは本当にそんな余りにも都合の良すぎる未来がやってくると心の底から信じていると。

 

 あまりにも愚か。

 あまりにも愚劣。

 あまりにも幼稚。

 或いは最初は願望に過ぎなかったのかもしれません。

 ですが今はその願望にザニス自体が呑み込まれているのです。

 

 そのことを知った時リリの心に飛来した物は何でしょう。

 怒りでしょうか、憎悪でしょうか、諦めでしょうか。

 いえ、いっそ哀れみですらあったかもしれません。

 

 ザニスの存在はリリにとって確かな恐怖(トラウマ)でした。

 ですがベル様と出会い、灰様達との特訓を通して強くなった今、リリの目の前にいるのは現実すら見えていない自分の欲に取りつかれている愚物でした。

 

 自分の中にある欲望に焼かれて自滅の道をたどる姿は、狩人様が言う所の獣その物です。

 なるほど。

 或いは狩人様はオラリオに来る前はこんなものを相手にしていたのかもしれません。

 ならばあの獣に対する憎悪も納得がいくという物です。

 

 そんなことを考えているのを悟られたのでしょうか。

 それとも単にお仕置きとして予め決めていたのでしょうか。

 ザニスはリリをこの檻の中に閉じ込めたのです。

 

 外の様子をうかがう事も出来ない閉じられた部屋の中。

 時間の経過を告げるものと言えばリリの下に訪れるザニスと、リリを監視する監視員だけです。

 幼い日のリリが泣き叫んでいるように、かつてのリリにとってこの檻に入れられる、と言うのは凄まじい恐怖でした。

 食事すら監視員が差し入れてくれなければ取れない、泣き叫んでも誰も助けてくれない。

 それこそかつてのリリはこの檻に入れられることをちらつかされただけで従順に従ったものです。

 

 ですが今のリリにとってはそれほど問題でもありません。

 食事だってダンジョンに潜る際の非常食としてソウルに溶かしていた携帯食料を監視員の目を盗み食べ、かつては恐ろしくて眠ることすら出来なかった(暗闇の中)でも熟睡しています。

 

 そんなリリとは裏腹にザニスはどんどん追い詰められているようです。

 リリの下にやってくる度に目は充血し、目の下のクマは濃くなっていきます。

 まあ、どう考えても灰様達にケンカを売ったアポロン・ファミリアは無事ではないでしょうし、そのアポロン・ファミリアに与していたソーマ・ファミリア...と言うよりもザニスの未来は明るい物とは言えないのですから当然ですね。

 

 ざまぁ!!

 

 うっかり長年の恨みが漏れましたが、リリとて呑気に檻の中で過ごしていた訳ではありません。

 当然何とか外に出ようとしました。

 先ずはザニスの説得...と思ったのですが、どうやら情報を確かに集める力すら、或いは正しく現状を理解する力すら失っていたようで、リリが嘘を吐いて自由になろうとしているとしか思われませんでした。

 ならばと檻の鍵を持っている監視員を懐柔しようとしたのですが、これがなかなか難航しています。

 

 アポロン・ファミリアの旗色が悪くなればなるほどソーマ・ファミリア、ひいてはザニスの旗色も悪くなります。

 そうするとソーマ・ファミリアの末端、ザニスに恨みはあれど恩はないような団員達は逃げ出します。

 まあ、そんな末端が【改宗(コンバージョン)】の為のお金を用意できるとも思えないので、どこかに隠れて(灰様達の報復)が過ぎ去るのを待っているのでしょう。

 

 そして残るはザニスの取り巻きだけになります。

 そんな貴重な駒を使ってすることがリリの監視なのですから笑うしかないと言いますか。

 ですがそんな取り巻き達は、ザニスが倒れればファミリア内でも評判の悪い自分達に待ち受けている物が明るい未来ではないことが分かっています。

 いわば一蓮托生、なかなかどうして懐柔するのが難しいのです。

 

 幼いリリのすすり泣きを後ろに、リリのこれまでを振り返りましたが...リリも図太くなったものですねぇ。

 自分のトラウマを目の前にしてパニックになる、どころか冷静に原因を探れるようになるとは思いもよりませんでした。

 かつてのリリならばこの光景()にうなされて、幾度となく目覚め、そして短い眠りを繰り返したことでしょう。

 そうして睡眠不足になった頭ではザニスに抗えず、思うままに操られてきたのです。

 

 今のリリにとって大した問題ではないとは言えです、幼いころの自分が泣いていると言うのは気持ちのいい物ではありません。

 慰めるべきでしょう。

 ...かつてのリリはそれを渇望していたのですから。

 

「だれか、だれか...たすけてください」

 

「ねえ、泣くのを止めなさい。泣いたところで誰も助けに来てくれませんよ」

 

 とりあえず泣くのを止めるように声をかけたのですが、泣き声は止みません。

 まあ当たり前と言えば当たり前ですね。

 そもそもこのリリは過去の記憶なのですから。

 

「...仕方ありませんね。

 泣いている暇はないのですよ?あなたはこれから誰よりも優しい方に会うのです。その方の力になる為にはこんな所で泣いている暇なんてないんですよ。

 ...それにもっと怖い事なんて幾らでもあるのですから」

 

 すすり泣く幼いリリの傍へと寄り、その頭を撫でます。

 ふわふわですね。

 幼いころのリリは身嗜みに気を配る余裕などなく、気を配ってくれる大人も居なかったはずですが。

 これもあくまで記憶の中から生まれた存在()だからという事でしょう。

 

 そんなことを考えながら手を動かしているといつの間にかすすり泣きは止み、安らかな寝息に変わっていました。

 それを聞いているうちにリリにも眠気が襲ってきます。

 ...夢の中でも寝るなんて奇妙な話ですね。

 

 ですが何だっていいのです。

 今のリリが求める物は安らかな眠りでも、優しい夢でもないのです。

 どれだけ辛くとも優しいベル様の力になる為の現実なのですから。

 

 暗がりがリリを包みます。

 どうか、どうか。

 何時から始めたのかも忘れてしまった習慣をリリはします。

 いつかの様に、何時もの様に。

 どうかベル様が無事でありますように。

 

 

 

 

 

 

 物音に目を覚ますとそこには代り映えしない部屋。

 殺風景な部屋にテーブルが置かれ、その上に置かれた酒瓶と椅子に座り眠りこけている監視役がいました。

 わざわざ貴重な人手を割いてまでリリを監視していると言うのに、その実態が()()とは呆れを通り越して悲しみすら覚えますね。

 

「おはよう...と言っても今は夜だがね、気分はどうかな?アーデ」

 

「...最高の眠りでしたが、たった今最悪の目覚めになりました」

 

 いびきで起こされたことに僅かに苛立ちを覚えながら、もう一度寝なおそうかと思っていると僅かな軋みと共にザニスが姿を見せます。

 その顔に唾でも吐きかけてやろうかと考えながらリリはザニスの言葉に答えます。

 

 本当に見たくもない顔を見て気分は最悪です。

 これがベル様だったならどんな最悪の眠りだったとしても最高の目覚めになるのですがね。

 

「はっはっは。元気なようで何よりだ。だが何時までその空元気が続くかな?

 ...さっさと起きろ!今から【神の酒(ソーマ)】の流通を考えねばならん」

 

 苛立った目でリリを睨みつけた後ザニスは交代要員を置いて寝ぼけていた監視員を連れて行きます。

 「そうだ、アポロン・ファミリアが勝てば...【神の酒(ソーマ)】を売り払えば...」と出来もしない空想にふける姿は率直に言って見るに堪えませんね。

 ザニスの取り巻きもすべて投げ出して逃げてしまえば、破滅から逃れることが出来るかもしれませんのに。

 あんな光景を見てなお付き従うなんてリリには分かりません。

 

 ザニスたちが部屋を出ていくとしばらくの間沈黙が訪れます。

 今日の監視員は...ツイてます!

 チャンドラ、ザニスとは反目し合う仲の団員です。

 今日こそ懐柔できるかもしれません。

 

「ねえ、お強い冒険者様。リリの話を...」

 

 リリが団員へと声をかけるとその声を遮るようにチャリンと音が響き渡ります。

 何の音でしょうか。

 リリが音の主を探すと檻のすぐそこ、手を伸ばせば届きそうなところに鍵束が落ちていました。

 

「...なんのつもりです?」

 

「どう考えてもザニスの奴は遠からず破滅する。だったらそれに巻き込まれないようにするのは当然だろうが」

 

 先程までの居眠りをしていた監視員とはまた別の意味合いで監視員失格な行動の理由が読めません。

 何も気がつかないふりをしているべきでしょうか?そっと気付かれないように手を伸ばすべきでしょうか?それとも鍵に飛びつくべきでしょうか。

 

 幾らチャンドラがザニスと反目しあっているとは言え、こうまであからさまな行動にどうするべきか悩んだリリは直接尋ねることにしました。

 酒瓶を煽りながら吐き捨てるようにぶつけられた言葉は現状を正しく理解できている証拠で、だからこそリリを助ける(檻から出そうとしている)つもりなのでしょう。

 ですが同時に疑問も浮かびます。

 

「あなたは何故まだファミリアに残っているのですか?」

 

「ッチ!」

 

 リリの疑問を聞いてチャンドラは激しく舌打ちをします。

 かつてのリリならばそれに怯え口をつぐんだでしょう。

 ですが今のリリはそんな物には怯みません。

 貫く視線に負けた様にチャンドラは口を開きました。

 

「知ってたか?俺はこれでも将来を期待されていた冒険者だったんだぜ。こんなとこに入るまではな」

 

 冒険者になる者は皆希望に胸を膨らませてオラリオへと来るのです。

 富、名声、名誉。

 そんな物を夢見て。

 ですが現実はそう甘くありません。

 

 夢破れ、命を失わない程度のちゃちな仕事と、それで得た僅かなお金を安酒に変えて、苦い現実と暗い将来への不安を飲み下し眠りにつく。

 そうしてまた代わり映えしない日常を繰り返す。

 それは華やかな冒険者都市オラリオの影に潜む、落伍者の現実でした。

 

「...俺はこのファミリアが嫌いだ、団長も、それに(おもね)る団員も...みんなぶっ壊れちまえばいい」

 

 酒臭い息と共に吐きだされたのはファミリアへの憎悪。

 実にソーマ・ファミリアの平均的な日常です。

 酔っぱらいの戯言、ごくごくありふれた物でした。

 

「だがな...だが、あの方は違うだろう。あの方はただ酒造り(自分のしたいこと)をしているだけ。その願いを汚したのは俺達(眷族)だ」

 

 惨めな負け犬そのものの顔をしていたチャンドラはしかし、かつての将来を期待された少年の面影を取り戻し血を吐く様な叫びを口にしました。

 

「俺はあの方に会うまで、あの方の作った酒を飲むまで人生に喜びなんてなかった。ただ周りに言われるがままにダンジョンに潜り強くなるだけの日々。

 だが、あの方に出会って、あの方の作った酒を飲んだ時俺は生きる意味(人生の喜び)を見つけたんだ」

 

「それは...」

 

「分かってる。酒で身持ちを崩しただけだって言いたいんだろう?

 だけどな。俺にとってあの方は間違いなく人生を救ってくれた恩神なんだよ。だったらあの方を見捨てる訳にはいかないだろう」

 

 客観的に見れば、将来有望な冒険者がオラリオに蔓延る罠に引っかかり、そして今も破滅に向かって進んでいるだけなのかもしれません。

 ですが、リリはその姿を否定できません。

 

 もし、もしです。

 ありえないでしょう。起こり得ないでしょう。

 それでも万が一、億が一、無限に広がる未来の果てにベル様がその在り方を変えてしまって、ろくでなしになり果ててしまったとしても。リリは見捨てないでしょう。

 灰様達が見捨てようと、ヘスティア様が見捨てようと、ギルドが見捨てようと、リリだけはベル様に付き従い地獄の底まで喜んでお供します。

 それが世界の全てから見捨てられていた所を救ってもらったリリに出来る恩返しでしょうから。

 

 それは意味のない事なのかもしれません。

 それは愚かなことなのかもしれません。

 それでも、この想い(覚悟)を否定しません、否定させません。

 

「無為なことをしました。すいません。この恩は必ず...」

 

 秘めた覚悟を暴くような真似をしたことを謝ります。

 覚悟とは周知させる意味のあるものと、秘め続けることで意味があるものがあります。

 間違いなくこの覚悟は秘め続けるべきものです。

 

 ですが、チャンドラは面倒臭そうな顔をすると犬でも追い払うように手を振ります。

 そうですね。

 何か言わせてしまえば、ザニスへと言い訳も出来なくなります。

 リリはたまたま落ちていた鍵を拾って逃げ出しただけ。

 そういう事です。

 

 灰様達から庇うくらいはすることを心に誓い、檻の傍に落ちている鍵へと手を伸ばした時でした。

 地響きがしました。

 

「何の音です?」

 

 この部屋はソーマ・ファミリアの拠点の中でも奥まった地下に存在しています。

 そんな場所にまで届く音などよほどの音でしょう。

 チャンドラも酒を飲む手を止め訝しそうな顔で周囲を見渡しています。

 

 この音が何にせよ、ザニス達がやってくる前にこの檻から逃げ出すべきです。

 鍵へと手を伸ばし掴んだ時でした。

 リリの本能()が叫びます。危険だと。

 それと同時に凄まじい物音と共に部屋の壁が粉砕され、大小の瓦礫が飛び散ります。

 

 悲鳴を上げリリとチャンドラは頭を庇い、蹲ります。

 しばらくそのままの体勢で居ましたが、何も起きなかった事で恐る恐る顔を上げます。

 そうして目に入ったのは飛び散った瓦礫と部屋に空いた大穴。

 そして...

 

「ようやく見つけた。無事か?リリルカ・アーデ」

 

 コートについた汚れを払っている狩人様でした。

 




どうも皆さま

私です

本当は一話で終わりにする予定だったのが伸びすぎたので急遽二話に分割いたしました
ここから灰達が大暴れする予定だったのでちょっとシリアスです...シリアスですよね?多分シリアスです、まあシリアスじゃなくてもいいんですが

再びの登場レフィーヤさん
ダンまち本編でも初期から登場しているとヒロインポイントを総ざらいするとか言われていた人ですが
この小説でも出番が来るとやたらと文字数が伸びます
サクッとベル君は灰達を信頼しているよと言う話だけだったはずなのに
どうして...

思えばリリのお話(29話と30話)も文字数が伸びまくりました
この小説の二大文字数伸ばしヒロインであるリリルカとレフィーヤの出番ですから或いはこの結果も当然なのでしょうか

そんなことを言って後書きを終わりにしましょう

それではお疲れさまでしたありがとうございました


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