忍と灰と焚べる者と狩人とダンジョン 連載編   作:noanothermoom

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神の酒(ソーマ)

神々が天界で口にする文字通りの天上の飲み物

かつて、ソーマ・ファミリアの主神ソーマは
自身の存在理由ともいえるこれを眷族達に振舞い
眷族達はその味に虜となった

料理にせよ飲み物にせよ
作るという事はそれを食べる相手がいるからこそ成り立つ行いだ
ソーマにはかつて共に酒杯を交わしたいと願った相手がいた
今はいない



理不尽は嗤い愚者は嘆く

 

「か、狩人様?なっ、えっ?何して...いや、本当に何してるんですか!?」

 

「お前を助けに来たのだが?ご挨拶だな」

 

 瓦礫を乗り越え部屋の中に入ってきた狩人様はリリの叫びに不機嫌そうに答えます。

 狩人様の言う通り助けに来てくださったと言うのならばその態度も当然でしょう。

 助けに来た人物から何をしに来たと言われたのですから。

 

「た、助けに?いや、そうじゃなくて!

 何を持っているんですかって言ってるんですよ!!」

 

 何故狩人様がわざわざ助けに来てくださったのか、何故壁を吹き飛ばして来たのか。

 ツッコミどころは幾らでもあります。

 ですが、そんなことなど些末なことだと言い切ってしまえる物を狩人様は持っていました、いえ担いでいました。

 

 それをなんと表現すればいいでしょうか。

 一番分かりやすく言うのであれば、絡み合った骨の棍棒でしょうか。

 泥の様な奇妙な色合いのそれは硬いようにも柔らかいようにも見え、時折震えるように奇妙に蠢いています。

 間違いなく奇妙な武器と表現するべきものですが、リリには分かります。

 ソウルの業、そして啓蒙を得たリリには()()が何なのか見えてしまったのです。

 

 ■■■■の腕

 

 ■■■■■■と呼ばれる■■■たち

 その中でも小型な個体の、■の■■

 厳密には「■■■■■」でも何でもないが

 ■■■の中には、これを■■として■■う者がいる

 

 ■■は骨の■、■■■■■鈍器■■■■■

 これを■■■■■■とき

 先端■■■■■■■■■■■■蠢く■■■

 

 ゴゴゴゴ、と蠢くような音が脳に響きます。

 見えたその内容を理解することすら出来ませんが、その事実がこれが禄でもない物だと語っています。

 

「小アメンの腕だが?」

 

「そんなことを聞いたんじゃ...いや、語らないでください聞きたくないです」

 

 リリの叫びに「狩人の悪夢で見出した...」と語り始めた狩人様を制止します。

 これ以上の啓蒙とか要りませんよ!

 

「そんなことより...そうです!鍵です!!」

 

 するべきことを思い出したリリは「室内(狭い場所)での戦いでは便利なのだがな...」と呟いた狩人様を無視して、鍵を探します。

 先程の爆発で拾い損ねましたが、今度こそ鍵を拾ってこの檻から脱出するのです。

 

「鍵...?」

 

「そうです!そこに、鍵が...落ちて...いたんですよ」

 

 不思議そうな狩人様に答えながら床に目をやりますが、そこには瓦礫が山と積まれているだけです。

 鍵は瓦礫の下敷きになってしまったのでしょうか、或いは弾き飛ばされて何処かに行ってしまった?

 いえ、そもそも万が一見つかったとしてもさっきの衝撃で鍵が歪んで使い物にならない可能性も十分に考えられます。

 折角脱出する手段に手が届きそうだったと言うのに。

 

「ああ、その錠を外したいのか。少し下がっていろ」

 

「ちょっと待ってください、何するつも、「バキン!」ひゃあ!」

 

 落ち込むリリへと声をかけた狩人様は下がっているように言うと手に持ったそれ(小アメンの腕)を振り上げます。

 いやな予感に何をするつもりかと叫んだリリを無視して、振りかぶられた小アメンの腕は握りしめられた拳が開くように開き、その鋭い先端を周囲を威嚇するように──或いは自分を握る狩人様を狙うように──振り回し、そして狩人様はその動きを力尽くで抑え込み振り下ろしました。

 

 風切り音と金属が砕ける音。

 その後には沈黙だけが残り、思い出したかのような僅かな軋みと共に檻の扉はその仕事を放棄し。

 狩人様は事もなげに「開いたぞ」と言いました。

 

「いや、リリ待ってって言いましたよね!?」

 

「ところでこいつは叩いておくべきか?」

 

「人の話を聞いて頂けますかね!?」

 

 さっさと出てこいと言わんばかりの視線を送ってくる狩人様へと思わず叫びます。

 しかし狩人様の興味は既にチャンドラへと向いています。

 

 ソーマ・ファミリアの他の冒険者サマとは違いまともに鍛えていたからでしょう。

 自分に向かってくる瓦礫をはっきりと認識してしまい、かといって瓦礫を防げるほどの強さを持っている訳でもなく。

 結果として自分に向かってくる瓦礫を見続ける羽目になったチャンドラは口から泡を吹き、その足の間からは...これ以上はリリの口からは言えません。

 

 何にせよリリに言える事は、リリはサポーターです。

 ダンジョンに潜る者の嗜みとして様々な道具をソウルに溶かし込んでいます。

 その中に携帯トイレもあったことと、目が覚めて監視員が寝ている間にとトイレを済ませた過去のリリをほめるだけです。

 いえ、全く他意はないのですが。

 

「その方はリリを助けようとしてくださいました。敵ではありません」

 

「...そうか。ならば戻るか。灰達も...怪我なんぞしないだろうが、そろそろ飽きて来た頃だろうしな」

 

「灰様達も!?」

 

 リリの驚愕に狩人様は答えました。

 灰様と焚べる者様は()で暴れて、その隙に狩人様が拠点のどこかに捕らえられているリリを探す。

 それが灰様達の計画だそうです。

 

 「流石の私達でもファミリアを相手に真正面から磨り潰すのには時間がかかる」とは狩人様の言葉ですが...出来ないとは言わないんですね。

 まあ、大言壮語、虚言の類だ、なんて間違ってもあり得ないでしょうが。

 

 ですが滅茶苦茶です。

 たった二人だけでソーマ・ファミリアを相手取ろうとするのも、たった一人で拠点の中を進むのも、時間が無いからと言って壁を破壊して目的地までまっすぐ進むのも。

 常人なら実行しようとは、いえ常人なら考えつきもしませんよ。

 何が一番無茶苦茶って、この無茶苦茶な計画が最も効率的だと言い切れる灰様達の強さです。

 

 アポロン・ファミリアとの【戦争遊戯(ウォーゲーム)】が待ち構えている──正直、アポロン様の正気を疑います──以上出せる人数も時間も余裕が有る訳ではありません、ならば最大戦力を以てぶつかるのは間違いではないはずです。

 暴れ回る灰様達を無視など出来るはずもなく、どう足掻いても対応する為に人数を割く必要があり、拠点の中に残っている人が少なく見つかりにくい状況であり、なおかつ神秘と啓蒙によって大体の位置が分かっているのであれば壁を抜いて真っ直ぐに行くのが最速でしょう。

 もう一度言いますが、だからって実行するのは頭おかしいですけれどね。

 

 とにかく、「こっちだ」と言って先導する狩人様の後について行けばぼろぼろの拠点内をしばらく歩くことになりました。

 なんですかねぇ。

 この拠点はリリにとってリリを捕らえる檻、必死に逃げようとすることはあっても、郷愁を覚える事なんてないはずなのですが、ここまでぼろぼろにされていると流石に悲しくなります。

 

 そんなリリの気持ちなど知った事かと、リリ達を迎え入れたのはぼろぼろになった庭と、灰様達、そして無力化されて積み上げられた冒険者サマの山でした。

 えー。

 

「お?ようやく御到着か」

 

「いい加減冒険者達(暇つぶしの種)も尽きかけて来た所だ」

 

 掴んでいた冒険者サマを飽きたおもちゃの様に投げ捨てる灰様と、拳に着いた血を拭う焚べる者様。

 

 お二人は陽動としてソーマ・ファミリアの注目を集める必要があり、冒険者サマ達が逃げ出すほどにやり過ぎない程度に暴れていたそうです。

 素手で。

 

 理由は色々あるそうで。

 下手に武器なんかを出すよりも素手の方が手加減しやすいと言うのと、団長命令(ベル様からのお願い)、【無駄に暴力を振るわない】を守るため、あんまりにも弱すぎるから縛りを入れて遊んでいた、ect...。

 

 ...いや、分かってはいましたよ?そりゃあ灰様達です。御一人だって戦力過多もいい所なのに、御三方が勢ぞろいです。

 ソーマ・ファミリア、弱いものいじめしかしていない冒険者サマ達が敵う訳なんか一つもないのです。

 殺されることすら無い、雑に無力化されて玩具にされるのは避けられない未来でしょう。

 

 ですけれどねぇ、こう、あるじゃないですか。

 仮にもソーマ・ファミリアの冒険者サマ達はリリにとって恐れ続けた恐怖の象徴(トラウマ)だったわけですよ。

 ですが、ベル様への想いを胸に、立ち向かおうと決意していたんですよ?

 それを暇つぶしと言わんばかりに潰されては流石に思う所もあろうという物ですよ。

 いやまあ、助かったのは事実ですけれど。

 

 何とも言い難い状況に思わず黄昏ます。

 ですが、黄昏ているリリの耳に震えた声が入ってきました。

 

「あ、あり得ん...ソーマ・ファミリア(我々)が全滅だと...?

 これは夢だ...悪い夢...」

 

 頭を抱え震える生き残り(ザニス)

 ソーマ様(主神)がギルドの運営に興味がないのをいいことに、【神の酒(ソーマ)】を餌にして団員を良いように使っていた男の末路がそこには居ました。

 

「そうだ、これは夢だ。そうでなければ、灰達に敵視される理由など何処にも...」

 

「ほざくじゃぁないか獣が。私達がお前を見逃すとでも?」

 

「ひっ、ぬ、抜かせ。ここに居るのが私達の全てだとでも思っていたのか!

 お前たちの弱点は分かっている、今頃お前たちの泊っている場所に私達の別動隊が「うるせえ!!」」

 

 狩人様に現実を突きつけられ、怯えた先に逆に恫喝しようとでもしたのでしょうか。

 ですが、ザニスは言葉を最後まで紡ぐことも出来ず、灰様に殴り飛ばされ悲鳴も上げる事も出来ずに気絶しました。

 

 怨敵の無様もあそこまで行くと、いっそ憐れみすら覚えますね。

 いや、そんなもの覚えている場合じゃありません。

 

「泊っている場所って、まさか別動隊はベル様達を狙って!?」

 

「まあ落ち着くんだよ」

 

 急がなければ、と焦るリリをヘスティア様が諫めます。

 

「気持ちは分かるよ?だけど僕達は今ロキ・ファミリア(ロキの所)の一角に間借りしているんだ。あんなチンピラ紛いが乗り込める場所じゃない、それにこういう時の為に狼君を残して来たんだ、問題は何もないよ」

 

「狼にとって、最も大切なものは九郎()だ。九郎を害そうとした者への怒りは或いは私が獣に向ける物以上の物にすらなるかもしれん」

 

 ヘスティア・ファミリア唯一の非戦闘員である九郎様。

 それこそがヘスティア・ファミリアの弱点であると考えるのは当然でしょう。

 では何故これまで狙われなかったのか。

 答えは簡単です。

 九郎様を狙った人物は全て狼様の手によって消されたから。

 ですから九郎様を狙った時何が起きるのかは誰にも分からない。

 

 「俺達の中でも一番温厚な狼の逆鱗にわざわざ触れるとか、別動隊とやら終わったわ」とは灰様の言葉です。

 一応死んではないと思うとも言っていましたが、狩人様のそれを超える怒りとか、それに晒されているのに死ねない方が怖いです。

 

「ともかく、残りのメンバー(ここに居ない団員)については心配はいらない。それよりもサポーター君の方だ。今後こんなことが無いようにこの機会に【改宗(コンバージョン)】をする。その為のお金も持ってきたんだ」

 

「えっ...お金(代金)を持ってきていたのなら、何故戦ったんですか?」

 

 ヘスティア様が懐から取り出した重そうな袋。

 じゃらじゃらとこすれる音がするその中に十分なお金が入っているのは間違いないでしょう。

 ですがお金があるのならば交渉の余地があったのでは?と言うリリの疑問は灰様の「俺達が視界に入った途端襲い掛かって来た」と言う言葉で解消されました。

 

 そうですね。

 襲撃を受けた時の対応としては間違えてはいなかったのかもしれませんが...。

 思わず未だ気を失ったままのザニスへと視線を向けます。

 とことん選択という選択を間違えましたね。

 

 頭を振り憐れみを断ち切ります。

 幾ら灰様達がいるとは言え、灰様達が冒険者達を叩き潰したとはいえ、ここは(ソーマ・ファミリア)の本拠地。

 気を抜いていい訳がないのです。

 

主神(ソーマ様)の居室まで案内します。ついて来てください」

 

 リリの先導でソーマ様の部屋まで移動します。

 足を掴まれて思いっきり引きずられながら持ち運ばれているザニスから目を逸らしながら、リリは進みました。

 流石に可哀想じゃないですか?

 

 

 

 

 

 バァン!と扉が乱暴に蹴り開けられます。

 蹴り開けた張本人、灰様は悪びれた様子も見せずに「邪魔するぞ」とずかずか侵入していきます。

 壁には無数の棚と棚に並べられた酒瓶(ソーマ)、床には大きな鍋と酒造りに使ったのでしょうか、様々な素材が破片となって散らばっていました。

 ここはソーマ・ファミリア主神、ソーマ様の居室です。

 しかし部屋の主、ソーマ様は物音にも闖入者にも微塵も興味を示さず、何も起きなかったかのように酒造りをする手を止めることなく、いえ視線を向けることなく酒造りを続けていました。

 

「ソーマ...ソーマ!!

 

「なんだ騒がしい...ヘスティアか」

 

 ですが、流石のソーマ様もヘスティア様(同じ神)からの声を無視することは出来なかったようで、鍋に向けていた視線をヘスティア様へと向けます。

 

「君の所の子どもについて話が有る!」

 

「話はザニスを通せ、ファミリアの運営は全て()()に任せてある」

 

「そのザニス君が話にならないから直接話をしに来たんだ!」

 

 しかし、言葉が届くことと話が通じることはまた別です。

 ヘスティア様は必死にソーマ様へと声を掛けますがにべもなく流され、そんな神様二人の後ろで灰様達は「やはり叩き起こして...」だの「渋るようなら腕の一本も...」だの恐ろしい事を話しています。

 

 一見するとヘスティア様が懇願しているようにも見えるこの状況。

 ですが、実際にはソーマ様がこの状況からどうにかする方法などありません。

 ならばこのまま待っていれば、リリはソーマファミリアを脱退してヘスティア・ファミリアへと【改宗(コンバージョン)】出来るのでしょう。

 ならば、このままいるべきなのです。

 分かってはいるのです。

 

 ですが、リリの脳裏によぎるのは、初めて【廃教会(ベル様の拠点)】へと行ったあの日の言葉。

 

 『リリはリリの力でソーマ・ファミリアから離れてこそ、本当に胸を張って生きていけるのだと思うのですよ』

 

 正直に言えば、あの言葉はベル様にならともかく、灰様達に借りを作りたくない(関わり合いになりたくない)という思いが多分に含まれていました。

 それでも今は違います。

 ただ流されるがままにヘスティア・ファミリアへと入るなど。

 それで本当にリリはベル様の仲間になれたと言えるのでしょうか。

 

 リリは覚悟を決めソーマ様へと声を掛けます。

 

「ソーマ様。リリはベル様の力になりたいのです。どうかヘスティア様のファミリアへと【改宗(コンバージョン)】することを許してください」

 

「...」

 

 無感情なソーマ様の瞳がリリを射抜きます。

 

「...お前が俺の子ども(ソーマ・ファミリア)だと言うのならば、分かっているはずだ。ファミリアの全ては団長(ザニス)に任せてある...だが」

 

 ヘスティア様の言葉も、灰様達の言葉も、リリの懇願もソーマ様の()を揺らすに足りず。

 ですが、ソーマ様は傍に置いてあった酒瓶からコップへとなみなみと注ぎます。ソーマ様の作ったお酒【神の酒(ソーマ)】を。

 

()()を飲み干した後...お前が同じことを口に出来るのならば...その言葉を聞こう」

 

 リリの手の中にある酒杯。

 その中には一口でも(子ども)を壊すのに十分な【神の酒(ソーマ)】がなみなみと注がれています。

 

 躊躇は一瞬でした。

 いえ、一瞬も躊躇してしまったと言うべきでしょう。

 

「止めるんだ。サポーター君、いやリリルカ君!!」

 

 目を見開きリリを止めようとするヘスティア様を

 

「...」

 

 無言でこちらを見てくる灰様を

 

「む...一体何が...「もう一度寝ていろ」」

 

 意識を取り戻そうとしたザニスをもう一度眠らせた焚べる者様を

 

「蛞蝓擬きが...」

 

 そして射殺さんばかりの眼光でソーマ様を睨みつける、ですがリリの行いを止めようとはしない狩人様を見ました。

 

 ああ、リリは幸せです。

 リリの身を案じて下さる神様(ヘスティア様)に出会えました。

 リリのしたい事を理解して、その覚悟を尊重してくれる方(灰様達)に出会えました。

 そして、リリの全てを捧げても全く惜しくない方(ベル様)に出会えました。

 

 そのまま手の中にある酒杯に口をつけ一息に飲み干します。

 視界が歪み、立っている事もままなりません。

 そのままリリの意識は溶けて消えてしまいました。

 

 

 

 

 

 最初に感じたのは甘美な旨味。

 美味しいと言う言葉では言い表せない程に美味しいのに、美味しいと言う言葉以外で表せない極上の、いえ天上の味。

 正しく【神の酒】の名に違わぬ旨味の極致。

 

 次いで感じたのは眠りにも似た酩酊。

 リリの心にこびりついた過去の悲しみも、苦しみも、憂いも、喜びも、全ての思い出が霧の向こう側へと遠ざかってしまったかのように何も思い出せない、安らかな夢のような酔い。

 これを味わってしまえば何をしたとしてももう一度【神の酒(ソーマ)】を飲もうとするでしょう。

 

 そうしてリリの覚悟など全て溶かされ、体から流れ出てしまいました。

 まるで骨が溶けてしまったかのようにグニャグニャになって、地面に倒れ伏しているはずですが、その脱力しきっている状況そのものがこの上なく心地よい。

 【神の酒(ソーマ)】を飲めない、この心地よさを得られないこと以上の恐怖など存在しないと言い切れるだけの心地よさ。

 

 仕方がない、と。

 リリの僅かに残った理性は言います。

 こんなものに、【神の酒(ソーマ)】に人の身(子ども)が抗えるわけがないのです。

 ただ、この心地よさに身を任せてしまえばいいとリリの知性は言うのです。

 

 ですが、どうしてでしょう。

 叫びが聞こえます。

 リリの体の奥。

 グニャグニャになったその奥にあるナニカが叫ぶのです。

 違う、と。

 

 (リリ)は知っている、と。

 この【神の酒(ソーマ)】よりも美味しい物を知っている、と。

 

 あり得ません。

 リリの人生で口にした中で間違いなく最も高価な物(ソーマ)に勝るようなものなど存在するはずがありません。

 リリの全てがその言葉を否定しようとします。

 ですが、リリの魂は叫ぶのです。

 「ベル様達と【廃教会(ベル様達の拠点)】で食べた食事はもっと美味しかった」、と。

 

 リリが願い続けた眠りにも似た酩酊。

 この価値はこの上ない価値があります。

 それこそリリの持つすべてを、いえ人生そのものを対価にしたとしても惜しくありません。

 

 ですが、やはり叫びが聞こえるのです。

 違うと。

 酔いとは違う熱を持った声が聞こえるのです。

 

 決して、決して。

 何を目の前に積み上げられたとしても【ヘスティアメダル(ヘスティア様から頂いた物)】を差し出すことなど出来ないと。

 ヘスティア様から頂いた、灰様達に認めて頂いた、ベル様と家族になったこの証だけは何があろうと手放すことはない、と。

 

 リリの全ては溶けました。

 ですがそれでもベル様への想いだけは残っているのです。

 ならばそれを杖に再び立ち上がれます。

 

 リリが立ち上がると目の前に私がいました。

 いつかの悪夢を思い出すような状況。

 しかし今のリリには目の前の私が何なのか分かっています。

 

「あなたは私。私の魂(リリルカ・アーデのソウル)

 

 リリのソウルは頷き、そして怯えた表情になります。

 

「ヘスティア様を、灰様達を、ベル様を信じています。ですが本当に、本当に未来とはこの安らぎを失ってでも手に入れようとするだけの価値がある物なのでしょうか」

 

 リリは分かっています。

 目の前のリリ(ソウル)の言葉はリリの魂からの言葉。

 【神の酒(ソーマ)】よりもベル様達と食べた食事が美味しかったと言う叫びも、リリの持つヘスティアメダルは何にも代えられない価値があるという熱も、そしてこの酔いから醒めるのが恐ろしいと言う怯えも。

 全てリリの心からの本音です。

 

 俯いてしまったリリのソウルの手を握ります。

 未来は恐ろしいです。

 ですが、それでもと言い続けるのです。

 ベル様はそうしていますから。

 ベル様について行くにはそうするしかないのですから。

 

「恐ろしい事なんて幾らでもありますよ。ですが今ここで立ち上がらないことの方が恐ろしいのです」

 

 (リリ)を鼓舞するようにリリは口にします。

 

「あるのですか?もっと恐ろしいことが。

 そして安寧()から覚めなければならない理由が!」

 

 リリ()が怯えた様に叫びます。

 

「ありますよ?

 ベル様の力になれない事、足を引っ張ってしまう事、この想いを失ってしまう事。

 ...ですが差し当たってはこのまま夢の中にいると(寝ていれば)降りかかるだろう狩人様の怒りが恐ろしいです」

 

 僅かな茶目っ気を加えてウインクを一つすれば、(リリ)が呆気にとられたような顔になります。

 

「それは...恐ろしいですね」

 

 (リリ)が再び恐ろしいと口にしました。

 ですがその言葉には先程までの怯えはありません。

 

「ええ、怖いです。ですから起きますよ私」

 

 目覚めます。

 恐れも、惑いも、不安も。

 全てリリ()だと認めて。

 

 

 

 

 

 

 

「...目覚めなかったか。ならば話は終わりだ」

 

「ッ!!

 だとしても!サポーター君はボク達の家族だ!

 たとえこんな状況でも【改宗(コンバージョン)】は...「勝手に...諦めさせないで...頂けますか?」サポーター君!?」

 

 目覚めと共に聞こえてきたのはソーマ様の落胆したような声と、ヘスティア様の今にも泣きだしそうな声。

 乾いて動かしにくい口を何とか動かします。

 

 頭が痛いです。

 視界が定まりません。

 地面が揺れています。

 そう、詰まる所これは二日酔いッ!!

 

 いえ、冗談ではなく。

 それほどお酒に強い訳でもないのに【アルコール(神の酒)】を一気飲みしたせいで急速に酔いが全身に回り急性アルコール中毒を起こしたのでしょう。

 とは言えそれは想定内。

 狩人様から借り受けている聖歌の鐘を【神の酒(ソーマ)】を飲み干すと同時に鳴らし、出来る限りの回復を図ったのですが、リリの精神力では二日酔い程度に収めるので精一杯だったようです。

 

 ですが、リリの行いは間違いなく神の上を行きました。

 ヘスティア様はリリに抱き着くようにして無事を確認しており、ソーマ様も髪の奥に秘められた瞳が見開かれているのが分かります。

 ...あの、ヘスティア様?そんなに揺さぶられると気持ち悪くなります。

 

 何とかヘスティア様の抱擁から抜け出し、ソーマ様へと言葉を突きつけます。

 

「リリは約束を果たしました。ソーマ・ファミリアからの脱退(リリの願い)認めて(叶えて)ください」

 

「.........分かった」

 

 リリの言葉にソーマ様は深く考え込んだ後、小さく承諾しました。

 

 眷族は全滅。

 (灰様達)は目の前に迫り、同胞(ヘスティア様)に詰め寄られている。

 ならばソーマ様にこの状況からどうにかする手段などないのです。

 ですからこの結果は必然なのです。

 

「...『神ソーマの名の下にリリルカ・アーデのファミリア脱退を認める。』」

 

 ようやく、です。

 リリはようやくソーマ・ファミリアから抜けられます。

 この時をどれだけ待ち望んで来たでしょうか、それこそ夢にまで見た情景です。

 このファミリアに苦い思い出こそあれど、優しい思い出などありません。

 ソーマ様に恨みこそあれど感謝の念などあるはずもないのです。

 

 なのに、どうしてでしょう。

 小さくソーマ様が呟いた言葉が耳から離れません。

 

 幸せにおなり。

 

 何をいまさら。

 そう怒っていいはずなのです。

 言われなくとも。

 そう目を背ける権利がリリにはあるはずです。

 ですがリリの瞳はソーマ様、陰気で()()()()美貌をもじゃもじゃの髪で隠すその方から離れないのです。

 

『だがな...だが、あの方は違うだろう。あの方はただ酒造り(自分のしたいこと)をしているだけ。その願いを汚したのは俺達(眷族)だ』

 

 チャンドラの言葉が耳の奥から響きます。

 そう、なのでしょうか。

 リリ(眷族)がそうであったように、ソーマ様(主神)もまたリリ達(眷族達)へと失望した出来事があったのでしょうか、そうして期待しないようになったのでしょうか。

 もし何かが違えばソーマ・ファミリアはもっとましなファミリアに成り得たのでしょうか。

 

 そんなことを考えながら、リリは止まらない涙を拭っていたのです。

 

 

 

 




どうも皆さま

私です

この章最大の馬鹿は誰かと聞かれれば
私はこう答えます
ザニス(ソーマ・ファミリア団長)だと

実は32話でザニスはあくまでリリ(とカヌゥ達)がヘスティア・ファミリア(灰達)と揉めたとしか言っていません
ええ、つまりは思いっきり灰達が施した由縁隠しの秘匿に嵌っており、ベルとヘスティア・ファミリア、ひいては灰達の存在が結びついていません
リリを攫った?(まあ一応団長なのでヘスティア・ファミリアにつかまっていた団員を助けただけと言い訳できる範囲ではあるのですが)のもあくまで無名のルーキー(ベル・クラネル)が団長をしているファミリアから取り戻しただけのつもりです
奇跡的な馬鹿ですね

ベル君の存在とヘスティア・ファミリアが結びつかない──正確には灰達が施した由縁隠しの秘匿に嵌っている──くらいの情報力に
アポロン・ファミリアの誘いに乗るほどの浅い考え
灰達が──襲撃目的だったとしても──やって来ただけで襲い掛かり、ただでさえ少ない兵力を分けて別動隊とか作って九郎たちを狙わせる悪い意味での思い切りの良さ
その様子はさながら団長降格RTAでもやっていらっしゃる?
と言いたくなる様です

実はザニスが灰によって気絶させられた後
ソーマの居室まで案内しろ!
嫌?なら足か腕のどっちかを選べ選ばなかった方をへし折る
と尋問される予定だったのですが書き終わってから気がつきました
リリがいるからザニス叩き起こす必要ねえ、と
結果ザニスの出番は減りました
やったねザニス五体満足で生きながらえたよ

まあぜんりょうないっぱんぼうけんしゃである火の無い灰達は
偶々見つけたソーマ・ファミリアの不正の数々の証拠付きでザニスをギルドに突き出すのですが
牢屋の臭い飯は灰達に狙われながら食べる食事よりも美味しいでしょう
良かったネ!

そんなことを言いながら後書きを終わりにしましょう

それではお疲れさまでしたありがとうございました

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