忍と灰と焚べる者と狩人とダンジョン 連載編   作:noanothermoom

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今回のお話はぐずぐずしている間にかなりタイミングを逃したものです
許しておくれ...







ルカティエルの風鈴

この夏ルカティエル商会が発売する新商品
風の良く通る所に吊るしておくことで
涼やかな音と共に冷気をお届けいたします(カタログより参照)

焚べる者が考案したマジックアイテム
九郎より極東の暑い夏を乗り越える為の知恵を聞きそれを再現した物...ではあるのだが
勘違いとすれ違いの果てに鳴り響くたびに冷気をまき散らすマジックアイテムになった
即ち失敗作である

だが風が吹くたびに鳴り響く涼やかな音は極東(葦名)の夏を連想させ
帰るべき場所を求める郷愁を呼び起こす

たとえこれが放つ冷気が上層のモンスターぐらいならば容易く討伐できるものだとしても



新生ヘスティア・ファミリアの平穏なる日 或いはオラリオの夏

 

 

SIDE リリルカ・アーデ

 

 じりじりと太陽がリリ達を焦がします。

 今ほど愛用のローブを恨んだことは、いえこれ程日差しが強いのならば一周回ってこっちの方が涼しいのでしょうか。

 あまりにも暑すぎて頭が回りません。

 

リリ、大丈夫?

 

 ベル様がこちらを心配そうに見てきますが、そのベル様も滝のように汗を流しています。

 何にせよもうすぐ目的地へと着くのです。

 もうひと頑張りです。

 

た、ただいま戻りました...

 

「おかえり暑かった...大丈夫かい!?」

 

 ベル様のただいまと言う挨拶に答えたのはヘスティア様でした...が、リリ達の姿を見るとその顔色を変えます。

 そのまま挨拶を続けようとするベル様とリリの手を引っ張り強引に建物の中に引き入れます。

 

「酷い顔色ですよ。これをどうぞ」

 

「「いただきます」」

 

 リリ達が連れてこられた先は食堂でした。

 ひやりとした空気が心地よいです。

 ヘスティア様の「そこに座っているんだぞ!動いちゃだめだからな!!」と言う言葉に従っていると、九郎様がお盆にガラスのコップを載せて持ってきてくれました。

 

 コップの中身は...氷入りのお茶ですか。

 ガラスのコップと言い、氷入りのお茶と言いまた贅沢なと言いたいところですが、厳しい日差しの下を歩いてきた身にはありがたいです。

 いただきます、とベル様と声を揃えてあいさつをした後手を伸ばしました。

 

 冷たい!

 

 手が触れると同時にビックリするような冷たさがリリを迎えました。

 ただお茶(中身)が冷たいだけではありえない冷たさは、コップその物をあらかじめ冷やしておいたのでしょう。

 九郎様の細やかな気遣いに感謝しながら口をつけると、口の中に期待を裏切らない冷たさと豊かなうま味が広がります。

 

「はぁ...」

 

 我慢なんてできるはずありません。

 一息でお茶を飲み干すと自然とため息が零れます。

 コップを机に戻すとカランと氷が涼しげな音を奏でます。

 後に残るのは鼻から抜ける爽やかな香りと舌の先に僅かに感じる苦味、いえ渋みでしょうか?

 ですがそれは暑さに疲れた体に活を入れてくれます。

 長々と語りましたがつまりはとっても美味しいです。

 

「どうかな、なんて聞かなくてもその顔を見れば一目だね。九郎君、ボクにもお茶をくれるかな?」

 

「ええ、喜んで」

 

「あっちいなおい!

 おっ?美味そうなもん飲んでるじゃねえか。俺達にもくれよ」

 

「暑い、熱い、あつい」

 

 お茶を飲むリリ達の様子があまりにも美味しそうだったのでしょうか、ヘスティア様も九郎様にお茶をお願いします。

 ヘスティア様の注文を受けて九郎様がお茶の用意をしようとした時です。

 食堂の扉が開きました。

 リリ達が視線をそちらに向ければ汗だくのヴェルフ様と(みこと)様がそこにいました。

 

 ◆◆◆◆

 

 オラリオの街を巻き込んだアポロン・ファミリアのヘスティア・ファミリア襲撃からしばらく。

 大方の予想を裏切らず【戦争遊戯(ウォーゲーム)】はヘスティア・ファミリアの大勝。

 アポロン様は財産の殆どを賠償金として毟り取られたうえでオラリオから追放となりました。

 

 ヘスティア様と恨みを持つ神様達によってぼこぼこにされた上で荷台に乗せられ運ばれていった(オラリオの外へと追放された)アポロン様の姿は実に哀れでしたが、灰様達にケンカを売った末路としては...まあましな方なんじゃないですかね?

 

 閑話休題。

 兎にも角にも賠償金の一部として分捕った拠点を掃除と整備をして新拠点【竈火(かまど)の館】としてベル様達との共同生活(ヘスティア・ファミリアでの生活)が始まりました。

 灰様達による騒動に巻き込まれたり、夜中に暗がり立っている灰様に気がついて叫んだり、ベル様の巻き起こした騒動に巻き込まれたり、夜中に狩人様にばったり会って叫んだり、ヘスティア様の引き起こした事件に巻き込まれたり、夜中に背後から狼様に声をかけられて叫んだり...。

 ...碌な思い出がありませんね?

 

 い、いえ。いい事も沢山あるんですよ?

 例えば今団員が集まったことで始まったお茶会だとかもその一つです。

 【寂しがり屋のヘスティア様(主神)が望んだ触れ合い(コミュニケーション)の場】とは灰様の言葉ですが、ヘスティア様曰く「灰君達はもうちょっとボクと触れ合うべきだと思わないかい!?」とのことです。

 まあ...そうですね。

 何にせよ気の知れた仲間とこうして落ち着いた空気の中お茶の飲む時間と言うのはとても贅沢なことだと思うのですよ。

 

「さあ、さあ。今日のお茶請けはこれですよ」

 

「これは...お饅頭?」

 

「えらく小せぇまんじゅうだな?」

 

 リリがそんなことを考えていると九郎様がお茶請けを持ってくださいました。

 お皿の上に載っていたのはお饅頭。

 九郎様や命様の故郷(極東)のお菓子ですね。

 ただリリの知るお饅頭よりもかなりサイズが小さいです。

 

 小人族(リリ)にとっての一口サイズ。

 ヘスティア様や命様女性陣ならともかく、ベル様やヴェルフ様(男性陣)にとっては物足りないかもしれませんね。

 そんなことを考えながら一つ口に入れ...驚愕しました。

 

「!?しょ、しょっぱい?」

 

 口の中に広がるのはしょっぱさ(塩味)

 予想だにもしない味に目を白黒させると、九郎様が悪戯っぽく笑って舌を出したのが見えました。

 

「塩饅頭?」

 

「ええ、こう暑いときは水分だけでなく塩分もとらねば、と聞きますから」

 

 九郎様の語る所によりますとこのお饅頭はただのお饅頭ではなく、塩味のお饅頭だそうです。

 皿の上から一つお饅頭を摘み口に入れると先程と同じしょっぱさ(塩味)が口の中に広がります。

 ですがしっかりと味わうとしょっぱさの奥に確かな甘みを感じました。

 何でも九郎様の職場【食事処 葦名】でのこの夏の新メニューの一つとしてお茶と一緒に出す予定だそうで。

 

 ふむ。

 少し渋いと感じる程の濃い目のお茶としょっぱいお饅頭。

 奇妙な取り合わせに思えましたが、なかなかどうして。

 

 お茶を飲んだ後でははっきりと甘味が分かるのも面白いですし、お饅頭が小さいことで食べた後お茶を一口飲めばともすれば奇妙ともいえる味もさっぱりと消えます、後に残るのは渋めのお茶の香り。

 そうなればまた甘味が恋しくなりお饅頭へと自然と手が伸びていきます。

 そうして幾度かお饅頭を口にすれば甘さとしょっぱさ、いえ甘じょっぱさとでも言うべき新しい味にも慣れてきます。

 

 濃い目のお茶に小さいお饅頭。

 ちぐはぐにすら感じるそれらは計算されつくしたコンビネーションでこちらを攻めてくるのです。

 気がつけば目の前のお皿に盛られていたお饅頭はすっかり消えていました。

 ...食べすぎたかもしれません。

 

「サポーター君、リリルカ君の【改宗(コンバージョン)】も無事済んだんだろう?」

 

「ええ、書類の提出も済みましたからリリはこれで名実ともに、ヘスティア・ファミリアの冒険者です」

 

 空っぽになったお皿を眺めているとヘスティア様とベル様が話しているのが聞こえました。

 

 リリとヴェルフ様と命様は先の【戦争遊戯】にあたって、元のファミリアからヘスティア・ファミリアに【改宗(コンバージョン)】してベル様の仲間として戦ったのですが、実の所リリはまだ正式にはヘスティア・ファミリアに所属していなかったのです。

 それはリリが前所属していたファミリア(ソーマ・ファミリア)が原因なのです。

 

 【神の酒(ソーマ)】を餌にして団員を操り、ファミリアの主神(ソーマ様)すら裏切り自分の欲を満たす為に暗躍していた前団長(ザニス)はお縄になった。

 かくして【闇派閥(イヴィルス)】紛いのファミリアは健全なファミリアへとなったのでした。

 めでたし、めでたし...とはならないのが現実の世知辛い所です。

 

 なんせザニスが暗躍していた期間が期間ですからね。

 ソーマ・ファミリアが犯した罪の殆どをザニスに被せたとしても犯罪に係わった団員が多すぎるのです。

 そういった脛に傷を持つ団員達はザニスの逮捕と同時にやって来たギルドの立ち入り調査から逃げる為に他のファミリアへと【改宗(コンバージョン)】していきました。

 

 ですが、「私はもう別のファミリアの団員なのでソーマ・ファミリアとは係わりがありません」なんて付け焼刃の言い訳がギルドに通用するはずもありません。

 灰様達がギルドに提出した証拠から関わった人物達は全員お縄になり、そうでない人物達も一定期間ギルドからの監査とパーティのリーダー、およびファミリアの団長への聞き取りを義務付けられたのです。

 

 確かにリリも事情の知らない人から見れば、いえ事情(リリがベル様の仲間だと)知っている人(ギルド職員)から見れば、ソーマ・ファミリアの冒険者(リリ)がギルドからのがさ入れを恐れて他所のファミリア(ヘスティア・ファミリア)に【改宗(コンバージョン)】したようにしか見えませんよね...と、言いますかリリにもギルドに探られると痛い過去のあれやこれやがありますから、ギルドの判断は正しいと言いますか。

 とにかく今日でギルドからの観察期間は終了、ファミリアの団長にしてパーティのリーダーであるベル様と一緒にギルドへ【改宗(コンバージョン)】関係の書類を提出してきたわけです。

 

「正式にファミリアの仲間になったからにはこれからバシバシやっていきますからね!

 ...特に財政面で」

 

「これから...いや、これからもよろしくね!!」

 

 ベル様の差し出した手を握ると力強く握り返されました。

 それと同時にファミリアの皆様が口々に「よろしく」とリリに声をかけます。

 嬉しい...のですが改めて言われるとなんだか恥ずかしくなってきました。

 

 カサ。

 ん...?

 

 にやにやと笑っているヘスティア様から視線をそらして手を戻すとリリの服からかすかな音がしました。

 不思議に思ってポケットに手を入れると何かに触れます。

 それを掴んで広げると丁寧な手書きの、しかし抑えきれない怒りが込められた字で書かれたチラシが入っていました。

 

「お?リリスケなんだそれ」

 

「あー、ギルドに書類を提出しに行った時に押し付けられたチラシですね」

 

 一番上に「求む異常気象の原因」と書かれたチラシをテーブルの上に置くと皆様が覗き込みました。

 「よっぽど腹に据えかねているみたいだね」というヘスティア様の言葉通り、文字越しでも今オラリオを襲っている異常気象への怒りが込められているのが分かります。

 

 今オラリオは神様達ですら覚えがない程の異常な猛暑です。

 連日最高気温の記録が更新され、酒場は大賑わいを通り越して家から誰も出ないせいで閑古鳥が鳴いているそうです。

 なんせこの暑さと言ったら灰様が愛用の鎧を脱ぎ、狩人様は部屋から出てこなくなり、狼様もこの家の一番風が通る場所から動かなくなったぐらいですからねえ。

 普通の人には辛いです。

 

 元気なのは焚べる者様くらいですかね。

 ルカティエル商会の従業員たちが暑さで倒れる中、「今こそこの名を知るがいい。ミラのルカティエルです」と一人仮面を被って売り子を続けるバイタリティはいっそ見上げる物があります。

 

 閑話休題(まあそんなことは置いておきまして)

 このオラリオに住む住人全員がこの暑さに参っていますが、その中でも最も悩んでいるのはギルドでしょう。

 なんせオラリオの主要産業である魔石は冒険者達がこの暑さでダンジョンに潜らない或いは潜ったとしてもすぐに帰ってくるせいで普段よりも品薄状態が続き、買い物に出かけるのも一苦労ましてや酒場やレストランなんて開店しながら閉店しているような状態。

 言ってしまえばこの暑さのせいでオラリオの経済がストップしてしまっていると言っても過言ではないのです。

 オラリオの行政機関としてはとっととこの暑さをどうにかしたいに決まっています。

 

「あー...そういえばエイナさんが「ギルドのクーラーが壊れちゃって...なんとか窓口付近の分は確保してるんだけどね」って言ってたような」

 

「うわっ、それは悲惨だな」

 

 ベル様の言葉を聞きリリ達の背中に悪寒が走ります。

 

 クーラー(COOLER)

 魔石を動力源にして動く魔道具で、周囲の空気を冷やすことが出来ます。

 何でもこの魔道具を開発したファミリアは莫大な富を得ただけではなく、凄まじい名声も手に入れたとか。

 今やオラリオでは一家に一台と言われるほどに流通しており、暑い夏には欠かせない物ですが一つ「壊れやすい」という欠点があります。

 いえ、正確には耐久性はそれなりにあるのですが、熱い夏場はともかく寒い冬場になれば物置にしまい込まれそのまま見向きもされなくなります。そうして次の夏に使おうとしても半年間整備もされずに放っておかれた物が問題なく動くはずもなく。

 本格的な夏が来る前にしまわれたクーラーを整備する父親の姿はオラリオの名物ともいえるそうです。

 ...リリはそんな()()見たこと有りませんけどね。

 

 ですが今年はそんなことをする余裕もないくらい急激に暑くなりました。

 例年なら壊れたクーラーを買い替えるなり整備するなりすればいいのですが。

 どこのお店も本格的な夏はまだ先だと思っていたせいで在庫がなく、そもそもクーラーの原材料を取りにダンジョンに取りに行くところから始めなければならない状況でした。

 しかもそんなことをしているうちに異常な熱波がオラリオを襲いダンジョンに潜るのも一苦労、無理やり動かしたことで更に壊れるクーラーが増えるという悲劇も後押しして、いまオラリオではクーラーを新しく買う事はおろか修理ですら何ヶ月か待たなければならない様だそうで。

 オラリオの行政機関であるギルドの威光をもってしてもそれは覆らないようです。

 悲しいですね。

 

「【心頭滅却すれば火もまた涼し】とは言いますが...この暑さはそんな精神論ではどうにかできません」

 

「本当だよ。一度この恩恵を受けたらクーラーなしの生活なんて考えられないよ。アポロン様々だね」

 

 恐らくはリリ達の中(ベル様の仲間)で一番精神力の強い命様が弱音を吐けばヘスティア様も同意します。

 確かに【廃教会(旧拠点)】にはクーラーありませんでしたものね。

 

 主神(アポロン様)をはじめとしたアポロン・ファミリアのオラリオからの追放──正確にはその前にアポロン・ファミリアは強制的に解散されているので、個々の意志でアポロン様について行ったというべきなのですが──後、【竈火(かまど)の館】へと引っ越したリリ達が最初にしたことは館の掃除でした。

 

 と、言いますのもリリがザニスと再会してしまったあの日。

 灰様はアポロン・ファミリアがヘスティア様たちへと襲撃したことにブチギレてアポロン・ファミリアへと逆襲撃しました。

 ですがヘスティア様との約束(誓約)の為に灰様はアポロン・ファミリアの冒険者達を傷つける代わりにアポロン・ファミリアの拠点(この建物の中)で糞団子を投げつけて回りました。

 

 ...何で?

 いや、分からないけど分かりますよ?

 相手を肉体的に傷つけられない以上精神的に傷つける方向性に行くのは分かります。

 だからって何でうんこなんか投げるんですか。

 何処にしまってあったんですか、何で持ってたんですか、どんな頭していたらそんな選択肢が出てくるんですか。

 

 閑話休題(仕方ないのでしょうだって灰様ですもの)

 とにかく、アポロン・ファミリアも掃除はしていたのでしょうけれど、引っ越しを機に一度この館を隅から隅まで掃除しようという事になりまして。

 掃除のついでにアポロン・ファミリアが置いて行った家財から要らない物──主に屋敷のそこら中においてあったアポロン様の像です。あれだけ置いてあったら邪魔で仕方がないでしょうに。しかも一つ一つポーズが違いましたし──を纏めたり、逆に荷物を運び入れたりしているとしまい込まれたクーラーを見つけました。

 掃除やらなんやらで汗もかいていたので物のついでとちょっと早い夏支度をしたのは今思えばグッジョブです。

 

「いやあ、本当に偉大な発明だよこれは」

 

 そう言ってヘスティア様がクーラーに抱き着いた時です。

 「プスン...」と音がしてクーラーが動かなくなりました。

 

「「「「...え?」」」」

 

 ◆◆◆◆

 

「駄目...ですね」

 

「ええ!?狼君にヴェルフ君。何とかならないのかい?」

 

 動かなくなったクーラーの中を覗いていた狼様が言うにはクーラーという魔道具は【冷気を生み出す冷却部】と【その冷気を風に乗せる風送部】に分けられるそうです。

 そして運の悪いことに今回壊れているのはクーラーの心臓部と言える冷却部。

 風送部や他の場所ならばその獲物(忍び義手)の関係で絡繰りに強い狼様や、鍛冶士という関係上細工に強いヴェルフ様が弄ることは出来たでしょうが、冷却部となると魔道具製作者(アイテムメーカー)の領域です。

 幾ら狼様達でも手が出せません。

 残酷な事実を突きつけられてヘスティア様は机に突っ伏しました。

 

 今回の出来事は【タイマー】と呼ばれるものです。

 スキルや魔石を使って作られた魔道具はどれだけ丁寧に扱っていたとしても作られてから一定時間たつと壊れてしまう事を揶揄した言葉なのです。

 それは精密な魔道具の場合どうしようもない弱点であり、クーラーのような生活必需品はある程度製作期間が異なる物を買うものなのですが、どうやらアポロン・ファミリアの皆様は面倒くさがったようで。

 

「駄目です神様。こっちも動きません」

 

「全滅じゃないか!!」

 

 そうするとどうなるかは今リリ達の目の前の惨状が示しています。

 

 いえ、一纏めでクーラーを買うのは決して悪い選択肢ではないのですよ。

 特に急な出費に耐えられるだけの財力のあるファミリアならば新しく買い揃えればいいだけの事なのですから。

 ですが今は時期が悪すぎます。

 クーラーを新しく買う事も出来ないのに全部壊れてしまうなんて。

 

「天は我を見捨てたもうたー!!」

 

 ヘスティア様の悲痛な叫びが館に響きました。

 

 ◆◆◆◆

 

「これで最後ですね。...さあ始めましょうか」

 

 九郎様が手に蝋燭を持ち宣言します。

 部屋にはあちらこちらに蝋燭が置かれています。

 その数、百本。

 

 館中のクーラーが壊れてしまってからリリ達は何とかクーラーを直せないかと悪戦苦闘してみたり、無事な物がないか館中をひっくり返したりしましたが何の成果も得られないまま時間だけが過ぎていきました。

 そうこうしている内に日が沈み夜が来ました。

 

 太陽が姿を隠して涼しくなった...と言ってもそれは昼間と比べればという話。

 熱帯夜という言葉ですら言い表せない暑さをどうにかできないか。

 そんなヘスティア様からの無茶振りを受けた九郎様が絞り出したアイデアが今から始まる【百物語】。

 火が灯った蝋燭を百本用意し参加者が怪談を一つ話す度に蝋燭を消していく極東に伝わる怪談会だそうです。

 

 最初怪談で涼をとると聞いた時はなんて幼稚なと思いましたが、こうして蝋燭が並んだ部屋を見ればなるほど。

 灯りとしては決して頼りがいのあると言えない火に照らされた部屋の中はどこか薄暗く、火が風に靡く度に伸びたり縮んだりする影の奥には何者かの気配があるように思え、手に蝋燭を持っている事で下から照らされている見慣れたベル様達の顔も時折別人の様にすら見えます。

 何とも雰囲気が出ているじゃないですか。

 

「じゃあ誰から始める?」

 

「それでは先ずは自分から始めさせていただきましょう」

 

 先程まで暑さでぐったりしていたのも忘れたようなヘスティア様の言葉に応えたのは命様。

 普段は結んでいる髪の毛の間から見える瞳は楽し気に輝いています。

 「これは自分がとある知り合いから聞いた話です」とお決まりの文句から始まった怪談話に耳を傾けます。

 

 ◆◆◆◆

 

『ああ… 貴方も、うそつき…どうして皆、隠すのですか』

 そう叫ぶと女は弾いていた三味線より仕込み刀を抜き襲い掛かって来たのです」

 

「「「ヒィッ!!」」」

 

「そ...それでどうなったんだい...」

 

「ええ、女。水生(みぶ)のお凛はそれは恐ろしい強敵だったそうですが。狼は何とか打ち倒したそうで「またですか!!」...りりるか殿?」

 

 蠟燭の火に照らされた九郎様は妙に大人びて見えます。

 それはきっと外見だけの話ではなく、九郎様と狼様の世界(葦名)での辛く苦しい経験が内面から滲み出ているのでしょう。

 ですがそんなことはどうでもいいのです。

 怪談噺の腰を折ってでもリリは叫びます。

 「さっきから全部オチが怪異を殺して終わりなんですよ!!」と。

 

 九郎様の語る話は全て狼様が実際に葦名で体験した出来事だそうです。

 首をはねられた怨霊(首無し)蟲を体に宿した僧侶たち(蟲憑き)正気を失った赤い目の村人たち(赤目)も。

 実際に狼様が戦い勝利した相手だそうで。

 だから仕方がないとはいえ全部オチが戦って勝ちましたというのは如何な物でしょうか。

 なまじ九郎様の語りが身振り手振りも入った臨場感たっぷりな物なだけにオチの残念さが際立ちます。

 

 いえ、九郎様だけではありません。

 今この部屋にある蝋燭は半分程がその火を消されています。

 つまり五十話ほど怪談を話したことになりますが、ヘスティア様もその他の方も時折灰様達から聞いた話、として灰様達の話をしていました。

 ですがそのオチはどれも【怪異をぶん殴りました。お終い】なんですよ。

 

「なんですか。

 真面目に話しているリリが馬鹿みたいじゃないですか。

 うわぁーーん」

 

「リ、リリ落ち着いて...」

 

「おうお前ら聞いて喜べ...?」

 

 思わずひっくり返って泣いていると部屋の扉が急に開きます。

 扉が開いた先にいたのはラフな格好をした灰様でした。

 部屋中に置かれた蝋燭、ひっくり返っているリリ、そしてリリを慰めている皆様を見た灰様の呆然とした言葉が部屋に転がります。

 

「...なんだこれ」

 

 ◆◆◆◆

 

「お恥ずかしい所をお見せしました」

 

「ほんとにな。いや本当にな」

 

 落ち着いたリリが頭を下げると灰様の呆れたような声が返ってきました。

 

 いや、言い訳をさせてください。

 暗い部屋で蝋燭の火を見つめている内に、こうふわふわしてきましてね?

 そうです。

 リリは悪くありません悪いのは部屋いっぱいの蝋燭です。

 

 リリの言い訳を聞いた灰様はリリの肩に手を置いて優しく言いました。

 「おチビ...お前疲れてるんだよ」と。

 ちくしょう。

 

「それで灰君?どうかしたのかい?」

 

「お?...おお、そうだ。クーラーが直ったぞ」

 

「「「「ええ!?」」」」

 

 灰様の言葉にリリ達は驚愕しました。

 クーラーが直った!?そんな馬鹿な。

 ですが灰様に先導されたリリ達を迎えたのはクーラーで冷やされた快適な部屋。

 そして顔色の悪いアスフィ・アル・アンドロメダ様(【万能者】)でした。

 

「火の無い灰、整備はすべて終わりましたよ」

 

「おう、ご苦労。これであの件はチャラにしてやるよ」

 

 疲労困憊と言った様子のアスフィ様は灰様の言葉を聞き「請求書は後日送りますので」と言うとふらつきながら立ち去りました。

 

「灰君。一体どうやってアスフィ君をヘルメスの所から借りてきたんだい?」

 

 アスフィ様を見送った後、部屋でくつろぎながらヘスティア様は灰様に問いかけました。

 

 確かにアスフィ様と言えばオラリオでも名の通った魔道具製作者(アイテムメーカー)

 素材となる魔石などが品薄状態でも、いえ品薄状態だからこそアスフィ様の様な高名な魔道具製作者(アイテムメーカー)へと優先的に材料や依頼が回されるはず。

 つまりとんでもなく忙しいという事です。

 そんなアスフィ様にどうやって時間を取ってもらったのでしょうか。

 

 リリ達の疑問を聞いた灰様はにやりと悪い笑みを浮かべ「本当に聞きたいか?」と逆に問いかけます。

 

 あっ、ダメですね。

 その笑顔を見た途端リリの本能()が叫びます。

 これから先は聞くべきではない(碌なもんじゃない)と。

 

 本能()の叫びに逆らわずリリは納得することにしました。

 アスフィ様によってクーラーが直され、その恩恵を受けられる。

 それでいいじゃないですか。

 それだけで十分です。

 今大事なことはクーラーが直ったことで安らかな眠りがもたらされるという事です。

 

 そんなことを考えていたら少し眠くなってきました。

 思えば今日は滅茶苦茶暑い中ギルドまで行ってきましたから疲れているのかもしれません。

 「お先に失礼します」と声をかけ自室へと戻りました。

 

 ふわふわのベッドに清潔なシーツ。

 かつてのリリが望み続けた物がそこにはありました。

 素敵な仲間に、安心できる場所。

 ああ、リリは幸せです。

 

 クーラーの動く音を聞きながらリリは眠りにつきました。

 翌日ヘルメス・ファミリアからきた請求書に書かれた値段に絶叫することなど知らずに。

 本当にこの夏一番背筋がぞっとしましたよ。

 

()




どうも皆さま

暑いのが大変苦手な私です

これは元々最終編あたりを書いている時にあんまりにも暑すぎて
暑いんじゃああああああああああああああああ
と頭がおかしくなりそうになった時に思いついたネタを放り込んだものです
ほんとうは八月中に投稿する予定だったんですよ...ですよ
すっかりタイミングを逃しましたね

そう言えば百物語は最後まで続けると怪奇現象が起こると言われていますが
一度始めた上で最後まで話さず中断すると怪奇現象が起きるという説もあるそうです
...ヘスティア・ファミリアだとどう考えても怪奇現象が可哀そうなことになりそうですね
先住民たちが怪異すぎます

そして何日も徹夜している所を引きずられたアスフィさん
あの件というのは18階層でのあれこれです
火の無い灰
「ベル達が決着をつけた以上あれこれは言わないとは言ったが
 交渉カードにしないとは言っていない」

これ以降はフロム勢が話す怪談話の構想です
ネットに転がっている怪談話をフロム勢に語らせただけでは...?
というか怪談部分が長すぎる...
となった結果削除された物です
つまりは読まなくても大丈夫な奴です
お暇な方はどうぞ
そうでない方はお戻りください
それではありがとうございました

火の無い灰版

本編の九郎の怪談話の様な感じ
ただし最後に
「そういやあいつを潰した時ソウルが手に入らなかったんだが
 ...あいつ何なんだ?」
みたいな謎を残していく話

狩人版

ヘスティアやリリに頼まれてヤバい所に突っ込んでいった時の話をする
ただし最後に
「まあ、そこには害のあるモノは何もいなかったんだがな」(隣に無害なナニカがいる)
みたいな話

絶望を焚べる者

話の始まりが
「あれは廃教会が霧に包まれた日(そんな日はなかった)
 包帯を体中に巻いた客人が来た(そんな人物が客としてきたことはない)
 頼まれ事をされて(どう考えてもヤバい儀式)から数日たった日の事だ」
みたいな本題に入る前の話がホラーすぎる話
尚本題はせっかく作ったミラのルカティエルグッズが売れなかったとかそんな感じ



怖気死する
元々のこの話のオチは狼の番が来たら怖気死してたという物でした
...この文章を書いている時に思ったのですが一つ話が終わる度に
怖気死→回生を繰り返すというのもそれなりに面白かったかもしれない
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