夜の魔術師   作:R.F.Boiran

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2-1. 入塾(後編)

 

あたしは塾長室にいる。

塾舎の入り口で久しぶりに再会を果たした碧くんと一緒にお祖母様から呼び出されたためだ。

そしてその彼は今、お祖母様とやりとりをしているのだが、

――――二人の会話が、あたしの胃を終始押さえつけていた。

 

それは塾長室にはいってからのこと。

碧くんが素っ気ない挨拶をしたのでそのことを咎めたのだが、実はこれには理由があった。

その後、お祖母様から観察していたという謝罪の言葉があり、わたしも先ほどの彼の態度の理由に気がついた。

つまりこれはお祖母様から仕掛けてきたことだったのだ。

これに対していくらお祖母様でもやりすぎだと抗議したのだが、やんわりと躱されるだけに終わった。

そのあとも、お祖母様が強権を使って碧くんの入塾を拒否するだとか、夏目くんを巡る問題のことについて、

あたしも部分部分にしか理解が及ばないけど、二人がとんでもない内容を話しているのは節々に感じることができた。

胃が痛いわ……

でも、

それと同時に、あたしのことをからかっていつも子供扱いするお祖母様に対して渡り合ってる碧くん。

子供のころ、あたしの大事なリボンを乙種呪術で探した、あのときのイメージそのまま成長していたことに、あたしは胸が躍った。

年はあたしの下だけど……、彼なら家柄も人物的にもお祖母様は納得する……かな?

 

高鳴る心中を必死に押さえ込みながら、二人のやりとりを横から静かに眺めていた。

しばらくすると、大友先生がこの部屋に入ってきた。

どうやら入塾式が始まる時間のようだ。

碧くんとあたしは大友先生に連れられて、塾長室をあとにした。

 

 

 

 

 

 

「君すんごいやっちゃな」

 

廊下に出て歩き始めるなり、大友先生は僕に聞いてきた。

 

「……話聞いていたんですか?」

 

「すまんな、聞くつもりはなかったんや。 耳に入ってもうたわ」

 

つまり、ずっと盗み聞きしていたのか。

油断しているつもりはなかったが、この人の隠形……全く気がつかなかったな。

見た感じ軽い感じはするが、実はすごい人なのかもしれない。

 

「……まあいいです。 あまりいい趣味とはいえないと思いますが。

 ところですごいって、何がです?」

 

「あのバア様に対して、あれだけの会話できるってことや。

 君ホンマになにもんや?」

 

「何者もなにも、今年の入塾生ですよ。

 土御門碧、夏目兄さんの弟です」

 

「君の事情については塾長から聞いていたが、いや、にしてもアレは……」

 

あまり少ない情報で、誤解されるのもあれなので、僕から話を切り出すことにした。

 

「僕は夏目兄さんとは違って、陰陽術の実技についてあれこれと器用にすることはできませんが、知識については実家の資料や文献を見るのが好きだったので色々知っていますよ。

 そのおかげで陰陽二種も取得できました。

 それに倉橋塾長とは親戚なので、事情については知っていました。

 京子先輩とも子供の頃、一緒に遊んでいたときもあるくらいですからね」

 

正確に言えば、京子と遊んだのはリボンを探したあの日1度だけ。

塾長の事情も知ったのは、アルファやオメガに聞いたこと、塾長との会話の中で推測しただけだ。

だがまあ、この大友先生の言い方を鑑みるに、この業界での倉橋塾長の立ち位置というのは、だいたいその想像で合っているようだった。

 

「なんや、京子クンとも昔からの顔見知りやったんか?

 ……いくらか聞きたいことはあるが、時間もないで今はそういうことにしといたろ」

 

僕と京子の顔をしげしげと見ながら、渋々納得といった表情である。

 

「まあ、ええわ。 とりあえず、悩み事とかあったら、遠慮せんと言うてな」

 

と、大友先生は言った。

そんなこと言われても、素性の知れない人に悩みなんか相談できないよ。

内心でそう思いながらも口には出さず、さすが陰陽塾というべきか、倉橋塾長といい、この大友先生といい、どうにも癖がありそうな人ばかりだ。

陰陽塾に着いて、まだ3人しか会っていないのに、やれやれ、最初でこれではこの先が思いやられそうだ。

 

そのあと、騒がしかった大友先生は、それ以降は一言も無駄口を叩くことは無かった。

エレベーターに乗って地下に階を移り、大友先生の案内で僕と京子は廊下を渡る。

やがて、

 

「ここや」

 

着いた先は塾舎の地下にある呪連場と呼ばれるところだった。

入塾式はここで行われる。

スタジアムのような造りで、アリーナを囲むように観覧席が並んでいる。

今は陰陽塾の塾生達が整列している最中だった。

観覧席には、新入生の両親だろう人達の人影も見える。

ちなみに今回、僕の保護者として小母の千鶴さんがくる予定になっている。

 

「碧クンはアリーナの前方で、京子クンは後ろの集団の左側や。

 もう時間もないし、とりあえず早よ行ったりー」

 

「じゃあ碧くん、よかったらあたしのクラスにも遊びにきてね」

 

「ええ、では、また後ほど伺います。

 大友先生、案内ありがとうございました」

 

京子、大友先生は手で合図をして別れ、僕はそそくさと前方の集団に紛れ込んだ。

すると、まもなくして入塾式が始まりをみせた。

 

 

 

 

 

新入生への訓辞が終わりを見せた。

演説を行っていた講師が壇上から退きながら拍手によって送られる。

すると今度は倉橋塾長が前に出た。

 

「初めまして、皆さん。 陰陽塾塾長の倉橋美代です――――」

 

僕に鈴鹿を押しつけた張本人だ。

しかし壇上に立つ倉橋塾長は、先ほどとは異なり、挨拶は至って普通の内容に終始していた。

 

「……以上で、私からの挨拶は終わらせて頂きます。

 新入生の皆さん。 また、新たなステージに昇級された皆さん。

 自分を信じ、自分の力を伸ばすよう、精進なさって下さい」

 

塾長が塾生への激励で場を締めると、再び会場から拍手が送られた。

意外なほど何もなく、至って普通に終わったな。

僕がそう考えていると、塾長はふと思い出したように再びマイクに話しかけた。

 

「あら、いけない。

 ひとつ発表することがあったのを、忘れていましたわ」

 

聴衆から拍手が途切れ、会場がわずかにざわつく。

 

「実は、今年度の新入生――――第四十八期生には、一人変わった経歴の方を受け入れることになりました。

 すでに陰陽師としての資格を取得されているのですが、幾つかの事情があり、

 また本人の強い希望もあったので、特待生として当塾への入塾を許可することとなりました」

 

一度静まった会場が、塾長のセリフを聞くにつれて、再びざわつき始めた。

特に、僕のいる前方のグループ、新入生のグループが、落ち着きをなくし、私語が飛び交いだした。

 

「せっかくですので、ご本人からも、一言、挨拶を頂こうかしら。

 ここにいる皆さんなら、多分彼女のことはご存じでしょうけど、一応ご紹介しますね。

 現在、最年少の国家一級陰陽師で「神童」と呼ばれている――――」

 

それまで静寂を何とか保っていた後方にいるグループまでもが一斉に瓦解し、入塾式とは似てもにつかない、まるで人気アイドルのライブのような異様な雰囲気に包まれた。

 

「大連寺鈴鹿さんです」

 

 

 

 

見覚えのある後ろ姿は長い金髪のツインテール。

その下は、女子用の白い制服に身を包んでいる。

 

僕のいる新入生グループの最前列から、鈴鹿が前方に歩み出る。

鈴鹿が壇上に上がり、会場を振り返る。

懐かしい、去年の夏以来の見知った顔が映った。

 

鈴鹿はそのまま壇上へと向かい、場所を譲った倉橋塾長に代わり、マイクの前に立った。

そして辺りを見渡し――――

 

「初めましてぇ、皆さんっ。

 倉橋塾長からご紹介に与りました、大連寺鈴鹿です!」

 

元気のいい、甘ったるい、それで響き渡る声で、高々と宣言した。

鈴鹿がかわいらしく微笑む。

会場のあちこちから歓声があがる。

 

「あたし、今日はすっごく緊張しちゃって……でも、とても嬉しいです!

 自分と同年代の人たちと陰陽術に取り組むことって、ずっとあたしの夢だったんです。

 今日、その夢が叶いました!

 クラスメイトの皆さん。 それに、諸先輩方。

 陰陽術のことなら、あたしでも皆さんに教えて上げられることがあるかもしれません。

 ですから、皆さんもどうか、あたしにも色んなことを教えてくださいね」

 

鈴鹿は長々しいセリフに詰まることなく言って、最後にもう一度、かわいらしく微笑む。

その瞬間、会場は異常とも思えるほどの喝采に包まれた。

それに応えるように小さく手を振る鈴鹿。

まるでテレビで見る人気アイドルである。

 

たいしたもんだ――――

僕は率直にそう思った。

世渡りが上手だとは思っていたが、まさかここまで演じきるとは……

そういえば、陰陽庁の広報担当としても活躍しているんだっけ……?

そう思っていたときだった。

それまで会場に手を振りながら眺めていた鈴鹿の視線が、僕の視線と交差した。

止まる視線。 止まる手。

完全に硬直した鈴鹿に会場はなんだなんだと騒ぎ始めた。

 

僕は人差し指を口元に立て、そのまま何も言わずやり過ごすように促す。

その瞬間、鈴鹿は僕から視線を切り、わずかに狼狽した。

 

鈴鹿でも狼狽えることがあるんだなー。

僕は彼女を見ながらそんなことを考えていた。

 

しかし、そんな狼狽した姿も一瞬のこと。

次の瞬間、鈴鹿は元の表情に戻り、再び会場を見た。

ただし、先ほどの笑顔とは違い、唇の先を吊り上げた悪い笑顔だ。

そしてその表情のまま再び僕を見る。

 

ああ、これアカンやつや。

直感的にそう感じた。

 

鈴鹿はすうっと息を吸い込むと、

 

「あれー? そこにいるのは土御門碧くんじゃないですか!」

 

鈴鹿の視線に誘導された会場の視線が一斉に僕に突き刺さった。

鈴鹿はわざとらしく瞳を潤ませながら、

 

「嬉しいっ!

 ここに来ればきっとまた会えるって、あたしずっと思ってたんです!

 あの日、交わした約束……

 あたし、ずっと待っていました。

 でも、その約束が叶うことはありませんでした。

 でも、それでも、

 あたし諦めきれなくて――――」

 

おい、バカ、よせ、やめろ。

涙ぐむ鈴鹿に対して口には出さないが内心では暴言を吐く。

が、そんな内情もむなしく、周りは勝手に僕を追い詰めていく。

会場はどよめき、その異様な雰囲気はピークに達しつつあった。

土御門碧? 誰だ 女を泣かすなんて最低だな 野郎か 汚物は消毒だーヒーハー

……そんな言葉が、あちこちで呟かれる。

そしてその呟きは一つの疑問へと変わる。

あの二人の関係は、と。

 

そんな疑問を代弁するかのように、先ほど鈴鹿に壇上を譲った倉橋塾長が、白々しくも三文芝居に打って出た。

 

「あら? 鈴鹿さん、彼とはお知り合いだったのかしら?」

 

……この婆さん、俺に恨みでもあるのだろうか。

鈴鹿は、待ってましたといわんばかりに、マイクを握りしめ、

 

「はいっ」

 

と、澄み渡った声で、元気よく応えた。

そして、

 

「あたしの――――あたしのたった一人の思い人です!」

 

鈴鹿の放ったその一言は、僕に終わりを告げるには十分すぎる一撃となった。

かくして僕の塾生生活が幕を開けた。

 




以上、入塾編でした。
長かった…
次回は少し押さえます…
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