夜の魔術師   作:R.F.Boiran

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2-2. 邂逅(前編)

 

「まさか碧くんのことで笑わせられるなんて思ってもみなかったわ」

 

そう言いだしたのはケラケラ笑っている小母の千鶴さん。

入塾式が終わってすぐに小母さんと合流し雑談中である。

僕はあまり弄られたりすることとは程遠い印象なのでどうにもつぼにハマったようだった。

 

「……僕もまさか入塾当日にこんなことになるなんて考えてもみなかったですよ」

 

こんなこととは塾長や鈴鹿にしてやられたことだ。

最初からこうではこの先どうなることやら、などと今からとても重い気分だ。

そんな僕を見て笑い済んだのか、一息つき、

 

「はー ――――っ……。

 ごめんごめん、ちょっと笑いすぎたわ。

 それで住むとこは決まったの? ほら、ずっと忙しそうにしてたじゃない」

 

そうなのだ。

僕は入塾を決めてからこの半年、東京を行ったり来たり、地方に飛んだりと、ドタバタな毎日を過ごしていた。

そんな状態で入塾後の生活など考える暇もなく、当然住むところなど決まるはずもなく……。

寮なども紹介されたが、僕とは別にもう一人住まなければならないため、これは除外した。

それに陰陽塾と関わりのある施設に身を置くなど、先ほどまでのことを考えるとまさに恐怖でしかない。

 

「まだ決まっていませんよ。 午後から探しに行く予定です。

 ほら、秋乃もいることですから、ちゃんとした物件を二人で見てから決める予定です」

 

秋乃……数ヶ月前に闇寺で託された女の子だ。

年の頃、10歳くらいの小さな子で、どうにも懐かれてしまった。

それから僕ともう一人でこの子の面倒を見ているのだが、秋乃の今後の生活のこともあるし、それにこれからは僕も東京に拠点を移すのだ。

 

「そうよねー。 秋乃ちゃんいるものねぇ。

 あの子、今月からこっちで学校通うのよね。

 そうなると、たしかにしっかりとした生活拠点は必要ね」

 

「今まではホテル暮らしでしたけどさすがにね――――」

 

「私も一緒に行こうか?」

 

「いえ、千鶴さんも忙しいと思いますし大丈夫ですよ」

 

「そう? 碧くんならそのあたりしっかりしているから心配はしてないけど、まあ何かあったら電話で呼んでちょうだい。

 昼から春虎たちに会って、それから帰るから、夕方まではこっちにいるわ」

 

「お気遣いありがとうございます。

 じゃあ何かあったら電話しますね」

 

と、話し込んでいたら、どうやら時間がきたようだ。

これからクラスに行き新入生向けの話を聞く。

僕は小母に別れを告げ、一路目的地へ足を向けた。

 

 

 

 

 

 

僕の顔を見ながらヒソヒソと周りから声が聞こえてくる。

僕はゲンナリしながら、しかしあまり気にしても仕方がないと諦めの気分でクラスに入っていく。

既に目立ってしまっているためあれだが、これ以上目立ってたまるかと、小さな反抗心で部屋の隅の窓際の席へ座った。

すると、一人の女子生徒が僕に向かって歩いてきた。

全ての元凶、大連寺鈴鹿である。

 

おもむろに僕の隣に座る鈴鹿。

周りがキャーキャーと騒ぎ立てる。

 

「久しぶりね、碧」

 

「どういうつもりなんだよ……」

 

僕はため息をつきつつ鈴鹿に問う。

 

「あんた、結局一度もあたしに会いに来なかったじゃない。

 自業自得よ」

 

決して忘れていたわけではないが、こちらにも事情というものがある。

 

「それについては、まあ、なんだ。

 ごめん――――

 でも僕にも時間的余裕というか、事情があって……」

 

鈴鹿は僕を反眼で見たあと、目尻に涙を浮かべて、

 

「そんな! あたし、ずっとあなたのこと待っていたのにっ!」

 

僕に抱きつきながら、周りに聞こえる声でこんなことを言いはなった。

ダメだこいつ、早く何とかしないと。

本気でそう思った。

が、今は完全なアウェイだ。

周りから突き刺さる敵意の目。

耐えられなくなった僕は、

 

「わかった! わかったからモウヤメテ……」

 

もうどうにでもな~れ。 もはや自暴自棄である。

そんな僕を見て満足する鈴鹿。

 

「わかればいいのよ。

 そんなことよりも、あんたの術式よ。

 今日、これが終わったあとに教えなさいよ」

 

そう、事の発端は鈴鹿に魔術を見られてしまったことに起因する。

口止めするために魔術を教えると約束したこと。

それを今日まで放置していたことが悪いのだ。

ああ、そうだよ。 全て僕が悪いのだ。

 

「今日は用事が……

 今度じゃだめか?」

 

「ダメに決まってるじゃない。

 あんた、そんなこと言ってまた逃げるつもりでしょ。

 今まで半年も音沙汰なかったんだから。

 大体あんたの用事って何よ」

 

「住むところがまだ決まっていないから家探しをするんだよ」

 

「はあっ!? あんたバカじゃないの!?

 あんた今までいったい何してたのよ……」

 

「いや、ほんと、自分でもそう思うけどさ。

 時間がなかったんだよ、ほんとうに」

 

「……ふーん。

 まあ、いいわ。 じゃあ、あんたのその家探し、あたしも付いていくから」

 

「いや、だめ……いえ、なんでもないです。 ぜひ一緒に来てください……」

 

キッっと睨まれて怯む僕。

 

「最初から素直にそういえばいいのよバカ。

 ……でも碧に会いたかったのはウソじゃないんだからね」

 

顔を俯けながらそんなことを言う鈴鹿。

しばらくこの場に静寂が続く。

それを打ち破ったのは講師が入り口から入ってきたときだった。

 

「ほんと、ごめんな鈴鹿――――

 とにかく話はこれが終わってからだ」

 

「うん」

 

僕と鈴鹿は話を切り上げて講師の話に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

「それで、あたしたちは今どこに向かってるのよ」

 

そう言いだしたのは鈴鹿。

新入生としての義務を果たした僕たちは、同級生の質問攻めの猛攻をやんわり躱しつつ、今は姉さんたちの教室に向かっているところだ。

 

「姉さんたちのクラスだよ。

 忙しくて全然会えてなかったし、顔見せに少しだけ。

 それに先ほど会った京子先輩――――倉橋家のご令嬢にも遊びに来てって誘われててね」

 

「呆れた――――。 家族とも顔会わせてなかったって、どんだけ忙しかったのよ、あんた……。

 で、その倉橋家のお嬢様とあんたはどういう関係?」

 

「どういう関係というほどでもないよ。

 親戚同士で子供のころ1度だけ遊んだことがあって、今日入塾式の前に偶然会って少し話しただけだよ」

 

「ふーん……」

 

そうこう話しているうちに、姉さんの教室が見えてきた。

僕は引き戸の扉に手を掛け中に入る。

辺りを見渡し、見知った容姿をした数人が固まっているグループを見つけた。

僕は鈴鹿を伴って、そのグループに近づき声を掛ける。

 

「久しぶり――――」

 

「あ、碧っ!」

 

「あっ、碧くん」

 

「お、碧じゃん」

 

「えっ? 誰?」

 

「ほう、こいつが噂の……」

 

姉さん、京子、春虎兄さん、他2名と続き、それぞれの反応を見せる。

 

「少しだけ顔見せにきたよ」

 

「もうっ! 半年も何してたの!」

 

会うなりいきなり怒られてしまった。

父さんには会っていたが、姉さんとは入れ違いになったりして、この半年一切会っていなかったのだ。

今までこういうことはなかったので、怒るのも無理ないのかもしれない。

とりあえず謝っておくか。

 

「ごめんごめん。 東京や地方を飛び回っていたら会いそびれてしまったね」

 

「まったく……」

 

素直に謝ったのが功を奏し、これ以上の追求は避けられたようだ。

 

「――――夏目くんと碧くん、半年も会っていなかったんだ?」

 

「そうなんです。 主に僕のせいなんですけど――――」

 

「あれ? 京子と碧仲いいんだな? 知り合いか?」

 

唐突に聞いてくる春虎兄さん。

あなたいったい何いってるんですか……?

 

「何いってるんですか春虎兄さん。

 子供のときに京子先輩と遊んだときに春虎兄さんも一緒にいたじゃないですか」

 

「はぁっ!?」

 

「えぇ!?」

 

「忘れたんですか? って、京子先輩も忘れてたんですか!?

 ――――ほら、京子先輩がリボン無くしたときに三人で探したじゃないですか」

 

「ああっ!! あの時か!!」

 

「ええっ!! あの時の男の子が春虎だったのっ!?」

 

「二人とも今まで何やってたんですか……」

 

ダメだこの二人、早く何とかしないと。

二人のボケを聞かされながら、口にはしないがそう思った。

僕が呆れて二人を見ていたら、それまで黙って成り行きを見ていた額にバンダナを巻いた男から声がかかった。

 

「へぇ――――面白いことになってんじゃん」

 

「あなたは――――」

 

「俺は阿刀冬児。 お前のことは夏目や春虎から聞いてるぜ」

 

「これはご丁寧にありがとうございます。

 僕は土御門碧。 ご存知と思いますが、夏目兄さんの弟です」

 

「夏目……兄さん?」

 

どうやら鈴鹿は、僕が姉さんのことを兄さんと呼んでいることに違和感を覚えたようだ。

僕は会話を被せるようにもう一人の眼鏡をかけたおとなしそうな男に声をかける。

 

「えっと、そちらの方は?」

 

「ぼ、ぼくは百枝天馬。 夏目君とはクラスメートだよ」

 

「阿刀先輩と百枝先輩ですね。 

 夏目兄さんと春虎兄さんがいつもお世話になっています。

 これからも仲よくしてくださいね」

 

「い、いえ、とんでもない。 お世話になっているのは僕の方で――――」

 

「これは、保護者か何かか……?」

 

「ちょ、ちょっと碧! 何言ってるの、もうっ!」

 

僕の掛け声に付き合って、それぞれ感想をいう二人。

そしてそれを止めに入る姉さんという構図。

ごめん姉さん……

鈴鹿の疑問をかき消すためとはいえ、姉さんを利用したことを内心で謝罪しつつ、それは決して口には出さない。

そうこうしているうちに、冬児の興味は鈴鹿に移ったようだ。

 

「それで、そちらの嬢ちゃんが噂の――――」

 

「ああ、そうです。 ほら、鈴鹿」

 

「うっ、は、初めまして――――大連寺鈴鹿……です」

 

いきなり話を振られて、入塾式でしたようなことができずに慌てふためいてぎこちない対応をしてしまう鈴鹿。

そんな彼女を見て疑問に思った二人。

 

「なんか前にあったときと大分印象違うな……」

 

「そうですね、入塾式の時とも……」

 

先ほどの衝撃から立ち直った春虎兄さんと、姉さんがそれぞれの感想を言う。

そんな彼らの疑問に答えるようにそれとなくフォローを入れる。

 

「鈴鹿は少し人見知りなところがあって、慣れるまで少し時間が必要かも」

 

「う、うっさいし!」

 

どうやら鈴鹿特有の条件反射で素が出てしまったようだ。

しかし、周りはそんなことにはあまり興味はなく、

 

「そうよ、それ、さっきの衝撃で忘れるところだったわ。

 それで、あなたたち付き合ってるの!?」

 

みんなが気になっているであろう疑問を代表して、これまた先ほどまでフリーズしていた京子が聞いてきた。

こればかりは僕が答えるものでもないし、疑問を広めた張本人に答えてもらおう。

そう考えた僕は、鈴鹿に話を振る。

 

「どうなの、鈴鹿?」

 

「な、なわけねーし――――、あっ!」

 

顔を真っ赤にして否定する鈴鹿。

しかし最後のあっ!っていうのはなんだろう。

僕はすっとぼけるように深く考えないようにして、頭からこの疑問を打ち消した。

 

「くっくっく、こいつはいいな」

 

悪い顔をして面白がる冬児の言葉が辺りに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「それで、碧はこれからどうするんだ?

 俺と夏目はこれからおふくろに呼ばれているけど碧も行くか?」

 

「いえ、千鶴さんとは先ほど会って話をしましたし、それにこれから家探しなんですよ」

 

「家って……男子寮じゃないのか?」

 

「男子寮だと都合が悪くて」

 

「そうなのか。 にしても今から家探しかー。

 そんなに簡単に見つかるモノなのか?」

 

「ええ、知人に頼んでいくつか物件を見繕ってもらっているんです。

 今日はその物件を実際にみて決めるだけなんですよ」

 

「ま、家決まったら教えてくれよ。 みんなで遊びに行くから」

 

「ええ、そのときは皆さん歓迎しますよ。 では皆さんまた」

 

春虎兄さんたちに別れを告げようとしたとき、うしろから声が掛かった。

 

「ま、まって! 碧くん、その物件探しあたしも行っちゃだめかな?」

 

どういうわけか、京子は家探しに同行したいらしい。

どうせ鈴鹿も同行するし、今更考えるだけ無駄だな。

僕は半ば諦めつつも、鈴鹿と、それに京子にも知って欲しい話があることを思い出し、この状況を前向きに考えながら同行を了承した。

 

「そうですね――――まあ、鈴鹿もいるし、丁度二人にお話しすることもありますので別にかまわないですよ」

 

「やった――――」

 

何が嬉しいのかわからないが、恐らく京子の想像する状況にはならないだろうと冷静に考える。

頭の中で澄ましたことを考えていると

 

「それとっ!」

 

「はい?」

 

「あたしのことは先輩はいらないわ! それに敬語も不要よ――――」

 

え? いいの? と、戸惑いながらも、僕にとってはその方が話しやすいため使わせてもらうことにした。

 

「――――わかりました。 いや、わかったよ京子」

 

そんなやりとりをしながら、僕たちは塾舎の外に向かった。

 

 




本日中に投稿すると言ったな
あれはウソだ(二回目)

すいません・・・また前後編で分けます。

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