塾舎の外に出たあと、すぐにタクシーを拾う。
想定していたよりも時間を食ったようで時間的にあまり余裕はない。
女性二人をうしろの席に座らせて僕は助手席に乗り込み、運転手にある場所を指定する。
タクシーでしばらく移動すると、目の前にそびえ立つ大きなビルが出てきた。
そう、スターマイン本社である。
ここで、一緒に物件を見て回る秋乃と待ち合わせをしていた。
僕は支払いを済ませ、ビルの前に立つ。
「あんた……こんなところに用があるの?」
「ここってあれよね、IT系最大手の会社の……」
「うん。 スターマイン社だね」
そう軽口をたたきながら僕は受付に足を向け、そんな僕に続く二人。
疑問でいっぱいの二人を半ば無視するように受付に手で挨拶し、二人のためのゲストカードを用意してもらったあとセキュリティゲートを通してもらう。
エレベーターに乗り込み目的地へ向かう。
向かう先は最上階。
それからしばらくすると、どうやら最上階に着いたようだ。
僕たちはエレベーターから降りて、セキュリティーのかかった扉を通る。
世話しなく動く従業員を横目に、僕たちは奥にある一室に入った。
「秋乃、スマン。 遅くなった」
「あ、碧っ! 遅いよもう~。 わたし待ちくたびれ、――――っ!!
あああ、そ、そちらの方々は……っ?」
そういって秋乃は僕のうしろに回り隠れようとする。
土御門秋乃、僕が数ヶ月前から面倒を見ている眼鏡を掛けた背が小さな女の子である。
闇寺を訪問した際に託されたのである。
それからなんやかんやあった末、土御門の養子として迎え入れた経緯がある。
つまり僕の義妹にあたる。
そんな彼女は、闇寺であまりいい環境にはいなかったようで、極度の対人恐怖、というか人見知りをするのである。
しばらくすれば慣れるのだが、それまでが大変である。
「この二人は僕のお客さんだよ。
ほら秋乃、あいさつしな」
そういうと僕のうしろでもじもじしながら隠れていた秋乃が出てきた。
「ううぅ……は、はじめまして、土御門秋乃です……」
「うん、よくできました」
僕はそう言って秋乃の頭をやさしく撫でながら簡単に二人に説明する。
「この子は数ヶ月前にちょっとした縁で土御門家の養子として迎え入れた僕の妹なんだ」
僕の発言に頭を抱える鈴鹿とこめかみに指をあてながら難しい表情をする京子。
「……いろいろと突っ込みたいんだけど、まあいいわ。 その子のことから突っ込んであげる。 ちなみにあたしは大連寺鈴鹿よ、秋乃っち」
「そうね、あたしもいろいろ突っ込みたいところがあるけど、その子のことを聞いてあげるわ。 あたしは倉橋京子、秋乃ちゃんよろしくね」
ご丁寧にも僕に会わせてくれる二人に応接用の椅子を勧めながら、デスクにある電話で内線を掛け用件を伝えたあと受話器を元の位置に戻した。
二人が椅子に座り、僕と秋乃も対面の椅子に深々と座り話を進めた。
「今言ったように、この子は僕の義理の妹にあたる子だよ。
数ヶ月前にとある闇寺を訪問したときに託されて、それ以来、僕ともう一人面倒を見ている男がいるんだけど、二人で交互に面倒見ている子なんだ。
本当は父さんや小父さん小母さんに預けた方がいいんだろうけど、懐かれちゃってさ」
「ちょっと待って。
今の話だとその子と一緒に住んでるように聞こえるんだけど……」
「住んでるよ?」
それが何か問題でもと言わんばかりに二人に言い放つ。
「あ、あんた、こんな小さい子と暮らしていたの!? まさか、家飛び出していた理由ってソレ!?」
「碧くん、いくらなんでもそれはないわ……」
む、何か心外なことを言われた気がする。
「――――確かに秋乃と一緒に行動していたけど、各地を飛び回っていたのはまた別の理由だよ」
「……一応聞いてあげるわ」
「碧くん、わたしは信じているからね……」
「二人も先ほどから気になっていると思うけど、このスターマイン社がその理由。
――――事の発端は昨年、鈴鹿と会う直前にあった出来事から。
そのとき緊急でここに呼び出されていてね、そこで新部署の立ち上げに関わってくれないかって依頼を受けて、それを引き受けたんだ。
以来、忙しくなって今に至るわけ」
そう言いながら、二人に名刺を渡す。
「はぁ? 何いってんのよ。 そもそもなんであんたがこの会社と繋がりが――――ん? 相談役?」
「そうよ、碧くんと何の関係が――――相談役兼技術アドバイザー……」
二人とも渡された名刺を見ながら、その中に印字されたとある文字列に気がついたようだ。
「この際だから言うけど、いや、少し前までは一般に公開されていた情報だから別に隠していた訳じゃないけど」
僕は言った。
「僕はこのスターマイン社の創業者にして、現、相談役、それと兼任して先ほど話した新部門の技術アドバイザーをしているんだ」
固まる二人。 それもつかの間、騒ぎ立てる二人。 それを見てひぃ、と怯える秋乃。
そんな状況を知ってかしらずか、トントンとノックをして入ってくる専属秘書。
人数分のお茶をテーブルに並べ、頼んでおいた資料を僕に渡して退室していく。
何も突っ込まないあたりさすがプロだ、と僕が感心していると、どうやら二人も落ち着きを取り戻したようだ。
出されたお茶で一息つく鈴鹿と京子。
そして、
「――――あんたといると、驚かされてばかりだわ……」
「――――そうね。 でも昔からそうだったし、まあ碧くんらしいわ……」
一応二人とも理解してくれたようで何よりだ。
「それで話を続けるけど――――
僕が忙しかったのはそう言う理由から。
今までは僕自身向こうで学校に通っていたから、東京ではホテル暮らししていたけど、陰陽塾に入塾することで活動拠点が東京になったし、秋乃も今月からこっちの学校に通わせる予定でいる。
そうなってくると、東京にしっかりとした生活拠点が必要なわけで。
それで今日まで東京で住むところが決まっていなかったので、先ほど秘書からもらったこれらの物件を実際に見て決めるつもりなんだ」
僕は専属秘書にもらった資料をばたつかせながら二人に見せる。
二人は首肯することで理解を示す。
「……だから男子寮はダメだったわけね」
「そうよね。 さすがに男子寮やホテル暮らしはあり得ないわね」
「二人とも理解が早くて助かります」
僕は二人に謝意を伝えながら、次の話に移る。
「僕の話はこれまで。
そして、ここからは二人に伝えておかなければならない話があって」
「そういえば、そんなこと言ってたわね」と、二人は顔を見合わせながら怪訝な表情をする。
「姉さんのことで――――」
「ああっ! そう、それ! あたしも気になってたの。
あれ、いったいどういうことよ」
鈴鹿は気がついたようだ。
あの時、塾舎での会話の中で、鈴鹿のふとした疑問を遮ったときの違和感を覚えていからだ。
その疑問とは、
「今後あらゆる場面において誤解されないようにしないために、二人には事前に知ってもらうけど――――
実は土御門夏目は性別を偽って塾生を演じているんだ。
――――つまり、実際の性別は男ではなくて女ってこと」
鈴鹿はやっぱりといった表情をし、京子はまだ理解していない顔をしている。
僕は話を続ける。
「土御門家のしきたりで、土御門家の長子は男として振る舞わなければならないというものがあって、姉さんは塾舎においては男として生活しているんだ」
「あたしも夏目っちに会ったとき、おかしいと思ったのよね。
最初に会ったときは巫女の格好した女の子で、あんたも姉さんって言ってたし。
でもここでは兄さんなんていってるから、わけわかんなくって。
でも変なしきたりね。 土御門家の長子は男として振る舞うって、なんなのそれ。 古式ゆかしい……ギャグ?」
さすがは十二神将の鈴鹿、土御門家のしきたりに対して言いたい放題、物怖じしないところはさすがである。
しかし京子はいまだ理解が及ばないようだ。
「そんな……ウソよ。 だって夏目くんは線は細いけど、どう見ても男の子で違和感がない……」
「京子が騙されるのは仕方がないね。
というのも、姉さんの女性としての陰の気と、北斗……土御門家の竜の式神の陰の気が重なり合って、男性としての陽の気を作り出していて、知らない人が姉さんを見ると、一般人はともかく、見鬼の才に秀でた人ほど騙されてしまうものだから」
「……夏目っちが噂も相まって男として認識されている分、これって見た目以上にかなり強力な乙種よ。
事情を知らないと普通わかるわけないわ」
鈴鹿が僕の説明に対してフォローしてくれた。
京子は未だに信じられない様子ながらも納得はしたようだった。
「でも、なんであたし達にこの話したのよ?」
「この話をした理由は、二人が姉さんの性別に疑問を持つ可能性があったからだね。
鈴鹿は昨年の夏に姉さんを目撃している。
京子は昔うちにきて姉さんを目撃もしくは事情を聞いていた可能性があった。
ふとしたことで思い出して後々混乱されても面倒だし、不確かなままにしておくより正確な情報を与えたほうが僕も対応しやすいからね」
二人は神妙な面持ちで頷いた。
ただ今の会話で触れられていない部分で気になった鈴鹿が、
「それにしても、なんでそんなしきたりがあるのよ?」
「そうよねぇ。 夏目くんが男装する意味あるのかしら?」
鈴鹿に続き京子も率直な疑問をぶつけてきた。
二人の疑問はもっともなのだ。
誰が何のためにこのしきたりを作ったのか。
僕個人としての意見はあるが、今の時点でそれは無意味だ。
根拠のない情報を与えて逆に混乱させる危険性がある。
「二人の疑問はわかるけど、そのことについて、はっきりとしたことは何も分かっていないんだ。
悪いけど今の時点では僕も納得させられるだけの回答は持っていないよ」
「そう……まあいいわ。 とりあえずあたしたちは夏目っちの男装がバレないように接していればいいのよね?」
「そういうこと。 特に同じクラスの京子が協力してくれると助かる」
「わかったわ。 できるだけフォローするわ」
鈴鹿と京子、二人の協力に謝意を示す。
きっとこの問題では二人に迷惑を掛けてしまうこともあるだろう。
身内以外に弱みを見せることなく生活してきた僕には、誰かに頼るという意識が希薄だった。
そんな僕が彼女らを頼る選択肢は少し前までは考えられなかったかもしれない。
そう、直感的とでも言うのだろうか。
この二人には僕の弱みをみせてもいい、このときの僕はそう感じていたのだ。
☆
「ここが最後の物件か」
もうあと2時間もすれば日が沈む午後。
僕と鈴鹿、京子に秋乃を加えた4人は、不動産業者に連れられて紹介された物件を1件ずつ見て回っている。
ここが渡された資料に載っていた最後の物件だった。
僕たちは業者に促され数寄屋門を潜り敷地内に入っていく。
辺りを見渡す。
目の前に佇む大きな日本家屋。
右手奥には土蔵もあるようだ。
静寂に包まれた空間。
場所は渋谷に位置するところなのだが、大きな敷地のせいか都内の喧騒とはほど遠いものだった。
実家の屋敷とどちらが大きいだろう、などと、どうでもいいことを考えながら、業者の話を聞き流しつつ、秋乃をどう説得したものかだけを考えていた。
このとき僕の心は既に決まっていたのかもしれない。
だがそんな僕の考えも杞憂に終わった。
なぜならば――――
「碧! ここがいいよ!!」
少し興奮気味の秋乃本人がストレートにここを所望したからだ。
それを聞いて顔がほころぶ業者と顔から血の気が引く女二人。
僕が秋乃に「いい物件だな」などと言いながら頭を撫でていると、
「ちょ、ちょっと。 秋乃っちあんなこといってるケド……」
「そ、そ、そ、そうよ。 碧くん、さすがにここは辞めたほうがいいわよ」
「なんでさ?」
「だって絶対ここ高いわよ……いくらあんただって手が出せるわけ……」
「あたしもそう思うわ。 いくら碧くんでもここは高すぎると思うわ」
「そうかなあ?
――――業者さん、ここいくら?」
業者から総費用の書かれた資料を受け取り、価格を見て納得する。
うん、安い、と。
後ろから除いている二人は青ざめた顔で価格を見ていた。
たしかに二人の言うように、価格だけを見たら決して安くはないのだろう。
だが、しかし、僕も秋乃も気に入った物件だ。
いま、この価格ですぐに買えるのならば、それは決して高いモノではなく、むしろ安いモノなのだ。
「よし、買った」
そう宣言した。
歓喜をあげすぐに契約書を差し出す業者。
それにサインをする僕。
喜ぶ秋乃。
呆然とする鈴鹿と京子。
それぞれがそれぞれの反応を示す中、ここに契約は成った。
これよりこの屋敷は僕のモノになった。
以上、邂逅(後編)でした。
次回は魔術の話が中心で、更新は恐らく週末から来週頭になると思います。