夜の魔術師   作:R.F.Boiran

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2-3. 魔術

秋乃を伴い居間の片隅に腰を下ろしながらこう考えた。

片方の約束を守れば角が立つ。

もう片方の情に(さお)されれば流される。

意地を通せば窮屈だ。

とにかく女性の心は複雑だ。

 

 

「あんた、そんな隅っこで黄昏れていないで、この状況を、く、このっ――――なんと、か、しなさいよっ!」

 

そう叫んでいるのは大連寺鈴鹿。

彼女は今、倉橋京子とじゃれ合っている最中で、僕の目の前ではなかなかかしましい光景が繰り広げられていた。

 

事の発端は僕の用事が終わり、まだ何もない居間で休んでいたときのこと。

鈴鹿があの得体の知れない術式について教えて欲しいと言ってきたことからだ。

当然、事情を知らない京子は、話の内容が見えないまでも、鈴鹿が知らない術式について興味を示し、この話に食いついてきた。

僕としては鈴鹿以外の第三者のいるこの場で教えることに抵抗があり、渋っていたのだが――――

行動を起こしたのは京子だった。

 

「ほらあっ。 何の話か教えてくれてもいいじゃない。 女同士なんだし」

 

「ちょっ!? いい加減にしろよ、テメー!? どこ触りながら言ってんだよ!」

 

とても本日会ったばかりとは思えないほど仲の良い二人である。

しかも京子はずいぶんと慣れた手つきで鈴鹿を圧倒していた。

その圧倒していた京子は鈴鹿が口を割らないことから、少し話題を変えてきたようだ。

 

「ねえ? 「十二神将」さんを相手に恐縮なんだけどさ。

 やっぱり年下の後輩相手に敬語を使うのもむず痒いし、あたしも碧くんみたいに、名前で呼んじゃってもいいかな?」

 

「知らねーよ、んなこと! 勝手にしろよ。 だから、ちょ、やめっ!」

 

「ん。 じゃあ、そうさせてもらうわ。 鈴鹿ちゃん」

 

「また「ちゃん」!?」

 

どうやら以前にも「ちゃん」と呼ばれたことがあるようだ。

はてさて、誰が呼んだのだろうか。

 

「いいじゃない、せっかくこんな風に仲よくなれたんだし」

 

「ざけんな! 仲よくなんかなってねーつーの! 身の程を知れよ!」

 

「そんなこと言ったらだめよ。 仲よくなるのに、身の程なんて関係ないもの。 ね、鈴鹿ちゃん」

 

「ぐわー! 何こいつムカツク! 碧、早くこいつ、なんとかしろよっ!」

 

鈴鹿が絶叫しながら僕に助けを求めてくる。

が――――この状況、僕に何ができるというのか。

そんな僕には、この状況を冷静に分析するくらいしかできないだろう。

国家一級陰陽師として研究に追われていおり、研究室に引きこもっていた鈴鹿。

対して周りとうまくコミュニケーションを取りながら陰陽塾に通っていた京子。

どちらが有利かなのかはいうまでもない――――

などと、本当にどうでもいいことを考えていたら、どうやら状況は次の局面を迎えたようだ。

 

「てーか、マジ、揉むのやめろ! やめてよぉ!」

 

「んもうっ。 女同士なんだし、いいでしょぉ、いまさら?」

 

「女同士とかマジサイアク過ぎる! 同じ趣味の他の女捕まえて、そっちで楽しめよ!」

 

「あら、酷い。 あたし別に、そんな趣味ないわよ? ただ、同姓なのに恥ずかしがる意味とか、あんまりわかんなくて――――」

 

「黙れこの乳牛!」

 

「ちょっと、鈴鹿ちゃん? あたし、そんな失礼なこと言われたの初めてだわ」

 

「誰も言わねーなら、またあたしが言ってやるよ、この乳牛がっ!?」

 

「もうっ! あたしなんか、どうってことないわよ。 クラスの子にはあたしより大きい子いるもの」

 

「テッ、テメッ……!? その発言自体が認めてるじゃんっ! さらっと自分で大きいっていってんじゃん!!」

 

「そんなこと鈴鹿ちゃんはまだ気にしなくても大丈夫よ。 まだまだこれから大っきくなるわよ」

 

「何その上から目線!? マジ、ムカツクっ!!」

 

「いやあ、でも嬉しいな。 まさかあの「神童」と、こんな風にお喋りできるなんて」

 

「……あれ? あたし何でこんなことしていたんだっけ……?」

 

京子とじゃれ合っているうちに、なんでこんな状態になったのか忘れてしまったようだ。

 

「……僕が鈴鹿に術式を教えるという話をしていたんじゃないのか?」

 

僕の言葉にハッっと思い出した表情をする鈴鹿。 そして一瞬のうちに京子の拘束から逃げ出す。

どうやら京子とじゃれている間に記憶が飛んでたようだ。

 

「そうだよ、術式だよ。 碧っ! そんなところで見てないで、いい加減この女に何か言ってよっ!」

 

涙目をしながら訴えるように言ってきた。

そんな彼女を、すこし可哀想に思えてきて僕もこれまで以上に真剣に考える。

だが――――

 

鈴鹿の約束を履行するといまの状況に陥り、

京子に教えるのも躊躇われる。

かといって、僕が約束を反故にするのもどうかと思う。

この状況で彼女らを納得させることが果たして僕に出来るのだろうか。

 

このようなことを考えていたら、僕はもうどうでもよくなってきたしまった。

つまり行き着いた答えは、

 

「はぁ……、鈴鹿がいいなら京子にも教えるよ」

 

結局はいつものように状況に流されてしまうのだ。

 

「ありがとう、碧くんっ!」

 

と、また鈴鹿に抱きつく京子。

 

「またっ!?……いっとくけど……マジにっ、ガチにいっとくけどっ! あたし、そっちの趣味ないからねっ!?」

 

「やだもー。 あたしだってそんな趣味ないわよ。 あたしふつーに、男の子が好きだもん」

 

「だから、揉みながら言うなっ! はーなーせー!! やだー、こいつ、もー、やだー」

 

「おほほ、逃がさないわよ、鈴鹿ちゃん? それで? いいのよね?」

 

「わ、わかったから! だから、抱きつくな! 触んな! なんだよその手つき! やっ、だめ……、ああああ、それ犯罪だろっ! そこっ、やー、もー!」

 

「ありがとっ、鈴鹿ちゃん。 やん。 かわいいっ!」

 

「やぁぁぁぁー!」

 

見ているこっちが恥ずかしくなる。

そんな現場を一瞬たりとも見逃すことなくバッチリと網膜に焼き付けながら、さて、どうしたものかと、この後のことについて考える。

 

「…………」

 

「……やだ、ちょっと、恥ずかしいからそんなに見ないでよ……」

 

今までさんざん鈴鹿と恥ずかしいことをしておきながらそんなことを言う京子。

どうやら考え事をしていたらガン見していたようだ。

 

……まあいい、二人が魔術を知ったあとにどういう選択をするにせよ僕が合わせれば済むことだ。

たいした問題ではない。

僕は秋乃の頭を撫でながら方針を決め、

 

「二人とも、その辺で、そろそろいいか?」

 

意識を切り替え、僕は二人に話しかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……僕としては二人にはあまり関わって欲しくないんだけどな――――」

 

「碧、あたしも冗談で言ってるつもりはないよ」

 

「あたしだって――――」

 

京子が興味を持っているのは興味本位からだ。

鈴鹿もそれと大差はないのだが、まだ実際に魔術を見て言ってきている分マシである。

 

「……京子はともかく、鈴鹿がそれなりに本気なのは認める。

 だけど、それでもだよ。

 ――――はぁ……まあ、二人とも、やるやらないは話を聞いてから決めてくれ。

 それからでも遅くはないだろうから」

 

 

 

僕はおもむろに立ち上がり、居間から外へ繋がる窓を開けた。

心地よい夜風が外から吹き込む。

 

「鈴鹿に見せた術式は魔弾というもの」

 

ぱちんっ、と指を鳴らし、魔術刻印を起動する。

右腕が疼く。

僕はその疼きを無視するように、自己の変革を告げる暗示を紡いだ。

 

「――――行使、一層、直流数紋(ディレクト)

 

何度も行ってきた慣れ親しんだ行為。

魔術刻印を術式再現するための紋様に変化させ、自身の魔術回路に接続する。

ゆっくりと目標に向かって、砲身となった右腕を向け、そして、

 

撃て――――

 

そう紡いだ瞬間、目標に向かって青い光が奔った。

 

数トンに相当する衝撃が、横幅が一メートルはあろう庭石を容赦なく砕く。

そして止まることのない青い閃光は周りの土もろとも呑み込んで土埃の中へと消えていった。

 

事が終わり右腕を下ろす。

振り返り、そして、

 

「これが僕の術式――――魔術だよ」

 

居間の中央で唖然とする二人に、僕はこう宣言した。

 

 

 

 

 

 

「とまあ、実演してみたわけだけど――――」

 

「だーかーらー、あたし、あんな術式知らないんだって!」

 

「碧くんっ! なんなの今の!?」

 

「何から話したものか……

 そうだな、まずこの術式は魔術と呼ばれるモノだよ」

 

「はあ? 魔術? 何、そのオカルトじみたものは」

 

「何いってんだ。 陰陽術だって一般人からしたら十分オカルト、ミステリーじゃないか」

 

「なっ――――」

 

土御門夜光が日本にあるオカルトや呪術を統括し実践的に使えるようにした現代陰陽術を学んできた陰陽師にとって、オカルト呼ばわりされるのは心外なのだ。

だが一般人からするなら陰陽術も魔術も不思議な現象を起こすよくわからないものだ。

事実は事実である。

そしてこれから話す魔術とはその陰陽術とは対極にあるものなのだ。

鈴鹿たちがこれから足を踏み入れる領域とはそういうところだ。

ごほんと咳払いし、気を取り直して話を続ける。

 

「オカルト、ミステリー、まあ日本語で言うところの神秘という意味のMystèreという言葉がある」

 

僕は鞄から取り出したノートから一枚破いて、そこにいま言った言葉の綴りを書いて二人に見せる。

 

「これはギリシャ語で閉ざすって意味なんだ。

 閉鎖とか隠匿、自己完結を指す言葉。

 神秘というのは神秘であるから価値があるんだ。

 そう――――魔術の本質は隠すこと。

 これは公にしている陰陽術と決定的に違う。

 そして正体の明かされた魔術というのは、いかなる方法を使って再現したとしても神秘には成り得ない。

 ただの手法に成り下がったものに意味はない。

 そうなると、とたんに魔術は弱くなるんだ。

 そうだな……例えば鈴鹿だけが火界咒(かかいしゅ)を使える場合と、鈴鹿と京子、二人が火界咒使えるのとでは、後者の場合、その火界咒の価値というものは半分になる。

 神秘と言う意味でね。

 これは何も魔術に限らず、この世のありとあらゆることに共通することだと思うよ、僕は」

 

「……その神秘をあたしに、あたしたちに見せてもよかったの?」

 

申し訳なさそうに鈴鹿が聞いてくる。

 

「鈴鹿に見られたあのときは陰陽術で対応できる術がなかったから仕方がない。

 それに今いったように正体が明かされたら問題があるけど、見られただけなら問題ないよ。

 なぜなら僕以外に魔術を知らないのだから」

 

「じゃあ、あたしたちに教える気になったのは?」

 

「……ただの気まぐれ。 かな。

 まあ、二人とも誰かに言いふらすようなこともしないと思うから大丈夫だろ?」

 

本当は二人の暴れる姿を見ていていたら、めんどくさくなったなんて言えない……。

ただ、念のため釘は刺しておく。

が、僕が教えない限り、再現性がないためその心配はないだろう。

 

「あの、あたしからもいいかな?

 その隠すのが、魔術だっけ? その魔術の本質なら、碧くんは自分しか知らない魔術をこの先ずっと隠し通すつもりだったの?

 それともあたしたち以外にも魔術を知っている人が既にいるの?」

 

いままで静かだった京子が聞いてきた。

 

「もちろん二人以外にも僕の魔術を知っている人はいるよ」

 

二人はその言葉にピクリと反応を見せた。

なんだ?

かまわず続ける。

 

「父さん、姉さん、それに小父、小母。 それに、ここにいる秋乃の5人。

 そして魔術のことを知ってはいるけど、使うことはできないよ」

 

同時に安堵のため息をつく二人。

いったい何なんだ?

気にはなるが、かまわず続ける。

 

「ただ、京子のいうように僕は魔術を誰にも教えるつもりはなかったよ。

 二人のことがなければ打ち明けるのは自分の子供に自分の魔術を託すときくらいだったと思うよ」

 

唐突に顔を赤くする二人。

何が彼女らをそうするのか分からないが、表情がころころ変わり面白い状況である。

しばらくして落ち着いたのか京子が聞いてきた。

 

「でも、変なことするのね。

 陰陽術ならむしろ広く使ってもらって、みんなの役に立てるようにするのに。

 ……誰にも知られる事なく識って、誰の役にも立たない。

 これに何の意味があるのかしら」

 

広く使ってもらってみんなの役に立つ、か。

根が純粋な京子ならではの意見。

実にかわいらしい考えだ。

僕は苦笑いをしながら京子の問いに答える。

 

「意味を問われたら、無い、が回答になるよ。

 ただ目的はあるんだ。

 魔術の最終的な目的は「根源の渦」への到達。

 根源の渦というのは、あらゆる現象の源流。

 全てはそこから生まれ、そして、始まりがあれば終わりも自ずと弾き出される。

 ここは究極の知識と呼ばれるところなんだ。

 全てがそこにあるのに、究極なんて言葉で結末を決めているからどうかと思うけど、一番わかりやすい呼び方だからこう呼んでる」

 

二人は僕の話を静かに聞いている。

僕は秋乃の頭を撫でながら一息つき、再び話を続ける。

 

「もともと世界にあるオカルトとして噂される魔術系統は、この渦から流れている支流の一つに過ぎない。

 世界中に類似した伝承や神話があるのはそのためだよ。

 大元は同じもので、それに色を付けたのは、それを汲み取った人達。

 先ほど見せた数秘術、それ以外にも西洋占星術、錬金術、カバラ、ルーン、そして陰陽術の祖の一つでもある仙術……

 数えられない数の魔術だけど、元が同じだからこそ最終的には同じ目的に行き着くようになる。

 そして想像してしまうんだ。

 そこにあるモノが何かを。

 魔術の最終的な目的は真理への到達に他ならない。

 純粋に真理というものがどんなカタチをしているのかを知りたがり、そこに人間的な感情などは必要ない。

 誰かに認められたい、誰かの役に立ちたい、そんなモノとは無縁で、永遠に報われることのない者。

 世界はこれを魔術師と呼んだ。

 そして僕はそれに習って、行動を同じくしているに過ぎない。

 だから今回二人に教えようと思ったのも本当にただの気まぐれなんだ」

 

淡々と二人を見据えながら僕は言った。

二人は難しい表情をしたままだ。

そして鈴鹿が口を開いた。

 

「……いろいろ分からないことだらけなんだけど。

 一番分からないのは、そう――――

 碧はなんで魔術なんてものを知っているのよ?」

 

今やオカルトとしてのみしか語られない魔術をどうして僕だけが知っているのか。

鈴鹿が口にしたのは当然の疑問だ。

そんな鈴鹿の疑問に僕は肩をすくめて、

 

「それは根源の渦に至ったからさ。

 僕が5歳の頃、偶然、根源に触れた。

 そして識った。

 僕が魔術を知っているのはその恩恵だよ」

 

「「なっ――――!」」

 

驚愕の表情をする二人。

そんな二人の反応が予想できた僕は苦笑しながら話を続ける。

 

「だから僕は根源の正体を知っている。

 でもそれは僕だけだ。

 これから先、何十、何百年かあとに、僕のように偶然、根源に至る人間が出てくるかもしれないけどね。

 それと昔の人たちの中には魔術によって根源に至った人たちもいるんだと思う。

 でもそれは古い話。

 既にこの時代この世界では、魔術は風化して失われているから、これから魔術を知ったところで、根源に至ることはありえない。

 だから永遠に辿り着けない場所へ行くことが目的の魔術を知ること自体に意味はないんだ」

 

静まる空間。

肩をすくめて苦笑しながら話しに付け足す。

 

「ただ、魔術の目的に意味はないけのだけれど、結局はそれを使う人の目的が重要になるんだ。

 特にこの世界においては。

 二人が魔術を知ってそれをどう生かすのか、それは二人の使い方次第ってことだね」

 

その話を聞いて、黙ったままだった鈴鹿がそれを聞きたかったと言わんばかりに表情が晴れた。

 

「なーんだ、じゃあ、あたしたちの目的次第でその在り方は様々ってことね」

 

「ま、そういうことだね。

 ただ脅すつもりはないけど、魔術は常に死と隣り合わせなんだ。

 使うだけで痛みを伴うし、失敗すれば死にもする。

 人の常識とはかけ離れた神秘を扱うためには、それだけのリスクを伴っていることは覚えておいて欲しい」

 

僕の長い話を聞き終え、それまで静かに聞いていた京子は「えっ!? 死ぬことがあるの!?」などと騒ぎ出す始末である。

 

「ここまでの話を聞いて、それでも魔術を覚えたいならこの場に残ってくれ」

 

僕は二人の目を見ながら静かに言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

結局二人とも残ったのだが……

鈴鹿はともかく、京子は大丈夫なのか?

 

僕の心配をよそに残った二人。

ため息をつきつつ、僕は話を続けた。

 

「じゃあ、まずは簡単な話から。

 魔術を使うのには魔力と呼ばれるものが必要なんだ。

 これは鈴鹿と京子も身近に感じているものだからすぐ感じることができると思う」

 

「身近なものって何?」

 

「――――あっ、もしかして霊気のこと?」

 

「正解だよ、京子。

 魔力っていうのは魔術を発動させられるものなら、それら全て魔力と言い換えてもいいよ。

 霊気はその代表格」

 

「ふ~ん。 なんか陰陽術と似ているのね」

 

「それはそうさ。

 陰陽術も元々は魔術から派生したものなんだ。

 動力が同じでも不思議じゃないだろ?」

 

「それって、さっき碧くんが言ってた、仙術もそれに含まれるのかしら?」

 

「そうだね。

 ただ夜光が作った帝式陰陽術には魔術から細分化した、より汎用的に洗練された術式が多いんだ。

 その仙術にしてもオリジナルに改変を加えたものなんだよ。

 まあ、そこが夜光が天才と言われる所以なんだろうけど……。

 ――――少し話が逸れたけど、その魔力には二つに分類される。

 一つは大源(マナ)、もう一つは小源(オド)

 大源は世界に満ちた魔力。

 これは代価を用意して取引する魔術形式。

 僕が見せた数秘術で、魔方陣を見たと思うけど、そういう外部から魔力を取り込んで行使するために使うんだ。

 ただこういうのは知識がないと出来ないから、まずは二人には小源を使った魔術を教える。

 小源は個人が生成した魔力。

 例えばそうだな……」

 

僕はいったん話を途中で区切り、先ほど使ったMystèreと書かれた紙を手にした。

そして左手で紙の下側を持ち、二人に見せつけた。

そして二人と僕を挟んだ紙の裏側から余っている右手で直線のある文字を書いた。

 

すると、突然紙は燃えだした。

紙の上部からゆっくりと燃えだし、やがて紙を支えている左手に差し掛かろうとしたとき、僕は紙から手を離し、そして、

紙は灰も残らずにこの世から消滅した。

 

「…………」

 

二人は声を出すこともなく黙って事の成り行きを見ていた。

だが表情はさえない。

鈴鹿はこめかみに指をあてながら、

 

「……なんで急に紙が燃えだすのよ」

 

一方、京子は、

 

「火界咒……じゃないわよね……?」

 

まるで信じられないものでも見たような顔をしながら言ってきた。

 

「陰陽術は真言そのものに意味があってその効果を成す。

 だけど魔術にそんなものは必要ない。

 なぜなら魔術にとって詠唱……陰陽術で言うところの真言は、その術者に対する自己暗示に過ぎないんだ。

 だから魔術を発現させることが出来るのならば、極端な話、詠唱なんて必要ない。

 詠唱は自己の体に刻み込んだ魔術を発現させるためのモノで、その内容は使い手によって千差万別。

 その魔術を指す具体的なものさえ含まれていればいいんだ。

 ただ、自己暗示といったように、自分自身に掛かる暗示が強力であればあるほど、自分自身から引き出す能力も大きいのは事実。

 だから詠唱を長くして意味づけする分だけ威力は大きくもなる」

 

「なんだか魔術ってずいぶん曖昧なモノなのね。 自己暗示だなんて」

 

「そうよねぇ。 ちょっと抽象的すぎてわかりずらいかも……」

 

「じゃあ、具体的にどう使うかというところの説明をしようか。

 先ほど言ったように、小源は術者個人が作る魔力で、これを使った魔術を教えるわけだけど、この魔力を生成する機能を魔術回路というんだ。

 この魔術回路は疑似神経とも呼ばれたりするモノで、存在する人と存在しない人がいるんだけど――――」

 

「まさか、あたしたちには存在しないなんてことはないわよね!?」

 

「言っただろ? 魔力は霊気だって。

 普段、陰陽術を使っている二人にはあるんだ。

 その魔術回路を意識したことがないだけで二人には存在する。

 ただその魔術回路を意識させるには――――」

 

「させるには?」

 

ゴクリ、と息を呑む二人。

そして、

 

「いや、今日はここまでにしよう」

 

ズコーっと盛大に前のめりに床に突っ伏す二人。

 

「あ、あんたねぇ……」

 

「……碧くん、ここまで話しておいてそれは無いわ」

 

赤くなった額を抑えながらそれぞれの感想を言う。

 

「悪い悪い。

 ただもう夜も遅いし、それに僕にも準備がある。

 それにそれをやると、恐らく二人とも二、三週間は体がだるくて身動き取れなくなるハズだから」

 

「そんなに!?」

 

「だからまた明日か、別に予定を立ててやった方がいいだろ」

 

鈴鹿と京子はしばらく考え込むような仕草を取り、

 

「ねえ、碧。 明日塾が終わったらあたしに付き合ってくれない?」

 

「あたしも、明日のお昼に付き合って欲しいな」

 

二人同時にお願いをしてきた。

僕は特に気にせずに軽い気持ちで了承をしてしまったのだが、それが後に騒動に巻き込まれることになることとは、この時の僕はまだ知らない。

 

 

 




以上、魔術についての話でした。
今回の話に戦闘も盛り込みたかったのですが、それはまた次回ということで。

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