「……それで何で僕はお二人と一緒に食事をしているのでしょうか?」
京子から、今日の昼に付き合って欲しいと言われたのが、昨夜のことだった。
僕は約束通り昼に京子のクラスへ行き、京子と合流したのだが……
そのあと京子に連れられてきたのがこの塾長室だった。
そして促されるままに席に着き、塾長と京子、そして対面にいる僕を挟んだテーブルに出された重箱を三人でつついているのだが、
「あら、せっかく京子さんが殿方を連れてきたというのに、つれないことを言うのね」
「ごめん、碧くん。 迷惑だった……かな?」
からかうような悪い表情の塾長としゅんとした表情の京子。
「いや、まあ、迷惑じゃないけど……」
塾長はさておき、京子よ。
その言い方は卑怯だ。
そんなことを言われたら何も言えないじゃないか。
……いや、もうよそう。
深く考えるだけ無駄だ。
だいたいこの場は食事をしているだけに過ぎない。
これはごくごく普通のありふれた行為だ。
他意はない……はずだ。
それならば、と僕は話題を変えてみた。
「それにしても、このお弁当おいしいですね。
倉橋家が雇っている料理人が作ったんですか?」
「え!? おいしいって本当!?
うれしいなぁ。 碧くんに褒められちゃった」
キャッキャと顔を赤くして喜ぶ京子。
「あらあら、まあまあ。
よかったですね京子さん。
碧さん、このお弁当は京子さんの手作りなんですよ」
ご丁寧にも、作り手が誰なのかを教えてくれる塾長。
どうやら地雷を踏んだようだ。
あまり塾長から弄られるようなネタを自分から提供するようなことはしたくなかったのだが……
だが、まあいい。
相手は塾長なのだ。
最初からこうなることは想定済みだ。
かといって何か対策を講じているかというとそういうわけではないのだが――――
まあ、慌てるそぶり見せたら塾長の思うつぼだ。
ここは冷静を装って、
「……へぇ。 これは意外だな。
京子はお嬢様だからこういうの苦手なのかと思ってたよ」
「あら。 碧くん、それは偏見だわ。
お嬢様だからって、家事ができないわけではないわよ」
「そうですよ。 碧さん。
こう見えて京子さんは小さい頃から私がしっかりと育ててきましたからね」
「塾長がそう言うことを言うのは少し怖いですね……」
「……お祖母様ったら、あたしが子供のころから何かをサボると、呪術を使ってお仕置きしてきたのよ。
だからいろいろな習い事とか真面目にするしかなかったのよ……」
「つまり私の教育のおかげで、京子さんは碧さんから褒められることができたのですね」
「お祖母様の教育に歪まずやってきた、あたしの健気さの賜です」
精一杯抵抗の意思を見せる京子。
そんな京子の抵抗をまるでなかったかのように流し、
ところで、と塾長。
「あなたたち、昨日会ったばかりなのに仲がよろしいのね。
もしかして、お付き合いしているのですか?」
「ぶっ」
京子が思わず吹き出した。
「あら、どうしたの? はしたない」
確かに食事中に吹き出すのは良くないと思う。
これには塾長に同意せざるを得ない。
すまん京子。
「お、お祖母様が急に変なこと言うからでしょ!?」
「変なこととはなんですか。 大切なことですよ」
塾長は真面目な顔をして顔で言った。
「一人の女性として、男性とのお付き合いを経験するのは、とても重要な事よ。
ましてや、京子さん。 あなたは倉橋家の娘なのですからね。
妙な輩に騙されないよう、私は京子さんがどのような殿方とお付き合いしているのか知っておく必要があります」
「それはっ……そ、そうかもしれませんけど……」
「でしょう? ――――それで、どうなの?
碧さんとお付き合いしてるの?」
「い、いや、その、あの……」
「確かに碧さんの土御門という家格は申し分ありませんし、既に資格をとっていることから本人の陰陽師としての資質も問題ありません。
それに私自身、碧さんの人柄も気に入っているんですよ」
塾長はこのように前置きしたあとこうも言った。
「碧さん、あなた大連寺鈴鹿さんとお付き合いしているのではなかったのですか?
――――二股はいけませんよ。
京子さんの祖母として、これをそのまま見過ごすわけにはまいりません」
二股って、おいおい。
まるで僕が悪者みたいじゃないか。
いや、確かに何も言わない僕が悪いのかもしれないが……。
うーむ。 どうしたものか。
昨日といい、今日といい、僕の知らないところで話がどんどん進んでるところが怖いのだが。
とにかく今の流れはまずい。
脳内でいろいろ考えながら弁明しようとした瞬間、
「ち、違います。 お、お付き合いだなんて……。
碧くんとは小さいころ一度お会いしたことがあって、昨日久しぶりに再会したことがきっかけで親しくしているだけです」
「あら? 京子さん、碧さんと小さい頃に会ったことがあるのですか?」
「え、ええ。 土御門の屋敷に連れられていったときに一緒に遊んだことが――――」
「あらまあ!? それで運命的な再会を果たしたと。
でしたら尚更――――」
「だから、ち、違いますっ!」
「顔を真っ赤にしながら言ったところで説得力ありませんよ。
それで、本当のところはどうなの? どこまでしたの?」
「っ――――どどど、どこまでって……
ききき、き、昨日の今日で、ど、どこまでもなにも――――
てか、何を言わせる気ですか!? な、何もしていません! するわけないでしょ!?」
京子は半ばパニックになりながらも顔を真っ赤にしながら否定した。
そんな京子の言葉を聞いた塾長はやや残念そうな顔をし、
「でも、残念ね」
「え?」
「倉橋の女としては本当に残念だわ。
碧さんほどの有望株は陰陽塾、いいえ、陰陽界全体を見てもそうそう見つかるものでもないでしょ。
そんな彼をみすみす鈴鹿さんに渡してしまうのだから、これは本当に残念だわぁ」
「っ――――!」
「でも二股されるよりはマシかもしれませんね。
――――ただ、私としては大切な孫娘が選んだ殿方なら応援したい気持ちもあったのですが。
どうやら気のせいだったようで、杞憂でしたね。
そういうことでしたら今朝の話もなかった――――」
さすが長く一緒にいただけのことはある。
京子がいいように振り回される様を見ながら僕は感嘆としていた。
そして塾長のこの言葉が京子の琴線に触れたのか、
「――――好き……」
「あら?」
「ええ、ええ、そうです! あたしは碧くん、土御門碧くんが好きです!
あの日あたしの大事なリボンを探してくれた碧くんと昨日偶然再会したときには運命を感じたわ!!
そんな彼のことが、好きで、好きで、昨日は眠れないくらい碧くんの事ばかり考えていました!!」
半ばヤケクソになりながら、目は涙目になりながら言った。
それを聞いた塾長は満足げな表情をし、
「京子さんが、そこまで、そこまで、碧さんのことを思っているのなら、まあ、いいでしょう。
今朝の件、京子さんの好きなようにしなさい」
ん? 急に話の流れが変わったぞ……。
僕が好きとかそういう下世話な話じゃなかったのか?
「え!? 本当? お祖母様!」
「かわいい孫娘の恋愛ですもの。
応援することはあっても、反対する理由はありませんよ」
先ほどまでとは打って変わりやさしげな表情で京子に語りかける。
塾長は「ただし」と付け加え、
「定期的に連絡はするように。
いくら私が応援すると言っても、あなたはまだ未成年なんですからね」
だめだ、話がまったく見えない……。
そんな僕に対して塾長はこちらを見て「それと」とも付け加えた。
「碧さん、京子さんを泣かすようなことがあれば――――わかっていますね?」
まるで有無を言わせないような塾長の言葉。
先ほどの優しげな表情はどこへ行ったのか。
僕に向けた塾長の表情はまさに不動明王だった。
これはもう弁明とかそういう状況ではなくなったな。
それが僕の回答だった。
一言「はい……。」と。
☆
食事も終え塾長室をあとにする僕と京子。
一方は解せない表情で、もう一方は満足顔だ。
京子からストレートに好意を示されたのも束の間、塾長と京子の謎会話である。
その会話の事について、恐らく当事者である僕は、改めて考えてみるも、やはり身に覚えが無く。
結局よくわかっていない僕は京子にこう質問した。
「あのさ、塾長との会話がまだ理解できていないんだけど、今朝の話とか定期的に連絡とか、一体何の話だったの?」
「えっ!? あ、あー、アレね……」
問われたことに対し慌てて、何かを隠すように言葉を濁す京子。
しかし何も考えていなかったのか結局白状した。
「……ごめんなさい。
お祖母様には碧くんの家にしばらく泊まるって伝えたの……。
ほ、ほらっ、魔術を使えるまで二、三週間くらい動けなくなるって話だったじゃない?
それでお祖母様に魔術の部分はぼかしてお話ししたら同棲って勘違いしちゃって……」
「そういう理由か……」
僕は魔術回路を意識させるためにあることをする予定だ。
それをすると京子の言うようにしばらく身動きが取れなくなるのも事実。
でも、だからといって、まさか押し掛けてくるとは……。
「で、でも、碧くんを好きな気持ちは本当なんだからねっ!!」
「ねっ!!」って言われても……なぁ……。
嬉しいことは嬉しいのだが……。
いかんせん、僕はこういう事には疎いのだ。
「……京子からそういうことを言われるのは素直に嬉しいんだけど――――」
「迷惑……かな……?」
「いや、そんなことはないんだけど……なんていうか……」
「なんていうか……?」
「そういう好意を持たれたのが初めてで、どう反応していいのかわからないんだ」
「え! うそっ!?」
「いや、ホントに……。
だってうちの田舎、周りに同年代の異性すら居なかったから、そういう接点無かったし……」
「でも、鈴鹿ちゃんとか……」
「あれは面白がっているだけだろ?」
「……そんなことは無いと思うけどなぁ……」
「え?」
「う、ううん、なんでもない!
でも、そうねぇ……」
京子は少し考えるような仕草をしながらこちらに向き直りとびきりの笑顔。
僕の目を正面から見つめながらこう言ってきた。
「あたしとしては素直に喜んでくれると嬉しいなぁ」
真剣でいて、やさしくも、でも期待する気持ちが入り交じった、恋する少女の目。
僕はその笑顔に僕は見とれていたのかもしれない。
まるで魅了の魔眼のような強制。
正常な判断が出来なくなった僕は「そうか、そうだな……」と呟いたあと、
「ありがとう、京子」
そう言いながら京子の手を握り、その場を去っていった。
――――という、一部始終を塾生に見られていた。
人の噂というものはすぐ広まるらしく、まもなく塾舎内に知れ渡ることとなった。
鈴鹿と京子、二人を僕が二股しているという噂が。
以降、僕は肩身を狭くして塾舎に通うこととなるのだが、それはまた別の話。
後編は今週中に書ける気がします・・・