「それじゃあ、碧、約束通り付き合ってもらうわよ」
そう切り出したのは鈴鹿だ。
僕と鈴鹿、京子の3人は、講義も終わったため合流したのち塾舎を出て屋敷へ戻る途中だった。
「ああ。 それはかまわないけど、どこに行くつもりなんだ?」
「陰陽庁」
「は?」
「だから陰陽庁だって」
「……」
「鈴鹿ちゃん、いったい陰陽庁にどういう用事があるの?」
「あたし、十二神将じゃん?
人事権も長官付なんだよね。 特殊だっていうのはあたしが塾舎に通っている時点で分かっていると思うんだけどさ。
それで住む場所も勝手に移すことができないわけ。
だから――――」
「魔術を習うためにうちに移住するから説得に付き合えって話か」
「わかってんじゃん」
「……昼間にも似たようなことがあったしな……」
「どういうことよ碧?」
実は、と、昼間の一件で京子が僕の屋敷にしばらく住むことになった経緯を説明する。
「つまりキョーコも碧の屋敷に……」
「そうなのっ! 鈴鹿ちゃんよろしくねっ!」
「――――だから、抱きつくなぁー!!」
と、鈴鹿に抱きつく京子と嫌がる鈴鹿。
本当に仲がいいよなこの二人は。
まあ二人がうちにくるのはこの際些細なことだ。
だが問題なのはそれを実現する過程。
京子は昼に解決したが、鈴鹿のは少々厄介である。
なぜならば――――
「一人も二人も同じだ。 鈴鹿がうちにくるのもこの際もういい。
それはいいが――――
だけどその説得する相手って長官なんだよな? 長官ってたしか――――」
「そう、キョーコの父親。 倉橋源司だよ」
倉橋源司……陰陽庁長官にして祓魔局局長を務める陰陽師のエリート中のエリート、陰陽界のトップに君臨する人物だ。
双角会……テロ集団の巣窟になっている陰陽庁でトップに君臨しているのだ。
先の霊災テロだってこの人物が噛んでいる可能性は十分にある。
それに昨年の夏の事件だって……。
そんな人物が塾長のように情に訴えてどうにかなるとも思えない。
つまり鈴鹿の移住の許可を取り付けるのは難しいと言わざるを得ない。
――――いや、まてよ……?
交渉材料として霊災テロのことや夏の事件のことは使えないこともないか。
確証がないとはいえ、そのことはやった本人に聞けばいい話だ……。
せっかく陰陽庁に乗り込むんだ。
これは試してみる価値はあるかもしれない。
僕は思案にふけっていたのだが、それを見た京子が心配そうに声を掛けてきた。
「……あたしも行こうか? 力になれるかわからないけど……」
やや複雑な表情をしながら遠慮がちに、京子なりにフォローできるかもしれないと同行を申し出てくれた。
しかし僕はその京子の申し出を断った。
「いや、ここは僕と鈴鹿だけで行くよ。
相手は陰陽庁の重鎮。 いくら親子だからといって情に訴えてどうにかなる相手とも思えない」
京子もそれが分かっていたからこそ、遠慮がちに言ってきたのだ。
僕がそう言うとこれまたやや残念そうではあるが、あっさりと引いてくれた。
それに京子にはこれからやって欲しいこともある。
「悪いけど京子には秋乃と一緒に、これから必要になりそうな生活用品の買い出しを頼めないかな?」
「え? 秋乃ちゃんと?」
「うん。 ほら、家にまだ何もないだろ? それにこれからさらに二人増えるんだ。 何もかもが足りなさすぎる……」
僕は一枚のカードを取り出し京子に渡した。
「で、でも……あたしが選んでいいの?」
「京子じゃないとダメなんだ」
僕はずぼら。 鈴鹿は……見た目、生活面においてしっかりしているとは思えない、たぶん、おそらく……。
僕や鈴鹿よりは、お嬢様ではあるが家事に関しては問題ない京子のほうが適任なのだ。
「わ、わかったわ。 とにかく秋乃ちゃんと合流して行けばいいわけね」
「ああ、たのむよ京子」
頷く京子。
僕は秋乃に連絡を取り京子と一緒に買い出しに行くように伝えた。
そして屋敷に戻り荷物だけ置いたあと、僕と鈴鹿は京子と別れ秋葉原近辺に移動した。
向かった先は陰陽庁。
その庁舎が、今、僕と鈴鹿の目の前へ現れた。
☆
アポなしで行ったのだが、どういう訳か受付へ行き長官へ連絡を取ってもらったらすんなり通してもらえた。
案内してくれた女性に促されエレベーターに乗る。
向かった先は最上階。
しばらくするとエレベーターは停止した。
僕は鈴鹿を伴いエレベーターから降りると、ある違和感を感じた。
人払いの結界である。
だがまあ人払いの結界が僕たちに不利なものでもないため無視することにした。
恐らくこの場では僕たち以外の人を避けたいのが理由なのだろう。
案内の女性が長官室の扉をノックして部屋の中へ入った。
僕たちもそれに続き部屋に足を踏み入れた。
女性は用が済んだため一礼した後そのまま退室する。
辺りを見渡す。
豪奢で古びた内装をしており時代背景は昭和を連想させるものだ。
床には絨毯が敷かれ奥の窓からは秋葉原のビル群が建ち並んでるのが見える。
この部屋の主、倉橋源司は席から立ち上がりながら、「そちらへ……」と、一言動作を交えながら応接用のソファーに座るよう僕たち二人に勧めた。
彼の格好は束帯姿。
厳格な雰囲気を身に纏い静かな動作で僕たちが座った対面のソファーに腰掛け彼は言った。
「はじめまして、土御門碧君。 倉橋源司だ」
鋭い眼光で僕を見据えるその瞳。
低音の声も相まってこれまでの経歴を物語るように感じさせる。
「お初にお目にかかります。 倉橋さん。 噂はかねがね聞いております」
「ほう……。 ――――そうか、君は今年陰陽塾に入ったのだな。 私の母や娘から何か聞いていてもおかしくはないか」
「お二方共に親しくさせて頂いておりますが、塾長やご息女からは貴方に関することは何も……。
私は一般の情報媒体から知っただけに過ぎません。
それだけ貴方が有名人と言うことですよ」
「……そうか。 まあ私も夏目君の弟である君に興味があってね。 受付から連絡を受けたときはよい巡り合わせを感じたよ」
姉さんの弟の僕に興味……か。
なるほど、なかなか意味深なことを言う。
「――――それで、私に何か用があると聞いたのだが」
「ああ、そのことですが、実は隣にいる彼女の住居を移転させたくてお願いにきたのです」
「……鈴鹿君の住居を?」
「はい。 実は私、塾舎の近辺にそこそこ大きい屋敷を購入しまして。
それで一人では管理が大変なので鈴鹿に住み込みで手伝ってもらおうと考えているのです」
「ほうっ! 塾生の君が屋敷を? それは面白い」
「幸いにも個人資産は掃いて捨てるほど潤沢にありまして、いい物件もあったので購入しました」
「塾舎近くに屋敷を個人で購入できるだけの資金力……。
――――半信半疑ではあったがやはり噂は本当だったのだな。
財界に名を馳せる土御門の名は……」
「おや、知っていましたか」
「この地位に立つと様々な人物とも合うことも多い。
君ほどの名なら自然と私の耳に入ってこよう。 ――――スターマイン社の元会長 土御門碧。
だが、齢、15の少年と同一人物とはな……」
「まあたいしたことではありませんよ。
趣味で始めたものが大きくなっただけに過ぎません。
貴方のように実力でその地位に上り詰めたものとは比較にもならないでしょう」
「ほう……。 君はずいぶん私を買ってくれるのだな」
「それはもちろんです。 でなければ こ の 陰 陽 庁 をまとめることなど到底出来ないでしょう?」
「……」
僕は言葉を継いだ。
「――――それで、どうでしょうか。 鈴鹿の件について」
「……それはやはり出来ない相談だな。
――――君も知っているからここへ来たと思うのだが鈴鹿君は国家一級陰陽師だ。
今は資格停止をしているが緊急時にはその限りではない。
その場合、鈴鹿君には私の指示した場所に居てもらわなければならない。
つまり鈴鹿君が住む場所も人事権に含むものであって、場所を移すことを許可することはできないな」
「なるほど。 まあ予想通りの回答ですね」
「お、おい。 碧っ!」
「まあ待て……」と鈴鹿を制す。
倉橋源司の回答は予想できていたことだ。
そのままこちらの要求を示したところで拒否されるのは道理。
で、あるならば、やり方を変えるまでだ。
「――――ところで倉橋さん。 先の霊災テロでは兄さんがお世話になったみたいで」
「その件か。 ああ、確かに陰陽庁から要請し夏目君に手伝ってもらったな。 礼を言おう」
「いえ、私がしたことではないので、そのこと自体はどうでもいいのです」
「なら何を――――」
「双角会」
「っ――――! な、に……?」
「霊災テロの首謀者は双角会。 それは夜光信者の組織母体だ……。
そして連中の目的は土御門夜光の覚醒……。
そんな連中が絡んでいる事件に、倉橋さん、あなたは知ってて兄さんを巻き込んだんですか?」
「それは泰純も同意の上だ。 何も私だけの判断では――――」
「では昨年の夏の事件。
貴方は鈴鹿をみすみす泳がせましたね?
十二神将とはいえ鈴鹿は戦闘が得意な陰陽師ではありません。
そんな彼女を止めらないわけないでしょう」
「……あの時は人が居なかったのだ」
「ではもっと根本的な話をしましょうか。
――――鈴鹿が術式を構築するために見た泰山府君祭の資料は父親の大連寺至道が作ったそうですが、術式そのものに明らかな間違いがある。
御霊部に居た彼がそんな初歩的なミスをするはずもないでしょう。
なぜ土御門の霊気を摂取する必要があったのか、なぜ土御門が管理する祭壇でなければならなかったのか。
これは大連寺至道が作った資料を見た術者……鈴鹿のミスリードを誘うためだ。
そして大連寺至道はなぜこのようなことを行う必要があったのか」
隣で息を呑む声が聞こえる。
が、今は無視して言葉を紡ぐ。
「倉橋さん、一つ問います。 大連寺至道の肉体はともかく、魂はまだこの世に存在しているのではないのですか?」
「っ――――!! し、知らんな!! 知るわけがない!!」
「まあいいでしょう。 ですが――――」
僕は中空で点と点を結ぶように一本の線を指で引く。
「事象というのは必ず発生する理由がある。
そして事象一つ一つでは完結しているかのように思えるモノでも点と点を結んだ先に何かが生まれることがある。
今回の場合、点と点を結んだ先に一つ行き着くトコロがあるんですよ。 ――――そう、夏目兄さんにね」
僕は一息ついてから続ける。
「そしてこれは信頼できる情報筋からのものですが、陰陽庁には双角会のメンバーが多数居ると。
そしてそれらは中枢にも及んでいる……」
「何が言いたい……?」
「倉橋さん、貴方……双角会のメンバーですね?」
目を見開く。
そして、
「ふ……フハハ……フハハハハ――――」
突然笑い出した倉橋源司は表情を一転させた。
「何をバカなっ! そこまで言うのなら! 土御門碧!! 証拠はあるのかね!? 証拠だよ証拠!!!!」
「残念ながら私の手元には証拠はありませんね」
「はっ! ……君は私をバカにしているのかね!?」
興奮気味の倉橋源司を僕は平然と見返した。
そしてさらなる火種を彼に注いだ。
「バカにしているのではくバカだと申し上げているのです」
「なんだと!」
彼は激昂しソファーから飛び出す勢いで立って僕を見下ろした。
「不愉快だ! どうやら時間を無駄に過ごしてしまったようだ」
「どうされたのですか。 さあ、お座り下さい。 まだ私の話は終わっていませんよ」
「もう君から話を聞くことはない。 お引き取り願おう!」
もう話しことはないと言い切った倉橋源司。
だが僕の考えはそうではない。
「いいえ。 貴方には全て話していただきます。 貴方がここに人払いの結界を張ったのは失敗でしたね」
左目に意識を強く集中させ、正面にあるもの全てを視界に捉えた。
「なん……だと――――っ!!!?」
反転する世界。
この世の理から外れた神秘が世界の秩序を崩壊させる。
その瞬間、僕の魔術は完成した。
それに対抗する手段を持たないこの世界の住人にとってこれは致命的だった。
身動きが取れなくなったために再びソファーへと戻る身体。
まるで信じられないものでも起きたような表情でこちらを見据える。
「いったい何を……」
おおよそ見当も付かない術に嵌っているであろう自身の現状に対して愕然としていた。
これは十二神将のトップに君臨する彼にとって俄かには信じられないことだったのだ。
「あ、碧……これはどういうこと……?」
「倉橋さんにはこれから全てを話して貰うだけさ。 時間も惜しい。 さあ、では早速話して貰いましょうか」
その瞬間、倉橋源司の瞳から光が消えた。
☆
「ではまず貴方は双角会のメンバーなのですか?」
「……違う。 私は双角会などではない」
「では貴方と双角会はどのような関係なのですか?」
「……あれは我らの目的を達成するための手足に過ぎない」
「我らとは?」
「……同志」
「同志とは何です?」
「……かつて土御門夜光を支えた我が倉橋と相馬のことだ」
「ではその目的は?」
「……土御門を筆頭とし夜光の遺業を継承すること」
「ふーん。 それで夜光の転生体と噂される兄さんにつきまとってたのか。 その同志とやらに迎いれるために」
「……そうだ。 だが真に欲しいのは土御門であって夜光ではない」
「――――どういうことだ?」
僕がそれを確認しようとした瞬間、空間に揺らぎが発生した。
そこにはモノクルをかけた20前後の若い青年が立っていた。
だがそれは人間などではない。 式神だ。
「おっと……それ以上は答えることはできないな。 ――――おい、倉橋」
突如として現れた青年は術中にある倉橋源司に問いかけてみるも反応はない。
当然である。
彼は今、僕の魔眼に捕らわれている最中なのだ。
知識のない人間がいくら解除を試みようとしたところで解けるはずもない。
「無駄ですよ。 倉橋さんは僕の術に掛かっています。 僕が解除しない限りそれを解くことは不可能です。 ところで貴方は?」
「僕かい? 僕は夜叉丸。 ただの式神さ。 ――――そして君の隣にいる鈴鹿の父親でもある」
緊張、恐怖が入り交じった表情をし小刻みに震える鈴鹿。
この鈴鹿の反応を見る限りどうやら本物のようだ。
僕は彼女を落ち着かせるため手を握って「大丈夫だ」と言う。
すると震えは止まり緊張した表情も少しは取れたようだった。
僕は目の前の青年に向き直り再び話し始めた。
「ああ、やっぱり魂は残っていたんですね」
「いやー、君には正直参ったよ……こんな予定外のことが起きるなんてね。 ――――いくらなんでもイレギュラーすぎないかい?」
「そうかもしれませんね。 ですが僕だってここに来ることは予定外だったんですよ」
「ははは、じゃあお互い様ってことかな」
「そうみたいですね」
はははと笑う大連寺至道と僕。 なんだこれ。
そんなやりとりをしながら、その雰囲気を作った本人である大連寺至道が話を切り出した。
「すまないが倉橋を元にもどしてはもらえないだろうか?」
「かまいませんよ」
「本当かい?」
「ええ、ですが条件があります」
「鈴鹿のことだね?」
「はい」
鈴鹿を引き取る条件として倉橋源司を解放する。
悪くない提案だ。
僕は大連寺至道の同意を確認した後、倉橋源司を魔眼の戒めから解放した。
「大丈夫かい、倉橋」
「あ、ああ……」
これで当初の目的は達成した。
僕がここに居る必要もなくなったわけだが、今後いろいろと暗躍されても面倒だ。
僕は最後に二人に忠告をする。
「お二人がどのようなことをしようと僕には関係ないことなので積極的に関わろうとはおもいませんが……」
二人が何をしようが僕には関係ない。
勝手にやっていればいい。
しかし――――
「僕の回りに危険が及ぶようであればその限りではありませんので、そこのところ重々注意してください」
「わかったよ……」
「……」
その二人の反応を見届けたあと、僕は鈴鹿の手を引いてソファーから腰を上げる。
「行こう、鈴鹿」そう言って、入り口の扉の前まで鈴鹿を伴い歩いて行く。
鈴鹿の顔を確認するがやはり表情はすぐれないままだ。
やはり鈴鹿をこのままにはしておけないな。
僕は思い出したように言った。
「ああ、それと。 こんなところに鈴鹿を置いておくわけにはいかない。 鈴鹿は本日付で陰陽庁を辞めます。 よろしいですね?」
「……オーケーだ」
渋々納得といった表情だではあるが素直に同意を示した。
そして今度こそこの場から立ち去ろうとしたとき倉橋源司が言った。
「おまえは陰陽庁という組織に対して個人で立ち向かうつもりがあるとでもいうのか!?」
僕はその言葉を聞いて振り向いた。
個人的にはそんな面倒なことやりたくないのだが、僕の身近な人が苦しんでいるのにそれを見過ごせるほど僕は機械的ではない。
鈴鹿を見るとやはりすぐれない表情をしている。
僕はそんな彼女の顔を見て、その顔をさせた原因に少し苛立っていた。
「そんなことをして何になる! バカバカしい!!」
「貴方がたは仕掛ける側だからわからないのかもしれない」
「なに?」
「常に守る側のことを少しでも考えたことがありますか?
夜光、実験道具……
そんなものに振り回されて好き放題されなお何もできない。 バカバカしいのは僕らの方だ。
僕らは貴方がたのおもちゃではないんだ。
――――これ以上、僕らに何かしてみろ」
僕は言った。
「やられたらやり返す、倍返しだ!」
やってしまった・・・
以上、後編でした。