部屋から出て廊下から外を見ると小粒の雨が降っていた。
まるでこれから行うことを見透かすかのように、空はどんよりと色は薄暗い。
その環境が僕を憂鬱な気分へといざなう。
ふと、外に視線をやると――――
ピピピピピピッ、と、小気味よい早さで鳥の鳴く声が聞こえた。
天気というものは鳥に関係ないのだろうか。
「雨が降っているというのに元気だな」
僕は独り言を呟いた後、居間へ向かった。
今日は土曜日。
時刻は8時。
陰陽塾は休みのため、いつもに比べると比較的ゆっくりとした朝だ。
昨日のことだ。
僕は鈴鹿に泰山府君祭のことを確認した。
すると、曰く、二つの条件がありそれを呑むなら教える、とのこと。
一つ目の条件は泰山府君祭の研究内容が間違っているため、そのままの術式では使えないとのこと。
あの泰山府君祭未遂事件では兄を生き返らせるはずが、術が失敗して霊災が湧いて出たんだとか。
僕が魔弾で屠ったあの霊災ですね。 わかります。
まあ、それはひとまず置いておいて。
鈴鹿は泰山府君祭が失敗したというが、術の成否については定かではない。
そもそも、何を以て成功なのか、それとも失敗なのか、ということである。
鈴鹿の視点でいうのならば、兄を蘇生できなかった時点で失敗なのだろう。
しかし術だけをみるならどうだ。
霊災とはいえ、召喚できたではないか。
これは失敗ではない。
想定したものではなかったのかもしれないが魔術式へのアクセスは成功しているのだ。
この鈴鹿の意図しないものが出てきた原因は、その手順にこそある。
祭壇……これがそもそもこの術式を歪ませた原因なのだ。
確かにあの祭壇を、魔術式と術者との間に挟むことで、誰もが使うことができるようになったのかもしれない。
しかしその反面、魔術式への介入も制限された。
さらに祭壇に細工が施されていた場合に意図する結果になりはしない。
ともすれば祭壇を使わない方法を取るべきだ。
僕が泰山府君祭で知りたかったのは魔術式へのアクセスにある。
泰山府君祭についての鈴鹿の話を聞き終えたとき、僕の中ではその方法についてある程度の理論はできた。
だが所詮は机上の話だ。
実際のところ何が出てくれのかやってみなければ分からない、というのが実情だ。
ならばそれを実践して確かめるまで。
そうこう考えているうちに居間についた。
居間には京子がいて、お茶を飲みながらくつろいでいるところだった。
「おはよう、京子」
「碧くん、おはよう。 ……あら? 秋乃ちゃんは一緒じゃないの?」
「秋乃は朝が苦手だからあと1時間は起きてこないよ。 ……ところで鈴鹿は?」
「起こしたんだけどね……。 ふふっ、秋乃ちゃんと同じみたいね」
苦笑しつつ答える京子。
そんなやりとりをしつつ朝の挨拶を済ませた。
そして京子が、
「お食事用意できているけど、先に食べる?」
「そうだね。 今日はこれから用事があるから先に食べるよ。 悪いけどお願いできる?」
「わかったわ。 用意してくるから少し待っててね」
そう言い残し京子は台所へ向かった。
言うに及ばないが食事の管理は京子がすべて取り仕切る事になった。
案の定、鈴鹿も料理全般苦手、というか作ったことなどなく、そうなれば自動的に京子が担当するのは必然。
しかし京子にすべて押しつけるのも気が引けたため、料理以外の家事については他の3人が分担することで落ち着いた。
少しすると食のそそる香りを漂わせながらトレイを持った京子が戻ってきた。
食卓に料理を並べていく京子。
ご飯に味噌汁、鮭の塩焼き、おまけに卵焼きと漬け物と、よく見かける和食だ。
見た目は簡素……、いや、簡素と一言でいうが、まるでよく見かける朝食の見本のようなそれができるだけ大したものである。
実際に作ってみるとそれなりに時間は掛かるのだろう。
この朝食を作るために一人早起きしたであろう京子に感謝しながら出された料理を口にする。
「美味い……」
おもわずポロリと呟いた。
すると、その言葉に反応した京子が、すすっと僕の隣に寄り添ってきた。
……なにこの……何……?
「……どうしたの?」
「せっかくの二人っきりなんだし、いいじゃない。 ……だめ?」
「……ダメじゃないけど……。 ――――ごめん、少し食べにくいかも」
「じゃあ、あたしが食べさせてあげるっ」
「はあ!?」
「ほらぁ、あーん」
そう言って鮭の切り身を小さく上手に切り崩して、その欠片を僕の口へと運んでいく。
しかし、なんだろう。
今日の京子はいつにもまして積極的な気がする。
……僕自身こういう行為自体、嫌いではない。
むしろ姉さんと春虎兄さんを見ていた影響か、こういうことをしてみたいなどと漠然と考えていた時期もあったくらいだ。
が、いざ本当にこのような行為を目の前にすると、臆しているのだろうか、対応に困ってしまう僕がいた。
なんともチキンな性格である。
だが察して欲しい。
僕はこういう経験に乏しいのだ。
積極的な女の子を前にたじろいでしまうのは致し方のないことだ。
しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。
僕は魔術を扱う要領で精神を集中させ気持ちを冷静に保ったまま、腹をくくって京子に合わせることにした。
「あ、あーん……」
ぱくっと京子が持った箸に食いつく。
もぐもぐもぐと、口の中をもごもごさせながら味わう。
しかし、うん、だめだ、口にしたものの味が全く分からん。
それから味噌汁に至っては「フーフー、フゥフー」と冷ましてくれた。
あえて突っ込むことはしなかったが……。
そしてその行為は食べ終わるまで続いた。
これなんてプレイ……?
なにはともあれ、京子の美味しい朝食をいただけたのだ。
労いの言葉の一つでもかけてあげるのが気遣いというものだろう。
「……行為自体はともかくとして、味は美味しかったよ」
「本当!?」
「もちろんさ。 それに見た目は簡素だったけど、かなり手間かかってたみたいだね。 味が深かったよ」
「倉橋家伝統の味だから碧くんの口に合うかどうか少し不安だったの。 でも碧くんの口に合ってよかった!」
「うん、本当に美味しかったし僕にも合ってたよ。 昨日のお昼に食べた料理もそうだったけど、京子って本当に料理が上手なんだね」
「……なんだかそんなに褒められると照れるわね。 ――――でもそんなに美味しく食べてもらえると、あたしも作った甲斐があるわ」
本当に美味しかったので、これからも作り続けて僕らを養ってくれることを切に願う。
……特に秋乃のような育ち盛りには正しい食生活は基本だ。
今までの食生活といえば外食ばかりだったので、これは非常にありがたい。
全く関係のない理由からここへの下宿が決まったというのに、この存在感……。
僕にはできないことを平然とやってのける京子には頭が上がらない思いだよ、まったく。
食事も終わり、京子が出してくれたお茶をすすりながらくつろいでいると、京子から今日の予定について聞かれた。
「それで、さっき言ってた用事って……。 今日はどこかに出かけるの?」
「ん? ああ、降霊術に必要な道具の調達に行ってくるよ」
僕が京子にそう言うと、
「あたしも一緒にいっちゃだめ……かな?」
上目遣いで僕に聞いてきた。
かわいい。
10人に聞けば10人が同行を認めるだろう女を武器にした上目遣い。
僕も普段なら同行させていただろう。
だが、
「今日は僕一人で行くよ。 見てもあまり面白くないだろうし、それに――――」
今日ばかりは京子の同行を認めたくはなかった。
いや認めるわけにはいかなかった。
降霊術に必要な道具の調達。
これには生け贄の血液などが含まれている。
これから魔術に関わっていく京子だが、先ほどのようなやりとりを好む無垢な京子に、儀式のような血なまぐさいのは向いてない。
僕はそう判断した。
「それに?」
「……いや、なんでもない。 ――――とにかく、降霊術の準備ができたら、鈴鹿も含めて呼ぶよ」
そう。
昨日、鈴鹿から突きつけられた条件の二つ目がこれだ。
泰山府君祭のことを教えてもいいが、降霊術の現場を見せろ、というのが鈴鹿の要求。
そしてそれまで静観していた京子が一言。
「鈴鹿ちゃんが見るなら、当然あたしも見るわ」と。
……いや、まあ、いいんだけどね。
なんだかいつものようになし崩し的になっているけど、今更考えてもどうにもならないことだ。
それに準備さえできれば、あとは召喚儀式だけになるのだから、鈴鹿や京子が見ても特に気分を悪くするようなことはないだろう。
僕は頭を切り換えて、二人の見学を認めた。
「そういうわけだからさ、このお茶飲んだら早速出かけてくるよ。 昼前には戻ってくるからお昼も美味しいもの頼むよ」
「ふふっ、まかせて。 期待していてねっ!」
これは昼食も期待が持てそうだ。
僕はお茶を飲み干し、昼食を楽しみにしながら屋敷から出た。
☆
「――――
右腕の刻印に火を入れる。
右腕をナニカが這うような疼く痛み。
同時に服の上からでも分かるくらい、右腕から怪奇な紋様が青白い光と共に浮かび上がった。
皮膚の下の血管。
いや……血管というには余りにも太い、そう、まるで蛇のようなモノが右腕を這っていた。
普段は塗り薬で隠しているが、今日は休日だったため何もつけていない。
そのため刻印は青白い光とともに紋様がはっきりと見て取れた。
鈴鹿は泰山府君祭で一度見ているが厚手の服を着ていたため、光っていることは確認できても、ここまではっきりと見えることはなかっただろう。
京子にいたっては初めて見るモノだ。
刻印が活発化している右腕を見たからだろう。
背後から息を呑む音が聞こえた。
これは人間の身体にはない、別のナニカだ。
痛ましいとでも、おぞましいとでも感じたのだろう。
二人の反応は当然といえた。
「――――――――」
二人の反応をよそに僕は詠唱を始めた。
「――――告げる
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
我の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ――――」
全身に感じる異物の感触。
体内の魔術回路が収縮しながらも、さらに這うように蠢く悪寒と苦痛。
それを完全に無視するように、詠唱を続ける。
「誓いをここに。 我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者――――」
魔術刻印は術者である僕を補助するため、独自に詠唱を始めて、大気より
回路は神経を侵していく。
視界は閉塞する。
今、この身は人であることを忘れ、一つの神秘を成すための駒、現実と奇跡を繋ぐための回路に成りはてている。
その狭間によって悲鳴を上げている痛覚を無視し、身体に流れる魔力の奔流をさらに加速させ、詠唱を続けていく。
「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――――!」
僕が最後の一文を詠ったとき、暗闇だった辺りは反転。
世界は白い世界に包まれた――――
☆
「――――おい、お前。 名は何と言う」
声が聞こえた。
この白い世界に急に飛ばされた右往左往していたときである。
振り返ると背後には白い装束を着た美人なお姉さんが立っていた。
「――――え?」
僕が間抜けな気の抜けた声を出したかと思えば、彼女は、
「名前だよ、名前。 まさか、「え」という名前というわけではないのだろう?」
それはそうだ。
僕もそんな名前になった覚えはない。
彼女が何者なのか、ここは何処なのか、僕はなんでこんなところにいるのか、など、分からないことだらけだ。
だが、その答えは彼女が持っているのだろう。
ならば彼女に付き合うのは道理。
僕は改めて彼女に向き直り話した。
「僕は土御門碧といいます。 あなたは誰ですか?」
「私か? 私は、そうだな……、ここの管理者とでも名乗ろうか」
……つまり僕には彼女の名を聞くに値しないということだろうか?
僕が彼女の思惑に思考を働かせていると、
「おっと、気を悪くしないでくれ。 私はとうの昔に名を捨てた身だ。 そのような名を今更話しても意味がないということだ」
……思考が読まれている?
「その通りだ。 だから思ったことをそのまま口に出してもいいぞ」
「……なるほど。 思考を読めるのなら話が早い。 正直僕には分からないことだらけだ。 ここがどこなのか、召喚儀式をしただけなのに、なんで僕はこんなところに居るのか」
「なぜって……、そりゃあ、私がお前の意識をここに引き込んだからに決まってるだろ」
「意識をって……そんな簡単にできるわけ――――」
「できるさ。 というよりも、お前から私に回路を繋げてきたんだぜ?」
「あー、もしかして貴女は……」
「うん、そう。 お前が召喚儀式で使ったモノさ」
「やっぱり……」
これは驚きだった。
つまり彼女は泰山府君祭で核となっている魔術式そのものだったのだ。
「なるほど。 何で僕がここにいるのか、ということは理解しました」
端的に言うなら今の僕は彼女に身体の自由を奪われた状態ということだ。
意識だけこの世界に連れてこられたというか、視覚や聴覚などの五感を彼女に操作されている状態、といったところだろうか。
迂闊……だったのかもしれないな……。
「確かに、お前、迂闊だよな。 無闇矢鱈に知らない奴の回路に自分の回路を繋げない方がいいぜ? 悪意を持った奴なら殺されても文句言えんぞ」
「はい。 その点は反省ですね。 でも貴女はそういうことはしないでしょう?」
僕をこの世界に引き込んで何をするわけでもなく、今みたいに雑談に勤しんでいるのだ。
彼女の言うように悪意を持ったヤツなら、こんな回りくどいことはしない。
「まあ、そうだな。 ――――お前をここに連れてきたのは他でもない。 お前に頼みがあるからさ」
「僕に頼み……ですか?」
「ああ、私からの依頼だ。 見ての通り器となった私の肉体に自由はなく、こうして意識だけが残っているワケだが――――」
器……つまり彼女自身がこの巨大な魔術式に成ったことで、人間というカタチを維持できなくなり自由がきかないモノとなった。
魔術回路のおかげか、意識だけは残っていたようだが……。
僕は彼女の言葉を待った。
「頼みというのは他でもない。 門を閉じるのを手伝って欲しい」
門、というのはあちら側の世界とこちら側を繋ぐ通路のことを指すのだろう。
門を閉じるということは魔術式の停止、つまり泰山府君祭というシステムの崩壊を指す。
一度閉じれば彼女が再び開かないかぎり、僕はもとより全てのものたちが泰山府君祭を使うことができなくなる。
しかし彼女はなぜこのようなことを言いだしたのか?
彼女はここの管理者であり、意識のある彼女なら門の開閉は彼女自身ができるはずである。
「お前の疑問はもっともだが……ある時を境に誰でも自由に私に繋ぐことができるようになってな……」
彼女の表情に影が差す。
彼女の意思に反して誰でも自由にここへアクセスすることができる。
つまりそれは、
「あの祭壇のせいですね」
「そうだ。 もともとこれは私と私の考えに同調した共にした者たちの理想を叶えるためだけのモノだった」
彼女はそう言い、一呼吸置いた後、再び続けた。
「だがそれは同時に悪意を持った者たちに手を貸すことにもなったようだ。
あの祭壇が私を束縛したのだ。 仰々しいだけあって強力でな……以来、門を閉じることができなくなったわけだ」
乱暴な言い方をすると、蛇口の水が止まることなく出続けるようなもの。
水とは霊災というカタチとなってこの世に顕現を果たす。
彼女にとってあの祭壇は強制力の強い呪具となっている。
そのため彼女の意思ではその水を止めることが叶わなく抗うことができないということのようだ。
「普段はこちら側とそちら側が開いていないから、そちら側に大量に何かが行くということはないが、それでも漏れ出しているはずだ」
あたりまえの話ではあるが、水が流れ続けているのなら、今ごろ日本中既に水浸し、霊災まみれである。
しかしそこはたとえばの話。
祭壇が彼女を強制しているといっても、ここと祭壇が常にオープンというわけではない。
なので日本中が霊災で溢れかえるということは今のところはない。 今のところは……。
だが、彼女の言うように漏れ出した霊災が東京では日常的に発生している。
これはその影響というところか。
「祭壇を起動すると、こちら側とそちら側が繋がる関係上、そちら側に何かが一気に流れるはずだ。 これは祭壇の術式が取捨選択せずに、全てを呼び寄せているからだ」
「呼び寄せるモノと結びつきの強いモノで縛っていないですからね、アレそのものは……」
彼女は頷いて同意する。
祭壇自体には呼び寄せるものを限定する機能はない。
それができるとするならば、祭壇の機能を把握し、それを改竄できる知識を持った術者のみ。
つまり知識のない者や悪意を持った者が祭壇を使えば、そこは霊災で溢れかえり霊災テロになってもおかしくない、というわけだ。
「人間という種、肉体という有限から解き放たれ魂という無限を得る。 もともとの私たちの目的はこうだった。
当時の私たちの世界は戦や流行病、飢餓、さらには寿命も短く、儚くも人という生き物はあっけなく世から消え去る弱者だった。
私たちはそこからの解放を願った。
万物を手に、あらゆる真理を知り、誰にも届かない世界へと行く。
あらゆる憎悪、あらゆる苦しみを、全てを癒やし、まだ見ぬ理想郷へと辿り着くために」
彼女は続けた。
「だが……だが、これは私の望むところではない。 私は……私はこんなモノのために、この命を捧げたわけではないんだ……。 混沌を生むために使われるのなら、私は消えたい」
彼女は後悔と悲しみが入り交じった表情をしながら言った。
そして、
「勝手なことを言っているのは分かる。 だが、それでも協力して欲しい……。 頼む!!」
彼女たちが目指したものが何かは言うまでもない。
それを目指してまで彼女が叶えたかった理想。
当時の世界がどのようなものだったのか知らないし、恵まれた世界に生まれた僕には推し量れないものだ。
だから彼女の理想について何かを言うことはできない。
それに真理への到達は魔術師なら誰もが目指すものだ。
同情こそすることはあっても、彼女を貶めることはしたくない。
いずれにしても彼女自身がどうしようもないというのなら、僕が協力するしかないということだ。
「分かりました。 出来る限りの協力はしましょう」
「本当かっ!?」
「ええ。 ですが、協力といっても僕が取れる行動はそんなにありませんが……」
選択肢としては二つある。
まず各地に点在する祭壇を破壊してこちら側にアクセス出来ないようにする。
次に彼女自身、本体そのものを破壊する。
前者は祭壇を破壊した後に、祭壇を再現する者が現れたとき、それを防ぐ手立てがないということ。
禁呪とはいえ、散々研究された泰山府君祭だ。
祭壇が再現されないとも限らない。
後者は本体を破壊するのだ。 もう二度と泰山府君祭を行う者が現れることはないだろう。
が、それは同時に僕も召喚を行うことができなくなることを意味する。
それでは意味がない……。
ない、のだが……くっ、これしか方法がないのが現状だ。
「はぁ……」
僕はため息をついてから彼女に言った。
「分かりました。 貴女に接続したことで本体がどこにあるのかも分かりました。 貴女が望むのならそこに行って完全に破壊しましょう」
「すまないな……」
「仕方ありません。
それに泰山府君祭は僕にも少なからず因縁のあるものでね。
それを巡っての騒動が無くなるのなら僕も手を貸しましょう」
「そう言ってもらえると私も助かる」
少なくとも泰山府君祭さえなくなれば、霊災騒ぎも今後収束していくだろう。
ならばここは一つ彼女に協力するのもありだと前向きに考えることにした。
よし、方針は決まった。
ならばここに長居は無用だ。
あちら側が大変なことになっていなければいいが……
「では僕はもう行きます」
「そうか。 ……いや、少し待て」
「何か?」
「そういえば英霊を使役するために召喚儀式を行ったんだったな?」
僕は首肯にて回答する。
「英霊とは人間とは次元の違う位に位置するもの。 その右腕に物騒なモノをぶら下げているお前の中身は知らんが、いずれにしても人間の枠組みにいるお前では、英霊を使役などできなかっただろうよ」
まあ……それは薄々は考えていたことだ。
今回はその検証のための実験。
その程度のつもりでやったのだが、まさかこんな展開になるとは誰が想像するだろうか。
「しかし、これならお前にも使役できよう」
ほら、と言ってこちらに青い何かを投げてきた。
「なんですかこれ。 ……ゴムマリ、いや、鳥?」
「私も詳しくは知らん。
そいつ自身はプロイキッシャーと言ってたな。
あの門から出てきたのを捕獲したんだ。
私の頼みを聞く代わりといってはなんだが、よかったら持って行ってくれ
特に何か出来るというわけではないが、ソイツ、殺されることだけは得意なんだ」
捕獲って貴女……
それにプロイキッシャー……?
どこかで聞いたことがあるようなないような……
というか、殺されることが得意って……、それって、何の役に立つんだ?
……突っ込みたいことは色々ある。
しかし、まあ、なんだ。
「貰えるものはありがたく貰っておきます」
「そうか」
彼女は満足げな表情で頷いた。
今のところこれが何の役に立つのか考えが及ばないが、彼女がくれたものだ。
何かの役には立つのだろう。
僕はそう納得し、そして、
「では僕はもう行きます」
「ああ。 すまないが、よろしく頼む」
最後にもう一度、彼女は念押しするように僕に言った。
向こうに戻ったらなるべく早く彼女を解放してあげよう。
僕はそう心に留めて、
「はい。 頼まれました」
その言葉を最後に白い世界は消えていった。
☆
「――――」
誰かが僕を呼ぶ声が聞こえる。
……ああ、そうか。 戻ってきたんだな。
となると、僕を呼ぶ声の主は――――
床からひんやりとした感覚が伝わってくる。
どうやら徐々に五感は戻ってきたようだ。
意識を少しずつ覚醒させる。
そして、
「碧っ! 碧ってばっ!! 返事してよぉっ!!!!」
「碧くんっ! 目を覚ましてっ!」
「――――そんなに大声で叫ばなくても聞こえてるよ」
ゆっくりと身体を起こす。
すると、
ゴスッ
鈍い音と共に僕の身体に強い衝撃がおきた。
鈴鹿と京子が僕に体当たりをしてきたのだ。
女性とはいえ、二人分の衝撃だ。
僕はその衝撃で勢いそのまま、硬い床に頭をぶつけて再び意識を失った。
次回、鈴鹿と京子の魔術回路の話