僕が幼い頃の話。
僕はそれまで、土御門宗家の第二子として、なんの疑問を抱かず、ただただ毎日を過ごしていた。
土御門宗家として恥じないようにと、姉さんと共に陰陽術の鍛錬の毎日だった。
優秀な姉に比べ僕は陰陽術の才能がなく、鍛錬を始めてから1年経った時点でも簡易式の操作すら危ういものという状態だった。
1年も同じことができないとなると、子供の僕でも気がついていた。
正直に言えば向いていないな、と。
そんなある日のこと、
10年前のあの日、姉の夏目と屋敷の庭で陰陽術の練習をしていると、唐突に右腕から痛みを感じた。
――――虫にも刺されたのだろうか?
はじめは気にするものでもなかったが、痛みは次第に広がっていき、右腕全体に及ぶまでになっていた。
さすがに無視できなくなり
「……いったい急になんだっていう――――」
息を呑んだ。
それはそうだ。
右腕が突如入れ墨のように青白く淡い光を放っていたからである。
そして唐突に思い出した。
この世界に生まれてから忘れていた記憶が――――
頭にかかっていた霧が晴れるように、すべてを理解した。
僕は一度死んだ身であること。
そして、神様から貰ったこの右腕のこと。
そう、
僕はこの右腕を持って世界に転生したのだ。
――――僕は屋敷の広間で、父と姉さんに見守られながら寝ていた。
どうやらあのあと気を失ったようだ。
「夏目から聞き、倒れているお前を見つけ此処に運んだ。
気分はどうだ? 痛むところはないか?」
「――――少々、貧血を起こしたようですが大丈夫です。
でも少し身体が重いので、少し休ませてもらいますね」
「そうか……お前がそういうのであればそうなのだろう。
では私は書斎にいるから、何かあったら夏目に頼んで呼ぶように。
夏目、頼んだぞ――――」
「はい――――」
父は僕の様子を確認し、居間から退出していった。
父は寡黙ではあるが僕ら姉弟を大切にしてくれているのだ。
土御門家宗主の忙しい身であるのに可能な限りかまってくれたり、今回みたいに何かあるとすぐに駆けつけてくれる。
ただ寡黙である為、本意が伝わりにくく、姉は苦手としているみたいだが。
――――姉さんの手の温もりが伝わってくる。
どうやら姉さんは僕の手をずっと握っていたらしい。
姉さん、土御門夏目は僕の一つ上の姉で、いつも優しく接してくれている。
偶に過保護と思うコトもあるのだが……
不安そうに見つめる姉さんに手を握りかえし「……大丈夫。ありがとう」と伝え、姉の不安が少し和らいだところで、
思い出した記憶を整理してみた。
早い話、
死んだ身の僕は、神様によって魔法の右腕もらい、この世界に転生したということらしい。
らしいというのは、
いろいろなことを知識としては思い出すように理解できたが、自分のこととして実感が湧かないというか、過去の自分を第三者的に見てしまう自分がいた。
これは僕が思うに、土御門碧として生を受けてから現在までに確立した自我が既に在るからではないかと考える。
既に在るものにあとから記憶を付け加えても、それが主になるものではないということなのだろう。
……まあ。
過去の僕がどうだったのか、というよりも、陰陽術の才能がないことも相まって、この知識と右腕を使いこなせたら面白いだろって、子供の僕はそっちの興味が強かったわけで――――
あれから10年、僕は土御門家の義務を果たしつつ、知識や右腕を使い「魔術」を使いこなすための鍛錬を行ってきた。
そう「魔術」である。
この右腕に宿るは魔術刻印。 この身には魔術回路を宿す。
スイッチ入れてブン回すとファンタジーなことが出来てしまうアレである。
神様転生でもらったこの魔術刻印には様々な魔術が管理されており、単純に魔力をぶつける魔弾や収束砲の他にも一般的な魔術やルーンまで使えるようになっていた。
行使したことはないが、魔法も行使できるようになっている。
この僕だけの特性を活かすべく、陰陽術を覚える傍ら、積極的に魔術の鍛錬を行ってきた。
この右腕の存在は僕だけの特性であることから、積極的に隠すつもりはないが、しかし――――
今のところは隠匿すべく人前での行使は避けている。
現時点で僕の魔術を知る人間は姉さん、父さん、小父、小母の4人のみである。
話が逸れたが、小さい頃から始めたこの鍛錬のお陰で、今では魔術刻印、魔術回路を意のままに操れるようになったのである――――
――――扉を叩く音がした。
そのあとに、すーっと心地よい音とと共に襖が開かれた。
「碧。 いますかー?」
足音と共に、姉さんが近づいてくる。
「……呆れた。 まだ寝てたんですか?」
「……んあ? おはよう――――
あれ、姉さん東京から帰ってきてた、の――――?」
焦点の定まらない目で姉さんを見つめながら言った。
「はい、おはよう。
夏期休暇なので一週間ほど、戻ってきたんです。
それより――――」
「朝食の用意は出来ています。
さあ、一緒に食べましょう――――」
姉さんは僕の手を引いて、笑顔でそんなことを言った。
――――まったく、父さんが出張ってて家にいないから思う存分惰眠を貪っていたというのに、そんな笑顔で言われたら眠気も吹き飛んでしまう。
くだらないことを考えている自分に呆れながら、おとなしく姉さんの小さな手に引かれていった。
主人公は夏目について義姉ということを知りません。
もちろん出自も知りません。
それらのことが今後どういうことを引き起こすのでしょうね。